第48話「王国壊滅!国王はカオスだった」
僕はいつ頃から、彼女を「1人の女性」として意識していたんだろう…
時には姉として
時には妹として
僕は彼女と向き合っていたはずだった
そんな生活が続く中
彼女には好きな人ができた
幸せそうに笑いながらマフラーを編む彼女…
僕は彼女の好きな人に対して
日に日に許せぬ感情を募らせていった
憎らしい…妬ましい…
彼女は僕のもの…誰にも渡したくない…
例えその相手が勇者でも…カオスでも…
そんなある日、僕は知ってしまった…
彼女の好きな人は僕だった
そう…僕は、自分自身に嫉妬していたのだった…
………
「雪斗、目を覚ましたんですね!!!」
ガトーが持ってきたスマートフォンで時刻を確認してみる。日付は12月12日を示しており、雪斗は丸3日眠っていた事に気づく。
「そういえば、僕はどうやって帰って…」
「覚えてないんですか?あの後、大勇者様とムッシュ・エクレールによって家に運ばれてきたんですよ?ずぶ濡れの状態でひどい熱を出して、何度もうわごとのようにユキの名前を呼んで…」
ガトーの説明に、雪斗は我に返ったかの様に周囲を見回し始める。祖父がユキに買い与えたワードローブも、ユキが集めたぬいぐるみや、ユキがハマっていた「名探偵コニャン」のコミックスも、ユキが毎週欠かさず購入していた「週刊少年サタデー」も、雪斗の部屋から消えている。
「そ、それじゃあ…ユキは…」
「
「嘘だっ!!!ユキは僕の目の前で…」
パートナー精霊のセリフを遮るかのように、雪斗は声を荒げる。
「ユキは…消えてしまったんだ…僕にキスをして…すぐに…」
雪斗は床に両手をつき、部屋の畳をぽつり…ぽつり…と、雨の様に涙が落ちる。
………
確かに、雪斗の目の前でユキは消えてしまった。しかし、一悟達にはユキが半透明の状態ではあるが、姿を確認できており、ユキは一悟と瑞希と共に、一悟の父の部下である
だが、ユキの方も一悟達の事は覚えているものの、マジパティとして戦っていた事も、雪斗に関する記憶も全て失っており、現在はあかねの兄夫婦と共に、極真会館近くの一軒家で生活している。そこは元々あかねが曾祖母の
「隼人さんから聞いたんだけど、ユキちゃんは「姫路あやめ」として来週から転校生として編入するんだって。」
連日の積雪で公共交通機関が麻痺しているため、サン・ジェルマン学園は昨日から中等部、高等部共に休校となり、
「それは楽しみですね。最近の私達の周囲では雪斗の件で暗い話題ばかりでしたし、明るい話題はいいものです。」
「そうだな…それにしても、どうしてあの時…ユキは「瘴気をマナに変える魔法」を使ったんだ?あれは、隼人氏が過去に失敗した魔法だろう?」
ここなの問いかけに、その時現場にいた瑞希はぐっと息を呑む。
「これは私の推測ですが、ユキには「一悟達の様に雪斗に触れたい」という強い願いがあったんだと思います。ただ…その代償として、ユキは雪斗の身体から離れ、マジパティとして戦っていた事も、雪斗に関する記憶も失ってしまった…」
その時の光景が今でも目に浮かぶ…何が起こったのか分からず、水色の光がバスタオルのように巻かれた状態で瑞希と一悟の所へ駆けつけるユキ…そして、こっちはどうでもいいが、ミルフィーユの姿のまま瑞希の隣で鼻血を吹き出す一悟…カフェに移動中のパトカーの中、瑞希はカフェに連絡すると、あかねから「妹を連れてカフェに向かう」という趣旨の連絡が入った。
