第40話「波乱の結婚前夜!!!沈黙の世界と時を越える勇者達」

一悟いちご達…他のマジパティ達には、日を改めて話すとして…勇者モンブラン…俺のばあさんは29年前、当時のシュガトピア国王・ベルナルド3世の命令を受けた混沌こんとんの魔女・ヒタムによって殺された。」


 おおみや市内にある料亭…ここは友菓ともかの姉・月島和菓つきしまのどかの夫・まさるがオーナーを務める料亭で、友菓も下宿のための生活費稼ぎとして、時折この料亭を手伝っている。そんな料亭の宴会場で、ガレット達勇者の末裔、僧侶の末裔、賢者の末裔が揃う。そこには後の家族を約束されたのか、明日香あすかの母と明日香も一緒だ。そんな会場の中、大勇者は勇者モンブランの死と歴代シュガトピア国王の事について語る。

「別に見返りを求めているワケじゃねぇ…勇者はいつまでも無償でスイーツ界を守っているワケじゃねぇ。子孫を育てるためにも、それなりの金と地位が必要だった。」

「だから、セーラが生まれたばかりの頃、ベルナルド3世に対してあそこまでゴネていたというワケか…」

「ばあさん、当時の国王からなんももらえずにじいさんと結婚したからな…親父が勇者になれなかったのは、親父を勇者として育てる金と地位がなかった…それだけ。」

「実を言うと、私とエレナの結婚も、本人たちのいない場所…それも王宮のみでさくさくと進められていて、変だと思った…つまり、歴代の国王は歴代の勇者を「無償でスイーツ界を守ってくれる存在」として利用していただけ。それも…自らカオスを寄せ付けて…」

 大勇者とブランシュ卿の言葉に、王族出身のモーガンが声を震わせる。王族出身からも、歴代の国王に対する違和感は以前から感じていた者も少なくない。次期国王の兄も、父親と同じ考えを持っているのを目の当たりにしているのか、モーガンの国王に対する反発心は強まる一方だ。


「カオスの媒体を見た事はないけど…カオスは黒いもやの状態で、廃墟になったデパートの地下で、幹部たちを何人も生み出してた。」


 ダークミルフィーユとして生かされ続けていた明日香も、声を震わせながらブラックビターの事について語り始める。ガレットとシュトーレンは瑞希みずきからブラックビターの内情の一部を聞いてはいたが、明日香からその話を聞くのは初めてだ。クラフティに関しては、精神体を奪われている間の記憶は一切なく、愛する者の話を真剣に聞いている。

「それに…今年の5月の頭…だったと思う。クグロフっていう香水の匂いが強すぎるオバサン幹部が100万円以上はするようなスーツ姿の青年を廃墟に連れてきたの…あまりにもキツいニオイで廃墟から飛び出しちゃったから、その青年がどうなったかは分からないけど…」

「今年の5月の頭って事は…あのベイクって幹部が現れ始めた時と重なるな…」

 大勇者の言葉に、姉の隣で煮物を箸で口に運ぶ賢者が、ある事を思い出し始めた。


『そういえば、その時期だったような…あの国会議員の息子がいなくなったの…イヤミそうな顔立ちだったから、名前は覚えなかったけど。』


 長年勇者の家系を振り回してきた、歴代国王の本質を知った会場の者達は、ぐっと息を呑む。

「カオスを封印後、本来ならスイーツ界へ帰らなければならない…でも、最初からシュガトピア国王がカオスを寄せ付けていたと知った以上、俺達は帰る必要なんてねぇ。勇者の家系であるシュヴァリエ家は、今後「首藤しゅとう家」として、俺は「首藤和真しゅとうかずま」、セーラは「首藤聖奈しゅとうせいな」、トルテは「首藤利雄しゅとうりお」、アランは「首藤嵐しゅとうあらし」、マリアは「首藤まりあ」…そして、ニコラスは「首藤聖一郎しゅとうせいいちろう」としてそれぞれ生活する事にする。」

 普段はひょうきんである大勇者の真面目な表情に、モーガンも続く。

「人間界に亡命した以上、後には引かないさ。今後はシュガトピア王国第2王子、そしてブロッサム公爵という肩書は捨て、私は「佐倉守彦さくらもりひこ」、エレナは「佐倉えれな」、カイルは「佐倉快斗さくらかいと」、カレンは「佐倉華恋さくらかれん」として、それぞれ稀沙良きさら市民として生活する。」

