第46話「暴かれた!?ライスと誘拐事件の真相」

「人間界でおじ様との連絡が途絶えて1週間…大賢者様が言うには、僧侶様とトルテ様は、それぞれ看護学生として、モデルとして人間界で御多忙極めていらっしゃる…」

 紅葉こうよう彩る山の中を、薄紫色の振袖にツインテールの少女が歩く。耳が尖っている所から、恐らく彼女は種族が人間に近い存在である事が伺える。


 彼女の名はライス・ケーキ…スイーツ界の精霊達を、家族で指導及び管理をしているハーフエルフの少女である。叔父が人間界で消息を絶ってしまい、父である魔導騎士団長代理・パウンド・ケーキからの勧めで、消息が掴めない叔父と勇者シュトーレンを探し出す事…そして、父の上司である大勇者ガレットの補佐をするよう頼まれたのである。最も、その大勇者も消息がイマイチ掴めていないのだが。


「とんだ誤算でしたわ!転移の祠の番が、あのバカオーレだったなんて!!!!!」

 ライスはそう言いながら、握りこぶしを震わせつつ憤慨する。本来、ライスは叔父であるエクレール・ブレッドソンが消息を絶った瀬戌せいぬ市の苔桃台こけももだいへ行く予定だったのだが、祠の番をしていたのが精霊のハニーではなく、その夫のオーレで、彼はクシャミの勢いで転移先の座標を、瀬戌市から北の方角へズラしてしまい、ライスはスイーツ界から、人間界のどこかわからない山の中へとすっ飛ばされてしまったのである。目印になるものと言えば、ライスのいる場所よりも遙かに高い位置にある門に掲げられている赤と青を基調とした旗…勇者モンブランが遺した文献で見たことがある。確か、「ユニオンジャック」と呼ばれるイギリスという国の旗だ。


「ガサッ…」


 人の気配のない山の中、ライスは何かが近づく気配を感じ、物音がする方角へ身体ごと向けると、そこにいたのはライスと同じ顔立ちで、身なりの良い少女だった。その少女が着ている紫色のワンピースは、所々に血がついており、少女の妙に落ち着いたような表情に、ライスは思わず背筋を凍り付かせる。




 ………




「えぇー、内部進学希望の者は、来週月曜日までにこの進学希望用紙に進学希望学科を記入の上、私の方へ提出するように!」

 ホームルームの際に配布された進学希望用紙を見ながら、一悟いちごは不機嫌な表情を浮かべる。元々スポーツ推薦でサン・ジェルマン学園に入学した一悟ではあるが、高等部の学科に対しての指定はなく、一悟自身に委ねられている。当初の一悟は高等部2年から文系クラス、理系クラスが選べる普通科を希望していたが…


「彼女持ちが偉そうに一華いちか様の真似すんなー!!!」


 姉からの理不尽な一言に、一悟は普通科以外な学科も検討しようとするが、みるくの希望学科で尚且つ、ネロやマリア、友菓のいる国際科は海外長期滞在経験がない生徒の場合、来年の12月までにTOEICトーイックのスコアが500以上が進学条件で、一応TOEICのスコアは取得しているものの、英語のケアレスミスが多い一悟のスコアは365という資格にすらならないレベルで、今の段階では厳しい所である。かといって、ボネとここながいる情報処理科は中等部3年間の数学の成績で内部進学の合否が決まるため、不可。通信課程ではあるが、明日香がいる医療福祉科も数学と理科の成績が左右されるため、不可…どこへ行くにも、一悟にとっては厳しい状況である。

「こうなったら、またTOEIC受けよっかなぁ…そうすりゃ姉ちゃんも…」

「いちごんも国際科なら、僕も…」

「一華の言う事、真に受けてんじゃねぇよ!!!雪斗ゆきとも便乗すんなっ!」

「一悟の進路は一悟の進路だっぺ!!!ごじゃっぺの言いなりは、一悟のためにならねーべ!」

 ぼやく一悟と、それに乗りかかろうとする雪斗に対して、涼也りょうやとトロールが一蹴する。

「そういう涼ちゃんは?」

「医療福祉科!ばあちゃんの事もあってさ…俺、実は医学部の大学を希望してんだ。だから、医学部進学のカリキュラムがある医療福祉学科に行こうと思って…ところで、みるくは?」

「選挙管理委員会の集まり。立候補者が揃ったみてぇで、明日の朝貼り出す候補者名簿の準備をするから遅くなるって。」


 もうすぐ、サン・ジェルマン学園は中等部、高等部共に年に一度の生徒会選挙が始まる。みるくはこの度選挙管理委員会に入ることになり、その選挙管理委員長は瑞希が務める事になっている。

「ところで、涼也のクラスは誰が立候補したんべ?」

「あずき!生徒会長直々の指名だってよ♪そっちは?」

 涼也の問いかけに、雪斗はニコニコと挙手をするが、となりの一悟は仏頂面で手を挙げる。


『俺はぜってー、生徒会になんか入んねーぞ…全力で落選したらァ…』


 一悟が今回の生徒会選挙に立候補したのは、自らの意思ではなく、雪斗の「一悟と一緒に生徒会の仕事がしたい」という独りよがりの推薦であった。それだけなら、「まぁ仕方ない」で済むのだが、一悟が「全力で落選したい」と願う事には理由があった。姉の一華である。一華は普段から一悟を顎でこき使っていながら、一悟が空手や「太鼓の玄人たいこのくろうど」の全国大会で好成績を記録したり、学校内で成果を上げると、すぐに自分の手柄の様に一華が自慢をし始めるのである。特に、マジパティである事がバレて以降は、逆らおうとすれば「新聞部と放送部にバラす」と半ば脅しを受けているのである。勿論、涼也もその事を知っており、自分が居候中にどうにか一華のその行いをやめさせたいと思っているが、なかなかうまくいかないようだ。




 その夜、一悟の家では涼也を交えた家族会議が行われた。涼也の方は問題ないようで、特に医者を目指すほなみからは、「ほかに医学部を目指す人がいて、嬉しい!!!」と、喜ばれたのである。


