激甘革命編

第42話「前代未聞!?ドラマのオーディションは命がけ!」

「いらっしゃいませー!!!」


 今日も、勇者シュトーレンが夫のトルテと切り盛りしているカフェ「ルーヴル」に客が出入りする。コーヒーだけでなく、料理が美味しいという評判が広まったのか、9月以降は一悟いちごのいとこである岡寺明日香おかでらあすかも、シュトーレンの弟・アランと共に殆どフルタイムでカフェの中を動き回る。特に混雑しだすのは夕方以降で、その際は魔界のマジパティであるネロ、シュトーレンの妹・マリアもホールに加わり、厨房では大勇者ガレットもカフェを手伝う日々だ。


 瀬戌せいぬ市が沈黙の街と化した事件から2週間が経とうとしている―


 あの事件以来、カオスイーツが現れた事はなく、瀬戌市は平穏へいおんに包まれており、これといった事件は瀬戌駅から少々はずれたところにあるひぐち町の雑居ビルで発生した、弁護士変死事件くらいだろうか。


 明日香の父親は研修態度の結果、「生徒及び他の教職員に対する横暴な態度の改善が見受けられない」として、サン・ジェルマン学園の教師としては8月31日付で懲戒解雇ちょうかいかいことなり、埼玉さいたま県教育委員会も明日香の父親を教師として受け入れない姿勢を示すこととなった。また、5月にボネを竹刀で叩き、シュトーレンの髪を引っ張った件で全国的にニュースになっていたため、埼玉県や神奈川かながわ県だけならず、東京とうきょう群馬ぐんま栃木とちぎ千葉ちば茨城いばらき山梨やまなし長野ながの新潟にいがたといった、関東甲信越かんとうこうしんえつ地方の教育委員会も横暴な体育教師を教師として迎え入れる事を拒んだのである。更に、学校敷地内の出入り禁止、元妻及び明日香達の接近禁止…さらには同じアパートの住人ともトラブルを起こしていた事で、アパートから立ち退きを言い渡された挙句、瀬戌市内の不動産会社のブラックリストに入れられたのである。そんなホームレスと化した明日香の父親は現在、何処で暮らしているのかは定かではない。


 そんなある日、勇者一家の中で大事件が発生したのだった。

「郵便でーす!!!」

「ご苦労様です♪」

 カフェの出入り口で掃き掃除をしていた女勇者は、郵便局の配達員から手紙とハガキの数々を受け取る。1通ずつ宛名を確認する…


 世帯主である「首藤和真しゅとうかずま」宛の公共料金の請求書のハガキが1通と、板前だった頃の同業者からの絵葉書が1通。

 勇者シュトーレンもとい「首藤聖奈しゅとうせいな」宛のペン習字の通信教育の添削課題が1通。

 夫である「首藤利雄しゅとうりお」宛の書留かきとめが1通…差出人はトルテがかつて所属していた芸能事務所の社長からだ。

 弟の「首藤嵐しゅとうあらし」宛の埼玉県警採用試験一次試験の受験票が1通。

 妹の「首藤まりあ」宛の封書が2通…1通目はメメカリで購入したアクセサリーのようだが…


「何…これ?」

 もう1通のクリーム色の封書の差出人を見た刹那、女勇者は血相を変えたのである。


 そして、放課後…

「あのね、パパちゃま…マリー、もしかしたら東京に行くことになるかもしれないの…」

 赤いヘルメットを受け取った次女の言葉に、大勇者は驚いたような表情をする。

「マリー、スクールアイドルをするなら、前もって言えよなぁ…家族総出で応援すんだからさぁ…」

「違うわ。確かに、アイドル部からスカウトはされてるけどさぁ…」

 その次に発せられた次女の発言に、ガレットは血相を変え、大急ぎで長女に|LIGNE《リーニュ

》を送り、次女をバイクに乗せつつ帰宅したのだった。

 帰宅して早々、2階のリビングにはマリアに向かい合うかの様に父親、姉、兄、義兄が並び、そんな勇者一家のテーブルの上にはマリア宛の封筒と1枚のオーディションの通知書…家族会議の始まりだ。

「親父…アタシ、この間アンヌとマリーで原宿に行ったって言ったわよね?」

「あぁ…確か、竹下通たけしたどおりで蛸島たこしまっていうしつこいスカウトマンに絡まれて…」

 長女の言葉で、大勇者は娘達と僧侶が原宿はらじゅくに買い物へ行った時の話を思い出した。


 僧侶アンニンがキョーコせかんどの修理で出かけていたヴィルマンド王国から帰国し、マリアがサン・ジェルマン学園高等部全日制に編入してから初めての日曜日。カフェでの仕事を家族と一悟達に任せ、マリアの行きたがっていた原宿に連れて行ったのだった。