「そして、ブランシュ家も同様だ。今後の私は「仁賀保杏介にかほきょうすけ」として、妻のジュリアは「仁賀保桃子にかほももこ」、娘のアンヌは「仁賀保杏子にかほきょうこ」、息子のトーマスは「仁賀保桃真にかほとうま」として生きていく。そして、「仁賀保桃子」の妹は…」

「ほいっ!!!「鳥居千代子とりいちよこ」ですっ!今、ここにはいないけど、夫は人間界の住人の「鳥居久利緒とりいくりお」、娘達は双子で、それぞれ「聖子せいこ」と「翔子しょうこ」って言います。」

 最後の賢者によるしまりのない挨拶に、クラフティと僧侶アンニンは呆れた表情をする。そんなスイーツ界の住人の会話に、明日香の母はくすっと笑う。

「明日香…こんな温かい皆さんなんだから、私も安心してあの男との調停に挑めるわ。だから、来年は「首藤明日香」として過ごせるといいわね?」

 母親の言葉に、明日香は無邪気な表情で笑う。


 そんなスイーツ界の住人達のやり取りに、他の席へ料理を運んでいる友菓は、きりっとした表情で覚悟を決める。


『大勇者様の言っている事、あたしは理解できるよ…歴代の国王や貴族は「勇者とマジパティはボランティア」だって勘違いしているだけなんだ…だからこそ、スイーツ界のみんなは「いつまでも勇者達がいるとは限らない」という現実を見なくちゃいけないんだ。』


「いつも姉の家で居候のままではいられない」…それを理解している友菓だからこそ、そう解釈できる内容である。マジパティとしての決意を決めた友菓は、大広間のふすまを開ける。


「ガラッ…」


「失礼します、お刺身お持ちしましたぁ!」




 ………




 勇者の末裔、僧侶の末裔、賢者の末裔を囲んでの食事会から5日後の8月17日。勇者シュトーレンとトルテの結婚式まであと8日…2人の勇者が集めているレインボーリーフも、お互い残り2枚という状況だ。


「行くぞ…玉菜たまな。これ以上、カオスイーツでダイヤを乱すワケにはいかねぇからなっ!!!」

Ouiウイ!この程度の攻撃でへこたれるほど、私らはそんなにヤワじゃないわよ!!!」

「そうでしゅっ!!!」

 桃舞鉄道とうぶてつどう伊勢咲いせさき線にある壱ノ割いちのわり駅の構内で、2人のクリームパフが駅のホームで暴れるチュロスのカオスイーツと戦っている。中央林間ちゅうおうりんかん駅へ向かっている準急行車内で、乗客が突然チュロスのカオスイーツにされてしまい、この駅で緊急停車し、運転の見合わせをしているのである。玉菜と有馬ありまは、瑞希と共に偶然にもこの列車内に乗り合わせており、瑞希は車掌と駅員と一緒に乗客を駅舎へつながる地下道、エレベーター専用の跨線橋の方へ避難させ、2人の戦いを見届けている。


 チュロスのカオスイーツは細長い身体をひねりながら2人のクリームパフと1人の精霊を翻弄し、クリームパフ達は苦戦を強いられている状態だ。さらに、慣れない地上駅構内…玉菜はパリの地下鉄駅構内での戦いは経験したものの、日本の大手私鉄駅はどうしても分が悪い。攻撃を避けようとしても、避けたら避けたで、必ずどちらかがホームから転落しかける。更に、瀬戌駅方面のホームはいつ列車が来てもおかしくない。2人はさらに焦る…


「さぁ、禍々まがまがしい混沌こんとんのスイーツ!勇者の光を恐れぬのなら、かかってきなさい!!!」


 玉菜がそう叫んだ刹那、玉菜、有馬、フォンダンが突然紫色の光に包まれ、2人のクリームパフのコスチュームは何事もなかったかのように復元される。

「この光…いちごん達の時と同じ…」

「それはつまり、俺達も新しい力に目覚めたって事か…」

 紫色の光から紫色の葉っぱが2枚と色身の違う紫色の2つの宝石が現れ、更に薄紫色の宝石は有馬の腰のエンジェルスプーンの隣に、赤紫色の宝石は玉菜の腰のエンジェルスプーンの隣にそれぞれ装着される。