「そんなに普通科にしたけりゃ、普通科にすりゃいいんじゃないか…お前の進路なんだから、一華の指図に何でもかんでも従わない!」

「なぁ、おばさんの言う通りだよ!!!一華の横やりで無理してTOEIC受けて国際科行く必要ないって事!」

「一悟は自分がやりたい事をやっているだけなんだから、一華の言う事は無視していい!お前は一華の人形じゃないんだぞ!!!」

 姉以外の家族全員からの後押しに、一悟は少しばかり安心する。その言葉に、一華はどことなく面白くないようだ。一悟は両親から涼也と部屋に戻るよう言われ、リビングをあとにしようとするが…


「本当に普通科行くなら、一悟とみるくがマジパティだっていいふらしてやるから!!!」


 その言葉に、一悟は拳を震わせた。自分ならまだしも、みるくの事まで言いふらすという言葉に、一悟の怒りは頂点に達するが…


「ダンッ!!!!!」


「いい加減にしなっ!!!!!」

 テーブルを激しく叩く音が響いた刹那、一悟の母が叫んだ。

「弟の進路にいちゃもんつける前に、自分の心配はしないのかい?この間の模試も、期末試験も散々…おまけに、先生から「このままだと本当に留年ですよ」…「授業時間少ないから文系クラス行く」って言った割には、文系は散々…一華は本当に何がしたいんだい?一悟にマウントとる事かい?それとも、首藤しゅとうさんの家に迷惑をかける事かい?」

「迷惑かけてないもん!!!コーヒー飲みに行っただけだもん!」

明日香あすかちゃんから聞いたぞ?ここ数日、学校や部活をサボって首藤さんの店で長時間居座ってたそうじゃないか。明日香ちゃんは、首藤さんの弟さんとの縁談が決まってる。それをブチ壊しにしたいのか?」

 叔父と叔母の言葉に、今度は涼也も一華に対して怒りを露わにするが、2人の足元で千葉ちば家の飼い犬であるマレンゴが「構って」と言わんばかりに尻尾をぶんぶん振っている。

「これ以上一悟にマウント取ったり、首藤さんの店で長時間居座ったら…一華、あんたの今後の進路は、アタシとお父さんが決めるからね!!!!!」

「そんなのやだー!!!」

 母親の発言に、一華は拒否しようとするが…

「自分で勝手に弟の進路を決めようとしてるんだから、文句はないだろ?」

 母は一蹴する。

「それはそれ、これはこれ!!!」

「自分の事を棚に上げておいて、よくそんな事が言えるね?どれだけおじさんの影響受けてんの?」

 妻の発言に、一悟の父親も賛同する。


「とにかく、お前に一悟の進路にとやかく言う筋合いはない!!!高等部は、本人が行きたい学科に行かせます!!!!!それが嫌なら、出ておいき!!!!!」


 一悟の母の言葉に、誰も反論しなかった。一華は俯いたまま両肩を震わせ、まるで「自分は悪くない」と言わんばかりに椅子に腰かける。



 ほぼ同時刻、米沢家のガレージに1台の黄色いキャデラックが入ってきた。みるくの父・米沢桂よねざわけいの車である。みるくの父はガレージの中にキャデラックを止めると、愛車から離れ、玄関のドアを開ける。


「ガチャッ…」


「ただいまー!!!」

「おかえりなさい、パパ!」

 玄関からリビングに向かうと、娘のみるくがリビングにあるテーブルにもたれていた。どうやら先ほどまでうたた寝をしていたと思われる。

「寝るなら部屋に戻ればいいのに、何があったんだい?」

 父親の言葉にみるくは進学希望用紙と、1月に行われるTOEICの団体受験の申込用紙を見せた。

「あのね…進学の事なんだけど、高等部は国際科に進学しようと思うの!国際科だと日本以外の大学や専門学校に留学するための専門カリキュラムがあるし、第2外国語の授業にフランス語もあるから…」

 目をキラキラさせながら話す、娘の表情に、みるくの父はヤレヤレと言わんばかりの顔をする。

「やっぱり、血筋だな…仮に反対したとしても、みるくは絶対にフランスの料理学校へ進学するという夢を諦めないだろう…我夢がむが検事の道を選んだ時や…私が役者の道を選んだ時と同じだ…」


 今でも鮮明に覚えている。娘と同じ年齢ぐらいの頃、友人が劇団養成所に履歴書を送り、劇団の札幌支所へ入所するためのオーディションに合格したのである。勿論、家族からは大反対だった。それでも、母が好きだった邦画ドラマの数々で志していた役者の夢は捨てきれなかった…14歳の米沢桂は、家族の反対を押し切り、劇団の札幌支所に通う事を決めたのだった。勿論、学校に通う事も条件だったため、札幌市内にある通信制の高校にも通うことになった。


「私の母さん…みるくにとっては、おばあちゃんだな?母さんも姉達が親族の紹介で高校や短大卒業と共に嫁ぐことが決まった中、「両親がいないお前に単身で遠方の大学に行くのは無理だ」ってよく言われていた…「女に学問は不要」と言われていた時代だったからな。それでも、母さんは受験勉強に勤しみながら、北海道で暮らす夢を諦めなかったそうだ。それほどの熱意があったのさ…だから、奨学金を利用して北海道大学に進学した。早いうちに私の手元から離れるのが決まるのは、正直寂しいが…お前は自分が決めた道をやり通せばいい。そこで本当の幸せを掴みなさい…勿論、一悟君に自分の進路を理解してもらうことが先だけどね?」