後から聞いた話ではあるが、あかねの双子の妹・あやめは6年前に隼人の「瘴気をマナに変える魔法」の失敗に巻き込まれ、その時は軽い怪我で済んだものの、その事故からちょうど3年が経った12月9日…あやめは下校途中に突然意識を失い、まるで時を止められたかの様に、植物状態となってしまったのである。動いでいるのは心臓のみ…それが、兄の魔法の失敗だと判明するまで時間はかからなかった。だが、6年前の隼人はこの魔法に失敗し、今回のユキは成功した。一体2人は何が違っていたのだろうか…最も、ユキがその時の記憶を失っているため、瑞希達に疑問が残る。
「ガチャッ…」
「あのさ、タマねぇ…」
玉菜の部屋のドアが開くと、そこには玉菜と同じハチミツ色の髪の小学生が立っている。
「どうした、蘭ちゃん…」
玉菜が弟の所に駆け寄ると、
「冷ちゃん達が、タマねぇに話がある…って。」
悲しげの顔をする双子…そんな冷斗の手には、落ち込んだ表情のガトーが乗っている白い丸皿があった。
冷斗とみかんによって、一悟達は雪斗が目を覚ました事を知ることになった。しかし、目覚めた雪斗はユキが目の前で消えてしまった事のショックで、ひどく錯乱していたのだった。
積雪のため、カフェ「ルーヴル」の客足は鈍く、店には勇者シュトーレンとトルテが出ているが、早めに閉める事にするか話し合っている。リビングでは一悟、みるく、明日香、マリア、あずきがオンラインで出された課題に励んでおり、大勇者とアランは店の外の雪かきを済ませ、リビングにやってくる。
「やっぱり、俺が届けに行くしかねぇのかな…英語の課題も出てるから…」
「いや…今の雪斗に、一悟は危険だ。」
一悟が学校用のタブレット端末で英語の宿題を出そうとした刹那、リビングに入って来たばかりを大勇者は一悟を止めた。雪斗の錯乱はガトーですら止めることができず、雪斗は部屋にこもってしまったのである。
「ここは…ライス、お前が行け!お前がガトーに代わって、雪斗の背中を押すんだ…」
大勇者に指名されたスイーツ界の住人はすっと立ち上がると、凛とした表情で指名した勇者の前まで歩き、勇者の前で膝まづく。
「
一悟の姉の
「大けがをした男性は、「スイーツの怪物が関わる事件なら、事故扱いにしてくれ」とは言ってる…ただ、お前が今までしてきた事は、他人に対してやってはいけない事だ!!!」
父親のもの凄い剣幕な表情に、一華は思わずたじろいでしまう。
「お前がいなくなった間、お前が恋人持ちの男子生徒達にしてきた事が芋づる式に出て来た。高等部の理事会の話し合いの結果、お前は退学…これがなけりゃ、お前は留年で済んだのにな?」
父親の口から言い放たれた「退学」という言葉に、一華は酷く落胆する。
「ずっと…追いかけていて欲しかったのに…あすちゃんを追いかける涼ちゃんみたいに…一悟も…」
「涼ちゃんには涼ちゃんの人生、一悟には一悟の人生…それに、お前を追いかけ続けたのは一悟じゃない!お前の「姉としてのプライド」だ…」
父親の言葉に、一華は狂ったように泣き叫ぶ。そんな父親は怒りを抑えつつ、拳をぐっと握る…
「お前は一悟の成長に焦りすぎた…焦った結果、お前は自分の人生を棒に振ったんだ。退院が決まり次第、おじいちゃんの家に行きなさい。お前は一悟と離れて暮らす必要がある…」
娘にそう言うと、一悟の父は一華に一通の手紙を手渡す。
「これは、
娘が手紙を受け取った事を確認すると、1人の童顔刑事は何も言わずに娘の病室をあとにした。
親として、娘がその道へ走った事を止めなかった自分にも否があるし、幼い頃の一悟は怪我や病気が多く、手のかかる息子だった…それは、幼い一華にとっては酷だったのだろう…1人の刑事はそう悟った。
………
