第10話(4)安寧のキーボード、海の夢世界

「はあ……さすがに焦ったな……」


「おいおい、セットゥ―ナ、それはオレの台詞だろう?」


「いや、知らないけど……」


 陽炎の言葉に刹那が戸惑う。


「現ちゃん……」


「なんだ?」


 話しかけてきた幻に現が反応する。


「あの怪しげな三人組のこと知っているの?」


「怪しげって……」


「だって服装も黒ずくめだったわよ?」


「服の色は良いだろう。自由だ」


「三人揃ってケープを羽織っていたわよ?」


「ケープくらい誰でも羽織るだろう。それも自由だ」


「……海の上に浮かんでいたわよ?」


「誰だって浮かぶだろう」


「いや、それは無理でしょ!」


 幻が声を上げる。


「浮かぼうが沈もうが自由だ」


「自由ではあるけれども!」


「まあ、それは冗談だが……」


「あ、冗談だったのね……」


 幻が苦笑する。


「すまん、何の話だったかな?」


「あの三人娘を知っているのかって」


「知っているわけではない」


「え?」


「どこかで見かけたことがあるような気がすると言っただけだ」


「ああ、そうか……どこで?」


「それが分からん……」


「大学とか?」


「いや、違うと思う……」


「街中で?」


「それも違うと思う……」


「でも印象には残っているってことでしょう?」


「おぼろげではあるがな……」


 現が顎に手を当てて、上を見上げる。


「ああいう奇抜な髪色で、黒いケープを身に纏っているユニークな集団、そうそう忘れないと思うのだけれど?」


「ユニークとはオブラートに包んだもの言いだな……」


「じゃあ、珍妙でもいいわ」


「ス、ストレートだな……」


「それはどっちでもいいでしょう?」


「……言うほど、ユニークで珍妙か?」


 現が首を傾げる。


「……え?」


「別にそういうのは気にしないというか、気にならない性質でな……」


「あ、ああ~」


 幻は巫女服にキーボードを背負っている現の恰好を見て、深く頷く。


「なんだ、そのああ~って……」


「いや、納得いったわ」


「何に?」


「なんていうか……ごめんなさい」


 幻が頭を下げる。


「何を謝ることが⁉」


 現が戸惑う。幻が頭を上げて、再び話し始める。


「話は変わるけれど……」


「ん?」


「さっきのポニテちゃんが言っていたこと……」


「ああ、欲しいのは甘美だけとかなんとか言っていたな……」


 現が顎をさする。


「どういう意味かしら?」


「言葉通りの意味じゃないか? 女子人気は結構あるからな」


「冗談はもういいから」


「すまん……まあ、考えられる材料に乏しいのだが……恐らくはこの夢世界というものに関係することじゃないか?」


 現は両手を広げる。


「やっぱりそうなるわよね……」


「甘美が何らかの特別な存在なのかもしれない」


「何らかの? それは何かしら?」


「さすがにそこまでは分からない……またあの三人組の誰かが現れたら、聞いてみよう……素直に教えてくれるとは思えないが……ん?」


 現は船の前の方で何やら騒いでいる陽炎と刹那に気が付く。


「あ、あれってアレだよな!」


「そ、そうだよ、アレだよ!」


「オ、オレ、アレは苦手なんだよ!」


「得意な人の方が少なくない⁉」


「何を騒いでいる……?」


「あ、ウットゥーツ! あれを見ろ!」


 陽炎が船の周囲を指差す。背びれのついた影が複数泳ぎ回っているのが見える。


「なんだ、サメの影か……」


「なんだって、ビビらねえのか⁉」


「まったく……と言えば嘘になるが、見たところ大きさは普通のサメだ。この船をどうこう出来るほどのものでもないだろう……」


「いや、サメを舐めちゃいけねえぞ⁉」


「別に舐めてはいないが……船の周囲をうろつくくらいならば……うおっ⁉」


 サメの影の内の一体が、船の手すりの部分に噛みついてきた。現がのけ反る。


「ほらな!」


「ば、馬鹿な……なんて跳躍力だ……おっと⁉」


 今度はサメの影の一体が、船の上空を通過する。現たちがしゃがんで避ける。


「最近のサメは空だって飛べるんだぜ⁉ オレは映画とか見てるから詳しいんだ!」


「サ、サメが飛ぶなんて、いくらなんでも荒唐無稽な……」