「君達、グラビアに出てみない?」

 一通りの買い物をし終え、3人でクレープを食べている所で、1人のスカウトマンが僧侶と勇者、そしてその妹に声をかけたのだった。


「あの時、あなたはアタシと一緒に、グラビアモデルのスカウトを断ったはずよね?」

 僧侶の方は「本業は養護教諭だから、副業は禁止だ。」と一蹴したのだが、姉妹の方は蛸島が「カフェの経営と部活でいっぱいいっぱい」と言っているにも関わらず、しつこくグラビアに出そうとしたため、トルテ経由でKAORUと連絡がつき、たまたま竹下通りを歩いているとの事で呼び出し…


「はぁーい、蛸島ちゃん?2人は俺の大切な親友の大切な人だからね?グラビアに出したら、俺と俺の事務所が許さないよ☆」


「あの時は、かおるちゃんとヴァンスプロが何とかしてくれたからいいものの…」

 かつてはトルテも所属していた事務所は、割と大きい芸能事務所のようだ。

「なのに、何でオーディションの通知が来てるんだ?」

「私だって、知らないわ…それに、この書類…マリーの生年月日間違ってるもの!!!」

 次女が書類のミスを示すや否や、大勇者は長女、長女の夫、長男と共に書類の生年月日に目を向ける。そこに記されていたのは「2007年9月20日」ではなく…


「1999年12月25日」


「姉さんの生年月日じゃん…」

 警察学校の一次試験を控えたアランの一声で、第三者がマリアの名を語ってマリアをオーディションに通した事が確定したのだった。

「どうみても犯人は蛸島です、本当にありがとうございました。」


 勇者一家が家族会議中の中、マジパティの方でも身に覚えのないオーディションに通った者達が現れてしまったのである。その者は、カフェの前を掃き掃除している明日香の前で、瑞希みずきと対峙している。

玉菜たまなもでしたか…」

「えぇ…一体どうして、こんな事が起こったのか…こっちが知りたいくらいよ!」

 カフェの入口付近で話す2人の手には、マリアに届いた封書と同じクリーム色の封書が1通ずつ…そんな2人と明日香の所へ、1体のアンドロイドが合流した。キョーコせかんどである。

「案の定…明日香さん、大勇者様と話をさせていただけますか?玉菜さんも瑞希さんもご一緒にどうぞ…」


 キョーコせかんどがやってきた事で、トルテ、アラン、明日香は夕方の開店準備を再開し、2階のリビングには大勇者ガレットとその長女と次女、キョーコせかんど、玉菜、瑞希がテーブルを囲む。

「単刀直入に申し上げます!サン・ジェルマン学園のデータ管理システムが、何者かにハッキングされました!!!」

 アンドロイドの言葉に、リビングにいる者全員がどよめいた。


「私が稀沙良きさら市役所直属のアンドロイドと連携して確認しましたところ、高等部及び中等部の女子生徒全員のデータにアクセスした形跡があり、そのアクセス元が番組制作会社のパソコンからだったのです。」

「「番組制作会社!?」」

 勇者親子が目の前で驚く中、キョーコせかんどはマリアのオーディションの通知に記されている制作会社「薬師川やくしがわエンターテイメント」を指さした。

「解析の結果、ハッキングしたパソコンは「薬師川エンターテイメント」のパソコンである事が判りました。それに、マリアさん達に応募した覚えのないオーディションの通知と、最近この制作会社が宣伝している年明けの単発テレビドラマの募集内容…これで、辻褄が合います。」


 オーディションの募集対象を確認してみる。そこには、事故で両親を亡くした主人公の小学生を支える近所に住む美容院の娘役…しかも、その娘は10代で歌が上手いという設定だ。主人公は現在売れっ子子役タレントのなのかぜちゃんもとい、会津菜風あいづなのか。亡くなった父親役が椎名元哉しいなもとや…みるくの父親だ。美容院の主人役が高瀬一誠たかせいっせい…これは端から見れば、話題性の高いドラマのようだ。


「オーディションの日時は、来週の水曜日の夕方…瀬戌市民文化会館大ホール…」

 淡々と読み上げる日程に、マリアと玉菜がガタッと立ち上がった。

「私、その日はテニス部の活動日なんだけど?」

「私も、その日は合唱部の練習があるのよ!その後は家族との会食の予約も入ってるし…冗談じゃないわ!!!」

 テニス部顧問から期待されているマリアに、全国大会を控えた玉菜…そんな彼女達にとって、オーディションを受ける暇などないも同然だ。2人の訴えも虚しく、瑞希が読み上げた注意事項には…


