第8話(4)雪の夢世界
「そう、大学の中庭のベンチに座っていたら、甘美が話かけてきたんだ……」
現が思い出すように話す。時は少し戻り……。
「……貴女、隠岐島現さんですね?」
「……」
現が無言で甘美に視線を向ける。
「わたくしは……」
「厳島甘美だろう」
「おや、ご存知でしたか?」
「有名人だからな」
「そうですか」
「その有名人が一体何の用だ?」
「いえ、大学に入学して半年、なかなかお話が出来なかったなと思いまして……」
「これはまた意外なことを言う……」
「え?」
甘美が首を傾げる。
「こんな地味な陰キャだぞ?」
「? 特に否定はしませんが……」
「い、いや、そこは否定しろよ⁉」
「そういう自虐趣味にはいちいち付き合っていられませんの。こちらが得するようなことはありませんから」
「む……」
「それに、貴女自身とわたくしの認識は異なりますわ」
「え?」
「貴女は立派な奇人変人ですわ」
「なっ⁉ ど、どこがだ!」
「服装……巫女服を私服で毎日着て、キーボードを背負う人なんて初めて見ましたわ」
「ファ、ファッションや音楽への姿勢は自由だろう……!」
「音楽への姿勢……」
「百歩譲って、変人はともかくとして、奇人要素はどこにある?」
「構内で占い屋さんのようなことをしていらっしゃいますね?」
「ああ……」
「それですわ」
「あ、あれは需要があるからやっているんだ!」
「怪しさ抜群ですわよ」
「あれは雰囲気を演出しているんだ!」
現が立ち上がる。
「物は言いようですわね」
「不愉快だ! 失礼する!」
現がその場を去ろうとする。
「まあまあ、お待ちになって……」
「待たん! ……zzz」
「ええっ⁉ 立ったままお眠りに⁉」
いきなり眠ってしまった現に甘美が驚く。
「zzz……」
「随分と器用なことをなさいますのね……やはり奇人変人……ん? わたくしもなんだか眠くなってきましたわ……」
現の顔を覗き込んだ甘美は急な眠気に襲われ、ベンチに座って眠る。
「……はっ!」
甘美が目を開ける。起き上がって周囲を見回す。見渡す限りの雪原が広がっている。
「こ、ここは……? というか、寒い!」
甘美が体を縮こませる。
「現状を把握しましょう……さきほどまで大学の中庭にいたはず……それがいきなり眠気に襲われて、目を開けたら……この銀世界……」
甘美が俯きながらぶつぶつと呟いた後、顔を上げる。
「夢の中ですわね」
甘美はあっさりと結論にたどり着く。
「しかし、この寒気はリアルですわね……最近の夢は色々と進歩しているのかしら?」
甘美は首をぶんぶんと左右に振る。
「こうしてじっとはしていられませんわ。下手すれば凍死もあり得る……」
甘美は顎に手を当てる。
「状況を整理しましょう。ここは十中八九夢の中……。それにリアルでも、雪原で眠ってしまったら大変なことになる……」
甘美が頷く。
「……とりあえず動けば、状況にも何らかの変化が現れるでしょう。その変化を逃さず、この不思議な場所から抜け出す!」
甘美は判断材料に乏しい中、最適解に近い答えを、ほぼ直感で導き出した。
「そうと決まれば、先に進むしかありませんわね……どっちが先なのかは分かりませんが……わずかに吹いている風は向かい風……この風上になにかあるのでは? いいえ、きっとなにかがあります!」
甘美は勘で歩き出す。
「寒いと気が滅入って仕方ありませんわね。歌でも歌いましょうか。雪の進軍~♪」
甘美は明るく、暗い歌詞の歌を歌う。
「……どうせ生きては還らぬ積り~♪ って、生きて還りたいですわ!」
歌い終えてから甘美はハッとなる。再び周囲を見回す。
「特に変化はありませんかしらね……?」
「……!」
「ん⁉」
「‼」
黒い影が後方からいくつか飛び出してくる。甘美はそれを見て呟く。
「……黒いですが……形状は雪だるま?」
「……‼」
「おおっとっ⁉」
雪だるまの影が雪玉を投げてくる。甘美は自らの頬をかすめたそれで直感する。
「か、硬い⁉ もしかして中に石か何かを仕込んでいらっしゃる⁉」
「……! ……!」
雪だるまの影たちがどんどんと雪玉を投げてくる。甘美は走り出す。
「そんな物騒な雪合戦はごめんあそばせですわ!」
「……! ……! ……!」
雪だるまの影たちはさらに雪玉を投げてくる。甘美は舌打ちする。
「ちいっ! 雪に足を取られて、思う様に走れませんわ! ……こうなったら!」
甘美が立ち止まって振り返る。
「……⁉」
「ええい!」
甘美が振りかぶって雪玉を剛速球で投げ込む。
「……?」
「あ、当たったのにびくともしない⁉ そうか、雪だるまに雪玉を投げても無意味!」
