第49話「万事休す…混沌皇帝(カイザーカオス)、降臨!」
カオスの本体がシュガトピア王国の国王だったベルナルド4世で、
「一体…何が起こったんスか?」
大勇者は険しい表情のまま何も言わず、ソファーに座り、顔面を両手で覆ってしまった。「
「ピーンポーーーーーーーーーーン…」
そんな沈黙の空気をかき消すかのように、玄関のチャイムが鳴り響く。シュトーレンは夫の手を握りつつ、恐る恐る玄関まで向かうと…
「ご無沙汰しております…勇者シュトーレン…」
服装はこじゃれたスーツ姿ではあるが、連邦軍に捕まり、処刑を待っていたはずのアンソニー第1王子の妃・オルタンスが立っていた。そして、その背後に立っている初老の男性に気づくや否や、女勇者は夫と共に、オルタンス妃と初老の男性をリビングへ案内した。
「ガチャッ…」
リビングのドアが開くや否や、初老の男性はガレットの姿に気づくや否や、ガレットが座っているソファーに腰かける。テレビはシュトーレンが玄関に向かっている間に電源を消していた様で、初老の男性はテレビの方に目を向けるや否や、右手の人差し指をテレビの方へ向け、手に持っている水晶玉を光らせた。
「いやだ!!!余はまだ死にたくない!!!!!」
「
初老の男性が持っているバレーボールサイズの水晶玉が光を放ったと同時に、突然テレビの画面にシュガトピア王国の処刑場が映し出される。ドルチェ帝国女帝・キャロライン2世の罵声と、まるで狂ったかのように処刑場で泣き叫ぶ第1王子の様子に、シュトーレン、トルテ、オルタンスの3人は呆れそうになり、ガレットは俯きながらテレビのリモコンを手に取るが…
「大勇者ガレット…いや、カルマン。これは、グレートホイップのミランダ女王がご覧になられている光景だ。他国の君主たちとの話し合いで行った事とはいえ、突然の来訪となってしまった事は、すまなかった…」
「メルバ大統領…親父、いえ…父とは…」
女勇者に声をかけられた初老の男性はすっと立ち上がり、フルーティア連邦国の政治家である証を突き出した。
「私はフルーティア連邦国15代目大統領、チャールズ・メルバ。妻はマロン・グラサージュ・メルバ…勇者モンブランの長女にあたる。つまり、私は勇者ガレットの義理の叔父にあたる。そして、これから処される元王子の元妻・オルタンスは私の第1子…つまり、大勇者ガレットのいとこだ。」
大統領の説明に、カフェ全体が驚きに包まれ、カフェでコーヒーの準備をしていたアランは驚きのあまり、コーヒーカップを床に落としてしまった。
オルタンスの方は、かねてからの慈善活動でシュガトピアの国民や隣国から一定の評価を得ていたからか、民衆達からの「オルタンス妃に死刑は重すぎる」という嘆願があり、それを受けたカスティラ総統率いる革命裁判所側の条件としてアンソニー王子とは離婚し、この度、父であるフルーティア連邦大統領とドルチェ帝国女帝の連名での恩赦で釈放されたのである。ただし、書類上は「シュガトピア王国からの国外追放」として扱われているが。
「民よ…勇者よ…金なら渡す!!!だから、命だけは!!!!!」
ギロチン台に括りつけられても、必死に命乞いをする元王子の映像に、大統領はいきなり右手の人差し指で右目の目じりを下げ、舌を突き出す。いわゆる「あっかんべー」である。
「「一目ぼれしたから、嫁に欲しい」って言うから、娘を嫁に出したのに、結婚して子供ができたら、愛人と庶子作りまくって娘泣かせたり、妻の可愛い甥っ子を冷遇して来た奴が、今更命乞いすんな、バーーーーーーーーーカ!!!」
一つの国の大統領でありながら、処刑台の元王子への言動は、どうにも子供じみている。元王子の必死の命乞いも虚しく、ギロチンの刃は瞬く間に「シャッ」という音と共に下ろされ、ミランダ女王が目線を民衆の方へ向けたことにより、元王子の生死がハッキリとは見えないものの、まるで暗黒の時代が明けたかのような民衆の歓声からして、アンソニー元王子は刑により死亡したのが伺える。民衆達の歓声が止まぬまま、中継は終わり、テレビが自動的に電源が切れる。メルバ大統領は瞬く間に真剣な表情に切り替わり、水晶からグレートホイップ連合王国の女王・ミランダが姿を現す。