「危ないところだったわね…まさか家族でスリーズランドに行く途中でこんな事が起こるなんて…」


 そこには、偶然にも別の車両に乗り合わせていたのか、アルトフルートの音色と共に甲冑姿のシュトーレンとクラフティが2人のクリームパフの前に現れた。レインボーリーフの気配を察知したのか、2人はレインボーポットを持っている。

「おせぇよ…」

「ブレイブディメンション使用中は、乗ってたエレベーターの機能も止まるんだよ…」

 どうやら、勇者一家はエレベーターの中にいるようだ。2人の勇者がポットの蓋を開けると、紫色の葉っぱは1枚ずつそれぞれのポットの中に入り込む。ポットの底から紫色の光がまるで水のように湧き上がり、マジパティの紋章にそれぞれの勇者の横顔をかたどったレリーフが紫色の光を放つ。

「光のリーフの力で、カオスイーツがひるんでるわ。今よ、2人共!!!」


「さぁ、行くわよ!!!フォンダンっ!」

「はいでしゅ!!!」

 フォンダンがクリームパフの右肩に乗ると、クリームパフはウインクをする。

「精霊の力と…」

「勇者の光を一つにあわせて…」

「バレットリロード!!!」

 フォンダンの身体が白く光るなり、フォンダンはクリームパフの持つクリームグレネードのレンコン状のシリンダーに光の銃弾を装填そうてんする。


「精霊の意志よ!今こそ、ここによみがえり、勇者の光と共に結びつけ!!!バニラジュエル!!!」

 一方の有馬はそう叫ぶと、クリームグレネードのレンコン状のシリンダーに薄紫色の宝石をはめ込む。


 そして、2人のクリームパフは左手でシリンダーをくるくると回転させ、狙いを定めると同時に、拳銃のトリガーを引く。


「「クリームバレットシャワー!!!」」


 ハモる掛け声と当時に、2人のクリームパフの人差し指はそれぞれの拳銃のトリガーを引く。


「「ツインインパクト!!!!!」」


 銃声音と共に、2人のクリームパフが放った無数の銃弾は、カオスイーツに全弾命中し、2人は同時に銃口にフっと息を吹きかける。

「「アデュー♪」」

 2人のマジパティと1人の精霊がウインクをすると、カオスイーツは光の粒子となり、本来の姿である10代後半のカップルの姿に戻る。カオスイーツが浄化されたと同時に、壱ノ割駅は何事もなかったかのように平穏を取り戻す。エレベーターに乗っていたガレット達も、エレベーターが動いた事で、列車へ戻り、事なきを得たのだった。


「大変お待たせいたしました。区間急行中央林間行き、12分遅れの発車となります。」


「あぁ、もうっ!!!ダックスカイに乗り遅れ確定じゃないのっ!!!!!カオスイーツのバカやろー!」

「まぁまぁ…それにしても、変ですね。カオスイーツが現れたのに、幹部の姿が見えないなんて…」

 玉菜は瑞希と有馬と共に浅草のシエルツリーへ観光にでかけるようで、乗る予定だった水上バスに乗れなくなった事を嘆くが、瑞希はそんな玉菜の真横で今回のカオスイーツに対する違和感を示す。


「混沌の魔女…」


「混沌の魔女?」

 突然の大勇者の呟きに、有馬が驚きを示す。

「あぁ、一悟が右腕の筋力を失ったことがあっただろ?その時、その混沌の魔女ヒタムが絡んでいたんだ。」

「「混沌の魔女ヒタム!?」」

「あぁ…今回のように離れた場所でカオスイーツを出すのも、ヒタムならではの戦術だ。」

 初めて聞く名前に、玉菜達も驚きを隠せない。浅草あさくさ方面へ向かう3人は、勇者一家と明日香が乗り換えのために北千住きたせんじゅ駅で下車するまでの間、大勇者からヒタムについての説明を受けた。


 その内容は正しく、大勇者とは因縁の相手であることを象徴するかのよう…




「混沌の魔女ヒタム」…魔界出身のこの魔女は、30年前に絶滅した魔豹族の1人で、魔界のマジパティが活躍した23年前に死亡したとされている。20代後半の姿を保ちつつ、人間界、魔界、スイーツ界…様々な世界を行き来する魔女…そんな魔女がなぜ大勇者ガレットをつけ狙うのかは定かではない。