「オーディションを欠席の場合、キャンセル料を審査1回ごとに2万円を頂きます。」


「学生にオーディション促しといて、このキャンセル料はぼったくりではありませんかっ!!!!!冗談じゃありませんっ!!!」

 今度は瑞希が怒りを露わにした。

「親父…」

「あぁ…」

 長女の言葉に大勇者はうんと頷き、長女と共に次女の肩をぽんと叩き…


「「マリー…このオーディション、全力で挑んできなさい…」」


 かくしてマリア、玉菜、瑞希の3人は単発ドラマのオーディションを受ける事になったのだった。その後、なんとユキの方もおおみや市のアニメイトで買い物中に蛸島から声をかけられ、彼女もオーディションを受ける事になったのである。この他にここなとトロール、そして一悟の姉の所にも通知が来ており、みるく、友菓ともかに関しては親族に芸能人がいる事を知っている者が関係者内にいたようで、2人の親族の所属事務所からの圧力を回避した事で事なきを得た。グラッセ、ネロの方は通知すら来なかったようで、2人は同時に落胆していた。


 やがてオーディション当日を迎えたものの…

「誰が小学生だぁ!!!いじやけっぺよ!!!!!(誰が小学生よ!!!腹立つわね!!!!!)」

 トロールとここなは受付のスタッフから小学生と間違えられ、即座に不合格となってしまったのだった。(キャンセル料付き)そんなトロールの隣では、ここなが「万死に値する」という文字が書かれたスケッチブックのページを開いている。


 審査内容はステージ上での特技を披露する事で、一悟の姉は瓦を割り、瑞希はステージ上で芋版を掘り、玉菜はテコンドーを生かしたキックダンスを披露し、ユキは「名探偵コニャン」のオープニングで使用されたパラパラを踊り、順番はマリアへと回る…


「♪~」


 客席で「犬に変身するんじゃないか」と身構えていた父親と姉ではあったが、マリアが披露したのは父親が姉の結婚式で歌った「勇者のバラード(作詞、作曲:大勇者ガレット)」を、歌詞を改変して歌ったのである。その歌声は客席にいる者達全員を魅了し、歌い終えた時は、客席の殆どが拍手に包まれたのだった。


 審査は即日で決まり、最終審査にコマを進めた5人のうち、マジパティ関係者はユキ、玉菜、マリアの3人であった。最終審査は日曜日に東京にある有明ありあけテニスの森公園の敷地内で行われることになった。そんな次女のオーディションを見届けた大勇者はやっと蛸島を捕まえる事に成功し、何で次女をドラマのオーディションに通したのか問い詰めたところ…

「グラビアがダメなら、特番ドラマならいいですよね?薬師川さんが丁度役柄にピッタリな10代の女の子探していたので…」

 その一言に、大勇者は開いた口が塞がらなかった。流石にあとが引けなくなった事を察した2人の勇者は、僧侶のアンドロイドに番組制作会社の異変などがないか調べるよう依頼した。その背景には、出演者で、今回のオーディションの審査員であるみるくの父親から「薬師川エンターテイメント」の異様な成長ぶりに対する違和感を聞いたからであった。


 薬師川エンターテイメントに関しては、バラエティ番組の捏造を皮肉るような演出をする事が多い事に定評がある他、毎年8月に放送される巨大特番のドラマ制作も承っており、そのドラマのつくりに関しても、あまりいい評価を得ていないようだ。一方はバイクと温泉が趣味の勇者と、もう一方は今年の春にフランスから戻って来たばかりの勇者である2人にとって、芸能関係の話題には疎いも同然で、そんなテレビ番組制作会社の悪い噂など知る由もないのである。




 ………




「みるくはともかく、何で一悟まで一緒に…」

 国際展示場駅からコロシアムブリッジと呼ばれる陸橋を渡る途中で、勇者一家は一悟とみるくが一緒である事に気づいた。

「高瀬さんの実家なんだよ…俺が通ってる極真会館。館長が既婚者である高瀬さんにすり寄って来る女が来ないよう、護衛してくれって…」

 高瀬一誠は過去に女性関係でトラブルが起こりかけた事があり、その影響で弟である極真会館の館長と、父親である先代の館長が彼の女性関係に関して警戒しているのである。因みに、高瀬一誠の妻は極真会館の隣の敷地で接骨院を開業しており、現在も存命だ。

「あのゴシップ記事は、パパもその時の女性タレントにカンカンでしたし…」

 みるくは当時記事が掲載された女性週刊誌「女性エイト」を思い出しながら話す。あの時は珍しく「女性エイト」側が褒め称えられ、高瀬一誠にすり寄ってきた女性タレントは度重なるバッシングで、芸能界での仕事を失った。当の本人たちは昨日の段階で有明に向かったようで、2人と一緒ではないようだ。マジパティを知る者及び、マジパティと勇者達は最終審査会場へと向かった。


