十六話 掌の上

「椛……お前まさか……」


 車はトランクがある車の後ろに移動して僕はバックドアを開けた。その瞬間――


「うおっ!!」


 一人の人間がトランク内から被せてあったと思われる布と共に勢い良く飛び出した。その正体は僕の好きな人だった。


「姫様……」


「バレていたか……」


「あの……ビックリ箱みたいに現れないで下さい……」


 ん……? トランクの中に剣が二本あった。


「おい椛! なんで姫さんが隠れていることが分かったんだ!」


「裁ちバサミカッターが車のドアを開けたら中からじゃっかん姫様の香りがしたんでね!」


「犬かよ……」


「それより姫様……なんでここに?」


「それはお前を止める為だが?」


「僕一人を止める為に姫様召喚はもったいなさすぎます。せめて呼ぶなら小林さんとかでしょ」


「お前は私の言うことしか聞かんと思ってな」


「じゃあなんで隠れていたんですか!?」


「そ……それは……」


 姫様が戸惑っている……? ここは優しくしよう。


「まぁ……隠れたくなることもありますよね!」


「……とにかく話は車でするぞ。たとえダンジョンの外でも入口付近は危ないんだ」


「でも……」


「ここで話す気なら縄で縛って車に積めてやる」


「あっ! すみません! 怖いんですぐ車に乗り込みます!」


 姫様の忠告を聞いて僕は車のバックドアを閉めた。その瞬間、僕は何かに体を掴まれて宙に浮いた。


「え?」


 僕は後ろなどを見るとダンジョンの入口から巨大な手が出て僕の全身を掴んでいた。


「うわぁぁぁ!! なにこれ!!?」


 僕を掴んだ手は僕ごとダンジョンに入っていった。


「ああぁぁぁーー!!」



「う〜ん……」


 一体どれくらいの時が経ったのか知らない……恐らくここはダンジョンの中だ。周りが真っ暗だし。


 ひとまず僕は横になった状態から立ち上がった。


「まさかダンジョンの中から手が出て強制的にダンジョンへ……」


 マジでやらかした……ダンジョンに入らなければ大丈夫だと思っていだけど普通に危なかった……


「……どうしよう」


 とりあえずスマホのライト機能で辺りを照らそう。


 僕はポケットのスマホに入っているライト機能で前を照らした。


「何も無い……ただの道か?」


 前方の地面を照らすと地面が無いことに気付いた。


「危な! 前は崖だった! じゃあ後ろ……」


 後方の地面を照らしてみても崖だった……え? 後ろもだめ? まさか左右も崖じゃないだろうな……


 左右を照らしてみても崖……いや崖では無い……照らして分かった……ここは掌の上だ! 


「まさかさっきの……」


 一瞬で上空が明るくなった。


「眩し……!!」


 目を開けて周りを見ると超巨大な一人暮らしの大学生男子の部屋みたいな空間だった。


「ここは……巨人の部屋!?」


 上を見ると……電球の照明があるし……


「よぉ……」


 下から声が……下を見ると地面で横になりながら右手を高く上げている巨人がいた。


「あ……おはようございます」


「お前さぁ〜。起きたてで悪いんだけど他の仲間呼んでくれね?」


「他の仲間……?」


「ダンジョンの外にいる奴を呼べって。多くの者を殺せばボスに褒められるからよう」


 僕をすぐに殺さなかったのは手柄を多く手に入れる為か……


「他の仲間を全員呼べばお前だけは助けてやるからよぉ〜」


 巨人はそう言ってニヤついた。


「呼んだらお前……姫様ってお方に殺されるけど」


 声小さく感じるだろうから聞こえないか。


「おい! 俺が殺されるってどう言うことだ!?」


 聞こえてた……


「姫ってことは女だろ! 女が俺に勝てる訳がねぇ! あーはっはっは!」


「何言ってんだか。僕の中で最強は姫様だから……女が弱いってのは僕が聞く説では一番あり得ないな」


「じゃあさっさとその最強を呼べよ!」


 姫様と連絡先交換してないから裁ちバサミカッターかイスのローラーから頼むしかないけど……


「おい」


 僕が姫様に助けを求めようとスマホをいじっていると、一人の『おい』と言う声が聞こえた。この声はまさか……! 


