15_一触即発

 先程の爆発音を聞いて、慌てて店員さんが来てしまった。


「あっ、ごっ、ごめんなさい。テーブルの反対側に渡るのに、ちょって狭かったから行儀の悪い事しちゃいました。すみません。」

「なんか大きな音が鳴ったように思うんですけど、大丈夫ですか?」

「はい、なんでもないです。大丈夫です。」

「そうですか。気を付けてくださいね。それと、テーブルの上には乗らないでください。では、失礼します。」

「すっ、すみません。あっ、それと、1名増えました。」

「承知いたしました。お飲み物は何にいたしますか。」

「え~と…、とりあえずビールで。」


琥太郎は慌てて取り繕うとしたものの、結局謝る事しかできなかった。この状況では、咄嗟に説明も言い訳も思い浮かばなかった。飲み物のオーダーを聞かれて一瞬大男と風音さんを見たものの、どちらも聞ける雰囲気ではなかったのでとりあえずビールを頼んでおいた。


「あのぉ、すみません、テーブルの上にいるのはまずいので、とりあえずあっちの風音さんの隣に座ってもらえませんか。」


テーブルの上に屈んで立ったままの大男に、テーブルから降りて風音さんの横に座ってもらうようにお願いしてみた。しかし、大男は琥太郎の顔をチラッと見ただけで、そのあとはどうするかを伺うように再び風音さんの顔を見ている。やはりあくまでも主は風音さんであり、風音さんの指示を待っているようだ。


「ちょっと風音さん! この人にテーブルから降りてそこに座ってもらうように言ってよ。」


いまだ固まったまま呆然と涙を流していた風音さんに声をかける。


「えっ、あっ、はい。えーとえーと、ダディ、ここに座って。」


「「……えっ、ダディ? この大男の名前なのか??」」


風音さんが大男に向かってそう言うと、大男はテーブルから降りて風音さんの横に座った。

しかし、美澪はまだ立ち上がったままだ。しかも、いまだに全身から強い妖気を放ち続けている。


「ちょっ、ちょっと美澪、とりあえず美澪も座ろうよ。」

「琥太郎、こいつ強い。」


そういって美澪は警戒を解かない。

 美澪は妖なので、妖気や霊気を感じ取る事が出来る。琥太郎のように目に見えているわけではないらしいのだが、妖気や霊気の強弱や、妖ごとの妖気の違いなどはある程度は感じ取れるらしい。顕現した大男からも強力な霊気を感じ取り、全力で警戒していた。既にその手にはいつでも攻撃出来るように圧縮された妖気が纏われている。確かに妖の美澪にとって陰陽師(見習い)が強力な式神を顕現させたのであれば、それは警戒するのも仕方ないことだろう。


「風音さん、この人って美澪を攻撃したりしないよね。」

「あっ、はい。私が指示をするか、もしくは私かダディが攻撃を受けない限りは、誰かに攻撃する事はないはずです。もちろん、私も美澪に対してそんな指示はしないですよ。」

「だって、美澪。とにかく美澪も落ち着いて座ろうよ。」


琥太郎がそう言うと、鋭い視線を大男に向けたままではあるものの、ようやく美澪も大男の向かいの席についた。

部屋の隅にいったん避けておいた食べ物のお皿や飲み物をテーブルに戻していると、部屋の扉がノックされた。


「失礼します。お飲み物とお通しをお持ちしました。」


店員さんがやってきて、顕現した大男の前に中ジョッキの生ビールとお通しとお手拭きを置いて出ていった。


「それ、ダディのだからダディが飲んでいいからね。」


ゴクッ


「えっ、一口?!」


風音さんにダディと呼ばれた大男は、運ばれてきたビールを飲んでいいと言われると、一口で中ジョッキのビールを飲んでしまった。中ジョッキがもはや小さめのコップのようだ。実際、大男がその大きな手で中ジョッキを持つと、中ジョッキがその手にほとんど隠れてしまう。


「この式神さん、体が大きいから中ジョッキがまるで瓶ビールのコップみたいだね。掘り炬燵も式神さんには小さくて窮屈そうに見えちゃうね。」

「ダディ、それじゃ狭いでしょ。もうちょっとこっちに来ていいよ。」


風音さんが大男にそう言うと、大男は風音さんの方に少し移動しようと前屈みになった。

すると大男のスキンヘッドが、向かいに座る美澪の眼前まで迫り美澪に当たりそうになる。


バンッ!


美澪は咄嗟に妖気を纏わせた掌底を右フックのように大男のスキンヘッドに当てて、迫ってきた大男の頭を避けた。

美澪の掌底をくらった瞬間、大男は美澪を掴もうと美澪に向かって右手を伸ばす。同時に大男の全身からも強い霊気が溢れ出した。即座にジャンプして大男の右手をかわした美澪も、既に強力な妖気を身に纏い臨戦態勢だ。

大男は美澪を捕まえようと、掘り炬燵から立ち上がるためにテーブルに手をついた。


ミシッ


テーブルが軋む。


「2人とも、そこまで!」

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