第41話「嵐を呼ぶ結婚式!絆が生み出すブレイブフォーム!!!」

「本日昼12時30分ごろ、埼玉さいたま瀬戌せいぬ市が突然暗闇に覆われたと同時に、他の市町村への交通が寸断され…」


 瀬戌市全体が沈黙の街と化して1時間が経とうとしている。おおみや市にある東岩槻ひがしいわつき駅の近くのコンビニに、赤いデミオが停まり、11歳ぐらいの幼女が助手席から降りる。

「やっぱり、ここもこの状態か…」

 明日の幼馴染の結婚のため、ガレット、アラン、マリアと共に新居須にいす市にあるアリアモールでサプライズ用のプレゼントを買いに来ていた僧侶だったが、突然の混沌こんとんのニオイに勘付いた彼女が昼食後、立体駐車場の屋上にやって来ると、そこには瀬戌市と新居須市の境目からくっきりと暗い闇に包まれた瀬戌市の姿があったのだった。買い物と食事を済ませていた事もあり、大勇者とその家族共に赤いデミオで瀬戌市の周辺を回っていたのである。

「お姉ちゃんたち…大丈夫かな?」

「どうせ混沌の魔女の仕業でしょ?俺達…どうすりゃいいの?瀬戌市に入れないし…電話もメールもLIGNEリーニュも通じない…魔導書も剣も家に置いてきたから、俺は何もできないよ?」

 不穏ふおんな表情を浮かべる長男と次女だが、大勇者は険しい表情のまま瀬戌市を見つめる。


「信じろ…勇者シュトーレンとマジパティ達を…あいつらは、きっと…混沌の魔女に勝つ!!!」


 そんな大勇者の発言に、僧侶は黙って頷く。そんな4人の所へ、賢者が1人の男性を連れて合流する。

「こっちも、黙って見ているヒマなんてないわよ?なんと言っても、ミラクルマンテールが率先してマジパティに声援を送ってるんだもの!!!」

 そんな賢者の右手にはシャベッターの画面が表示されているスマートフォンがあり、賢者が連れてきた男性もまた同じ画面を表示させたスマートフォンを持っている。そんな男性はかけているサングラスを、大勇者達の前ではずすと…


「嘘ッ…椎名元哉しいなもとや!?」

「「椎名元哉」は芸名で、本名は「米沢桂よねざわけい」…いつも娘のみるくがお世話になってます。」

 本来ならばこのような土壇場どたんばで聞けるはずのない声に、思わず大勇者は振り向くと、そこには時折カフェに顔を出しに来るみるくの父親の姿…

「ロケ撮影中にケーキの怪物が現れた時から薄々気づいてはいましたが、娘はあの中で戦っているのでしょう?首藤しゅとうさん…」

 突然の確信を突く言葉に、大勇者は思わず言葉を詰まらせる。

「本来ならば止めるべきかもしれません…ですが、犯罪以外であの子の選んだ道を止める権利など、私にはありません。あるとすれば…あの子にありったけの声援を送る事…」


 仙台せんだいでの撮影が終わり、自宅に戻るべく乗っていたはやぶさ16号の車内で知った瀬戌市の異変…マネージャーが手配したグランクラスの座席の窓から、瀬戌市が暗闇に包まれているのが確認できた。そんな彼がとった行動は…



「みなさん、こんにちわ。ミラクルマンテールです。

 突然ですが、皆さんにお願いがあります。

 現在、埼玉県瀬戌市が侵略者に襲われ、マジパティと勇者がそこで侵略者と戦っています。

 私ですら入る事の出来ない場所で戦う彼女達に、どうか私と一緒に声援を送ってください。」



 ミラクルマンテールこと、みるくの父が「#マジパティと勇者に声援を」というハッシュタグをつけたシャベッターでのツイートは、特撮ファンを筆頭に拡散されていき、ツイート開始から30分ほどでリツイート数は4桁に到達している。

「演じてきたヒーローと、実際のヒーロー…それは虚像きょぞうと本物の違いにしかすぎない。でも、見ている人達にとっては、どちらも「憧れ」の存在であることに変わりはないんです!それを憧れている人達も、黙ってその活躍を見ているワケではないんです!!!声援を送る事で、一緒に戦っているんです!」

 その言葉に、大勇者はハッとする。長年勇者として生きてきて、そのような事を言われたのは初めてだった。思えば、自分自身もその声援を力にしてきたこともしょっちゅうだ…それらを悟った大勇者は、18歳の時の事を思い出す…


 記憶に鮮明によみがえるビジョン…思えば、彼女の未来が見えたのは…


「勇者シュトーレンと勇者クラフティは必ず混沌の魔女に勝利する!!!!!だから、現代の俺達も戦うんだ!この場所で!!!!!」


 そんな大勇者の叫びに、僧侶はフッと笑う。

「それなら、私はセーラの結婚式が終わり次第、キョーコせかんどと共に休暇をもらうぞ?ヴィルマンド王国でバカンスだ!!!」

 カバンに入れていたVRゴーグルを装着し、スマートフォンのアプリを起動する。アプリは5秒ほどのラグが生じたものの、不具合などもなく、正常に動き出す。

「ヴィルマンド王国のマイスタージェムは月から取れた特殊鉱物…そして、ヴィルマンド王国の現地時間は月が出ている夜中…現地で月が出ている限り、混沌の障壁など屁でもないわ!!!混沌の魔女…月の力とロボット工学超先進国の科学力を甘く見ていたな?」



「ピ…ピ…ピ…」


 瀬戌駅近くにある高層マンション内の僧侶の部屋…その一角で、電子音が鳴り響く。

「起きろ、キョーコせかんど!」

 主の声に、1体の人型のアンドロイドが両耳の水色の宝石を光らせながら起き上がる。


KYOKOキョーコ.MysterマイスターGynoidガイノイド.4-12エイプ・トゥエルフ…起動シマシタ…マスター、命令ヲ…」


「お前の得意な大掃除の時間だ!まずは瀬戌駅にいる混沌の生命体を綺麗に掃除して来い!!!バーサーカーモードフルパワーで頼むぞ?」

 主の命令に、キョーコせかんどの目は赤く光り、瞬く間に黒いノースリーブのぴっちりスーツ姿から緑色の膝上丈のメイド服姿に着替え、特殊鉱物で構成された1本のモップを手に取る。

「瀬戌駅…混沌ノ生命体…大掃除…御意ギョイ、マスター…」

 1体のアンドロイドはそう言いながらベランダの戸を開け、そのままベランダから飛び降りた。


「混沌ノ生命体…排除シマス…」


 途中で回転を加え、上手く地上に降りたアンドロイドは、眉一つ動かさずに特殊鉱物製のモップを振り回し、カオスイーツを圧倒させ始めた。




 現代に住まう魔界のマジパティ達はと言うと、瀬戌市の中にいた。全員無事ではあるが、大勇者ガレットとの通信ができない状況下で、マジパティに変身ができない状態に陥っている。

「どうすりゃいいんだよ…俺達、変身できねぇんだぞ?」

「変身ができなくとも、魔界の姿で現場へ向かうしかないだろう…ボネは瀬戌駅、私はサン・ジェルマン学園高等部の特別棟、トロールは道の駅おにくるみ…」

「ネロの言う通りだ。魔界の姿で動けるだけ、マシだっぺ。それにこのままだと、玉菜達も危うくなっかんな!(ネロの言う通りだわ。魔界の姿で動けるだけ、マシよ。それにこのままだと、玉菜たまな達も危うくなってしまうのよ!)

