第35話「キケンな双子!?ピサンとゴレン、登場!!!」

「ガコン…」


 病院内の一角にある自動販売機から缶コーヒーが取り出し口に転がり落ちる。ムッシュ・エクレールはため息をつきながら取り出し口の扉を開け、コーヒーを取り出す。

「誰も…お見舞いに来ない…」

 彩聖さいせい会に入院したばかりの頃は、木津きづ先生、姪のライス、かつて同じパーティーだった賢者が顔出しに来ていたが、最近は茅ケ崎ちがさきへ行っているらしく、3人とも彼に会いに来なくなった。

「大体…この私を差し置いて、茅ケ崎って…確かに勇者様と先代マジパティが活躍した場所だって聞いてるが…」

 1人で愚痴をこぼしながら、ムッシュ・エクレールは車いすを押し、大型テレビがあるロビーへ向かう。最近は同じ病室に、マイルールばかり並べた高齢男性が入院し、彼のストレスはたまる一方…


「ったく…あのジジイ、何様のつもりだ?オレ様ですか?患者様ですか?同じ病室の人間と看護師を何だと思ってんだよ…若い女の看護師さん達のお尻を触るわ、男の看護師にはツバを吐くわ…いい加減にしてほしいぞ…」


 何度も「病室を変えて欲しい」と懇願するが、医者からは「気持ちはわかるが、空いてる病室がない」で返され、今に至る。そんな彼の至福の時は、リハビリステーションに向かう時と入浴時間、そしてロビーでテレビを見る時なのである。どれもSNSから既に出ているニュースを「独占入手」と称して報道しているモノばかりではあるが、厄介な同じ病室の患者と一緒にいるよりは、退屈しのぎで丁度いい。


「先ほど入ってきたニュースです。政治家の今川武夫いまがわたけお氏の長男が5月上旬より行方不明になっている事が、関係者の調べで明らかになりました。」


『私より年上じゃないか…それもニート…こっちは給料で家賃と生活費殆ど持ってかれて、毎日がカツカツなんだぞ?』

 缶コーヒーを飲みつつ、ニュースに耳を傾けるムッシュ・エクレールはそう呟く。職歴はないに等しい割に、フェラーリなどの高級車を乗り回す…自分とは真逆の環境だ。

「仮に元妻子持ちなら、元嫁は運が悪かったと言うべきか…ご愁傷様と言うべきか…できる事なら、私が拾いにお伺い…」

 下心丸出しな魔導士の呟きを遮るかのように、ニュース番組で公開された顔写真を見た刹那、魔導士は驚きのあまり、飲んでいたコーヒーを思いっきりむせてしまったのだった。

下妻しもつまさん、しっかりしてください!!!」

 看護師たちに支えられるムッシュ・エクレールの真横で、行方不明者の報道は、魔導士にある真実を語るかのように続けられる。


「今川氏の長男・ばくさんは、かつては「天才棋士」として名をはせておりましたが…」



 ………



「フムフム…蔵王ざおうキツネ村で子ぎつねが2匹行方不明…高崎山たかさきやまで突然のボスザル失踪…人間だけでなく、動物まで失踪するなんてねぇ…」

 東名とうめい高速道路上りの海老名えびなサービスエリアのフードコートで、賢者トリュフはテーブルに新聞を1面分広げ、テレビを見ながら海鮮丼を食べている。

「シンシア…食べるか、ニュースを見るか、新聞を読むかのどっちかにしてくれ…」

「ほえ…」

 賢者の向かいには、呆れた表情をする勇者クラフティと、きょとんとした表情をする明日香あすかが食事中だ。


 無事、明日香をカオスから奪還し、海の家の手伝いも一段落となったところで、マジパティ合宿は一つの区切りをつけた。明日香は元々コンタクトができない体質だったため、ユキが預かっていたメガネで視界の方はどうにかなったようだ。その代わりとして、ユキと友菓ともかによって髪にインナーカラーが入れられたのだった。

「明日香はおじいちゃんと再会できたし、検査も異状なし!お母さんとの面会で合宿は参加できなくなったけど、お母さん…明日香の事を待ってるんですって。」

「で、でも…こんなに甘えて…いい…の?」

「堅苦しい事はナシ!もう…好きなものを「好き」って自由に言っていいんだから。」

 戸惑う明日香に、ユキが背中を押す。あずきと雪斗ゆきとが弓道部の合宿に入るため、2人も高萩たかはぎ家のリムジンで瀬戌せいぬ市に戻る途中だ。

「あら…「下関しものせきでブリーダーの謎の変死体 繁殖犬数頭脱走か」…物騒なニュースばっかりですわね。」

 賢者が広げている新聞記事の見出しを、あずきが読み上げる。

「こらぁ~!まだ読んでない記事、読み上げるなぁ~!!!」

 賢者が新聞をテーブルから離した。その刹那、ユキの視界にあずきが読み上げた下関の変死体の記事が一面に掲載されていた。試しに「下関 繁殖犬脱走」と検索してみる。どうやら変死体は悪徳ブリーダーだったようで、口コミには「ドッグラン、人間の子供がやっと通れる程度かよ」、「実際は、相当狭いところで多頭飼いです。詐欺です。騙されないで!」などと言った苦情が殺到している。その様子に、ユキは思わずゾッとする。

『いくらなんでも、死体に鞭を打つような事していいのかなぁ…』


「お母さんの調停も始まるけど、もう一人じゃないんだからね?一悟いちごの両親達も、明日香の事を支えるって言ってるし…だから、あなたは幸せになっていいのよ。やりたい事があるなら、ちゃんと話を聞くから…ね?」


 くどいようだが、賢者は埼玉さいたま県教育委員会教員人事部の職員だ。




 ………




 7月29日、瀬戌市…ムッシュ・エクレールの退院の日がこの日に繰り上げられた。それを知ったのか否か、勇者達は一昨日より瀬戌市に戻り、カフェ「ルーヴル」は通常営業に戻っている。明日香とクラフティは、2人の収入が安定するまでの間、明日香の母である千葉紅子ちばべにこのアパートで暮らすことになり、そこからカフェへ通勤するようになった。その理由は…


「シンシア、そのアパートの住所って…」

「あたしの出向先の近くでさぁ…くるみの地区だからカフェから離れちゃうけど、場所は瀬戌市松本まつもと町のアルピコ新島々しんしましま第2棟…」

「へぇ…「アルピコ新島々」…」

「「アルピコ新島々」って…親父が住んでるアパートじゃねぇかっ!!!親父、第1棟だけど…」

 賢者が斡旋したアパートと隣接しているのが、明日香と涼也りょうやの父親が暮らしているアパートであったため、茅ケ崎にいるマジパティを知る者達全員一致で却下となったからだ。


「明日香を自分の所有物扱いしたクソの住んでるアパートの近所に、最大の被害者である明日香を住まわせるなんて言語道断っ!!!!!他の物件にしてっ!!!」


 特に同じ父親で、同じく娘がいる大勇者は猛反対で、賢者も物件を変えようとするが、物件がこれだけという事態。そのため、明日香とクラフティは母親が住んでいるアパートで暮らすことになったのである。このアパートは魔界のマジパティ達が暮らしているアパートでもあるため、2人には良物件だ。明日香と涼也の母も事情を聞いた上で了承し、明日香は8年ぶりに母親と暮らせることになったのだ。




「似合ってるぜ…あすちゃん。」

「ありがとう…こんな可愛い服が着られるなんて…」

 カフェの開店準備中、いとこにメイド服姿を褒められた明日香は瞳を潤ませながら微笑む。

「今日から、本格的に頼むわよ!初めての接客なんだから、困ったときはアタシや一悟とラテがフォローするから。」

「お料理運ぶのはもう慣れっこです!大船に乗った気持ちでいてくださいっ!!!」

 ラテは人間の姿でふんと鼻息を放つ。明日香はカフェ「ルーヴル」で働き、クラフティは8月よりジュレが手配しておいた彩聖会瀬戌病院の清掃スタッフとして働くことになっている。


 戸籍上、明日香は24歳で、クラフティは30歳なのだが、カオスに囚われている間は体内の時間がすべて停止していたため、端からすれば10代後半の少女と20代前半の青年だ。つまり、カオスに囚われている間は冷凍睡眠と同じような状態で過ごしていたことになる。それはここなと友菓、そして明日香の弟である柊也しゅうやも同じだ。柊也は未だに昏睡状態が続いているが、明日香が柊也の様子を見に来て以降は、一日も早く明日香に会いたいのか、医者も驚くほどの速さで回復している。


 今日のカフェは厨房にトルテ、ガレット、みるくの3人がおり、雪斗は弓道部の練習、玉菜たまなは合唱部のコンクールの練習、ボネは配達のバイト、クラフティは運転免許の短期教習のため、それぞれ不在だ。友菓は姉夫婦の子供の面倒を見ているため、来られず、ネロは一悟の母から教え方の腕を買われ、暫くの間一悟の母が働いているスポーツクラブのインストラクターにかりだされている。トロール、ここなに至っては…

「嬢ちゃんってば、可愛いモノには目がないっぺなぁー…(嬢ちゃんってば、可愛いモノには目がないわねぇー…)」

まかない作りたくないからって、勇者ちゃんの部屋をあさるな…バカちんが…」

 シュトーレンの部屋をあさるトロールの頬を、ここながつねり上げる。どうやら住居スペースで賄いの冷やし中華を作っている最中のようだ。どちらもあまり料理が得意ではないが、共に料理の基礎知識はあるようで、全く料理ができないよりはマシな方である。

「うむ…みるくのレシピはわかりやすくて助かる。」

 ここなはそう言いながら溶き卵を焼いているフライパンを振り上げるが…


「おっとっとっと…」


 上手くキャッチできないようで、まるでホームランをキャッチしようとする外野手のような動きで、飛び上がった卵焼きをキャッチしようとフライパンを振り上げるが…


「ガンッ…」


「あじゃじゃじゃじゃ!!!!」

 フライパンの底がトロールの顔面に当たり、ここなが持っているフライパンには焼きあがった卵焼きがぽとりと落ちる。

「ふぅ…ボクにとって、薄焼き卵の難易度はVERY HARDだがな…」

「何やってんのよ…トロ子…」

 偶然なのか否か、玉菜が部活を終えたようで、パソコンのメンテナンスに行っていた瑞希みずきと一緒に住居スペースにやって来る。

「おう…そこの縞パン、手伝ってくれないか?」

「誰が縞パンだっ!!!!!」

 今のここなはトロールに覆いかぶさっている状態のため、ここなの視界には玉菜と瑞希のスカートの中が丸見えだ。状況を理解した瑞希が、咄嗟に慣れた手つきで鍋に湯を沸かし、生めんをゆで始め、冷やし中華作りが再開する。


「クッキングヒーターであっても、油断大敵です!!!」


 ここなとトロールにそう叱責しつつも、他の具材を用意する辺りは、流石と言えよう。賄いが出来上がった頃には、みるくと明日香がシュトーレンと共に住居スペースにやって来て、瑞希が仕上げた冷やし中華を食べる。明日香も一悟達のフォローのお陰で、無事に仕事をこなすことができたようだ。




 夕方になり、カフェが閉まる。午後も明日香はトラブルを起こす事もなく接客に挑めたため、一悟もシュトーレンもほっとしている。

「あすちゃん、母ちゃんから2時間前に連絡来てたんだけど…」

 メイド服から着替えを済ませた明日香は、既に普段の姿に戻っている一悟に呼び止められる。

「伯父さん…母ちゃんの職場に来た…って。」

「えっ…」

 いとこの言葉に、明日香の表情は青ざめる。

「ネロが休憩中の時だったから、気づいてなかったようだけど…「エアコン付けながらトレーニングするな」とか、調停の事とか…老害感丸出しで文句言って帰った…って。」

「で、でも…謹慎中よね?一悟の学校で問題起こして…謹慎って…」

「「自分の考えこそ正しい」って歪んだ正義漢を持っているような輩が、家に留まっていると思いますか?それに、今日はお母さんの離婚調停が…」

 明日香の言葉に、みるくが問いかけ、明日香はハッとする。


「私…見たんです。終業式の日、中等部の校庭を覗く千葉先生の姿を…」


 みるくの証言に偽りが見受けられない。それを悟った一悟と明日香はぐっと息を呑む。一悟の母の職場に来たという事は、離婚調停に対する一方的な逆恨みなのだろう…2人はそう確信する。

「明日香さん…あの男が調停の関係でカフェの周辺をうろつき始めた以上、単独行動は厳禁です。密にはなりますが、身を守るためにも、日替わりで誰かと一緒について行ってください。」

「そうね…2人か3人がついて行った方が、いざという時対処しやすいと思うわ。私も進次郎しんじろうさんやお母さんに相談して、時間作っとくわ。」

 明日香に対する瑞希の提案に、玉菜が意見を加える。

「で、でも…」


「ストーカーは言葉が通じないの!!!明日香は、そんな輩に無防備な姿を晒したい?晒したくないなら、アタシらに頼っていいのよ。あなたはもう1人じゃないのよ…」


 女勇者の重い言葉が、戸惑う明日香の心に刺さる。無理に強がり、マジパティ達を守るためだけにストーカーに成すがままにされ続けた日々…今の女勇者には、もう繰り返したくない出来事だ。


「お願い…もうあの男の…顔を見たく…ないの…助けて…助けて欲しいのっ!!!」


 明日香の叫びが、住居スペース全体に響く。

「それなら、決まりだな?それと、護衛として…」

 大勇者はある人物に電話をかける。

「あ、俺だよ!俺!今から5分以内に、カフェに…来い!!!絶対に来いっ!!!!!」

 命令形で話している点で、明日香以外の面々は電話の相手が誰だか気づいたようだ。


「そういう事情なら仕方あるまい…それにしても、同じ教育者としての風上にも置けんなぁ!!!昭和の教育環境を、令和で押し付けてんじゃねーよって話だよ!!!!!ったく…」

 退院したばかりのムッシュ・エクレールだった。退院直前も、同じ病室の老人から心ない事を言われていた様で、口調が荒くなるほど相当気が立っている。今日はムッシュ・エクレールの他に、雪斗と瑞希が護衛として明日香に付き添い、時間をずらすかのように、一悟とみるく、ネロとトロールが時間差でついて行く。

「ところで、まことの様子は見ていたのか?ジュレも忙しかったらしくって、ユキが心配してたぞ。」

「ナースステーション越しにな?今のところ、特に問題はない。引き取り先はまだ見つかっていないがな。」

 真…それはブラックビターの元幹部・マカロンのことで、玉菜の姉の甘音あまねの不倫騒動で媒体ばいたいである赤ん坊に戻り、現在は彩聖会瀬戌病院に入院している。

「まこ…と?」

 明日香はきょとんと首をかしげる。

「あなたも以前、お会いした事があったと思います…あのマカロン様です。」

 マカロンの話をする瑞希はどことなく悲しげだ。

「媒体は、玉菜のお姉さまが不倫の末に産み捨てた赤ん坊…「真」という名前は、媒体に戻った後に、ユキが名付けました。」

「道理であの時、パソコンや家具がなくなっていたのね…服のセンスも私好みで、あの子の事を気に入ってたんだ。」

 ダークミルフィーユだった頃の記憶は残っている事もあり、マカロンのその後の事を聞いた明日香の表情も悲しげになる。


「ピコん!!!」


 突然、瑞希のLIGNEリーニュの通知音が響く。

有馬ありまさんからです!なつめ公園で2匹のキツネが現れ、大柄の女性をあんみつのカオスイーツにして、暴れはじめたそうです!!!」

 周囲が緊迫した空気に包まれる。

「ガトー、なつめ公園まで頼む!!!」

「承知しました!!!」

 精霊がそう言うと、雪斗達は精霊の力でカオスイーツのいる公園へと瞬間移動する。それに気づいた一悟達もネロ達と一旦合流し、人目のつかない場所へ移動し、一悟とみるくはブレイブスプーンを構え、ネロとトロールは魔界の姿へと戻る。


「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」



 ………



 木苺ヶ丘きいちごがおか一丁目と二丁目の境目にあるなつめ公園…木苺ヶ丘中央公園より少々小ぶりの公園では、クリームパフに変身した有馬と、あんみつのカオスイーツが対峙している。そんなカオスイーツの背後には双子の狐が服を着て2本脚で立っている。

「狐がカオスイーツを出すなんて、聞いてないぞ!!!」

「キツネなんて失礼しちゃうなぁー…ぷん♪」

「僕達のどこがキツネなんだか…カオスイーツ、やっちゃいなよ♪」

 獣感丸出しの時点で、狐である。狐と人間を掛け合わせた双子は、くすくす笑いながらカオスイーツの体内から発射される立方体の寒天を次々と撃ち落とすマジパティを嘲笑う。カオスイーツに集中するクリームパフだが、時折双子の狐が呼吸を合わせるかのように、1人で戦うマジパティに攻撃する。


「かはっ…」


 双子のキックがクリームパフの腹部に炸裂し、クリームパフは地面に背中を打ち付け、ワンバウンドする。

「あははっ…ピサン達の敵じゃないねーっ♪」

「大した事ないの…ざぁーこ♪」

 双子の狐の瞳が共に赤く光る。少女の恰好をした狐がピサン、少年の恰好をした狐はゴレン…実に見事なコンビネーションだ。大木にもたれながら立ち上がるクリームパフは、左手で右腕を押さえつつ、クリームグレネードを構えるが…


「っ…」


 右腕に痛みが走り、思わずクリームグレネードを落としてしまう。

「しまった…」

 有馬がそう呟いた刹那、求肥状の白い物体が白銀のマジパティを大木に縛り付けてしまった。まるで脱出を許さぬかのように、カオスイーツはあんこ状の物体を宙に浮かべ、丸腰のマジパティに襲い掛かる。


「あはははっ…ゴレン、見たぁ?どっかーんだよ!!!どっかーん!!!」

「見た、見たぁ♪マジパティなんて、雑魚の集団じゃん♪僕とピサンの敵じゃないねぇー♪」

 双子の狐は、大木目掛けて放たれ、爆発四散する無数のあんこ状の物体を見ながらそう嘲笑うが…


「誰が雑魚の集団ですって?」

「もう一度言ってごらん?そこの狐っ!!!」

 土煙の中から、拘束した白銀のマジパティでない声が2人分響く。

「だからねぇ…マジパティはピサンとゴレンにとって、雑魚の集団なの♪何度も言っちゃうよぉー♪雑魚♪雑魚♪ざぁーこ♪」

 ピサンがそう言うと、晴れていく土煙からピンクのツインテールのマジパティと、ブルーのサイドテールのマジパティが姿を見せる。ミルフィーユに変身した明日香と、ソルベに変身したユキだ。そんな2人の背後で、ムッシュ・エクレールが白銀のマジパティを救出する。ユキはソルベアローを持っており、無数のあんこ状の物体をソルベハリケーンではじき返したと思われる。

「立てるか?有馬…」

「なん…とか…」

 そう答える白銀のマジパティの姿を見るなり、ムッシュ・エクレールは目を皿のように丸くする。

「えと…つかぬ事お聞きしますけど…」

「無駄口叩いてないで、怪我をしたクリームパフを安全な所へ連れてってあげてっ!!!」

 ソルベの言葉に怖気づくムッシュ・エクレールは、木々の間に待機している瑞希、ガトー、モカの所へ白銀のマジパティを運ぶ。


「随分と生意気な事を言う狐ね…サマーカットにでもしてやろうかしら?」

「うわっ…ピサン達に向かって、サマーカットって言ったー!!!暴力はんたーい!!!」

 どの口が言うか!!!そう言いながら明日香はミルフィーユグレイブを構えようとするが…

「う…うそっ…ミルフィーユグレイブが出せないっ!!!」

 明日香がどれほど右手を前に突き出しても、ピンクの長薙刀が出る気配がない。

「ちょっ…冗談でしょ?わわっ…」

 攻撃する間も許さぬかのように、突然求肥状の物体がミルフィーユとソルベをそれぞれ簀巻きの状態にしてしまい、ソルベはソルベアローを落としてしまう。


「カラン…」


 明日香はカオスから完全開放されたものの、勇者クラフティの大剣を無断で使用したという理由で勇者ガレットの怒りを買い、3日間マジパティとして変身する事を禁止されていた。勇者ガレットの怒りは相当なもののようで、再び変身できるようになったものの、専用武器を使用できないままだった。それが、ミルフィーユグレイブが出せなくなった理由である。


「口ばっかりで大した事ないねー?やっぱり雑魚だ♪」

「雑魚♪雑魚♪ざぁ~こぉ~♪カオスイーツ、いっぱい痛めつけちゃえ~♪」

 ピサンがそう言うと、ミルフィーユとソルベを簀巻き状にした求肥が中でもぞもぞと動き出し、2人のマジパティはこそばゆい感覚を覚える。

「ひえっ…何これ…気持ち悪っ!!!」

 ベトベトとくっつくような感覚に、ユキは不快感を示す。求肥はユキの全身をまさぐり、黒いストッキングを少しずつ裂きつつ、コスチュームとインナーの中へ侵入していく。

「あうっ…そ、そこ…は…」

 求肥が簀巻きの状態のまま、豊満な双丘の頭頂部を中心に攻め立て、ユキは全身をがくがくと震わせる。

「無様♪無様ぁ~♪」

 簀巻きの状態の求肥に蹂躙されつつも、ユキは目線を明日香の方へ向ける。明日香はうつぶせのまま、恐怖に怯えている。


「やめ…て…ちゃんと…言う事…聞く…から…」


 父親に性的な捌け口にされていた時の事を蒸し返したのだろう…ユキの全身に、雪斗とユキの怒りがこみ上げる。

「許せない…命あるものをストレスの捌け口にするなんて…僕には理解できない…」

 ユキは「ふんっ」と大木を力いっぱい踏み込み、その反動で立ち上がり、ユキを簀巻き状にしていた求肥はまるで飴細工のように砕け散る。上半身のコスチュームは下にずらされ、インナーとストッキングは所々素肌が露わになっているものの、ユキはだまってずらされたコスチュームを正すと、ソルベアローを拾い上げる。

「うわっ…何、このマジパティ…ピサン達に向かって、生意気だぁー!!!」

「うっさい、バーカ!!!その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ、女狐っ!!!!!」

 そう言いながら、ユキは長弓を回転させ、ソルベブリザードを放つ。長弓から放たれた吹雪は、ピサンとゴレンの足元を凍り付かせる。

「ひっどーい!!!動物虐待で訴えてやるーっ!!!」


「訴えるって…その費用はどこから取るつもりだ?」


 ピサンが喚いた刹那、突然濃い霧が発生し、双子の狐の背後に、氷の竜と化したネロが現れる。

「い、い…今のはピサンが言ったんだよ!!!僕、悪くないもん!!!!!」

「あーっ、ゴレンったらひっどーい!!!」

「ほほぅ…責任のなすり合いか…くだらん!!!」

 突然の氷の竜の登場に双子の狐は思わず白目をむきながら失禁してしまう。


 双子の狐からの指示を待っていたカオスイーツは、全く支持を出さない事にしびれをきらし、無我夢中でガラス状の器を回転させながら暴れ始めた。

「ホント…バカな狐なんだから…」

「全くです!!!自分達で生成したスイーツくらい、最後まで責任もって欲しいものですねっ!!!」

 青いマジパティとメガネをかけた精霊は、カオスイーツを「きっ」と睨みつける。


禍々まがまがしい混沌こんとんのスイーツ、勇者の知性でその煮えたぎった頭を冷やしてあげる!!!」


 青いマジパティがそう叫んだ刹那、ソルベとガトーの全身が水色の光で包まれ、カオスイーツはその水色の光に弾かれ、真っ逆さまに倒れてしまった。

「何…これ…?」

 ユキとガトーの間に、水色の葉っぱと同じ色の宝石が浮かび上がり、ユキのコスチュームが何事もなかったかのように復元される。

「私にもわかりません…」


「それは、レインボーリーフの一つ・知性のリーフと、ガトージュエル…ユキとガトーのカオスイーツの暴走を止めたい気持ちが一緒になった証よ。」


 濃い霧の中から、パステルグリーンのサマーニットに、青いデニム地のショートパンツと黒いニーソックスと白いミュール姿の女の勇者が白と金を基調としたティーポットを右手に持ちながら、ソルベの方へとやってくる。勇者の言葉に呼応したのか、水色の宝石・ガトージュエルは青いマジパティの腰のチェーンにあるスプーンに寄り添うかのように装着される。

「まぁ…親父から言われただけなんだけどさ。早い話、ソルベが新しい力に目覚めた証よ?」

 ガトージュエルを装着した事で、青いマジパティは自身の中に力が湧き上がってくる様子を感じた。知性のリーフは女の勇者が持つティーポットに気づくや否や、ティーポットの蓋が開いたと同時に吸い込まれるようにしてポットの中に入っていった。ティーポットは知性のリーフが入ると、ポットの底から水色の光がまるで水のように湧き上がり、マジパティの紋章に女の勇者の横顔をかたどったレリーフが水色の光を放つ。


「それで…明日香は?」

「明日香さんは無事です!」

「俺は無事じゃねぇけどな…すげー蹴り…」

 ユキの疑問にミルフィーユに変身した一悟と、プディングに変身したみるくが答える。みるくの方は傷一つついていないが、一悟は明日香を求肥から助け出す際に、父親に酷い目にあわされた事を思い出した明日香に何度も蹴られたらしく、腹部を抱えている。そんな救出された明日香は、一悟を蹴った事に気づくや否や、しゅんとしている。

「あすちゃん…もう1人じゃないだろ?ユキと一緒に有馬さん助け出せたんだからな…少しずつでいいんだ。あすちゃんなりに、戦う方法はきっと見つかるさ。」

 そう言いながら手を差し伸べる一悟の手を、明日香はぎゅっと握り、立ち上がる。求肥に蹂躙された事でコスチュームの所々が裂け、素肌こそ露出してはいるが、武器が出せない事で嘆くピンクのマジパティはもういない。

「ありがとう…一悟。ミルフィーユグレイブが出せなくなっても…落ち込む暇なんて、ないわよね…」

 ユキ「戦う手段はいくらでもあるんだよ!行こう!!!」

 ユキが明日香に背中を押すと、真っ逆さまに倒れていたカオスイーツが再び立ち上がり、暴走を始めた。


「みんな、気を付けて!!!」

 女の勇者がそう言うと、4人のマジパティは一斉にカオスイーツに向かって飛び出した。その中で、ツインテールのミルフィーユは途中で地面を思いっきり蹴り上げ、高く飛び、上空で両手の指と指を重ね合わせた。

「ミルフィーユ…ハンマーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 まるで鉄槌をカオスイーツに落とし込むかのように、明日香の攻撃がカオスイーツに炸裂する。

「一悟、今よ!!!」

「おうっ!!!みるく、ユキ…いくぜっ!!!!!」

 明日香の攻撃でカオスイーツが気絶している双子の狐の近くまで後退すると、一悟、みるく、ユキの3人はそれぞれの武器を構える。


「「「3つの心を1つに合わせて…」」」


 3人がそう叫んだ瞬間、3人の武器は光の粒子となり、それぞれのカラーに合わせた細身の剣・パティブレードに変わった。


「勇者の力を1つの剣に!!!ミルフィーユブレード!!!」

「勇者の愛を1つの剣に!!!プディングブレード!!!」

「勇者の知性を1つの剣に!!!ソルベブレード!!!」


 3人はそれぞれのパティブレードを構え、ピンク、黄色、水色の光をまといつつ、カオスイーツに飛び掛かる。


「「「マジパティ・トリニティ・ピュニシオン!!!!!」」」


 三度暴走しようとするカオスイーツは、ピンクの光を纏ったミルフィーユにミルフィーユブレードで縦に斬られ、続いて黄色の光を纏ったプディングにプディングブレードで横に斬られる。そして、最後に水色の光を纏ったソルベによってソルベブレードで斬られた。


「「「アデュー♪」」」


 3人が同時にウインクすると、カオスイーツは光の粒子となり、本来の姿を取り戻す。カオスイーツの本来の姿を見た瞬間、一悟は思わず驚きの声を上げる。


「か、か、か…母ちゃんっ!?」

 双子の狐によってカオスイーツにされたのは、一悟の母である千葉江利花ちばえりかだった。道理で公園の脇に、一悟とみるくが見慣れている瀬戌ナンバーのフィットが止まっていたワケである。一悟は変身した状態のまま、カオスイーツから元の姿に戻った母親を支える。身体の大きさと同じく、筋肉もあるため、ミルフィーユの姿である一悟には、少々重いようだ。

「江利花おばさんっ!?でも…どうして江利花おばさんがここに…」

 明日香は思わず首をかしげるが、その答えはすぐにわかった。


「オーーーーーーーーーーーーーーーイ!!!」


 一悟の父が変身した一悟達の所へかけつけてきたのである。

「ひ…英雄ひでおおじさん!!」

「はぁ…はぁ…江利花さん、スポーツクラブ出てから帰りが遅いもんだから、マレンゴを涼ちゃんに任せて、捜しに来たんだ。それに、アイツが江利花さんの所に来たって…連絡が来たんだ。」

「でも…どうして公園にいるってわかったんだよ?」

「江利花さん…悩み事ができたり、落ち込む事があると、すぐこの公園のブランコに来るんだよ。江利花さん、強い女性っていう印象がお前らには強く出ているけど…本当は繊細なんだ。マスコミに追い回されたり、赤ん坊だった一華いちかや一悟の夜泣きが酷かったり…だから、俺はそんな江利花さんを見つけるとさ…こう言いたくなるんだ。」

 父の言葉から、母は明日香の父に人格を否定する事までも言われたのだろう…一悟はそう悟った。


「疲れたら…俺に甘えていいんだよ…」


 その言葉に、一悟達は心をぎゅっと掴まれた感覚を覚える。一悟の父は戦うヒロインに変身している息子から妻を受け取ると、そのまま近くのベンチで妻を休ませる。

「だから、明日香ちゃん…トラウマはすぐにぬぐえないけど、今は思いっきり一悟達に甘えていいんだよ。もう君の周りに、君の好きな事を否定する人たちはいないんだから。」

「はいっ!!!」

 明日香はミルフィーユの姿のまま、叔父の言葉に答えた。その様子に女の勇者は安堵し、公園の近くに止めてある赤いデミオへと戻った。そのデミオの運転席には…

「もういいんスか?」

 女の勇者が愛する者がいた。

「いいのよ…だって、一悟のお父さんの話を聞いてたら、あんたに会いたくなって仕方ないんだもの。」

 女の勇者は無邪気な表情で助手席に座り、シートベルトを締めると、そのまま夕飯の買い出しにスーパーへと向かう。


 公園も瞬く間に元の姿に戻り、双子の狐も我に返る。

「カオスイーツと遊びたかっただけなのにっ…くっそー…覚えてろよっ!!!」

「悪趣味鎧のおじちゃんに言いつけてやるーっ!!!」

 悔し涙を浮かべる双子の狐は、フッと音を立てて消えてしまった。

「全く…ピーピーうるさい奴らだ…」

「何の罪もない公園の鳥たち巻き込んで…あの狐ども、いじやけっかんな…(何の罪もない公園の鳥たち巻き込んで…あの狐たち、ムカつくわ…)」

 ネロとトロールが双子の狐に愚痴をこぼすと、木々の隙間から瑞希、ムッシュ・エクレール、有馬、ラテ、ココア、モカが出て来る。ムッシュ・エクレールの表情は、どことなく青ざめているが、有馬はクリームパフの姿から木津先生の姿に戻っている。

「幸いにも応急処置で済みましたが、今日中に僧侶様から治療…受けてくださいね?」

 瑞希がそう言うと、有馬はバツが悪そうな表情をする。一悟達もマジパティの姿から戻り、有馬は雪斗、明日香、ネロ、トロールを自分の車に乗せると、そのまま明日香と魔界のマジパティ達が住むアパートへ向かう。


「それじゃ、あたし達も帰りますか!お兄ちゃんが、ゴーヤチャンプルー作って待ってますからね?」

「おっ…それは楽しみだな?」

「一悟の所は、涼也が食事を作る日でしょう?勝手にお相飯しないでください!」

 一悟達もなつめ公園を離れ、帰路に就く。ムッシュ・エクレールも後に続き、なつめ公園の近くにあるコンビニ「エイトテン」に入り、買い物を始めたのだった。

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