第43話「狙われた体育祭…障害物にご用心!」

「パン!パン!パン!!!」


 10月に入って間もない土曜日の早朝、瀬戌せいぬ市上空にイベントの開催を知らせる花火が上がった。この日は私立サン・ジェルマン学園の体育祭が開催される日で、中等部、高等部合同で開催されるイベントだ。合同とは言っても、高等部は通信課程があるため、通信課程の者達は自由参加となっている上に、場所もサン・ジェルマン学園の敷地内ではなく、瀬戌市民公園という大きな市営の運動公園での開催である。


 サン・ジェルマン学園の体育祭は中等部、高等部合同のため、クラス対抗ではなく、縦割り2組のチーム対抗戦となっている。これは体力の格差をなるべく均一にするためと、過去にクラス対抗方式で開催した際、教師が他のクラスで運動神経がいい生徒を菓子折りや現金などで買収していた事が発覚し、危うく体育祭開催禁止になりかけた事があったためである。そんな体育祭の参加者には、勿論マジパティ達や勇者達も含まれている。


 紅組あかぐみにいるマジパティは、中等部から一悟いちご、みるく、トロールの3人で、高等部はここなとネロの2人。そして、勇者のタマゴであるマリアと、スイーツ界の住人のライスも紅組だ。


 対して、白組しろぐみにいるマジパティは、中等部から雪斗ゆきと玉菜たまなの2人。高等部からは友菓ともか、グラッセ、ボネの3人。そして、人間界の住人でマジパティ達の協力者である瑞希みずき涼也りょうやも白組である。




「これより、サン・ジェルマン学園体育祭を開催いたします!みなさん、怪我のないよう、ベストを尽くしましょう!!!」


 体育祭実行委員長である高等部生徒の挨拶が終わり、最初の競技となる男子スウェーデンリレーが始まる。スウェーデンリレーは第1走者100m、第2走者200m、第3走者300m、そしてアンカーの第4走者が200mと合計1000mを走るメドレーリレーだ。


「紅組Aチームの紹介です。第1走者1年C組、小岩新太こいわあらた、第2走者2年B組市川幸弘いちかわゆきひろ、第3走者3年B組船橋智久ふなばしともひさ、そしてアンカーは2年A組の千葉一悟ちばいちごです。続きまして、紅組Bチームは第1走者3年A組四ツ谷賢よつやけん、第2走者1年A組中野幸男なかのゆきお、第3走者2年B組荻窪洋おぎくぼひろし、そしてアンカーは3年C組三鷹智みたかさとしです。続きまして、白組…」


 サン・ジェルマン学園では、まず中等部から紅組、白組ともにAチーム4人、Bチーム4人の代表が選出され、合計で16人の代表選手が運動公園グラウンドのトラックを走る。紅組中等部Aチームのアンカーは、スポーツテスト50m走の成績から2年生である一悟が選ばれた。そんな一悟と同じアンカーは、皆3年生ばかりだ。

「責任重大だなぁ…まぁ、がんばれよ?」

「他人事みたいに言うんじゃねぇよ…」

 一悟は白組Bチーム第1走者である涼也に茶化されるが、涼也の方も同じ第1走者に陸上部短距離走のエース・四ツ谷がいるため、余裕をかましている場合ではない。


 間もなくして中等部の部のリレーが始まり、序盤から飛ばす四ツ谷に、涼也は追いつくのがやっとで、何とか2位に食いつく。その後は紅組Bチームが1位をキープした状態が続き、やがて紅組Bチームはアンカーの三鷹にバトンが渡った。

「千葉、あとは頼んだ!!!」

「はいっ!!!」

 一悟が第3走者の船橋からバトンを受け取った時点で、紅組Aチームは3位。1位の三鷹とは50mほどの差がある。そんな三鷹は、白組Bチームの吉野よしのに追いつかれそうな状態だ。