 ネロの言葉に、トロールが賛同する。

「トロール、場所はわかるか?」

「玉菜と有馬ありまの姿を確認できれば、どーってことねっかんな?(玉菜と有馬の姿を確認できれば、どうってことないわよ?)」

 方向音痴のトロールではあるが、他のマジパティ達の事はちゃんと識別できるようだ。そして、3人の魔界の住人は木苺ヶ丘中央公園から3方向に別れ、それぞれの場所へと向かった。



「ダメだわ…息を吹き返さない…」

 斜瑠々しゃるる川の河川敷では、明日香あすかが魔界のミルフィーユに人工呼吸と心臓マッサージを繰り返すが、魔界のミルフィーユは全く息を吹き返さない。このままでは彼女自体が助かる確率が低くなる一方だ。

「このまま過去のグラッセが息を吹き返さねぇと…俺達がマジパティにならない事に繋がっちまう!!!こうなったら…」

 一悟いちごはすっと立ち上がり、近くに介護施設があることに気づく。

「一悟…まさか、AEDを持ってくる気じゃ…」

 明日香の言葉に、一悟は首を縦に振る。


 カフェで会った18歳の勇者ガレットと、一悟達を連れてきたブランシュ卿との話から、恐れていた事…それは「魔界のマジパティ達と、18歳の勇者が2023年の瀬戌市で命を落としてはならない」という事。すなわち、彼らが1人でも命を落としてしまった場合、彼らは「混沌の魔女に勝利」から「混沌の魔女に敗北」という過去に変わってしまうのである。その過去が、未来を最悪のシナリオへと変えてしまう事に繋がってしまうのだ。


「ダメモトでやってみるしかねぇ…過去を悲しい方向に変えちまうくらいなら…」


「あらあら、奇遇やねぇ…ウチ、トーマスはんのバイト先から自動体外式除細動器を持ってきとったんよ?」


 突然ブランシュ卿夫人の声がしたと同時に、オレンジのカバン状の医療器具を持ったブランシュ卿夫人が一悟達の前に現れた。

「安心してなー?ウチも自動体外式除細動器の講習は受けとるからな?」

「でも、魔界の子にAEDなんて使えるのかしら…」

「緊急時に人間界が、魔界がどうのこうの言うとる場合なん?」

 心配する明日香をよそに、ブランシュ卿夫人は手際よく電源を入れ、魔界のミルフィーユの胸に電極パッドを取り付ける。

「電気が流れるさかい…精霊はん達も離れたってな?」

 大賢者がAED本体の放電ボタンを押した刹那、魔界のミルフィーユの身体に電気が流れ、魔界のミルフィーユの両目が開く。

「ヨハンなら蘇生魔法使えるんやけど、ウチはそないな高度な回復魔法、使えへん。せやから、人間界の医療器具に頼る時もあるんよ?」

 手際よくAEDを片付けたブランシュ卿夫人は、魔界のミルフィーユに回復魔法を施す。魔界のミルフィーユは、瞬く間にコスチューム共々カオスイーツに襲われる前の状態に戻った。


「あの…あなた方は…」

「俺は千葉一悟ちばいちご、お前と同じマジパティ・ミルフィーユだ。こいつはココア!」

「私は岡寺明日香おかでらあすか、私もミルフィーユなのよ。そして、この子は…」

「呑気に自己紹介しとる場合やないでー?瀬戌市を沈黙の街に変えた元凶である混沌の魔女を見つけんと…」

 大賢者の言葉に、一悟達はハッとする。そして3人揃って立ち上がり、瀬戌駅の方角に黒い魔法陣が放たれているのを発見する。

「「感謝します…大賢者様…」」

「助けて下さってありがとうございます!」

 3人は大賢者に向かってそう言うと、黒い魔法陣がある方角へと急ぐ。



 魔界のソルベがいるサン・ジェルマン学園高等部内では、ユキと友菓ともかが到着し、無数のアイスのカオスイーツと対峙している。

「友菓、このカオスイーツめちゃくちゃ固い!!!」

 そう叫んだと同時に、ユキはカオスソルベとして戦っていた時の事を思い出した。



「ミルフィーユの拳と蹴りが効かず、先ほどのサントノーレの炎を纏った蹴りが効いたのは…恐らく、カオスイーツの身体の中に含まれている空気が少ないから。空気の少ないアイスは濃厚な味わいですが、そのままいただこうとすると固いんです。そして含まれている空気が少ない分、断熱効果は一目瞭然っ!先ほどのサントノーレの蹴りで証明されました!!!」



 それは、雪斗ゆきとの弟・冷斗れいとがアイスカオスイーツにされた時に、プディングに変身したみるくが話していた事だった。こんな緊急事態に思い出すなんて、ユキ自身も予想外だった。

「流石はみるく…スイーツに関しては知識の箱だよ!!!友菓っ!カオスイーツに熱い奴、ぶつけるよ!!!!!」

「熱い奴…ってことは…あたしは水系…ユキたんは風と氷雪系…うん、ダメじゃん!」

 ハーフアップのソルベがそう言った刹那、2人のソルベを無数のアイスのカオスイーツが取り囲むと、小人サイズのカオスイーツ達は一斉に2人のソルベに飛び掛かった。


「うわっは!!!そこっ…シャレにならないからっ…」

「ぴえっ…そこっ…やめっ…」

 小人サイズながらも、マジパティのコスチュームの中に複数のカオスイーツが入り込むと、魔界のソルベだけならず、魔界のソルベを助けに来た他のソルベの体温も徐々に下がっていく。小人サイズのカオスイーツにはそれぞれ性格があるのか、執拗しつようにマジパティの局部を攻め立て、魔界のソルベを助けに来た2人のソルベは共に腰が抜けてしまい、その場に倒れこんでしまった。


 2人のソルベまでもがピンチに陥ると同時に、魔界の姿のネロが高等部の屋上から校舎内に入り込み、3人のソルベがいる特別棟2階の空調管理室にたどり着いた。

「ソルベに熱のある攻撃ができないのは明白だ…だが、勇者の知性を引き継いでいるからこそ、知恵を絞る事ができる!!!混沌の魔女よ…私の機械音痴は、貴様の計算外だったようだな?」

 ネロは空調管理室の扉をこじ開けると、特別棟2階の廊下の空調を調節するパネルに目を向ける。


「機械音痴の私が触れて無事だったのは、「クイズマジカルアカデミア」の筐体…それも、OSとやらが古いという代物…さぁ、果たしてこの学校の空調パネルも、ゲームの筐体と同じく無事でいられるかな?」


