第7話(4)深夜の現

                  ♢


「こんばんは……」


「うおっ! び、びっくりした、甘美か……」


 背後からいきなり声をかけられ、現が驚く。


「そんなに驚くことですか?」


「お、驚くだろう、それは……」


「はあ……」


 甘美がため息をつく。


「な、なんだ、そのため息は?」


「がっかりですよ……」


「がっかり?」


 現が首を傾げる。


「わたくしの接近に気が付かないなんて……」


「ええ……」


「そこは素早くわたくしの背後に回り、首筋にすっと刃を突き立てるところでは?」


「刃ってなんだ……」


「とにかくなにか気配で察するところでしょう」


「なんだ気配って……」


「インチキでも巫女でしょう?」


「インチキって言うな」


「まさかインチキではないと?」


 甘美が口元を抑える。


「なんだ、その意外そうなリアクションは……」


「わけの分からない占いをしているではないですか」


「わけの分からないって言うな」


「では怪しげな」


「失礼だな」


「他に形容のしようがないではありませんか」


「あの占いは……その……あれだ」


「あれ?」


 甘美が首を傾げる。


「需要に応えているまでだ」


「需要? ニーズ?」


「ああ、そうだ。プロとして──」


「プロ……では、本物だというのですね」


「ああ」


「ならばこそですわ」


「お前は巫女をなんだと思っているのだ……」


「不思議な力を有しているのではないのですか?」


「別に有していない……」


「え……?」


 甘美が愕然とする。


「ま、まあ、感覚は鋭敏な方だとは思うが……」


 現が何故か取り繕ってしまう。


「感覚が鋭敏?」


「勘が鋭いともいうかな……」


「……」


「な、なんだ……」


「勘が全然働いていないではありませんか」


「ち、違うことに集中していたからだ」


「違うこと? ……それはなんなのですか?」


「それは秘密です」


 現が右手の人差し指を自らの唇にあてる。


「いや、そういうのはいいですから……」


「それよりお前だ」


「はい?」


「最近、バンドメンバーの周りをうろちょろしているらしいじゃないか」


「あれは皆さんをよく知るためです。よりよいバンド活動を行うためには必要なことです」


「よりよいバンド活動……」


「ええ、必要とあらば更生してもらっています」


「こ、更生?」


 現が困惑する。


「それはリーダーとして当然の務めです」


「ちょっと待て、いつリーダーになった?」


「それはどうでもよろしいでしょう」


「よろしくはないだろう」


「成果はきちんと出ていますから」


「成果だと?」


「ええ、幻さんはビリヤードの武者修行に出ようと決意を固め……」


「!」


「刹那さんはマラソンランナーを目指そうとお思いになられ……」


「‼」


「陽炎さんは今年中にドラフト会議に指名されるのが夢だそうです」


「⁉ ちょ、ちょっと待て、一体何をさせている⁉」


 現が声を上げる。


「良い道へ進んでもらっているのですわ」


「間違った方向へと誘っているだろう!」


「そうですかね?」


「そうとしか思えん!」


「そんなことより問題は貴女ですわ!」


 甘美が現をビシっと指差す。


「え?」


「こんな夜中に街をうろついて何をしているのですか⁉」


「べ、別にやましいことはしていないさ……」


「嘘おっしゃい!」


「う、嘘ではない!」


「では、これから同行させてもらってもよろしいのですね?」


「! ま、まあ、いいぞ。こっちだ……」


 現が少し寂れたビルの中にある店の前に立つ。


「こ、これは……麻雀?」


「ああ、そうだ、麻雀を打っているんだよ」


「そ、それはヤの付く人の代打ちで⁉」


「なんでそんな用語知っているんだ……違う、ここは健全な店だ。実力者も多く揃う。その方々と卓を囲むことで、私の鋭い感覚や勝負勘を養ってもらっているんだ……」


「ふむ……見学してもよろしいでしょうか?」


「別に構わんと思うが、ルール知らないだろう?」


「〇ンジャラのパロディですよね?」


「ド〇ジャラがパロディだ」


「まあ、大体大丈夫……ルールは把握しましたよ」


「ま、まあ、負けたら大人しく帰るだろう……」

 

 現が小声で呟く。それからしばらくして……


「ふふっ……」


「ば、馬鹿な……ビギナーズラックにしても出来過ぎだ……」


 終局した結果、甘美の一人勝ち。現は信じられないといった表情を浮かべる。


「ふふ、背中が透けて見えますわよ……」


「それを言うなら背中が煤けるだろう。透けたら大変だ」


「さあ、もう一局、参りましょうか」


 甘美が不敵な笑みを浮かべる。

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