第44話「満員御礼!!サン・ジェルマン学園学園祭、開催!」

「はぁ…気が重いぜ…」

 もうすぐ11月を迎えようとしている秋空の下で、一悟いちごは深くため息をつく。

「決まった事とはいえ、いっくんが倒れて保健室に移動した直後だもんねぇ…」

幼馴染おさななじみ」から「恋人同士」に昇格した一悟とみるくが話す内容は、もうすぐ開催される学園祭の出し物のようだ。2人のクラスである2年A組の出し物は「お化け屋敷」に決定し、お化けが苦手な一悟にとっては、正直ノリ気になれない出し物である。

「とんだ災難だったな…」

 落ち込む一悟に、ネロが宥める。

「そーゆーネロはどうなんだよ?」

「私のクラスは演劇だ!それも美しい女帝の役…」

 そう答えるネロの表情は、どことなく誇らしげだ。そんなネロを、一悟は呆れた表情で見つめる。


 サン・ジェルマン学園の学園祭は中等部、高等部合同で開催され、特に演劇を行うクラスは、中等部、高等部共に高等部の講堂で上演することになっている。ネロのクラスはロシアの女帝エカチェリーナ2世の生涯を上演する事に決まり、ネロはエカチェリーナ2世の夫ピョートル3世の叔母で、女帝のエリザヴェータを演じる。



 一悟の様に、出し物にノリ気でない者もいれば、ネロの様に、出し物にノリ気な者もいる…だが、中にはそうでもないのもいたりするのが現実だ。

「学園祭って…何かしら?」

 カフェの2階にあるリビングで首をかしげる明日香あすかの姿に、一悟達の背筋が凍り付く。

「あ、明日香…学校のお祭りがある事…知らないの?」

「私、中学3年間のこの時期は、あの男に隔離かくりされてたから…体育系の行事しか参加させてもらえなくて…」

 衝撃的な事実である。紗山さざん中学校にも「潮騒しおさい祭」という文化祭が開催されるのだが、明日香は中学生活3年間ずっと、準備期間から後夜祭までの間は父親によって自室に隔離されていたのである。勿論、小学6年の時の日光にっこう、中学3年の時の京都きょうと奈良ならといった修学旅行も然りで、涼也りょうや達には「明日香はインフルエンザで寝込んでいる」という見え透いた嘘で、まるで幽閉された王女様のように…


 そんな明日香も、9月からサン・ジェルマン学園高等部の医療福祉科の通信課程に在籍するようになり、明日香自身も学園祭自体が気になるようである。


「それで、マリーのクラスは?確か、友菓ともかも一緒なのよね?」

 友菓とここなも共に9月から全日制ではあるが、友菓はマリアと同じ国際科である1年C組、ここなは情報処理科である1年B組にそれぞれ在籍している。

「私のクラスはアニマルカフェね。動物の耳としっぽつける以外は、カフェでの手伝いと変わらないし…A組は占いの館、B組はチョコバナナの屋台、D組は焼きそばの屋台、E組はお化け屋敷、F組は演劇をやるらしいわ。」

「屋台かぁ…中等部は食べ物扱う屋台が出せねぇから、羨ましいぜ…」

 一悟はそう言いながら、頬杖をつく。

「そう言えばボネのクラスも屋台で、タコ焼き屋をするそうだぞ。自信満々で張り切っていたな…」

 因みに、グラッセのクラスである高等部2年A組は演劇で白雪姫を行うことになっている。白雪姫は「ドジが多いから、セリフと動きが少ない白雪姫がいいだろう」という理由でグラッセとなり、意地悪な継母役が一悟の姉の一華いちかが抜擢され、一悟は姉から理不尽な八つ当たりを食らったのは言うまでもない。




 ノリ気ではないながらも、元々祭事が好きな性分である一悟は、学園祭の準備には積極的に参加し、明日香も通信課程の登校日がある日には医療福祉科の出し物の準備を手伝った。勿論クラス以外でも出し物があり、中等部の弓道部は高等部と合同での弓道体験、合唱部は講堂での合唱、テニス部はサーブで的を撃ちぬくゲーム…そして、マルチメディア部は…