 そう口走った刹那、ネロの拳が空調パネルに炸裂する。


「ガシャン…」


 空調パネルが割れたと同時に、特別棟2階の廊下の天井から熱風が吹き始め、カオスイーツが徐々に溶け出し始めた。

「これ…暖房?」

 溶け出すカオスイーツに、ソルベ達は段々と体勢を取り戻す。ユキは魔界のソルベの持っていたソルベアローを見つけると、拾い上げ、それを魔界のソルベに手渡す。

「大丈夫?戦える?」

 突然現れた他のソルベに、魔界のソルベは首を縦に振り、自身のソルベアローを受け取った。そんな魔界のソルベの隣には、ビー玉の入った瓶にしがみつく女の精霊が1人…

「感謝します…」


 ソルベ達を尻目に、アイスカオスイーツの中心核が逃げ出そうとするが、サイドテールのソルベのアホ毛が引っ込んだ刹那、アホ毛をひっこめたソルベはアイスカオスイーツの核にソルベアローを向ける。


「ソルベシュート!!!!!」




「バキッ…」


「排除…混沌ノ生命体…排除…」

 カオスイーツが次々とキョーコせかんどが持つ特殊鉱物製のモップによって薙ぎ払われ、その背後で2人のプディングが倒れたカオスイーツを手分けして浄化していく。

「まったく…あんなキョーコせかんどは初めてだ!」

「マンホールを使って殴った相手もいる時点で、大掃除ってレベルじゃないです…」

 キョーコせかんどに対する不満を口にする2人に、とうとう魔界の姿のボネが合流した。

「おーい、みるみる!ここっち!」

「ボネ、一体どうしたんですか?」

「お前らに頼みがあるんだ。俺はこの通り、マジパティに変身して戦えねぇ…だから、今の俺の分までハニー…いや、俺のパートナー精霊を助けて欲しいんだ!!!あいつ、素直じゃねぇから…」

 その言葉に、2人のプディングはやれやれと言わんばかりの表情を浮かべつつ、みるくの右手が素早い動きで、ボネの両頬から音を立て始めた。


「パパパパパパパーーーーーーーーーンっ!!!」


 みるくの気が晴れたのか、みるくは往復ビンタの手を止めた。

「早い話、弱気になってる当時の自分に喝を入れろって事ですよね?」

「お前のパートナー精霊の子孫から聞いてるぞ…あの時のお前のダメなマジパティっぷりは…」

 ここなの言葉が、ボネの心臓に突き刺さった。何も言い返せないのが、いかにもボネらしい。


「みるみるの奴…マジでいっちーの彼女になってから、色んな意味で強キャラ化しやがって…」



 瀬戌駅の自由通路の真ん中で2本のハチミツ色のこん棒を構える少女は、立つのがやっとの状態だ。着ているワンピースはカオスイーツの攻撃でボロボロになり、穿いているストッキングもところどころに穴が開いて、素肌が露わになっている。

「はぁっ…はぁっ…」

 先刻の攻撃で左足を痛めてしまい、思うように動けない。それでも、彼女はパートナーであるマジパティを守りたいという気持ちは絶対に曲げたくなかった…


「排除…排除シマス…」


 ハニーの背後から、機械音に交じった女性の声がする。

「えっ…?」

 人間の姿をした精霊が振り向くと、カオスイーツ相手にモップを振り回すメイド服の女性が、カオスイーツと戦っていた。思わず地べたに伏せると、ハニーの目の前にいたアップルパイのカオスイーツの大群は、メイド服の女性が振り回すモップによって次々と倒されていった。


「プディングメテオ!クラスターボム!!!」


 今度は別の声がすると、オレンジの帽子に半ズボンの金髪少年が放った無数の黄色い光の球体がカオスイーツの前で爆発し、カオスイーツは光の粒子となって次々と消えていく…

「どういう事?意味わかんないんだけど!!!」

 目の前で起こっている光景に、ハニーは混乱してしまう。


「プディングソワン!!!」


 さらに別の声がハニーの耳に入ると、ハニーと魔界のプディングは黄色い光に包まれ、傷の回復と同時にハニーのワンピースが元通りに復元される。

「大丈夫?お母さんっ!!!」

 また別の声がする。ハニーが振り向くと、そこにいたのはふくよかな金髪少女と、ミルクティーのようなツインテールの少女が立っている。

「な、なに?私、あなたなんて知らないわよ?」

「ラテ…あのハニーさん、23年前の姿だからオーレさんと結婚する前…」

 つまり、ラテを知らないのも無理もない。みるくはショックで精霊に戻ってしまったラテを宥めつつ、ハニーを見つめる。

「な、何で私があのオーレなんかと…っていうより、これはどういう事なの?いきなり知らない場所に飛ばされて、カオスイーツにボロボロにされるし…」


「ハニーさんとボネは、混沌の魔女の力で1999年の魔界から2023年の人間界に飛ばされてしまったんです!!!」


 ふくよかな金髪少女のマジパティの説明を聞いたハニーは、驚きを隠せない。

「に、人間界!?じゃあ、あなた達は…」

「あなた達から見れば、未来の世界のマジパティです。あのメイド服の方は、アンドロイドですけどね?」

 そう言いながら、みるくはぐったりとする魔界のプディングの前に立ち、右手で握りこぶしを作る。


「ゴッ…」


 みるくの握りこぶしが魔界のプディングの頭上に落下し、魔界のプディングの頭頂部に大きなたんこぶが出来上がった。

「精霊が傷ついてまで戦っているのに、それをボーっとみているだけなんて…あなたは、一体何のためにマジパティになったんですかっ!!!」

 突然現れた少女の罵声に、魔界のプディングは思わず顔を上げる。


「グラッセさんを守りたかったんじゃなかったんですか?いつもドジばっかりで危なっかしい幼馴染を守りたかったんでしょう?」


 以前、ボネ自身から聞いた「マジパティになった理由」…それは、少しばかり自分の愛する人と通じるものがあった。震えながら問いかけるふくよかなマジパティの姿に、魔界のプディングの表情は段々と普段の調子を取り戻し始めた。

「そうだった!!!危うく忘れるところだったぜ!グラッセに大事な事言わないまま、こんな場所でへこたれてる場合じゃねぇっ!!!!!」

 そう言いながら魔界のプディングは立ち上がり、ハニーは精霊の姿に戻り、身体をオレンジ色の蜜壺の中に入れる。

「キョーコせかんどはバッテリー切れだ。僧侶様に転送してもらうことにして、混沌の魔女のいる場所へと急ごう!!!」

 バーサーカーモードは大量のバッテリーを消費するため、長くはもたない。カオスイーツ相手に大暴れしたアンドロイドは、駅構内の柱にもたれ、すべて機能を停止させている。3人のプディングはそんな彼女に敬意を示すと、混沌の魔女のいる場所へと急ぐ。



 一方、道の駅おにくるみでは、バウムクーヘンのカオスイーツが倒れている魔界のクリームパフに執拗に攻撃を続ける。羽根は傷つき、もはや銀髪の魔鳥族に飛ぶ力は残されていない。そこへ、やっと2人のクリームパフが合流する。