 だが、これだけは言えるだろう…


 勇者モンブランとそのマジパティ達が68年前に封印した、混沌の瓶の封印を解いた張本人であるという事を…




 ………



「ちっ…仕留めそこなったか…公共機関を使えば、確実にカルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエの息の根を…」


「また「勇者暗殺ごっこ」してたの~?」

「てゆーか、失敗続きなんだからさぁ…学習しようよ?おばさん…」

 双子の狐の言葉に、ニョニャがヒタムに背を向けながら必死に笑いをこらえている。


『わ、笑っちゃいけないけど…笑いたい…思いっきり笑いたい…』


 そんなニョニャの前では、双子の狐がヒタムにゲンコツを一発ずつ食らっている。

「「動物虐待で訴えてやるー!!!」」

「それはそうと、ヒタム様…これだけは聞きたくなかったんですけど、俺達をこの瀬戌せいぬ市に連れて来て以来、ずーーーーーーーーーーっと瀬戌市から出てませんよね?理由でもあるんですか?」

 タヌキの言葉に、女豹の身体が突然挙動不審になる。

「な、なんの事だい?ニョニャ…わ、私はこの街を侵略する…」

「侵略したの、この廃墟だけじゃないですか?それに、ヒタム様が口走る勇者は瀬戌市以外にも出かけていたりするんじゃないですかね?案外、瀬戌市以外の所で飲み食いしていたり…」

 確信を突くタヌキの言葉に、ヒタムの身体がぎくりと動く。


 ヒタムは不意に2023年の瀬戌市にたどり着く直前を思い出す…




「「「「「マジパティ・ブレイブ・ファウンテン!!!!!」」」」」


 黄金のオーラを纏い、パステルカラーのコスチュームを纏った4人のマジパティ、黄金のオーラを纏う4人の精霊…そして、黄金のオーラを纏い、白金の甲冑姿の勇者の姿…そんな勇者とマジパティ達の七色の光の攻撃を受けたヒタム…彼女はその場で「自らの死」を覚悟した。


 その際、咄嗟に作り出した時空のひずみに飛び込み、ヒタムは1999年の魔界から抜け出したのである。




 …つまり、本当のヒタムは死亡していなかったのである。2023年の瀬戌市にたどり着いたばかりのヒタムの魔力は仲間を集めるための力しか残っておらず、残りはたどり着いた時にバッタリ出くわしたカオスの黒いもやに賄ってもらっていた。賄ってもらう代償として、ヒタムは瀬戌市から出られなくなったのである。

「この私がたどり着いたのは、2023年の瀬戌市…私が混沌の瓶と出会った1970年の瀬戌町と比較すると、随分と変わってしまったものだ…」

「ヒタム様、答えになってませんよー!話、そらさないでくださーい!」


「うるさーーーーーーーーーいっ!!!お前らには関係のない事だろう!」


 ニョニャのツッコミに憤りを感じた女豹は、とうとう2匹の狐と1匹のタヌキの前で怒鳴り散らす。


「私が本来の魔力を取り戻すまでの間、貴様らには人間界にいる「混沌の依り代よりしろ」という男を探せ!!!見つかるまでの間、ここに戻ってくる事は絶対に認めん!わかったな!!!!!」


 女豹の叫びと同時に、2匹の狐と1匹のタヌキは廃墟から追い出された。

「おばさんのヒステリックって…こわっ!!!」

「だから勇者を暗殺できないんだよ…」

「はぁ…やってらんねー…」

 廃墟となったデパートを背中に向け、2匹の狐と1匹のタヌキは瀬戌の街の中へと消えていった。




 ………




「えぇー、この度ご報告があります。俺、千葉涼也ちばりょうやは…「岡寺おかでら涼也」になる事が決まりましたーっ!!!」


 8月24日の昼…この日は午前に明日香の両親の2回目の調停があり、今回は父親が明日香に性的虐待を与えていたという事実が調停員たちに知れ渡り、父親側の弁護人が「これ以上の弁護はできない」と、仕事を放棄してしまい、とうとう調停が成立したのだった。