「学園祭の出し物、学園脱出ゲームなんてどう?シナリオ考えてきちゃった♪」

 ユキが目をキラキラさせながらシナリオを見せるが…

「これだと、プログラミングが複雑になりますね…そもそも、私達はパソコンでゲームを作る技術がありませんし…」

 そう悩む瑞希みずきに、有馬ありまはある事を思いついた。


「それなら、クイズゲームはどうだ?俺、カリフォルニアに居た時に、大学のサークルでシンプルなクイズゲーム作った事があるんだ。」


 有馬はそう言うと、本棚からマカロンが部室に置いていったプログラミングの本を取り出した。

「おっ…俺が使ってた本の日本語版だ!技術経験者がいれば、安心だろ?」

 副顧問の言葉に、部員である一悟達は全員一致で賛同した。ユキの方はシナリオが却下された事に対してだけは、不満なようだが…


雪斗ゆきとの心の中にいられるの…あと僅かかもしれないから、一生懸命考えたのに…』


 ユキが雪斗の心の中にいられる時間を意識するようになったのは、先日のカフェの休憩時間の時に遡る。




「カオスを封印した後、カオスの力で生み出された奴らがどうなるかだって?」

「うん…媒体ばいたいがある幹部は、マカロンお姉ちゃんや、ビスコッティみたいに媒体に戻るんだよね?」

 賄い料理を前に、ユキは思い詰めた表情でガレットに問いかける。

「ユキの言う通り、媒体がある場合は媒体の姿に戻るだけさ…」


「そっか…じゃあ、雪斗の心の中にいられる時間も…長く…ないんだ…」


 ユキは元々、雪斗を媒体としてカオスの力で生み出された存在である。ユキにとって、カオスを封印する事…つまり…


 ユキもカオスと共に封印されてしまうのである。


 再び封印が解かれぬ限り、ユキは永遠にカオスと運命を共にせねばならないため、カオスを封印後は雪斗と別れることになる。それをユキが深刻に悩んでいるにも関わらず…


「ユキがいなくなったら、静かになっていいかもな?」


 あっけらかんとした表情でそう口走るものだから、ユキにとってはキレるのも無理はない。そんなことを口走った翌日は弓道部の活動日だったが、ユキが有無を言わさず入れ替わったので、雪斗は部活を休まざるを得なかったのだった。

「冗談で言っただけなのに…」

 ユキにとっては、冗談では済まされない問題だ。




 それ以降ユキは雪斗と入れ替わろうとしなくなり、普段なら率先して雪斗と入れ替わるはずのマルチメディア部の活動や、カフェの手伝いですら出てこなくなった。一悟達は当初、「シナリオが通らなかった事に納得がいかなかった」と思ってはいたが、媒体である雪斗が何度も声をかけても出てこない様子に、一悟達はユキが出てこなくなった原因が「雪斗の失言」である事に気づいた。

「お前…ユキに何言ったんだよ…」

「ユキちゃんだって、酷い事言われたら傷つくんですよ!!!」

 ユキが出てこなくなって、1週間近く経過した金曜日の昼休みの食堂の一角。一悟とみるくの向かいには、雪斗が背中を丸めたまま縮こまっている。

「さしずめ、ユキさんが深刻に悩んでいらっしゃったのを、軽くあしらってしまわれたのでしょう?」

 あずきの鋭い推測に、雪斗の背中がぎくりと動いた。


「無理もありませんわ…ユキ様は長い間、鳥籠とりかごの中にいたようなものですから…」


 その言葉に、一悟とみるくは納得するしかなかった。そもそも雪斗は、最近まで同年代の女子はおろか、同年代の男子とですらコミュニケーションがとれなかったのである。

「それに、学園祭は来週でしょ?明日はカフェの手伝いもあるんだし、今日中にユキの機嫌を直さないと…」

 一悟達の焦りは募る…マルチメディア部の出し物は何とか進んではいるが、ユキが不在な上に、クラスの出し物である「ロミオとジュリエット」でジュリエット役を務める部長の瑞希が顔を出す時間があまりとれない状態のため、まだ完成には程遠い段階で、文化祭当日に間に合うかどうかは微妙なラインである。