「せいやっ!!!」

 ロングヘアーのクリームパフは、足の付け根が丸見えになるのも構わず、魔界のクリームパフの目の前でバウムクーヘンのカオスイーツを思いっきり蹴り上げる。

「バレットサーブ!!!」

 ショートヘアーのクリームパフは、クリームグレネードをテニスラケットに変化させ、光の玉をバウムクーヘンのカオスイーツに向けて次々と当てていった。

「いいサーブだわ、有馬!全米やウィンブルドン目指せばよかったんじゃない?」

「おあいにく様、あぁいう大会、俺にはあわないんでね…玉菜の方も、いいキック力だぜ?」

「伊達にテコンドーをたしなんではいないわ!フォンダンはトロ子をお願いっ!!!」


「はいでしゅ!!!ショコラヒーリング!!!!!」

 パートナーであるマジパティの言葉に、白い平皿に乗っている精霊は、頭上に大きなチョコレート状の球体を作り出し、その球体に傷ついた魔界のクリームパフとそのパートナー精霊を包み込んだ。


「フォンダンの奴、回復使えるのかよ…」

「フォンダンの回復魔法は強力なの。でも強力な分、あの子の身体に大きな負担がかかるから、滅多に使わないんだけどね?」

 パリでのクイニー・アマンとの戦いを思い出す。クイニー・アマンはとても強く、玉菜はその時、危うく命を落とすところだった。そこでフォンダンが使ったのが、回復魔法だった。回復魔法で玉菜は助かったが、問題はその後だった。


 知らなかったとはいえ、玉菜がクイニー・アマン相手に決め技を使った事が仇となり、フォンダンは傷つき、倒れてしまったのだった。


「さぁ、カオスイーツの中心は…」


 飛び掛かるカオスイーツを有馬に預け、玉菜は神経を研ぎ澄ます。索敵能力はプディングの方が高性能だが、プディングは別の場所にいる。それでも、3人のクリームパフと2人の精霊で弱点をみつけなければならない。玉菜は両目を閉じ、カオスイーツの動きを耳と鼻で感じ取った…


「そこっ!!!」


 ロングヘアーのクリームパフが両目を開いた刹那、白銀の髪をなびかせ、クリームグレネードの銃口からドリル状の弾丸を撃ち放った。その銃口の先に他の物体に擬態していたカオスイーツの頭部にドリル状の弾丸が炸裂し、カオスイーツの頭部の宝石を削り、貫く。

「これでこっちは一件落着ってとこか…」

 玉菜がカオスイーツの中心にダメージを与えた事で、有馬と戦っていたバウムクーヘンのカオスイーツは全て光の粒子となって消え去った。ダメージを受けたカオスイーツの中心はカオスジャンクと化し、クリームパフ達から離れようとするが、背後から飛んできた何かによって、光の粒子と化してしまった。

「それにしても、よく気づいたよな…入口にある看板の「おにくるみ」の「く」の曲げる部分…」

「私、エッフェル塔からカオスイーツを狙い打ったことがあるのよ?あのくらいの距離、どうという事はないわ。それに、私に射撃をススメてくれたイタリア人のお陰でもあるのかしらね…」

「イタリア人」という単語を口にする玉菜の表情は、どことなく哀しげだ。


 短期留学中に初恋の相手から教わった射撃…ある一件で完全に遠き人になった今でも、その思い出と経験を忘れたことはない。


 フォンダンによる魔界のクリームパフと精霊の回復も無事に終わり、フォンダンは玉菜の手のひらでぐったりしている。

「お疲れ様…」

 そう言いながら、玉菜はフォンダンを撫でようとするが…


「疲れた時の大みか饅頭まんじゅう、うまがっぺ?」

 どこから現れたのか、魔界の姿のトロールが大みか饅頭をフォンダンに食べさせている。

「トロ子…どこから来た?どこから…」

「いやー、いつもの公園からここまでが遠ぐてなぁ…時間かかちまったぁ…(いやぁ、いつもの公園からここまでが遠くてね…時間かかっちゃって…)」

 そんなやり取りの中、白いシュガーポットの中に身体を入れた男の精霊が、自分たちが助かっている事に気づいた。

「あ、あなた方は…」

「気が付いたか?俺達はお前らを助けに来たんだ。さぁ、勇者様の所へ行こうぜ!!!」

「場所、わかるの?」

「わがっけど、ここからだと遠ぐてなぁ…」

 過去の自分に場所を聞かれたトロールを、玉菜と有馬がジト目で見つめる。


「そんな事もあろうかと、トロールの跡をつけておいて正解だったようだな?」


 クリームパフ達の背後に、ブランシュ卿が立つ。

「場所の目星はついている!歩いて移動しているヒマなどない…私にまかせろ!!!」

 ブランシュ卿の持っている杖が地面を突くと、ブランシュ卿、3人のクリームパフ、2人の精霊はトロールをその場に残し、混沌の魔女のいる場所へと瞬間移動を始めた。


「ガレちん…玉菜達がしっかりしてるんだがら、あだすらは絶対に負げねっぺ!!!(ガレちん…玉菜達がしっかりしているんだから、あたし達は絶対に負けないわ!!!)」


 混沌の魔女のいる場所へと急ぐマジパティ達を見ながらつぶやく魔鳥族の1人は、まるで勝利を確信したかのように微笑む。




 瀬戌市の中心街にある瀬戌市役所の屋上、ここに瀬戌市を沈黙の街にした魔法陣が宙に浮かんでいる。

「フッ…勇者達の敗北が目に見えるようだ…我ながら完璧な計画よ…この街のライフライン、通信、交通全てを遮断し、この街の住民を人質として動きを封じる…フハハハハハハハハッ!!!!!」

 不気味さを兼ね備えたヒタムの笑い声が響き渡る。それはまるで瀬戌市もろとも、勇者とマジパティを絶望へといざなうような重厚感を感じるようだ。


 しかし、ヒタムの気づかぬところで勇者とマジパティへの声援は続いていた。特に8年前にマジパティが活躍した神奈川かながわ茅ケ崎ちがさき市では、茅ケ崎市長と茅ケ崎市出身のバンド・サザンクロスが一丸となってマジパティに声援のツイートを送っている。

「一悟…あすちゃん…あたしにできることは、これしかないけど…」

 バスケ部の活動の休憩時間、普段なら他の部員の子と喋っている事が多いいすみだが、お昼休憩の時のニュースで瀬戌市の異変を知り、練習中に鳴り響いた防災無線で茅ケ崎市長の呼びかけを聞いたいすみは、休憩時間になったと同時にスマートフォンに手を取り、シャベッターを起動した。