その頃、スイーツ界シュガトピア王国では、王族への不満を募らせた民衆たちが他国の王族や代表の協力の下、シュガトピア城へ押し寄せ、王妃バルバラの祖国であるドルチェ帝国へと逃亡を図った国王夫妻とアンソニー王太子夫妻が、フルーティア連邦の軍隊に捕らわれてしまった。その連邦軍の中には、革命兵としてモーガン王子が統治していたブロッサム領の領民、そしてブランシュ卿が統治していたブランシュ領の領民が含まれている。
「フルーティア連邦軍がシュガトピアの王族を連れて、ミランダ女王の前に現れたぞ!!」
「勇者を王族の道具としてこき使い、勇者と民衆たちから血税を搾り取ってきたシュガトピアの王族を許すな!!!」
「勇者の一族がいないと何もできない分際で、我が国を含めた他国へケンカを売ってきた代償…耳を揃えて払っていただきますわ!!!よって、城下町の民はわたくし、グレートホイップ連合王国女王・ミランダが丁重にお預かりいたします!!!」
海に囲まれた魔法使いの国の女王が、城下町に連れ戻された国王夫妻の目の前でそう言うと、城下町の市民たちは魔法使いの女王に敬意を表し、女王が手配した食料に群がった。
勇者の末裔、僧侶の末裔、賢者の末裔の殆どがスイーツ界から離れて4か月あまり…ブロッサム領とブランシュ領は、ほぼ無血の状態で隣国であるフルーティア連邦国に引き込まれ、他の領地もツブアーヌ王国やパンヌーク王国などといった別の国が奪ってしまったのである。
捕らわれた国王夫妻と王太子夫妻は、ドルチェ帝国女帝・キャロライン2世、ツブアーヌ王国総統・カスティラ、パンヌーク王国国王・マイケル5世の手配ですぐに裁判にかけられ、全員に死刑が言い渡された。王太子の4人の子供達は宮廷の家臣たちと共に、処刑場の外れにある塔に幽閉されている。その処刑場の真横の牢獄の柵を掴みながら泣き喚く王太子に、王国騎士団長代理のパウンド・ケーキはやれやれと言わんばかりの顔をする。
「王太子様…残念ですが…」
「いやだ!!!せめて、子供達だけでも…」
「あなたの命乞いは、民衆たちが許しません。あなた方は国民からお金を巻き上げては、戦争と贅沢三昧を繰り返し、国の財政を破綻させた…特に勇者不在にも関わらず、他国に戦争を仕掛けた5年前からは…」
騎士団長代理の言葉に、王太子は何も言い返せない。
「人間界での役目を終えたにも関わらず、シュヴァリエ団長がこの世界へ戻らない理由…まだお判りにならないのですか?わからないのでしたら、お教えしましょうか?あなた方王族が、勇者の家系を酷使していながら、何も見返りを寄越さないわ、勇者の家系に理不尽な政略結婚を仕掛けるわ…挙句の果てには、勇者モンブランの暗殺…シュヴァリエ団長も、長い間よく我慢して来たものですよ。」
「あ、暗殺は私のおじい様…ベルナルド2世が、勇者モンブランの人気に嫉妬して…」
王太子の言葉に対し、騎士団長代理はそれを、まるでシュガトピアの民の代表かの如く、鼻で嗤う。
「嫉妬?その割には、ベルナルド2世はしれっと弟であるベルナルド3世に国を託しましたよね。最も、ベルナルド3世はご自身が見栄を張って主催した馬上槍試合中、馬に転落して亡くなりましたが…」
「そ、その時は勇者も若すぎるのが原因で…ベルナルド3世を助ける事はできなかったんだ!!!」
「その勇者に対する扱いのずさんさが、この結果を招いたのだ!!!他国の王、大統領、総統閣下と結託し、暴徒と化した民衆達が望むのは、シュガトピアの王族の滅亡あるのみ…」
もの凄い剣幕で怒りを露わにする騎士団長代理に、王太子はがっくりと両ひざを落とす。
「それなら、モーガンはどうした…モーガンも…」
「あなたが王位を捨てた者の事を知って、どうするのですか?彼はもう…あなたとは赤の他人でしょう?あとは反乱軍と民衆達の罵声でも聞いててください。」
「待ってくれ!!!パウンド・ケーキ騎士団長!!!!!私の話を…」
