第50話「激甘革命!マジパティ」

「ザッ…」


 ほぼ同時刻、カフェ「ルーヴル」の前では、マリアが勇者タルトタタンの姿で、次々と現れるカオスジャンクと戦っていた。父親と姉、叔父を見送った直後、カオスジャンクがカフェの近くで現れたのである。

「これじゃキリがないけど…パパもお姉ちゃんも一生懸命戦ってる…ここでヘバるワケにはいかないわ!!!」

 そう叫びながら、タルトタタンは1体のカオスジャンクを一刀両断する。一刀両断されたカオスジャンクは光の粒子となって消え去る。


「パチパチパチ…」


 まるでタルトタタンに称賛するかのように、1人の着物姿の初老の女性が拍手する。

「外は危険よ!屋内に避難して!!!」

 勇者のタマゴは女性にそう注意するが、女性はクスクスと笑いながら一本の大剣を勇者のタマゴに見せる。その大剣の色と形に、勇者のタマゴは思わず言葉を失った。


「そんな蚊が飛んでるような太刀筋たちすじじゃ、一人前とは言えないね!!!どきな…アタシがただしい剣の使い方を見せてやる…」


 勇者のタマゴの姉が、父よりも歳を重ねたような見た目と瓜二つの女性は瞬く間に20代後半の姿に若返り、肩より上で結い上げた髪がふわりとなびく。服装も藍色の着物姿から勇者シュトーレンとほぼ同じ甲冑姿に代わり、再び大剣の柄を握るや否や、目の前のカオスジャンクの大群を一瞬にして光の粒子に変えてしまった。

「ひ…ひいおばあ…ちゃん?」

「おや…カルマンの娘かい?最近の子は口先と身体の発育がいいねぇ…何食べたらそうなるんだい?」

 勇者のタマゴの前に現れた初老の女性こそ、勇者モンブランなのであった。


「アタシはレイラ・モンブラン・クラージュ・シュヴァリエ…カルマンの娘なんだから、名前と勇者だった事くらいは知ってるだろ?カルマンがヘマしてんじゃないかって思うと、墓の中でオチオチ寝ていられなくってね…少しの間だけ、グレートホイップの女王様とスイーツ界の巫女達に手伝ってもらったんさ。」


「流石は勇者モンブランですわ。しぐれおばあ様が大興奮してましてよ?」

 勇者モンブランの後ろからドレスと甲冑を合わせた姿のあかねとブランシュ卿夫人が顔を出す。あかねの言葉に勇者モンブランは少しテレを見せつつも、ひ孫の前で凛とした表情に戻る。


「カルマンの娘…聞きなさい。カオスジャンクが増えて来たって事は、カルマンがピンチだって事…つまり、カルマンはあんたにSOSを送ってるんだ。」


 曾祖母の言葉に、タルトタタンは剣の柄をぎゅっと握り、カフェからアランが魔導書を携えて出てくる。

「行きな…マリア…家族と平和に暮らしたいって夢…お前自身で壊すことのないように…」

 兄に背中を押された勇者のタマゴは、泣きそうになるものの、ぐっと涙をこらえ、笑顔になる。


「行ってきます!!!」


 まるで学校へ向かうかのような妹の姿に、アランは少々呆れつつ、ブランシュ卿夫人の移動魔法で廃デパート跡へ向かう妹と頼れる者達を見送った。




 混沌皇帝カイザーカオスによって3人の勇者が石にされ、一悟いちご達の戦況は一瞬にして不利な状況に陥った。一悟や玉菜たまななど、辛うじて格闘戦に挑める者達は格闘戦で応戦するが、ボネ以外格闘能力に乏しいプディングチームには不利であり、焼け石に水同然である。



「勇者は死んだ!!!よって、全ての世界は我のモノとなる!!!!!フハハハハハハハハハ!!!!!」



 混沌皇帝は笑いと共にカオスジャンク達にマジパティだった者達と精霊達の処刑を言い渡し、要塞の最上階にある玉座に再び腰を下ろす。一悟達は瞬く間にカオスジャンクに捕まり、それぞれ柱に磔にされ、精霊達は檻の中へ閉じ込められてしまった。