「明日香ちゃんと一緒に家庭裁判所に行って、申請して来たんだもんね。柊ちゃんはこれから申請することにはなるけど…」

「そんで…これから、涼ちゃんはどこで暮らすの?」

「まぁ、しばらくはあの男の関係でここで下宿することにはなるかな。まぁ、ぶっちゃけ…あの男の研修明けがどうなっているかだけど…」

 内容がどうあれ、明るい笑い声が絶えない一悟の家…それはまるで、束の間の平和…


「フッ…」


 突然、一悟の家の家電製品がフッと音を立てながら一斉に消えた。

「あれっ…停電?父ちゃん、ちょっとブレーカー見て…」

 父親にブレーカーを見に行くことを告げようとする一悟は、家にいる家族たちの異変に気付く。


 ダイニングテーブルで向かい合って笑う父親と涼也、飼い犬と遊んでいる姉…まるで一瞬にして石になってしまったかのように、動かなくなってしまったのである。


 その光景は、氷見ひみ家も同じで…

「兄ちゃん、ユキお姉ちゃんと入れ替わって!僕、ユキお姉ちゃんともお喋りしたいの。」

「こらこら…ユキが困るだろ?」

 部屋でユキと入れ替わるようにせがむ弟に困った顔をする雪斗ゆきとは、しぶしぶユキに入れ替わろうとした刹那…


「フッ…」


 雪斗の家も、一悟と同じ現象が発生したのである。

冷斗れいとっ!!!どうした…冷斗!」

「雪斗っ!みかんちゃんも、使用人達も石になったかのように、動きませんっ!!!」

 平皿に乗る精霊の言葉に、雪斗の表情は青ざめる。


 雪斗は大慌てで氷見家を飛び出すと、明日香とクラフティと遭遇する。

「大変なの、お母さんが…」

「こっちも、冷斗達が動かなくなったんだ…」

 雪斗達以外は動かなくなった住宅街…雪斗達が見上げる空はまるで沈黙に包まれたかのように仄暗い色をしている。

「とにかく、いちごん達と合流するしか…」

 3人は急いで徒歩で一悟達と合流を図る。自転車も車も、さらには通行人も止まっているため、移動に車が使えないからだ。その途中で3人は玉菜とここなと合流し、永田町にいるそれぞれの父親と連絡がとれないことから、電話もネット回線も使えない事を知らされる。



「一悟っ!!!そっちは…」

 カフェに向かう途中、雪斗達は一悟とみるくと合流した。

「ダメだ…父ちゃんも…涼ちゃんも…姉ちゃんもマレンゴも…全然動きやしねぇ…」

「お兄ちゃんも瑞希さんも…それに、ロケ撮影で仙台に行ったパパとも連絡がとれなくって…」

 落ち込むみるくの背中を、一悟はそっと支える。

「とにかく、勇者様の所へ急ごう!!!」

 一悟の言葉に全員が同意し、一悟達は勇者のいるカフェへと向かう中…


「ふわっ…」


 突然白い光が一悟達を包み込み、空間を作り出した。その空間から、ブランシュ卿夫妻が出て来る。

「脅かしてしまって、堪忍なぁ?トーマスはんも、バイト先の彩聖さいせい会で動かんくなりはってたし、アンヌはんに至っては、カルマン達と新居須にいすに買い物行きはってて、連絡取れんようになってもうたんよ。」