 父親の話を聞いたみるくは、少々顔を赤らめるが、その目は決意に満ちている。まるで、父親が役者を目指すため、札幌さっぽろへ向かう事を決めた時と同じように…



 氷見ひみ家の方も、進学の件で話し合いが行われている最中だ。雪斗の部屋の中ではユキ、トロール、ガトーが2枚の進学希望用紙を見つめている。

「悩ましいべ…あだすはカオスとの戦いが終わったら、魔界へ帰る事になってっぺよ!!!進路なんて決まったようなモノだっぺ…」

「そうだよね…カオスとの戦いが終わったら…」

 ユキの表情はどことなく重い。

「でも、これは提出しないといけないんだよね…トロールは学校の成績がいい方だし、どこの学科でも…」

「まぁ、興味があるのは…情報処理科っぺなぁ…まるちめであ部に入ってから、段々とぱそこんいじりが楽しくなってきたっぺよ!!!雪斗も情報処理科を選んだ方が…」

「無理だよ…未だに一悟を追っかけてる雪斗なんだから…僕達に雪斗に進路を強制する資格なんて…」

 そんなユキの表情に、トロールは苛立ちを隠せず…


「いじやけっぺなぁ…ずっとこの調子でいいワケねーべ!!!!!本当は一悟の真似事するのやめて欲しいと違っぺか?」


 茨城いばらき弁で罵るトロールに、ユキは背筋を凍り付かせた。

「それともユキにとって、雪斗への想いは…」

「日増しに強くなってく…でも、わからないの。どっちを選んだら、雪斗にとって幸せなのかが…」

 またしても悩むユキに、トロールは再び苛立つが、そこへネロが雪斗の部屋に入ってきた。


「ガラッ…」


「トロール!私はやっぱり、魔界には戻らんぞ!!!弟たちから結婚をせがまれる位なら、人間界で学生として生活した方がマシだ!!!」


「本音は?」

 突然のネロの来訪にユキが質問を投げると、ネロはもの凄い剣幕で本音を暴露する。

「魔界であのウサギと猫のバカップルとその家族の面倒なんて、まっぴらごめんだ!!!!!私はあいつらの小間使いじゃないっ!あいつらの小間使いになるより、生徒会長とやらになった方が私にとってプラスだ!!」

 要するに、魔界でグラッセとボネの家族の世話が嫌なだけである。その事を悟ったトロールは、少し呆れた顔を浮かべつつ…


「なら、ネロも大学決めねーと…あだすは、勿論茨城の大学を狙っぺ!!!」


 ユキの背中を叩きつつ、あっけらかんとした表情で、人間界に残る事を決めたのだった。

「ユキ…また以前の様に少しワガママに戻ったらどうだ?雪斗の幸せを願う前に、目先の自分の幸せを疎かにするのは、辛いだけだぞ?」

 そう言いながら、ネロはユキの頭を優しく叩く。

「べ、別に疎かにしてるワケじゃないんだけどなぁ…定期的にあかねの研究を手伝ってるし、ちゃんとした形で雪斗に触れられるように、色々試してるんだ。」

 照れながらではあるが、人間界に残る事を決めた魔界の住人にそう告げるユキは、2人にスマートフォンに保存されている、あかねと一緒の写真を見せようとするが…


「ど、どういう事…ですか?」


 トロールとガトーは、ユキが見せたスマートフォンの画面を見るや否や、驚きを隠せない。ガトーは恐る恐るユキのスマートフォンのLIGNEリーニュの通知を開く。送り主は一悟の姉の一華で、内容は…



「本物の高萩あずきは 3年前に福島ふくしま県の山中で死亡した」




 ………




 千葉一華からの謎のLIGNEのメッセージは、ユキだけでなく、一悟、みるく、玉菜、勇者一家、ムッシュ・エクレール、僧侶アンニン、明日香達…と、マジパティを知る者達の殆どに送りつけられたのだった。

「そういや、3年前…高萩たかはぎ家で誘拐事件があったのよね。当時のSPが1人刺殺体で見つかって…」

 玉菜たまなの話を聞きながら、ここなは玉菜の部屋のパソコンで「日の丸新聞」の当時の新聞記事にアクセスする。部屋のパソコンは玉菜が中学入学と同時に買ってもらったのだが、殆ど学校の宿題で使用する程度で、現在は殆どここなが使用している。ここなは慣れた手つきでSPの刺殺体が見つかった記事をクリックする。

「この記事だな?」

 玉菜が黙って頷くと、ここなはじっくりと記事に目を通す。


 記事によると刺殺体が見つかったのは苔桃台小学校の裏門で、殺害されたSPの足元には凶器のナイフが見つかり、一緒にいたはずの高萩あずきが行方不明になったと記されている。一通り読み終えたここなは、続けて関連記事にも、朝刊、夕刊構わず目を通す。その5日後の早朝、福島県天栄てんえい村の山の中で、行方不明になっていた高萩あずきが犯人の血を浴びた状態で発見されたのである。犯人は2人組で、1人は病死、もう1人は病死した犯人によって刺されたものとされている。


「確か、ライスは以前…こんな事を言っていたな?「こちらでの両親は人間界の方々だ」…と。」

「ライスしゃまの本当の両親はシフォンしゃまとパウンドしゃま…共にスイーツ界におられましゅ。」

 フォンダンの言葉に、玉菜は戸惑いを隠せない。ライスは玉菜自身が次期生徒会長に推薦している事もあり、玉菜の頭の中には「生徒会選挙への悪影響」が頭の中をよぎる。

「公になったら、たまったもんじゃないわ!!!あの子、次期生徒会長になる子なのよ…どうしたらいいのよ…」

「今はライスに確認を取るしかない。ボクも瑞希と連携して火消しを行う…玉菜は、ライスが生徒会長に就任するのを信じる事…落ち込んでいるヒマなどないさ。」

 居候に諭された玉菜は黙って頷くと、ライスに「何があっても、次期生徒会長への推薦は絶対に変えない」という趣旨のLIGNEを送る。


 それはまるで、ライスが高萩あずきとして生徒会長に就任する事を願うかのように…




「ベリッ…」


 翌日、風紀委員の朝の見回りと、選挙管理委員会の仕事で登校した瑞希みずきは、中等部の昇降口にある掲示板に貼られていた数枚のビラを見つけ、先生達に見つからないよう手袋をはめ、手あたり次第に剥がした。そのビラの内容は、昨晩の千葉一華から送られてきたLIGNEと同じ内容の、次期中等部生徒会長候補の高萩あずきの中傷ビラだ。昨晩での千葉家のやり取りを一悟と翔也から聞いていた瑞希は、一華に対しての憤りを募らせる。

「一体、彼女は何がしたいんでしょう…アランさん目当てでカフェに長時間居座ったり、みるくに嫌味を言いだしたり、一悟にマウントを取ったり…挙句の果てには…」

 今のところ、ネット上で高萩あずきが炎上している様子は見受けられないが、瑞希にとって気がかりなのは、ライスを推薦した玉菜の心境だ。ライスは瑞希にとって、大切な人が次期中等部生徒会長として推薦した相手だ。そんな相手が玉菜の願い通りに次期中等部生徒会長として就任する姿を見届けたい…それが、瑞希の願いなのである。