「勇者ガレット…あなた様はかねてからシュガトピア王国で革命が起ころうとしている事に気づいていらしてたのでしょう。あなた様の予想通り、シュガトピア王国は革命による諸侯たちへの暴動が発生し、元国王夫妻と元第1王子がギロチンにかけられた現在…わたくしの管轄下とはいえ、城下町は混乱の最中にございます。」
「ギロチンにかけられたって…?それじゃあ…あのゴリラに近づいたのは…」
「カオス本体だ…カオスは本体と
ゴリラと聞くや否や「えっ…人間界にいる
今回、スイーツ界にいたカオス本体であったベルナルド4世が処刑され、さらにその息子のアンソニーの処刑で、カオスを継ぐ者がスイーツ界からいなくなったため、カオスは再び一つになろうとしているのである。
「それに、メルバ大統領はわかるけど…ミランダ女王が…どうしてアタシ達の所へ?」
「今は「勇者ガレットへの恩返し」…としかお教えできません。あなた方歴代の勇者達にスイーツ界を救って頂いていながら、私達はこれまで、カオスの本体であった歴代シュガトピア国王の妨害で、あなた方に何もお返しできませんでしたから。」
女勇者の疑問に、魔法使いの女王が悲し気な表情で答える。
「私やミランダ女王だけではない…カスティラ総統も、女帝キャロラインも…これまでずっとカルマン達勇者に助けられてきた。…だが、私達だって勇者助けられてばかりではいけないさ。勇者が困っている時に、救済や支援といった手を差し伸べる行為も必要だ…これまで、スイーツ界を救ってくれて…本当にありがとう。」
「だからこそ、あなた方を幸せに満ちた未来へ導くための手助けをさせていただけますか?勿論、君主としてだけではなく…たった1人のスイーツ界の住人として…」
それぞれの国の長の言葉を聞いた勇者親子は、表情こそは確認できない程顔を伏せつつ、何も言わずに大統領の手を握った。それは、自分達の明るい未来を与えてくれることに対する感謝の態度とも、長年の仕えがとれたことに対する安心感を感じ取ったような態度ともとれる。
崩壊した廃デパートから明日香の父親が現れ、ベルナルド4世を依り代としていたカオス本体が憑りついたという事実は、一悟達も中継で知らされており、この日の夜は一悟達もそれぞれ覚悟を決めざるを得なかったのだった。
特に一悟の家では、明日香と明日香の母も同席で家族会議が開かれた。勿論、その中に一悟の姉の
「この現実は、どうしても受け入れるのに時間がいるだろう…でもな…一悟、明日香…ワシはその判断を、お前達自身に任せようと思ってる。私もあの男を勘当し、
祖父の言葉に、一悟と明日香は思わず息を呑む。
「それに、一悟…あんたはみるくちゃんがマジパティになって、一緒に戦う事になった時、どういう気持ちで戦ってたんだい?」
「そ、それは…」
母親の問いかけに、一悟はそっと胸に手を当てる。それはとても単純で、マジパティらしい答え…
「目の前に、俺とみるくでしか戦えねぇ相手がいたからだ!!!」
息子の言葉に、一悟の母は息子の頭に優しく右手を置いた。
「これからの戦いもそれでいいんだ…その初心を、決して忘れるんじゃないよ。」
母親からの言葉に、一悟はどことなく吹っ切れたような表情を浮かべる。そんな一悟の隣で、明日香は少しうつむき加減に考えた後、再び顔を上げた。
「やっぱり、私はあの男の顔はもう2度と見たくないけど…でも、ニコル…いいえ、
2人の力強い瞳に、一悟の父は覚悟を決めたような表情で2人の手をぎゅっと握りしめる。
「一悟…明日香ちゃん…どうか、無事で帰って来て欲しい…俺達から言えるのは、それだけだ。」
一家の大黒柱である1人の刑事の言葉に続くように、一悟の母、明日香の母、
