誰だ?
「毎日暑すぎるって!」
弓波はそう声を荒げた。また始まったか、と水越はため息をつく。
毎日、テレビの天気予報を見るたびに弓波が叫び声をあげるので、水越は
辟易していた。
水越はリモコンを操作し、テレビを消した。
「あのなぁ、お前、そう言っても仕方がないだろ。天気なんて、人間が易々と
変えられるものじゃないんだよ」
水越は弓波にそう言った。この言葉も、もう何度発しているだろうか。
「せっかくの休みなのに、こんなに暑いと何もやる気が起きない!
おい水越、気候の神様を召喚してくれよ!」
「は?」
何を言っているんだコイツは。ついに暑さで頭がやられてしまったのか。
「……少し休んだ方がいいぞ。しっかり水を飲め。あ、あと塩飴も舐めるか?」
「いや、そんなマジトーンで言われると怖いって。冗談だよ冗談。ハハハ……」
弓波は水越の本気な声音にやられたようで、乾いた笑いを発していた。
「冗談だとしても、もっと上手い冗談をだな––––」
「えっ、呼んだ?」
水越がため息をつきながら弓波に注意しようとしたが、何やら間抜けな声が聞こえた。
「おい、ふざけるなよ」
水越は弓波を睨んだ。
「いや、ふざけてないって。今の声、俺じゃない」
弓波は慌ててそう言った。
「お前じゃないって言われても……お前の他には俺しかいないし、
じゃあ他に一体誰が––––」
「本当に俺じゃないって!」
弓波は焦ってそう言った。
「お前以外ありえないだろ、ふざけるのもたいがいに–––」
「なんだ、呼んでないのかよ」
弓波が息を呑んだ。
「……おい、今の聞こえたか?」
「呼んだとか呼んでないとか、変なことを言うのはやめろ、弓波」
弓波は水越に恐る恐る確認をした。
水越は今度は怒ったような口調でそう弓波に詰め寄った。
「そんな、マジで俺じゃないんだって! 信じてくれよ」
「人を揶揄うのは、やめろって何回言えば分かるんだ。本当にいい加減に–––」
「喧嘩か? 喜んで見物させてもらおう! 人間の喧嘩は久しぶりだし、どうぞ、
どんどんやっちゃってくれよ! アッハッハ!」
突如甲高い声がした。
「え、なんだ。いまのは」
「だから、俺の声じゃないだろ」
水越が唖然としてそう言う。弓波は震えながらそう否定した。
しばしの静寂があたりを包んだ。
「あれあれ? 僕を呼んだのって君たちじゃないの?ついつい気候がどうたらとか言うから、出てきちゃったよ」
声は確かにそう言った。
「出てきたって言っても……姿が見えないじゃんか! どこにいるんだよ!」
弓波が水越の後ろに隠れながら言った。
「弓波、怯えるんじゃない! どうせ、疲れすぎているんだろう」
水越はこめかみをトントンと叩きながらそう言った。
「あはは、いいねぇその反応。あ、でも、僕はお化けじゃないから安心してくれよ?」
また謎の声が聞こえたが、水越はとりあえず無視することにした。
「……まぁいい。とりあえず、弓波。洗い物をするから、食器下げちゃってくれ」
「いやいや、何普通に今の声ガン無視しちゃってるんだよ⁉︎ めっちゃ怖いんだけど⁉︎」
普通に謎の声を無視した水越に、弓波はすかさずツッコミを入れた。
「あはは、漫才みたいだね〜。君たち漫才コンビ組めそうじゃん」
謎の声がそう言った。
「おいっ、声だけじゃなく姿を現してくれよ! こっちはいつでも戦う準備
できてるんだからな!」
弓波はスッと、ファイティングポーズをした。
「ちょっと待ってよ。今から姿を現すからさ。えいっ」
すると、謎の声がした方から、眩い光が溢れ出した。
「えっ、なんだこれ。まぶしっ……」
「うっ……」
弓波も水越も、慌てて目をつぶる。
「うわ〜、眩しかった? ごめんごめん」
その謎の声は、軽い口調で謝る。
「うっ……眩しかった……」
弓波も水越も、恐る恐る目を開ける。
「ハロー。あはは、二人ともビビってて笑うわ」
そこには、オレンジや青などの色彩が施された
人が立っていた。何やら派手な外見だ。耳にピアスもしていて、いかにも
現代の若者、という感じの風貌だ。
「うわっ、誰だお前⁉︎ 俺たちに危害を加えにきたのか⁉︎」
弓波はすっかり腰を抜かし、お化け屋敷でおばけに遭ったときのような、情けない表情になった。
「だ・か・ら! 僕は危ないおばけじゃないってば! 神だし!」
「いや、自分のこと神って自称するとか余計アブナイ人だろこいつ! 水越! 通報しろ今すぐ!」
「あぁ、了解した」
弓波が水越にそう命じ、水越はスマホを取り出して110番通報をしようとした。
「ちょい待ち待ち! 通報すんなよ! ……って、僕別に神様だから通報されても
支障ないんだけどね」
気候の神様は一瞬焦った後、けろりと思い直したように言った。
「いや、神だろうがなんだろうが、知ったことか」
水越はそう吐き捨て、スマホを握り直して再び電話番号を押そうとした。
「は〜二人とも信じてくれないんならしょうがないな。無理矢理だけど
信じてもらうしかないか。えいっ!」
雷が大音量で鳴り出した。
うわっ⁉︎ と水越は驚き、スマホを落とした。
弓波も、びくりと肩を震わせ
「ひぃっ! な、何すんだよ!」
と、怯えながらそう言った。
「そんなに怯えなくても良いのに。雷を鳴らしただけさ。
ホラ、これで僕が正真正銘の神様だって分かっただろ?」
「……わ、分かったよ。まだあまり信じれないが。で、お前は
結局なんの神なんだ?」
水越が疑心暗鬼になりながらもそう尋ねた。
「おい水越、お前順応しすぎだろ!」
弓波がすかさずツッコミを入れる。
「んー、僕はね。気候の神様だよ。さっきのやつ見て、大方察して欲しかったんだけどな〜。まぁいいや。何度も言うけど、君たちに危害は加えたりしないよ」
「君たちさ、毎日暑いって言ってたろ? だから、僕が涼しくしてあげるよ!」
気候の神様はそう言った。
「涼しくしてくれるのはありがたいな」
「あ、ありがたいけどさ、急に吹雪みたいな寒さにはしないでくれよ?