王太子の叫びに背を向けたまま、騎士団長代理は懐に入れていた1枚の白い上質紙を見つめながら、王太子のいる牢獄を離れる。彼が見つめる人間界で作られた上質紙の右下には、人間界の文字でブロッサム公モーガン王子、ブランシュ卿、大勇者ガレットもとい、シュヴァリエ元騎士団長のサインが記されている。
「ガチャッ…」
騎士団長代理が処刑場の外れにある塔の中へ入り、階段の突き当りにある部屋の扉を開けると、そこには16歳のアーサー王子を筆頭に、アンソニー王太子の4人の子供達がその身を震わせている。
「シュガトピア国王ベルナルド4世王、バルバラ王妃及び、アンソニー王太子の妻子の地位は全て廃位となった!よって、君たちはもう王族ではない!!」
「それでは、僕達は元国王と共に処刑となるのですか?」
王子の言葉に、騎士団長代理は首を横に振り、王子に1枚の白い上質紙を見せる。そこには人間界の言葉で、アンソニー王太子の4人の子供達を人間界に移住させる事を示唆する趣旨の指示が記されている。
「君達の叔父上からの計らいで、私は君達の今後を任されている。君達はこれから私を「
「国外追放…という事ですね?覚悟を決めよう…アン…」
「はい…お兄様…」
騎士団長代理の命令に覚悟を決めた元王子のアーサーと元王女のアンは、質素な服装に着替え、幼いミハイルとエリーザベトを大人1人が入れるような木箱に入れると、修道僧が羽織るケープを羽織り、騎士団長代理と共に、質素な馬車に乗り込んだ。
………
氷見家にやって来た大勇者とあずきは、いったん応接間に案内され、使用人が1人だけ来るよう促してきた。
「大丈夫か?ここからお前1人で行っても…」
「ワタクシはユキ様のファンクラブの会長です。こういう時こそ、ファンとして救いの手を差し伸べねばなりません。」
あずきは穏やかな表情で答え、水色の袋状のラッピングをぎゅっと抱きしめる。自分のプレゼントではないが、今の雪斗には立ち直りの鍵を担うであろう…あずきはそう確信した。
「ガラッ…」
部屋のふすまを開けると、雪斗は壁の方に顔を向けたままベッドに横になっている。
「失礼いたします。」
あずきは雪斗に挨拶をすると、思いっきり布団を引っぺがしてしまった。
「さぁ、公園へお散歩致しましょう!!!ずっと引きこもっていたら、東京で暮らしていた頃と変わりませんわよ?」
雪斗は思わずうずくまるが、あずきに背を向けたまま動かない。
「別にあの時みたいに戻ったっていい…ユキがいない世界なんて…」
「それを…彼女はお望みかしら?愛していた方が、前に進まねばならないのに、ずっと自分の事を思ったまま現実に目を背ける…そもそもワタクシは、彼女が本当に消えてしまったとは思いませんし、ワタクシなら「きっと彼女は自分の事を思って生きている」と考えます。」
「でも、ユキは僕の目の前で消えてしまった!!!お前に…ユキの何がわかるって言うんだ!!!!!」
あずきに向かって罵りながら振り向いた雪斗に、あずきは右手を盛大に振り上げ…
「バシッ…」
まるで雪斗がベッドから吹き飛びそうになるほど、あずきの右手が雪斗の左頬を叩いた。
「本当にわかってないのは、あなたでしてよ!!!!!」
雪斗のファンクラブの会長でありながら、雪斗に平手打ちを放ってしまった罪悪感こそはあるものの、今はそうは言っていられない。あずきは左手を震わせながら、以前ユキに言われた事を思い出す。
「もし、僕がこのマフラーを雪斗に渡す前に、僕が雪斗の身体から離れてしまっていたら…その時は、あずきが雪斗に渡して!」
なぜ、恋敵かもしれない相手にそれを渡すよう頼んだのか…今ならわかる…
彼女はあずきが雪斗を光へ導くべき者だと信じていたからだ!!!