「それに、ユキ…この間、パパちゃまにカオスを封印した後の幹部について聞いたんだって…もしかしたら…ユキ…それで悩んでいるのかもしれない…」


 マリアの言葉に、一悟達は不意にユキが元々カオスの力で生み出された存在だった事を思い出した。

「ムッシュ・エクレールも…マカロンも…ビスコッティも…これまでの事を思い起こせば、カオスイーツ化して浄化された幹部は、本来の姿に戻ってる…」

「ってことは、カオスを封印したら…ユキも…」

 一悟は言葉を詰まらせる。

「だから、出し物でゲームを作ろうって言ったんですね…」

 初心者でありながら、詳しいところまで練りこまれたシナリオ…そこには、ユキの本気が感じ取れた。その事を悟った一悟とみるくは、放課後を迎えるや否や、マルチメディア部の部室へ急いだ。




「失礼しましたー!」


 日直の仕事を終えた雪斗は、重い足取りではあるが、マルチメディア部へと向かっている。普段なら喚き散らすように反論するユキが、全く言い返してすら来ない。雪斗自身も調子が狂うのもやむを得ない。


「いい加減にしてくれ!!!確かに…お前には深く傷つく事を口走ったかもしれないけど…」


 そんな雪斗の苦言を遮るかの如く、突然謎の黒い暗幕が雪斗に襲い掛かった。

「な、なにをする!!!」

 黒い暗幕は、無言のまま細長い鋭利な物を雪斗の前で振り回しつつ、その身体を覆っている暗幕を翻す。


「バサッ…」


 暗幕の中から現れた人物の姿に、雪斗は思わず言葉を失った。その姿はサン・ジェルマン学園中等部の制服を着たユキそのもので、右手にはバラ色のレイピアが煌めく。

「雪斗さん…彼女の気が済むまで、眠っていただけます?」

 声も完全にユキではあるが、どことなく威厳のある強い口調…ユキの偽物はレイピアを光の粒子に変えるや否や、その姿を撫子色のロングヘアーで、白を基調としたブレザーと濃紺のチェック柄のスカート、黒いニーソックスといった姿に変わった。


「あか…ね?」


「丁度、学園祭で使用する楽器を届けに伺っていたところに、玉菜たまなさんと話す機会がありましてね。」

 雪斗に襲い掛かったユキの偽物の正体は、雪斗のはとこのあかねだった。あかねは同じ魔導義塾高等学校音楽科の生徒達と共に、学園祭で吹奏楽部が演奏で使用するコントラバスの貸し出しに来ており、その際に玉菜直接、最近のユキの事を聞かされたのである。そんなあかねの目の前には、とうとう観念したのか、やっと雪斗とユキが入れ替わった。

