第9話(4)打ち上げも盛り上がった……?

「わあああああっ!」


 観客は大盛り上がりである。


「それでは続いては……」


「ま、待て、甘美!」


 現が声を上げる。


「ああ、サインなら後で……」


「だ、誰がメンバーのサインをこのタイミングで求めるんだ!」


「違うのですか?」


 甘美が首を傾げる。


「全然違う!」


「なんでしょうか?」


「段取りを忘れたのか?」


「段取り……」


「次の曲に行く前に……!」


「ああ!」


 甘美がポンと両手を打つ。


「ふう……思い出したか……」


 現がホッとする。甘美が咳払いをする。


「こほん、たいへん失礼をいたしました……あらためまして、皆さんこんばんは! わたくしたちは『ミュズィックデレーヴ』と申します!」


「わあっ‼」


 観客が湧く。


「それでは簡単ながらメンバー紹介をさせて頂きます! その情熱的なプレイは鳥取砂丘仕込み! ギター! 海士陽炎!」


「~~~~~♪」


「わあああああっ‼」


 陽炎の素早いソロギターに観客は興奮する。


「陽炎さん、何か一声!」


「その前に……砂丘仕込みってなんだよ⁉」


 陽炎の突っ込みに観客から笑いが起こる。


「鋭い突っ込みありがとうございました~」


「い、いや、ちょっと待て……」


「さて、続いては……そのファンキーな演奏の前には桃太郎も鬼も戦わずして白旗宣言! ベース! 六口刹那!」


「~~♪」


「わああっ‼」


 刹那の技術を感じさせる渋い演奏に観客は唸る。


「刹那さん! 何か一言!」


「えっ⁉ ……犬・猿・雉も子分になりたがるぜ……」


「……?」


 観客が一様に首を傾げる。甘美も首を傾げる。


「よく分かりませんが、凄い自信ですね~」


「そ、そもそも、ボクのこと岡山出身だって知らないんだから、そりゃあ意味不明だろう⁉」


「ベーシストに面白さは必要ないですから……」


「す、滑ったみたいに言わないでよ!」


「さて、続いては……ロングスカートでドラミングを⁉ 色気よりも叩け! 山口の生んだセクシーお姉さん! ドラム! 蓋井幻!」


「~~~♪」


「わあああっ‼」


 幻の卓越したドラミングに観客は盛り上がる。


「幻さん! 何か一言!」


「……色気と叩けは両立するわよ……」


「おお~」


 幻の色っぽい言い方に観客は思わずため息をつく。


「……叩けっていう言葉は動詞の命令形ではありませんか? 色気って名詞でしょう? 果たして両立しますかしら?」


 甘美は首を捻る。幻が困惑する。


「あ、貴女が言い出したんでしょう⁉」


「さて、お次は……何故にその服装⁉ 理由なんてこの際どうでもいい! 島根が生んだ鍵盤巫女! キーボード! 隠岐島現!」


「~~~~♪」


「わああああっ‼」


 現の巧みな演奏に観客は拍手する。


「現! 何か一言!」


 現が真面目な顔つきで話し始める。


「ええっと……まずは急なメンバー増員に戸惑われた方、申し訳ありません……新たな私たちを徐々にでも良いので受け入れてもらえればなと思います……そして、急に今回のライブに出演させて頂いた関係者の皆様、ありがとうございます……そして……」


「長い!」


 甘美が強引に打ち切る。


「ああっ⁉」


 現が面食らう。観客はそれを見て笑う。


「そして最後はこいつだ! その我がままさ、もとい、カリスマ性は持って生まれたもの! なんだかんだで頼れる我らがリーダー(仮)! ボーカル! 厳島甘美!」


「イエーイ‼」


「わああああああっ‼」


 陽炎の紹介に応えた甘美の声に観客が拳を突き上げる。少し間を空けて甘美が口を開く。


「……さあ、盛り上がったところで、そろそろ最後の曲になります!」


「ええ~⁉」


 観客から落胆の声が上がる。


「また、すぐにお会い出来るように努力していきます! その時は新曲も引っ提げて!」


「おおおっ!」


「それでは最後の最後まで盛り上がっていきましょう! ドラムス!」


「……1、2、1、2……1、2、3、4、GO!」


「わあああああああっ‼」


 幻のカウントから最後の曲が始まる。


「……かんぱ~い!」


 五人は乾杯する。中ジョッキのビールを一気に流し込んでから、陽炎が口を開く。


「いや~なんだかんだで大成功だったな!」


「最初はどうなることかと思ったけどね……」


「マボロシッチのドラム、イカしていたぜ!」


「知ってるわ」


「えっ⁉」


「ふふっ、冗談よ、ありがとう……カゲちゃんのギターもなかなか良かったわ」


 幻が陽炎に対して、ウインクする。陽炎は鼻の頭をこする。


「へへっ、セッツ―ナのベースもファンキーだったぜ!」


「い、いや、それほどでも……」


 陽炎に声をかけられ、謙遜する刹那だったが、その表情は満更でもなさそうである。


「しかし、こんな高そうな店で打ち上げなんて初めてだぜ! ウットゥーツ!」


「……ちなみにだが他のバンドも関係者の分も全部甘美持ちだ……」


「ええっ⁉」


「それで今回のような規模のライブに捻じ込んでもらったというわけだ……」


「そ、そうだったのか……本当におんぶにだっこって感じだな……」


 現の言葉に陽炎が頭を掻く。


「とはいえ、一週間でライブは無茶ぶりだったが……ん?」


「zzz……」


「甘美⁉ 周りもいつの間にか寝ている⁉ 夢世界か⁉」


 寝ている甘美や周囲を見て、現が異変に気が付く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る