「7月にあたしの学校に化け物が現れたんだけど、

 1人で戦うミルフィーユを見て、あたしも学校を守りたい一心で一緒に戦いたくなった。

 あの時の事、決して後悔してない…だから、また一緒に戦わせて!!!」



 茅ケ崎市特秀会とくしゅうかい病院の小児科にある病室では、ほなみが人工呼吸器をつけたまま眠る柊也しゅうやの手を握りながら、柊也に話しかける。


「柊ちゃん…今、一悟と明日香姉さんが勇者様達と戦ってるの。柊ちゃんなら、どうする?こういう時…」


 その時だった。突然、柊也の目が開き、ほなみに目線を向け、自ら人工呼吸器を外した。

「姉さんのために戦うさ!ずっと寝ている場合じゃないっ!!!」

 その言葉を聞いたほなみは、感動の涙で両頬を濡らし、一悟の祖父は、ベッドにあるナースコールを鳴らす。

「505号室の千葉柊也ちばしゅうや、意識が戻りましたっ!!!」



 みるくの父のシャベッターの通知音が鳴り響く…ハッシュタグや「マジパティ」も、「勇者」もシャベッターのトレンドの上位に食い込む。

「すごい力だわ…殆どが瀬戌市のライフライン、交通の復旧を願う声ばかりだけどね…」

 賢者の言葉に、黒い障壁の前でアルトフルートを吹き続ける大勇者は「フッ」と笑う。キョーコせかんども無事に転送されており、賢者の愛車に安置されている。

「それでもかまわねぇ!!!誰かのために支える事…それが勇者の使命だ!!!!!」

「そうですわね…それは、魔法使いも同じです。祖先が守ってきた瀬戌の街…混沌の魔女に好き勝手されては、祖先へ顔向けなどできません。」

 あかねは大勇者の言葉に賛同しながら、スマートフォンのデバイスを操作する。

「賢者様、そろそろお力をお貸し願います。」

「あたぼーよ!!!人間界の魔法使いと協力し合うのは初めてだけど、こんな土壇場で駄々こねる暇なんてないもんねっ!!!!!」


 人間界の魔法使いの合図で賢者がシャベッターの声援を具現化し始めたと同時に、ヒタムが放った黒い障壁は、まるでアリがダムに穴をあけてしまったかのような穴が開き始めた。




「この上か…ヒタムは…」

 中心街に群がるカオスジャンク達を斬りつけながら進んできた3人の勇者は、ついに瀬戌市役所へとたどり着いた。市役所を見上げると、屋上から黒い魔法陣が現れているのが、肉眼で確認できる。意を決した赤い髪の男の勇者は、市役所の排水パイプにしがみつき、登り始めようとするが…

「ちょっと!!!こういう時くらい、エレベーターか階段使わせなさいよ!」

 女の勇者に止められ、仕方なく市役所の自動ドアをこじ開け、3人揃ってエレベーターに入り込み、赤い髪の男の勇者の額から発せられる魔眼によって、エレベーターが動き出す。


「なぁ、お前らは…待ってる奴、いるのか?」

 上昇するエレベーターの中、18歳のガレットは2人の勇者に問いかけた。

「俺は勿論、いるよ…俺からのプロポーズを待っている子が…」

「アタシも、待っている人がいるわ…明日、アタシはその人と結婚するの。だから、今は混沌の魔女に勝ちたい!!!」

 それを聞いた18歳のガレットは「ニッ」と笑い出し…


「俺にも、結婚相手が待ってるんだ!俺も、早くセレーネと結婚式がやりてぇ…だから、混沌の魔女に屈するワケにはいかねぇんだ!!!」


 その言葉を聞いた2人の勇者の前に突然、レインボーポットが1つずつ現れ、さらに白い葉っぱが1枚ずつ、レインボーポットと同じカラーリングの3段式のケーキスタンドが現れた。


「「こ、これは…」」

 その様子に18歳のガレットは勝利を確信し、レインボーポットに白い葉っぱを入れるように告げる。

「早くその絆のリーフをレインボーポットに入れるんだ!!!!!」


「ポーーーーーーーーーーーーーーン」


 エレベーターが最上階に到着し、3人の勇者はレインボーポットとケーキスタンドを携え、屋上に繋がる階段を駆け上がる。


「バンッ!!!!!」


 扉を開けると、そこには黒いローブを被った女豹が巨大化した状態で立ちはだかる。

「待ってたぞ…カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエ…今日こそが、貴様の最期の刻だ!!!」

「混沌の魔女…貴様だけは、絶対に封印してみせるぜ!!!!!」

 混沌の魔女の前で大剣を構える赤い髪の男の勇者…その姿はまだあどけなさが残るが、その凛とした姿には勇者という貫禄がにじみ出る。


「勇者ガレット、勇者シュトーレン…行くぞ!!!!!」


 黒髪の男の勇者が2人の勇者に声をかけるが、混沌の魔女は牙が見えるほど口角を上げてニヤリと嗤う。

「こっちには、人質がいるというのにか?」

「人…質?」

 混沌の魔女が指をパチンと鳴らすと、6本の十字架と黒い鳥籠が現れ、十字架には3人のプディング、3人のソルベが1人ずつ磔にされ、黒い鳥籠にはラテ、ガトー、ハニー、ラムネの4人の精霊が閉じ込められている。磔にされているマジパティ達は時間が経過しているのか、全員ぐったりと気絶している。


「みるく!雪斗!」

 女の勇者は十字架に駆け寄ろうとするが…

「むやみに近づいたら、人質を全員地上に突き落とすよ!!!!!」

 混沌の魔女の残忍な言葉に、黒髪の男の勇者が苦虫を噛み潰したような表情をする。


「人質を救いたければ、武器を捨てな!」


 その言葉は、どうにも胡散臭い。仮に武器を手放したとしても、混沌の魔女は人質となったプディング達を地上に突き落とすのは明白だ。その時、赤い髪の男の勇者はこちらへ向かうマジパティ達の気配を感じ取り、白と金を基調としたアルトフルートを吹き始めた。


「♪~」


 アルトフルートの音色は混沌の魔女の頭に孫悟空の輪をはめたかのように、混沌の魔女を悶絶とさせ始める。

「こ、このクセになりそうな音色は…くそっ…武器は捨てろと言ったはず…」


『兄さんにとって、ブレイブルートは「武器」じゃなくて、「楽器」なんだよな?つまり、そゆとこ♪』


 アルトフルートの音色に苦しむ混沌の魔女は咄嗟に黒い鳥籠を屋上から放り投げようとするが…


「私の愛する女性に…」

「俺の恋人に…」

「大切な妹に…」

「だいしゅきなお兄ちゃんに…」

「大事なお嬢様に…」


「「「「「なんてことしやがるんだーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」


 突然現れた5人の精霊達の一斉タックルが、混沌の魔女の延髄に「ボキッ」という骨砕ける音と共に炸裂した。黒い鳥籠はアルトフルートの音色で砕け散り、閉じ込められていた4人の精霊達は無事、助け出された。勿論、精霊達だけではなく…


「「「ミルフィーユスライサー!!!!!」」」

 アルトフルートの音色に乗せて、3人のミルフィーユ達がミルフィーユグレイブを構え、3人のプディングを磔にしている3本の十字架を破壊し、一悟はみるく、明日香はここな、魔界のミルフィーユは魔界のプディングをそれぞれ救出した。