 大賢者の発言から、「瀬戌市全体の時間を止められてしまった」と、一悟達は確信した。

「エクレールに至っては、言語道断だ。あとでカルマンにチクってやる。」

「ふしだらな行為は相変わらずやねぇ…だから、お馬はんしか相手がおらんのよ。」

 ムッシュ・エクレールに関しては、のぞきの体勢のまま時間を止められたらしい。

「エクレールがその状態って事は…あののぞきの常習犯め…」

 男の勇者の言葉に、大賢者は杖の先にある分厚い魔導書をペラペラとめくりながら呪文を唱え、自分たちと一悟達を別の場所へ移してしまった。



 カフェの方も例外ではなく、キッチンで食事を用意するトルテも、まるで石になってしまったかのように動いていない。時計の針も12時半を示したまま全く動かない…

「久しぶりの2人きりの食事だったのに…」

 リビングで動かなくなってしまった夫を見つめながら、女の勇者は悲しげな表情を浮かべる。


「ガチャッ…」


 リビングのドアが開くと、そこから大賢者が顔を出す。

「セーラはん…気持ちはようわかるさかい…でも、いつまでもウジウジしていたらなんも変わらへん…愛するトルテはんも動かへんよ…」

「でも…親父達とも連絡つかない…何でトルテの時間が止められちゃったのかもわからない…」

 そう言いながら俯く女の勇者の横顔を見るや否や、大賢者はある人物の事を語り始める。


「あんさんが生まれた日の朝を思い出すなぁ…アンヌはんに朝の食事を与え終わった直後、セレーネはんが産気づいて…」


 初めて聞く自分が生まれる前の母の話に、女の勇者が顔を上げる。

「セレーネはんは気づいてはったんやろなぁ…カルマンが魔界からまだ戻ってこない時やったから…初めての出産で、カルマンもおらんで不安やろうとウチはそう思っとったわ。でも、セレーネはんはこう言うたんよ…」



「本当は寂しいけれど…でも、この子が生まれる前にはきっと…カルマンは戻ってきます。勇者の妻勇者を信じないでどうするんですか?」



「流石はカルマンがホレた女性だけはあったわ。あんさんはそんな巫女と勇者の間に生まれた…寂しい気持ちはあるかもしれへんけど、明日はあんさんとトルテはんの結婚式や。式場でカルマンを感動の涙でいっぱいにしたってな?」

 大賢者の言葉に偽りはなく、女の勇者はスッと立ち上がる。

「そうよね…アタシに対して過保護な親父なんだから、こんな娘に対して無関心でいられるワケないわよね…それに、トルテをこのままにはしておけないもの。」

 静かに微笑む大賢者の前で、女の勇者は石のように動かない愛する者にそっとキスをする。


「絶対に…トルテと食事するっ!!!」


 シュトーレンは大賢者と共に騒がしくなっている店舗スペースへと向かう。


「ガチャッ…」


 店舗スペースと住居スペースを隔てる扉を開けると、そこにはブランシュ卿、自身のマジパティ達、先代勇者のクラフティと彼のマジパティ達、そして精霊が5人と…


「また会えたな…勇者シュトーレン…」


 魔界でマジパティと共に戦っているはずの時の、自身の父親だった。

「その見た目、全然変わってねーな?」

「それは、あなたがまた2023年の世界に来たからでしょ?」

 先日の勇者として覚醒する前のカルマン少年の時の出来事、勇者としての力を失い、自暴自棄になっていた時の出来事はそれぞれ覚えているようで、あの時とはすっかり見違えるほどの勇者の姿に、女の勇者は安堵の表情を浮かべる。




 魔界で活躍していた頃のガレットが2023年の人間界…それも、沈黙の街と化した瀬戌市に来たという事は、魔界のマジパティ達も例外ではなかった。魔界のミルフィーユは斜瑠々しゃるる川の河川敷、魔界のプディングは瀬戌駅の連絡通路、魔界のソルベはサン・ジェルマン学園高等部の本校舎内…そして、魔界のクリームパフは道の駅おにくるみの遊具スペースにそれぞれ飛ばされ、様々なカオスイーツと戦っていた。


「ぴえっ…ひゃめれぇぇ~…」

 魔界のミルフィーユは川の中に潜むゲル状のカオスイーツに捕まり、川の中へ引きずり込まれている。カオスイーツ自体に溶解成分をもっているのか、魔界のミルフィーユのコスチュームはカオスイーツのゲルが彼女の身体を這いずり回るたびに溶け出し、素肌が露わになっていく。


 魔界のプディングは、複数のアップルパイのカオスイーツが放つリンゴ爆弾に翻弄され、すすだらけになりながらもプディングワンドを振り上げていた。


「何なんだ?狙う的が増えていく一方だ…」

 魔界のソルベは無数のアイスクリームのカオスイーツにソルベアローを奪われた挙句、全方位囲まれ、カオスイーツの口から出て来る冷気を帯びた小さな人形達に身体を這いずり回られていた。

