五話 自己紹介

 僕は今、目的地に着いた車の中にいる。そして超緊張中である。


「着いたぞ」


 運転手の橋本の操作によって車が止まった。


「椛! 緊張すんなよ!」


 後部座席の後ろに座っていた僕は隣にいる小林さんにそう注意された。正直……緊張はむっちゃしている……


「良いか椛、面接で緊張した奴は全員落ちている」


「めっちゃ厳しい……じゃあ小林さんは緊張しなかったんですか?」


「いや、隊長以外の隊員は他の隊から移った人だけなんだ。つまり面接から俺達の隊に入れた者は一人もいない」


「お前……諦めて帰った方がいいんじゃないのか?」


 橋本ぉ……!! 諦めたら救世主に会えないから絶対しねぇよ〜ー!! 


「まっ! 取りあえず会ってみると良いぜ!」


 小林さんにそう言われ、背中を右手で軽く一回叩かれた。



 その後、僕は小林さんと橋本と一緒にダンジョン調査隊の本部に入って内部を歩いていた。


「思ったより建物でかいだろ?」


「でかいんですか?」


「例えると……そこら辺の小学校を真っ二つにした片割れの大きさだな!」


「小林……どんな例えだ……」


「しょ……しょうがっこう……何ですかそれ!?」


「小学校……お前分からないのか……?」


「はい……」


「小林……こんな奴ダンジョンに連れて行くならまだしも、隊に入るなんて不可能だな」


 橋本ぉ……!! だが……橋本ぉの言う通り、こんな僕が隊に入れるなんで夢のまた夢だ……隊に入れなくても期間限定で良いから一緒にいたい……



 数分後、僕は遂に隊長がいると言う扉の前に立った。


「ここが隊長がいる部屋だ」


「椛、お前一人で入ってみろ」


「えぇ……! ひっ……一人!?」


「とにかく本気で行け。迷いがあっても駄目だぞ」


「……はい! 分っかりました!」


 僕は覚悟を決めて扉を三回ノックした。


「入れ!」


「この声は……! 救世主の声!」


 僕は扉を開けて部屋の中に入った。まず視界にデスクが映り、椅子にあの強くて美しくて優しい救世主が僕の方を見て座っていた。


「あの時助けに来てくれたダンジョン調査隊の隊長……ですか?」


「お前か……確か……」


「名前は椛です!!」


 僕はハキハキと名前を言ったが、数十秒間の無音が続いた。何かまずいことでもしたのだろうか……? 


「……下の名前だけか」


「え? 下の名前?」


 し……しまったーー!! みょ……名字がーー!! うっかり覚えとくのを忘れてたーー!! 


「どうした? 言えないのか?」


 せ……せっかく再会出来たのに……これは酷い! 


「自分の名前くらい言えるようになってからここに来て欲しかった」


「も……申し訳ございません!!」


 僕は思いっ切り土下座した。


「冗談だ。せっかく来たのにこれで終わりは無いだろう。病院から聞いたお前のフルネームは天照椛てんしょう もみじだ」


「て……てんしょうもみじです!! 宜しくお願いします!!」


 僕は自身の名前を言われた直後に立ち上がって自己紹介をした。すると救世主が不思議なものを見る時になる様な顔つきになった。


「ちなみに……私の名前は分かるか?」


「そりゃあもちろん……分かりま……」


 僕はハキハキと救世主の名前を言おうとしたが、数十秒間の無音が続いた。


「えぇっと……」


 し……しまったーー!! 救世主の画像見ただけで名前を確認するのを忘れてたーー!! このままでは僕は自己紹介も出来ないし相手の名前も分からないただの失礼な奴になってしまうーー!! 


「どうした? 変な顔をして」


 僕は思わず両手で頭を抱えてしまった……


「は……はい……すみません……分かりません……」


「謝らなくていい。私の名前を知らずとも構わない」


「うぅ……」


「私の名は法灯村 姫ほうとうむら ひめ――」


「もう忘れません!! ほうとうむらひめ!!」


 イニシャルはダブルH! 覚えやすいぞ……!! 