「悪いな、三鷹…この勝負、バスケ部がもらったぜ!!!」

 中等部のバスケットボール部とバレーボール部は男女共に、体育館の使用範囲を巡って仲が悪く、その辺りは男子バレーボール部アウトサイドヒッターである三鷹も、バスケ部の言動には日々憤りを感じている。だが、今は体育祭のリレーの真っ最中である。部活動同士の争いを持ち込んでいる場合ではない。そんなバスケ部とバレー部の衝突を阻むかの如く、一悟と白組Aチームのアンカー・西大寺さいだいじが追い上げてくる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 ゴールまであと20m辺りの所でトラックの観客席側から、一悟が3年生2人を追い抜き、一悟はさらにペースを上げる。突然の逆転劇にペースが乱れた三鷹と吉野だが、三鷹は何とかペースを取り戻すものの、吉野は完全に失速してしまい、とうとう西大寺にも追い抜かれてしまった。


「パーーーーーーーーーン」


 一悟がゴールテープに触れると同時に、ゴールを知らせるピストルが鳴り響く。一悟に続いて、三鷹、西大寺、吉野もゴールに到達し、中等部の部は終了した。


「序盤から見事な逆転劇でした!!!1位、紅組Aチーム、2位、紅組Bチーム、3位、白組Aチーム、そして4位は白組Bチームです。」


 高等部の放送部員がリレーの結果を読み上げる。それを聞いた観客席の女勇者は、夫や精霊達と共に大いに喜び、中等部紅組の控え席では、あずきとトロールの傍でみるくが安堵の表情を浮かべる。

「よかった、よかった…」

 大勇者も一悟の吉報を聞きながら、グラウンドの隅のテントでうどんの仕込みを続ける。高等部の部は、1位を独走状態だった紅組のBチームが、バトンの受け渡しの際に第2走者がバトンを落とし、そのバトンを誤って第3走者が拾ってしまい、その場で紅組Bチームは失格。結果、高等部の部は白組Bチームが1位でゴールしたのであった。


 続いて女子スウェーデンリレーも開始され、中等部の部は玉菜率いる白組Aチームが1位でゴールし、高等部の部はマリアとネロがいる紅組Bチームが猛威を振るい、第3走者のマリアが1位を走っていた白組Aチームの一悟の姉・一華いちかを追い抜いたり、アンカーのネロが走っている間中、黄色い歓声がグラウンド全体を覆いつくしてしまったのだった。


『伊達に勇者の姿で河川敷走らせてないもんねー♪』


 黄色い歓声が鳴りやまぬ中、うどんの具材を切りながら、大勇者は次女の大活躍を誇らしく(?)思った。


 運動神経に難ありのみるくやここなも、団体競技の綱引きや、くす玉割りでチームに貢献したり、応援を頑張るなどの活躍をし、雪斗は徒競走、ボネはパン食い競争、トロール、友菓も障害物競走でそれぞれのチームに貢献する。得点も大接戦だ。




 ………




「続きまして、職員対抗借り人競争「観戦者ギャラリー、お借りします。」です。トラック途中にある封筒の中にカードが入ってますので、そのカードに記された人と一緒にゴールへ向かってください。」


 昼休憩が近づいていく矢先、サン・ジェルマン学園の生徒達の大人気競技・借り人競争が始まった。この競技は高等部、中等部、そして学生食堂の職員達が4人ずつグラウンドのトラックを走り、スタートから50m先に置いてある封筒の中のカードに記された人物を連れて走るという競技である。カードに記された人物は時々、「モルモットを飼っている人」や、「イギリス渡航経験者」、「武州ぶしゅうライオネルのファン」などといったネタ系の内容も含まれていることがあり、得点には貢献しないものの、生徒達にとってはどの先生がネタ系を拾うのか楽しみの一つになっている。