 瀬戌せいぬ市全体に響き渡る不気味な笑い声…その混沌皇帝の様子は、瀬戌市に隣接する市と町にも目視で確認する事も出来る。


 だが、混沌皇帝は三つの点を見落としていたのであった。一つは…


目標ターゲット確認…排除シマス…」

 一体のアンドロイドが地面に勢いよくかかと落としを決めるや否や、地面にあったマンホールの蓋はふわりと宙を舞い、アンドロイドの手元で一度動きを止めると、アンドロイドはマンホールの蓋をフリスビーの要領で投げ飛ばした。


「ドゴッ…」


 アンドロイドが投げ飛ばしたマンホールの蓋は、見事に混沌皇帝の後頭部を玉座を巻き込むほど直撃し、玉座はあっけなく破壊されてしまった。

「勇者ヲ石ニシタダケデ、イイ気ニナラナイデクダサイ!ボンクラ!」


 混沌皇帝が見落としていた点、一つ目…「戦闘向けのアンドロイドの存在」


 二つ目は、一つ目のすぐ後にやってきた。



「「この命に代えてでも大切な勇者に、何してくれてんだ!!!バッカもーーーーーーーーーーーーん!!!!!」」



 2人の男女の叫びと共に、3人の勇者達は虹色の光に包まれ、光が収まったと同時に石化から戻り、賢者の魔法で3人同時に地上に下ろされた。

「助かったぜ、ヨハン…でも、カオスジャンク達は…」

「モーガンとアーサーが、宮廷を追われ、人間界に移住した諸侯たちを率いて応戦中だ。」

 幼馴染の問いかけに、ブランシュ卿はそう答える。モーガンも仁賀保にかほ厚生労働大臣から許可が下り、宮廷を追われた諸侯たちと「反シュガトピア国王軍」を結成し、瀬戌市の至る所に現れるカオスジャンクに応戦しているのである。その中には、ベルナルド4世の孫であるアーサーも加わっているのだ。


「何だ…貴様らは…」



「勇者に生涯の忠誠を誓いし者だ!!!」

 ブランシュ卿が眉一つ変えずに声を荒げると、ブランシュ卿の杖の先端から白い光を放つ。

「文句があるなら降りて来い、宇宙一の大バカもん!!!!!」

 父親と同様に僧侶アンニンが声を荒げると、今度は女僧侶の杖の先端から白い光が放たれる。

「僧侶と一緒にお仕置きよ!!!」

 賢者がウインクをすると同時に、賢者の杖の先端から白い光が放たれ、3本の杖から要塞めがけて3つの白い球体が直撃する。



 混沌皇帝が見落としていた点、二つ目…「僧侶と賢者の勇者に対する忠誠心」



「ガラガラガラガラ…」



 僧侶親子と賢者の叫び声と魔法によって混沌皇帝の要塞は音を立てて崩され、混沌皇帝はあっけなく地上に下ろされた。混沌皇帝が顔を上げると、新たに現れた2人の女勇者に大剣を突きつけられる。

「アタシの孫とひ孫をよくもいたぶってくれたね…」

「パパたちを苦しめた分、倍にしてお返ししてあげるわ!!!!!」

 混沌皇帝に大剣を突きつける2人の女勇者の表情は、笑顔ではあるが、声色は怒りに満ちている。


 混沌皇帝が見落としていた点、三つ目…「勇者の家系の結束力」


「俺達の絆は、お前が思っているほどヤワじゃねぇっ!!!」


 ガレットの言葉と共に、ガレットの額に第3の目が開き、一悟達を括りつけている柱とロープ、精霊達を閉じ込めている檻は瞬く間に粉々に砕け散り、一悟達の前に再びブレイブスプーンが輝きを見せ、大賢者のとなりにいるあかねの持つ勇者モンブランのマジパティ達の形見が共鳴する。


