第36話「女豹の罠!狙われた一悟とみるくの恋心!!!」

 瀬戌せいぬ市にある廃デパート…現在、この廃墟は「ブラックビター」のアジトと化している。

「コウモリども、キリキリ働けーっ!!!」

「全速前進ー!!!」

 2匹のキツネの無茶な命令に、コウモリ達の体力は限界に近付いている。おまけに現在のような猛暑…彼らにとっては悪夢と言ってよいだろう…


 このアジトはビスコッティもいなくなってしまった事もあり、カオスは自身の力を植え付ける媒体ばいたいに相応しい逸材である生命体を集めていた。人間だけでは物足りないのか、今度は人間以外の哺乳類にも手を出している。ピサンとゴレン、そして双子の狐を眺めるタヌキのような風貌をした者も、その中に含まれる。


「同胞…あの時の事も思い出してくれたのね…」


 カオスを「同胞」と呼ぶ、黒い杖を持った黒いフードの人物…杖を持つ手からはまるで豹のような白に紫の模様がある。体格からして女性のようであるが、この者には性別がないようだ。風格からして、魔女のようである。


「げげ~っ…ヒタム、いたのぉ…」

 カオスの黒いもやに微笑む魔女のような者に対し、ピサンが嫌な顔をする。この者の名は「ヒタム」と言うようだ。

「ピサン、おばさんにむかってそんな事言っちゃダメだよ!!!」

 ピサンを窘めようとするゴレンだが、ある一言で「ヒタム」と呼ばれた者は、杖を持つ手を震わせる。

「おば…さん…?」

 タヌキのような風貌をした者は、ニヤリと微笑みながらヒタムを宥める。

「ヒタム殿…この双子の媒体は1歳に満たない。彼らにはそう見えているだけで。一切悪気はございませんよ?」

 …でも、ヒタムの年齢からして、納得してしまうタヌキである。


『フン…ピサン、ゴレン…そして、ニョニャ…どいつもこいつも生意気な奴らばっかり、集まるとはなぁ…本命だったあのボスザルは、不適合だったのが悔やまれる。』


 ヒタムはため息をつく。まるでカオス側の戦況に感づいたかのように、ある時代の異世界から2023年の人間界に来てみたものの、ヒタムがカオスを植え付けるための媒体に厳選したが、人間以外の哺乳類では適合する者が極端に少なく、やっと適合したのはヒタムにとっては「失敗作」と言わんばかりの3人だったのである。

「同胞の方の戦況も不利であると言うのに…この世界には、もっと骨のある生命体はおらんのか?」

 ただでさえ焦っている状況で時空のひずみに飛び込んだヒタムではあるが、来たのが2023年の人間界である事に気づかなかったため、仕方なくピサン達を幹部へと招き入れる事にしたのだった。

「ところで、あのベイクという鎧の男はどうしたんだい?」

「あぁ…潮風で鎧が錆びてしまったそうなんで、錆びが取れるまで山にこもるそうです。軽井沢かるいざわ辺りじゃないんスかねぇ…」


「まったく…どいつもこいつも使えぬ奴らだ!!!」


 ニョニャの発言に怒りを露わにした魔女の風貌をした豹は、カオスの黒いもやの前で宙に浮く水晶に手をかざす。


「役立たずどもには任せておけん!私が自ら出向くしかない…勇者を絶望に陥れるために!!!」




 ………




「さっすが、いちごんね!!!これなら、今度の店舗大会でいい成績残せるんじゃない?」

 アーケードゲーム「太鼓の玄人たいこのくろうど」の前で、一悟いちご玉菜たまながゲームを終えた。一悟達は現在、アミューズランド瀬戌に来ている。そこは、バッティングセンターを兼ね備えたアミューズメント施設で、一悟はよくこのゲームコーナー内にある「太鼓の玄人」をプレーしに来ている。

「そーゆータマちゃんだって、さっきのマジカルアカデミア…結構無双してたんじゃん?」

「私のミユちゃんを甘く見ては困るなぁ~」

 そんな一悟と玉菜の様子に、ちょっとみるくの表情はよろしくない。みるくの表情に何を感じたのか、みるくと同じベンチに座るここながある事に気づく。


「ヤキモチ…か?」


 突然確信を突かれたかのように、みるくは飲もうとしていた清涼飲料水をペットボトルごと落としてしまう。

「な、ななな…何てこと言うんですかっ!!!」

 顔を赤く染めながらここなの発言を否定するが、どうやら事実のようである。

「安心しろ…単なるゲーム仲間だ。」

 そう言いながら、ここなは涼しい表情でチョコレート味のソフトクリームを舐めるが、ここなの話を聞いていた玉菜はむっとする。

「そう言われると、正直ムカつくんですけどー?」


 今日はシュトーレンとトルテが結婚式の打ち合わせに出かけており、カフェの方は明日香あすか、ラテ、ネロ、ガレット、クラフティの5人に任せている。クラフティは明日から彩聖さいせい会で清掃スタッフの仕事に入るため、彼がカフェを手伝うのは今日が最後となる。「明日香を1人の女性として守りたい」という気持ちの表れなのか、クラフティも新しい職場への意気込みが十分だ。


 他のプレイヤーが待っていたため、一悟と玉菜は「太鼓の玄人」から離れると、玉菜は「バクダンガール」の筐体へ、一悟はみるくとここなと共にトイレへと向かう。一悟達のカバンを預かった瑞希みずきは、やれやれと言わんばかりにベンチに置いたカバンの類の荷物番を始める。

