第7話(3)昼間の陽炎
♢
「なんだよ、カンビアッソ……こんな朝早くに呼び出して……」
陽炎があくびをしながら歩いてくる。
「……もうお昼ですが」
甘美が腕組みをしながら答える。
「え、嘘?」
「そんなしょうもない嘘をつくわけがないじゃありませんか……」
「ええ……?」
「時間を確認してみたらどうですか?」
陽炎がスマホを取り出して確認する。
「げ、マジだ……」
陽炎がペロっと舌を出す。
「でしょう?」
「まあ、いいじゃあねえか」
「え?」
「起きた時間がおはようございますなんだよ」
「業界関係者じゃあるまいし……」
「ゆくゆくは、つーかもはや半分業界人みたいなもんだろ」
「まったく違いますよ」
「こういうのは気分が大事なんだって」
「気分って……」
「形から入っていって、だんだんと業界人になっていくって寸法よ」
「それでは自称業界関係者と変わらないでしょう……」
甘美が呆れる。
「ふあ~あ……」
陽炎があくびをする。
「昨日は遅かったのですか?」
「ああ、知り合いがやっているバンドのライブを見に行ったんだけどよ……」
「ほう……」
「どういう流れか、オレもステージに上がることになってさ……」
「本当にどういう流れなのですか?」
陽炎の話に甘美が戸惑う。
「細かいことは忘れちまった」
「忘れたって……」
「う~ん……ああ、思い出した、モッシュってあんだろ?」
「オーディエンスが興奮して、首を振ったり、体を揺らしたりする……」
「そうそう、それそれ」
陽炎が頷く。
「それが何か関係あるのですか?」
「いや、モッシュが激しくてよ……なんかこう押されて……」
「危ないじゃないですか」
「ああ、だが気が付いたら、ポン!とステージの上に弾き飛ばされてさ……」
「そんなことあります⁉」
甘美が声を上げる。
「あったんだからしょうがねえだろう。それがウケてさ。お前も弾けよ!ってなって……」
「普通降りませんか?」
「そこで降りたら盛り下がる感じがしたからさ」
「し、しかし……」
「そっから小一時間ステージ上にいたな……」
「もう参加してしまっているではないですか⁉」
「アンコールはバンドTシャツ着ちゃってさ……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「うん?」
「アンコールっていうことは、一旦袖に下がっているでしょう⁉ 何をステージに戻ってきているのですか⁉」
「そこはまあ、なんとなくノリでさ」
「ノリって……」
「そう、ノリ。それで盛り上がって、打ち上げも三次会まで参加していたのはなんとなく覚えているんだけどよ……」
陽炎が後頭部をポリポリと掻く。
「要は朝まで飲んでいたと……」
「ああ、どうやらそうみてえだな」
「よくそれで自宅に戻ってこられましたね……」
「不思議なもんだよな……」
陽炎は腕を組みながら首を捻る。
「二日酔いは大丈夫なのですか?」
「その辺は平気だ。結構強いんだよ」
「それでも飲み過ぎないでくださいね……」
「気を付けるよ」
「……」
甘美が陽炎をじっと見つめる。
「な、なんだよ?」
「陽炎さん、専門学校生なのですよね?」
「ああ、そうだよ。音楽系の」
「……授業は?」
「別に出なくても良くね? 音楽ってさ、人に学ぶもんじゃねえと思うんだよ」
「学校を卒業出来ないのでは?」
「辞めればいいさ。その方がロックだろ?」
陽炎が両手を広げる。
「いつの時代のロック観ですか……専門学校中退という経歴はあまりよろしくないと思いますよ。真面目に通って下さい」
「ええ、めんどいな……」
「それではこうしましょう。わたくしと勝負して負けたらちゃんと学校に行くこと」
「勝負? なにをするんだよ?」
「そうですね……あちらなどどうでしょうか?」
甘美が近くにある施設を指差す。
「バッティングセンター?」
「ええ、より多くホームランを打った方が勝ちです」
「……面白えな。乗ったぜ」
二人はバッティングセンタ―に入る。
「では、陽炎さんからどうぞ……」
「……!」
陽炎が次々とホームランを放つ。甘美が感心する。
「へえ、なかなかおやりになりますね……」
「何を隠そう、中学までは女子野球やってたからな。勝負の種目選択ミスったな」
陽炎が不敵に笑う。陽炎の番が終わり、甘美の番になる。
「ふむ……」
「おいおい、そんな構えで打てんのか?」
「チャー……シュー……メン!」
「⁉ はあっ⁉ あ、あんなに飛ばしやがった……ひょっとして経験者か?」
「いいえ。ですがゴルフはよくやっていました。後はリズム感でどうにでもなります」
「い、いや、普通ならねえだろう……」
「……十球中十本ホームラン。陽炎さんより一本多いです。わたくしの勝ちですね」
「くっ、ま、負けた……」
「ブランクがあるとはいえ、スイングに甘さが見られましたね。明日からギターをバットに持ち替えて特訓です!」
「しゅ、趣旨変わってねえ⁉」
甘美の言葉に陽炎が困惑する。
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