「彼女は…あなたの温もりを肌で感じていたいがためにっ…覚えたての魔法を使ったのです!!!」
雪斗の気持ちが最初から自分の方に向かない事は、初代「Club YUKI」を立ち上げたばかりの頃からわかっていた…しかし、ずっと雪斗を愛おしく想っていた時間の重みで、腕が震えだす。
「彼女があなたの前から消えたのは、彼女自身の媒体があなたでなくなったから…彼女を今でもお慕いしていらっしゃるなら…彼女がなぜ、その選択をしたのか…知る必要がございましてよ…」
涙が出るのを堪えながら、あずきは雪斗に水色の袋状のラッピングを突き出した。
「彼女の想い…決して無駄になさらぬように…落ち着いたら、速やかに支度なさい。一悟達が待ちわびていらっしゃってよ?」
雪斗は黙ってあずきからプレゼントを受け取り、あずきはそれを確認すると、雪斗の方に背を向けたまま部屋を出た。
あずきは俯いたまま雪斗の部屋のふすまを閉めると、部屋の前の廊下にガレットが立っていた。
「よく我慢できたな…」
大勇者がそう言ってあずきの頭を優しく撫でると同時に、あずきはまるで洪水が発生したかの様な涙を流し始めた。
「わかっていても…悔しい気持ち…隠せないのですね…」
「今は辛くて1人で泣きたくっても…いつか、それが自身の人生に必要だったと思える時が来るさ。お前は俺と違って、本音を聞いてくれる奴がここに居るんだ…」
声を上げずに泣き続けるあずきを宥める大勇者は、初恋の時の事を思い出したかの様に、切ない表情を浮かべる。相手は既に婚約者がおり、自分の血縁、相手の血縁は共に結ばれてはいけない運命…その運命には打ち勝てなかった。今は時の流れで「これでよかったんだ」と受け止めてはいるものの、あずきの悔し涙を見ていると、不意に初恋の頃を思い出してしまう…
ほぼ同時刻の
アーサー元王子とアン元王女は命からがら人間界に到着し、護衛のパウンドも幼いミハイルとエリーザベトが入っている箱を抱え、到着した。アーサー達が到着した場所は、所々雪解けしているが、殆ど銀世界と化した広場であった。
「やっと…到着したか…重光さん、我々はこれから…」
「ドスッ…」
「お兄様っ!!!!!」
元王子がパウンドに問いかけようとした刹那、黒いもやが刃のようにアーサーの背中に直撃し、アーサーはみるみるうちにその姿を変えていく…
「ボコッ…ボコッ…」
まるで風船が膨らみだすかのように、元王子の姿はみるみるうちに雪のように白いカオスイーツへと変化を遂げた。
「ひぃっ…」
「アン様!2人と共にマジパティと勇者達の所へ向かうのです!!!」
パウンドは箱を開け、怯えるアンに彼女の幼い弟妹を託す。
「で、でも…」
「迷っている暇などございませぬ!私が時間稼ぎをしているうちに、早く!!!」
咄嗟に盾を取り出し、元王子だったカオスイーツと対峙するパウンドに厳しい声でそう告げられた元王女は、歩くことができないミハイルを抱きかかえ、エリーザベトの手を引きつつ、アテもない人間界の土地を駆けだした。
宮廷お抱えの家庭教師からは「人間界の事を学ぶ必要はない」として、人間界の事を全く知らないアン達…こんな土壇場で、いとこであるブロッサム公領で育ったカイル達が羨ましく思えるのはどうしてだろう…ここが人間界のどこかもわからぬとも知らず、アンはミハイルを抱えつつ、エリーザベトの手を引きながら、聞きなれぬ音のする方向へ走るが…
「あっ…」
「エリー!!!」
鋼鉄製の柵に差し掛かろうとしたところで、突然エリーザベトが雪道に足を滑らせ、転倒してしまい、アンも振り向いた瞬間、足を滑らせてしまった。
「ぽすっ…」
地面にぶつかるかと思った刹那、何か柔らかい感触がアンを抱き留め、アンが振り向くと黒髪のショートカットで、紫色のフレームのメガネの少女がアンをしっかり支えていた。そんな彼女の後ろには2人の少女と1人の少年が立っている。
「幼い子を抱えながら走るのは、危ないですよ?」
「よかった…どこも怪我をしてないね…」
「泣かないで…」