「ひいおばあ様達が守ってくださった瀬戌の街…乱すことは許しませんよ?」

「戦ってください…マジパティの皆さん!!!勇者さまと共に…」

 1人のお嬢様の険しい表情と言葉と共に、再び4色12本の光の柱が現れ、魔法使いの女王の言葉を聞いた一悟達は、光の柱の中で、それぞれのブレイブスプーンを構える。




「「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」」」」


 再びマジパティに変身した一悟達は、それぞれ同じ色のマジパティと共にポーズを決め始める。


「「「ピンクのマジパティ・ミルフィーユ!!!」」」

 3人のミルフィーユがポーズを決めると、あかねが持っていた姫路若葉ひめじわかばの形見が勇者モンブランのミルフィーユの姿に変化し、共にポーズを決めた。


「「「黄色のマジパティ・プディング!!!」」」

 3人のプディングがポーズを決めると、今度は鞍馬竜二くらまりゅうじの形見が勇者モンブランのプディングの姿に変化し、共にポーズを決める。


「「「ブルーのマジパティ・ソルベ!!!」」」

 3人のソルベがポーズを決めると、ソルベたちの所へ氷見ひみしぐれの形見が勇者モンブランのソルベの姿に変化し、まるで大和撫子のようなポーズを決める。


「「「白銀のマジパティ・クリームパフ!!!」」」

 最後に3人のクリームパフがポーズを決め、氷見螢二郎ひみけいじろうの形見が勇者モンブランのクリームパフの姿に変化し、ビシっとポーズを決める。


「「「「「スイート…」」」」」


「「「「「レボリューション!!!」」」」」


「「「「「マジパティ!!!!!」」」」」



 最後はマジパティ全員でハモり、石化から解放された3人の勇者の横に、勇者モンブランとタルトタタンが並んだ。


禍々まがまがしい混沌こんとんの皇帝…俺達が劇的に甘い革命を見せてやるぜ!!!!!」


「おのれ…忌々しい…すべての世界は我のモノだというのがわからんのか…」

 5人の勇者と、16人のマジパティの姿を見るや否や、顔立ちが明日香あすかの父親で、体格はベルナルド4世の姿から、瞬く間に漆黒のクリームで彩られたような巨大な塔のようなスイーツの怪物・トゥールカオスイーツへと変貌し、塔の根元から次々とカオスジャンクが生み出される。


 カオスジャンク達は勇者とマジパティ達に向かって一斉に飛び上がり、勇者達はそれぞれの大剣をカオスジャンク達に振りかざす。


「ザシュッ…」


 廃デパート跡から再び響き渡る、カオスジャンクを切り裂く音色。その音色と共に、勇者達はカオスイーツ化した混沌皇帝に向かって叫ぶ。

「アタシらの行いが王に対する謀反むほんだと思うなら、そうののしるといいわ!!!人間界もスイーツ界も…どの世界も、カオスだけのものじゃないのよ!!!」

「あのゴリラも、国王も…生い立ちは違えど、やっている事は大して変わんねぇ…」

「自分の好きだった時代に固執しすぎて、それを多くの者に強制する…例え歳を重ねても、それは独りよがりの支配と変わらない。」

「だから私達自身の未来は、私達自身で決める!!!独りよがりの支配なんて、まっぴらごめんだわ!」

 カオスジャンクの大群は勇者達の大剣によって光の粒子となり、次々とその数を減らしていく。


「俺達も行くぜ!!!!!」

「はいっ!!!!!」

「みんなの未来のために…」

「私達は、勇者と共に勝利を掴むのよ!!!」

 再びマジパティとなった一悟達も、精霊達のジュエルの力で宙を舞い、それぞれの色のマジパティごとにカオスイーツ化した混沌皇帝に連係プレーをしかけ始める。合流した僧侶一家と賢者、あかねも、機能停止したキョーコせかんどを安全な場所へ移動させつつ、カオスジャンクの大群と戦う勇者達のサポートを継続する。




「………」

 オルタンスはモーガン率いる反乱軍の簡易テントの中で、黙り込んだまま勇者とマジパティ達がカオスイーツ化した混沌皇帝と戦う様子を見つめる。そんな彼女の腕の中には、賢者が一悟の祖父から受け取った「混沌の瓶」と同じ色合いで古びたティーカップが佇んでいる。

「どうした?オルタンス…」

「お父様…お母様は13年前、砲弾の着弾地にいた偉大なる巫女を突き飛ばし、そのまま砲弾を浴びて亡くなられたんですよね?」

 娘から妻の死の事を聞かれた大統領は、黙って頷いた。


「血筋とは不思議なものですね…「伝説の勇者」から勘当されて、駆け落ちまでしたのに…勇者の家系としての誇りは捨てなかった。それなら私も「伝説の勇者」の血を引く者として…また、王家に嫁いだ者として…バカ王子の尻拭いを致しましょう!!!」