みるくの家には瑞希以外に玉菜、ここなの2人が集まり、お菓子を囲みながら最終決戦についての話をしている。この日はみるくの父は深夜まで東京で撮影の仕事があり、仕事が終わり次第、みるくの兄が住んでいるアパートへ向かうことになっている。
「私のお父さんも、ここなのお父さんも、
「顔立ちがブランシュ卿とそっくりだったからな…聞いてみれば、「アンヌ・リン・ブランシュは、私の孫だ!」って…しかも、子孫が人間界にやって来ていた事も既に知っていたようだ。」
まるで「あの時はめちゃくちゃ驚いた」と言わんばかりの
「だから…これまで警察が割り込んでも、ブラックビターに対しても、マジパティ達に対しても法的な裁きがなかったのですね。ベイクに関しては、一切の擁護はできませんがね!」
これまでベイク以外のブラックビターの幹部が逮捕されなかったのは、物的証拠がなかったためで、ベイクはシュレッダーで斬り刻まれた
「それに、まさか千葉先生が「混沌の依り代」だったなんて…一悟は…明日香は…」
頭を抱える瑞希に、みるくは瑞希にそっと寄り添う。
「あたしは、いっくんについて行くだけです…どんないばらの道でも、あたしの愛する人ですから。共に勇者様と戦います!」
同じプディングであるここなも、みるくの言葉にうんと頷き、「フッ」と笑う。
「ボクだって、最後まで明日香の心の支えとして戦うさ!明日香とクラフが式を挙げるのを、楽しみにしているんだからな!!!」
2人のプディングの言葉に、瑞希は再び顔を上げる。瑞希の目の前には、瑞希が最も愛する人が微笑む。
「私もみんなの笑顔を守りたいし、スイーツを使って人の心を弄ぶカオスの行動を食い止めたい…だから、今は悩んでるヒマなんてない!!!!!」
玉菜の笑顔に、瑞希の硬い表情はほころびを見せ、笑顔になる。
「そうですね…私の方も悩んでいる場合ではございません。玉菜達が戦いに挑むのですから…だから、無事に戻って…また一緒に集まりましょう!!!」
そして、
「雪斗…今、ここで聞こう。お前がマジパティになったばかりの頃の気持ちと、今の気持ち…述べてみよ!」
祖父の言葉に、雪斗はそっと目を閉じる。最初はマジパティとは何なのかわからず、ただ成り行きのまま戦っていた。だが、それはユキがカオスソルベとして誕生した時から間違いだった事に気づき、改めてマジパティがなんであるのか理解することができた。最も、当初の雪斗の「マジパティ」に対する解釈の間違いを正したユキは、雪斗から離れてしまったが…
「僕は最初、ただただ…いちごんと同じ事がしたかった。いちごんと同じ事ができればそれでよかった。でも、それは誤りでした。いちごんも、みるくも、マジパティとは何なのか理解した上で戦っていた…」
ふと脳裏に浮かぶ、ベイクとの戦いの直後のユキの笑顔…今もどこかでユキが生きているのなら…
「今は…未来を守りたい!!!心から想う人の笑顔を見届けられる…そんな、光に満ちた未来を!!!!!」
雪斗の言葉に、ネロとトロールがそっと寄り添い、2人に続いてではあるが、グラッセとボネもそれぞれ、ネロとトロールの手を握る。
「だから戦うのだろう?私も、皆の未来のために戦うさ…」
「わ、私も戦います!!!そのために、急いで荷造り済ませたんですから!」
「グラッセだけじゃ心配だけど、雪ぼんの覚悟とくりゃあ…俺も勇者様のために力になるぜ!!!」
「協力は惜しまねーべ!当主様、わだす達と勇者様が…後継者を暫くの間お借りしても構わねっぺか?」
魔界のマジパティのリーダーであるトロールの問いかけに、雪斗の祖父とあかねは首を縦に振る。
「その覚悟がおありなら、私達もあなた方の心の支えとなれるでしょう…だから、私達も勇者とマジパティ達と共に、真の姿となったカオスと戦います。」
覚悟に満ちたあかねの凛とした表情に、雪斗はうんと頷く。
「あかねちゃんのその表情…まるで母と瓜二つだな。」
雪斗の祖父はそう言いながら、両親の形見である2本の古びたブレイブスプーンを、勇者モンブランのマジパティ全員の血を引く者に託す。