 芝生広場に設置されたテントの中では、小学校高学年ほどの少女がふくれっ面でパイプ椅子に腰かける。そんな彼女の目線の先には、母親らしい人物が、まるで自分を売りに出すかの様に関係者と話す。ふくれっ面の小学生の前には、ユキ達と同じく最終審査にコマを進めた少女・蒲田海苔子かまたのりこが小学生に声をかけ続け、こちらも最終審査にコマを進めた1人の若松久美わかまつくみに至っては、小学生と蒲田海苔子に背を向けながら持参したスポーツドリンクを飲んでいる。だが、ユキ達がテントに入ってきた事に気づいた久美は、ユキ達に近づき…

「なぁ…こんな胡散臭いオーディション、本番で蹴ろうぜ?あの事務所のごり押しで通ったぶりっ子が合格したって事で…」

 その言葉に何かを察知した玉菜は、久美と向かい合い…


「私、勝負前に戦う相手をたてることはしない性分よ?悪いけど、彼女達共々少し考えさせていただくわ。」

「フン…流石は大物政治家の娘だな?そういう自分に正直な態度、嫌いじゃないぜ?」

 久美がそう言うと、2人はお互いに「フッ」と笑う。


 やがてオーディションが始まり、特設ステージの上に最終審査出場者、ドラマ出演者、司会者、そして脚本家が並ぶ。そんなステージの上では、テントの中ではふくれっ面だった小学生もとい子役タレントの会津菜風がへらへらと笑っている。

「ねぇ…親父…」

「どうした?」

「あの子役の子…ちょっと無理してそうな気がするの。マリーも、さっきLIGNEであの子の母親に対して「ステージママ、キモイ」とか「娘の共演者や出場者にいちいち口出しして嫌になる」って文句言ってたし…」

 長女の言葉に、大勇者は表情を曇らせる。


「それでは、最終審査はこのステージの上でなのかぜちゃんと…」


 まるで司会者のセリフを遮るかのように、ステージの裏側から黒い光が放たれ、ステージの背後からまるでお菓子の家のようなカオスイーツが現れた。


「行け、ヘクセンハウスカオスイーツ!!!!!」


 上空からの怪しい言葉に呼応するかのようにお菓子の家の姿のカオスイーツは身体を巨大化させつつ、その姿を変えていき…


「うわあああああああああああああああああああ」


 観客たちもろとも、カオスイーツは公園の芝生広場全体を飲み込んでしまったのだった。




 一悟とみるくが気が付くと、そこは大型商業施設の中で、紫色の空気に包まれた空間はどことなく仄暗い雰囲気を醸し出している。

「この内装…ヴィーナスフォート?」

「違うかも…内装がヨーロッパっぽくないし…多分…」

 2人は起き上がりながら周囲を見渡し始め、お互いのカバンからココアとラテが一緒に周囲を見渡した。そこには隣に並んでいたはずの勇者親子の姿が見当たらないのだった。


 その現象は一悟とみるくだけでなく、他のマジパティ関係者達や、会場にいた者全員も同じだった。ユキはマリア、菜風と同じ映画館のスクリーンの前、玉菜は久美と共にゲームセンターの中…勇者親子も然りで、2人は温泉施設の入口にいた。どの景色も

「カオスイーツの中…か。セーラ、自身のマジパティ達がいるお前なら、信号を送れるはずだ!俺はマリーを探し出す!!!」

「わかったわ!!!」

 カオスイーツの中にいる事に気づいた2人は咄嗟に甲冑姿へと変わり、女勇者は大剣にあるインカローズに手を触れながら意識を集中させる。


「みんな、広場に集まった人たちがカオスイーツの中に飲み込まれたわ!!!分散させたままでは危険よ!急いで!!!!!」


 4人のマジパティの脳裏に響く勇者の言葉…カオスイーツに飲み込まれた一悟達は、咄嗟にエンジェルスプーンを構えた。


「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」」」




 有明テニスの森公園にヘクセンハウスカオスイーツが現れてしばらくした後、ピアノとバイオリンのハーモニーが響き渡る魔導義塾高等学校の音楽棟の一室で、スマートフォンが鳴り響いた。その音色を聞きつけた少女は、バイオリンの演奏を止め。スマートフォンを手に取り…