「で、でも…学校は?」

「私の学校は単位制で、今日の授業は午前で終わりました。それと、日曜までコチラにいるという外出許可はいただいてましてよ?」

 そう言いながら、あかねはユキの左手首を引っ張り、昇降口で上履きから靴に履き替えると、昇降口を飛び出した。


 守衛に入場許可証を返却したあかねは、ユキを連れたまままま勇者のいるカフェへと足を運ぶ。

「勇者様、あかねです。ユキさんを連れてきましたわ。」

 インターホンの前でそう言うと、玄関から休憩中のシュトーレンが出てきて、2人をリビングに案内する。


 ユキにとっては非常にバツの悪い状況である。なにゆえ、マルチメディア部の出し物の話の翌日にカフェに来て以来、ずっと雪斗の心の中に閉じこもっていたのである。

「ユキ…あなたの口から話しづらい事だとは思うけど、大体の事は親父とマリーから聞いてるわ。あなた…カオスを封印したら、消えてしまうかもしれないんでしょ?」

 女勇者の言葉に、ユキは黙って頷く。

「それで深刻に悩んでいた矢先に、雪斗さんが冗談だと思いながら軽くあしらった…違いますか?」

 あかねの問いかけと同時に、ユキの両方の手の甲に大粒の涙がぽたりと零れ落ちた。


「言い返せなかった…いつものように腹が立ったはずなのに…雪斗にあんな事を言われて…悲しく…なっちゃ…って…変だよ!おかしいよ!あんな奴に…こんな気持ちになるの…」


 その言葉に、女勇者はユキにあるものが芽生えている事を悟った。




 それは…ユキは雪斗に「恋」をしていた事だった。


「カオスは封印したい…だけど、消えたくない…雪斗に…本当の気持ちをぶつけられないまま…消えるなんてできないっ!!!」


 その言葉に、あかねはユキの顔立ちを確かめる。思えば、あかねとユキはまるで双子のような顔立ちだ。それに、ユキの性格もどことなく元気だった頃の双子の妹そっくりだ。

「ユキさん…それは、カオスから生み出されたご自身の「運命に逆らいたい」…という事ですよね?」

 ユキはあかねの質問に黙って頷く。

「そ、それってできる事なの?」

「以前、緋月ひづきさんがどら焼きのカオスイーツにされた時、緋月さんがまとっていた瘴気しょうきが結びついて、2体のカオスイーツが生まれましたよね?ひいおばあ様の葬儀のあと、ちょっと調べてみたんです。」

 シュトーレンの質問に、あかねはそう返すと、カオスの力と魔導義塾高等学校で研究している瘴気が「呼び方が違うだけで、同じ性質、元素である」という事を説明した。


「つまり、「今川焼き」が地域によって「回転焼き」や「大判焼き」、「御座候ござそうろう」などと呼ばれている事と同じです。」


 あかねは現在「瘴気をマナに変換する魔法」を研究している最中で、過去に兄がその魔法に失敗し、双子の妹が巻き込まれてしまった事も説明する。

「これは賭けではありますけど、試してみる価値はございます。ユキさんも、落ち込んでいるヒマなどありませんわ!」

「そうね!一悟よりも相当ニブい奴なんだから、あとでたっぷりと後悔させてやりなさい!!!」

 2人は同時にユキの背中を叩く。


 そのやり取りからユキは元気を取り戻し、その日はあかねが姫路若葉ひめじわかばから相続した一軒家に泊まり、あかねとお喋りに花開かせた。




 ………




 それぞれの学園祭の準備も着々と進んではいるが、マルチメディア部の方は前夜祭終了時点で出し物が完成していない状態だったが…

「ま、マジかよ!!!」

「全部きれいに仕上がってます…」

 一悟、みるく、トロール、瑞希の4人が驚きの声を上げる背後で、幼女の姿の僧侶が「コホン」と軽く咳をする。

「水臭いぞ、バカもん!キョーコせかんどがいなけりゃ、どうなってた事だか…」

「クラウドから知り合いのアンドロイド達に頼んだお陰で、デバックもバッチリですよ!」


 暫くして、ユキが部室に顔を出す。みるくは早速ユキをパソコンの前に座らせ、完成したゲームを起動する。そのゲームは、クイズゲームではなく…

「これ…僕の考えたシナリオと似てる…」

「あたし達の技術ではユキちゃんが考えたシナリオ通りには作れなかったんで、みんなと話し合って、ミステリー交えつつ、男女2人のやり取りに変えてみたんです。」

 そんなゲームの登場人物は、どことなく雪斗とユキに似ている。


「カオス封印後は消えてしまうかもしれないが、ここにお前がいたという証拠と思い出は残る…一悟達は、お前がいたという思い出を残すために、作るゲームを変えたんだ。」


 僧侶の言葉に、ユキの目じりから涙がこぼれた。




 暫くしてサン・ジェルマン学園の学園祭開始の合図が敷地内に響き渡り、大勢の人々が敷地内に入場する。その中には勇者一家や明日香、あかねも一緒だ。


「「ぎゃああああああああああああああ!!!!!」」


 一悟達のクラスのお化け屋敷では、完成度の高いトロールの貞子のコスプレに大勇者が大声を上げて驚いてしまい、その大声に驚いた一悟も大声を上げて驚き、コンニャクをつるした釣り竿を持ったまま直立の状態で気絶したのだった。