 巨人の前方を見ると剣を二本腰に差している姫様がいた。


「姫様ーー!!」


「なんだもう来たのか。お前が最強か?」


「……なんのことだ?」


「最強なら俺を倒してみろ!!」


 巨人はそう言うと僕を姫様に向かってぶん投げた。ぎゃぁぁぁぁ!! 


 僕は高速で飛ばされていると、突然濡れた。


 こ……これは……! 姫様の水……!! 


「ハァ……ハァ……」


 僕は地面を転がって倒れた。どうやら僕は姫様の水魔法で移動スピードが落ちてダメージをほとんど受けずに地面に降りたらしい。


「あ……ありがとうございます……」


「お前の扱う魔法は水か!」


「水なことは見れば分かる筈だが?」


「あっさり死ぬんじゃねぇぞ最強ちゃん!」


 巨人は姫様に向かって寝っ転がったまま右手でパンチしたが、姫様は右手から凄い勢いで細く噴射させた水で巨人のパンチを止めた。


「その程度か」


「なに!?」


「お前程度……俺の敵ではない」


 ……え? 姫様が俺って言った? 


「ナメるな!!」


 巨人はキレた様子になって立ち上がった。その瞬間、姫様は地面や壁に向かって勢い良く水の魔法を噴射させて巨人に向かって飛んだ。


「はやっ……」


 姫様は剣を抜き、巨人の左胸を体ごと貫いた。


「うそ……だ……」


 あっさりやられた巨人は倒れた。恐らく心臓を貫かれている。さすが姫様過ぎて泣きそう。


「あ……ありがとうございます姫様……!」


 僕はお礼を言って姫様に駆け寄った。


「……俺は姫様ではない」


「え」


「俺の名前はブラック林道だ」


「……姫様ですよね。どっからどう見ても」


「違う! 確かに瓜二つだが姫は俺の双子の妹だ!」


 いや絶対嘘なはず……昨日姫様は一人っ子だって明かしたし……


「ところでタンしお……お前、配信はしているのか?」


「えっと……してません!」


「そうか……配信していないのなら芝居しなくていいな」


「……やっぱりあなたは法灯村姫様ですよね?」


「あぁ……お前がもし配信していても良いように私は他人のフリをしていたんだ」


 あ……配信を警戒してブラック林道って名乗っていたってことか! 頭良い! 仮に見られても姫様は双子の妹って言えばいいし。本当は双子じゃないんだろうけど……


「でもなんでブラック林道……ってなんとなく分かるんですけどまぁ……」


「お前がダンジョンの入口で裁ちバサミカッターとイスのローラーから私をおびき寄せて話したかったこと……なんとなく分かってな」


「巨人の死体ありますけどここで話します?」


「あぁ……私達はどうせ死ぬんだ……話せる所まで話そう」


「ちょっ! なんでそんな弱気なんですか!? ネットでは最近出来たばかりの高難易度ダンジョンだと言われていますけど……」


「ここのダンジョンは父の次にダンジョン調査隊の隊長になる筈だった者が死んだ所なんだ」


「ま……マジですか」


「これは世間に公表されてないから知らないのも無理はない」


 確かに二十三歳の姫様が隊長をやるなんて若いなと思ったが……隊長になるはずだった人がいたのか! 


「その方が正式に隊長に任命される数日前、隊長の役割としてこのダンジョンに数名引き連れて入った」


 まさかそこで全滅……


「その隊長になる筈だった者の名は橋本はしもと王将おうしょう


「王将!? めっちゃ強そうなのに……」


「王将さんは私よりも何倍も強い……共に行動した隊員も王将さんも皆魔法を扱えていたが、未だ誰一人生きて帰ってこられた者はいない……」


「……でも姫様はこんなダンジョンに一人で駆けつけてくれたじゃないですか」


「え……?」


「普通だったら僕みたいな奴見殺しにしますよ!」


「……私にお前を見殺しなんて選択は出来ない」


「うぅ……姫様めっちゃ優しい……」


「はぁ……」


「じゃあ姫様……帰りましょう……」


「恐らく……入口に戻っても無駄だ」


「え……?」


「王将さんならここのダンジョンの難易度を察知してすぐに引き返す筈だ。試しに私が来た道を歩いてみよう……」


 姫様の来た道を歩く為に僕と姫様は巨人の部屋から外に出た。


「なるほど……道が変わっている……私が残した痕跡も無い……」


「え!?」


「やはりボスを倒すまでダンジョンから出ることは叶わない様だな……」

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