第38話「失恋の果てに…スイーツ界の闇とサトリの選択」

「パパちゃまの書斎から出てきた古い手紙…差出人は一体、誰なのかしら?」

 昼休憩に入ったマリアとアランは、食事をとりながら古びた手紙を見つめていた。

「この古さからして、30年近くは経過…筆跡も母さん、じいちゃん、ばあちゃんでもない…」

「それじゃあ、エレナおばちゃん?」

「バカ!今、30のおばさんが父さんに手紙を書けるワケないだろ!!!」

 叔母の名前を出す妹を、アランが窘める。「エレナ」とは、大勇者・ガレットの妹で、尚且つクラフティの双子の姉の事で、現在はシュガトピア王国の第2皇子の元へ嫁いでいる。

「それもそっか…それじゃあ…」

「ちょっと待て!宛名をよく見てみろ…」

 アランがそう言うと、2人は宛名を一緒に読み上げる。


「「「勇者」として家庭を持ったカルマンとその子孫へ」…?」


「カルマン…?」

「「カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエ」…父さんの本名だ。」



 ………



「この度は、ひいおばあ様の葬儀に参列していただきまして、感謝いたします。」

 喪服姿の3人の勇者の前で、喪服姿のあかねが深々と頭を下げる。姫路若葉ひめじわかばの告別式が瀬戌せいぬ市役所近くにあるセレモニー瀬戌ホールで行われ、ガレット、シュトーレン、クラフティの3人は、若葉が勇者・モンブランのマジパティである事を踏まえ、勇者として葬儀に参列していたのである。

一悟いちごさんも、明日香あすかさんも…この度は、感謝いたします。」

「いいのです…あの時、あなたのひいおばあさんが窮地を救ってくれたのですから。」

 クラフティの隣で、喪服姿の明日香が微笑む。黒一色のシンプルなワンピースタイプの喪服ではあるが、腰元にふわっとリボン状に結ばれたデザインは、明日香にとってお気に入りのようだ。

「本当なら森野もりの家代表として、アタシの弟の大地だいちが参列するんだけどさ…生憎、巡業中で…でも、母方のおばあちゃんがいたってわかっただけでも嬉しいよ。」

「ひいおばあ様は、かねてからひっそりとあなたの事を応援されていた…と、父が申してました。引退後は一切の消息がつかめず、苦労されたようで…」

 あかねの言葉に、一悟の母は苦笑いを浮かべる。


 勇者モンブランのミルフィーユの葬儀は無事に終わり、勇者モンブランの子孫たちは斎場をあとにし、帰路へ着く。中年の勇者と女の勇者は赤いデミオに乗り、男の勇者は明日香と共に少々年季の入った白い軽自動車に乗る。

「なぁ、セーラ…」

 赤いデミオを運転しながら、大勇者は助手席に座る娘に話しかけた。

「どうしたの?親父…」

「実は、俺が人間界に来た日にな…ばあさんのソルベ…つまり、雪斗のひいばあさんにシュヴァリエ家の人間界としての墓を作りたいって頼んだんだ。ばあさんが愛していた第2の故郷である、瀬戌の街に…」

 その言葉に、シュトーレンは思わず目を丸くする。

「それ、初耳なんだけど…」

「その時が来たら、お前達にも見せようって黙ってたんだ。それに…俺も勇者として…1人の人間として、ヨハン達と話し合って決めたんだ。「シュヴァリエ家、ブランシュ家は今後、首藤しゅとう家、仁賀保にかほ家として人間界で過ごす」って…」

 父親の言葉を聞くや否や、シュトーレンは難しい表情を浮かべる。かねてから国王に対して感じていた違和感もあり、確かにブランシュ卿の言い分は理解できる。だが、自分が人間界に飛ばされて以降、本当にシュガトピア国王が勇者に対する本性を現したのかどうか、信じようにも信じることが難しい。




 それが長年、勇者の家系を振り回していたのだとしても…




 ………




「道理でセーラが旅に出た時の経緯が一方的だったワケだ。歴代のシュガトピア国王は、自らカオスをスイーツ界に招き入れながらも、奴らはカオスを浄化する力を備えておらず、代々カオスを浄化する力を持つシュヴァリエ家とマジパティに頼り切っていた…そういう事だろう?パパ上様…」

 僧侶アンニンのマンションの一室…そこでは、娘にシュガトピア王国のこれまでの真相を語るブランシュ卿夫妻と、それを聞く娘の姿。そんな娘の要約に、ブランシュ卿は頷く。

「それに、大勇者ガレットにとって…妹のエレナの一方的な第2王子との結婚…そして、目の前で祖母…いや、勇者モンブランが殺された真相が当時の国王からの密命であった事を知っている以上、シュヴァリエ家の人間として黙っていないさ。」

「だからパパ上様も、ママ上様と一緒に人間界へ来たというのか。ご丁寧にも、何年も前から資格を取るなど準備をした上で…」

「せやでー、アンヌはん…セレーネはんは、元々ブランシュ家の人間!ウチらブランシュ家としても、見過ごすわけにはいかへん。だから、今後は「仁賀保杏介にかほきょうすけ」、「仁賀保桃子にかほももこ」として生活していくことにしたさかい。よろしゅうな?「杏子きょうこ」はん♪」

 納得する娘の表情を見ながら、ブランシュ卿の隣で夫人が人間界で暮らす事を明かす。


「それに、このいたちごっこが続いたままだと、いずれはシュガトピア王国だけでなく、他の国も巻き込み、スイーツ界は滅びはる…勇者を守りたいのなら僧侶の家系、賢者の家系たる者、このくらいの覚悟は必要や。よう覚えとき…」


 そう話すブランシュ卿夫人の糸目が開き、賢者トリュフと同じ菫色をした瞳が煌めく。

「流石は大賢者テリーヌだな…ママ上様。ホントにアレと姉妹だとは思えん。」

「あらぁ…シンシアはん、元気でいらしてはるの?」

「「教育委員会役員・鳥居千代子とりいちよこ」として元気でやってる…」

 娘の口から7歳程歳の離れた妹の現状を聞いたブランシュ卿夫人は、険しい表情から瞬く間に、安心したような表情に切り替わる。現在は「ブランシュ卿夫人」と呼ばれている事が多いが、僧侶の母の結婚前の名前は「ジュリア・テリーヌ・ショコラーデ」…つまり、賢者トリュフの実の姉なのである。賢者としての力は今も健在で、それは娘も「まだ現役で通せるのではないか」と思ってしまう程である。


 今回のシュヴァリエ家、ブランシュ家の亡命で、スイーツ界には勇者の末裔、僧侶の末裔…そして、賢者の末裔がいなくなった。シュガトピア王国はスイーツ界では最大の権力を持つ国である。だが、それは勇者達が存在していたからこその実績であり、実際は国王は玉座に座ったまま見物し、使役するだけ…その結果、勇者シュトーレンが人間界に飛ばされて以降のシュガトピア王国は、財政難が目立つようになり、弱体化しつつある。王国の崩壊も時間の問題だ。


 両親との話を終えた女僧侶がリビングを出ると、廊下には自身のアンドロイドと同居人であるここなが佇む。ここなの右横には、黄色を基調としたスーツケースが立てられている。

「マスター、お2人の荷物を運び終えました。」

「ご苦労…ここな、お前はこれから父親である金城きんじょう議員のツテで、玉菜たまなの家で暮らすことになる。短い間だったが、お前はちゃんと2023年の日本に順応してくれたし、私達の仕事をバックアップしてくれた…感謝しかない。」

 女僧侶はここなに感謝の言葉を告げながら、ここなをぎゅっと抱きしめ、黄金色に輝く宝石をここなのカバンの中へとしまう。


「ありがとう…」


 突然の感謝の言葉に、ここなは少々戸惑うが、僧侶の「大切な幼馴染を幸せにしたい」という気持ちを読み取った刹那、ここなはぐっと覚悟を決める。




 ………




 やがて女僧侶が暮らすマンションの前に、玉菜の義兄・進次郎しんじろうが運転するロールス・ロイスが停まると、ここなは黙って後部座席に乗り込み、窓から見送りに来た僧侶一家に手を振った。やがてロールス・ロイスが白石しろいし家の敷地内に入ると、ここなはそのまま白石家に案内された。部屋は玉菜と同室ではあるが、予め玉菜が準備をしてくれていたらしく、ここな用のベッドと机が用意されていた。ここなは自身のベッドの真横にスーツケースを置くと、そのままベッドの腰かけた。


 父親からの勧めで、9月からサン・ジェルマン学園高等部情報処理科の1年に編入する事が決まっており、これで暫くは生活面と学業面で困る事はない事を確信したここなは、安堵の表情を浮かべる。


 玉菜がカフェの手伝いから戻ってくると、夕食を交えてここなの歓迎会が開かれた。その際、ここなが女僧侶とみるくによって助け出された時に、ここなと玉菜がマジパティであることが白石家に知れ渡っていた事を目の当たりにする。ここなの家族共々、「犯罪をしない限りは、マジパティとして活動して構わない」という方針のようで、ここなはほっと胸をなでおろす。その代わり玉菜同様、定期テストと模試の成績を保つことを条件とされてしまったが。

「私の大叔父さんは昔、この瀬戌の街を守っていたマジパティだった。そのマジパティが本物である事を知られただけでも、私はそれを誇りに思う。だから、ここなちゃん…少々出来が良すぎた娘だが、玉菜の事は頼んだよ。」

 その言葉に、ここなは後ろめたさを感じた。勇者クラフティが茅ケ崎ちがさきの海で敗北した原因は、ここな、明日香、友菓ともかの3人が勇者クラフティをめぐって諍いを起こしてしまったこと。今改めて思い出すと、真面目にカオスイーツを浄化していた有馬ありまですら恋のライバルに見えた自分は、頭がおかしいとしか思えない。それなのに、玉菜の家族はここなの事をマジパティという理由で期待する…自分にはそんな資格すらないのに…




「ねぇ、ここな…」

 夕食、入浴を済ませ、寝間着姿でベッドに横になっていると、玉菜が声をかけてきた。

「夕食の時の父さんの期待の言葉、あまり深く考えなくていいから。」

 その言葉に、ここなは思わず起き上がり、玉菜の方に顔を向ける。

「確かに、ここなはあすちゃんやトモちんと勇者クラフティをめぐって対立してたわ…それは、私ですら擁護できない事よ?勇者の愛を司るマジパティとして、あるまじき行為だと思うから。でもね…最終的にクラフティにとっての幸せを選んだだけでも、あなたは確かに成長した。成長したからこそ、本当の愛を知る事ができたんじゃないかしら?」

「本当の…愛?」

「本当の愛」を口にする玉菜の表情は何処か悲し気だ。恐らく、どこかで失恋を経験したのだろう…ここなはそう確信し、とある人物の名を口にする。


「アントーニオ・パネットーネ…」


 まるで確信を突かれたかのような玉菜の表情に、ここなは「やっぱり」と言わんばかりの顔をする。

「この間、昼休憩中の勇者ちゃんが大勇者様と話していたんだ。彼がトルテに対して起こした傷害事件の公判の事でな…」


 ここなの言葉で吹っ切れたのか、玉菜はパリへ短期留学していた頃の事を語り始めた。留学早々、勇者シュトーレンとフォンダンと出会い、マジパティになった事、アントーニオが初恋の相手で、彼はシュトーレンに対して夢中であった事、インターポールの協力でブラックビターパリ支部を壊滅させた事も…


