恵方巻き

「今日は節分だ〜!」


 弓波はそう言ってはしゃいだ。


「おい、あんまりはしゃぐなよ。子供じゃあるまいし」


 水越がそう弓波を宥める。


「えーだって、歳の数だけ豆を食べられるし、恵方巻きだって食べれるんだぜ?」

「小学生か……。食べ物だけでそんなにはしゃぐ奴見たことないんだが……。それに、今は社内だ。いくら人がいないからって、はしゃぎすぎるのはみっともないだろ」


 水越が弓波を冷静に諭す。


「確かにそれはそうかもしれないけどさぁ。でもイベントってなんかワクワクするじゃん?]



 弓波はそう言いながら、帰り支度を始める。


「イベントはワクワクするかもしれないが、お前はちょっとはしゃぎすぎだ。

ほら、そろそろ社内で大きいイベントが始まるだろ? それについて考えたりしたら

どうだ」


 弓波にとっては、あまり聞きたくない話を水越はズケズケと言ってくる。


「聞きたくない聞きたくない! もう仕事終わったんだし、仕事の話はしなくて

いいだろ」


 しかし弓波は聞く耳をもたない。水越は、仕事が終われば仕事の話はしなくていい

という弓波の主張も分かるが、弓波は人一倍仕事が遅いので、これくらい口酸っぱく言っておかないと、あとで絶対後悔する羽目になる。

……ということが、水越には分かっていた。


「いや、お前は人一倍仕事が遅いだろう。だから、今からイベントの準備をしておかないと、あとで絶対後悔するぞ」


 水越はそう弓波にキツく言っておいた。こう言っておかないと、弓波は仕事を始めない。


「ちぇっ、まぁ仕事しないと飯食えないからね。分かったよ、やりますよ」


 弓波はそうぶつくさ言いながらも水越に言った。


「しょうがない。今日は節分だし、帰りに恵方巻き買って帰ろう。だから、仕事はちゃんとやるんだぞ」


 水越は仕方なさそうに弓波に言った。


「やった〜! 俺、恵方巻き大好き!」


 弓波がそう両拳を上に突き上げる。今は幸い水越と弓波しかいないからいいが、

他の社員がいたら衆目を集めていたことだろう。


 数時間後、弓波の残業が終わった。


「やったぜ、終わった〜! よし、恵方巻き買いに行こうぜ!」


 弓波は嬉々として水越にそう言った。


「はいはい。じゃあ、スーパーに向かうぞ」


 水越はため息をついて会社のエントランスに向かう。弓波はまるで子犬のように

水越の後についていった。


「それにしても、水越。もう夜の七時半だし、恵方巻きとかもう売り切れてるんじゃないか……?」


 弓波は、スーパーへ向かう水越の後を歩きながら、そう不安げに尋ねた。

確かに、もう晩御飯の時間になっているので恵方巻きは売ってない可能性がある。


「いや、多分近所のスーパーなら、売っているはずだ」


 水越は足を止めない。

水越と弓波の家の近所のスーパーは、言い方は悪いが客足が鈍い。

そこなら恵方巻きが売り切れるということはないので、水越はそう言ったのだろう。


「なるほどね、あそこあんまりお客さんいないから……!」


 弓波はそうぼやく。水越は賢いなぁと、弓波は思った。



    *



「いらっしゃいませ」


 店員の声が、水越と弓波を迎える。しかし水越と弓波は、店員の声が聞こえないかのように、一目散に恵方巻きの特売コーナーに向かった。


「あ、あったぞ! 恵方巻きがまだ売ってた!」


 水越が歓喜の声をあげる。


「あー良かった。これで恵方巻きがやっと食べられる!」


 弓波がそうニコニコしながら呟いた。


「恵方巻きが食べられるだけで、こんなに喜ぶなんて……。ほんと、単純な

奴だな」


 水越は弓波を見ながらそう呟いた。


 だが、無事に恵方巻きがスーパーにあって良かった。と水越は思った。

もしここで恵方巻きが売ってなかったら、弓波は三日先まで立ち直れないだろう。

水越は、恵方巻きがこのスーパーに売っていなかった場合のことを想像して青ざめた。


「まぁ、無事に恵方巻きはあったんだし、恵方巻きを買おう」


 水越はそう弓波に言いつけ、恵方巻きを手にとってレジに持っていった。










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