そして、おおみや市にある料亭のとある個室。そこに勇者クラフティ、僧侶一家、ムッシュ・エクレール、
「本来ならカルマン達も同席するのだが、13年前の戦争であのバカ王子が取り返しのつかないやらかしをしてな…バカ王子が死んですぐに、カルマンとオルタンス嬢との間のしこりは取れん。」
13年前の戦争で、当時の騎士と兵士達は敵対国であったツブアーヌ王国との国境へ進軍するはずであった。しかし、アンソニーはとある軍隊にシュガトピア王国とフルーティア連邦の国境へ進軍するよう、取り返しのつかない命令を下したのである。そこはシュガトピア王国の巫女が修行をする上で重要なパワースポットであり、シュガトピア王国としては絶対に破壊されてはいけない場所だったのである。大勇者ガレットもとい、シュヴァリエ騎士団長率いる部隊が追い付いた頃には、時すでに遅し…騎士団長の妻である巫女ノエルを含む、多くの修行中の巫女が巻き込まれてしまった後だったのである。無事だったのは、フルーティア連邦に所属するSP10名と、そのSPに匿われた修行巫女数名、そして、当時の法務局長官の子息1人…
いくらいとこ同士で、宗教に寛容だったオルタンスとはいえ、夫の暴走を止められなかった結果が、多くの巫女達が命を落とすことになったのである。ブロッサム公モーガンと
「子供達の前でありながら、オルタンスに向けた表情からして…オルタンスの事を赦すには、まだ時間がかかるだろう。」
そう言いながらメルバ大統領は、悲し気な表情で夫婦の写真を収めたロケットペンダントを見つめる。彼の妻も当時の事件に巻き込まれ、亡くなったのである。息子の話によると、即死だったという。
「それなら、モーガン王子はどうされたんですか?
「モーガンは今日、カイルの学校で教職員のアンドロイド同士の衝突があってな…その保護者説明会に出かけている。」
2人を繋ぎとめるはずのモーガン夫妻も、今日は都合が悪いため、不在。今回は仕方なく、勇者一家代表として勇者クラフティ出席で食事会をする事になったのである。
ブランシュ卿はメルバ大統領とミランダ女王と共に、落ち着いた口調でシュガトピア王国に発生した革命と、カオスは本体と依り代の2つに分かれていた事を説明する。本体はスイーツ界に常駐した状態で存在しており、依り代は他の世界を彷徨い、まるでヤドカリの様に負の感情が強い世界へ移動を繰り返すのである。これまでカオスの依り代が何度も人間界に現れるのは、人間界が一番負の感情が強い世界であるからだった。
「つまり、これまでスイーツ界にいたカオス本体が処刑された国王で、そのバカ王子が処刑され、カオスを引き継ぐ者が絶えてしまったから、人間界にいた混沌の依り代と1つになったって事か。」
1人のクリームパフの要約に、スイーツ界の住人達はまるで「その通り」と言わんばかりに頷いた。
「それじゃあ…あすちゃんのお父さんは、どうして混沌の依り代になったの?勇者モンブランとマジパティが活躍したのは68年前の
有馬の隣に座る友菓は、なぜ明日香の父親が混沌の依り代となったのか疑問に持つ。
「そこが問題や!68年前に勇者モンブランとそのマジパティ達によって、混沌の瓶の中に封印されとったはずなんよ…封印を解かん限り、混沌の依り代になれるはずあらへん。」
瑞希が「ブラックビターのティラミス」になったのは50年前で、その頃には人間界のカオスは復活していたことになる。その頃の明日香の父親は、神奈川県在住の幼児…封印を解くなど不可能なのである。最も、明日香の父親も、一悟と明日香の祖父は、一悟の父が埼玉県警に採用されるまで、一度も瀬戌市へ行ったことがないのである。
「お姉ちゃん…実はアタシ、あの明日香の父親には
夫の隣で小首をかしげる大賢者に、妹が思い出したかの様に昭和の時代を生きた教師の名前を出し、その教師の名前を聞いた3人の教師はハッとする。
