お鍋

「さむ……。今日の夕飯はどうしようかな」


 水越はそう呟き、家の暖房をつける。


「弓波、残業するって言ってたから、夕飯は作っておくか。さて、なににしようかな……」


 水越はじっと考え込んだ。今日は寒いから何か温かいものの方がいいだろう。

温かいものだと、煮込みうどんとか、グラタン、あと鍋か。


 どうしようかな。今日はあんまり洋風の気分じゃないし、鍋か煮込みうどんに

しよう。


「そういえば、あいつ鍋が食べたいって言ってたっけ……」


 ふと、水越は弓波が「鍋が食べたい」と言っていたことを思い出した。



       *



 二人でテレビを観ていた時のことだ。テレビのコマーシャルで鍋を家族

皆で取り囲むシーンがあった。

 その場面を見た弓波が


「鍋良いなぁ。俺も食べたいなぁ」


 と呟いてた。よく見ると、弓波の目がキラキラ輝いている。

そして「食べたい」と言わんばかりに水越の方を振り向く。



       *



 ––––じゃあ今夜は鍋にするか。水越はそう決意し、キッチンに立った。

締めにうどんを入れれば、腹持ちも良いだろう。

そうだ、冷蔵庫に鶏肉があるから、それを使って鶏鍋にしようか。


 水越は頭の中で思考を巡らせ、夕食作りにとりかかった。


 あらかじめ水菜やネギなどの材料は切っておき、鍋に鶏肉を入れる。

鶏肉に火が通ったら、水菜やネギその他の材料を加えて、味を調える。

あとは適当に大根おろしを入れれば、完成だ。


「よし、できた」


 水越が鍋を居間のテーブルに持っていったと同時に、弓波が帰ってきた。


「ただいまー! 残業、めっちゃ疲れた〜」


 弓波は玄関で靴を脱ぐや否や、その場にへたりと座り込んでしまった。


「おかえり。……お前にしてはやけに疲れてるじゃないか」


 水越は弓波の姿を見ると、驚いたようにそう言った。体力馬鹿の弓波にしては

珍しいことだ、と水越は思う。


「だって、書類の山をやっとの思いで片付けて、電車に乗ったら満員で……

人波に押しつぶされそうになりながらやっとここまで帰ってきたんだぜ」


 弓波はぐったりとした顔でそう言った。


「そうだったのか。……大変だったな」


 水越は弓波に同情した。水越も満員電車の辛さや、書類の山を片付ける辛さを

知っているからだ。


「晩飯、できてるぞ」


 水越は弓波に優しく声をかける。


「ありがたいなぁ。そういえば、なんか帰ってきた時から良い匂いがするなぁって

思ってたんだよな」


 弓波はそう言い、さっきの疲れ具合はどこへやら、駆け足で今に走っていく。


「あっおい待て、まずは手を洗え!」


 水越は弓波を慌てて止めたが、弓波はテーブルの上の鍋をじっと見つめている。


「もう子供じゃないんだし、手を洗ってから席につく、っていうのは分かるよな?」


 水越の呆れた声がしたが、弓波は


「なっ、早く食べようぜ!」


 と目をキラキラ輝かせている。

自分の言った事が無視されたので、水越は多少苛つきを覚え


「手を洗うまで、鍋はお預けだ」


 と怒りを含んだ口調で言った。


「……ちぇっ。はいはい、わかってますよー……」


 弓波はまるで男子小学生のように口を尖らせて洗面所に向かった。


 弓波はたまに子供っぽいところがあるから困るな、と水越は思う。

まぁそこが弓波の良いところでもあるのだが。



 手を洗った弓波は水越のところに戻り


「さっ、鍋だ鍋だ〜!」


 とハイテンションに戻っている。


「最近寒いからな、たらふく食べて良いぞ」

「うん、ありがとう水越」


 二人は鍋を自分の器によそい、食べ始める。


「すごい美味いんだけど! この鶏肉とか、めっちゃ出汁染みてる!」


 弓波は鶏肉を一口食べた途端、喜びの声をあげた。


「それは良かった」


 水越は、弓波の料理の感想を聞き、ホッとしたようにそう呟いた。

水越は、自分も鍋を一口食べて


「……うん。確かに、自分で言うのもアレだが、美味いな」


 と言った。


「俺は料理がうまくて、気配りができて、優しいお前と

仲良くなれて良かったよ」


 弓波はふと、照れたように呟く。


「こちらこそ、いつも明るくて太陽みたいなお前と過ごしてると、毎日

楽しいよ。……料理や家事の腕は、磨いた方がいいと思うけどな」


 水越は最後に少し棘を混ぜて、弓波に礼を返す。


「ありがとな、水越」


 弓波は照れ笑いをした。



   *



「マジでこの鍋温まったわ〜。あ、このあとUFO特番じゃん!

水越一緒に観ようぜ!」


 鍋を食べ終わり、一息つこうとしたところだった。

弓波が思い出したようにそう言い、テレビをつける。


 ……全く、こいつはいつも元気なところは変わらないな。


 水越はテレビを観る弓波の背中を見ながら、苦笑しつつそう思うのだった。




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