アンがエリーザベトの方へ目を向けると、妹は泣きべそをかいているものの、藍色の髪の男の子に支えられながら、藍色の髪の女の子に濡れた服をタオルで拭いてもらっている。この「黒髪の少女ならマジパティを知っているかもしれない」…そう悟ったアンは、彼女に助けを請う事にした。
「わたくしは、アンジェリーヌ・シャルロット・クランベリー・オブ・シュガトピア…そして、この子は弟のミハイル。お願いです…わたくし達をマジパティと勇者のいる所へ…」
そう言いながらアンはミハイルを抱えながらかがもうとすると、瑞希の背後にいるハチミツ色のボブカットの少女が、カバンから紫色の宝石がついたスプーンを取り出しながら、フッと微笑む。
「私、マジパティなのよね…事情はわからないけど、この公園にカオスイーツが現れたんでしょ?」
「は、はい…」
玉菜の妙に落ち着いた表情に、アンは思わず拍子抜けする。
「瑞希達は、お姫様達とゆっきーの家に!!!行くわよ、いちごん!幼な妻ちゃん!」
「あぁ!!!」
「了解ですっ!」
一悟達が公園の中へ駆け込んだことを確認した瑞希は、冷斗とみかんと共にアン達を連れて氷見家の屋敷へと歩きだす。
「ドシュッ…バシュッ…」
カオスイーツ化したアーサーは、雪原に溶け込み、端から見れば「出入り口のない巨大なかまくら」と化している。カオスイーツは全身のいたるところからメレンゲ状の泡を飛ばし、巨大な盾で泡を弾く騎士団長代理にけん制を何度も何度も繰り返す。
「くっ…このままでは盾がもたぬ…アン様…」
徐々に亀裂が入る巨大な盾…それもお構いなしに、カオスイーツは攻撃を続ける。そこへ…
「クリームバレットショット!!!」
「ミルフィーユリフレクション!!!」
騎士団長代理の背後から2人の少女の声がして、振り向くとそこにはピンクと白銀のマジパティが無数の泡を相殺し、黄色のマジパティは杖を構え…
「プディングメテオ!フランベ!!!!!」
そう言い放ったと同時に、カオスイーツ本体の頭上に熱を持った巨大な球体が現れ、カオスイーツは球体の下敷きとなってしまった。
「君達がマジパティか…かたじけない…」
盾の騎士の言葉に、一悟達は黙って頷いた。
「私はパウンド・ケーキ…シュガトピア王国騎士団に所属していたものだ。アン様は…」
「お姫様達は安全な所へ避難させたわ。でも、スイーツ界のお姫様がどうしてここに?」
「そ、それは…」
盾の騎士がクリームパフの問いかけに答えようとした刹那、3人のマジパティ達の足元の雪がカオスイーツと一体化し、瞬く間に3人のマジパティ、4人の精霊、そして盾の騎士をカオスイーツの中へあっという間に飲み込んでしまった。
………
アン達の手を引きつつ、無事に
「さぁ、早く中に入って温まってください。」
瑞希と氷見家の使用人に促されながら、アンは氷見家の屋敷に入り、暖房の利いた応接間へ案内される。
「しかし、どうしてそのような薄手の軽装で人間界に…」
「わたくし達、クランベリー公アンソニーの子供達は…国民たちの反乱によって、シュガトピア王国から追放されました。」
瑞希に温かい甘酒を渡されたアンは、悲し気な表情で人間界にやって来た経緯を語り始める。
「それでは、親御さんは…」
「両親とおばあ様は、国王であるおじい様と共に、反乱軍に…わたくし達王族は、勇者の一族達だけでなく、他国の王族、国民たちに多くの過ちを犯していたのです。それにわたくし達が気づいた頃には、反乱が始まって…」
「違うよ!反乱は5年前の戦争の時から、既に始まっていた…気づくの遅すぎじゃない?」
「無理もないわ、お兄ちゃま!アン達はカレンやお兄ちゃまと違って、国の財政とか教えられていなかったもの!」
アンにとっては聞き覚えのある声がして、声がする方を向くと、そこには4か月前に王家を離脱した2人のいとこが立っていた。2人はたまたまお茶会に呼ばれていた両親と一緒にやって来ており、着物姿だ。クランベリー公アンソニーの子供達とブロッサム公モーガンの子供達の仲は、良いとも悪いとも言い切れないのだが、父親同士が不仲のため、あまり顔を合わせる事は少ない。少々気まずい空気が流れるが、カレンはアンに右手を差し出す。