「コレで中傷ビラは全部ですね。あとは、選挙の候補者名簿を掲示板に貼りつけて…と。」

 剥がしたビラを無地のクリアファイルにはさみつつ、「証拠品」と油性ペンで記した後、瑞希はビラをクリアファイルごとカバンの中にしまい込み、風紀委員の仕事へ赴いたのだった。




 ………




 一華に関する事件は、まだまだ続く。中等部だけでなく、高等部も生徒会選挙が近づく雰囲気の中、普通科の文系クラスである2年A組のホームルームが始まり、担任である江津ごうつ先生が生徒の名前を読み上げながら出席をとる。

「千葉!千葉一華は休みか?倉吉くらよし、千葉から何か連絡は来てないか?」

「いいえ、昨夜から連絡が取れないので、わかりません。」

 一華のクラスメイトで友人であるグラッセは、江津先生に一華の事を聞かれるが、グラッセ自身も一悟から「謎のLIGNEが来たあと、家からいなくなった」事しか知らないため、そう答えるしかできなかった。

「そうか…あとで中等部にいる千葉の弟に確認してみるが…えー、辻堂つじどう!」

「はいっ!!!」


『一華ちゃん、どうしたんだろう…これ以上学校を休んだら、一華ちゃん留年しちゃうのに…』


 中等部の1限目が終わった後、一悟は下妻しもつま先生と共に江津先生に中等部の職員室に呼び出され、姉である一華が学校に来ていない事を告げられる。

「お姉さんが休んだことについて、心当たりはあるか?」

「そう聞かれても…姉は昨夜、母に怒られたあと、家から出て行ってしまいまして…その後、連絡が途絶えて…」

 一悟も、姉の担任の先生にはそう答えるしかできなかった。一華は高等部進学と同時に一悟のいる極真会館をやめており、カフェ以外に行くとしたら同じ空手部で、1人暮らしをしている女子部員・亀山かめやまあきの所しかいない。彼女も一華に関しては「昨夜は来ていない」と言っていたので、今もどこにいるのか、誰にも分らない。

「江津先生…こちらもお力になれず、申し訳ございません。」


 一華の突然の家出と謎のLIGNEには不可解な点が多い。どうして一華が高萩家のゴシップネタを持っていたのか、あずきことライスの叔父である下妻先生も頭を悩ませる。昨晩、ライス本人からテレパシーで3年前の一部始終を聞かされた時は下妻先生も驚いたが、ライスの言葉に、「そうせざるを得なかった」という当時の惨状を受け入れることにした。




 ………




「ガサッ…」


「ごきげんよう…ワタクシ、高萩あずきと申します。」

 ライスの目の前に現れたのは、血塗られた白いマスクと紫色のワンピースといった姿で、ライスと瓜二つの少女・高萩あずきだった。自分と同じ声で、妙に落ち着いた彼女の様子に、ライスは戸惑いを隠せない。

「わ、ワタクシはライス・ケーキと申します。今しがた、人間界にやって来た異世界人ですわ…」

 目の前の和装少女が違う世界の者だと聞いたあずきは、優しく微笑み、ライスにある事を告げる。


「ワタクシ、これ以上長くは生きていられません。お願いです…ライスさん…あなたはこの世界で、「高萩あずき」として生きてください…」


 ただでさえ理解が追い付かない状況に、話が見えないお願いに、ライスは困惑しそうになる。

「まず、こうなってしまった事についてお話いたします。私は4日前、熱を出して学校を早退し、病院へ向かう矢先に誘拐されました。所持している体温計で何度か熱を測りましたが、40度近くをいったりきたり…」

「なのに…どうしてあなたは落ち着いていらっしゃいますの?」

「最期だから…でしょうね。インフルエンザと似たような症状が何度も続くので、恐らくは…この先のワゴン車の中には男性が2名…そのうちの1人は、私がその場にあったナイフで…これは、この世界の住人にはご内密に…」

 そう話すあずきの身体がよろめきだし、ライスに全身をもたれかける。マスクをしているとはいえ、病院に連れて行ってもらえず見知らぬ山の中に連れてこられてしまったのだ。無理もないだろう…ライスは心の中でそう思った。


「ワタクシは1人っ子です。ワタクシで高萩家の血を絶やしたくはないのです…お願いします。ライスさん…これからは、あなたが「高萩あずき」になって…」


 ライスの腕の中、あずきは両目の瞼を閉じた。まるで眠っているようなあずきの様子に、ライスは彼女が言った事のすべてを悟り、自分のあとをつけてきた2人の精霊に彼女をスイーツ界にある程度の期間まで安置させるように頼んだ。

「ワタクシは何年かかってでも、勇者様を見つけ出して見せますわ!!!だから…それまでの間、彼女をスイーツ界で綺麗なまま安置させてくださいまし!」

 ライスがやって来て、高萩あずきという少女との一部始終を目の当たりにしている2人の精霊は少々戸惑いつつ、精霊の力で2度と動くことのない高萩あずきをスイーツ界へ運んだのだった。


「あずきさん…あなたの遺志はワタクシが引き継ぎます。ワタクシが高萩あずきとして生きていきます!!!どうか…安らかに…お眠りに…なっ…て…」


 姿も高萩あずきと同じ姿になったライスは、夜が明けると同時に、英国風のホテルへ通じる道路に出た。その道路でライスは「行方不明の高萩あずき」として発見され、福島県警によって保護された。福島県警が手配した病院で一時的に入院の後、ライスはあずきの両親と合流した。2人をだますという後ろめたさはあったものの、あずき本人が最期に言った言葉がそれを打ち消してくれた。


 それから時は流れ、マジパティの事件に関わったのちに勇者シュトーレンと再会。その時に、スイーツ界に安置していたあずきの亡骸を高萩家の墓地に埋葬した。学校の成績で正体がバレかけた事は何度もあったが、それでも何とか高萩家の人々には知られていなかったのだった。




 ………




 一華が失踪して1週間が経とうとしている。未だに一華は見つかっておらず、一悟の父は一華の捜索願を職場である瀬戌警察署に提出し、警察は家出人として捜索を始めることになった。一華の留年はとうとう確定してしまい、謎のLIGNEに関しては未だに一華と高萩家のゴシップネタとの因果関係は掴めず、一度送られたきりで一悟達も手をこまねいている。生徒会選挙に関しては、今のところ何も問題は出ていない。