「どうなさいました?龍臣たつおみおじいさま?はい…左様でございますか。有明テニスの森公園に…えぇ、ただちに現地に赴きますわ!!!」

「どうした、あかね…」

 突然あかねがバイオリンの演奏を止めた事に何かを感じ取ったのか、ピアノを弾いていた少年・高砂黒亜たかさごくろつぐも演奏を止めた。

「クロにぃ…本日の練習はここまでに致しましょう…あかねは急用を思い立ちました!!!」

 少女の言葉に、黒亜はぐっと息を呑み、スマートフォン型のデバイスを構える。

「移動魔法さ使うなら、俺の力さ使え!!!どこへ移動したい?」

「まずは、通報が入った湾岸警察署まで…あくまで民間からの捜査協力です。警察の支持なしでは動けませんわ。」

 あかねがそう言うと、黒亜のデバイスが光を放ち、あかねは黒亜の魔法で魔導義塾高等学校の音楽棟から湾岸警察署の駐車場へ瞬く間に移動した。


 ミルフィーユに変身した一悟は、プディングに変身したみるくと共にみるくの父親と高瀬一誠を探すべく、紫色の空気に包まれたショッピングモールを走り始めた。玉菜は久美にスイーツの怪物が会場ごと飲み込んだ事を伝えると…

「そうか…それならこのオーディションがぶち壊しになったのも同然だよな…でも、あたしは怪物に飲まれたままじゃ終われねぇ!そうだろ…白石玉菜しろいしたまな?いや、今は…クリームパフって呼ぶべきだな?」

 戦うヒロインに変身した玉菜にそう話す久美の表情は無邪気に笑っているものの、どことなくほっとしている。

「でも、久美さん…どうしてオーディションをぶち壊そうとしたの?」

 戦うヒロインの問いかけに、久美はぐっと息を呑む。拳を握り、目じりにはうっすらと涙が浮かぶ…


「許せなかったんだ…自分自身が償うべき負債を、あんな小さい子に押し付けまくって、母親ぶってる泥棒猫がっ!!!!!」


 そう叫んだ久美は、時々声を荒げながら事の経緯を洗いざらい話す。それは、歳の離れた姉一家の壮絶な話…


 久美の姉は女優の若松桜子わかまつさくらこという女優だった。撮影中の事故による怪我で芸能活動を休止中に、1人の男性と結婚し、娘を出産した。やがて芸能活動を再開し、娘も子役としてデビューし、親子共演を期待された矢先…


 若松桜子は、卵巣がんでその生涯を閉じたのだった。


 桜子の夫は桜子の死後、1人の女性と再婚し、娘も一緒に父親と暮らしたものの、彼は通勤中の電車内で痴漢の罪を疑われ、身の潔白を訴えるものの、警察から聞き入れられることはなく、彼は後妻と娘を残したまま、自らの命を絶ってしまったのである。


「だからこそ、あたしは死んだ姉さんと義兄さんのために、あの子を泥棒猫から遠ざけたかった…こんな事喋んの、柄じゃねぇけど…大切な人の大切な宝物なんだ。それを守りたいっていう願いだけは叶えさせてくれよ?」


 久美の気持ちを受け入れた玉菜は、何も言わず組に右手を差し出した。

「私にも姉がいるの…あなたのお姉さんみたいな人ではないけどね…あなたの優しさをおもむろにひけらかさないとこ、私は嫌いじゃないわよ?」

 久美は微笑みながら右手を差し出し、玉菜と握手を交わす。

「おもしれー奴…」

「あなたもね?さぁ、勇者様と他のみんなと合流するわよ!!!」

 そう言いながら、玉菜は久美の手を引いてゲームセンターを飛び出した。


 玉菜と久美はすぐに勇者親子と合流し、2人の男性俳優と合流した2人のマジパティとさらに合流する。スタッフ、観客、司会者…と、次々と合流する中…

「ちょっとー!!!さっさとこの状況なんとかしてよねー!!!このオーディション、聖子が勝つんだからっ!!!ぷんぷんっ!」

 海苔子は自身のスマートフォンでライブ配信を行っていたようで、その明らかに他人をイラつかせる態度に、海苔子は久美にひっぱたかれたのだった。

「助けてもらってる身分で、なにやってんだ!!!」


「「ぐっじょーぶ!!!」」

 久美の真横で、一悟と玉菜はこっそりとサムズアップした。


 カオスイーツに飲み込まれた人々は勇者とマジパティ達の所へ次々と集まり、人数を確認する。

けい、見つかってないのは?」

「蛸島さんと、薬師川の社長…あとは菜風ちゃんと蔦子つたこさん…それから…」

 人数を確認している最中、女勇者はある人物がいない事に気づく。


「親父、マリーとソルベがいないわ!!!」


 その言葉と同時に、カオスイーツに飲み込まれた人々の周囲を、まるで焦がしたクッキーのようなカオスジャンク達が取り囲み始めた。足場もぐにゃぐにゃと歪み始め、不安定の状態の中、男の勇者は1体のカオスジャンクを斬りつけ、その背後に自身の大剣を突きつける。