 娘の言葉に、大統領は何もいう事はなかった…いや、「何も言えなかった」が正しいだろう。

「行かせてあげましょう…メルバ大統領。彼女も勇者の子孫なのです…従って、私達は彼女がやりたい事に背中を押す必要があります。」

 魔法使いの女王に諭される父の真横を通り過ぎ、オルタンスはティーカップを抱えたまま、戦いの場を目指し、簡易テントを飛び出した。


「すべての勇気よ!混沌のまがい物をあるべき姿に戻したまえ!!!!!」


 オルタンスがそう叫んだ刹那、ティーカップから虹色の光が放たれ、廃デパート上空から広がる黒いもやは瞬く間に消えてしまい、カオスジャンク達の動きが段々と鈍くなった。

「ベルナルド4世、もうあなたの世界征服ごっこは終わりです!!!スイーツ界だけならず、人間界までも支配しようとした報いを受けなさい!!!!!」

「ま、眩しい…オルタンス…貴族でない分際で…我に歯向かうとは…」

 混沌皇帝はそう言うが、オルタンスは聞こえぬふりをしつつ、ティーカップを空高く掲げ続ける。元々しゅうとであったベルナルド4世から修道院への支援を打ち切られるなどの嫌がらせを受けていた事もあり、かねてからその怒りは頂点に達していたようだ。そんなオルタンスを支えるように、ツブアーヌ王国総統のカスティラ、ドルチェ帝国女帝・キャロライン、パンヌーク王国国王・マイケル5世の3人も幻影としてティーカップに手を添える。

「貴族が何だと言う?今、その隔たりは関係ないであろう!!!」

「貴様のみにくい見栄とおごりが、あろうことか人間界をも巻き込んでまで、シュガトピア崩壊を招いたのだ!!!」

「勇者は人間だ!!!貴様の都合の良い道具でも、慈善団体でもない!それを理解できない貴様は君主失格だ!!!」

 3人の幻影の言葉と共に、混沌皇帝の動きが徐々に鈍くなる。




「これで…終わりだっ!!!!!」


 いとこの機転で勝利を確信したガレットの言葉と共に、3人の勇者が持っているケーキスタンドが共鳴と同時に1つになり、崩壊前の廃デパートの2階分に相当する大きさに変化した。勇者達は咄嗟に巨大化したケーキスタンドの最上段に飛び乗り、今度はそれぞれのレインボーポットをケーキスタンドの最上段にセットする。3つのレインボーポットも共鳴と同時に一つになり、小学校中学年くらいの少女がすっぽり入れそうなほどの大きさに巨大化した。

「「「みんなの心を一つに合わせて!!!」」」


 3人の勇者の叫び声と共に、マジパティ達は3段式のケーキスタンドの下段に集結し、白い光の中で勇者シュトーレンのマジパティ、大勇者ガレットのマジパティ、勇者クラフティのマジパティに分かれると、オルタンスのティーカップから放たれる虹色の光によって増幅したスイーツのエネルギーが送り込まれる。


「「「強き勇者の力!!!」」」


 3人のミルフィーユの声が揃うと、3人はピンクからパステルピンクを基調としたコスチュームに変化した。


「「「育まれゆく勇者の愛!!!」」」


 3人のプディングの声が揃い、3人のコスチュームがクリーム色を基調としたコスチュームに変化した。


「「「深き勇者の知性!!!」」」


 3人のソルベの声が揃うと、3人のコスチュームはパステルブルーを基調としたコスチュームに変化した。


「「「眩き勇者の光!!!」」」


 3人のクリームパフの声が揃うと、3人のクリームパフのコスチュームは淡いラベンダー色を基調としたコスチュームに変化した。


「「「そして、大いなるみんなの勇気!!!!!」」」


 最後に3人の勇者の声が揃い、勇者の甲冑は全員白金の甲冑へと変わった。勇者モンブランと勇者タルトタタンの背中にはまるで魔法陣のようなマジパティのエンブレムを模した羽根が現れ、勇者モンブランのマジパティ達も、他のマジパティ達がいる最下段に集結した。


