ホットケーキ(その二)

「どうだ、ホットケーキミックスは買えたか?」


 水越が台所から顔を覗かせながら、弓波に聞いた。


「あぁ! バッチリ買えたぜ!」

「どれ、見せてみろ」


 自信満々に親指をグッと突き立てる弓波に、水越は信用できないという顔を

している。


「全く、心配性だなぁ水越は。ほら、正真正銘ホットケーキミックスだって」


 弓波はレジ袋からホットケーキミックスを取り出し、呆れ顔で水越に見せた。


 弓波が見せたそれには、はっきりと『ホットケーキミックス』と書かれていた。


「よし、ちゃんと買えたな。これでバッチリだ」


 水越はゆっくりと頷き、台所に向かう。


「じゃ、早速作るぞ」

「おう!」


 水越は、卵と牛乳をボウルに入れ、かき混ぜた。


「もうこの状態から美味そうじゃん」


 弓波が卵と牛乳が入ったボウルを見つめながら言った。


「気持ちはわかるが、折角ホットケーキミックスを買ってきたんだから、入れないと

もったいないだろう」


 水越はそう言ってホットケーキミックスをボウルに入れ、そして再びかき混ぜた。


「ま、少しダマが残る程度に混ぜれば充分だろう」


 そう呟きながら水越は一心にかき混ぜた。


「あっ、生地がぼったりしてきた。そろそろ焼けるんじゃないか?」


 弓波が目を輝かせながらフライパンを用意する。


「ありがとな弓波。これで焼いたら完成だ!」

「やったぜ!」


 こころなしか、二人ともテンションが上がっている。

フライパンに生地を流し込み、円状に整えた。


 段々と生地に気泡が現れてきた。


「そろそろだな。気泡が出てきたら、すぐに裏返した方がいい、と

俺の母さんが言っていた」

「なるほどな、勉強になるわ〜。スマホにメモしとこっと!」


 水越は、そう弓波に教えながらホットケーキをひっくりかえした。

弓波はスマホを取り出してメモアプリを開き、そこにメモをした。


「もうすぐ焼けるぞ。皿を出してくれ」

「はいよ〜」


 水越はそう弓波に声をかけ、弓波は声を聞くやいなや、すぐに食器棚から

ホットケーキがちょうど収まるサイズの皿を出した。


「皿も出したぜ!」

「あぁ、ありがとな。あと、悪いがメープルシロップとバターもテーブルに

運んでくれ」

「りょうかい!」


 弓波は素早くメープルシロップとバターをテーブルに運んだ。

その後すぐに、水越は厚みのあるホットケーキが二枚重なった皿を持ってきた。


「やった! これで美味しいホットケーキの完成だ! あ、あとナイフとフォークをテーブルに並べないとな」


 弓波がそう歓喜の声をあげ、ナイフとフォークをテーブルに並べた。

 水越はその間にメープルシロップとバターをホットケーキに載せる。バターがいい具合にホットケーキの熱で溶け、まるで黄金色の滝が流れるように見えた。


「ありがとな弓波。よし、じゃあ早速食べるとするか」


 水越は弓波にお礼を言い、二人で椅子に座り、ホットケーキを食べた。

口に入れた瞬間、芳醇な香りが鼻腔に流れる。


「うわ、なんだこれめっちゃ美味い⁉︎ 誰だよこんな美味いホットケーキ

作った奴!」

「俺とお前と、二人で作っただろ」


 ボケとツッコミで、まるで漫才のような会話をしながら、弓波と水越は着々と

ホットケーキを食べ進めていく。


 メープルシロップとホットケーキの生地が口の中で溶け合い、どこか懐かしい味に感じる。


「もぐもぐ……あぁ、小さい時に母ちゃんに焼いてもらったときの

事を思い出すなぁ」


 弓波はホットケーキを食べながら、ふとそう言った。


「まぁ、懐かしい味だよな。俺も小さい時に祖母の家に遊びに行った時、

焼いてくれたっけ……」


 水越も、ホットケーキを見つめながらそう呟いた。


「一緒に食べる人が家族から会社の後輩に変わっただけなのに、なんで

こんなに昔のことを思い出すんだろうな」

「あぁ、それっていわゆる、ノスタルジーってやつじゃねぇか?」


 水越がホットケーキを切り分けながら漠然とそう呟くと、弓波がすかさず

口を挟んだ。


「かもしれないな。ホットケーキ食べて昔のことを思い出すなんて、食べ物を

食べる時に思い出も一緒に吸収しているのかもしれないな」


 水越はおもむろに頷きながらそう言った。


「だとしたらステキだよなー! このホットケーキは、小さい頃の思い出の味も

するし!」


 弓波はホットケーキを頬張りながら、そう言った。そんな弓波を、水越はたしなめる。


「おい、口にものを入れて喋るなと何度も言ってるはずだろ、社会人なのに

みっともない真似をして、恥ずかしくないのか?」

「あぁ、ごめんって」


 急いでホットケーキを飲み込む弓波をぼうっと眺めながら、でも、と水越は思う。

 こうして明るい大好きな後輩と一つ屋根の下で暮らしていて、楽しくないはずがない。少なくとも、弓波こいつと一緒に暮らしていて、つまらないと思ったことは

ない。まぁ、日々振り回されてはいるが、それももう慣れている。


 こうして誰かと一緒に食卓を囲むのが、こんなに嬉しいなんて。

今まで一人でご飯を食べていた時には考えられないことだ。


 水越は、そう物思いに耽りながら、美味しそうにホットケーキを頬張る弓波を

眺めるのだった。











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