「自己紹介を終えた所で私からお前に質問がある」


「な……なんでしょうか……」


「お前は何が目的でここに来たんだ?」


「え……えっと……昨日は助けていただきありがとう御座いました!! お礼を言いに来ました!」


「あぁ」


「あと……僕を……隊に……」


「私の隊に入る気になっているのか?」


「え」


「面接なら既に不合格だ。お前は緊張しまくっている」


 バ……バレバレだった……


「緊張とかの前に記憶喪失者をダンジョン調査隊の一員にさせる訳が無い」


「そ……そうですよね……」


「私はお前と一回話がしたくて連れて来るのを許可した」


「話がしたくて……それって僕のこと……好きになったってことですか!? 一目惚れですか!?」


「違う。話を変えるな」


「す……すみません」


「話というのはお前……?」


「え?」


 なんだ……鳥肌が立った……


「私達がお前を助けた時、既にダンジョンは攻略されていた」


「攻略……?」


 ダンジョン攻略とは……ダンジョンに住むボスを倒し、ダンジョンの機能を停止することだ」


 な〜んか嫌な予感がするぞ……


「お前が救出されたダンジョンの場合、ボスを倒したことによってダンジョンに住むモンスターも全て消えてただの洞窟に変わり、仕掛けられた魔法の効果なども消える」


「なるほどなるほど…………え」


「お前は確か例のダンジョンの罠にかかって記憶喪失になったんだな」


「ま……まさか……」


「お前……記憶喪失になったフリをしているだろ!」


「えぇ〜!! そっちですか!?」


「記憶喪失した割にお前はハキハキしている!」


 僕はショックを受けた。そして膝を床に着けて顔を地面に向けた。


「ほ……本当なんです……本当に記憶が……」


「とにかく、もう話すことは無い」


「そんな〜……」


「お前は家に帰れ。そして二度とダンジョンに入ろうとするな」


 こ……このまま僕が帰ったら……もう一生このお方に会えない気がする……なんとか……なんとか……


「……あの!」


「なんだ?」


「ほ……ほうとうむらさんは探検帽を被った女性の中で世界一美しいと思います!」


 こ……これでどうだーー!! いっけーー!! 


「ふっ……記憶を失った者が何を言う……」


 は……鼻で笑われたー……


「仕事の邪魔だ。お前はもう消えろ」


 僕のことを睨んで命令……もっと睨まれた……じゃなくてこれ以上居続けたら嫌われるから出よう。



 僕は落ち込んだ様子で顔を下に向けながら救世主がいる部屋から外に出た。付近に小林さんがいた。


「おっ、その様子だと駄目だったみたいだな」


「はい……記憶失くした僕なんか駄目だったんですよ……」


「まぁ気にすんな。スマホ出して俺と連絡先交換しようぜ! 何かあったら連絡してやるから!」


 小林さん……むっちゃ良い人だな……


「連絡先交換って意味分かるか?」


「わ……分かります……」


「そうか! じゃあ交換しようぜ」


 僕はスマホを探そうとズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「あ……僕スマホ無いんだった……」


 そうか……スマホは僕が見つけたお宝を横取りした連中から取られたんだった……


「あの……僕はスマホも失くしたんです……」


「あぁ〜……じゃあ連絡先交換出来ないのか。お前は面白い奴だと思ったのにな〜」


「すみません……」



 そして僕は小林さんの運転で家に戻った。ちなみに橋本は自身の仕事の為にいなくなったていたらしい……って橋本いる必要あった……? 


「あ〜あ……つらいな〜……」


 自身の部屋にいる僕は床で寝そべってゴロゴロして落ち込み中にあった。


「スマホ持ってたら小林さんと連絡先交換出来たのに……くそ……あいつら絶対許さん!」


 僕は勢い良く立ち上がった。


「あいつらに復讐だーー!! うおぉぉぉ!!」


「うるさいぞ椛!」


 自身の部屋にいると思われる父から注意された……僕は記憶を失ったんだぞ! 優しくしてくれても良いじゃないか! 


「いや……父にキレても仕方がないか……」


 それにしても今後どうしよう……救世主……法灯村姫さんにまた会いたいな……いずれはいつでも会える関係に……


「やっぱり……ダンジョン調査隊になりたい! なるしか無いんだーー!!」


「だからうるさいぞ!!」


「あなたもよ!!」


 くっ……! 家族みんなうるさくて近所ごめん……

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