「くっ…ただでさえ寒いのは苦手なのに…」

 冷気を帯びた魔竜族のマジパティは身体を震わせながらもカオスイーツ達を睨みつけるが、無数の人形達によって身体全体を蝕まれてしまう。


 魔界のミルフィーユ、プディング、ソルベの3人がカオスイーツによってピンチに陥る状況の中、魔界のクリームパフも例外ではなかった。

「ちょっと、カオスイーツの分際で変わり身の術をしないで頂戴!!!」

 切り株や木製ベンチに擬態しているバウムクーヘンのカオスイーツ達が、次々と魔界のクリームパフを撃ち落とそうと飛び掛かって来る。


「ゴッ…」


 空中で上手くよけようとする魔界のクリームパフだが、そんな彼女の背中をカオスイーツが体当たりをかまし、カオスイーツにぶつかったクリームパフは背中の羽毛を散らしながら、芝生の上に急降下してしまった。


 次々のピンチに陥っていく魔界のマジパティ達…ヒタムはその様子を瀬戌市の中心街の上空で、大声で笑いだす。


「ハーーッハッハッハ!!!!!今度こそ貴様の最期だ!カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュバリエ!!!この沈黙の街と化した瀬戌市でマジパティ共々命を落とすがいい!!!!!」


 混沌の魔女の笑い声は瀬戌市全体に響き渡り、それは瀬戌市全体に散らばるマジパティ達の耳にも届く。




「ざばっ…」


 水しぶきの音を上げながら、高身長でポニーテールの方のマジパティが殆どグラッセの姿に戻りかけている魔界のミルフィーユをお姫様抱っこで抱え、ツインテールの方のミルフィーユのいる河川敷に上がる。魔界のミルフィーユは殆どあられもない姿になってはいるが、ツインテールの方のミルフィーユは懸命に魔界のミルフィーユに心臓マッサージを始める。

「大丈夫ですか?オーレさん…」

 ココアはそう言いながら、ラテと同じ白のマグカップに身体を入れた男の妖精の背中をさする。オーレという名の精霊は、けほけほと咳き込みながら介抱した相手の方を見る。

「どうして…私の名を…」

 その精霊の姿に、モカは驚いた表情を浮かべるが…

「オーレ…さん…ここはですね…1999年の魔界ではないんです。2023年の人間界…つまり、私達は未来の時代の精霊…」


「こんな状況で、過去の父親に対して「お父さん」なんては言えない」…モカは感情を押し殺す。


「未来では、あなた方は伝説の精霊とされています。あなたを知らない精霊なんて…」

 モカの言葉にココアは頷く。

「そうだったのか…ところで、あのマジパティ達は君たちの…」

「勿論、俺の自慢のマジパティです!…身長に全振りしたの、後悔してっけど。」

 その言葉を聞いた一悟は、ココアの口の両端を思いっきり広げた。




「ボネ、しっかりしなさいっ!!!あんた、グラッセにまだプロポーズすらしてないんでしょ?それすらしないまま死んでどうするのよっ!!!!!」


 瀬戌駅の自由通路に前のめりで倒れる魔猫族のマジパティに向かって、まるでハチミツのような髪色の少女が必死に声をかける。その少女の顔立ちは、どことなく人間の姿のラテと似ている。

「は…ハニー…わりぃ…俺、ここまでかもしれねぇ…」

「何をバカな事言ってるのよ!!!勇者様とも合流できてないし…あなたがそんな意気地なしだとは思わなかったわ!私だって…想いを伝えたい相手がいるのに…」

「ははっ…今の俺に相応しいかもな…意気地なしって…」

 魔界のプディングがそう呟くと、魔猫族のマジパティの前に人間の姿のハニーが立ち上がる。


「来なさいっ!!!マジパティのパートナー精霊のハニー様を甘く見ないで頂戴!」


 本当はカオスイーツを倒す力などないし、カオスイーツに立ち向かうのは正直言って怖い…全身が震えだす…だが、カオスイーツは満身創痍のマジパティに襲い掛かる。それは彼女にとって、マジパティを守るための最終手段でもあった。




 魔兎族の子に戻りかけたまま意識を失うミルフィーユに、精霊に窘められ、戦意を失うプディングに、冷気で体温を失うソルベ…そして羽根を傷つけられ、飛行能力を失うクリームパフ…


 魔界のマジパティ達は2023年の瀬戌市で、命にかかわるほどの最大の危機に陥っていた。

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