卵かけご飯
「無事に味噌汁も作れたし、テーブルに並べるか!」
弓波は言った。こいつがまたテーブルに味噌汁を運ぶ際に、誤って落としたりしないかと水越は思ったが、弓波は軽快な仕草で味噌汁をテーブルに運んだ。
「じゃあ、炒め物は俺が運ぶから、弓波は食器を用意してくれ」
「オッケー!」
弓波は箸を二人分テーブルに並べた。水越は炒め物を二人分、皿に盛り付けた。
続いてご飯、味噌汁が並び、二人とも席に着いた。
「さっ、ご飯だー! もうお腹ぺこぺこだったんだよな! いただきます!」
弓波はそう言って、食べ始めた。
まずは炒め物を口に入れる。キャベツがシャキシャキしていて美味しい。
肉は、噛むたびに旨味が広がる。
「うん、炒め物も美味いな!」
「そりゃ良かった」
弓波が満面の笑みでそう言い、水越はほっと安堵の表情をした。
「じゃあ、弓波が頑張って作ってくれた味噌汁を飲むとするか」
水越がそう言って、味噌汁を飲んだ。
「うん。味噌汁も美味いぞ」
「わーい、良かった!」
水越が弓波を褒める。
「あ……そういえば」
水越がふと箸の動きを止めた。
弓波はどうしたのかと水越に聞いた。
「しまった……卵の賞味期限が今日までだった……」
水越が困惑した表情で言った。なんだ、そんなことかと弓波は思った。
卵なら、加熱調理すればいいし、今日までが賞味期限なら
今日中に食べればいい話だ。
「じゃあ、今食べればいいじゃん」
弓波はそう言って、冷蔵庫から卵のパックを出した。
「ありがとう、弓波。じゃあ、せっかくだしご飯にかけて、卵かけご飯に
でもするか」
「おぉ、良いね〜それ! 二つ卵あるし、ちょうどいいじゃん!」
水越がそう提案すると、弓波も賛同し、結局卵かけご飯を食べることになった。
「弓波。卵を先に別の器に入れて、混ぜるか?」
水越が弓波に聞いた。
「いや、俺はこのままかけるよ」
「しかし、混ぜづらくないか?」
全く、水越は几帳面だなぁ。弓波は少し呆れてしまった。
「いーのいーの! こっちの方が美味しそうに見えるし!」
弓波は慌てて言った。いつもこのスタイルで卵をかけているし、もう
慣れているのだ。
「そうか……。弓波がそれでいいのなら良いんだが。じゃあ、俺は器を持ってくる」
水越はそう言い、自分の分の器を台所に取りに行った。
「こっちの方が、よく混ざる」
と呟きながら、卵を混ぜる水越を見て、弓波は言った。
「でも、器があったら、洗い物が増えるじゃんか」
卵を別の器で混ぜるとなると、器がその分増えるということだから、結果的に
洗い物が増えてしまう。
「大丈夫だ。別に、卵を綺麗にご飯にのせられる事と比べれば、洗い物が増える
ことなんて、小さいことだ」
水越はそう弓波に言う。
水越にとっては、洗い物が増えることよりも、卵を綺麗にご飯にのせることの方が
大事なのか、と弓波は思った。
こういうところは、弓波にはよく分からなかった。卵を直接ご飯にのせることで、
洗い物も増えないし、より美味しさが際立つと、弓波は思っていた。
「それに、卵を混ぜてからかければ、こぼすことなく綺麗にかけられるからな」
水越はそう言って、ご飯に卵をかけ、食べた。
もしかしたら、水越は、ご飯にちょっと穴を空ければ、卵が綺麗にかけられることを、知らないんじゃないか……? 弓波はそう訝しんだ。
試しに、水越に聞いてみる。
「なぁ、水越。お前、もしかしてご飯にちょっとくぼみをつければ、綺麗に卵が
かけられることを知らないのか?」
そう言った途端に、水越が咳き込んだ。
「うわっ、大丈夫か⁉︎」
弓波は、慌てて水越の元に行き、背中をさすってやった。
「う……ゆ、弓波。お前、それ本当なのか⁉︎」
水越は弓波の顔を見ながら言った。
「え、そうだけど。ほら、俺のやつを見てみろよ」
弓波はご飯に少しくぼみをつけ、そこに卵を落とした。
すると、卵は綺麗にくぼみにフィットした。
「まさか、そんな方法があったのか……⁉︎」
水越は信じられないといった様子で、弓波の卵かけご飯を見た。
「こうやってご飯にくぼみをつければ、卵を別の器で混ぜる必要も
ないから、洗い物も増えないぜ」
弓波はそう水越に教えた。
「そ、そんな……くぼみをつければ、俺の二十七年間の努力が、水の泡に……」
水越はどうやらショックを受けている。
そんなにショックだったのか、と弓波は少し意外だった。
「もしかして、水越って、二十七年間その方法しか知らなかった……?」
弓波が落ち着いて水越に聞く。
「あ、あぁ……。かなり恥ずかしいが、全くもってその通りだ」
水越が情けなさそうに言う。
「へ、へぇ……。でも、今日知ることができて良かったじゃん」
弓波はショックを受けた水越をフォローした。
「まぁ、今日その方法を知ることができて、だいぶ収穫があったと思う……」
水越は、口ではそう言っているが、かなり声に力がない。
「さっ、しょげてないで食べようぜ!」
「あぁ……」
弓波は、傷心している水越を元気づけるように、食事を促した。
その後、水越が直接卵をご飯にかける練習をしているところを、弓波は
度々目撃するのだった。
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