「あぁ…怖かった…」

「父さんの絶叫の方が怖いよ…」

 そんな親子の後ろでは、一悟の姉の一華がグラッセの隣で爆笑しながら出て来る。


 ガレットとアランは中等部から回り始め、シュトーレンとトルテは高等部の方から回り始めているようで、夫婦は最初に妹のいるクラスに向かい、アニマルカフェでコーヒーを嗜む。マリアは犬、友菓は猫のようで、とても可愛らしい。その後はテニス部に向かい、華麗なサーブで全ての的を撃ち抜き、見ていたテニス部員は驚きを隠せなかったのだった。


 一悟はみるくと一緒に回り、その途中で明日香と勇者クラフティと落ち合うと、一悟達が作ったゲームの話に花を開かせた。勿論、ユキの事情も踏まえて…


 そんな楽しい学園祭の外では、黒いフードをまとった男が1人上空で立ち尽くす。

「宴など低俗でやかましい…」

 そう言い放つ彼の目の前に巨大な黒い球体状のもやが現れ、学園祭の真っ最中である学園の敷地内に落下する。




 ………




「ポンッ!!!」


 突然何かが弾ける音がして、一悟達は突然の異変に気付く。空は一瞬にして紫色に染まり、学園祭の真っ最中である校舎の装飾はまるで闇に染まったような雰囲気だ。

「マリーが巻き込まれるの嫌だから、魔導書持ってきてよかった…父さん!!!」

 格技場から高等部の校舎へ一緒に入ろうとしていた息子の言葉に、大勇者は自身の大剣を実物大に戻し、勇者の姿に変わる。


「カオスイーツの気配だ!!!行くぞ!!!!!」


 その言葉と同時に、至る所から12本のピンク、黄色、水色、紫色の光の柱が空高く解き放たれる。


「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」」


 マジパティ達が変身する中、1人の女勇者がライオンの背中に乗り、ガレットとアランと合流した。

「親父!アラン!」

 勇者シュトーレンとトルテである。

「校舎内の人達が大きな音と同時に、巨大なポップコーンの中へ閉じ込められてしまって…」

 トルテが事情を説明する間も、至る所からポップコーンが弾ける音が響き渡る。

「こうなったら、手分けしてカオスイーツの本体を見つけるしかねぇっ!!!アランはマリーの所へ向かうんだ!」

 父親の言葉にアランは黙って頷き、妹がいるであろう校舎の中へ入る。


 講堂の中では、クリームパフに変身した玉菜が舞台袖に立っている。準備をしているクラスメイト達や、観客、演劇を行っている高等部1年F組の生徒達は、次々とポップコーンの中へと閉じ込められてしまった。そんな彼女の目の前には、ジュリエットの衣装を身にまとった瑞希の姿…

「玉菜…無事に戻ってきてくださいね…」

「えぇ…必ずカオスイーツを浄化してくるから、待ってて♪」

 そう言いながら玉菜はフォンダンと共にウインクをする。

「その姿…舞台衣装を着ていなくても、今の玉菜は立派なロミオですよ…」

 瑞希の言葉に玉菜ははにかむと、カオスイーツの本体を捜しに舞台袖を飛び出した。そんな玉菜を見届ける瑞希の背後からポップコーンが弾ける音が響き、瑞希は瞬く間にポップコーンの中へ閉じ込められてしまった。