「国を出て人間界に来たんだから、ここでお父様同士の不仲も関係ないわ!アン、親子でめかけの取り合いをしていたおじい様とお父様から離れた気分はどう?」
自身の予想の斜め上をいくいとこの言葉に、アンは少しばかり戸惑うが、騎士団長代理に言われた事を思い出し、いとこの手を優しく握り返す。
「お母様には悪いけど、とてもいい気分だわ!」
………
マジパティ達がカオスイーツの形状がウ・ア・ラ・ネージュである事に気づいた頃には、精霊達と盾の騎士と共にカオスイーツのメレンゲ状の泡の中に閉じ込められ、身動きが取れなくなっていた。そんなマジパティ達の所へ、ソルベに変身した雪斗と真紅の甲冑姿の大勇者ガレット、そしてライスが到着する。
「ソルベブーメラン!!!」
「ピオニー・ファン・スライサー!!!」
雪斗は巨大なかまくら目掛けて長弓を放ち、カオスイーツの身体に横一線の大きな切れ目を入れ、ライスが放った2本の扇子は白い牡丹の花が舞う様にカオスイーツの身体を斬り刻む。雪斗とライスが入れた切れ目から、プディングに変身したみるくと盾の騎士が顔を出し、ガレットは魔界仕込みの魔眼(人や物を移動させる程度の能力)を放ち、2人をカオスイーツから解放する。
「この手のカオスイーツは、再生能力がある!再生が追い付かなくなるまで攻撃を続けるんだ!!!」
「「はいっ!!!」」
大勇者にカオスイーツの特性を告げられた2人は、その間もカオスイーツに対する攻撃の手を緩めることなく続け、大勇者に救出されたみるくは、プディングワンドから何度も光の鎖を放ち、一悟達を救出する。救出された一悟と玉菜も、精霊達を傷つけぬようカオスイーツを攻撃し始める。
時折カオスイーツから放たれる泡状の弾丸は盾の騎士が次々と跳ね返し、精霊達はココアとラテが人間の姿に変身し、ラテがショコラ兄妹を抱えつつ、ココアの腕につかまり、ココアは光の鎖をぎゅっと掴む。全員が救出された事を確認した大勇者は、己の大剣に炎をまとわせ、カオスイーツに飛び掛かる。
「ブレイブプロミネンス!!!!!」
大勇者が放った炎の太刀筋は雪原の大地を溶かすほどではあるが、今回のカオスイーツは媒体が相当な負の感情を持っているのか、大勇者の一太刀ではカオスイーツの大きさが小さくなるだけであった。
「シュヴァリエ団長、カオスイーツにされたのはアーサー王子です!かねてから母をないがしろにする国王と父上に不満を持っておいででしたから、彼の負の感情は…」
「これまでとは比べ物にならねぇって事か…」
そう言いながら大勇者は再び大剣に炎をまとわせようとするが、カオスイーツは大勇者に攻撃の隙を与えぬかのように飛び掛かってきた。
「ザッ…」
そんなカオスイーツの反撃を許さぬかのように、今度は突然飛び出してきた女勇者がカオスイーツを真っ二つにする。
「隙だらけよ、親父!!!こういうカオスイーツには、持久戦以外にももう一つ的確な戦い方があるのよ!」
そう話す女勇者の右手にはレインボーポットが煌めく。
「行くわよ、みんな!!!!!」
自分の掛け声に頷くマジパティ達の姿を確認した女勇者は、ケーキスタンドの上段にレインボーポットをセットした。
「みんなの心を一つに会わせて!!!」
女勇者の叫び声と共に、マジパティ達は勇者の元へあつまり、白い光の中で仲間たちと手を取った刹那、3段式のケーキスタンドから新たなるスイーツのエネルギーが送り込まれる。
「強き勇者の力!!!」
白い光がおさまると、ミルフィーユのコスチュームは、ピンクからパステルピンクを基調としたコスチュームに変化した。
「育まれゆく勇者の愛!!!」
ミルフィーユに続いて、プディングのコスチュームは、クリーム色を基調としたコスチュームに変化し、ケーキスタンドの上でお辞儀をした。
「深き勇者の知性!!!」
今度はソルベがコスチュームをパステルブルーを基調としたコスチュームにチェンジし、ポーズを決める。
「眩き勇者の光!!!」