「親父、身体が…」

 男の勇者の身体を、紫色の空間が大剣ごと飲み込み始めた。

「マリー達は必ず俺が見つけ出す!!!だから、勇者シュトーレン…あとは他のマジパティと共にカオスジャンクを…頼むっ!!!!!」

 大勇者が長女にそう告げると、紫色の空間は大勇者を完全に飲み込んだのだった。




 大勇者が空間に飲み込まれる10分ほど前に遡る。ソルベに変身したユキの前に、焦がしたクッキーのようなカオスジャンク達が現れたのだ。カオスジャンク達と対峙するソルベの背後には、まるで映画が上映されたかのように、一つの家族の物語が流れ出す。


 その物語は、1人の女優が入院先の病院で1人の男性と出会い、結婚し、娘が生まれるという内容なのだが、娘が芸能界に入った直後からその幸福感はジェットコースターの如く急降下してしまったのである。


「ぐすっ…ママ…どうして死んじゃったの…」

 ぐずる菜風をマリアは優しく抱きしめる。そんな彼女の目じりにはうっすらと涙が浮かぶ…恐らく、母親が戦争で亡くなった時の事を思い出したのだろう…妻の亡骸を抱き上げたまま嗚咽する父親、泣き叫びながら父親の腹部を叩き続ける姉、マリアをぎゅっと抱きしめながら号泣する兄…そして、呆然と立ち尽くしたまま涙を流す義兄…果たしてあの時の戦争は、何を生み出したのだろう…あの時幼かったマリアにとっては、悲しみしか生み出されなかった。


『守らなきゃ…なのちゃんの事も…マリーの事も…』


 ユキは雪斗の持ち前の正確さを駆使してカオスジャンクにソルベシュートを放ち、時折長弓をブーメランのように投げつけた。ガトーも何とかユキをサポートするが、1人のマジパティと1人の精霊では分が悪く、あっという間に劣勢となってしまった。


「うぐっ…」

「ぐはっ…」

 菜風とマリアの足元に、1人のマジパティと精霊が傷つき倒れる。子役の少女はまだ怯えている。

「子役なんてやめたい…なのに、あの女…パパの信用回復のためって言いながら…」

「お仕事…いっぱい入れられたの?」

 菜風は頷いた。


「学校は夏休み前から行ってない…ううん…パパの葬儀が終わってからは、3日くらいしか通えてない…それにね…あの女、なのには何も買ってくれない。お家で増えていくのはなののお仕事とあの女のブランド品…こんな生活、やめたい…やめたいよ!!!!!」


 子役の心の叫びを聞いたマリアは、何かを思いついたかのように閃いた。

「お仕事辞めたいなら…私もそれに協力していい?やりたい事とか、欲しいものってある?」

「え…えっと…遅れてたお勉強やりたい!!!あと、なの…芸能人じゃないお友達とお休みがほしいっ!!!」

 菜風の言葉に、マリアはにっと笑って…

「それなら、これから全部手に入れられるようにしてあげるわ!!!約束するっ!!!!!」

 マリアは叫びと共に、傷ついたマジパティと精霊の前に立ち上がる。


「来なさいっ!!!私だって勇者の末裔・マリア・タタン・シュヴァリエよ!大勇者ガレットの娘にして、勇者シュトーレンの妹であるこの私が、禍々まがまがしい混沌こんとん粗悪そあく品達に決して屈したりはしないわ!!!!!」


 足こそすくむが、勇者の末裔であるという誇りがマリアを奮い立たせる。カオスジャンク達は狙いをソルベからマリアに変え、マリアに飛び掛かろうとするが…


「バチッ…」


 マリアの全身から白い光が放たれ、飛び掛かったカオスジャンク達が光の粒子となって消え去った。

「何…これ…」

 マリアの目の前には、白い光を放ちながら地面に突き刺さる1本の大剣…鍔の中心には父親と姉と同様のインカローズが煌めき、2人の大剣と似たような装飾に、シュッと細身の剣身…


「迷ってるヒマなんてないわよね…なのちゃんとの約束を果たすためにも…ソルベとガトーを守るためにも…マリア、行きますっ!!!!!」


 マリアは目の前の大剣の握りをぎゅっと握ると、そのまま大剣を持ち上げた。勇者の末裔の少女の目の前に現れた大剣は、スルッと地面から離れると共に、勇者の末裔の姿をみるみるうちに変えていく…




「ま、マリー…?」


 白い光がおさまると、ユキの目の前にいたのは、赤い髪にオフショルダーのサマーニットとショートパンツ姿の少女ではなく、赤い髪をツインテールに結わえ、赤を基調とした甲冑に赤地に裏がクリーム色のマントを纏った少女だった。そんな少女の手元には1本の大剣…