公立、私立問わず瀬戌市内の学校に採用された教師全員に伝えられる、黒保根正見が起こした事件…それは体罰によって多くの生徒を殺めた事件である。黒保根の事件は立件されなかったものの、その事件がきっかけで黒保根は埼玉県の教師としての職を失い、マスコミに見つからないよう別の地域へ移住したのである。
「その事件で神奈川に移住して、教職に就いたとすれば…」
「黒保根は赴任先で明日香の父親と出会ったっちゅー事やな?おそらく、封印を解いたのも黒保根…黒保根の死で依り代を継いだのが明日香の父親なら、辻褄が合うっちゅーわけやな?」
黒保根は元々妻子共に疎遠だった事もあり、晩年は神奈川県内のアパートで暮らしていた。依り代を引き継いだのが明日香の父親なのも納得がいく。
「それでさ…夏に一悟と明日香のおじいちゃんから、コレを譲り受けたワケよ?」
そう言いながら賢者が木箱を丁寧に開けると、それは古びた小さな白い魔法瓶で、勇者モンブランによる刻印がうっすらと残されている。
「これこそ、明日香の父親が混沌の依り代であるという、動かぬ証拠!引っ越しの際に持っていくの忘れていたみたいで、おじいちゃんが勇者とマジパティに関する事だと思って、保管してたんだって。」
賢者の説明に、女僧侶は安堵の表情を浮かべつつ、かつて幼馴染と交わした言葉を思い出す。
「勇者であるセーラが太陽なら、僧侶である私・アンヌは月だ!!!!!」
その言葉に何かが吹っ切れた僧侶は、1人のソルベと1人のクリームパフに顔を向けつつ口を開く。
「友菓、有馬…私達は勇者と共に最前線では戦えん。勇者と共に、真の姿となったカオスの首を打ち取ってくれ…戦いの最前線で勇者の背中を任せられるのは、マジパティだけなんだ!!!」
女僧侶にそう告げられた2人のマジパティは、共に覚悟を決めた顔をする。
「勿論だぜ!カオスを浄化できるのは俺達マジパティと、勇者なんだからな!」
「そう…8年前は負けちゃったけど、今回は絶対に負けないから!!!!!」
2人の力強い言葉に、女僧侶はうんと頷き、何も言わずに2人に近づくや否や、2人の手をぎゅっと握る。
「勇者クラフティをかけて争ってた時と、見違えるほどだぞ…バカもん…」
………
明日香の父親が混沌の依り代として、カオスの真の姿となってから一夜が明けた。瀬戌市は仁賀保厚生労働大臣や玉菜の父から防衛省に連絡が行き、マジパティと勇者以外の民間人たちを巻き込まぬよう、一晩の間で瀬戌市は陸の孤島と化し、市民たちの大半は自宅待機を余儀なくされた。
「静かだね…」
玄関から空を見上げると、何の変哲もない冬空ではあるが、今日の瀬戌市はしんと静まり返っている。車の通りもなく、殆どの住民は家屋の中から出てこようとしない。
廃デパート跡上空から広がる黒いもやが段々と広がり、3人の勇者はそれぞれ、己の大剣を構え、一瞬にして甲冑姿となった。
「おやっさん…セーラ…兄さん…どうか無事で戻ってきてくださいっス!」
トルテはそう言いながら、女勇者にそっと口づける。
「私も戦いたいけど、今のままじゃ足手まといだもの…それに、パパ…」
部屋着姿のままふくれっ面をするマリアは、父親を呼び止めるや否や、俯いたままケーキスタンドとティーポットを手渡す。
「約束してよ…「オルタンスの事は
勇者のタマゴの言葉に、クラフティとシュトーレンも「やれやれ」と言わんばかりの顔をする。
「昨夜、エレナも言ってた。「義姉さんだったら、もう彼女を赦していると思う」って…バカ王子と離婚してまで、兄さんのために動いてくれた勇気…そろそろ認めた方がいいんじゃねぇかな?」
「確かに、アタシもお母さんが死んじゃった時は、親父もオルタンスさんを激しく責めた…でも、いくら親父やオルタンスさんを責め続けても、お母さんは帰ってこない…そもそも、一番悪いのは巫女の事見下して、戦争を期に巫女の
「あんな命乞い…フランス革命で処されたデュ・バリー夫人と比較するのもおこがましいわ!!!姉さんの言う通り、ざまぁですわ!」