 ミルフィーユとプディングにそれぞれ変身した一悟とみるくは、僧侶アンニンと合流する。

「とんだ失態だ…キョーコせかんどとパパ上様が巻き込まれた…」

「涼ちゃんとライスもだ…ココアとラテも、出てくる気配がねぇ…」

 一悟と背中を合わせるかのように、みるくはプディングワンドを構え、ミストシャワーで所狭しとはじけるポップコーンをはねのける。

「このままだと、あたし達までポップコーンの中に閉じ込められてしまいます!!!」

 そんな3人の所に、有馬があかねと似たようなブレザー姿で、赤みがかった黒髪の少年と一緒に走ってきた。彼の手にはあかねと同じスマートフォン型のデバイスがある。

「あかね!今、マジパティ2人と僧侶様と合流した!カーチェス、そっちはどうだ?」


「2人のプディングと、1人のミルフィーユ、それと男の勇者様と図書館の前で合流してまーす!ユフィも別の所にいますが、無事でーす!」


 少年のデバイスから、軽いノリの少年の声が響き、一悟達はクラフティ、明日香、ここな、ボネの無事を確認した。その合流と同時に、中等部のグラウンドではシュトーレンとトルテが、桃色がかった金髪の少女とユキ、トロール、グラッセ、そしてムッシュ・エクレールと合流した。そんな女勇者達の前には…


「親父、中等部のグラウンドにカオスイーツの本体がいるわ!!!」


 あかねのデバイスから聞こえる長女からの連絡に、大勇者は次女と共に高等部の中庭で巨大なポップコーンのカオスイーツを前にしながら、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。


「本体が2か所に現れるなんて…カオスの野郎…」


 ガレットの近くには、勇者タルトタタンの姿になったマリアだけでなく、友菓、ネロ、玉菜、あかねも一緒だ。あかねが持っているデバイスには、レーダー内に2か所カオスイーツが居る事を示している。

「お兄ちゃんまで飲み込むなんて、許せないっ!!!」

 友菓とマリアは校舎内でアランと合流したものの、背後から迫って来るカオスイーツの本体に追いかけられ、その際にアランが転倒したマリアを庇うかのように本体に飲み込まれてしまったのだった。

「本体が2体であるなら…カーチェスは勇者クラフティ達と共に高等部の中庭へ!クロにぃは僧侶様達と中等部のグラウンドへ向かって!!!」

 あかねがそう言うと、2人の魔法使いの少年はそれぞれ所定の場所へマジパティ達を瞬間移動させる。


『セーラ、カオスイーツの動きを止めるんだ!』

『言われなくてもわかってる…』


「みるく!有馬!頼んだわよ!!!」

 女勇者が叫ぶと、みるくはプディングワンドを、有馬はクリームグレネードをそれぞれ構える。


「プディングメテオ!キャラメリゼ!!!」

「バブルバレットショット!!!」


 飴色の球体と白銀の球体が放たれると、グラウンドにいるカオスイーツの足元の自由が瞬く間に奪われ、高等部中庭のカオスイーツも2人のプディングによって足元の自由が奪われた。それと同時に魔界のマジパティ達は時間切れとなってしまい、強制的に魔界のマジパティ達の変身が解けてしまった。