 中等部の生徒会会長候補はあずきの他に1年の小木築茂おぎつくもという「令和の偏在するクモ」という異名を持つ男子生徒で、女子生徒や女教師を見下すような言動が目立つ事で知られている。どうやら彼にはあずきに勝てるという自信があるようで、その言動には一悟と雪斗は思わず苛立ちを隠せずにいる。副会長候補は雪斗のみで、男子書記候補は一悟のみではあるが、「瀬戌の偏在するクモ」の下で生徒達をまとめるのだけは、どうしてもイヤなようだ。


「あの小木って子、俺と同じマンションなんだけどさぁ…俺を見て鼻で嗤うんだよなぁ…ああいう差別主義者は、俺としては生徒をまとめて欲しくはない…かなぁ。」

 中等部職員室にある仁賀保にかほ先生の机と有馬ありまの机は現在隣同士で、仕事以外での話に花を咲かせることもある。勿論、マジパティや勇者に関する話題以外にはなるが。

「私もだ!あのゴリラみたいに養護教諭をコケにしおって…それに、あの1年坊主には高等部からも苦情が来ているし、中等部の大半の教職員は小木築茂に期待してはいない。」

 教職員からの投票も有効であるなら、恐らくはライスの圧勝…少なくとも、有馬はそう思った。そもそも、公約に「今後の会長候補は男子のみの立候補を強制する」、「食堂のメニューに納豆ご飯を導入する」が入っている時点で、今までに見た事のない公約に難色を示す教職員が多い。

「ったく…どこのサリカ法ですか?そもそも、担任が阿武隈あぶくま先生だからさぁ…女教師だからって理由で英語の授業真面目に受けてないんだぜ?アレの下で一悟と雪斗が生徒まとめるとか、考えるだけでも身の毛がよだつぜ…」


 一方、高等部は生徒会長候補にネロがおり、他に会長候補がいないことから、殆ど高等部次期生徒会長はネロに決まっているようなものである。マリアも生徒会選挙に立候補しようとしていたようだが、「ただでさえ部活と家の事で忙しいのに、生徒会入りは言語道断」と、姉と父親から反対され、泣く泣くマリアは諦めたようだ。その代わり、会計候補の友菓ともかの推薦人として演説に出ることが決まっている。




 ………




 午後になり、中等部、高等部それぞれで生徒会選挙の演説がはじまった。中等部は体育館に集まり、ステージ上で演説をする。あずきは玉菜の学校の所在地である瀬戌の街との共存を支持しつつ、オンライン型の学校行事を皆で考える機会を設けるという公約を掲げた。それには推薦人の玉菜も絶賛し、賛成の者に票を入れる事を推奨した。しかし、次の小木の演説で一悟達は一瞬、耳を疑った。


 それは、「本物の高萩あずきは3年前に福島県天栄村で死亡した」という事だった。小木は「偽物がまとめる生徒会など無意味」と続け、自身の推薦人を呆れさせる。

「などと、同じ会長候補が仰ってますが、高萩さん…ご意見は?」


「好きなだけ言わせて差し上げましょう。ですが、この選挙には無関係です。ご自身の推薦人がお困りになるような言動や演説は、いかがなものかと思います。」


「パチパチパチ…」


 その瞬間、演説を聞いている生徒達から拍手が沸き起こった。それは他の候補者やその推薦人達も共感のあまり拍手をしてしまう程で、それを見ている教職員達もうんうんと頷いた。それを小木はよく思っておらず、そんな彼の推薦人まで拍手をしてしまった事で、小木は更に怒りを露わにし、推薦人を椅子ごと突き飛ばした刹那、あずきにつかみかかろうとした。

「小木、やめなさいっ!!!」

「女のくせに、生意気なクチをほざくなっ!!!この世に聡明な女など、存在しないんだ!!!!!」

 男性教師達に取り押さえられながら罵る「令和の偏在するクモ」の言葉に、演説を聞いていた生徒達のブーイングが沸き起こり、中等部の演説会場はさらなる混乱を招きだす。

「静粛に!!!演説の途中ですよ!!」


「うるせぇ!この学校で男尊女卑だんそんじょひなんて、もうたくさんだっ!!!」

「さっさとその1年坊主を学校からつまみ出せ!」

「私は早く、ユキ様の演説が聞きたいの!!!」

「そんなに女性蔑視じょせいべっしするなら、千葉先生と男子校牛耳ってろ!!!!!」

「俺は納豆嫌いなんだよ!!!食堂のメニューに入ってたまるかっ!!!!!」


 選挙管理委員長の瑞希の注意を遮るかの如く、生徒達の小木に対するブーイングは増す一方で、生徒会顧問の東山ひがしやま先生も生徒達を鎮めようとするが、突然飛び出してきた黒い暗幕に突き飛ばされてしまった。


「「カオスイーツ、出ろーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」


 暗幕が翻ると同時に双子の狐が現れ、いきなり黒いもやを放ち始めた。黒いもやはそのまま木更津先生に取り押さえられている小木に直撃し、「令和の偏在するクモ」は木更津先生を跳ね飛ばすと同時に、瞬く間にその姿をスイーツの怪物に変えてしまった。その姿はまさしく「令和の偏在するクモ」の名にふさわしい不気味な色合いの糸状の飴を携えたカオスイーツだ。


 カオスイーツが現れた刹那、学校全体が仄暗い空の下に包まれ、生徒達と教職員は候補者、推薦人、選挙管理委員を含めてパニックに陥り、咄嗟にカオスイーツが放った攻撃をかわしたマジパティの素顔を知る者達以外の殆どは糸状の飴で作られた眉の中に閉じ困られてしまった。

「涼也っ!!!」

 演説を聞いていた生徒達の中にいた涼也は、カオスイーツの攻撃に気づいたと同時にトロールを生徒達の中から引き離し、生徒達と共に飴でできた繭の中へ閉じ込められた。攻撃から逃れた者達は白銀のスプーンを空高く掲げ、スイーツ界の住人たちは本来の姿へと戻った。


「「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」」」」


 4色の光の柱が6本、中等部の体育館から放たれ、一悟達は戦うヒロインへその姿を変えた。




 ほぼ同時刻、食堂での仕事を終え、帰るところだった大勇者は、高等部の駐車場に駐輪していた自身のバイクに、糸状の飴ががんじがらめに絡みついているのを目の当たりにした。