「ははっ…アランもセーラも、俺と同じ事思ってたのかよ…俺なんて大統領から映像見せてもらった時、笑い堪えるの必死だったぜ?そんで、兄さんはバカ王子が処されてどう思ったワケ?」
弟と子供達が元第1王子の処刑に対する本音が飛び交う中、大勇者は思わず我慢できず…
「ギャハハハハハハハハハハハッ!!!!!」
まるで緊張の糸がほぐれたかのように爆笑した。
「あのバカ王子が君主になる前に処されて、清々したぜ!!!そもそもオルタンスは、政治やバカ王子の言動に口出す事を止められてたもんな…それに気づいてやることもできずに…」
「それなら、おやっさんは元々赦すつもりだったんスか?」
「昨日は、あのゴリラが混沌の依り代だって事で気が滅入ってただけ!オルタンスとは、以前からモーガンと話し合って、和解の準備してたの!!!」
父親の言葉に、次女も笑顔で顔を上げる。
「それなら、お姉ちゃん達も一緒にも関わらず、負けたら絶対に承知しないからね?」
勇者のタマゴによる、何の屈託もない笑顔と共に発せられる辛辣な言葉に、ガレットは顔を引きつらせつつ、ケーキスタンドとレインボーポットを受け取り、2人の勇者と共に静寂と化した瀬戌の街へ飛び出した。
「「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」」」」
その叫びと共に、仄暗い空へと変わりつつある瀬戌の空に目掛けて放たれる、4色12本の光の柱…自宅待機を余儀なくされた瀬戌市民達にとって希望の虹と化したのは、言うまでもなかった。
瀬戌市民の中には防衛省からの自宅待機命令を無視する市民が老若男女問わずいるのも事実で、命令を無視した市民は道路、壁などから次々と現れるカオスジャンク達によって、みるみるうちに拘束されてしまい、勇者とマジパティ達もそれぞれカオスジャンク達によって行く手を阻まれる。
「エクレールボルト!!!」
「ピオニーファン・スライサー!!!」
ムッシュ・エクレールのステッキから雷が放たれ、カオスの元へ向かう一悟達を阻むカオスジャンクがひるみ、ライスの放った扇子は市民に危害を加えようとするカオスジャンクを斬り刻む。
「命が惜しければ、建物の中へお隠れなさい!!!混沌のまがい物は、ワタクシ達と瀬戌警察署の者達に任せるのです!」
「は、はいっ…」
「サンキュ、2人共!!!」
カオスジャンクに襲われた市民はいそいで屋内へ避難し、一悟達は2人にお礼を言うと、カオスのいる廃デパートへと進む。
「お父様が、自衛隊と協力して待機命令を無視した市民向けの待避所を作られました。おじさま…行きますわよ!!!」
「あぁ…混沌のまがい物など、返り討ちにしてくれる!!!!!」
ライスとムッシュ・エクレールだけでなく、カオスジャンク達は瀬戌市の至る場所に現れ、僧侶一家や賢者も手分けして警察と共にカオスジャンクに挑み始める。
一足先にカオスのいる廃デパート跡に到着したのは、雪斗と魔界のマジパティ達で、5人は手分けしてカオスジャンクを蹴散らし、一晩で築かれた混沌の要塞の中へ入ろうとする。
到着の時点で5分は遙かに超え、普段なら時間制限で変身解除されている魔界のマジパティ達だが、大勇者ガレットが自身のレインボーポットを手にした事で、時間の制約がなくなり、魔界やスイーツ界にいる時と同じように戦える事を、グラッセ達は感じ取った。
しかし、要塞前のカオスジャンク達の数が多く、とても5人ではキリがない。そんな矢先、ミルフィーユグレイブでカオスジャンクを斬りつけていたグラッセが、カオスジャンクに跳ね飛ばされる。
「グラッセ!!!」
「ぎゃんっ!」
魔界のミルフィーユは、まるで野球ボールのようにカオスジャンクによって廃デパートの外へ飛ばされてしまった。
「プディング・アムール・リアン!!!!!」
アスファルト上に墜落しかけそうになる所で、みるくの声が響き、グラッセの身体は黄色い光のチェーンが巻かれた。
「相変わらずのドジね…グラ子!」