「「「「「生まれゆく奇跡、紡がれる絆と共に!!!!!」」」」」


 精霊達の言葉と共に、巨大化したケーキスタンドが、今度は7階建て分の大きさに巨大化し、中段に精霊が飛び乗る。勇者達は大剣を構え、光の魔法陣で混沌皇帝を捕らえた。


 身動きの取れなくなった混沌皇帝に、マジパティ達は全員右手を空高くつき上げる。



「「「「「マジパティ・ロイヤル・ファイナル・ブレイブ・ファウンテン!!!!!」」」」」



 ケーキスタンドの頂点のハートの飾りから虹色の光が放たれ、勇者の大剣が虹色の光を帯びながら変形し、混沌皇帝の首元に垂直になるように虹色の刃が佇む。その刃の形は斜め右に向かって短くなっており、それはまるでベルナルド4世の最期となったギロチンの刃と同様の形状だ。


「人々に勇気がある限り、俺達勇者の絆は永遠に不滅だーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 ガレットの叫びと共に虹色の刃が混沌皇帝の首元目掛けて急降下し、混沌皇帝に直撃する。


「「「「「アデュー!!!」」」」」


 虹色の刃が混沌皇帝の首元に直撃したと同時に、マジパティと勇者達が「別れ」を示す言葉を告げる。すると、混沌皇帝の全身の至る所から光の柱が次々と現れ、本来の姿である明日香の父・千葉元教諭に戻り、ベルナルド4世の精神体は小さな黒いもやになる。


 ベルナルド4世が黒いもやに戻った事に気づいた女僧侶は、咄嗟に混沌の魔法瓶の蓋を開ける。

「混沌の力よ、光の中へ…」


「「「「「お眠りっ!!!!!」」」」」


 勇者達の言葉がハモった刹那、黒いもやは混沌の魔法瓶の中へ入り、完全に瓶の中に入った事を確認した女僧侶は、すぐに魔法瓶の蓋を閉めた。やがて魔法瓶は勇者達の所へ飛び、大勇者ガレット、勇者シュトーレン、勇者クラフティの3人はその場で封印の刻印を施す。



 混沌の魔法瓶に封印の刻印が施されると、一悟達の変身は一瞬にして解除され、勇者モンブランのマジパティ達は全員古びたブレイブスプーンに戻り、あかねの手元へ返る。勇者達も白金の甲冑から、いつもの甲冑姿へ戻り、全員空を見上げる。空から虹色に輝く金平糖のような粒子が瀬戌市全体に降り注ぎ、平穏な瀬戌市へ戻る準備を始めた。


「元ブロッサム公モーガンより、反国王軍全員に告ぐ!!!混沌との戦いは終わった、よって…我々は本日をもって、自由の身となる!!スイーツ界へ帰還する者、人間界へ残る者…今後は各々の生きたいように生きよ!!!」


 モーガンのテレパシーと共に、瀬戌市への立ち入りが解除され、自衛隊も各自各々が所属する駐屯地へと帰還し、瀬戌市民も自宅待機から解除され、段々と瀬戌しに活気が戻る。みるく達は一悟と明日香を残し、精霊達と共に僧侶が運転してきたステップワゴンと、ライスが手配した高萩たかはぎ家のリムジンにそれぞれ乗り込み、一路カフェへと向かった。