「マリー…それは、私の愛称…だけど、今の私は勇者…勇者タルトタタンよ!!!!!」

 勇者タルトタタンとして覚醒したマリアは思いっきり地面を踏み込み、次々とカオスジャンクを斬りつけ、光の粒子へと変えていく。新たに覚醒した勇者の姿に、ソルベは再び立ち上がり、ソルベアローを構えた。

「ソルベシュート!!!!!」

 その姿を見つめる子役タレントは、何を思ったのかすっと立ち上がり、大きく深呼吸をし始め…


「こうなったら…思いっきり叫んでやる!!!私の継母の会津蔦子あいづつたこは、薬師川エンターテイメントの社長と、能登のとプロダクションの蛸島の2人と不倫してまーーーーーーーーーーーす!!!」


 1人の少女の発言に呼応したのか、紫色の空間に引きずり込まれた大勇者がユキ達の前に現れた。

「ここ…は?って、マリー…お前…」

「パパちゃま!!!マリー…頑張ったよ…なのちゃんやユキを守る…ため…に…」

 そう言いながら父親にもたれる新米勇者はツインテールの甲冑姿の勇者タルトタタンから、ワンサイドアップにオフショルダーのサマーニットとショートパンツ姿の首藤まりあへと戻ってしまい、持っていた大剣は彼女の手から滑り落ちた。

「よく頑張ったな…マリア…」

 マリアが勇者タルトタタンの姿から戻っても、子役タレントは大声で叫ぶことを止めない。


 父親が帰らぬ人になってから、家では卵かけご飯しか食べていない事や、外食にも連れて行ってもらえず、仕事ではドラマなどで出される「消えもの」と呼ばれる食事で飢えをしのいでいた事、学校の給食費を滞納している事など、ガトーとユキがドン引きするほど洗いざらい吐き出し続けた。


「それから、蒲田海苔子っ!!!ここから抜け出たら、なの…W大近くのポンキホーテで化粧品とお菓子万引きしたことをほのめかしたの、ぜーーーーーーーーったい警察にチクってやるから!!!!!」


 菜風の叫びにカオスイーツが反応し続けているのか、子役タレントの叫びは他の空間にいる者達に筒抜けで、海苔子は大慌てでスマートフォンの撮影を強制終了した。

「実はさぁ…この間、我夢がむがバイトしている時間帯に万引きがあったんだよ。」

「へぇー…我夢君も大変だねぇ…」

「防犯カメラをチェックしたら、カメラの前でサングラスにマスクして、ぶりっ子ポーズしている子が映ってて…」

 2人の俳優の会話に、海苔子の背中がぎくりと動いた。


「オムライスたべたーーーーーーーーい!!!ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニクのラーメンたべたーーーーーーーーーーい!!!」


 最後に食べたい料理を叫んだ刹那、カオスジャンク達と戦う女勇者と3人のマジパティ達の目の前で空間に亀裂が入り、その亀裂が音を立てて割れた。


「親父!!!マリー!!!」

 割れた空間の先から、次女を抱えた大勇者、ユキ、菜風、ガトーが出てきた。

「初めての覚醒で力を使い果たしたんだ!マリーの分まで、決め技でカオスイーツの身体に思いっきりデカい風穴開けて来い♪」

 シュトーレンが父親の言葉に頷くと、女の勇者はケーキスタンドの上段にレインボーポットをセットした。


「みんなの心を一つに会わせて!!!」


 女勇者の叫び声と共に、マジパティ達は勇者の元へあつまり、白い光の中で仲間たちと手を取った刹那、3段式のケーキスタンドから新たなるスイーツのエネルギーが送り込まれる。


「強き勇者の力!!!」


 白い光がおさまると、ミルフィーユのコスチュームは、ピンクからパステルピンクを基調としたコスチュームに変化した。


「育まれゆく勇者の愛!!!」


 ミルフィーユに続いて、プディングのコスチュームは、クリーム色を基調としたコスチュームに変化し、軽くお辞儀をした。


「深き勇者の知性!!!」


 今度はソルベがコスチュームをパステルブルーを基調としたコスチュームにチェンジし、ポーズを決める。


「眩き勇者の光!!!」


 クリームパフはコスチュームを淡いラベンダー色を基調としたコスチュームに変化させ、飛び跳ねる。


「そして、大いなるみんなの勇気!!!!!」


 最後に女勇者が叫び、勇者の甲冑は白金の甲冑へと変わった。


「生まれゆく奇跡、紡がれる絆と共に!!!!!」


 精霊達の言葉と共に、レインボーポットを乗せたケーキスタンドが巨大化し、下段にマジパティが4人全員乗り、中段に精霊が4人全員乗る。最後にケーキスタンドの上段に勇者達がそれぞれ着地すると、勇者は大剣を構え、大剣の太刀筋で描いた光の魔法陣でヘクセンハウスカオスイーツの動きを封じると、マジパティ達は全員右手を空高くつき上げる。