「おらぁっ、たまにゃん百裂キーーーーーーーーーーーーーーーーーック!!!!!」

 瀬戌市役所に近づく白い光の球体から、突然ロングヘアーのクリームパフが飛び出し、まるで格闘ゲームで攻撃ボタンを連打されたゲームキャラの如く、雪斗を磔にしている十字架に連続キックをかまし、雪斗を救出した。


「クリーム爆裂スマッシュ!!!!!」

 雪斗が救出されると、今度は白い光の球体から白銀の光の玉が放たれ、今度は友菓を磔にしている十字架が破壊された。十字架が破壊された事を確認したショートヘアーのクリームパフは光の玉から飛び出し、友菓を受け止めた。


「クリームゴッドバード!!!!!」

 最後に光の球体から銀色の鳥が飛び上がり、魔界のソルベを磔にしている十字架を体当たりで破壊した。人質が全員救出されたことを確認した赤い髪の男の勇者は、アルトフルートを吹くのをやめ、再び剣を構えた。


 18歳の勇者ガレットは、不意に左手を喉元に充てる。長時間アルトフルートを吹き続けていたというのに、全く疲れというものを感じない。

「ホント、不思議だぜ…俺、こんなに長時間フルート吹いたのに、全然息が苦しくねぇ!!!」

「ホントだ…あんな固いの蹴りまくったのに、全然足が痛くない…」

「俺も鎖を引きちぎったのに、全然手が痛くねぇ…」

 普段なら感じる身体への負担がない事に気づいた勇者とマジパティ達…その答えは、すぐに判明した。



「みなさん、こんにちわ。ミラクルマンテールです。

 突然ですが、皆さんにお願いがあります。

 現在、埼玉県瀬戌市が侵略者に襲われ、マジパティと勇者がそこで侵略者と戦っています。

 私ですら入る事の出来ない場所で戦う彼女達に、どうか私と一緒に声援を送ってください。」



「ぱ、パパっ!?」

 仄暗い空に描かれる光のメッセージに、勇者とマジパティ達が驚きの声を上げた。



札幌さっぽろの者です。

 市電の中で化け物が暴れた時は本当に死ぬかと思ったけど、マジパティのお陰で今を生きてます。

 本当にありがとう!」

「7月にあたしの学校に化け物が現れたんだけど、

 1人で戦うミルフィーユを見て、あたしも学校を守りたい一心で一緒に戦いたくなった。

 あの時の事、決して後悔してない…だから、また一緒に戦わせて!!!」



「このメッセージ…間違いねぇ、いすみだ!!!」

 マジパティへの声援の殆どは日本語だが、中にはフランス語やポルトガル語のメッセージも混ざっている。

「アコールのみんなまで…」

「おじいちゃん…パパ…ママ…」


 やっと立ち上がり、体制を取り直した混沌の魔女は、上空に描かれた無数の光のメッセージに驚きを隠せない。

「な、なんだ…これはっ!!!」

 混沌の魔女は咄嗟に黒光りする魔法で光のメッセージを消そうとするが、突然真正面に現れた夫婦によって、魔法を封じられてしまった。

「な、なにをするっ!!!」

「何ってぇ…あんさん、ウチの娘を襲ったんやろ?他人にした事、自分に返ってくること…知らんかったん?」

 大賢者は笑顔を崩そうとはしないが、心の中は怒りの炎で満ちている。(ここな調べ)


 光のメッセージと共に、3人の勇者が持つレインボーポットと、ケーキスタンドが共鳴し、3人の勇者が一斉にケーキスタンドの上段にレインボーポットをセットし始めた。


「みんなの心を一つに会わせて!!!」


 3人の勇者の叫び声と共に、マジパティ達はそれぞれの勇者の元へあつまり、白い光の中で仲間たちと手を取った刹那、3段式のケーキスタンドから新たなるスイーツのエネルギーが送り込まれる。


「「「強き勇者の力!!!」」」


 3人のミルフィーユの声が揃うと、3人はピンクからパステルピンクを基調としたコスチュームに変化した。


「「「育まれゆく勇者の愛!!!」」」


 3人のプディングの声が揃い、3人のコスチュームがクリーム色を基調としたコスチュームに変化した。


「「「深き勇者の知性!!!」」」


 3人のソルベの声が揃うと、3人のコスチュームはパステルブルーを基調としたコスチュームに変化した。


「「「眩き勇者の光!!!」」」


 3人のクリームパフの声が揃うと、3人のクリームパフのコスチュームは淡いラベンダー色を基調としたコスチュームに変化した。


「「「そして、大いなるみんなの勇気!!!!!」」」


 最後に3人の勇者の声が揃い、勇者の甲冑は全員白金の甲冑へと変わった。

「あれが…ブレイブフォーム…文献で見た程度だが、なんて輝かしい…」

「アンヌはんにも見せたかったなぁ…」

 白い球体から、ブランシュ卿夫妻が勇者とマジパティ達の新たなる姿に感動の声を上げる。


「「「「生まれゆく奇跡、紡がれる絆と共に!!!!!」」」」


 精霊達の言葉と共に、レインボーポットを乗せた3つのケーキスタンドが巨大化し、下段にマジパティが4人ずつ乗り、中段に精霊が4人ずつ乗る。勇者クラフティの所には、有馬と一体化したバニラ、明日香の中に取り込まれたセイロン、ミントが、モカと共に中段に乗っている。最後にケーキスタンドの上段に勇者達がそれぞれ着地すると、勇者達は大剣を構え、大剣の太刀筋で描いた光の魔法陣で混沌の魔女を捕らえた。

「く、くそっ…動けん!!!」

 身動きの取れなくなった巨大な混沌の魔女に、マジパティ達は全員右手を空高くつき上げる。


「「「マジパティ・トリニティ・ブレイブ・ファウンテン!!!!!」」」


 ケーキスタンドの頂点のハートの飾りから虹色の球体が生み出されると、やがて光の球体は巨大な虹色の大剣へと変わり、身動きが取れなくなった巨大な混沌の魔女の心臓を貫いた。

「くそっ…勇者どもめ…だが、私は消えん!!!混沌の依り代の身体をかりてでも、何度でも甦ってみせる!!!!!」


「「「Adieuアデュー.」」」


 勇者達の「別れ」を示す言葉と共に、巨大化した混沌の魔女は光の粒子と共に瀬戌市役所の屋上から堕ちる。

「なぜだ…なぜ、私は負けた…」

 堕ちる混沌の魔女の言葉に、突然大勇者ガレットの声が響く。


「お前は現代を生きる人間たちを知ろうとせず、力の限度があることを知らないまま、自らの力を過信しすぎた…仮に混沌の力をかりたとしても、お前の思考が変わらねぇ限り、お前はその力を生かすことはできない…ヒタム、お前が負けたのは俺達じゃねぇ!!!お前は自分に負けたんだ!」


 混沌の魔女が地上に堕ちたと同時に、沈黙の街と化した瀬戌市は、瞬く間に時が止められる前へと戻り、一悟達はブランシュ卿夫妻の魔法でそれぞれの場所へと戻り、勇者シュトーレンは赤い髪の男の勇者と彼のマジパティ達と一緒に愛する者の所へ戻り、トルテを驚かせた。