「……サメ映画ってB級映画に多いわよね~」


 幻が苦笑する。現が舌打ちする。


「ちっ、甘美め、何に影響されているんだ!」


「ど、どうする⁉」


 刹那が頭を両手で抑えながら問う。


「マボロシッチ! もう一丁雷を頼む!」


「ピンポイントには無理よ……下手をすると、この船ごと沈んでしまうわ……それより陽炎ちゃんの熱いギターで海水の温度を上げたら?」


「さっきのプレイで燃え尽きちまってな……すぐには無理だ」


「会心の演奏も考えものね……」


 幻がため息交じりで呟く。


「~~~~♪」


「! ……」


 現が奏でるキーボードの音を聴くと、サメたちは大人しくなり、霧消していった。


「優しい音色……サメさんの戦意を喪失させたってところかしら?」


「さあ、それはどうだか……とにかくなんとかなったな……」


 幻の言葉に首を傾げながら、現はしゃがみ込む。


「ふん……」


「なかなかやるね……」


「まさかここまで来るとはねえ……」


「‼」


 現たちが視線を向けると、先ほどから姿を見せていた三人が今度は三人揃って海上にその姿を現した。


「茶髪のサイドテール!」


「ピンク髪のツインテちゃん……!」


「緑髪のポニテじゃねえか!」


 刹那と幻と陽炎が声を上げる。


「我はフェーズだ……!」


「ぼくはハートだって!」


「アタイのことはドリームって呼べって言ったでしょうが⁉」


 三人組が怒る。現が立ち上がって声を上げる。


「そんなことよりも、お前らはなんなんだ⁉」


「そ、そんなことよりも⁉」


 ドリームが面食らう。


「目的を言え!」


「だから知る必要はないって言ってんでしょう!」


「おいおい、ポニテ激おこだぜ!」


 陽炎が余計なことを言う。


「~~! もういい! ここでアンタらはステージから強制退場よ!」


「⁉」


 陽炎の言葉にキレたドリームが右手をすっと掲げる。すると海面に上半身が人間、下半身が魚の影が現れる。


「あ、あれはもしかして人魚⁉」


 刹那が驚く。


「あら、ファンタジーねえ~」


 幻が微笑む。


「幻、呑気なことを言っている場合じゃないぞ……」


 現が呆れた視線を向ける。


「~~~~~♪」


「むうっ⁉」


 人魚が歌い出すと、その歌声を聴いた現たちが眠りにつきそうになる。


「ははっ、この夢世界で半永久的に眠ると良いよ……」


 ハートが笑う。


「くっ……」


「人様の夢で勝手なことは止めて下さる⁉」


「なっ⁉ 厳島甘美だと⁉」


 フェーズが驚く。小舟に乗って甘美が現れる。


「か、甘美……」


「現! 皆さん! 眠ったらいけませんわ!」


「う~ん、もう食えねえよ……」


「やったあ! 印税生活だ~」


「名実ともにセレブになれたわ……港区女子なんか目じゃないわよ……」


「言っている側から寝ないでくださる⁉」


「zzz……」


 現も眠りそうになる。いや、もう寝ている。甘美が歌い出す。


「~~~~~♪」


「!」


「人魚さん、貴女の歌声も素敵ですけど、わたくしはそれを凌駕してみせますわ!」


「~~~~~~♪」


「~~~~~~~♪」


「……!」


 甘美の歌の圧に圧され、人魚の影が霧消する。


「はっ!」


 現たちが目を覚ます。それを見て甘美が喜ぶ。


「良かった、間に合いましたわね!」


「くっ、ここで厳島甘美本人が来るとは……」


「これは想定外だったね~」


「ちっ……」


「貴女方は何者なんですの⁉」


 甘美がビシっと三人組を指差す。


「ふん、アタイらは夢想を司る者……」


「なっ!」


「そうだねえ、さしずめ、『トロイメライ』とでも呼んでもらおうか……」


「お断りします!」


「はあっ⁉」


「ちょっと長いです! 『トリプルテール』とお呼びします!」


「そっちの方が長いだろう! ま、まあいいさ、今日のところはほんの挨拶代わりだ……」


「! 消えた……まあ良いでしょう。皆さん、お手数をおかけしました。戻りましょう」


 甘美がまだ寝ぼけ眼の現たちに優しく声をかける。

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