「フラれたのは、今でも辛いけど…トーニが選んだんだから、私がとやかく言える立場じゃない…まぁ、結局アイツもフラれてんだけどね?逮捕された時、「私ってこんな相手に恋してたのか」ってバカバカしく思えちゃった…」

「未練があるのにか?」

「それは確かにそうだけどさ…黙ってればカッコいいイタリア人だもの。自分の好みに嘘はつけないわ。でも、異性との恋愛沙汰はもうこりごり…」

「そのようだな…今の玉菜には、そんなイタリア人よりも、お前を第一に慕ってくれる瑞希みずきが良く似合う。」

「言ってくれるじゃないの…」

 ここなの言葉に玉菜がそう答えると、2人はここなのベッドに並んで笑い合った。




 ………




「行ってきまーす!!!」

 翌日、明日香は母にそう言いながら、玄関のドアを開ける。再会してからの母はとても元気で、9月から仕事が始められるよう、就職活動も頑張っている。

「義母さん、昨日ハローワークに行ってから、相当ご機嫌だったな。」

「だって、あの男と結婚してから、パートすら許されなかったのよ?おじいちゃんの計らいでパート先が決まっても、すぐに辞めさせられてたし…」

「それなら、尚更いい就職先が見つかるといいな。」

 明日香の母の再就職を祈りつつ、2人はアパートに隣接している駐車場に到着すると、中古の白い軽自動車のドアを開け、軽自動車に乗り込む。今日は明日香が仕事で、クラフティは非番の日だ。車を走らせながら、会話が楽しく弾む中、2人は車の進行方向に、ある人物の姿を目にしてしまう。


「うぐっ……」


 吐き気を催すような邪悪な気配に、ゴリラと思えるような体格と、それに似つかわしくない坊主頭にボリュームのある横髪…それは、明日香にとって二度と見たくない人物であった。明日香はダッシュボードからエチケット袋を取り出すと、その袋を口に当て、クラフティは咄嗟にカフェとは反対の方向へハンドルを切った。

「明日香…今すぐ安全な所へ…」

 吐き気を訴える明日香の背中を、パートナー精霊であるモカが優しくさする。その間に男の勇者は公園の脇に車を止め、明日香とモカを連れて公園へと運んだ。

「セーラ…明日香の事なんだけど、あの野郎がアパートの近くに現れて…あぁ…ひどく取り乱して…少し遅くなる。」

 クラフティは姪にそう連絡すると、今度は公園脇の自販機でさっぱりとした飲み口の飲み物を購入し、それを明日香に与える。


 男の勇者は明日香をカオスから救出後、病院の検査の際、女僧侶が担当医から告げられた言葉を不意に思い出す。


「明日香さんは、父親からの虐待で心に深い傷を負っています。PTSDの疑いがありますので、お母様やご婚約者様にその事をよくお伝えください。」


 カオスから…ましてや、自分の父親から解放されるのは、そうたやすい事ではなかった。だからこそ、自分は明日香の心の病と向き合わなければならない。勇者クラフティはそう考える。

「明日香…大丈夫だ。今は俺が付いている…」

 彼の言葉に少し落ち着いたのか、明日香は勇者クラフティにもたれかかる。それだけでも、十分幸せだと2人は思った。


 その幸せな時間も束の間、明日香と勇者クラフティ、そして精霊のモカがいる公園に異変が起こった。まるで空間が歪んだような感覚を覚えた刹那、邪悪な気配と共に、公園の地面から次々と大きな鏡が、まるで屋敷に仕掛けられた槍のからくりの如く飛び出してきた。

「カオスイーツ…」

 そう確信したと同時に、勇者の背後に戦国武将のような甲冑姿の男が現れた。




 ほぼ同時刻、ここなは玉菜、フォンダンと一緒にカフェへと向かっている。玉菜の自宅はサン・ジェルマン学園からは一番近いが、一悟、みるく、雪斗、魔界のマジパティ達と比べると、徒歩7分の差があるほどカフェまでの距離が長い。その上、途中で木苺ヶ丘中央公園と雪斗の家を経由する。そろそろ徒歩以外の交通手段を用意したいところだ。

「なぁ、玉菜…」

「なぁに?」

「この公園…今日はイベントでもあるのか?」

 2人の目の前には、大きな鏡が巨大迷路のように並んでいた公園の姿であった。

「町内会のお知らせにはなかったはず…それに、この公園で無断でイベントの開催は禁止されているはずよ!!!」

 そう言いながら、玉菜はブレイブスプーンを構え、ここなも彼女の言葉に同意を示すかのように、ブレイブスプーンを構えた。


「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!」」


 呪文を叫ぶと、ここなは金髪ショートヘアに、オレンジ色を基調とした執事服をベースとした姿の少年に、玉菜は銀髪ロングヘアーに黒と紫を基調としたコスチュームの女性にそれぞれ変身した。

「黄色のマジパティ、プディング!!!」

「白銀のマジパティ、クリームパフ!!!」

 変身が完了すると同時に、マジパティに変身した玉菜とここなは、巨大迷路と化した公園の中へと侵入する。そして、その2人の跡を追うかのように、ムッシュ・エクレールと既にクリームパフの姿に変身した有馬、そして勇者クラフティと同じ髪色の女性の3人が公園の中へ侵入した。




「まさか、貴様がダークミルフィーユだったとはな…探す手間が省けた。」

 クラフティがベイクの反対側に目を向けると、そこには鏡があり、鏡に映っているのは勇者の姿のクラフティ、そして隣にいるのは明日香ではなく…ダークミルフィーユの姿であった。肝心の明日香はパニック状態が続いており、愛する者の腕にしがみついたまま離れようとしない。それでも男の勇者はポケットの中からアクセサリー状態の大剣を取り出し、実物大サイズに変え、瞬く間に勇者の姿へと変わった。

「お前か…兄さんをつけ狙う武将の男は…」

「今は貴様とあの忌々しい勇者に用はない…あのお方の所有物を返してもらう!!!」


「パチン!!!!!」


 ベイクが指を鳴らした刹那、鏡から黒い手が何本も伸び、2本の手が明日香の両足を掴んだ。

「ひぃっ…」

「ミラーケーキカオスイーツ、ダークミルフィーユを捕らえろ!!!」

 ベイクがそう言うと、別の2本の手が明日香の口を塞ぎ、鏡の中へと引きずり込もうとする。だが、明日香はクラフティの腕を掴んだまま、決して放そうとはしない。明日香が鏡の中へ引きずられると同時に、勇者クラフティの身体も鏡の方へ近づいていく…

「ざけんじゃねぇ…」

 無数の腕が明日香の全身に絡みつく中、勇者クラフティはボソっと呟くと、大剣を地面に突き刺し、背後の鏡を裏拳で思いっきり叩いた。


「パリイイイイイイイイィィィィィィン!!!!!」


「明日香は物じゃねぇっ!!!れっきとした人間だ!そんな奴らに、俺の大切な人を渡せるかっ!!!!!」


 鏡の破片で右手から血が滲むのも構わず、男の勇者は黄金のオーラを放ち、明日香に絡みついた無数の手は鏡の中へと引っ込んでしまった。

「フン!あの兄にしてこの弟ありという事か…ミラーケーキカオスイーツ、今度は勇者共々捕らえろ!!!」


「パチン!!!!!」


 ベイクは再び指を弾くが、勇者の黄金のオーラによって、鏡から伸びる無数の手は弾かれ、鏡の中へと引っ込んでしまう。


「パリン!!!パリン!!!!パリイイイィィィィィン!!!!!」


 それと同時に、三方向から次々と鏡の割れる音が響き渡り、とうとうカオスイーツの本体が勇者達の前に現れ、ベイクを下敷きにしてしまった。

「クラフや、クラフが選んだ相手には指一本触らせない!!!!!」

 ここなの叫び声と同時に、勇者クラフティから見て左側から熱を持った黄金の球体が飛び交い、カオスイーツとベイクの動きを封じてしまった。そして、球体が飛んできた方角から、プディングワンドを構えたここなと、カオスジャンクを踏みつける玉菜が姿を現した。ここなの腰のブレイブスプーンの脇には、黄金色の宝石が煌めく。


「「マジパティ・ツインスクリューキーーーーーーーーーック!!!!!」」


 ここなの攻撃に続くかのように、今度はクリームパフの姿の有馬と、ソルベの姿の友菓がカオスイーツとベイクに更なるダメージを与える。

「あすちゃんとクラフティの邪魔はさせないよ!!!」

「幼馴染の幸せ、そう簡単に壊させてたまるか!!!」

 それぞれの想いを叫びつつ、友菓と有馬はカオスイーツの上からクラフティと明日香の近くへ着地する。そして、今度はクラフティ達の正面から女性が叫びながら走ってくる。聞き覚えのない声に勇者クラフティのマジパティ達と玉菜はきょとんとするが、勇者クラフティは同じ方角からやってくるムッシュ・エクレールの姿を確認すると、にっと笑いだす。それと同時に黄金のオーラは真紅のリーフに変わり、ここなの目の前に突如、黄色の光を放つ愛のリーフが現れ、勇者クラフティの右手の怪我は何事もなかったかのように回復する。。


「本当に、あんたは相変わらず兄さんの足元どころか、セーラの足元ですら及ばないんだから!!!!!」


 カオスイーツとブラックビターの幹部を踏みつけながらやって来た女性はTシャツにジーンズにスニーカーと、動きやすい恰好であるが、その恰好に似合わぬ大剣を握りしめている。そんな彼女の脇には勇者クラフティのレインボーポットがふよふよと浮いている。

「言ってくれるじゃねぇか!しゅうとにイビられてた癖に…」

 それは、勇者クラフティの双子の姉・エレナであった。

「人間界で女たらしこんでおいた挙句、大事なモノ忘れるあんたに言われる筋合いはないわよ!!!ほら、さっさとカオスイーツを始末しちゃいなさい!」

 そう言いながら、彼女は弟にレインボーポットとエメラルドに輝く宝石を手渡す。

「感謝しなさいよ?アタシの力、サヴァランジュエルとしてあんたに託すんだから…」

 その言葉に、男の勇者に託された宝石は光を放ち、彼の大剣にはめ込まれる。それと同時に勇者クラフティはレインボーポットの蓋を開けると、真紅に輝く勇気のリーフと黄色に輝く愛のリーフはポットの中に入り、ポットから赤い光と黄色の光が水の様に交互に湧き上がった。


「明日香、戦えるか?」

 今も腕に捕まる明日香に話しかける。だが、明日香の様子は先ほどとは違う…

「えぇ、ニコルやみんながいるもの!!!怖くはないわ!」

 そう言いながら、明日香は勇者の腕から離れ、ブレイブスプーンを構えた。


「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」


 明日香の全身を覆いつくすように、ピンクの光の柱が現れ、明日香はピンク色のツインテールに、ピンクを基調とした衣装の姿の少女に変身した。

「ピンクのマジパティ、ミルフィーユ!!!」

「おのれ…なんて忌々しい…あのお方の所有物の分際で…」

 カオスイーツごと起き上がろうとするベイクだが、そんな鎧の幹部に追い打ちをかけるように、ムッシュ・エクレールの束縛魔法で妨害されてしまう。

「貴様に、勇者様の大切なお方を物呼ばわりする資格などない!!!」

 そう口走る魔導士の瞳は、鎧の幹部に対して冷徹だ。

「今です、勇者様!そしてマジパティ達!!!」

「ナイスアシスト!エクレール!!!みんな、行くぞ!!!!!」

 勇者は魔導士と双子の姉、己のマジパティの前で大剣を構えた。そして彼のマジパティ達も、武器を構える。


「3つの心を1つに合わせて…」


 ミルフィーユ、プディング、ソルベがそう叫んだ瞬間、3人の武器は光の粒子となり、それぞれのカラーに合わせた細身の剣・パティブレードに変わった。


「勇者の力を1つの剣に!!!ミルフィーユブレード!!!」

「勇者の愛を1つの剣に!!!プディングブレード!!!」

「勇者の知性を1つの剣に!!!ソルベブレード!!!」


 3人はそれぞれのパティブレードを構え、ピンク、黄色、水色の光をまといつつ、カオスイーツに飛び掛かる。


「有馬、今は私のエクレールジュエルを使え!!!」

 ムッシュ・エクレールが萌黄色の宝石を有馬に向かって投げると、有馬はそれを右手でキャッチする。有馬はパートナー精霊と一体化しているため、パートナー精霊のジュエルを持っていない今は、決め技を使えない。しかし、スイーツ界の魔導士は元々精霊の加護を受けているため、彼らの力をジュエルを介して、精霊の力同様の強さの力をかりる事ができる。

「サンキュ、かりるぜ♪」

 有馬がそう言うと、萌黄色の宝石は白い光を放つ。

「バレットリロード!!!」

 有馬はそう言いながら、白い光を放つ宝石をクリームグレネードのレンコン状のシリンダーに光の銃弾を装填する。そして、有馬は左手でシリンダーをくるくると回転させ、狙いを定めると同時に、拳銃のトリガーを引く。


 そして、勇者は白い光を纏いながらカオスイーツの前で高くジャンプする…


「「「「「マジパティ・ブレイブ・ピュニシオン!!!!!」」」」」


 その掛け声とともに、カオスイーツはミルフィーユ、プディング、ソルベの順に斬られ、クリームパフの無数の光の銃弾を浴びる。最後に、勇者・シュトーレンがカオスイーツの頭上から大きく振りかぶってカオスイーツを一刀両断する。


「「「「「アデュー♪」」」」」


 勇者と4人のマジパティがウインクをすると、カオスイーツは光の粒子となり、本来の姿を取り戻す。だが、ベイクは…

「なんて忌々しい力だ…この力に屈してたまるか!!!!!」

 カオスイーツが元の姿に戻っているスキに、フッと音を立て、どこかへ消えてしまったのであった。




「そんで、何でここにいるんだよ?」

 スイーツ界に居るはずの双子の姉が、なぜ人間界にいるのか状況が飲み込めない勇者クラフティは、姉に詰め寄る。

「アタシはね、当主夫人がアタオカ鎧に連れていかれちゃったから、連れ戻しに来ただけよ?」

 ミラーケーキのカオスイーツにされていたのは、氷見家当主・氷見冬彦ひみふゆひこの妻・涼子りょうこであった。そんな彼女は気を失っており、ベンチで寝かされている。

「それはわかるっつーの!!!俺が聞きたいのは、何で人間界に…」

「モーガンが父親である国王を見限った以上、スイーツ界にいる必要なんてないもの…一家全員、人間界に亡命よ♪」

 しれっと話す王子の妃に、プディング以外のマジパティ達、勇者、魔導士は開いた口が塞がらない。プディングは昨日のブランシュ親子のやり取りを思い出したのか、思わず両肩を震わせる。


「それって…大勇者様は全てを知っているのか?ボク…ブランシュ卿達が…」


「その質問…今は「Yes」とだけしか言えないわね。アタシは勇者じゃないし、この事を話すべきなのは兄さん…いえ、勇者ガレット本人だからね。」

 エレナはそう言うと、夫と氷見家の使用人たちと共に当主夫人を連れ、氷見家へと行ってしまった。そんな彼女を、勇者クラフティ達は黙って見ているしかなかった。

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