 ………



「ドサッ…」


 賑やかになる瀬戌市の夜の街にある法律事務所…その中で1人の男性弁護士がうつぶせで倒れる。刃物で刺されたのだろう、黒い人影は刃渡り15センチほどの包丁を持っている。

「弁護士の分際で、依頼人を見下すな!弁護士は大人しく、依頼人のいう事を聞いていればいいんだ!!!!!」

 静かな法律事務所に、ヒステリックな声が響き渡る。黒い影はその場で包丁を捨て、走り去り、瀬戌市の街に消え去った。




 法律事務所で事件が起こってから10分ほど経ったのだろうか…黒い影は瀬戌市内の廃デパート近くの廃墟に佇んでいる。黒い影はその民家の玄関で、傷だらけの女豹と出会った。

「おぉ!貴様が私が53年前に出会った、混沌の依り代か…私が思っていたよりも随分と若い気がするが…」

 ヒタムが53年前に出会った混沌の依り代は、生きていれば70代のはずだが、ヒタムの目の前にいるのは50代の男だ。

「まぁいい…その混沌の力、いただくとしよう。」

 女豹は口を大きく開け、混沌の依り代に飛び掛かるが…


「ドサッ…」


 ヒタムは混沌の依り代の背後にいたベイクによって、廃墟の玄関に無理矢理投げ込まれた。

「勇者に負けた貴様は用済みだ!混沌の依り代に近づく資格はない!!!」

 更に、ベイクの背後からは双子の狐が顔を出す。そんな双子の狐の手には火がともされたたいまつが1本ずつ君臨する。

「敗者は敗者らしく散りなよ…おばさん?」

「それじゃあ、永遠にサヨナラだね?おばさん…」

「な、なにを…わ、私はまだ負けたのでは…」

 双子の狐の持つたいまつから、混沌の依り代の不気味な表情がヒタムの網膜に焼き付く。


「敗北の魔女にいいことを教えてやろう…貴様の探していた本当の依り代は、30年以上前に死んだ!私は彼の意思を受け継ぎ、彼の意思のまま生きてきたにすぎない…」


「残念でした♪」

「敗北の魔女に火を点けろ!!!!!」

 混沌の依り代がそう言うと、双子の狐はヒタムがいる廃墟ごとたいまつの火を近づける。廃墟は瞬く間に燃え広がり、ヒタムは断末魔の叫びを上げながら炎の中に包まれた。

「きゃは♪敗北の魔女は灰になって消えちゃいな♪」


『あれが…俺達を使役してきたカオスの依り代…なんて理不尽で冷酷で残忍な…こんなの…俺には耐えられない…』


 炎に包まれた廃墟とヒタムの前で喜ぶ双子の狐と、混沌の依り代である人間に跪く鎧の男の姿に、物陰で見ているニョニャの顔面は蒼白になる。

『俺は…ただ…「驚かした」人間の顔を見ながら…ゲラゲラ笑いたいだけだったのに…これじゃまるで「脅かす」だ!!!』

 ニョニャの「自分が望んでいた事」と大きく食い違う目の前の現実…それは、1匹のタヌキにとってはショッキングな出来事であった。


『もう…ブラックビターなんて、やめてやる!!!こんなの、俺が望んでいた生活じゃない!』


 そう決心した1匹のタヌキは、本能の赴くまま瀬戌市を飛び出し、西の方角へと向かった。




 ………




 混沌の魔女ヒタムとの戦いから一夜が明け、シュトーレンはフラールジャルダン瀬戌の一室で新たなる門出を今か、今かと待ちわびている。純白のウェディングドレスに、白銀に煌めくティアラに、肩よりも上でまとめられた炎のような真紅の髪…その姿は、勇者ではなくれっきとした1人の花嫁だ。


「コン…」


 突然窓に木の実が軽くぶつかる音が響き、シュトーレンが窓を開けると、そこにいたのは夫ではなく…


「昨日はありがとな…」


 炎のような真紅の髪ではあるが、歴戦を勝ち抜いたにしては、少々物足りなさそうな少年は、4人の精霊と共に女勇者の部屋をのぞき込む。

「別にいいわよ…食事くらい…それで、自分のマジパティ達はどうしたのかしら?」

「食事のあと、そのまま1999年12月の魔界に帰ったよ。俺もそろそろスイーツ界へ帰る…だから、こいつらと帰る前に、お前に会いに来たんだ。」

 若かりし頃の父親がそう言うと、精霊達は1人ずつ女の勇者にメッセージを伝える。


「お綺麗ですね…勇者・シュトーレン…」

「今度は、スイーツ界で会いましょ?」

「お幸せに…」

「お美しい…今すぐにでも飛び込みたいくら…ぐふっ!!!」

 最後の最後で、白いマグカップに身体を入れた男の精霊がムードをブチ壊しにしてしまい、オレンジ色の蜜壺に身体を入れた女の精霊にゲンコツを浴びせられた。

「あとでこの助平懲らしめておきますから、ご安心を。」

 白いシュガーポットに身体を入れた男の精霊がそう言うと、女の勇者はクスりと笑う。

「未来の自分には会わなくていいの?」

「やめとく…ていうよりも俺は今、未来の俺よりもセレーネに会いたくて仕方ねぇんだ♪」

 その言葉に、女の勇者はおおいに納得する。


「そろそろ1999年12月のスイーツ界に繋がる…最後に、お前の真名を聞いてもいいか?勇者・シュトーレン…」


 過去の父親との別れが近づく…そんな彼に、シュトーレンは笑顔で答える。


「「セーラ」よ…「セーラ・シュトーレン・クラージュ・シュヴァリエ」!」


 男の勇者と精霊達の頭上に広がる時空と空間のひずみ…女の勇者の真名をしっかりと聞き取った男の勇者は、女の勇者に笑顔で手を振る。


「覚えとくよ、セーラ…勇者の姿も凛としていたけど、その姿…一番綺麗だよ!!!まるで世界一幸せな花嫁さんだ!!!!」


 そう叫んだ男の勇者は、精霊達と共に跳び上がって時空と空間のひずみに入ると、1999年12月のスイーツ界へと帰って行った…勇者と4人の精霊を飲み込んだ時空と空間のひずみは、段々と小さくなり、やがて女の勇者の前で消えてしまった。


