第9話(3)バンド噛み合った
「……いよいよライブ当日を迎えたわけだが」
「本番まで後十分弱……」
現の呟きに反応した刹那が告げる。
「ふっ、泣いても笑ってもか……」
現が苦笑する。
「ふふふっ! 燃えてきたぜ~!」
真っ赤なロックファッションに身を包んだ陽炎が叫ぶ。
「うるさいわ、周りにも迷惑……」
ライブハウスの楽屋の壁に寄りかかりながら長い脚を気だるそうに組んで、端末をぼんやりと眺めていた幻が耳を抑えながら、顔をしかめる。彼女は胸元が大胆に開いた上着と、スリッドの入ったロングスカートを穿いている。
「気合を入れてんだよ! オレのルーティンだ!」
「だったら即刻、あらためて欲しいわね、そのくだらないルーティン。周りのモチベーションを下げられたらたまったものじゃないわ」
「なんだと……!」
「ああ、やめろ……!」
「ふ、二人ともストップ……」
幻に詰め寄ろうとした陽炎の間に、現と刹那が慌てて割って入る。
「はあ……」
幻はそんな現や刹那の姿を見て、ため息をつく。
「ろ、露骨なため息⁉」
「なにか気になることが?」
戸惑う刹那の横で現が尋ねる。やや間を空けてから幻が口を開く。
「……貴女たち、本当にその恰好でライブに出るの?」
「え?」
「え、え?」
巫女舞の服を着た現と、青色と黒色を基調としたダウナー系のファッションに身を包んだ刹那が、何を今さらと言った表情を浮かべる。幻が呆れ気味に続ける。
「もう少しこう……統一感を持たせた方が良いんじゃないの? これじゃあ色物扱いよ?」
「色物扱い、大変結構ですわ!」
「!」
楽屋に甘美が颯爽と入ってくる。黒いシャツとパンツの上に白いジャケットを羽織っている。いつもの恰好だ。甘美は長い金髪を優雅にかき上げながら、幻に告げる。
「初見のインパクトは十分! そこからわたくしたちの音楽でお客様のハートを鷲摑み!」
「大した自信だけど……そう上手くいくかしらね……あら?」
スタッフから声がかかる。甘美たちの出番である。
「どうも~皆様、初めまして! 『ミュズィックデレーヴ』で~す!」
ステージ中央よりやや前に立った甘美が両手を高々と上げる。
「わ~!」
観客の約四分の一が声を上げる。甘美が大学で集めた客だ。
「完全アウェイというわけではないか……」
現がキーボードをセッティングしながら、小声で呟く。
「さっきは初めましてと言いましたが、元々、わたくしと、左斜め後ろにいるキーボードの二人のユニットとして活動しておりました。この度、ギターとベースとドラムを加えて、五人体制! バンドとしては初めて皆様の前に立ちます」
「わ~~!」
「声援ありがとう! バンド名ですが、フランス語で『夢幻の音楽』という意味です! 大体の意味なので、細かいことは言いっこなしですわ!」
「あははは!」
「ウ、ウケてる……」
刹那が笑い声に戸惑う。
「今夜は皆さんを夢幻の世界に誘って差し上げますわ!」
「わ~~~!」
「また、大きく出たわね……」
幻がドラムスティックを構えながら苦笑する。
「……それじゃあ、準備はよろしくて?」
甘美が自らの左隣に立つ陽炎に尋ねる。
「ああ!」
陽炎が力強く頷く。甘美が自らの右側に位置どる刹那と幻にも視線を向ける。
「……」
刹那たちは黙って頷く。甘美は最後に、現に目配せする。
「……!」
「!」
現と甘美が黙って頷き合い、現のキーボードから演奏が始まる。
「わっ!」
二人でのユニット時代の人気曲だけに、知っている客からは早くも歓声が上がる。長い前奏が特徴的だが、そこにギターやベース、ドラムが加わっていく。現が眉をひそめる。
(陽炎、ギターがちょっと走り過ぎだ! 刹那のベースがそれに引っ張られてしまって、幻のドラムと呼吸が合っていない……! って、言ってるそばから私もミスった! 直前のリハーサルは無難に終えたのに……やはり皆緊張しているのか? こ、これではマズ……)
「~~~♪」
「「「「!」」」」
前奏が終わったと同時に甘美が歌い出すと、客だけでなく四人が驚く。これまでのメロディアスなボーカルとは打って変わって、シャウトするかのような歌い方だったからである。
(バンドとなって生まれ変わったという意思表示か……!)
(カンビアッソ、良い感じじゃねえの!)
(一声で雰囲気を変えてしまうとはね……!)
(か、かえって落ち着けたかも……!)
四人は一瞬驚いた後、笑顔になる。リラックスした状態での演奏は良い方向に絡みあう。
(全員、変な緊張感が抜けた! 今はこのボーカルを最大限に活かすことを最優先に考えて演奏している! ふっ、ここにきて、リハーサルと違うアプローチで来るとはな……なんて我がままなやつだ……だが、それでいい!)
現のキーボード演奏も乗ってくる。一曲目は終わり、二曲目に入る。これもユニット時代の人気曲である。こちらのバンドアレンジは控えめになっているが、全員の演奏がバラバラになることはない。甘美のボーカルを活かすためにと目標が統一されているからである。甘美は一曲目とは打って変わって、ユニット時代のような、メロディアスなボーカルを聴かせる。ユニット時代から知っている客は安心し、今日が初見の客は、そのボーカルの幅広さに感心する。そのポップな曲調は、ライブハウスを大いに盛り上げた。
「ありがとう!」
甘美が声を上げると、歓声が上がる。甘美は水を一口含んだ後、再び、現に目配せする。現は頷き、演奏を始める。三曲目はバラードである。元々、ユニット時代の人気曲で演奏し慣れた曲であるとはいえ、この日のボーカルパフォーマンスはまさに圧巻であった。
(す、すげえじゃねえか……)
陽炎が舌を巻く。
(歌声だけでなく、歌っている姿も魅力的……み、見とれちゃいそう……)
刹那が感心する。
(本番で120%が出せるタイプね……リハでもそれくらいやって欲しいところだけど……)
幻は苦笑を浮かべる。
「~~♪」
「……わ、わあああっ!」
演奏が終わると、一瞬間が空いてから、客席がこの日一番の歓声を上げる。
「あらら?」
甘美が小首を傾げる。陽炎が近くに寄って小声で尋ねる。
「どうしたよ?」
「いや、想定とは随分と違うリアクションだったもので……」
「この反応はカンビアッソがかましたからだよ!」
「かました……悪くはないですわね」
甘美もこの日一番の笑顔になる。
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