「………」
雪だるまの影たちがじりじりと甘美に近づく。
「くっ、こうなったら、わたくしはこれで勝負ですわ! ~~♪」
「⁉」
甘美の歌の圧に圧され、雪だるまの影たちが霧消する。
「はあ、はあ……」
一通り歌い終え、甘美は周囲を見回す。雪だるまの影たちはすべて霧消した。
「ほとんど勘でしたが、わたくしの歌の熱気に当てられ、溶けてしまわれましたわね!」
甘美は胸を張る。
「やはり、わたくしの歌は、こういう摩訶不可思議な世界でも通用するということですわ! お~ほっほっほっ!」
甘美はお嬢様のパブリックイメージそのままの高笑いを響かせる。
「…………」
「む? なんですの? 人が勝利に酔いしれている大事なときに……」
「……………」
「ええっ⁉」
そこにはさらに大きな雪だるまの影が現れる。
「おおっ……これはもはや雪像レベル……」
甘美が見上げながら呑気に感想を口にする。
「………………」
雪像の影が足を高く上げる。
「え……ちょ、ちょっとお待ち下さる?」
甘美が慌てる。
「……‼ ……‼」
雪像の影が甘美を踏みつぶそうとする。甘美は側転してそれをなんとかかわす。
「あ、危なかった……」
「…………………」
雪像の影が甘美の方にその視線を向ける。
「い、いくらなんでもこの大きさを相手にするのはマズいですわね……」
甘美は背を向けて逃げ出す。雪像の影が追いかける。
「こ、このままではぺしゃんこですわ!」
「待て! 厳島甘美!」
甘美が声のした方に目線をやると驚く。巫女服の女性が立っていたからである。
「⁉ あ、貴女は隠岐島現さん⁉ 貴女もここに?」
「説明などは後だ! まずはあの影をなんとかする! 歌え! 厳島甘美!」
「ええっ⁉ し、しかし……」
「私がメロディーで援護する! 音の圧も加えれば……なんとかなるはずだ!」
現がキーボードを構える。それを見た甘美は直感で頷く。
「分かりました! 雪像さん! わたくしたちの音楽を聴きなさい! ~~~♪」
「⁈ 大学デビューに失敗した。なんでも言い合える友達が欲しい……」
音楽を聴いた雪像の影は何かを言い残して霧消した。現が恥ずかしそうにする。
「ま、まったく何の話なんだろうな? うん⁉」
甘美が現の両手をガシッと掴んで言う。
「素晴らしい演奏でしたわ。元々貴女に声をかけたのはその為……わたくしとバンドをやりましょう! 占いで使う怪しげな水晶玉を明日からキーボードに持ち替えて下さい! これは決定事項ですから! だって運命的な出会いですもの!」
「は、はあっ⁉ 水晶玉なんて使ってないぞ!」
困惑する現の手を強く握りながら、甘美は満足気に頷く。
「……これが甘美との出会いだったな」
話終えた現が頷く。
「その時点では夢世界に気が付かなかったのね?」
幻が尋ねる。
「大学生活に不満を持っており、なおかつ自らの不甲斐なさに腹を立てていた私が構築した疑似空間であるということまではある程度推測出来た」
「す、すげえな……」
現の言葉に陽炎が驚く。
「さすがにそれだけで夢世界までたどり着いたわけではないでしょう?」
刹那の問いに現が頷く。
「その後の夏休み、島根の実家に戻って。色々な話を聞いたり、昔の書物を調べたりすることによって、知識面ではたどり着いた」
「すげえな……」
「知識面では?」
感心する陽炎の横で、幻が問う。
「その後は地元の夏祭りなど――何故か甘美がついてきて大変だった――で、皆と会ったときと似たような状態に陥ることが何度かあった。皆のような大規模な夢世界は無かったが……とにかく、その後は経験を重ね、実績面でもたどり着いた……」
「夢世界に……」
「ああ、そうだ……」
刹那の言葉に現が首を縦に振る。
「なんで甘美ちゃんや貴女、それにアタシたちまで夢世界に入れるのかということは?」
「それがさっぱり分からん」
幻の疑問に対し、現が首を捻る。
「……選ばれた存在ということですわ!」
甘美が颯爽とスタジオに入ってくる。現が声を上げる。
「甘美! ようやく来たか!」
「選ばれた存在とは?」
「刹那さん、そんなこと決まっているでしょう? スターだからですわ……」
「なるほどな!」
「納得するんだ……」
陽炎の横で刹那はなおも戸惑う。現が尋ねる。
「……遅れてきてそれだけか?」
「申し訳ありません……お詫びに来週のライブ出演を決めてきました!」
「ええっ⁉」
甘美の宣言に四人が驚く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます