第39話「大勇者の危機!!!カルマン少年と勇者モンブラン」

「モーガンが父親である国王を見限った以上、スイーツ界にいる必要なんてないもの…一家全員、人間界に亡命よ♪」



 先ほどの双子の姉の言葉が、勇者クラフティの頭の中をよぎる。ブランシュ卿達の話を聞いたここなに、質問しようとしたが、ここなは酷くおびえ、何も答えてはくれなかった。よっぽど信じたくない事だったのかもしれない。

「兄さん…スイーツ界で一体…何があったって言うんだよ…」

 兄が昼休みに入ったタイミングで、クラフティは事情を知っている兄に説明を求めることにした。

「王位継承者の1人が…国王を見限ったって…」

 弟の真剣な表情に、ガレットは「ふぅ」とため息をつく。

「ニコラス…お前、勇者となった割に、シュガトピアについて何も見てねぇんだな。おふくろが死んだときの事も…先代のブランシュ卿とライム枢機卿が失踪した時の事も…」

 兄の思いがけない言葉に、クラフティは思わず絶句する。


「俺達は慈善団体でも、国のマスコットでもねぇんだ!!!俺達は生きてるんだよ…他の国民と同様に…」


 その言葉は、まさしく…長い間募らせてきたシュガトピア国王や貴族に対する不満ともとれる言葉であった。


 母の死は決して忘れたワケではない。思い出したくもなかった…勇者ガレットが騎士団の仕事で留守の時、突然国王の側近たちに病弱の母を連れて行かれ、必死に馬車を追いかけようとするものの、馬車は無慈悲にも幼いクラフティと母を引き離してしまった。柵から必死に手を伸ばし、幼いクラフティの真名を叫ぶ母…それが彼が見た、彼女の最後の姿だったのだから。


「母さんだって…あの時、俺が必死で守っていたら…」

「あの時のお前はまだ8歳…8歳の子供が丸腰で複数の大人相手に太刀打ちなんてできねぇ…問題はその後だ。おふくろは「国家転覆」を企てたって、無実の罪を着せられ、ディアマンテ塔に幽閉されてすぐに…身内…それも俺達の母親が冤罪で国に殺された以上、俺達がスイーツ界で暮らし続ける意味はねぇ…」

 母のその後を聞かされたクラフティは、怒りで両肩を震わせつつ、第2王子の元へ嫁いだ姉が、なぜ人間界に来たのか、やっと理解した。




 ………





「それで、あらかじめエレナ一家は第2王子共々、稀沙良きさら市に亡命させたってワケ?んで、エレナの人間界の名前は…「佐倉さくらえれな」…か。ありがとな、ヨハン…」

 ブランシュ卿夫妻とアラン、マリアが人間界にやってきてもうすぐで1週間となる木曜日…今日のカフェ「ルーヴル」は定休日のため、大勇者は妹一家に会うべく、待ち合わせ場所である瀬戌せいぬ駅近くのレストランへ向かおうとしていた。

「念のため、あいつらにも手土産も用意しとくかな…」

 大勇者ガレットの妹には現在、7歳の息子・カイルと、5歳の娘・カレンがいる。そんな甥と姪のためにも、手ぶらで挨拶するのは伯父として気が引けるようで、大勇者は急いでレストラン近くのデパートへと急ぐ。


「グォンッ!!!!!」


 まるで、青信号の横断歩道を渡ろうとしている大勇者の命を狙うかのように、高齢者夫婦2人が乗った白いプリウスが自動車側の赤信号を無視し、猛スピードで大勇者に襲い掛かった。


 一瞬一瞬がコマ送りになるような状況に、1人の中年勇者は思わず目の前が真っ白になる。


「ププーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

「ドゴォォッ!!!!!!!!!」

「ガシャンッ!!!!!」


 デパートの目の前の横断歩道で発生した事故に、ぞろぞろと野次馬達が群がり、救急車のサイレンが鳴り響く。すれ違う赤いライトを尻目に、女性パンクロッカーの姿をしたヒタムの口元がフッと吊り上がる。


「フフッ…今日こそ最期の刻よ…カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエ…」




 一方その頃、父親が大変な事になっている事も露知らず、シュトーレン達はいないはずの店舗スペースから発する物音の正体を突き止めようとしていた。トルテは、マカロンの媒体であった赤ん坊・まことの引き取り先が元モデル仲間のKAORUの姉に決まったという知らせを受け、ユキと共に彩聖さいせい会に向かっている。

「お姉ちゃん…ご、ゴキブリじゃない?」

「だとしたら、何で大きな物音がするのかしら?」

「さぁー、ネズミども…お前らは完全に包囲されている!!!神妙にお縄につけーっ!!」

「アラン…あんた、警察官になった方がいいんじゃない?」

 まるで一悟の父親と似たような言い回しをする弟に、シュトーレンは彼にそう告げる。

「やだよ…殺人事件の現場とか見るの…」


「ガチャッ…」


 住居スペースと店舗スペースを繋ぐ扉を開け、咄嗟に3人同時に飛び出すと、そこにいたのは…


「うわっ…」

 まるで彼女達の父親にそっくりの赤い髪の少年だった。服装は白い開襟シャツに、チョコレート色のジレとハーフパンツに黒いブーツ…見た目は12歳くらいなのだろうか、彼の体格には釣り合わない真紅の鞘に入った大剣を持っていた。

「お…男の子?」

「って、その大剣…ひいばあちゃんのじゃねぇかっ!!!」

 アランは少年の持つ大剣を見るや否や、思わず声を荒げ、少年はアランの声に驚き、思わず大剣をぎゅっと抱きしめる。

「お兄ちゃん…あの剣のこと…知ってるの?」

「知ってるも何も…あの大剣は…」


「アランはんから預かっとった勇者モンブランの大剣なら、ここに持ってきたんやけどなぁ…」


 3人姉弟の背後から、ブランシュ卿夫人の声がした。3人が振り向くと、そこには勇者モンブランの大剣を持ったブランシュ卿夫妻と娘である僧侶が住居スペースの廊下に立っている。

「そいで、そこの坊や…ウチは大賢者テリーヌや。あんさん、名前は?」


「カルマン…カルマン・ガレット・シュヴァリエ…」


 その名前を聞くや否や、カフェにいる少年、ブランシュ卿夫妻以外全員、声を上げて驚きの声を上げる。

「道理で学が足りてなさそうな顔立ちをしているワケだ…」

「だいたいあってるが、本物の大勇者ガレットの前では言うなよ?」

「それじゃあ、ひいおばあちゃんの大剣を大賢者様が持ってるって事は…この子は…」

 シュトーレンはそう言いながら、自らを「カルマン」と名乗る少年に近づこうとする。


「本人気づいてへんけど、29年前の勇者ガレット…つまり、勇者として覚醒する前のセーラはん達のお父さんや♪」


 にこりと微笑むブランシュ卿夫人の言葉に、今度は少年も驚きの声を上げた。

「た、確かに言われてみれば…」

 女の勇者はそう言いながら、更にカルマン少年との距離を詰めようとするが…

「セーラはん…結婚式控えた娘はんが、そないな丈の短いワンピースなんて着たらあかんえ?」

「えっ…」

 大賢者に言われた女の勇者が目線を下の方へ向けると、パステルグリーンのリブニットのハイネックワンピースの裾は、大剣の柄に引っかかってめくれ上がっており、めくれ上がった裾からは、ピンクの布地に黒い花柄レースで彩られたデルタ地帯が少年の前で晒しものとなっていたのである。そんな少年は大剣を抱きかかえたまま、勇者からあとずさりをはじめ…


「わ、わけのわからねーこと言うんじゃねぇっ!!!お前ら…どうせ、ばあさんの事で…王族の奴らに頼まれて、俺を殺しに来たんだろ!!!お前らのいう事なんて、信じられるわけ、ねーだろっ!!!!!」


 勇者達の前でそう暴言を吐いたカルマン少年は、店舗スペースのドアを開け、カフェから飛び出してしまった。

「何なの、あの子!!!生意気じゃない!」

 マリアはそう叫ぶが、ブランシュ卿は不意に何かを思い出したような顔をする。恐らく、カルマン少年の言葉に対し、何か引っかかる事があるようだ。


「まだ遠くへは行ってない!追うのはセーラ、お前だけに任せる!!!彼は勇者モンブランが殺された事で、敵と味方の判別がつかなくなっているだけだ…もし、未来の世界で彼に何かが起これば…カルマンはセレーネを受け入れる事はない…つまり、お前達は生まれない事になる…」


 それは、まさしく「過去を変えてしまう」という事…その言葉に、女の勇者は黙って頷き、玄関から出ると、弟の電動アシスト自転車に跨り、少年の跡を追い始めた。流石にライダースーツに着替える時間がないため、やむを得ない。




 ………




「まさにおやっさんらしいというか、なんと言うか…」

「突っ込んできた車を片手で止めてしまうなんて…約1か月ぶりの再会が、妹一家の前で馬鹿力見せつける姿なんてねぇ…」

「突っ込んできたプリウスに乗ってた老夫婦はビックリしすぎて腰を抜かすわ、エンジンルームをオーバーヒートさせたまま、素手で止めた本人は気絶するわ…奇跡としか言いようがないよ。」

 彩聖会瀬戌病院の救急外来の中で、トルテ、エレナ、クラフティの3人は揃ってため息をつく。マカロンの媒体であった赤ん坊は、KAORUの姉・住ノ江栞すみのえしおりとその夫に養子として引き取られ、今後は「住ノ江真すみのえまこと」として生きていくことになった。KAORUの姉は過去に病気で子宮を失い、子供を産めない身体となってしまった。それでも、夫婦共に子供を育てたい気持ちが強く、真の里親になる事を決意。真も新しい両親に懐いたようで、ユキは少々寂しさを感じながらも、ホッと安心しているようだ。


 そんなユキ達の前に救急外来で運ばれたのが大勇者で、デパートの前の横断歩道で事故に巻き込まれた大勇者は、無我夢中でプリウスのボンネットを素手で押さえつけ、エンジンルームから煙が出るほどの「祖父譲りの火事場の馬鹿力」を野次馬達の前で晒してしまったのである。乗っていた老夫婦は、横断者による突然の行為に腰を抜かし、大勇者は右手に軽い低温火傷をしただけで、幸いにもプリウス以外は大事には至らなかった。そんなユキ達の前では、老夫婦の息子夫婦が必死に頭を下げている。何やら運転していた老人は自動車免許を返納したにも関わらず、車を運転していたそうだ。やめよう…無免許運転。


「ねぇ…大勇者様って、ホントは鋼のサイボーグなの?」

「生身の人間っス…とにかく、お二人も何ともなかったんで、あとは保険会社と警察通して示談って事で…」

 被害者家族の言葉に安堵を示したのか、今度は加害者夫婦の息子夫婦が腰を抜かし、エレナの夫・モーガンが腰を抜かした2人支える。そんなやり取りの真横でベッドの上に仰向けにされている大勇者の右手がぴくりと動き出す。



 ………



 真っ白な空間の中、大勇者は勇者の姿でただ1人歩いていた。自分は死んだのかどうかすらわからない…そんな彼を呼ぶ女性の声が響き渡る。


「カルマン…」


 先立たれた妻に自分の名前を呼ばれるのは、13年ぶりになる。自分の腕の中で事切れる妻の姿…母の亡骸にショックを受けて泣き崩れる子供達…もしも自分が本当に死んでしまったら、子供達はきっと悲しむだろう…そう思った矢先、妻でも娘でもない女性の声が彼を制止する。


「止まりなさい、カルマン!!!」


 29年ぶりに聞く、懐かしい力強い声…声のする方向から娘とよく似た赤い髪の女性が、大勇者の方へ近づいてくる。炎のような真紅のロングヘアーをなびかせ、白を基調とした甲冑に身を包み、白の表地に裏地が赤のマントをひるがえす…その凛とした身のこなしの女勇者に、大勇者は思わず息を呑む。

「カルマン…あなたはまだ、死んではいけないのよ!」

 写真や亡くなる少し前でしか見たことがない、亡き祖母の勇者・モンブランとしての姿…見れば見るほど、勇者となった娘も祖母と似てきたと思ってしまう。

「あなたは今、やるべき事があるはずよ?三途の川の向こう岸にいる、お嫁さんの所へ行くべき時ではないわ…勇者として…兄として…そして、父親として…」

 祖母である勇者モンブランの言葉に、大勇者はハッとする。そして、川の向こうの妻に向かって両手を合わせ…


「わりぃ、セレーネ!!!俺、まだそっちには来られねぇ!」


 孫が妻に謝罪する姿に、勇者モンブランは「よく言えた」と言わんばかりの表情をする。

「ニコラスも、セーラも勇者としてはまだまだだし、特にセーラは…もうすぐトルテと結婚するんだ。花嫁の父として、セーラと一緒にバージンロードを歩きたい…お前にさせてあげられなかった事を、セーラにさせてやりてぇんだ。もちろん…まだ幼かったマリーにも…」

 夫の言葉にセレーネは寂しそうな表情を浮かべつつ、胸の前で手を合わせ、白い光を放つ。その白い光は夫の大剣の白い宝石・ノエルジュエルと共鳴し、光を放つ。

「私は勇者の妻ですもの…覚悟はできてます!だから、私たちの分まで娘達を頼みます。私の愛する勇者様…」

 妻の頼みに頷くと、大勇者の身体は真っ白な空間からスーッと消えていった。



 ………



「ピッ…ピッ…」


 電子音が鳴り響く。大勇者が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上…そして、そのベッドを囲むのは娘婿、清掃員の仕事を終えたばかりの弟、妹一家…そして、娘のマジパティの1人・ユキの姿。右手は軽いやけどを負ったのか、手の平が包帯で巻かれている。

「俺、一体…」

 ガレットは呼吸器を外しながら起き上がる。枕元にはアクセサリー化した己の大剣があり、その大剣に触れた刹那、大勇者は勇者である娘の危機を察し…


「このままだと、セーラが危ないっ!!!!!」


 それを聞いたクラフティ達は、ぐっと息を呑む。それと同時に、トルテの目の前に淡い緑の光を放つ宝石が発生し、彼は咄嗟に宝石をガレットに託す。

「おやっさん!!!」

「兄さん、ニコラス!あとは私達に任せて、ユキちゃんと一緒にセーラの所へ!!!」




 大勇者ガレットが彩聖会瀬戌病院の救急外来で目を覚ます10分ほど前に遡る。カルマン少年は息をきらしながら大剣を抱えつつ、広大な敷地の中へと入ろうとしている。少年が見た事すらない遊具の数々に大きな建物…そこは木苺ヶ丘きいちごがおか小学校で、一悟いちごとみるく、そして玉菜たまなが卒業した母校であり、現在は雪斗ゆきとの弟の冷斗れいと、妹のみかん、そして玉菜の弟の蘭丸らんまるが通っている。今日の木苺ヶ丘小学校はグラウンドで冷斗と蘭丸が所属している小学生フットサルチームがおおみや市の小学校と練習試合で使用しており、体育館では木苺ヶ丘小学校の金管クラブがコンクールに向けて練習中である。カルマン少年は金網の大きな穴を見つけると、大剣を金網にぶつからないように抱きしめ、上手く敷地内に入り込んだ。それと同時に、シュトーレンもカルマン少年が木苺ヶ丘小学校のグラウンドに侵入していくのを見つけた。

「子供が入れる程度の大きさか…」

 少年が入った金網の穴の大きさを知ったシュトーレンは迂回を余儀なくされ、正門側へと回ろうとした。


 その時だった。


「「蘭丸君っ!!!!!」」


 突然グラウンド全体が怪しげな光を放ち、下級生達の誘導のために逃げ遅れた蘭丸が瑞希みずき友菓ともかを含む保護者達と下級生達の前でみるみるうちにスイーツの怪物へと姿を変えてしまった。

「カオスイーツ!!!?」

 小学生が紫の練り飴のカオスイーツ化する光景を目の当たりにしたシュトーレンは、アクセサリー化した自身の大剣がついたネックレスを外し、大剣を元の大きさに戻した。そして、装飾のインカローズに触れると、パステルグリーンのサマーニットワンピース姿から白と金色を基調とした甲冑姿へと変わり、髪もアップスタイルに結い上げられる。閉ざされた裏門に上手く飛び乗った女勇者は、急いでカオスイーツの元へ駆けつける。


「ひ、ひぃっ…」


 自分と同じ年齢ぐらいの小学生が化け物の姿へ変わっていくのを目の当たりにしたカルマン少年は、プールの真横で思わず腰を抜かしてしまい、黒いフードを被った女豹にその姿を見られてしまった。

「おや…見かけない坊やだね?こんな所で大きな剣なんて持って…」

 怪しさしか感じないその姿に、カルマン少年は逃げようにも、まるで金縛りにあったかのように逃げる事ができない。

「それにその顔立ち…あの憎き勇者と似ている…そうだねぇ…まずは坊やを抹殺とでもいこうか…」

 女豹の言葉に呼応するかのように、ヒタムが持つ杖の先端の黒い水晶が黒い稲光をバチバチと放つ。


 思わず少年の脳裏にフラッシュバックする、悲しき光景…目の前の女豹は、まさしく祖母を殺した王族の使いと目つきが似ている…冷徹で氷のような冷たい瞳…


「死ねぇっ!!!カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエっ!!!!!」


 叫びと共に、女豹は黒い稲光を放つ杖を空高く振り上げるが…


「シュバッ…」


 女豹に襲われかけた少年の目の前で、白い光が女豹を真っ二つに切り裂き、その光の中から白と金を基調とした甲冑姿の女勇者が現れた。

「あなた、自分のおばあちゃんから何を学んだのかしら?闇雲に動くだけでは、カオスには勝てないわ!!!」

「あ、あんた…勇者…だったのか?」

 今、少年の目の前にいる女勇者の姿…髪を肩より上に結い上げ、膝上丈のスカートを着用している事以外は、殆ど勇者の時の祖母と瓜二つだ。

「そうよ…あなたのいる世界より未来の…ね?だから、一緒に来て話を聞い…」


「グォンッ!!!!!」


 まるで勇者のセリフを遮るかのように、紫の練り飴のカオスイーツは勇者をがんじがらめにからめとり、瞬く間に自身の身体に引き寄せてしまった。その衝撃で女勇者の持っていた大剣は落ち、さらに結い上げた髪は解け、カルマン少年の前で炎のような真紅のロングヘアーをなびかせる。

「うぐっ…」

 カオスイーツに動きを封じられた勇者の真横に、黒いボンテージ姿の女豹が現れる。どうやら女勇者に斬られたと同時に、マントを脱ぎ捨てたようだ。

「そう言えば、カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエには娘がいたって聞いたねぇ…その憎き目つき…まさに彼そっくりだ…」


 女豹の言葉にカルマン少年は先ほどの女勇者の言葉と、大賢者の言葉を思い出す。女勇者は「少年のいる世界より未来の勇者」だと言っていた。自分のいる世界が未来の世界であると言うのなら、大賢者が言っていた「29年前の勇者ガレット」が自分であるというのもつじつまが合う。そして、練り飴のカオスイーツに捕まった女勇者は…


「俺の…娘…?」


 見れば見るほど、彼女は自分の祖母と似ている…その答えが少年の脳裏の中で繋がった刹那、少年は足を震わせながらも立ち上がる…


「うっ…ぐっ…」

 カオスイーツからの締め付けで、甲冑に亀裂が少しずつ入り始め、マントと黒いインナースーツに至っては、カオスイーツの糖分で腐食し、女勇者は徐々にその素肌を露わにしつつあった。

「フハハハハハ!!!親子揃って、このヒタム様にたてつくからさ!!!!!」

 苦しむ女勇者の真横で、女豹は狂ったように笑いだす。



 理科室に避難したフットサルチームの面々は、化け物に襲われる勇者と、それを嘲笑う女豹に恐怖を覚える。そんな中、雪斗とよく似た小学生は、咄嗟に窓を開け、大きく息を吸い込み…


「負けるなーーーーーっ!!!勇者ーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 勇者に向かって、叫び始めたのだった。自分が化け物にされた時、双子の妹から聞いた事、母親が仕事でないのに一晩帰って来られなかった事…彼の頭の中に思い浮かんだのが、勇者とマジパティだったからだ。戦隊ヒーローが大好きな氷見冷斗にとって、最近の兄の言動の違和感から、兄がマジパティとして勇者と共に戦っている事に薄々気づいていた。もし、兄がそうであるなら…彼は、一縷の望みを勇者に託したのだった。

「化け物を…僕達の優しい蘭ちゃんに戻してーーーーーーーーーー!!!!!」

 その叫びに、他のメンバーたちも一緒になり、冷斗と共に勇者に声援を送り始めた。その様子に、瑞希は友菓に目を向ける。

「友菓…行けますね?」

「あたぼーよ!勇者の知性が黙ってないさ♪」


 校舎から響く勇者への声援…それに動かされたのは、シュトーレンや友菓だけではなかった。

「ばあちゃん…俺…守りたいものがあるんだ…だから…」

 震える腕…すくむ足…それでも、カオスイーツから抜け出ようとする未来の娘を守りたい…祖母が刺客から自分を逃がすために大剣を託し、命を落としたと言うなら…


「俺に…力をかしてくれ!!!!!」


 叫びと共に、カルマン少年は祖母の形見の大剣の鞘を抜き始めた。


 カルマン少年が鞘から大剣を抜いたと同時に、剣から白い光が放たれ、グラウンド全体が一瞬にして白い光に包まれる。

「ぐあっ…なんだ、この光は…」

 白い光が放たれると、女勇者はカオスイーツから瞬く間に引きはがされ、満身創痍のまま自分の大剣を拾い上げた。


「ヒタム…勇者ガレットを侮辱しただけではなく、アタシの大切な僧侶様を痛めつけた罪…償ってもらうわ!!!」


 息をきらしながらそう話す女勇者は、全身に黄金のオーラを纏わせ始めるが、纏ったオーラは一瞬にして赤い光に変わり、女勇者の全身は何事もなかったかのように回復した。

「えっ…これ…って…?」

 きょとんとする女勇者の目の前に赤い光の葉っぱと、レインボーポットが現れ、ポットは女勇者の手元に降りる。

「レインボーポット?」


「それは、「勇気のリーフ」…子供たちの声援と、勇者の力に目覚めたばかりの過去の俺…そして、お前のカオスイーツを浄化したいという気持ちが一つになった事で、生まれたんだ。おめでとう…勇者シュトーレン!」


 突然現れた真紅の甲冑姿の父親の姿に気づいた女勇者は、レインボーポットの蓋を開ける。勇気のリーフは瞬く間にポットの中に入り込み、ポットの底から赤い光がまるで水のように湧き上がり、マジパティの紋章に女の勇者の横顔をかたどったレリーフが赤い光を放つ。

「それから、これはお前とトルテの愛の結晶…「トルテジュエル」だ。セーラ…母さんに、結婚の事報告しような?」

「そうだね…親父。」

 女勇者の父親がさし出した淡い緑色の宝石は、女勇者の大剣にたどり着くと、大剣の飾りとして装着される。


 トルテジュエルが女勇者の大剣の飾りとなったと同時に、白い光は収まり、そこには大勇者だけでなく、勇者クラフティとソルベが2人…勇者クラフティの手元には、レインボーポットが水色の光を放っている。

「くそっ…あの時、暴走車に轢かれたはず…」

「残念でしたー!あんなへなちょこミサイルで、子供遺したままカミさんの所へいけるかよっ!!!いったらいったで、延々と説教コースだよ…」

 大勇者の言葉に、女豹は苛立ちを覚える。


「くそっ…カオスイーツ!!!勇者もろとも、学校全体をのみこ…」


「ソルベストリーム!!!!!」

 女豹のセリフを遮るかの如く、友菓が回転させた長弓から強い水圧の海水が解き放たれ、練り飴のカオスイーツは体育倉庫付近まで後退する。

「雪斗の弟がいる手前、これ以上カオスイーツの好き勝手にはさせないっ!!!」

 ユキはそう言いながら、長弓を回転させ冷気を放ち、カオスイーツは身動きが取れなくなった。


「今だよ、勇者様っ!!!」


 己のマジパティの言葉に、女勇者は大剣を構え、カオスイーツの前で大きく振り上げ…


「ブレイブストライク!!!!!」


 カオスイーツは勇者の大剣によって一刀両断され、光の粒子と共に本来の姿へと戻っていく…

「わっ…蘭丸ちゃんだったのぉ?」

「蘭丸って…玉菜の弟の?」

 ユキが勇者の質問に頷くと、女勇者は驚きの声を上げた。


「かくなる上は…」

 まだ諦めていないのか、ヒタムの爪がカルマン少年に襲い掛かろうとするが…


「ザッ…」


「なんでこの時代に来たのか知らねぇが…勇者モンブランを殺めた以上、ヒタム…てめぇだけは絶対に封印してやる!!!」


 カルマン少年を守るかのように、未来のカルマン少年である大勇者がヒタムを大剣で斬りつけた。斬りつけただけでは事切れないのか、ヒタムは「チッ」と舌打ちした後、「フッ」と音を立てて消えてしまった。


 女豹が去り、カルマン少年は大勇者の前で祖母の形見である大剣を持つ。今度は抱きかかえず、左手でぎゅっと鞘を握る。

「勇者として目覚めた後は、きっと色んな困難に遭遇するだろう…でも、守りたい存在を見つけたお前は1人じゃねぇ!ヨハンもジュリアもいる。困ったときは2人から知恵をかりる…そうすりゃ、いずれはお前もいずれ巡り合う自分のマジパティと共にカオスと戦える。絶対にな…」

 未来の自分の言葉に、カルマン少年は決意に満ちた表情を見せる。

「はいっ!!!それから、俺の結婚相手って…」

「それは、自分の目で確かめろ!!でも…これだけは言っておく!誰かに自慢したくなるほど、素敵な女性だ!こんな可愛い娘が生まれるんだからなっ♪」

 大勇者と少年は大きな声で笑った。そして、少年は祖母の形見を持ったままスーッと、グラウンドから姿を消した。恐らく、29年前のスイーツ界へ帰ったのだろう…



 ………



 それから3日後の早朝。大勇者は子供達と弟、妹一家を連れて瀬戌メモリアルパークにある首藤しゅとう家の墓へやって来た。

「ばあさん…紹介するよ。長女のセーラ、長男のアランに次女のマリア…それから、ばあさんが死んだときまだ乳飲み子だったエレナとニコラス…そして、エレナの旦那のモーガンと、子供のカイルとカレン…」

 シュトーレンが墓に花束を生け、アランが墓に水をかける。マリアは父親と一緒にお墓に線香を添える。


「俺に残した手紙…確かに受け取った。もう俺達勇者の末裔は、スイーツ界に戻るつもりはない…ここで暮らすさ。ばあさんが愛した瀬戌の街で…歴代国王の本当の意図に逆らいながら…」


 墓前でそう話す大勇者の言葉に、卒塔婆の陰から勇者モンブランが微笑んでいる…そんな様子を、女勇者は感じ取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る