「カオスイーツの野郎…随分と厄介な事をしてくれんじゃねぇか…」

 そう言うと、彼はポケットからアクセサリー化した大剣を取り出し、原寸大サイズに変化させつ、大剣の柄を握りった。そしてそのまま大剣についているシュヴァリエ家に代々伝わる宝石・インカローズに手をかざし、赤を基調としたライダースーツ姿から真紅の甲冑姿へと姿を変える。

「俺のバイクを飴細工にしようとしたツケは、きっちり払ってもらうぜ!!!」

 そう罵った大勇者は再びバイクを離れ、現場へと駆け出した。



 高等部にある講堂にもカオスイーツの影響が及び、糸状の飴から放たれる香りに、ここな、グラッセ、ボネを含めた大半の生徒達が気を失ってしまった。生徒達が倒れたと同時に、無事だったネロと友菓は共にソルベの姿に変身し、うずくまるマリアを介抱する。

「気持ち…悪い…」

 先日のヴィルマンド王国の王女の件でマリアは大剣を父親から取り上げられており、再び学校に登校できるようになった今でも大剣を返してもらっておらず、姉と兄を通じて和解しても、一緒に学校へ行く機会がなくなるなど、父親とマリアの長年の溝は未だ完全には埋まっていない。

「とにかく、マリーはミントに任せよう…中等部に急ぐんだ!!」

「おっけー!ミント、あとはお願いね!!!」

 友菓が勇者のタマゴをパートナー精霊に託すと、ネロは腰についている青い宝石を取り出した。

「ラムネ…久しぶりにお前の力、使わせてもらうぞ!!!」


 ネロが取り出した青い宝石は光を放ち、ネロと友菓を水色のシャボン玉が包み込む。


「精霊の力よ!今こそここに甦り、勇者の知性にその力を委ねたまえ…ラムネジュエル!!!」


 シャボン玉に包まれたネロと友菓はシャボン玉と共にどこかへ移動してしまった。




「はぁっ…はぁっ…くそっ…新月でなければ…」

「ちょっ…こんな土壇場で、どこ触ってんだ!!!」

「そ、そういう有馬も私の足を踏みつけるのはやめたまえ!」

 マジパティに変身できたのも束の間、マジパティ達の殆どはカオスイーツの動きを止めようとした矢先にカオスイーツが放った糸状の飴に動きを封じられてしまい、精霊達も全員、カオスイーツの飴で作られた繭の中へ閉じ込められてしまった。辛うじて仁賀保先生もとい、僧侶アンニン、瑞希、あずき、トロールの4人は難を逃れたものの、トロールは宙を自由に舞う事ができず、僧侶アンニンに至っては、力が弱まる新月の日での戦いのため、今のマジパティ達にとっては、非常に分が悪い。

「玉菜…今すぐこの飴を…」

 瑞希はクリームパフに変身した玉菜の身体に絡みついた飴を砕こうとするが…

「目障りなんだよ…元幽霊が…」

 オスの狐に蹴り飛ばされた瑞希は、ステージの袖まで飛ばされ、そのまま気を失ってしまった。

「瑞希っ!!!」

 トロールは目の前で狐に蹴り飛ばされた瑞希に駆け寄ろうとするが、彼女はメスの狐に行く手を阻まれてしまう。

「あははっ!!!行かせないよーだ♪」

「お子ちゃまな狐が、調子に乗るんじゃないわよ!!!」

 糸状の飴から放たれる香りに気を失いそうになるが、トロールは構わずクリームグレネードのレンコン状のシリンダーに、銀色に光る宝石・アイシングジュエルをはめ込み…


「クリームバレットシャワー!!!」


 彼女の掛け声と同時に、魔界のクリームパフの人差し指は拳銃のトリガーを引く。


「インパクト!!!!!」

 銃声音と共に、魔界のクリームパフが放った無数の光の銃弾は、2本足で歩くメスのイタズラ狐に命中し、魔界のクリームパフは銃口にフッと息を吹きかける。

「アデュー♪」

 トロールのウインクと同時に、ピサンの全身は光の粒子に包まれ、元の子ぎつねの姿へ戻ってしまった。


「きゅぅん…」


「あなた、もしかして蔵王のキツネ村で行方不明になったキツネさんよね?もう悪いヤツに捕まってはダメよ?」

 そう言いながら、魔界のクリームパフはブラックビターの幹部だった子ぎつねの頭をなでる。その様子を目の当たりにしたゴレンの表情は瞬く間に険しくなり、トロールに飛びつこうとする。

「貴様ああああああああああああああっ!!!よくもピサンを…」

 トロールに抱きかかえられた子ぎつねは、ゴレンの表情を見るや否や、魔界の住人の腕の中で怯えだす。

「大丈夫よ…あの子も一緒に蔵王へ連れ戻してあげるから…」

 ゴレンの奇襲を避けながらトロールは言うが、決め技を使ってしまったため、もう力を使う事ができない。力が弱まっていながらも、気を失っている一悟達を解放しようとしていたアンニンも、糸状の飴から放たれる香りでとうとう気を失ってしまい、一悟達と共にカオスイーツの本体の中に取り込まれてしまった。この場で動けるのは…


「ブラックビターの幹部さん、ここは演説の場です。乱すことは、このワタクシが絶対に許しません!!!」


 ライスの存在に気づいたゴレンは勢いよくライスに飛び掛かり、ライスは特技である爆弾を駆使してゴレンの目をくらませつつ、マジパティ達を拘束する糸状の飴を砕く。

「お嬢様の身代わりの分際で、デカ面しやがって!!!!!」

「えぇ…確かに、ワタクシは本物の高萩あずきではございません!本物の高萩あずきは3年前、インフルエンザでお亡くなりになられました!!!」

 それは、マジパティ達の前でライスが「本物の高萩あずきではない」事を正式に認めた瞬間だった。


「ですが、彼女の強い意志はワタクシの中で存在し続けている…ワタクシが高萩あずきと名乗っている限り、彼女はワタクシの心の中で生き続けていらっしゃるのです!!!これ以上の彼女への侮辱ぶじょくは…」


 ライスの力強い言葉と同時に、藍色の光がライスの両手に集中し、彼女の両手から2つの白い扇子が現れた。

「これ以上の高萩あずきへの侮辱は、ワタクシが粛正致します!!!!!」

 彼女が放った2つの白い扇子は、ゴレンの前で牡丹の花の様に回転しながら、糸状の飴細工を破壊しながら宙を舞う。舞う2つの扇子を見据えつつ、ライスはなぜ小木築茂が「本物の高萩あずきは3年前に亡くなった」事を知っていたのかを理解した。

「小木さん…そういえばあなたのおじ様、本物の高萩あずきを誘拐した犯人の1人である真脇宏まわきひろしさんでしたわね?道理で3年前の事を知っているワケですわ…」


「パキィィィィィィイイイイン!!!!!」


 理解したと同時に、有馬とムッシュ・エクレールにまとわりついていた糸状の飴細工と、精霊達を閉じ込めていた繭が音を立てて壊れ、有馬とムッシュ・エクレール、そしてココアたちは身体の自由を取り戻した。

「ワタクシの攻撃力は高くありません。それは自分でもわかっております…ですが、ワタクシにはその場に適応した能力を品定めし、判別する才能がございます。そう…コレが、ワタクシとしての勝利への方程式なのです!!!」

 飴細工を破壊したライスの2つの扇子は、回転しながらライスの手元に戻る。

「有馬さん、今です!!!おじ様はゴレンの足止めをお願いします!」

「了解っ!!!」

 有馬はそう言いながらクリームグレネードのレンコン状のシリンダーに薄紫色の宝石をはめ込み、ムッシュ・エクレールは大地の魔法でゴレンを足止めさせた。


「クリームバレットシャワー!!!」


 有馬の掛け声と同時に、ショートカットのクリームパフの人差し指は拳銃のトリガーを引く。


「インパクト!!!!!」

 銃声音と共に、有馬が放った無数の光の銃弾は、2本足で歩くオスのイタズラ狐に命中し、有馬は銃口にフッと息を吹きかける。

「アデュー♪」

 有馬のウインクと同時に、ゴレンの全身は光の粒子に包まれ、元の子ぎつねの姿へ戻ってしまった。オスの子ぎつねもトロールに抱きかかえられ、ピサンだった子ぎつねの顔を舐める。

「残るは…シュクレフィレカオスイーツのみ!!!」




 カオスイーツに取り込まれた一悟達は、カオスイーツから放たれる香りで眠らされ、夢を見ていた。みるくは白い屋根の下で一悟とマレンゴにフランスの家庭料理を振舞い、雪斗は横浜にある八景島でユキに振り回され、玉菜はかつて勇者シュトーレンを付け回していたアントーニオ・パネットーネと瑞希を合わせ、交際中である事を告白していた。


 そして、僧侶は…

「見て、アンヌ!ついにアタシとトルテの子が生まれたのよ!!!」

「そうか…よく頑張ったな!!!」

 病院のベッドで生まれたての我が子を抱く幼馴染である女勇者の姿に、僧侶の表情は思わず緩む。

「このあたりとか…セーラによく似ているな。ふふっ…まるで我が子を見ているような気持ちだ。」

「この子の名前はね、「お父さん」が決めてくれるのよ。」

 その刹那、僧侶は違和感を覚えた。確かに、幼馴染は元々父親を「お父さん」と呼んでいた。しかし、12歳の頃に父親からの軽率な言動を境に、彼女は父親を「親父」と呼び、罵るようになった。母親として、子供の前で父親を「親父」と呼ぶのをやめたのなら納得がいくが、僧侶の中にはまるで心にもやがかかったような違和感を感じた。


 一悟に至っては、千葉一悟の姿で仄暗い瀬戌の街をひたすら走り続けていた。何かが追いかけてくるが、その追いかけてくる人物以外、人の気配を感じない。一悟は咄嗟に振り向くと…

「…っ!?」

 目の前には、ピンク色のポニーテールの長身少女…そう、ミルフィーユに変身した一悟そっくりの少女だったのだ。まるでカオスソルベだった頃のユキと似たような、黒を基調としたコスチュームに、赤い瞳…まるで一悟に戦いを挑むかの如く、一悟が変身したミルフィーユとよく似た少女は、空手の型を一悟に次々と放ち始めた。

「くっ…」

 一悟は何とか攻撃を防ぐが、防ぐのがやっとで、反撃のチャンスがなかなか巡らない。立ち回りからして、一悟は少女の動きが身近にいる人物と似ている事を感じた。


『こいつの動き…姉ちゃんに似てる!!!』


 行方不明となっている姉とよく似た動きに、一悟は不意に失踪した日の言葉、これまでの怒りを露わにし、その拳を少女に突きつけた。


「事あるごとに、俺にマウントとるんじゃねぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


「パリィィィィィィィィイイイイイイイイイイイン!!!!!」


 その瞬間、一悟の目の前には光が差し込み、そこからプディングに変身したみるくがミルフィーユの姿の一悟を抱きしめる。

「よかった…目が覚めたんだね…」

「今の…夢…だったのか?」

「あぁ…カオスイーツの飴の香りで私達は夢を見させられていたんだ。セーラとネロと友菓のお陰で私達は助け出されたが、一悟だけはひどくうなされていてな…」

 僧侶がそう言うとソルベの姿の雪斗と、クリームパフの姿の玉菜が黙って頷いた。ネロとトロールは時間切れでマジパティの姿から戻ってしまい、トロールの腕の中では、2匹の子ぎつねが酷く怯えている。そして、恐らく大勇者に呼び出されたのであろう勇者シュトーレンが、勇者の姿で一悟の前に立っている。

「そう言う事!もうあなたには、みるくという大切な存在がいるんだから…今はみるくと幸せになる事を考えなさい。」

「はいっ!!!!!」


 元気を取り戻した一悟の言葉に頷いた女勇者は、ケーキスタンドの上段にレインボーポットをセットした。


「みんなの心を一つに会わせて!!!」


 女勇者の叫び声と共に、マジパティ達は勇者の元へあつまり、白い光の中で仲間たちと手を取った刹那、3段式のケーキスタンドから新たなるスイーツのエネルギーが送り込まれる。