「「杏子きょうこ」ちゃん、俺や「木津きづ先生」と同じ順番で走るけど、大丈夫?」

「大丈夫だ。下妻しもつま先生もいるから、どんじりにならないことだけは保証されてる。」

 僧侶や大勇者も例外ではなく、この借り人競争に参加だ。


「次の走者は、第1コーナー・中等部養護教諭、仁賀保杏子にかほきょうこ先生!第2コーナー・食堂職員の首藤和真しゅとうかずまさん!第3コーナー・中等部英語教師、下妻稲生しもつまいなお先生!そして第4コーナーは、中等部英語講師、木津あいな先生です!!!今度はどんなドラマが待ってるのでしょうか、とても楽しみです!!!ただ…私としては、下妻先生の体力が心配でございます。」


 放送部員の私情が入ってしまう程、この競技は人気競技である事がよくわかる。スタートを知らせるピストル音が鳴り、走者たちは目の前の封筒に向かって走り出す。


『やりぃ!!!』


 一番先に封筒に到着したのは、大勇者ガレットで、封筒を開けてカードの文字を見た刹那、ニッと笑いつつ観客席の方へ顔を向け、お目当ての人物を探し始めた。大勇者に続くかのように、有馬ありまも封筒の中のカードを確認すると、観客席の方へ顔を向け、お目当ての人物を探し始める。


『「うさ耳リボンの女の子」だってのに、どうしてこういう時に限って、グラッセの奴は…』


 どうやら、グラッセは本日うさ耳リボンを着用していないようだ。観客席を見渡すが、うさ耳リボンの女の子が見つかる気配はない。僧侶と魔導士も封筒を拾い上げ、中身を確認すると、観客席へと顔を向ける。


「パパ上様っ!!!」


 一番最初にお目当ての人物を見つけたのは、僧侶アンニンだった。娘から突然声をかけられたブランシュ卿は、驚いたような顔をするが、すぐに借り人競争の対象である事を理解した。

「「桃子ももこ」、ちょっとひとっ走り付き合ってくる。」

「きばりや~」

 僧侶が封筒を手にした位置から自らの左足と父親の右足を紐で結んでいる間に、大勇者ガレットは長女である勇者シュトーレン、有馬はたまたまうさ耳リボンを付けていた明日香あすか、ムッシュ・エクレールは勇者クラフティとそれぞれ合流し、それぞれ封筒を拾った場所に向かい、持っていた紐で互いの足を結んだ。



「兄さんに負けてたまるかーーーーー!!!」

「親子パワーナメんじゃねぇっ!!!!!」

「「下妻先生」に負けたら、末代までの恥だ!!!行くぞ、パパ上様!」

「明日香、俺の呼吸に合わせるんだ!」



 トラックにいる職員が全員、再び走り出す。実況を行っている放送部員は言葉にならない程の絶叫をすると、マイクをぐっと握り、前のめりの姿勢になった。

「これは先が見えません!!!一体誰が1着となるのでしょうか!下妻先生は、筋肉痛にお気をつけくださいねー。」

 ケガで入院するなど、普段からあまり運動していないように見られているので、生徒にムッシュ・エクレールが筋肉痛を心配されるのは仕方ないのかもしれない。そんな魔導士は、「打倒!兄」に燃える黒髪の勇者のペースに巻き込まれ、殆ど傀儡くぐつの状態となってしまった。


「パンっ!!!!!」


 ゴールを知らせるピストル音が響く。殆ど同時にゴールしたため、全員が息を切らせる中、放送席のテント内で「誰がゴールテープに触れたか」写真判定が行われた。


「判定の結果、首藤さんの連れてきた方の胸が先にゴールテープに触れていた事がわかりました!よって、1位は首藤さん、2位は木津先生、3位は仁賀保先生、そして4位は下妻先生となります!!!」