「私は…一体…」

 瓦礫を背中に起き上がった千葉元教諭は、辺りを見渡す。彼の元へ、1人の童顔刑事が近づいた。

「兄さん…」

「ひで…お?英雄なのか?ここは一体…」

 これまでの記憶をなくしたのか、千葉元教諭は戸惑いを隠せない。一悟の父は、まるで別人のような兄の変わりように感情をぐっと押し殺しつつ、警察手帳を掲げる。


埼玉さいたま県瀬戌市だよ…兄さん…」


「埼玉県?瀬戌市?ここは神奈川かながわ茅ケ崎ちがさき市じゃ…」

 刑事は首を横に振る。千葉元教諭は場所がわからなくなってしまったのだ。

「そ…そうだ!!!先生、黒保根くろほね先生が通り魔に襲われて…」


黒保根正見くろほねまさみは、搬送先の病院で死亡が確認された…1989年1月7日…昭和の終わりと共に…」


 成長した弟の言葉に、千葉元教諭の表情は瞬く間に愕然とする。

「なく…なった?それじゃあ、今は昭和何年の何月何日なんだ!!!!!」

「2023年…令和5年12月21日…もうあれから34年が経とうとしている…あとは署で、ゆっくり話を聞こう…冬空の下は寒すぎる…」


 その瞬間、千葉元教諭は言葉にならないほどの声を上げて泣き叫んだ。そんな彼らを一悟と明日香、そして5人の勇者が見つめる。

「無理もないさ…長い間、混沌の依り代よりしろとして生きて来たんだ。」

「混沌の依り代でなくなった今…記憶だけが依り代となる前の時間に戻ってしまったのね。」


「つまり…お母さんと出会った事も…私やお母さん達に酷い仕打ちをした事も…あの人は何もかも全て忘れてしまったのね…」


 怒りの感情と呆れた感情が入り混じったかのような表情と声色で呟く明日香がそう言うと、クラフティは黙って肩を寄せ、そっと耳打ちする。

「たとえあの男が忘れても、これから幸せな人生を築こう…例え、その傷が完全に癒えなくても…」

 クラフティの言葉に、明日香は黙って頷く。


「コレで、長い悪夢は終わったんだ…カルマン、お前もやればできるじゃないか!心配して、一時的に甦ったってのに…」


 偉大なる女勇者の言葉に、勇者達は笑った。そして、彼女は子孫たちに言葉を贈る…

「カルマン…これからは、あんたがシュヴァリエ家…いいえ、首藤しゅとう家の当主になりなさい。それから、ニコラス!アタシもあんたがマジパティに手を出した事は、許していない…だけど、絶対に明日香の手を離すんじゃない。約束しな!!!明日香もだよ!」

 祖母の辛辣しんらつな言葉に、勇者クラフティは顔を引きつらせつつ、明日香をぎゅっと抱きしめる。

「それから、セーラ…あんたは殆どアタシに似ちゃったね…色々と苦労したかもしれないけど、アタシにとって、あんたのような母性あふれる勇者が生まれた事が一番の誇りだよ。その母性を忘れず、アタシが苦労した分、たくさんの幸せを得なさい…」

 偉大なる女勇者からの言葉に、女勇者は泣きながらもその笑顔を崩そうとはしなかった。そして…


「マリア…あんたは人間界で勇者として覚醒したけど、好き勝手に勇者としての力を使い続けるんじゃないよ。守りたい者のために、その力はあるんだからね…」


「はーい…お姉ちゃんには優しい事言っておいて…」

 そう言いながら、勇者のタマゴは両頬をフグのように膨らませる。

「それから、千葉一悟ちばいちご…だったね?マジパティとして戦ってきて、色々と苦労もしただろ?でも、君は今後またマジパティとして戦わなくても、大成するよ…アタシが保証する。」

 そう言いながら勇者モンブランは、一悟の頭を優しく撫でる。だが、偉大なる女勇者の身体は段々と透明になっていく…スイーツ界の巫女達の力に限界が来たのである。



「生きるんだ…お前達勇者が孤独で戦う理由なんて、最初からなかったんだから…」


 そう言うと、偉大なる女勇者はふわっと宙を舞い、空の彼方へ消えていった。勇者達は甲冑から私服姿に戻ると、一悟と明日香と共に女僧侶が運転するステップワゴンに乗り込み、みんなが待っているカフェ「ルーヴル」へと戻って行った。




 オルタンスは光のティーカップを使用した反動で昏睡状態に陥り、「巣鴨織江すがもおりえ」として彩聖さいせい会瀬戌病院に搬送された。3日後に目が覚めた彼女は、子供達と再会し、退院後は子供達と一緒に暮らすことにして、オルタンス自身は雪斗ゆきとの母の紹介で瀬戌市役所で働くことになった。


 メルバ大統領は人間界にいる精霊達と共に、革命の影響で大破した転移の祠の修繕をする事になり、修繕が終わるまでの間、彼は「芽室正和めむろまさかず」という名の氷見家の庭師として居候する事にした。