「ガチャッ…」


 まるで過去の自分と入れ替わったかのように、現代の父親が花婿と一緒に花嫁勇者のいる部屋に入る。そんな2人の背後には、花嫁の弟と妹がいる。

「お姉ちゃん…さらに綺麗になっちゃって…」

「ありがと♪マリーもライスが見立てたドレス、よく似合ってるわ…」

 妹の言葉に、シュトーレンは微笑みながら話す。淡いエメラルドグリーンで膝上丈のパーティードレス姿を姉に褒められ、マリアは無邪気に笑いだす。

「エレナおばさんの時は王家側が一方的すぎてムカついたから、どんな様子だったか記憶に残ってないけど、姉さん…俺、姉さんの結婚式は歳をとっても忘れないと思う。」

「それなら、妹の時も忘れないでよね?」

 いかにも弟らしい言葉には、少し釘を刺しておくのがいかにも彼女らしい…そんな3人の子供達を見て、大勇者は安堵の表情を浮かべる。

「多分、マリーは一生望めないよ?」

「お兄ちゃんってば、ひっどーいっ!!!」

 息子が呆れた表情で話す言葉に対し、大勇者ガレットは思わず子供達に見つからないように「ぶっ」と噴出したのは、言うまでもない。


「セーラ…どのセーラも、俺っちにとっては特別っス…でも、今のセーラは俺っちにとって、最強無敵の嫁さんっスよ。」

 夫の言葉に、シュトーレンは思わず自分自身に施した化粧が崩れそうになるほど笑いそうになる。

「もう、トルテってば…ほめ過ぎなんだから!!!」


 やがて、挙式が始まる時間となる。牧師の合図でトルテが勇者クラフティとマリアとアラン、僧侶と賢者の末裔達、大勇者ガレットのマジパティ達、勇者クラフティのマジパティ達、勇者シュトーレンのマジパティ達に見守られながら、祭壇の前へと赴く。トルテは元々捨て子であったため、新郎席には僧侶の末裔と賢者の末裔、魔界のマジパティ達が新郎側の人間として並ぶ。

「ねぇ…親父…これからのアタシの未来って見えるの?」

 花嫁となった娘の思いがけない言葉に、ガレットは一瞬、驚いた表情をするものの、これから向かうバージンロードを見つめながら話す。

「見えるさ…トルテとその間に生まれた子供達と、仲睦まじく幸せに暮らす未来が…」

「どんな子なのかもわかるの?」

「さぁな?いつ、お前の息子か娘が生まれたってわかったら…予定調和で面白くねぇだろ?俺だって、どんな孫が生まれて来るのか期待してぇもん…」

 その言葉に、シュトーレンは「親父はもう長女である自分の未来を見通せなくなった」事を察した。彼女にとって、それは寂しく感じる個所もあるが、「見える」という先ほどの父親としての勘が入り混じった優しい嘘が、「これでよかったんだ」と彼女を安心させる。


「勇者として俺と肩を並べるお前も、ばあさんに似て凛としていたけど…今のお前は、まるで母さんと一緒にいるみたいだ。世界一幸せな花嫁さんだよ!」


「新婦入場!!!」


 牧師の合図と共に扉が開き、花嫁とその父親となった勇者親子はユリの花に囲まれた白いバージンロードを歩く。花嫁のドレスの裾を、花嫁のいとこのカレンが持ち、さらにその後ろで賢者の娘の聖子と翔子が花びらを撒いていく…




『もうセーラの未来を見通す力は必要ねぇ…俺の子供はセーラだけじゃねぇんだ。アラン、マリア…そして、トルテがいる…俺達の見えない未来は、俺達が築き上げていく…』




 思えば、花嫁の未来が見えたのは12歳の時、16歳の時、そして18歳の時にそれぞれ、隣にいる花嫁と出会ったからだった。


 それを理解できた刹那、花嫁の父は彼女の未来を見通す力を失った…


 失ったというよりは、それは「役目を終えた」に等しいのかもしれない。


 未来へ紡ぐために…




 花嫁の父から花嫁の手を受け取った花婿は、花嫁と共に祭壇の前に立ち、チャペル全体に讃美歌が響き渡る。讃美歌を聞きながら、花嫁の父は不意に娘が生まれた瞬間を思い出す…



 ………



 1999年12月25日夕方、スイーツ界シュガトピア王国のとある街…


「いざ、結婚式!」という姿勢で幼馴染のブランシュ卿がいる教会へ駆けつけた真紅の鎧の勇者は、精霊達と共に愛する者がいきんでいる声を聞く。

「カルマン、早くなさい!もうすぐあなたの子供が生まれるのよ!!!」

 ブランシュ卿の家の食堂で休んでいる母・ペネロペの言葉に驚きを隠せない勇者は、愛する者の声がする部屋の扉を開けると…


 響き渡る赤子の産声…可愛げのある声ではあるが、どことなく力強い産声…それは、勇者の子が生まれた瞬間だった。


「カルマン…おめでとう!元気な女の子だ!!!」


 勇者の子を抱く愛する者の傍にやってきた勇者は、産湯で綺麗になった赤子の顔をのぞき込む。赤子特有の顔立ちの我が子の表情に、祖母とよく似た白と金の甲冑姿の女勇者のビジョンを感じ取った勇者は、思わず口を開く。


「やっと会えたな…セーラ…」

 突然の勇者の言葉に、セレーネが首をかしげる。

「あら…お義母さんから、もうすぐ生まれるって聞いてたの?」

「ま、まぁ…な?でも、まさか魔界から戻ってきたと同時に父親になるなんてなぁ…」

「それで、「セーラ」って…誰の事かしら?まさか、魔界で…」

「俺はお前一筋なんだから、俺の倍近く生きてる奴らを相手になんかできるかよ!!!名前だよ…この子の名前…」

 険しい表情をするセレーネに勇者は少々怖気づくが、生まれてきた我が子を見つめながら、セレーネに赤子の名前を伝える。


「セーラ…今日からこの子は、「セーラ・シュトーレン・シュヴァリエ」!!!この子はきっと、セレーネみたいな凛とした女性になるぞ!」


 それは、後に勇者となる女性・セーラ・シュトーレン・クラージュ・シュヴァリエが誕生した瞬間だった。



 ………



 勇者の娘は父親と同じ勇者となったのち、今日という晴れの日を迎えた。そんな彼女の挙式は順調に終わり、挙式に参加している者達は新郎新婦の退場を見届ける。


「さぁ、いくわよっ!!!」

 挙式に参加した者達がチャペルから出た事を確認した花嫁は突然、チャペルの扉に向かい合い、手に持っていた花嫁の誕生花である真紅のバラで彩られたブーケを空高く放り投げる。ブーケトスの瞬間だ。


 ブーケトスの意味を知る女子達が受け取ろうと必死にブーケを追いかける中、花嫁が投げたブーケは弧を描きながら着地点を決めた。


「ぽすっ…」


「ほえっ…」

 オフショルダーの黄色いパーティードレス姿のみるくの腕の中に、真紅のバラで彩られたブーケが着地した。

「と、いう事は…」

 みるくの隣で様子を見ていた一悟が花嫁の方に目線を向けると…


「一悟っ!!!絶対にみるくを幸せにしなさいよ!」


 無邪気な笑顔で笑う花嫁の言葉に、一悟は顔全体を真っ赤に染め上げた。

「いっくん…約束してね?あたしを幸せにするって…」

「幼な妻ちゃん本人がそう言うんだから、責任重大だぞー☆彡」

 玉菜を筆頭に囃し立てるギャラリーに、一悟は全身を震わせ…


「や、約束しますっ!!!絶対にみるくを幸せにしますっ!!!!!」


 瀬戌市の結婚式場全体に、男子中学生の誓いの叫びが響き渡った。

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