「おっ…みずきちぃ~…やっぱりここに居たのか。」

 荷物番をする瑞希の所へ、ボネと雪斗ゆきとがやってくる。共にサン・ジェルマン学園の制服姿であるため、学校からの帰りのようだ。

「おや…もう部活は終わったんですか。」

「いんや…俺はグループ課題の提出が今日だったからさ。途中で部活を終えた雪ぼんと合流して来たってワケ。」

 ボネがそう言うと、雪斗のカバンからガトーが顔を出す。

「ところで、いちごん達は?」

「みるくとここなと共に、お手洗いへ行かれました。玉菜はカウンター近くで「バクダンガール」中です。トロールは…」


 瑞希が雪斗達に説明している途中、ベンチのすぐ近くの入口が開き、そこから薄紫色の髪で、サングラスで瞳を隠しつつ、黒を基調としたパンクロッカーのような風貌の女性が入ってきた。20代くらいだろうか…彼女の全体から、背徳的なオーラが漂う。女性はそのまま自販機のコーナーまでまっすぐ歩くと、自販機で飲み物を購入する一悟の姿を見つける。そんな一悟の腕の中には、財布をモナカ風のアイスがある。

『ふふっ…美味しそうな子…』

 そう呟いた刹那、女性は偶然を装って一悟に接近し…


「ドンッ!!!」


 一悟にぶつかり、一悟は腕から未開封のアイスを落としてしまう。

「ごめんなさい…喫煙所を探すのに夢中になっちゃって…」

 女性は一悟にそう謝りながらアイスを拾うと、それを一悟に手渡す。

「い、いえ…こっちも人を待っていたので。喫煙所なら…」

「あら、あそこだったのね!ありがとう。じゃあねぇ~」

 何かの気配を感じたのか、女性は一悟のセリフを遮るかのように自ら喫煙所を見つけると、そのままそそくさと走り去ってしまった。


「…何なんだ?」


 そう呆れる一悟は、みるくとここなと合流すると、そのまま瑞希のいる場所へと戻り、ベンチで購入したアイスの封を明け、食べ始める。「太鼓の玄人」は和太鼓をモチーフとしたリズムゲームのため、曲や難易度によっては腕とリズム感だけでなく、ノーツを捌くのに頭を使う必要がある。一悟は身長が低いため、難易度が高く、叩くアイコンの量が多い曲は体力だけでなく、集中力も求められる。

「音ゲーやっただけで、体力使うんだな…まぁ、もうすぐ昼飯だしな。今日は俺が冷たいうどん作ってやらァ!」

 そう豪語するボネの横でアイスを食べ続ける一悟だが…


「ガチッ…」


 バニラ風味のアイスのみが入っているはずのモナカの中に、石のような固いものが入っていたのである。

「いっくん、どうしたの?」

「アイスん中に、固てぇの…入ってた…」

 その言葉を聞いたボネは、咄嗟にポケットからタオル状のハンカチを取り出す。

「いっちー、その固てぇの…今すぐ吐き出せっ!!!」

 ボネが一悟の背中を叩きながら、タオルで一悟の口を押さえ、異物を吐かせる。一悟はしばらくむせこんだ末、とうとうボネのハンカチの上に異物を吐き出す。


 一悟が食べていたアイスの中には、紫がかった植物の種で、至る所に黄色い小さな棘が付いていた。


「植物の…種?」

「!!!?」

 その種を見た刹那、ボネはこの種が人間界のモノではない事を確信する。その近くで雪斗は瑞希と共に、一悟から受け取ったアイスを調べる。

「モナカの中にもう1粒入ってました…この種は…」

「人間界でお目見えできるシロモノじゃねぇ…コレ、魔界の一部の地域でしかお目にかかれねぇからな。」

 その真横で、雪斗は調べ終わったアイスを誰にも見つからないように食べる。


 一悟のアイスの件で、何かを察したボネは、玉菜とトロールが一悟達の所へ戻って来たと同時に、アミューズランドをあとにし、日光にっこう街道から急いでカフェへと向かう。その途中で…


「出でよ、カオスイーツ!!!!!」


 突然の女性のような声がした刹那せつな、一悟達の目の前で、コンビニで休んでいたドライバーが煎餅のカオスイーツに姿を変えられてしまったのである。

「ちっ…行くぜっ!!!」

 人目のつかない物陰に隠れつつ、ボネの掛け声と同時に、一悟達はブレイブスプーンを構え…


「「「「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!」」」」」」」


 しかし、今回は…


「うわっ…」


 一悟が突然ピンクの光から弾かれ、ブレイブスプーンを落としてしまう。

「一悟っ!!!」

「どう…して…」

 瑞希に支えられる一悟の右手が、まるで痙攣けいれんをおこしたかのように、震えだす。その間にみるく、雪斗、玉菜、ボネ、トロール、ここなの6人はマジパティに変身を遂げる。


「「「黄色のマジパティ・プディング!!!」」」

「ブルーのマジパティ・ソルベ!!!」

「「白銀のマジパティ・クリームパフ!!!」」


 名乗りの途中で、マジパティに変身したみるく達は、一悟が変身していない事に気づく。

「どうした、いっちー!!!」

「み、右手が…震え…て…」

「ガトー、今すぐにいっちーとみずきちを僧侶様の所へ連れて行くんだ!!!」

 魔界のプディングは、そんな一悟の様子にガトーを呼び出し、一悟と瑞希を僧侶の所へ連れていくように伝える。

「でも、居場所がわからないと…」

「今はカフェに顔を出す時間だ。カフェに連れて行くといい。」

 僧侶と一緒に暮らしているここながそう言うと、メガネをかけた精霊はぐっと息を呑み、己の力で一悟と瑞希をカフェへと連れていく。


禍々まがまがしい混沌こんとんのスイーツ、勇者の愛に酔いしれなっ☆彡」


 魔界のプディングの言葉と同時に、マジパティ達は片側2車線の国道16号線をジャンプひとつで飛び越える。そんなマジパティ達の前に立ちはだかるのは、煎餅のカオスイーツと、10体ほどのカオスジャンク達…



 ………



 その頃、僧侶はカフェでアイスコーヒーを飲んでいた。

「うむ…明日香もコーヒーを入れるのが上手くなったな?」

 その言葉に、明日香は思わず微笑む。

「明日香は覚えるのが早いからねぇ~…スイーツも作りやすい奴をもう覚えちゃったし♪」

「この調子なら、安泰だな。」

 僧侶がそう頷くと…


「カランカラン…」


 突然、カフェのドアが開き、そこから瑞希が一悟を支えながら入ってきた。

「一悟っ!!!どうしたんですか?」

 そのただならぬ様子に、大勇者は何かを察し、僧侶はアイスコーヒーを一気に飲み干した。

杏子きょうこちゃんっ!!!」

「急患の相手は任せろ!!!」

 そう言いながら、僧侶はブラックカードを大勇者に見せる。安定の、クレジットカード決済である。勿論、一括だ。




 僧侶は一悟達と共に住居スペースに入り、リビングで問診を始める。

「何があった…」

「変身しようとしたら、突然光に弾かれて…そしたら、右手の震えが…」

 僧侶は試しに一悟にブレイブスプーンを持たせようとするが、一悟の右手はまるで物を掴む力を失ったかのように、ブレイブスプーンを落としてしまう。

「僧侶様…実は、一悟が買って食べたアイスの中に…」

 瑞希はそう言いながら、ハンカチに包んだ一粒の謎の種を見せる。

「人間界でも、スイーツ界でも見かけない種だな…」

「ボネが言うには、魔界の一部の地域でしか見かけない種だそうです。」

「それで、ボネはどうした?」

「みるく達と一緒に、日光街道沿いのプチストップの駐車場で、煎餅のカオスイーツと戦ってます。」

 ネロはまだ休憩時間ではないため、魔界の植物について話を聞くことができない。僧侶は咄嗟に持ち歩いている保冷バッグからスイーツ界の力が集結した薬品を取り出し、点滴の準備を始める。


「とにかく応急処置だ。レントゲン検査も必要だから、午後イチで彩聖会の整形外科に連れていく!保険証は?」


「確か…リビングの…棚の引き出しに…」

「マレンゴのおやつ入れの引き出しの上ですよね?今すぐ取ってきます!!!」

 一悟から合鍵を受け取った瑞希は、一目散にカフェを飛び出し、一悟の自宅へと走り出す。




「プワゾップルの種…だな。」


 ネロが休憩時間に入ったと同時に、みるく達がカフェにやって来た。煎餅のカオスイーツは無事、元の姿に戻せたようだ。一悟は点滴を受けながら説明を聞いている。

「プワゾップル…?」


「私の故郷の領地で生えている、リンゴと似た果実だ。元々「禁断の果実」ともいわれている…これは、そこから取り出される種…本来ならこの種は私の種族は乾燥させ、粉にしたものを調味料にして使用する代物だ。加工もしないでかじりつくなんて…」


 ネロはみるく達の前で、一悟が口にした種について説明する。プワゾップルは基本的に魔竜族しか口にできない「禁断の果実」で、種は毒を持っているため、魔竜族はこの種を乾燥させて毒を抜き、加工してから使用するという。

「毒に耐性がついているなら話は別だけど、ましてやいっちーは人間界の人間だ。今回は歯形付けた程度だったけどよ…下手すりゃ、命すら危ない所だったぞ…」

 ボネの説明に、みるくの顔は思いっきり青ざめる。

「最も…こいつも、プワゾップルの種に思いっきりかじりついて、一悟と同じ状態に陥ったからな?」

 呆れながら説明するネロに、ボネは苦笑いを浮かべる。

「そう言えば、私も同じアイス食べたけどさぁ…種は入ってなかったし、なんともなかったわ。」

「僕も何ともない…」

 雪斗はそう呟くが、そこでここながスケッチブックを使い…


「雪斗、お前は一悟のアイスをつまみ食いしただけだろ!」


 ここなの辛辣な言葉によって、雪斗に向けて冷たい視線が集中したのだった。




 やがて午後の診療時間が始まり、僧侶は一悟を連れて彩聖会の整形外科で一悟を見てもらうが、握力は左手が48kgと、4月の体力測定の時と同じ数値を記録するが…

「3kg…」

 右手の握力が極端に落ちていたのである。右手のレントゲンも取ってみるが、一悟の骨に異常が見られない。僧侶は整形外科医と話し合いの末、暫く様子を見る事にし、3日後に一悟の精密検査を行うことにした。


 一悟は僧侶によって家に帰されるなり、ショックで項垂れたまま、翔也達に目もむけずにそのまま部屋へと入ってしまう。


『やっと…あすちゃんと一緒に戦えると思ったのに…ブレイブスプーンも握れなくなるなんて…』


 病院から出てきた時点で、項垂れていた一悟を見かねてか、僧侶はみるくに病院でのやり取りについて説明し、万が一に備え、みるくにある事を告げる。


「仮にカオスが絡んでいた時は、みるく…お前が迷うことなく一悟を救うんだ。」


 僧侶は、カオスやマジパティ絡みで魔界の物体が運ばれる事はあり得ない事を知っており、今回の一悟の件はカオスが絡んでいるという事を察知していたのだった。

「みるく…お前は、どうしてマジパティになったのか…今もその想いは変わらないのか、自分でしっかり考えるんだ。」

「はい…」

「最も…お前が以前から新しい力に目覚める兆しがあったのに、そのチャンスがことごとく消えているのは、お前が一悟にちゃんと伝えないからだぞ?」

 自宅へ戻ろうとする僧侶に事実を突きつけられ、みるくは悶絶する。

「アイツは恋愛感情に鈍い男子中学生だ…ちゃんと伝えねば気づかない。」

 僧侶を見送りつつ、みるくは一悟の部屋を見上げる。よっぽどショックなのだろう…一悟の部屋はカーテンで閉ざされている。そんな閉ざされたカーテンを見つめるみるくの横顔を見て、パートナー精霊であるラテは切なさを感じた。



 ………



「あたしがマジパティになった理由…かぁ…」

 みるくは瑞希、人間の姿のラテと共に湯船に浸かりながら、ふと考える…


「一悟の事を守りたい」…


「あたし、いっくんの事を守りたいって気持ちが強くなっちゃって、マジパティになったんだよね。」

 そんなみるくの強い想いが、みるくをマジパティに変身させた。

「それなら…どうして一悟の事を「守りたい」って思ったんですか?」

「だって…不公平なんだもん。あたしだけが守られるなんて…あたし、いっくんに自分の事を「守って」って頼んでないもん!!!」

 ラテの問いかけに、みるくはそう答える。


「いっくんと一緒に戦ってきても…あたしはずっとその想いを変える事はなかった…でもね…」


 突然、みるくが言葉を詰まらせ始めた。よっぽど、思い出すのもつらいのだろう…ラテと瑞希はそう悟った。

「最近、いっくんが遠く感じるの…こんなに…近くに…いるのに…」

「それは…明日香の事ですか?」

 瑞希の問いに、みるくは黙って頷いた。




 一方、一悟はベッドにうつぶせの状態になり、虚ろな表情で包帯に巻かれた右手を見つめる。僧侶の応急処置で痙攣と震えは収まったものの、右手の筋力は拳を握れないほど弱くなったままだ。

「やっと…あすちゃんと一緒に戦えるって思ってたのに…」

 そんな一悟の言葉に、パートナー精霊であるココアは、少し顔をしかめる。

「一悟…お前、最近明日香の事を口にしてばかりだな?」

「あすちゃんはやっとカオスの手から戻ってきた、いとこなんだから…仕方ないだろ?」

 一悟の「仕方ないだろ」の一言に、ココアは苛立ちを覚え…


「仕方ない…仕方ないって…そんじゃ、お前の右腕の筋力がなくなっちまったのも、仕方ねぇのかよっ!!!」


「…っ!?」

 精霊の一言に、一悟は左腕に重心をかけながら起き上がる。

「太鼓のバチも握れねぇ…左手でしかスマホも操作できねぇ…利き手だから、食事も何もできねぇ…その上、ブレイブスプーンも握れねぇから、変身もできねぇ…」

 突然一悟を煽り始めた精霊に、一悟は身体を震わせながら、左手で枕を掴み…


「うるせぇっ!!!お前に何が判るってんだよ!!!!!いきなり力が使えなくなって…仕方ないわけねぇだろっ!!!!!」


 精霊目掛けて枕を投げつけるが、ココアは枕をたやすくかわしてしまう。

「仕方なくないんなら…どうして、みるくの話…聞いてやらねぇんだよ…お前が明日香の事を気にしてばかりで…」

「黙れよっ!!!!!お前には関係ねぇ事だろ!!!」


「バサッ…」


 今度は机の上にあった教科書が飛び、ココアの顔面にヒットし、ココアは夕飯ができた事を告げに来た姉の一華いちかが開けたドアから放り投げられた。

「ちょっと、一悟っ!!!この一華様にマグカップ投げるとか、危ないでしょーがっ!!!!!」

 一華はそう言うが、一悟はベッドの上で頭から掛け布団を被り、何も返事をしない。落ち込んでいる事を悟った姉は、思わず飛んできたマグカップを拾い上げると…

「ちぃ~っす…」


 茶色のマグカップの中には、2頭身の小人ともいえる精霊がいた。




 ………




「次のニュースです。1日未明より、瀬戌市で10代から40代にかけての男性が次々と吐き気を訴え、その後意識不明になるという事件が多発しており…」


 一悟が右手の筋力を失って3日が経った。あの日以来、一悟はトイレと入浴以外は部屋から一歩も出ず、引きこもったままだ。辛うじて食欲はあるらしく、食べ方は殆ど犬食いにはなったが、完食はしているらしい…というのも、それは殆ど涼也からの話で、ココアも一悟とケンカして以来、みるくの家に行っており、一度も一悟と顔を合わせようとしていない。

「まぁ…いずれはバレることはわかっていたが…」

 涼也の話に、僧侶はため息をつく。一悟は、姉の一華にマジパティである事がバレてしまったのである。そんな一華はインターハイ出場のため、昨日より北海道へ行っている。


「コンコン…」


「一悟、私だ。彩聖会に行くぞ…3分以内に支度しろ!!!」

 幼女の姿の僧侶の言葉に、一悟は渋々部屋から出て来る。この3日間で殆ど憔悴しきっているようだ。

「今日は運がよかったな?みるくは、明日香とここな、そしてユキと一緒に、買い物に出かけているそうだ。」

 その言葉に、一悟は難しい顔をする。

「何で…そこでみるくが出てくんだよ…」

「何でって…お前の大切な幼馴染なんじゃないのか?それに…お前は、もう忘れたのか?初めてマジパティに変身した時の事を…」

 僧侶の言葉に、一悟は思わずハッとする。初めてミルフィーユに変身した時の事…忘れていたワケなんかじゃない…


「それじゃ…ココアがあぁ言ったのは…」


「みるくが最近のお前の言動が気に入らなかった事に、気づいたんだろう…あいつは、ラテの件で相当反省していたからな。お前に、自分と同じように大切な人をぞんざいに扱って欲しくないんだろう。」

「ぞんざいって…俺、あすちゃんと一緒に戦えるって…」

 その言葉に、僧侶はぴくりと眉を動かす。


「一悟、そういうトコだぞ!!!お前が明日香に気をかけてばかりいるから、ココアからは「みるくをぞんざいに扱っている」って判断されるんだ!!!!!」


 僧侶の言葉に、一悟は全身に雷が落ちたような衝撃を覚えた。赤ちゃんの頃から一緒にいて当たり前だと思っていた。だが、明日香の件で一悟とみるくとの間にすれ違いができていた…それも、周囲が気づいてしまうほどに…




 僧侶は3日前よりもがっくりと項垂れる一悟をポルシェに乗せ、自身は後部座席に座ると、キョーコせかんどの運転で彩聖会瀬戌病院へと向かった。


 6月に国道沿いから斜瑠々しゃるる川沿いへと移転した彩聖会瀬戌病院は、ドクターヘリにも対応できるなど、設備も移転前より充実しており、それはムッシュ・エクレールも「クソ患者が同じ病室である以外は、居心地よかった」と絶賛するほどだった。彩聖会に到着すると、僧侶は普段の姿に戻り、一悟と共に整形外科へと向かう。

「………」

 養護教諭である関係で、何度も生徒を移転した彩聖会へ連れていくことはあるが、僧侶は今日はどことなく不穏な空気が漂っている様子を感じた。


千葉一悟ちばいちごさーん!!!」


 一悟はすぐに呼び出され、僧侶と共に指定された診察室へ入るが…

「!!!?」

 そこにいたのは担当医である40代の男性医師ではなく、僧侶より年上程の20代の薄紫色の髪の女性だった。

「それでは、お座りください。」

 女性がそう言うと、一悟はまるで操られたかのように椅子に腰かけ、右腕に巻かれた包帯を解きはじめる。そんな一悟の腕には、まるで豹のような青紫色の痣が僧侶の見える範囲に5か所も存在していた。

「やっぱり、10代前半の坊やは上手く私の力に反応してくれる…」

 その言葉に、僧侶は苦虫を噛み潰したような表情をしながら、スマートフォンの通話機能を起動させる。


「貴様だったのか…プワゾップルの種を、一悟に与えたのは…」


 その言葉に、女性はふふっと微笑み…

「おや…人聞きの悪い…」

「それに、今日の午前は安積永盛あさかながもり医師が担当医のはず…安積先生はどこへやった!!!」


 道理でおかしいはずだ。一悟の前には予約の患者が1人いたはずだ。その予約患者すら見当たらない…


「どこへって…普段通りに仕事しているわよ?私は坊やの様子を診にきたに過ぎない…」

 不敵な笑みを浮かべる女性に、僧侶は杖を構え、瞬く間にスイーツ界の姿へと姿を変える。

「それに、この混沌のニオイ…貴様、正体を見せろっ!!!!!」


「パチンッ…」


 女性が指を弾くと、僧侶は診察室から弾き飛ばされ、壁に激突してしまう。その拍子に、僧侶はスマートフォンを待合用の椅子の上に落としてしまい、女性はそこから流れる男性の声に気づく。


「アンヌちゃん?なにがあった、アンヌちゃんっ!!!」


 女性はみるみるうちにフードを被った女豹へと姿を変え、僧侶のスマートフォンを拾い上げる。


「久しぶりね…勇者…いいえ、カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエ…」


 突然僧侶の声がしなくなり、電話の相手である大勇者はその声の主にハッとする。

「その声は…ヒタム…!?」


「うるさい小娘僧侶のお陰で、貴様を探す手間が省けたわ…今度こそ、貴様を絶望に陥れてやるわ…必ずね…」


 ヒタムがそう答えると、僧侶との通話は途絶えてしまった。

「親父…何があったの?アンヌは…」

「な、何でもないから!!!ただ、病院が混雑しているってだけだから…ね?」

「それならいいけど、明日のカフェの仕込み…早く済ませてよね?」

 慌てながら質問に答える父親に違和感を示しながら、シュトーレンは再びシャワーを浴びるべく、洗面所の扉を閉める。




 一方、勇者クラフティは小児科の掃除を終え、次の清掃場所へと向かっていた。

「さてと…次は整形外科だな。」

聖一郎せいいちろうっ!!!」

 突然友菓ともかの声がして、声がする方へ向くと、そこには友菓がいた。

「どうしたんだ?友菓…こんな所で…」

「いやぁ…河川敷で遊んでいたら、甥っ子が熱中症で倒れちゃって…んで、ここに救急搬送されたの。」

 友菓の甥は軽度の熱中症だったようで、現在は救急外来で点滴を受けている。

「俺はこれから整形外科で掃除…」

 男の勇者はそう言いかけた刹那、整形外科へ向かう通路に空間の歪がある事に気づく。

「な、なに…これ?」

 その禍々しい様子を感じ取った男の勇者は、咄嗟にポケットから白金に赤い宝石が付いたメダル状の物体を取り出し…


「ブレイブディメンション!!!!!」


 それを空間の歪みの前で指で弾くと、弾かれたメダル状の物体は空中で目に見えない波導を一瞬にして作り出し、勇者のいる病院の敷地内は屋上から駐車場にかけて、一瞬にして時間が停止する。

「今、アンヌが捕まってるのが見えた…恐らく、ブラックビターの仕業だ。」

 その言葉に、友菓は息を呑みつつ、ブレイブスプーンを構える。


「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」


 友菓は瞬く間に水色の長い髪をハーフアップにした戦うヒロインに変身し、空間の歪みの中へ飛び込んだ。それと同時に…

「ニコル!!!」

 明日香、みるく、ここな、ユキの4人が男の勇者の所へ駆けつけてきた。ガトーの力で瞬間移動してきたようで、4人は既にマジパティの姿となっている。

「今、友菓がアンヌの救出に向かった。恐らく、この空間の中に一悟も…」

「一悟」という言葉に、1人のプディングは勇者の言葉も聞かず、1人の精霊と共に空間へ飛び込んでしまった。

「みるくっ!!!」

 ユキはみるくの後を追いかけようとするが、明日香に止められる。

「一悟の事は、みるくとラテに任せましょう…私達は友菓と協力して、僧侶様を助けないと…」

 その言葉に、ユキは納得するしかなかった。




 みるくが暫く歪んだ空間の中を走ると、そこにいたのはパンナコッタのカオスイーツと、カオスイーツの左腕に拘束されている、ソルベの姿をした友菓だった。パンナコッタのカオスイーツの額には、僧侶がまるで十字架に磔にされたかのように囚われの状態となっている。

「僧侶様っ!!!!!」

 気を失っていた僧侶は、みるくの声に気づくや否や、十字架から脱出を試みるが、まるでツタのように僧侶を縛り付ける乳白色の物体が僧侶の脱出を阻む。

「みるく、私に構うな!!!お前は一悟の所へ行くんだ!」

「で、でも…」

「みるく…この間私が言った事を、もう忘れたのか?」

 みるくは、僧侶の言葉に首を横に振る。


「ミルフィーユスライサーーーーーーーーー!!!」


 突然明日香の声がして、みるくが振り向くと、明日香がミルフィーユグレイブを構え、カオスイーツに突っ込んできた。ミルフィーユの姿の明日香が突っ込んだ拍子に、友菓はカオスイーツから解放される。だが、僧侶が拘束されている位置からは距離があるため、僧侶救出とまではいかなかった。

「みるく、お願い!!!一悟を助け出せるのは、あなただけなの!!!!!」

「僧侶様はボク達に任せて、先に行くんだ!!!」

「はいっ!!!」

 他のマジパティに背中を押されたみるくは、ユキ、ココア、ラテ、ガトーと共に空間の奥へと進む。


 仄暗い歪んだ空間…出口などどこにも見当たらない…それでも、みるくは一悟のために進まねばならなかった。


 だが、みるくとユキの前に、突然大量のカオスジャンク達が湧き上がってくる。今回のカオスジャンク達は豹の姿をしている。

「みるく、こいつらは僕とガトー達に任せて!!!あのニブチン空手バカに、一発ビンタでも食らわしてきなよ♪」

 ユキはココア共々、豹の姿のカオスジャンク達の前で、余裕の笑みを浮かべる。

「行きましょう!!!」

 パートナー精霊の声に、みるくは黙って頷き、再び走り始めた。




 走りながら、一悟との赤ん坊の頃からの想い出が段々と浮かび上がる…


「どうしたの?そのあたま…」

「おぼえてない…」

 父方の祖母の葬儀で帯広おびひろから帰ってきた日、一悟は頭に包帯を巻いていた。一悟は覚えていないと言うばかりで、一悟の両親はみるくの両親に本当の事を話していた。


 それが、最近になって幼い雪斗を守ろうとした際に、雪斗の実の父親に殴られた事が発覚し、一悟はその事を思い出した事がきっかけで雪斗と和解した。


 母のかえでが事故で急死し、ずっと泣いてばかりだったみるくをいじめっ子から守ってくれたのも、一悟…一悟の母に教えられながら、初めて作ったカレーを「美味しい」って言ったのも、一悟…気づけば、みるくの傍にはずっと一悟がいた…


「ザッ…」


 みるくは急に立ち止まり、凛とした姿勢で顔の真横でハートマークを作りだした。

「禍々しい混沌のスイーツさん、あたしの大切な人…返していただきますからね!!!」


 絶対に涙は見せない…愛する人を取り戻すためならば…


 そんな彼女の前に現れたのは、虚ろな表情のまま、右腕全体に豹のような痣を携えた一悟だった。一悟は目の前に幼馴染がいる事に気づいているのか否か、突然みるくに飛び掛かった。

「プディング!!!!!」

 みるくはとっさに避けるが、一悟は再びみるくに飛び掛かろうとする。

「プディングミラージュ!!!」

 一悟の攻撃をかわすみるくだが、一悟はまたみるくに飛び掛かる。そんな攻防戦がラテの目の前で繰り広げられるが…


「ドゴッ…」


「かはっ…」

 一悟のパンチがみるくの腹部に直撃し、みるくは数歩ほど後退する。みるくは腹部を押さえながら再び攻撃をかわそうとするが、一悟の拳を本気で受けたみるくの身体がよろめき、再び攻撃を受けてしまう。

「みるく、私も加勢…」

「ダメッ!!!」

 加勢しようとする精霊を、みるくが再び立ち上がりながら静止する。


「僧侶様と約束したんです…絶対にいっくんを助け出すって…だから、余計な手出しは無用です。」


 みるくはラテにそう言うと、再びみるくに飛び掛かろうとする一悟の前でプディングワンドを置き、両手を大きく広げた。


「来なさいっ!!!勇者の愛は、決して混沌の力に屈しませんっ!!!!!」


 そう言い放つみるくに飛び掛かる一悟だが、みるくはそんな一悟を優しく受け止める。一悟の右手はみるみるうちに豹のような腕に化け、みるくの背中に爪を立てようとするが…


「どっしぇーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 みるくは一悟に抱き着いたまま、そのまま優しくお互いの唇を重ね合わせたのだった。その様子に、ラテは顔全体を真っ赤に染め上げ、両手で顔を覆ってしまった。


「みる…く…」


 一悟の表情は瞬く間に戻り、右腕も豹の腕から人間の腕へと戻った。そんな一悟の前でみるくは全身を震わせ、右手を振り上げ…


「バシッ!!!!!」


 マジパティの姿のまま、みるくの平手打ちが一悟の左頬に炸裂した。

「バカバカバカバカッ!!!いっくんのバカッ!あたしよりも…明日香さんと一緒に戦う方が大事なの?あたしよりも…まなちゃんと一緒にゲームする方が大事なの?こんなに傍にいるのに…なんで…あたしの事は後回しなの?あたしって、いっくんにとって何なの?」

 大粒の涙をこぼしながら、何度も何度も小突いてくるみるくに、一悟はたじろぐしかできなかった。

「あたし…今までいっくんに守られてばかりだった…正直、そんな自分を変えたくって…いっくんを守りたくって…あたしはマジパティになった…それが、いっくんと一緒に戦っていくうちに、段々といっくんを1人の人として意識するようになってた。」


 やっと一悟にぶつける事ができた本音…この調子で、長年温めてきた想いを伝えられる…


「あたし、もう…「いっくんの幼馴染」でとどまりたくないの!!!大好きなの…いっくんの事が…好きで好きで…たまらないの…」


 突然の幼馴染の告白に、一悟はどう答えていいのかわからず、はぐらかそうとするが…

「どこのどなたでしたかね~?みるくがラブレターもらった時、「俺のみるくに色目使いやがって」なんて怒ったのは…」

 ラテの言葉に、一悟の身体がぎくりと動く。

「そういえば、ココアがこんな寝言言ってたって聞きましたねぇー…「毎朝、みるくが作った味噌汁飲みてぇ」…とか。」

 精霊の確信を突くような発言に、一悟は思わず顔全体を茹で蛸のように真っ赤に染め上げてしまった。


「ず、ずっと一緒で当たり前…だって思ってて…その…どう言葉にしていいのか分かんねぇけど…俺、やっぱりみるくがそばにいねぇと…ダメなんだ。空手も…お前が応援してくれねぇと、全然成果でなくって…」


 恋愛感情に全くと言っていいほど疎い男子中学生の、精一杯の返答に、みるくはにっこりと微笑む。

「それって…最初から、あたしの事「好き」だって事でしょ?」

 幼馴染の問いかけに、一悟は再び顔全体を茹で蛸のように真っ赤に染め上げた刹那、みるくとラテの全身が黄色い光に包まれ、光の中から黄色い葉っぱと同じ色の宝石が生み出された。

「こ…これは、この間のソルベの時と同じ…」

 みるくの全身のダメージは何事もなかったかのように回復し、宝石はブレイブスプーンの隣に寄り添うように装着された。


 黄色い葉っぱに反応したのか、突然一悟達の近くにレインボーポットが現れ、ティーポットと共にシュトーレンが現れる。着替えている途中だったのか、今の女勇者の姿は黒とエメラルドグリーンを基調とした下着に、黒いオーバーニーソックス姿だ。

「みるく…やっと、言えたわね?上出来よ!!!」

 そう言いながら、女勇者はティーポットの蓋を開け、黄色い葉っぱはポットの中に入り込む。ポットの底から黄色の光がまるで水のように湧き上がり、マジパティの紋章に女の勇者の横顔をかたどったレリーフが黄色の光を放つ。

「2人のお互いを想う気持ちが、「愛のリーフ」を呼び寄せた…だから、絶対にその手を離しちゃダメよ?」

「で、でも…勇者様…その恰好…」

 みるくに今の姿をつっこまれるや否や、女勇者は慌てて両手で柔らかくて豊満な2つの双丘を隠す。

「せっかくシャワー浴びたばっかりなのにぃ~…親父、なんとかしてーっ!!!」

 シュトーレンはそう言うが…




「何度も何度も魔眼でセーラを呼び戻そうとしてんのに、全然反応がねぇ…」


 娘をカフェに呼び戻そうと、額に第3の眼を開眼させた大勇者だが、今回は難航しているようだ。

「ピロリロリン♪」

 突然大勇者のLIGNEリーニュ通話の通知音が響き、大勇者が通話に応じると…

「兄さん、もしかして魔眼使ってない?」

「セーラが僧侶ちゃんのいる場所に飛ばされたらしくってさぁ…それに、今の恰好が恰好だから、呼び戻そうとしてんだけど…」

「ごめん!今、俺…ブレイブディメンション使ってて、俺のブレイブメダルが兄さんの魔眼の光を弾いちゃってるんだ。」

 弟からの衝撃的な事実を聞いた大勇者は、思いっきりずっこけた。




 突然ユキと明日香達の悲鳴が響き渡り、女勇者はあられもない姿のまま立ち上がる。

「もう…帰ったら、またシャワー浴びなおしじゃないのっ!!!」

 そう言いながらブラの中に手を突っ込み、アクセサリー化した大剣を取り出す。出てきた大剣が原寸大に拡大されると、勇者は飾りの宝石に手を触れ、白と金を基調とした甲冑姿に変わった。

「行くわよ、みるく!!!」

「はいっ!!!!!」

 一悟はレインボーポットと抱え、2人のあとに続く。


「もはや「ヤバイですね」って状況じゃなーいっ!!!」

 ユキは何とかカオスジャンク達を浄化したものの、今度は新たなパンナコッタのカオスイーツが現れ、ココア、ガトー共々四肢を全て拘束されてしまっている。

「プディングアムールリアン!!!」

 突然ユキの背後からみるくの声がすると、ユキの背後から黄色い光のチェーンが飛び出し、カオスイーツの動きを封じ込めた。

「今です、勇者様っ!!!」

 みるくの言葉を聞いた勇者は、大剣を構えながら飛び上がり、カオスイーツを頭から一刀両断した。勇者に斬られたカオスイーツは光の粒子となり、本来の姿である入院患者へと戻り、ユキ、ココア、ガトーは解放される。

「ユキ、危ないところだったわね!!!」

 勇者の言葉に、ユキは再び立ち上がり、勇者クラフティのマジパティ達と僧侶のいる場所へと引き返す。




「く、苦しい…」

 パンナコッタのカオスイーツは、3人のマジパティの息の根を止めんとばかりに、明日香達の首を「ギリギリ」と音を立てながら締め上げようとしている。

「あすちゃんっ!!!」

「ソルベ、連携プレーですっ!!!」

 苦しむ3人のマジパティ達を前に、みるくはユキに連係プレーを提案する。

「オッケー!ソルベブーメランっ!!!」

「プディングメテオ!!!ミストシャワー!」

 ソルベの放った長弓が3人のマジパティと僧侶をカオスイーツから解放し、プディングが放った霧でカオスイーツは視界を遮られる。その間女勇者は囚われていた幼馴染を救出する。

「アンヌ、遅くなってごめんね!!!」

「別に構わん!明日香達、今だっ!!!」

 勇者に支えられる僧侶の言葉に、明日香達は己の武器を構える。


「「「3つの心を1つに合わせて…」」」


 勇者クラフティのマジパティ3人がそう叫んだ瞬間、3人の武器は光の粒子となり、それぞれのカラーに合わせた細身の剣・パティブレードに変わった。


「勇者の力を1つの剣に!!!ミルフィーユブレード!!!」

「勇者の愛を1つの剣に!!!プディングブレード!!!」

「勇者の知性を1つの剣に!!!ソルベブレード!!!」


 3人はそれぞれのパティブレードを構え、ピンク、黄色、水色の光をまといつつ、カオスイーツに飛び掛かる。


「「「マジパティ・トリニティ・ピュニシオン!!!!!」」」


 カオスイーツは、ピンクの光を纏ったミルフィーユにミルフィーユブレードで縦に斬られ、続いて黄色の光を纏ったプディングにプディングブレードで横に斬られる。そして、最後に水色の光を纏ったソルベによってソルベブレードで斬られた。

「「「アデュー♪」」」

 3人が同時にウインクすると、カオスイーツは光の粒子となり、本来の姿を取り戻す。

「くそっ…勇者は1人ではなかったか…」

 そう言いながら苛立ちを見せるヒタムは、フッと音を立てて病院を去ってしまった。空間の歪みも元に戻り、シュトーレンも無事、ガレットの力でカフェに戻され、クラフティも無事、整形外科の清掃に取り掛かる事ができた。みるく達は再び買い物へと戻り、友菓は甥っ子の所へと戻った。




「瀬戌市で、10代から40代にかけての男性が意識不明に陥る事件ですが、意識不明となっていた男性達が先ほど意識を取り戻したと、瀬戌市医療センターの院長が…」


 病院のロビーでニュースの報道がされる中、一悟は機嫌よく病院を歩く。プワゾップルの種による毒は、みるくのお陰で消え去り、精密検査もすべて異常なしと診断された。安積医師の見解では、今回の右腕の筋力低下は「精神的ストレスによるもの」で片づけられたが。

「一悟、今回はお前がニブいからこうなったんだからな?反省しろ!!!」

 僧侶の言葉に、一悟は苦笑いを浮かべるが、解放された時のみるくの言葉を思い出し、今度の空手の大会に向けてぐっと右手を握りしめる。

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