 1位でゴールした事を喜ぶ父親の隣で、女勇者はあまりの恥ずかしさに両手で顔を覆ってしまった。

「それでは、カードの回収をします。首藤さんのカードは…「可愛い女性」…?」

「俺にとって、娘はいくつになっても「可愛い女性」なの!!!」

 カードを回収する障害物準備係の生徒の疑いも何のその、大勇者は長女の傍でドヤ顔でそう主張したのだった。

「木津先生は「うさ耳リボンの女の子」とてもよくお似合いですね…仁賀保先生は…」

「「尊敬する人」だ!私の父親は尊敬に値する!!!」

 女僧侶も女僧侶で、父親の傍でドヤ顔した。

「下妻先生は「コンビニ店員もしくは経験者」ですね。どちらにお勤めで?」

「フェアリーマート茅ケ崎ちがさきサザンクロス通り店で2年ほど…」

 気を失っている魔導士の傍で、黒髪の勇者はそう答えた。




 昼休憩に入ると、大勇者はグラウンドの隅のテントで他の食堂職員と共にうどんの販売を始め、一悟、雪斗、トロールの3人はうどんの列に入った。そんな3人の後ろに、勇者姉妹と有馬が加わる。

「なんで、親父が走るタイミングでトイレにいるのよ…」

「だって、トイレ混んでて、パパちゃまが走る時に間に合わなかったんだもん…」

 要するに大勇者が長女を連れてきたのは、トイレの混雑が原因だったようである。妹に文句を言う女勇者には、先ほどの借り人競争で得た視線が集まる。

「ところで、「下妻先生」は?」

「おにぃのペースに巻き込まれたせいで、盛大に足首ひねって、その場でドクターストップよ。」

「寧ろ、よく足首の捻挫だけで済んだよな…」

 うどんを求める行列の中、勇者姉妹と有馬は一悟達の後ろで会話を続ける。




 ………




 午後は運動部中心の部活動パレード、部活対抗リレーから始まり、中等部、高等部合同の騎馬戦に続き、最後は障害物リレーで全日程が終了する。


 そんな昼休憩の真っただ中、突如上空から怪しげなオーラをまとった黒フードの男が、パレードの準備をしている生徒達目掛けて黒い光を解き放った。


「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 黒い光が直撃した生徒達は、断末魔の叫びを上げながらその姿をスイーツの怪物へと変えてしまった。それを目の当たりにしたマリア、雪斗、あずきの3人は他のマジパティやスイーツ界の住人たちに信号とテレパシーを送り始めた。雪斗達の様子に気づいた涼也は、雪斗に「ユキと意識を入れ替える」ようにジェスチャーで促した。


「結界展開!!!」


 一瞬にして賢者服に着替えた大賢者がグラウンド全体に結界を貼ると、マジパティ及びスイーツ界の住人達のみが動ける空間を作り出した。

「今回ばかりは、カルマンに余計な負担をかけさせたくあらへん!!!ヨハン、アンヌはん…あとは2人に任せます。」

 ブレイブディメンションなどの結界魔法は、効果が強力な反面、丸2日ほど食事をとっていない状態に陥るなど、発動した者への反動が大きい。観客席で大勇者達の激しい競争を見ていた大賢者が、自ら結界魔法を買って出るのも無理はないと言えよう。結界魔法を確認した大勇者は、マジパティ達に変身を促す信号を送る。



「「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」」」」



 一悟達がマジパティに変身し、グラウンドに入ると、そこにはトラック全体に障害物の数々が並んでいた。

「な…なんだよ、これ…」

「恐らく、障害物の中にカオスイーツが潜んでいるのかもしれません!!!」

 ミルフィーユに変身した一悟の疑問に、プディングに変身したみるくが答え、トラックを走り始める。そんな彼女の前に、バスケットボールとバスケットゴールが立ちはだかった。