困るからさ」
水越は意外とすんなり受け入れたが、弓波はまだ信じきれていないようだ。
「あはは、そんなに吹雪みたいにはしないよ。お望みならしてやってもいいけどさ。
まぁ人間は、急な気温変化には耐えられないみたいだし? 今君たちが住んでる
この街だけ、涼しくしてやろう」
気候の神様はそう微笑みながら言った。
「なんだその言い方。いちいち勘に障る言い方だな」
弓波がムッとして言い返す。それを見た気候の神様は
「ははっ。まぁいいさ。じゃあこれで––––」
気候の神様は、手をパンパンと二回叩いた。
「はい。これで、涼しくなったよ。外に出てみて、確認してくれ」
そう平然と言った気候の神様に対し、弓波と水越の二人はまだ信じられないと言う
顔で、恐る恐る外に出てみた。
すると––––
「あっ、ムシムシしてない! 全然涼しいじゃん!」
「本当だ。毎日、このドアを開けるのに相当な覚悟が必要だったが、今日は
その心配は必要なさそうだな」
二人の歓喜の声が上がる。
「ねっ、僕の言った通りだろ?」
気候の神様は、子供のようにはしゃいでいる。
「うわっ、すげ〜! 気候の神様、あんたすげ〜よ!」
「本当だな。今までの暑さが嘘みたいだ。……とりあえず、あんたが不審者じゃなく、本当に神様だったということはよく分かった。……疑って、申し訳なかったよ」
弓波も子供のようにはしゃぎ、気候の神様を褒めた。
水越も、さっきまでの自分がやろうとしていた行いを反省した。
「あはは、それなら良かったよ〜。僕って『気候の神様』ってワードが出てくると
すぐ反応しちゃうんだよね。そういう体質? っていうかさ」
なんだその体質は、と水越は思わずツッコミたくなったが、グッと堪える。
「じゃあ、さっき俺がふざけて「気候の神様を召喚してくれ〜」って言ったことが
あんたを呼んだ原因ってこと?」
弓波は気候の神様に問いただした。
「そうそう。君が僕のことを呼んだから、気になって見てみたけど……。
二人とも喧嘩していたからさ。ちょっとからかってやろうと思って、声をかけたんだよね〜」
神様は、まるで気楽な様子で宙にふよふよと浮かんでいる。
ずいぶんのんびりした奴だな、と水越は思った。
「それは理解したけどさ。神様がそんなんでいいのかよ? 俺のイメージしてた
神様とはだいぶ遠いっていうか……。神様っぽい衣装は着てるんだけど、威厳が
ないんだよなぁ……」
弓波は気候の神様をじっと見つめながら、そう残念そうに言った。
確かに、威厳がないな。と、水越も思った。
普通は、神様と言ったら白い
外見をしている。
なのに、この神様ときたら、神御衣こそ着ているものの、ピアスもしていて、
おじいさん、というよりは今の若者、という外見だ。
神、というよりは、普通にどこかにいそうな陽キャの兄ちゃんって感じである。
「あはは、威厳がないなんて言われても……。僕は、この格好好きだし。
こういう神がいたっていいじゃない」
気候の神様は、愉快に笑いながらそう言った。
「まぁ確かに、神様って言ったら、厳格なイメージだったけど、こんなおちゃらけてる神様がいてもいっか!」
弓波は、やけにあっさりと目の前にいる男が神様だということを認めた。
「とりあえず、せっかく涼しいんだし、外に出て散歩でもしてみるか?」
水越が弓波に声をかける。二人は玄関で靴を履いた。
「そうだねぇ、行ってらっしゃい」
気候の神様は、バイバイと二人に手を振った。
水越と弓波は、外に出て、ガチャリとドアに鍵をかけた。
*
「ていうか、見てくれ水越! ほら、SNSで『涼しい』っていうのが
トレンド入りしてるぞ!」
何分か歩いた後、弓波が立ち止まり、水越にスマホを見せながらそう言った。
「本当だ。『この街のトレンド』の欄に、『涼しい』というのがトレンド入りしているな」
水越も足を止め、スマホを確認しながら、そう言った。
二人は、いかにも不思議だといった様子で首をかしげ、また歩いて行った。
「しかし、涼しいというのは良いものだな」
「マジでそうだよな! しかし、アイツ本当になんだったんだろ?」
水越と弓波は、口々にそう言い合った。
「ふふふ、僕のおかげだね〜。感謝しなよ」
気候の神様はそう言って、二人の家からすぅっと消えた。
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