「強き勇者の力!!!」


 白い光がおさまると、ミルフィーユのコスチュームは、ピンクからパステルピンクを基調としたコスチュームに変化した。


「育まれゆく勇者の愛!!!」


 ミルフィーユに続いて、プディングのコスチュームは、クリーム色を基調としたコスチュームに変化し、ケーキスタンドの上でお辞儀をした。


「深き勇者の知性!!!」


 今度はソルベがコスチュームをパステルブルーを基調としたコスチュームにチェンジし、ポーズを決める。


「眩き勇者の光!!!」


 クリームパフはコスチュームを淡いラベンダー色を基調としたコスチュームに変化させ、飛び跳ねる。


「そして、大いなるみんなの勇気!!!!!」


 最後に女勇者が叫び、勇者の甲冑は白金の甲冑へと変わった。


「生まれゆく奇跡、紡がれる絆と共に!!!!!」


 精霊達の言葉と共に、レインボーポットを乗せたケーキスタンドが巨大化し、下段にマジパティが4人全員乗り、中段に精霊が4人全員乗る。最後にケーキスタンドの上段に勇者達がそれぞれ着地すると、勇者は大剣を構え、大剣で描いた光の魔法陣でシュクレフィレカオスイーツの動きを封じ、マジパティ達は全員右手を空高くつき上げる。


「「「「「マジパティ・ブレイブ・ファウンテン!!!!!」」」」」


 ケーキスタンドの頂点のハートの飾りから虹色の球体が生み出されると、やがて光の球体は巨大な虹色の大剣へと変わり、糸状の飴細工のカオスイーツの全身をみるみるうちに砕いてしまった。


「「「「「Adieuアデュー.」」」」」


 マジパティと勇者の言葉と共に、カオスイーツは光の粒子となり、本来の姿である小木築茂の姿に戻った。カオスイーツが浄化されると、サン・ジェルマン学園は元の姿に戻り、女勇者はネロ、友菓、そして2匹の子ぎつねと共に中等部の体育館をあとにする。

「あら、親父…もうカオスイーツは浄化しちゃったわよ?」

「はあっ!?」

 中等部と高等部を繋ぐ石段の途中で、大勇者はなぜかメイド服姿で入場証をかけている長女に、事件が解決した事を告げられる。

「解決したって…どうしてお前はここに…」

「マリーがトルテにLIGNEで「変な糸状の飴がいきなり現れて気持ち悪い」って連絡があったから、急いで来たワケ!それでネロと友菓と合流して、カオスイーツのいる中等部に…」

 そう説明する長女の足元には、2匹の子ぎつねが長女の足にすり寄っている。

「そんで…その狐たちは?」

「かわいいでしょ?ウチで飼ってもいいかしら?」

「あのなぁ…キツネは俺達と違って夜行性だぜ?そもそも、トルテがエキノコックスに感染したらどーすんだよっ!!!」

 北海道で暮らしていた父親が何度も野生の狐に遭遇している事を知っている女勇者は、父親の言葉に納得するしかなかった。

「それもそうよね…残念だけど、ウチではあなた達を飼えないのよ…」

「とにかく、家に戻る前に保健所に行ってこい!!!マリーは俺が連れて帰るから…」

「はいはい…でも、ちゃんと剣は返してあげてよね?最近、親父が剣を返してくれないって文句言ってたわよ!!!」

「あれは、返そうと思った時に限って、マリーが俺の事避けてんのっ!!!!!」

 父親の反論にため息をつきながら、女勇者は2匹の子ぎつねをその辺にあった空の段ボールに乗せ、瀬戌市の保健所へと向かったのだった。



 結局、一華は生徒会選挙にも現れず、謎のLIGNEの件はうやむやのままにカオスイーツの事件が解決してしまったが、選挙の方は高等部は何事もなく無事に進行し、中等部は小木築茂が木更津先生によってつまみ出された事で、候補者の演説が再開された。雪斗はできる限り新しい生徒会長を支えたいという事を述べ、一悟は体育が苦手な生徒達の考えを尊重しつつ、先生、生徒が一丸となってこれからの体育の授業の在り方を話し合おうという事を述べた。


 選挙の結果は…


「1月からの生徒会の新しいメンバーを発表いたします。新生徒会長、2年B組。高萩あずき。新副会長、2年A組。氷見雪斗。新書記、2年A組。千葉一悟。1年C組。由布院風子ゆふいんふうこ。新会計、2年C組。茂木輪太郎もてぎりんたろう、同じく2年C組。羽帯はおびみかげ…以上が新生徒会のメンバーとなります。」


 開票もスムーズに行われ、玉菜の願い通り、あずきは3年前の誘拐事件の真相をはねのけるかの如く、生徒会長に就任することが決まった。小木に票を入れた1年生もいたが、それは無効票として扱われ、小木は放送を聞くや否や、ショックで泡を吹き、倒れてしまったのだった。そして、高等部は…


「それでね、ネロが生徒会長で、友菓は会計にそれぞれ就任する事が決まったのよ!!!」

 カフェの営業が終わり、夕食を済ませたマリアは、洗い物を片付けながら選挙の結果を姉に話す。

「他に候補者がいなかったのもあるけど、ネロの票には反対する人が1人もいなかったんですって!!!」

 ネロと友菓は、無事に高等部生徒会に入る事が決まったのだった。友菓の方は反対票が他の候補者より多く、開票中とても危うい状態だったが、最後の最後で賛成票が集まり、無事就任できたようだ。

「ところで、どうしてパパちゃまはふくれてるの?」

「カオスイーツが出たのに、全然出番がなかったから、スネてるのよ。」

「ふーん…それでさ、パパちゃま!今、テレビに映ってる指名手配犯の顔写真…」

 次女に声をかけられた大勇者は、うつぶせの状態になりながら見ているテレビのニュース番組に目を向ける。そのニュースは瀬戌市で弁護士が変死体で見つかった事件の続報で…


「全国に指名手配となったのは、今川武夫いまがわたけお議員の長男で、元棋士の今川麦いまがわばく容疑者、42歳。警視庁の発表によると、今川容疑者は8月…」


「雪斗と…目元が似ていやがるな…」


 報道によると、現場から見つかった壊れたシュレッダーの中身から今川麦の名刺の残骸があり、そのシュレッダーのスイッチに残された指紋が、今川麦と一致したとの事である。

「そういや、ベイクっていう幹部が現れたと同じ時期に行方が分からなくなったって報道が…」

「…!?」

 娘婿の言葉に、大勇者の脳裏にイヤな予感が浮かび上がる。


 これまで一方的に突っかかって来た鎧の男の正体が、雪斗の父親かもしれないという事を…

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