47_蔵ぼっこ
「美澪、知ってるの?」
「うん、ちょっとだけだけど。蔵ぼっこは蔵を守る妖。君津にいた頃は、山を越えて久留里(くるり)の方に行った時に一度だけ見かけた事がある。蔵ぼっこがいると、その蔵がある家は繁盛して、いなくなったら運が無くなるって言われてる。」
「へぇ~、良い妖なんだね。あっ、そうか、さっきの戦闘中に美澪の斬撃が倉庫の方に飛んでいっちゃった時も、この蔵ぼっこが倉庫を守ろうとして咄嗟に結界を張ってたんだね。」
目の前で立ちすくんでいる蔵ぼっこは、美澪と琥太郎を交互に見上げている。
更によく見ると、蔵ぼっこの体からは琥太郎と今入ってきた美澪に向けてうっすらと妖気が発せられていた。
しかし、それはかなり弱くて希薄な妖気だったため、常に「気」を纏っている琥太郎と、全身にうっすらと強力な妖気が滲んでいる美澪にとっては、特に何もしなくてもその妖気が届いたり影響したりする事は無かった。
「ねえ、何かしようとしてる?」
自分達に向けて妖気を発してきていた蔵ぼっこに向けて琥太郎が尋ねた。
「アワ、アワッ」
何かしようとしている事がばれていないと思っていたのか、蔵ぼっこが再びあわあわしている。
すると突然、背後に立っていた美澪から強力な妖気が発せられた。
ドォッッッ!
「何をしようとしてたの?」
美澪が低い声で蔵ぼっこを問いただす。
美澪の強い妖気を浴びた蔵ぼっこは完全に怯えてしまったようで、背後の壁に背中をつけたまま、小さな声でアワアワ言いながら震えてこっちを見ている。
「ちょっと美澪、悪いのは俺たちの方なんだからさ、そんな怖がらせるような事しちゃだめだよ。」
「だって、こっそりこっちを攻撃してきたんだもん。」
そう言いつつも、琥太郎に窘められた美澪は素直に妖気を引っ込めた。
「なんか俺たちが突然やってきて、いきなり模擬戦なんか始めて心配させた上に、驚かせちゃって本当にごめんね。」
「ここを壊さない?」
「もちろんここを壊したり傷つけたりするつもりなんてないよ。」
「本当に?」
「うん、本当だってば。ちょっと彼女と模擬戦をするのに、この倉庫の前にちょうどいい感じのスペースがあったからさ。」
「わかった。信用する事にする。」
「よかった。信じてくれてありがとう。ところで、さっき俺たちに何かしようとしてたみたいだけど、あれ、何だったの?攻撃にしてはすごく弱い感じだったけど。」
琥太郎と美澪の模擬戦の最中、美澪の妖気の流れ弾が倉庫に向かって飛んでしまった際に、蔵ぼっこは一瞬だったとはいえ倉庫全体を守るように結界を張っていた。あのサイズの結界を張れるだけの妖気を持つ妖であれば、戦闘になって攻撃するにしても、それなりの強さの攻撃が可能なはずだ。しかし先ほど琥太郎と美澪に向けて発せられていた蔵ぼっこの妖気は、攻撃と呼べるかどうかも微妙なくらい弱くて希薄であった。
「あれは…、おなかを壊すおまじない。普通はトイレに行きたくなって、ここから立ち去らせる事が出来るはずなんだけど…、効かなかった。人間相手に効かなかったのは初めて。」
「なるほど…、人を立ち去らせるのに、たしかに効果的だよね。っていうか、それ、本気で怖いな。」
琥太郎は子供の頃からかなりおなかが弱い。ちょっとおなかが冷えたり、牛乳を少し多めに飲んだりするだけでおなかを壊してしまう。蔵ぼっこがおまじないと言う先ほどの攻撃程度では琥太郎にはまったく届かないとはいえ、普段からおなかが弱い琥太郎は、想像するだけでおなかが痛くなりそうだった。
「もしかしたら俺たち、また時々この倉庫の前を使わせてもらっちゃうかもしれないけど、いいかな?絶対に倉庫は壊さないって約束するからさ。」
「うっ、うん。倉庫を壊さないならいいよ。」
「ありがとう。あっ、まだ自己紹介してなかったね。俺は琥太郎、人間だよ。彼女は水虎の美澪。」
「僕は咲蔵(さくら)。さっき言ってたけど、蔵ぼっこだよ。」
その後、蔵ぼっこの咲蔵と別れ、来た時同様に美澪と電車に乗って帰宅した。
「ねえ琥太郎、私の必殺技、考えついた?」
「う~ん、まだどうしたらよいか解らないなぁ。今日みたいに何度か模擬戦してみながら考えようと思う。」
「私も早く必殺技が欲しい。う~んと強いやつ。来週は君津に行って十兵衛爺ちゃんに会うんでしょ。君津なら、いっぱい模擬戦も出来るよ。」
いよいよ来週は9月の連休だ。そこで、美澪の育ての親でもある河童の十兵衛爺ちゃんに、封印が解けて再び妖が見えるようになった事を報告しに行く予定だ。
十兵衛爺ちゃんは地元の妖の子供達に武道を教えていて、琥太郎も小さな頃にそこで、美澪と一緒に稽古させてもらったりした。時々一緒に遊んだ、当時道場に通っていた妖達にも久しぶりに会ってみたい。
「「早く会いに行きたいなぁ。うん、楽しみだ…」」
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