玉菜の呆れた声と共に、グラッセは無傷で着地し、呆れた表情の一悟、みるく、明日香、玉菜、ここな、そして4人の精霊達と合流する。
「お説教は後です!!!戦いの場へ行きますよ!!!」
廃デパート跡に建てられた要塞は入口にカオスジャンクがひしめき、簡単に入れぬようになっている。数の多さに苦戦を強いられる雪斗達の所へ一悟達が加わり、ミルフィーユはミルフィーユ同士、プディングはプディング同士、ソルベはソルベ同士、クリームパフはクリームパフ同士で4つのグループに分かれ、カオスジャンク達と戦い始めた。
「悪い、遅れた!!!」
「おまたせっ!!!」
廃デパートから遠い所で待機していた有馬と友菓が合流し、マジパティ達が全員揃った。
マジパティが12人揃ったところで、少しずつ要塞にほころびが見え始め、要塞の扉も3人のミルフィーユ達によって破壊された。扉が破壊されたと同時に、3人の勇者が黄金のオーラを
「ザシュッ…」
「カキン…」
「ザザッ…」
要塞の中を金属音が最上階へ向かいながら響く。やがて、最上階へたどり着くと、瀬戌市を一望できるバルコニーがあり、そこに漆黒の玉座が1つ佇み、玉座がくるりと反対を向くと…
「ついにやってきたか…忌々しい勇者ども…」
顔立ちと声は明日香の父だが、体格はベルナルド4世の太ましい体格で、カオスの真の姿である混沌皇帝(カイザーカオス)は、全身から黒いオーラを漂わせる。
「カオス…これ以上、お前の好きにはさせねぇっ!!!!」
長年の杜撰な扱いに全身を震わせた赤髪の男の勇者は、弟と娘の前で声を荒げる。
「俺の精神体を乗っ取った事…倍にして返してやる!」
「スイーツを利用して人の心を弄んだ罪は高くつくわよ!」
ガレットの両隣に並ぶ2人の勇者の叫びと共に、
混沌皇帝が分身したと共に、要塞の最上階は3つに分割され、それぞれの場所から金属音がぶつかり合う音が響き渡る。
ほぼ同時刻、要塞の入口で4つのグループに分かれて戦うマジパティ達の所へ、4人の精霊が合流した。
「お、お父さん!!!」
「えっ…おかあさん!?」
「ラムネ様…どうして…」
「フォンダン、びっくりして全身がさかさまになってますよ?」
オーレ、ハニー、ラムネ、アイシング…23年前に勇者ガレットと魔界のマジパティと共に戦った精霊達であった。
「ミランダ女王のご命令よ?それに…ラテ、あとでちゃんとココアに会わせなさいね♪ココア、カッコよくなったんでしょ?」
母の言葉に、人間の姿のラテは顔全体を真っ赤に染め上げてしまい、マグカップの中へ戻ってしまった。
「で、でも…お父さん…」
「私とお姉ちゃんが説得するから、安心しなさいっ!!!」
困惑する次女にそう言いながら、ハニーは人間の姿に変身し、ハチミツの色をした2本のこん棒でカオスジャンクに殴り掛かった。
「混沌のまがい物が、主婦精霊を甘く見ないでくれる?」
久しぶりに再会したパートナー精霊の姿に、魔界のプディングの顔面は真っ青になる。
「グラッセとハニー…同じ主婦でも、エラい違いだぜ…」
混沌皇帝を倒せばカオスジャンクは全て消える…つまり、混沌皇帝を倒せぬ限り、カオスジャンクは生み出され続ける…3人の勇者と3人に分身した混沌皇帝の攻防戦は継続され、勇者達にも、マジパティ達にも疲労が見え始めた。
「もう二度と苦しむことも、こざかしい戯言も言えぬようにしてやろう…」
混沌皇帝の言葉が瀬戌市全体を響き渡る中、12人のマジパティ達の姿が一瞬にして元の姿に戻り、マジパティ達だった者達の足元に石化したブレイブスプーンが音を立てて落ちる。
「ガシャン…」
「ど…どういう事だよ…」
「変身が解けたって事は…」
明日香と一悟は咄嗟に要塞の最上階を見つめると、そこには…
「いやあああああああああああああああああああっ!!!!!」
再び一体化した混沌皇帝と、石のように
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