「それでも、アタシ達はカオスイーツを浄化する手を緩めはしないっ!!!アンヌ!エクレール!久しぶりに派手に決めるわよ!!!」

 女勇者の言葉に、僧侶と魔術師は何も言わず同意し、僧侶は杖を構えるなり、勇者とマジパティ達の足元にスイーツのエネルギーを送り込む。

「巻き込まれないよう、下がるっスよ!!!」

 トルテはそう言いながら、ライオンの姿のままグラッセ達と共に20メートルほど引き下がり、2人の魔法使いは見えない防御壁を作り出してガードする。



「「「3つの心を1つに合わせて…」」」


 一悟、みるく、ユキの3人がそう叫んだ瞬間、3人の武器は光の粒子となり、それぞれのカラーに合わせた細身の剣・パティブレードに変わった。


「勇者の力を1つの剣に!!!ミルフィーユブレード!!!」

「勇者の愛を1つの剣に!!!プディングブレード!!!」

「勇者の知性を1つの剣に!!!ソルベブレード!!!」


 3人はそれぞれのパティブレードを構え、ピンク、黄色、水色の光をまといつつ、カオスイーツに飛び掛かる。


「精霊の意志よ!今こそ、ここに甦り、勇者の光と共に結びつけ!!!バニラジュエル!!!」

 一方の有馬はそう叫ぶと、クリームグレネードのレンコン状のシリンダーに薄紫色の宝石をはめ込み、左手でシリンダーをくるくると回転させ、狙いを定めると同時に、拳銃のトリガーを引く。


 そして、ムッシュ・エクレールは勇者の大剣に雷を纏わせ、勇者は白い光を纏いながらカオスイーツの前で高くジャンプすると、勇者とマジパティ達がいるグラウンドの一角に風が吹き荒れる。


「「「「「マジパティ・ブレイブ・ピュニシオン!!!!!」」」」」


 その掛け声とともに、カオスイーツはミルフィーユ、プディング、ソルベの順に斬られ、クリームパフの無数の光の銃弾を浴びる。


「「「タンペット!!!!!」」」


 最後に、勇者・シュトーレンが吹き荒れる風と共にカオスイーツの頭上から大きく振りかぶってカオスイーツを雷を纏った大剣で一刀両断する。


「「「「「アデュー♪」」」」」


 中等部のグラウンドで暴れていたカオスイーツは光の粒子となり、本来の姿を取り戻す。その姿は、中等部の生徒会副会長の江別と、会計の大沼、朝里の3人だった。




 高等部中庭の方も、勇者タルトタタンが初連携ではあるが…

「勇者の家系の本気は、生ぬるいモンじゃないぜ!!!」


「「「3つの心を1つに合わせて…」」」


 明日香、ここな、友菓の3人がそう叫んだ瞬間、3人の武器は光の粒子となり、それぞれのカラーに合わせた細身の剣・パティブレードに変わった。


「勇者の力を1つの剣に!!!ミルフィーユブレード!!!」

「勇者の愛を1つの剣に!!!プディングブレード!!!」

「勇者の知性を1つの剣に!!!ソルベブレード!!!」


 3人はそれぞれのパティブレードを構え、ピンク、黄色、水色の光をまといつつ、カオスイーツに飛び掛かる。


「さぁ、行くわよ!!!フォンダンっ!」

「はいでしゅ!!!」

 フォンダンがクリームパフの右肩に乗ると、クリームパフはウインクをする。

「精霊の力と…」

「勇者の光を一つにあわせて…」

「バレットリロード!!!」

 フォンダンの身体が白く光るなり、フォンダンはクリームパフの持つクリームグレネードのレンコン状のシリンダーに光の銃弾を装填する。そして、クリームパフは左手でシリンダーをくるくると回転させ、狙いを定めると同時に、クリームパフは拳銃のトリガーを引く。


