第3話

 テレビから聞こえてきた音楽さんによって、僕は目を覚ました。ソファから上体を起こすと、テレビの前で正座する雷菜らいなさんの姿があった。

 裸にシャツ1枚だった昨晩とは違い、どうやら下着だけは着ているらしい。服の隙間からチラチラと青いパンツが見え隠れしている。


「あ、おはようございます、疾風はやてさん。それともダーリンと呼んだ方が良いですか?」

「疾風でお願いしたいかな。おはよう雷菜さん」


 雷菜さんはどうやら朝の教育番組を見ていたらしく、テレビ画面では可愛らしいマスコットが子供と一緒に踊っていた。


「いつも見てるの?」

「いいえ、初めて見ました」

「えっ…そうなの?」


 この番組は別にマイナーじゃない。むしろ昔からやってる分、下手な番組より知名そ度は遥かにある。それを見た事がないなんて、雷菜さんは変わってるな。


「それよりお腹が空きました。朝ごはんhurry up」

「ハイハイ今用意を…」


 開けて覗いた冷蔵庫の中は空。恐らく出ていった元カノが全て持っていたのだろう。ご丁寧に調味料まで持っていかれてる。


「ごめん雷菜さん、食材が何も無いや」

「ほう、では買いに行きましょう。朝なのでコンビニで良いですよ」

「ちなみにお金を出す気は?」

「勿論ないです」

「だと思ったよ!」



 ∵―∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



 寝巻きの上に上着を羽織り、近所のコンビニへと向かう。今日は土曜日、時刻は6時27分。人通りは少なく静かな道を2人で歩いた。僕達は5分も歩かないうちにコンビニへと到着した。


「雷菜さんは何を食べる?」

「おにぎりにします。ツナマヨこそ至高ですから」

「じゃあ僕もそれにしようかな」


 ツナマヨおにぎりを2つ買い、コンビニの外で並んで食べる。両手で大事そうにおにぎりを持つ雷菜さんは、どこか小動物のような可愛らしさがあった。


「…なんですか、見てたってあげませんよ?」

「いや、黙ってると可愛いなって思って」

「当然でしょう。役とは言え貴方の彼女ですよ?可愛くないわけないでしょう」

「ホント喋ると残念だなぁ…」


 口を開けば自慢か我儘ばかり。それ以外を聞いた覚えがない。今だって彼女が食べているのは僕の買ったおにぎりだ。少しは感謝して欲しいな。


「そうだ、今日は休みなんですよね?」

「うん」

「じゃあデートに行きましょう」

「えっ」


 思わず驚いてしまった。確かに彼女役ならそういう事するのも当たり前か。昨日はいきなり裸で迫られたからか、どうしてもデートみたいな普通なイベントが、意外な事に感じてしまう。


「なんですかその反応は。嫌なんですか?」

「嫌というか…裸で迫られた後だと普通すぎて…」

「なるほど、そっちが良かったんですね。それとも今から始めます?」

「違うから!服脱ごうとするの止めて!」


 外でもお構い無しに服を脱ごうとする雷菜さんを止める。本当に油断も隙もあったものじゃない…昨日から休めた気がしないよ…


「で、行くんですか?行かないんですか?」

「…まぁキミの服も買わなきゃいけないし…家に食材も無いし…行こうかな…」


 家に居ても出掛けても、雷菜さんと一緒なら同じこと。むしろ一緒に出掛けた方が精神衛生上、良いのかもしれない。ほぼ打算でデートを承諾したけど、本当はもっと知りたかったのかもしれない。

 目の前にいる、謎だらけな銀髪の少女のことを。


「決まりですね。楽しませてもらいますよ」


 そう言って雷菜さんは微笑んだ。朝日に照らされる彼女の笑顔は、これまでの我儘を忘れそうになるほどに美しかった。

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