「う…うぐっ…」

 みるくは半ベソをかいた表情で、バスケットボールを前に固まってしまった。それを見た一悟、ユキ、ネロがスタートを切る。

「どうしたの?プディングは…」

「プディングはドリブルができないんだ!!!」

 一悟はそう言いながら、みるくの元へ駆けつける。


「俺がカオスイーツを見つけてやる。だから、安心しろ!」

 そう言いながら、一悟はバスケットボールを1つ掴み、ゴールの目の前までドリブルで走りつつ、バスケットゴールにダンクシュートを決め、次の障害物へ向かった。

「つまり、ドリブルしながら走り、シュートを決めろという事か。ユキ、一悟のドリブルは見ておいたか?」

「ば、バカにしないでよ!!!」

 みるくの真横で、2人のソルベがドリブルしながら走り始める。それを見たみるくは、ぐっとバスケットボールを握り、目をつむりながら前進するが…


「やめろ、プディング!!!」

 ショートヘアのクリームパフの叫びにハッとしたみるくが立ち止まるが、時すでに遅し。プディングはボールを持ったまま3歩前進してしまっていたのである。

「幼な妻ちゃん…それ、トラベリングよ…」

 ロングヘアーのクリームパフが半ば呆れた表情でそう言うと、みるくが持っているバスケットボールは白玉団子に変化し、反則行為を行った1人のプディングを瞬く間に飲み込んでしまった。


「障害物に失敗したら、失格…という事か。」

 帽子をかぶった少年のプディングがそう言うと、今度は彼を含めたマジパティ達が一斉にバスケットボールを手に取り、ドリブルをしながら走り出し、次々とシュートを決めるが…

「うにゃっ?にゃっ…」

 猫耳のプディングは、猫の習性が災いし、ドリブルで前に進むことができなかった。そして、彼がじゃれついているボールは白玉団子に変化し、みるくと同様に猫耳のプディングを飲み込んでしまった。

「ボネのまぬけーっ!!!!!」



 バスケットゴールを越えたマジパティ達は次々と平均台の上を歩きはじめた。下は餡子の池ができており、どうやら平均台から落ちたらいけないようだ。一悟とネロ、明日香は何とかクリアするが、ネロの後ろを歩いていたユキ、明日香の後ろを歩いていた友菓は…

「ちょっ…尻尾…」

 ユキはネロの尻尾で上手くバランスが取れず、あと一歩でクリアという所で、バランスを崩し、餡子の池に落ちてしまった。

「へくちっ…」

 友菓は明日香のツインテールの毛先が鼻に当たってしまい、くしゃみと同時にバランスを崩し、餡子の池に落ちてしまった。餡子の池に落ちた2人のソルベの頭上から、巨大なたい焼きの皮がかぶせられ、2人は巨大なたい焼きの中身と化してしまった。



 一悟、ネロに続いて、明日香や他のマジパティも次の障害物である巨大な網をくぐり始める。端から見れば何の変哲もない網ではあるが…

「やーん…耳が網に引っかかっちゃったぁー…」

グラッセのうさ耳が網に引っかかり、うさ耳のミルフィーユは、真正面にいたもう1人のミルフィーユのスカートの中に顔を突っ込んでしまった。

「ちょっと…グラッセ…あなたが掴んでるの…私のスカート…やめっ…」

 3人のクリームパフ、1人のプディングが網をくぐり終える傍で、2人のミルフィーユはうさ耳が網に引っかかった事で闇雲にもがいてしまった。そのため網に全身が絡まってしまい、糸状の寒天と化した網に全身を拘束されてしまった。



 3人のクリームパフと1人のプディングが一悟とネロに追いついた。巨大な網の次は、どうやらトラック上を横たわるハシゴをくぐるようだ。一悟とここながハシゴをくぐると、ネロ達もそれに続くが…


「ずりゅっ…」

「ずりっ…」

「ガンッ!!」


「んがっ…」

 今度は2人のクリームパフが胸の途中でつっかかり、羽根を生やしたクリームパフは、首の辺りでつっかかってしまい…クリームパフ全員、ハシゴをくぐることができなかったのだった。それを目の当たりにした勇者とスイーツ界の住人たちは、トラックに入れず、3人のクリームパフがハシゴに化けていたドーナツに身体を拘束されるのを黙ってみているしかできなかった。