「「「「「マジパティ・ブレイブ・ファウンテン!!!!!」」」」」


 ケーキスタンドの頂点のハートの飾りから虹色の球体が生み出されると、やがて光の球体は巨大な虹色の大剣へと変わり、お菓子の家のカオスイーツの天井を、まるで水分を含んだビスケットのように、いとも簡単に貫いた。


「「「「「Adieuアデュー.」」」」」


 マジパティと勇者の言葉と共に、カオスイーツは光の粒子となり、芝生広場はカオスイーツに占拠される前の状態を取り戻し、マジパティと勇者達及び、オーディションの関係者達は無事にカオスイーツから脱出することができた。そんなマジパティ達の所へ、あかねが湾岸警察署の署員と共に勇者親子の所へ歩み寄る。

「この度は、警視庁の捜査にご協力いただき、感謝いたします!!!」

「えっ…?」

「あぁ…お伝えしてませんでしたわね?私の母方の祖父の神戸龍臣こうべたつおみは、警視総監でございますの。おじい様の連絡を受け、湾岸警察署の皆さんを連れて来た次第です。」

 あかねはにっこりと微笑み…

「なのかぜちゃんさんの密告、そしてあなたのライブ配信で事件はスピード解決ですわよ?地下アイドルの蒲田海苔子さん?」

 海苔子の右肩にあかねの右手がぽんと置かれた刹那、あかねの隣に1人の警察官がひょっこりと出てきた。


「蒲田海苔子、ポンキホーテ目白台店での窃盗の罪で逮捕する!!!」


 海苔子は瞳を潤ませながらどうにかしようとするが、この状態で猫を被る行為は無駄なあがきである。やがて、ステージの裏から会津蔦子、薬師川エンターテイメントの社長、蛸島の3人が見つかり、3人はかねてから警視庁が捜査していた詐欺事件の件で、聖子共々湾岸警察署へ連行されたのだった。




 ………




 制作会社の社長が逮捕された事で、特番ドラマは白紙となり、これ幸いと思ったみるくの父親をはじめとした出演者全員が、特番ドラマを降板した。菜風に関しては、継母の逮捕を期に芸能界引退を宣言し、事件の翌日にニュース番組を生放送に出て以来、収録番組以外で顔を出すことはなくなった。久美に関しては、玉菜と完全に意気投合したようで、時折連絡を取り合っているようだ。


「はぁ…」

 ベランダで明日から10月を迎える秋空を見上げながら、マリアはため息をつく。あの事件以降、自身の誕生パーティーがあった時以外は思いふけっている事が多く、その姿は家族及び僧侶達をも心配させた。

「マリー、あれからずっとあの調子だな?それほど人間界で勇者としてやっていくのか不安なのか…」

「いや、あれは確実に恋の病だよ…父さんって、母さん以外相手だとニブいよね?」

 息子の言葉に、大勇者はむっとした。その横を次女が通り過ぎ…


「勇者の事でも、恋の事でもないから…」


 あまりにもそっけないマリアの言葉に、父親と兄は目を皿のように丸くした。

「マリー、能登プロダクションから手紙が来てるわよ!今度は可愛い封筒だけどね?」

 マリアは姉から黄色い花柄をあしらった封筒を受け取ると、急いで封を開ける。中には黄色い便箋と満面の笑みで二郎系ラーメンを食べる菜風の写真が入っていた。


「なのの友達第1号で、勇者のまりあへ


 お元気ですか?

 あの事件のあと、能登プロダクションの社長の計らいで

 契約期間が終わるまでの間、なのは社長の家で暮らすことになりました。

 春からは、ママの実家にお引越しもします。

 ママの先輩の神戸摩耶こうべまやさんの娘さんも、なのに色んなものをプレゼントしてくれました。

 まるで、パパとママが生きていた頃に戻ったような気分です!

 それと、まりあのお家がカフェだって、社長から聞きました。

 学校がお休みの時、まりあのお家でお食事してもいいですか?


 まりあの友達のなのより♪」


 その手紙を読んだマリアは、無邪気に微笑み、手紙をテーブルの上に置くと、落ち込んでいる父親の背中をぽんと叩いた。

「パパちゃま、何を辛気臭い顔してるの?もうすぐお店開けるよ?」

 そう声をかける次女のいつもの表情に、大勇者は安堵の表情を浮かべる。

「やっと、いつものマリーに戻ったか…」


 一悟達や姉と共にカフェの開店準備を進める次女の姿に、大勇者は勇者のタマゴがちょっとだけ人間界の生活になじんできたことを確信した。

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