 そして、勇者クラフティは白い光を纏いながらカオスイーツの前で高くジャンプする…


「「「「「マジパティ・ブレイブ・ピュニシオン!!!!!」」」」」


 その掛け声とともに、カオスイーツはミルフィーユ、プディング、ソルベの順に斬られ、クリームパフの無数の光の銃弾を浴びる。


「「「トリニティインパクト!!!!!」」」


 最後に勇者クラフティが、大勇者ガレット、勇者タルトタタンと共にカオスイーツの頭上から大きく振りかぶってカオスイーツに斬りかかった。


「「「「「アデュー♪」」」」」


 高等部中庭で動きを封じ割れたカオスイーツは光の粒子となり、本来の姿である高等部生徒会のメンバー達に戻り、本体に飲み込まれてしまったアランも無事、解放された。




 ………




 2体のカオスイーツが浄化された事で、サン・ジェルマン学園の敷地全域は何事もなかったかのようにカオスイーツが暴れる前の状態に戻り、学園祭の活気を取り戻す。


「おぉ、ロミオ…どうしてあなたはロミオなの?」

「私はこの国の女帝・エリザヴェータ…この私には子供がいない。だから姉の子供を、私の世継ぎとしてプロイセンから呼び寄せた!それなのに…」


 玉菜と瑞希のクラスの「ロミオとジュリエット」、ネロのクラスの「エカチェリーナ2世」、グラッセと一華のクラスの「白雪姫」が休憩挟みつつ上演され、それぞれ絶賛されたのだが、白雪姫の方は継母役の一華が事あるごとと観客席のアランに目を向けるので、アンケートでは何故か高等部2年A組の劇だけ「継母こっち見んな!」などの感想が半数を占めた。当のアランは、講堂で配られていたポップコーンを貪っていたので、継母役の一華には気づいてなかったようだ。


 やがて学園祭もフィナーレに差し掛かるところで、学園祭特別ゲストとしてあかね、黒亜、カーチェス、ユフィーナのピアノとバイオリンの四重奏が行われ、会場を魅了した。


「♪~」




 学園祭も無事に終わり、勇者一家を含めた一般客達は楽し気に帰路に就く。そこから後夜祭に入り、グラウンドで他の生徒達に混ざってフォークダンスを踊る一悟とみるく、玉菜と瑞希を横目で見ながらユキは夕暮れの空を見上げる。本当なら一悟達みたいに、踊りたい相手と踊りたい…でも、相手は同じ肉体を共有している。踊れるわけなどない…ユキはグラウンドに背を向けると、そのままマルチメディア部の部室へ向かい、学園祭の片づけを始めた。

「準備に参加すらしてなかったんだもん…せめて、片づけくらいはやらないと…」

 前夜祭のあと、キョーコせかんどが仲間のアンドロイドを呼んで飾り付けてくれた部室…その飾りを一つ一つ丁寧に外していく。結局、学園祭の間はずっと雪斗と会話すらしていない。入れ替わる時も、黙って入れ替わるだけ…そんな日々が続いている事に、ユキの寂しさは募るばかりだ。


「同じ身体なのに…何だか遠く感じる…結局、雪斗は一悟の事を追いかけているだけ…一悟とみるくが恋人同士になっても変わらなかったんだ…」


「それは違うと思います!」

 パートナー精霊のガトーの強い言葉に、ユキは顔を上げる。ガトーは部室に置いてあった雪斗のカバンの中から、白いラッピングに水色のリボンで結ばれた小さな包みを取り出し、それをユキの近くに持ってくる。

「このプレゼント…後夜祭の時にユキに渡すように言われました…本当に一悟の事を追いかけているのなら、ユキにプレゼントを用意したりなどしませんよ?」

 平皿に座る精霊は、そう言いながらユキに微笑む。

「黙っていれば女性が寄って来る雪斗でも、ユキとのやり取りはなかなかうまくいかないようです。ユキが言い返さなくなってからは、ずっと「どうしたら許してもらえるのか」考えていたみたいで…」


 ユキはそっとプレゼントのリボンを解き、箱を開ける。そこに入っていたのは、アヤメの花の形をしたシルバーのネックレスが一つと一通の手紙…



「あの時は、軽々しくあしらってしまい、すまなかった。

 最近のいちごんとみるくを見て、寂しく思う君を知っていながら

 ああいう答え方をしたのは、僕ながら軽率だったと思う。

 僕は君が誰を想っているのかはわからない。だけど、これだけは言える―


 君が無邪気に笑えていれば、僕はそれでいい。」



 その手紙を読み終えるや否や、ユキは思わず全身を震わせる。そんなユキの目から大粒の涙が零れ落ちる。


「ばか…どれだけ鈍いんだよ…一悟の倍は鈍いんじゃん…こんな手紙寄越されたら…僕…」


 夕暮れの窓から、後夜祭のフィナーレを飾る花火が打ち上げられる。


『ますます雪斗の事を振り向かせたくなっちゃうじゃん…』

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