 ハシゴをくぐる事が出来たポニーテールのミルフィーユ、竜の角と尻尾を携えたソルベ、帽子をかぶった少年のプディングは次の障害物に到着する。目の前には抹茶色をした大きなキャタピラが3つ佇む。一悟達は一斉にキャラピラの中に入り、そこでここながある提案をする。

「一悟!ネロ!ボクの声に合わせて真っ直ぐ進んでくれ!!!」

「あぁ!」

「了解!」

 1人のプディングの提案に、一悟とネロは同意し、ここなが「1、2」とリズムをとると、一悟とネロもそれに合わせ、3つのキャタピラは同時に真っ直ぐ進んだ。


 軽快なリズムでキャタピラのエリアをクリアし、ゴールの目の前までやって来た3人の目の前には、バレーボールを持ったカオスジャンクが1人立ちはだかる。

「次の障害物はあいつか…こうなったら、一悟は私の後ろに!ここなは一悟の後ろに回れ!私に考えがある!!!」

「あ、あぁ…」

「構わん!」

 ネロの提案で一悟はネロの後ろに、ここなは一悟の後ろにそれぞれ回ると、ネロはぐっと息を呑む。

「いいか、2人共…私の言う通りに動くんだ!」

 ネロがそう言うと、カオスジャンクはマジパティ達に向かってサーブを打った。

「右っ!!!」

 ネロの言葉と同時に、一悟とここなは右へ動いた。続けてカオスジャンクがサーブを打つと、ネロは2人に左へ動くように促す。途中前に進みつつ、時間切れで変身が解けてしまっても、ネロは構わずにマジパティの姿を保つ2人に動く方向を示し続け、ゴールへと進む。


「パリィィィィィィィィィイイイイイイイイン!!!!!」


 そんなネロの提案が功を奏して、ネロの身体はゴールラインを越え、勇者とスイーツ界の住人達はトラックに貼られていた見えない壁を砕き、カオスイーツに捕らわれていたマジパティ達を次々と解放していく。

「やったぜ!!!」

「まさか、この提案は1980年の富士山の落石事故を参考にしたとは言うまいな?」

「さぁな…?とにかく、私が戦えるのもここまでのようだな…」

 ゴールした3人がそんな話をする間に、カオスジャンクは怒りのボルテージが最高潮の女勇者に斬りつけられ、その場に倒れこんだ。カオスジャンクが斬られたことで、障害物に化けていたカオスイーツ達は女勇者の目の前で集結し、抹茶パフェの合体カオスイーツと化した。


「カオスイーツが合体した…だと?」

「こ、こんなのアリかよ…」


 唖然とする一悟とここなの元へ、今度は障害物に紛れていたカオスイーツに捕らわれていたマジパティ達が全員合流する。全身求肥でベトベトのプディング、寒天の糸が所々に絡まったままのミルフィーユ、所々が餡子まみれの2人のソルベに、2人のクリームパフ…さらに背後には黒髪の男の勇者がいるが、救出の際に2人のクリームパフに言ってはいけない事を言ってしまったらしく、2人の冷たい視線に身動きができずにいる。


「おにぃ…準備はいいわよね?」

 そう言いながらレインボーポットとケーキスタンドを呼び出す勇者シュトーレンだが、勇者クラフティに向ける表情はどことなく恐ろしい。

「は…はい…」

 そう答える勇者クラフティの手元にも、レインボーポットとケーキスタンドがふよふよ浮いている。



「「みんなの心を一つに会わせて!!!」」



 2人の勇者の叫び声と共に、マジパティ達はそれぞれ勇者の元へあつまり、白い光の中で仲間たちと手を取った刹那、3段式のケーキスタンドから新たなるスイーツのエネルギーが送り込まれる。