 ブラックビターの幹部がアジトにしていた廃デパートは更地になり、瀬戌市の再開発事業の一環として、この場所は公園として整備される事が決定した。


 混沌の依り代だった千葉元教諭は、精神鑑定の結果、責任能力がないとして罪に問われることはなくなったが、人生の大半を混沌の依り代として生きて来た代償は彼には大きすぎたようで、彩聖会瀬戌病院の精神科に入院後、本人の希望で神奈川県内の病院に転院する事が決まった。




 ………




 マジパティと勇者達による革命から3か月後…


「ミランダ女王からの連絡で、シュガトピアは共和制の国として再建されることになった。転移の祠が直った今、私はフルーティアの大統領としてその再建の手伝いをせねばならぬ。」

 転移の祠が修繕され、大統領と精霊達は一悟達の方を向いた。

「元気でな…叔父さん…」

「あぁ…オルタンスと仲良くやってくれ。お前の孫を見る前に帰ってしまうのは、残念ではあるが…」

 オルタンスは市役所の仕事で来ることができなかったものの、前日に父親に別れの挨拶をしていたようで、大統領は娘と孫の元気な様子に安心している。


 そして、勇者シュトーレンには新しい命が宿っている事が発覚し、ブランシュ卿の見解では8月の終わりごろに生まれる予定となっている。


 グラッセとボネは革命の3日後、魔界から直接強制送還され、現在は魔界でお互いの両親、そして子供達と平穏に暮らしているようだ。


 精霊達と一悟達はお互い泣きそうになるが、笑顔のままパートナー精霊とあいさつを交わす。

「一悟…もうすっかり俺を越えやがって…みるくの事を大切にな?」

「うっせぇ!お前もラテを大事にしろよな?」

 革命後、一悟の身長はミルフィーユだった時よりも伸び、今は大勇者と殆ど変わらない大きさとなってしまった。そんなココアの真横で、ラテの父親であるオーレは不服そうな顔をする。

「みるく、立派なパティシエールになってね?スイーツ界に帰っても、みるくの事応援してるから♪」

「ありがと…ラテ、元気でね?」

 ラテとみるくはお互い微笑み合う。そんな娘の笑顔に、ラテの母のハニーは「やれやれ」と言わんばかりの表情だ。


「雪斗…ユキとの再会、応援してますから!!!」

「ありがとう…ガトーも元気でな?」

「玉菜…また会えたら…その時は…」

「その時は、私の手作りシュークリームをご馳走してあげるわ!私、最近うまく作れるようになったのよ♪」

 ショコラ兄妹も、雪斗も、玉菜も涙目ではあるが、それぞれ握手を交わすと、全員ニッと笑った。


 ここなとセイロン、友菓とミント、ネロとラムネ、トロールとアイシングもお互い別れの挨拶を交わし、モカも…

「明日香…ウェディングドレス姿を見られないのは残念ですが、どうかお幸せに…」

「ありがとう…モカ…私、あなたと出会えて…本当に嬉しかった…」

 その瞬間、明日香は目じりから大粒の涙をこぼしてしまい、それを見た一悟達も思わず泣きそうになるが…


「明日香…門出に涙は禁物よ?」


 女勇者に窘められた明日香は、再び笑顔に戻る。


「またね、みんな!!!スイーツ界に帰っても、元気で仲良く過ごすのよ!!!!」


 精霊達と大統領、一悟達と3人の勇者と勇者のタマゴ…みんなで大きく手を振り、精霊達と大統領は転移の祠の力でスイーツ界へと帰って行った。精霊達と大統領の姿が見えなくなった刹那、全員の目から涙がこぼれ始め、特に明日香を窘めた女勇者は父親に縋り付き声を上げずに号泣した。

「これから母親になるのに…これじゃ、先が思いやられるな…」

「勇者になっても、ママになろうって状態でも…泣き虫は相変わらずなんだから…泣くのは、明日香の結婚式の時にしなよ?」

 勇者のタマゴがそう言うと、今度は全員がどっと笑いだし、マリアは姉に「うるさい」と言わんばかりに小突かれる。


 一悟達の笑い声は、勇者とマジパティ達が守ってきた瀬戌の青空の下で、とてもよく響き渡った―


 まるで、平穏な日々を象徴するかの如く。

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激甘革命!マジパティ 夜ノ森あかり @yonomoriakari

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