第4話

 僕と雷菜らいなさんの初めてのデート。その会場に選ばれたのは近所のショッピングモールだった。

 ここでなら目的の物を全て揃えられそうだ。

 モールに到着するや否や、僕は雷菜さんを連れて一直線に服屋へと向かった。


「いきなり服とは…そんなに私を自分色に染めたかったんですか?」

「まともに服を着て欲しいだけだよ!」


 雷菜さんの服装はTシャツ(僕の物)に下着だけと、余裕で通報されかねない服装だ。正直雷菜さんには留守番して貰って、僕だけで買いに来たかったんだけど、服を買うのに本人の意思を無視する訳には行かない。


「とりあえずシャツとズボンを2セットずつかな。お金は僕が出すから選んで」

「嫌です。どうしても私に服を着せたいなら疾風はやてさんが選んでください」

「えぇ…じゃあ…コレとコレかな?」


 とにかく服を着て欲しい一心で、近くにあったジーンズとシャツを渡す。多分サイズはあってるはずだ。

 雷菜さんは僕から服を受け取ると、そのままレジに向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと待って!試着しなくていいの!?」

「構いませんよ。サイズが合わなかろうが似合わなかろうが、疾風さんが選んでくれたのなら何だろうと着るだけです」

「じゃあごめん!ちょっと待って!もっとしっかり選ぶから!」


 そんなことを言われたら、もっと吟味しなくてはと考えてしまう。雷菜さんなら多分、本気で僕が選んだ物なら何でも着るだろう。だからこそ、こちらも本気で選ばなくては…


 店の中を一通り見終えてから、雷菜さんのイメージに合いそうな服をいくつか選んで買い物カゴに入れた。

 1つは白を基調としたシャツと黒のジャケットのセット。これなら体温調節も簡単だし、何より雷菜さんの派手な髪型とも良い組み合わせになる。


「なるほど、地味目なカラーで髪色を引き立たせようとしましたか。悪くない発想ですね」

「あと下はジーンズとスカートを両方用意したんだけど、どっちが好き?」

「動きやすさならスカートですね。ただジーンズも捨て難いので、両方買っておいてください」

「うーん清々しいくらいのタカリ精神」


 結局、僕が選んだ服は全て買うことになった。雷菜さんは買ったばかりのスカートとジャケットを新たに装備し、一先ず通報不可避な格好とはおさらば出来た。



∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



「服は買えたし、あとは晩御飯の買い出しだけかな」

「…お腹が空きました。何か食べませんか?」

「もうそんな時間か。じゃあお昼ご飯にしようか」


 買い物を一旦保留にし、僕達はフードコートへと向かった。初めてのデートでフードコートはどうなんだと思うが、雷菜さんとは仮初の関係。

 そこまで気にする必要も無いだろう。


「雷菜さんは何食べる?」

「そうですね…無難にハンバーガーにします。行きましょう」

「当たり前のように奢られ待ちだね…もう慣れてきたよ…」


 店を選ぶのが億劫になった僕は、雷菜さんと一緒にハンバーガーのセットを注文した。


「料理が出てくるのを待つのも、こう言ったお店の醍醐味ですね。しりとりでもして待ちましょうか」

「あっ、もうできたみたいだよ」

「……(ジトーッ)」

「いやこれは僕悪くないじゃん!」


 手頃な席を確保して、向かい合う形で食べ始める。

 雷菜さんは大きめなハンバーガーを両手で大事そうに抱えながら、小さい口で一生懸命食べていた。


「……?」

「いや、食べてる時は本当に可愛いなって思ってね」

「……(ドヤァ)」

「そういう顔も黙ってれば愛嬌だね」


 実際、雷菜さんの顔はかなり良い。整った顔の輪郭に適度に鋭い目、極めつけは銀色に染めた髪と、まさに彫刻のような美しさがある。

 まぁ口を開けば我儘ばかりで台無しなんですけどね。


「ご馳走様でした。やはり他人のお金で食べるご飯が1番美味しいですね」

「その気持ちすっごい分かる。僕もたまには他人のお金で食べたいな〜」

「いつか奢ってくれる相手が見つかるといいですね」

「まぁ期待はしてないけどね…」




∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



 昼食を終えた後、雷菜さんの提案でショッピングモール内を散策することにした。

 何か買い忘れた物が無いか考えていると、ふと雷菜さんの足が止まった。


「雷菜さん?どうし…あぁ、なるほどね」


 雷菜さんの視線の先にはCDショップがあった。店先には新作のCDが立ち並んでおり、その横には楽器も置かれている。

 そう言えば雷菜さんは初めて会った夜も、公園でギターを弾いていた。何か音楽に思い入れがあるのかもしれない。


「ちょっと見ていこうか」

「えぇ」


 雷菜さんは店内に入ると、真っ直ぐに楽器の方へと向かった。正確にはギターが置いてある場所へと。


「ギター好きなの?」

「はい。私のアイデンティティですから」

「そう言えば前にライブハウスで演奏してたって言ってたけど、それってこの辺にあるの?」

「違いますよ。もっと遠く…行き方さえも忘れてしまったほど遠い場所です」


 何故かその時の雷菜さんの表情が目に焼き付いた。彼女は悲しそうでありながら、僅かに恨みが籠ったような表情をしていた。


「…行きましょうか」

「えっ、何も買わないの?」

「今日は良いです。今のギターがまだ使えますから」


 珍しい。雷菜さんが何も要求しないなんて意外だ。


「そろそろ帰りましょう。歩き疲れましたし、帰って2人きりでイチャイチャしましょうか」

「僕たちってそんな事する関係だったっけ?」


 初めてのデートは、雷菜さんの不思議な態度を見て幕を閉じた。1日一緒に居て思ったのだが、彼女はどうにもデコボコな雰囲気を持っている。

 大人っぽい口調と態度なのに、言動と行動はどうにも幼さを感じる。

 彼女のことを理解できるのは、まだまだ先の事なのかもしれない。そんな風に考えながら、僕達は帰路に着いた。




「あっ!晩ご飯の材料買い忘れた…」

「今夜は出前にしましょうか」

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