「「強き勇者の力!!!」」


 白い光がおさまると、2人のミルフィーユのコスチュームは、それぞれピンクからパステルピンクを基調としたコスチュームに変化した。


「「育まれゆく勇者の愛!!!」」


 ミルフィーユに続いて、2人プディングのコスチュームは、それぞれクリーム色を基調としたコスチュームに変化した。


「「深き勇者の知性!!!」」


 今度は2人のソルベが、それぞれのコスチュームをパステルブルーを基調としたコスチュームにチェンジさせ、ポーズを決める。


「「眩き勇者の光!!!」」


 2人のクリームパフは、それぞれコスチュームを淡いラベンダー色を基調としたコスチュームに変化させ、さらにポーズも決める。


「「そして、大いなるみんなの勇気!!!!!」」


 最後に勇者の男女が叫び、勇者の甲冑は白金の甲冑へと変わった。


「生まれゆく奇跡、紡がれる絆と共に!!!!!」


 精霊達の言葉と共に、レインボーポットを乗せた2つのケーキスタンドが巨大化し、それぞれ下段にマジパティが4人全員乗り、中段に精霊が4人全員乗る。最後にケーキスタンドの上段に勇者達がそれぞれ着地すると、2人の勇者は大剣を構え、大剣の太刀筋で描いた光の魔法陣でカオスイーツの動きを封じると、マジパティ達は全員右手を空高くつき上げる。


「「「「「マジパティ・ツイン・ブレイブ・ファウンテン!!!!!」」」」」


 ケーキスタンドの頂点のハートの飾りから虹色の球体が生み出されると、やがて光の球体は巨大な虹色の大剣へと変わり、抹茶パフェのカオスイーツを、器ごといとも簡単に貫いた。


「「「「「Adieuアデュー.」」」」」


 マジパティと勇者の言葉と共に、カオスイーツは光の粒子となり、中等部男子バスケットボール部と男子バレーボール部の部員達の姿に戻った。大勇者は魔眼でカオスイーツにされた部員達を元居た場所に戻すと、再びグラウンドの隅のテントへと戻ったのだった。




 ………




 多少の遅れはあったものの、昼休憩後の部活動パレードも無事終わり、部活対抗リレーは中等部男子の部で雪斗がいる弓道部が創部初の1位を取り、中等部女子の部は玉菜のいる合唱部が文化部でありながら2位に食い込むという快挙を遂げ、高等部女子の部はマリアのいるテニス部が終盤で陸上部と空手部に追い抜かされたものの、3位に入賞した。


 騎馬戦、障害物リレーも無事に終了し、やがて閉会式に入る。どちらも一歩譲らずの大接戦であったが、中等部、高等部の校長達が2人ずつ選出する個人賞に一悟とネロ、そして三鷹と高等部白組の女子が選ばれ、その個人賞のポイントが1人につき5ポイントが加算。紅組の勝利に終わったのだった。ちなみに、大勇者もちゃっかり職員特別賞を受賞したのである。


 生徒や職員達が片付け作業を進める中、勇者クラフティの隣で明日香が彼をジト目で睨みつける。

「ニコル…」

「どうした?明日香…」

「さっき、あーちゃんと玉菜に対してなんて言ったの?2人共、相当怒ってたみたいだけど…」

 恋人にそう尋ねられた男の勇者は、思わず背筋を凍らせてしまう。

「そ、それ…は…」

 たじろぐ男の勇者だが、明日香の真横で勇者シュトーレンは冷ややかな目で男の勇者を見つめる。彼女から一部始終を聞いたと思われる甥、義理の甥、そして精霊達も彼を軽蔑するような表情をしている。


「「身体にデカいゴムまり2つも抱えてるクセに、無理すんなよ」ですって。ホント、おにぃってば…誰に似たのか、昔からないのよねぇ…デリカシーが…」


 女勇者にそう言われた勇者クラフティは、思わず慌てふためくが、そんな彼の前で明日香は思わず拳を震わせる。



「スパーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!」



 明日香の平手打ちが、男の勇者の頬に炸裂したのだった。

「ニコルってば、最っ低!!!!!」

 恋人に罵声を浴びせた明日香は、女勇者達と一緒に男の勇者を置き去りにしつつ、そのまま運動公園をあとにしたのだった。

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