クリームパフはコスチュームを淡いラベンダー色を基調としたコスチュームに変化させ、飛び跳ねる。
「そして、大いなるみんなの勇気!!!!!」
最後に女勇者が叫び、勇者の甲冑は白金の甲冑へと変わった。
「生まれゆく奇跡、紡がれる絆と共に!!!!!」
精霊達の言葉と共に、レインボーポットを乗せた2つのケーキスタンドが巨大化し、それぞれ下段にマジパティが4人全員乗り、中段に精霊が4人全員乗る。最後にケーキスタンドの上段に勇者達がそれぞれ着地すると、2人の勇者は大剣を構え、大剣の太刀筋で描いた光の魔法陣でカオスイーツの動きを封じると、マジパティ達は全員右手を空高くつき上げる。
「「「「「マジパティ・ブレイブ・ファウンテン!!!!!」」」」」
ケーキスタンドの頂点のハートの飾りから虹色の球体が生み出されると、やがて光の球体は巨大な虹色の大剣へと変わり、ウ・ア・ラ・ネージュカオスイーツを、いとも簡単に貫いた。
「「「「「
マジパティと勇者の言葉と共にカオスイーツは光の粒子となり、本来の姿であるアーサー・アラネージュ・クランベリー・オブ・シュガトピアへと戻った。
「アーサー様っ!!!」
パウンドは咄嗟にアーサーを支え、アーサーは勇者とマジパティ達の姿に気づくと、スイーツ界での祖父達の態度の数々を思い出してしまい、少々気まずそうな顔をする。
「クランベリー公アンソニーの子息女は全員、スイーツ界を離れ、人間界で暮らす事を命ずる。人間界に到着後、長男・アーサーは「巣鴨アキラ」、長女・アンジェリーヌは「巣鴨アンナ」、次女・エリーザベトは「巣鴨エリナ」、そして次男・ミハイルは「巣鴨ハルキ」と名乗る事…」
大勇者は1人の元王子の前で、パウンドが持っていた1枚の上質紙に書かれている文章を読み上げる。
「ブロッサム公モーガンこと、
娘と人間界で再会したパウンドは、高萩家からの手配で人間界での仕事を見つけ、「
雪斗もユキのプレゼントを受け取った事で、ユキの運命を受け止め、再び一悟達と打ち解けることになった。
………
それから6日後…
「本日、2年A組と2年C組に新しい仲間が加わった。このクラスでは、巣鴨アンナさんが一緒に勉学に打ち込むことになる。みんなもアンナさんと仲良くするように!」
サン・ジェルマン学園中等部に転校生が2人やって来てた。1人はフランスのマルセイユ出身の少女で、もう1人は関西の超有数企業・姫路グループのご令嬢…その話題で、一悟達の周囲は黄色い歓声を上げる。どちらも素性を知っている一悟とみるくではあるが、共に平穏に暮らしている事に、2人は少しばかり安心する。
アーサーは巣鴨アキラとしてカフェ「ルーヴル」の近くにあるスーパーマーケットで働き始め、エリーザベトとミハイルは共に大賢者が働いている保育園に通うことになった。叔父であるモーガンは高校に編入する事を薦めたのだが、「自分の力でアン達を養いたい」という強い願いに圧倒され、モーガンはアーサーがフリーターになる事を、しぶしぶ許可したのだった。
それから更に2日後の夕刻…その平穏を打ち砕くかのように、ある出来事が起こった。
「こちら、現場です!ザティ
ブラックビターのアジトとなっていた廃デパートが突然崩壊し、そこから混沌の依り代が瓦礫の中から垂直に飛び出してきたのである。そして、
「そなたが混沌の依り代か…」
ギロチンにかけられ、処刑されたはずのシュガトピア国王ベルナルド4世だった。その様子をテレビで見ている大勇者は、険しい表情を浮かべる。
「勇者よ、見るがいい!!!!!これより余は、この混沌の依り代を器とする!貴様らの血を絶やすために!!!」
狂気に満ちた笑い声と共に、ベルナルド4世は瞬く間に黒いもやに姿を変え、混沌の依り代の全身をぐるぐると回り出す。
「お、親父…ちょっと…」
ガレットの隣でテレビを見ている女勇者は、纏っている黒いフードを脱ぎ捨てた混沌の依り代の姿を見るや否や、顔面が蒼白する。
そう…混沌の依り代の正体は…
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