第7話(2)早朝の刹那

                    ♢


「短大生って世間一般ではわりと楽なイメージを持たれているかもしれないけれど……」


「ふむ……」


 刹那の話に甘美が頷く。


「これが意外と大変なんだよ。普通の大学生が4年かけてやることを2年で済ませなきゃいけないわけじゃん?」


「ああ……」


「となると、意外に余裕というものはないわけだ……」


「ほう……」


「まあ、短大によるんだけどね」


「ん?」


「または短大内でも、学科によるよね」


「うん?」


「『ちゃんとしなきゃいけない学科』と『遊んでいても卒業出来る学科』があるね……」


「……刹那さんの場合は?」


「これが微妙なんだな」


「微妙?」


 甘美が首を傾げる。


「『半分ちゃんとして、半分遊べる学科』って感じかな」


「はあ……」


「わりと自由に授業を組めると言っても、午前中から授業のことが多いけどね」


「夕方までは授業と……サークル活動などは?」


「あるにはあるけど……参加すると思う?」


「思いませんわ」


 甘美が刹那の問いかけにすぐ答える。


「そ、即答……それもなんか悲しいけど……」


 刹那が苦笑する。


「……夕方からは何を?」


「もっぱらベース弾いてるね」


「練習ですか」


「そう。バイトの日もあるけどね」


「アルバイトは何をされているのですか?」


「楽器店と中古レコード店。常に音楽に触れていられる感じが好きなんだよ」


「ふむ……」


「客層もボクと似たような感じか、馴染みのある感じが多いからね。結構気楽だよ」


 刹那が笑みを浮かべる。


「それが終わったら?」


「コンビニの夜勤。毎日じゃないけど」


「危なくありませんか?」


「ワンオペじゃないから大丈夫だよ。治安がわりと良い地域だし。酔っ払いの客がたまにウザいくらいかな。時給がわりと良いからね」


「……その夜勤が無い日は?」


「部屋でベースに没頭……」


「ふむ? ベースはそこにあるようですが?」


 甘美が壁に立てかけられたベースに視線を向ける。


「……そうだったら恰好良いんだけど、ついつい遊んじゃうんだよね~」


 刹那がゲームのコントローラーを片手に笑う。刹那の隣に座り、モニター画面を見ながら、甘美が尋ねる。


「……こうしてゲームを朝まで?」


「そうだね」


「睡眠は? お話を聞いていると、睡眠時間がないように思えるのですが……」


「まあ、自然と寝落ちするか……」


「するか?」


「変に目が冴えちゃって、朝まで起きてることが多いかな」


「それでは寝られないではないですか」


「寝られるよ」


「はい?」


「すやすやと」


「いつ?」


「日中」


「どこで?」


「主に短大で」


「……分かりました」


 甘美がすくっと立ち上がる。


「うん? どうしたの?」


 刹那が首を傾げる。


「マイペースぶりにも限度があります……」


「ええ?」


「生活のリズムというものを見直しましょう! 夜は寝られるときはしっかり寝て、朝は近所の公園でランニングです!」


「ええっ⁉」


 刹那が驚く。


「よろしいですね?」


「い、いや、よろしくないよ!」


 刹那が首を激しく左右に振る。


「どうして?」


「ランニングなんて健康的なこと不健康だよ!」


「……矛盾していますわよ」


「矛盾じゃない! そんな身体に良いことしたら、身体がびっくりしちゃうよ!」


「なにもいきなり本格的に走れなどと言っているのではありません。徐々に身体を慣らしていくのです……」


「な、なんの為に?」


「ご自身でおっしゃったでしょう。健康の為です」


「そ、そんな……」


「初めはウオーキングでも構いません。そうと決まったら、ジャージに着替えて……」


「か、勝手に決めないでよ!」


 刹那が抗議する。


「ふむ……それではこうしましょう。ゲームでわたくしが勝ったら、わたくしの言う通りにすること。刹那さんが勝ったら、何も言いませんわ」


「ゲ、ゲームで決めるの?」


「悪い条件ではないと思いますが?」


「い、いいよ、じゃあ、やろう」


「……」


 甘美が座り、コントローラーを手に取る。


「言っておくけど、手は抜かないよ?」


「望むところです」


 二人はゲームを始める。それから、しばらくして……。


「ば、馬鹿な……連戦連敗? どのジャンルでも勝てないなんて……」


「習い事でeスポーツがありましたから、プロゲーマーの方に鍛えられました……」


「な、習い事⁉ プ、プロゲーマー⁉」


「……夜が明けてまいりましたね。さあ、公園に参りましょうか!」


「え、ええ……」


「……こうして運動するのも良いものでしょう?」


 公園を歩きながら、甘美が刹那に問う。


「うん、まあ……これはこれで良いかも……」


「それは良かったですわ……」


 自らも留年しかけたことを思い出した甘美は、『人の振り見て我が振り直せ』という言葉を噛みしめるのであった。

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