第5話 10歳(2)
吾輩は勉強机に向かって羽ペンを走らせていた。
本日は勉学の稽古である。
隣では白髪の混じる初老の女が座っている。この女が吾輩の家庭教師だ。
「先生、解けました」
「おや早いですね。今確認いたしますね」
吾輩は数学の問題の答えを書いた羊皮紙を家庭教師に渡す。
彼女は老眼鏡をかけて解答をチェックすると、驚いた顔をして吾輩に羊皮紙を返した。
「素晴らしい、全問正解です」
当たり前だ。こんな数学の問題なんて今までの人生で幾度となく目にしてきた。楽ではあるが正直物足りない。
「アスティル様はまだ10歳でいらっしゃるのに、既にお兄様方と同じレベルの数学の問題も理解なさっているのですね」
「これも先生のご教授のおかげです」
「あらあら」
吾輩は書斎で見つけた『良い人間関係の作り方』という本で学んだ通り、謙虚に答えると彼女は嬉しそうに笑った。良好な反応を得られたのでどうやらこの受け答えはただしかったようだ。
「勉学、裁縫、音楽も全て完璧...アスティル様は本当に素晴らしい方ですわ」
(かん、かん)
ふと、どこかから木の棒がぶつかるような音が聞こえ、吾輩は辺りを見回す。
家庭教師は曲がっている腰をゆっくりと上げ、窓の近くに立つと吾輩に向かって手招きをした。
「アスティル様こちらへどうぞ」
吾輩は窓のそばに行き、背伸びをして窓を覗き込んだ。
すると、外で1人の男と3人の男児が木剣を振り回しているのが見えた。
「お兄様方の武術のお稽古の時間ですわ」
魔王だった頃に剣を振るっていたこともあり、吾輩はその光景に強く惹きつけられた。
「先生、私も武術を習いたいです」
吾輩は高揚した声で家庭教師にそう言うと、彼女はひどく困った顔をして笑った。
「何言っているんですかアスティル様。女子に武術は不要でしょう」
「し、しかし...」
「奥様のような立派な花嫁になれるよう努力するのが女子の務めですわ」
吾輩は衝撃を受けると同時にひどく落胆した。この家の者たちは性別というものでその人生や役割を決めてしまうようだ。
(ありえん。性別ではなく個人の性質や才能でその人を見るべきだ)
実際に、我が魔王軍は性別でその役割を分けるということはしなかった。まあ、そもそも性別の概念がない者も沢山いたが。
ともかく、吾輩は女子だろうが剣を振るいたい、鍛錬をしたい。
吾輩は外で木剣を振るう男子をじっと見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます