第34話「想いは一つ!勇者クラフティと明日香の愛の力!!!・後編」
「正義」って何でしょう…
「力」?それとも…「愛」?「知性」?「光」?
私はどちらだけでも正解だと思ってました。あの日までは…
あの日の深夜…私は不意に目を覚まし、
明日香はぐっすりと眠っています…
幸せそうな寝顔…きっと、勇者様と一緒にいる夢を見ているのでしょう…
「キィ…」
静かに開く明日香の部屋のドア…入り込む身の毛もよだつほどの空気…
明日香の幸せの時間は、その瞬間に砕け散りました。
まるで、明日香を1人の女子中学生ではなく、モノとしか見ていない
あの時の私は何もできなかった…だけど、今は違う…
明日香の事を救いたい…
単なるちっぽけな精霊でも、知恵を絞れば救えるはず…
だから、私の声を聴いてください…
明日香を…私のパートナーであるマジパティを救ってほしいんです!!!
どうか…私の声よ…
他のマジパティに届け!!!!!
………
薄紫色の空の下にある広い公園…野球場、テニスコートの近くを、3人のクリームパフが歩く。
「明日香の奴…何かあると、すぐこの公園に来てたんだよな…あのゴリラにひでぇ仕打ちされた時は、よくテニスコートの近くの植木のそばで…」
「植木のそば…で?」
少々言葉を詰まらす
「こーゆーコト、2人に話していいのかよくねぇのかわかんねぇけどさ…明日香…あのゴリラに…」
「あのゴリラって…まさか、ムッシュ・エクレールの部屋覗いたり、保健室盗聴していた…あのゴリラ?」
玉菜の言葉に、有馬は黙って頷く。
「やっぱりね…」
「まぁ…部屋の覗きと、保健室盗聴は他の先生から聞いたんだけどな。前もってあのゴリラの問題行動はニュースで聞いてた。アレはクビにすべきだったなぁ…」
「クビにならなかったのは、体育好きの男子の親御さん達には評判よかったらしくって、その親御さん達の意見もあるのよ。だから、停職と教員研修で済んだの。」
「それじゃあ、研修もヒドかったら、その親御さん達の気持ちも裏切るって事に繋がるわね?」
玉菜が理事会による処分の経緯を話すや否や、トロールが自分の考えを述べる。
「それで…あすちゃんは、あのゴリラに何てことされたの?」
「大体想像はつくけど、有馬は知ってるのよね?」
2人のクリームパフにせかされる有馬は、覚悟を決め、ぐっと息を呑む。
「明日香は…あのゴリラに、乱暴…されたんだ…」
有馬の衝撃的な告白に、思わず顔面が蒼白になる玉菜とトロールだが、玉菜はある事を思い出すと、両手で拳をぎゅっと握る。
「それって…白昼?夕方?それとも…」
「深夜だよ…受験勉強している時に、突然明日香が泣く声とゴリラの怒鳴り声がして、部屋の窓から明日香の家をのぞき込むと…モカが「110番してくれ」ってテレパシー送って来て…」
「それで、通報はしたのかしら?」
「何度か…な?でも、全部失敗。あのゴリラ、上手く言いくるめやがって…挙句の果てには、通報の報復で俺の志望校に怪文書だよ!!!」
ふざけんな…と言わんばかりに、有馬は2人にそう答える。
「ゴリラはそれを「愛情」って言ってたけどよ…俺、正直言うとアレは「愛情」じゃねぇって思うんだ。いわゆる「
その言葉に、玉菜とトロールは
「そのクズっぷり…ゆっきーの件と通じるトコ…あるかも。ゆっきー…」
「ぐらっ…」
玉菜のセリフを遮るかのように、突然玉菜たちのいる空間が歪み始めた。
「な、なに!?」
まるで大きなイベントで子供たちが中に入って遊ぶ遊具…エアートランポリンの中に入っているかのように、3人のクリームパフ達は芝生状の地面から跳ね上がり、芝生の上から砂と人工芝が入り混じったテニスコートの中へ飛ばされてしまった。
危うくテニスコートに激突寸前のところで、3人は上手く着地するが…
「ガチャン…」
「ええーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
突然玉菜とトロールの身体に深緑色のフェンスが巻き付き、2人のクリームパフは向かい合うように拘束されてしまった。
「ふがふが…」
身長162センチの玉菜と、身長146センチのトロール…トロールの口元は玉菜の2つの双丘の谷間にすっぽりと収まってしまい、トロールは少々息苦しさを感じているようだ。端から見れば、完全にぱふぱふである。
「むぐーっ!!!むぐぐっ…」
「わーっ!トロ子、喋んないでっ!!!見えるってばー!!!」
コートの隅で完全にギャラリーと化してしまった玉菜とトロールのやり取りに赤面してしまう有馬だが、そんな彼の前に現れたのは…
「俺…?」
紫色の髪に、白い半袖のワイシャツと黒いスラックス姿の少年…その姿こそ、8年前の
「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!」
8年前の有馬は瞬く間に銀髪に紫色、白を基調とした姿へと変わる。その様子に、パートナー精霊であるバニラと一体化した有馬はぐっと覚悟を決める。
「
恐らく今の彼には、3人のクリームパフがカオスイーツに見えるのだろう。彼は
「バシッ…」
銀髪少年の持つ紫色の銃はテニスコートの上に落下する。
「思い出した…最後の戦いの前、バニラが見た予知夢を…俺が他のクリームパフとテニスコートの上で戦うって奴…」
8年前の彼は咄嗟にクリームグレネードを拾い上げようとするが…
「やめろ!!!ここはお前にとって、神聖なテニスコートだろ!!!銃を構えて戦う場所じゃねぇっ!!!!!」
そう言いながら、現代の有馬はクリームグレネードをテニスラケットに変えてしまった。
「テニスだ…俺とテニスで勝負しろ!!!」
現代の有馬に何を感じたのか、8年前の有馬も自身の銃をテニスラケットへ変えてしまった。
「ちょっ…何で、いきなりテニスに…」
「俺、学生時代はテニス部だったんだよ。教師として帰国してからは、部活で指導するだけになっちまったけどな?サーブはこっちからだっ!!!」
玉菜にそう答えながら、有馬はコートの外で黄色いテニスボールを真上に目掛けて放り投げ、それを向かいのコートを目掛け、ラケットで打ち放つ。ボールはネットを越え、8年前の有馬のいるコートへ入り、有馬はそれを見事に打ち返す。
「流石は元テニス部…綺麗なフォームね…」
現代の有馬が打ったボールを、8年前の有馬が打ち返す…2人のラリーが続く音がテニスコート全体に響く中、テニスコートの端で身動きが取れない玉菜とトロールに異変が起こる。
「じゅわっ…」
2人の身体から何かが溶ける音がして、玉菜が目線を下ろすと…
「な、なによこれっ…」
2人を拘束しているフェンスから繊維片を溶かす液体が漏れ出し、腕のアームカバーとスカートの裾が溶け始めたのである。玉菜とトロールは何とかフェンスから抜け出そうとするが、思うように抜け出せず、玉菜を下にして転倒してしまう。
「ぶはっ…やっと息できたァ…」
「こら、私を下敷きにすんなーっ!!!」
漏れ出した液体は重力に沿うかのように、徐々に2人のコスチュームを蝕む。特に玉菜の方は、有馬達のラリーが続くと同時に、段々と素肌が露わになっていく…
「ラリー続けてないで、さっさと白黒つけんかーーーーーーーーーーーーーいっ!!!」
恥辱寸前の玉菜の叫びも虚しく、有馬達のラリーはまだ続いている。
「俺は…明日香に幸せになってほしいだけだっ!!!だから、俺は戦うんだ!」
「幸せになってほしい?それなら、どうして仲間同士が争っている事に気づかなかった!!!そこには明日香がいたはずだぞ!!!」
ラリーを続けながら、2人の有馬は互いの本音をぶつけ合う。
「本当は明日香の事が好きだったんだろ?妹同然の存在じゃなく、1人の女として!!!」
有馬がそう叫んだ刹那、8年前の有馬は危うくボールを打ち返しそびれる。恐らく、革新的な事を突かれたのだろう…
「それでも、明日香はクラフティの事を愛していた…お前は、明日香の気持ちを尊重し、明日香を応援した…違うか?」
「バシュウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥ…」
現代の有馬が打ち返したボールは、打ち返そうとする8年前の有馬の目の前でワンバウンドし、コートの外へ飛び出す。勝負が決まった瞬間だ。
「明日香は、俺を頼れる兄として見ていただけだった…だから、俺は明日香の想いに応えた…」
コートの上で膝を落とし、悲しげな表情でボールを見つめつつ、8年前の有馬はそう答えた。現代の有馬はやれやれと言わんばかりに、8年前の自分の所へやってくる。
「それでも、明日香に対して「Like」ではなく「Love」のままでいたかった気持ちは揺るがなかった…それを言わなかったのは、勇者をライバル視して、明日香に嫌われたくなかったから。それは、今でも変わんねぇ…」
「今…でも…?」
現代の有馬は黙って頷き、覚悟を決めて正体を明かす。
「俺、バニラと一体化してこの姿になっちまったんだけどな…俺は未来のお前だ。」
無邪気に微笑む現代の有馬の背後に、2人のクリームパフが並ぶ。鳥の翼を携えた方のクリームパフはコスチュームが所々溶けているが、隣にいるオッドアイの方のクリームパフの方は局部こそはギリギリで隠れているものの、スカートは殆ど機能を失っており、水色と白の縞模様のショーツが丸見えとなっている。
「玉菜ってば、酷い恰好ね…」
「誰のせいだ、誰のっ!!!」
あくまで、トロールに悪気はない。2人はトロールの力でフェンスから脱出できたようだが、今の有馬達にとっては、修羅場という空気に切り替わりかねない。
「あーちゃんっ!!!」
テニスコートに入るためのフェンスが開き、そこから明日香が有馬の所へ駆けつける。8年前の有馬はクリームパフの姿から戻り、明日香と合流する。
「どうした、明日香…またあいつに…」
「違うの、勉強に付き合ってほしくて…あーちゃん、英語得意でしょ?だから…英語を教えて欲しいの!!!」
そんな2人の様子に、現代の有馬は安堵する。安堵と同時に、有馬はどうして過去の自分が明日香の心の世界に存在しているのか理解した。
「明日香にとって、有馬は兄でもあり、憧れの存在」
…だったからだ。
「俺も…ちゃんと明日香に伝えるか…明日香を愛していた…てな?」
そう言いながら、現代の有馬は2人のクリームパフに微笑みながら振り向いた。
………
「…ご…
誰かが俺の名前を呼ぶ声がして、俺は不意に目を覚ます。目の前には勇者クラフティの姿がある。
「そういや、俺…
自分の姿をじっくりと見回す。ミルフィーユの姿のまま、俺は気を失っていたのだろう…
「それにしても…ここ…は?」
見慣れた畳の上にいる事から、ここはどことなく見覚えのある家屋ではあるが、どことなく薄暗い。それどころか、窓から見える空も薄紫色で不気味な雰囲気を感じる。
「一悟…ここは一体、どこなんだ?」
「じーちゃん…いいや、ここは8年前のあすちゃんの家の中だ!!!仏壇に、ばーちゃんの遺影と位牌がねぇ…家具の配置も間違いなく8年前だ。」
「やけに詳しい…ってか、お前と明日香はいとこ…だもんな?」
勇者クラフティがそう言うと、俺は何かの気配を感じ、咄嗟に畳の上から起き上がる。
精霊のニオイが漂う中、俺は階段を上り、ある部屋のドアに手をかける。その部屋の入口に書かれているのは…
「あすか」
…つまり、あすちゃんの部屋だ。ぐっとドアノブを回すと、ドアが開く。
「ひぃっ!!!」
ドアを開けるや否や、言葉にならないほどの明日ちゃんの悲鳴と、まるでおじさんがいるようなおぞましい空気…2人共姿は見えないけれど、いる気配は確かに感じる。
「大丈夫か?一悟…明日香の部屋なのに、なんて酷い空気だ…まるであの黒いもやの中にいるような…」
無残に散らかるあすちゃんの下着とパジャマ…俺と姉ちゃんの前ではいいおじさんぶっていた男の本性を垣間見たような空気に、俺は吐き気を訴えそうになるが…
「これは、あくまで私の残留思念です。ご気分を悪くされてしまったら、申し訳ございません。」
落ち着いたような精霊の声がすると、勇者クラフティはその声の主が判ったのか、声の主の名前を呼ぶ。
「モカ!!!モカなのか?」
彼の言葉に気づいたのか、俺達の前にピンクのマグカップに身体を入れた精霊が宙に浮かび上がる。残留思念であるのか、全身がマグカップを含めて半透明になっている。
「勇者様!!!やっとお会いできましたね?」
どことなく顔立ちがラテに似ている、ツーサイドアップをドーナツ状にまとめた精霊…
「ラテに似てるな…」
俺が不意に呟いた刹那、モカは思わず首をかしげる。
「ラテ…?ラテは私の妹ですけど…勇者様、こちらの方は?どことなく明日香と一部の顔のパーツが…」
「俺は
俺がそう言うと、モカは驚いたような表情をする。
「一悟…って、あの…頭に包帯を巻いてた子…ですよね?
「当時の姉ちゃんの事言うの、マジでやめてほしーんだけど…」
8年前の俺と姉ちゃんは髪型も恰好も殆ど似ていて、みるくが一緒じゃない時はよく「双子みたい」って言われていた。あすちゃん、柊ちゃんが立て続けに行方不明になってからは、姉ちゃんが髪を伸ばし始めて…「双子」って言われたのはそれっきりだな。
「ふふっ…そうですね。明日香の心の中の世界へ来たという事は、明日香を救いに来たという事でお間違えはないですか?」
微笑みながら話すモカの言葉に、俺は黙って頷く。
マジパティになって、ラテとココア、勇者様と出会って…みるくもマジパティになって…
あすちゃんもマジパティだった事を知ってからは、俺はどうしてもあすちゃんと再会したかった…
あすちゃん…あすちゃんは、マジパティとして戦って…どうだった?
俺は、知りたい…あすちゃんと同じミルフィーユになったマジパティとして…
あすちゃんと一緒に戦えることを信じて…
俺はモカの残留思念から、8年前のあすちゃんの心の闇を聞き、それを受け入れた。生々しい表現でリバースしかけそうにはなったけど、あすちゃんは…実際に、おじさんからモノとしか見られていなかった…それを俺や姉ちゃんに見せなかったのは、恐らく2人共運動が大好きだったから、猫かわいがりしてたんだと思う。幼かった俺にとって、そんなおじさんは憧れだった…8年という時間で、俺は時の流れを経て変わったんだ…もう何もできなかった幼い子供じゃない。現実的にまだ子供ではあるけど、俺は「これは法的に許される」、「許されない」の匙加減が判るようになった。
「私からは以上です。どうか…明日香を…心の…闇から…」
「プツッ…」
モカの残留思念はここで終わった。
「一悟…これは、お前が持ってろ。俺も気持ちの整理をつけてから、合流するさ。」
勇者クラフティは、俺にあすちゃんのブレイブスプーンを手渡す。恐らく、
「スタッ…」
上手く庭に着地した俺は、飛び降りた場所を見上げ、窓からこちらをのぞき込む勇者クラフティに向かって敬意を示す。まるで、あすちゃんの事を託したかのように…
「御意、勇者クラフティ!!!」
俺はそのまま後ろを振り向かずに走り出す。ピンクの光の先を目指して…
「あの男以外なら、誰でもいい…私を…助けてっ!!!私をこの世界から引きずり出してっ!!!!!」
家屋や木という木に飛び移りながら移動中、海岸の方からあすちゃんの叫び声が聞こえた。あすちゃんだって、この世界から抜け出したいんだ…だからこそ俺はあすちゃんの願いを叶えたい…勇者と一緒に…
海岸にたどり着くと、俺はミルフィーユの姿のまま砂浜を歩く。ピンクの光の先には、砂浜の上で膝を落とすツインテールのミルフィーユの姿…あすちゃんだ。あすちゃんは俺の気配に気づくや否や、顔を上げる。
「俺を呼んだのは、お前か?ミルフィーユ…」
この世界でずっと孤独で戦ってきたんだろう…あすちゃんはやっと誰かに出会えて嬉しそうな顔をしている。
「俺はお前と同じミルフィーユ…「いちご」だ。」
俺はあすちゃんに向かってそう言うと、腰にあるブレイブスプーンに手をかけ、その姿を変える。
あすちゃんと同じこげ茶色の髪をポニーテールにまとめ、赤い襟に白い身頃のセーラー服に、赤いプリーツスカートに黒いスパッツ。茶色いラインが引かれた白いハイソックスと黒いローファー…今の俺の姿は、サン・ジェルマン学園中等部の夏服姿だ。本当なら屋敷を出た時の服装にしたかったけど、ぶっちゃけこっちの方が慣れてるし、動きやすい。
「変身を解け…ミルフィーユ…いいや、千葉明日香!!!」
俺はそう言いながら、セーラー服姿でファイティングポーズを決める。マジパティの姿で、他のマジパティとタイマン勝負なんて…もう2度とやりたくないんだ。
「わ…わかったわ…」
あすちゃんは腰についているブレイブスプーンに手をかけ、変身を解く。こげ茶色のツインテールに、紗山中学校の冬服…間違いなく失踪当時の服装だ。モカの残留思念から聞いた通り、あすちゃんは赤いアンダーリムタイプのメガネをかけている。
「突然だけど、千葉明日香…俺と勝負しろ!!!」
俺は砂浜をぐっと踏み込み、あすちゃんに飛び掛かる。あすちゃんは咄嗟に避けたから、不発だ。
「い、いきなり何をするのっ!!!」
「クソ暑い炎天下で、厚手の冬服姿でその瞬発力…それに、お前はこの世界で長時間カオスジャンク達と戦っていた…仮にマジパティの姿になっていたとはいえ、長時間の戦闘は体力を消耗する…つまり、この世界では常にお前が有利の状態で戦える…」
7月の茅ケ崎は暑い…それは、あすちゃんの心の世界にいる俺でも、その暑さを全身で感じている。おまけに、さっきの移動で体力があるとは言えない状態だ。俺自身、あまり長くはもたない…だからこそ、俺はあすちゃんを…
心の闇から解放したいっ!!!
「まずは質問に答えろ!!!お前は…マジパティとして戦ってきて、楽しかったか?」
「え、えぇ…だって、家ではリボンやフリルのついた服が着られないんだもの。好きな恰好をして、好きな人と一緒にいて…楽しかった。」
涼ちゃんや紅子おばさんの言う通りだ…あすちゃんは、ミルフィーユの姿を気に入っていた。「あの男」に何も言われないところで、あすちゃんは輝いていたんだ。でも、あすちゃんはマジパティとして大事な事を、三つ見落としていた…
「それなら…どうして、仲間を大事にしなかった…同じ勇者から、力、知性、愛、光を受け継いだ者同士だろ!!!」
「なか…ま?確かに、私は他のマジパティと一緒だった事はあったけど…仲間なんて、私は…」
やっぱり、あすちゃんにとっての仲間は…勇者クラフティとモカ…時折、有馬とバニラがいた。友菓とここなは仲間ではなく、「恋のライバル」としてしか見ていなかったんだ。これが、一つ目の欠点…
「だろうな…お前はソルベとプディングをライバル扱いしていたんだ。マジパティとしての欠点・その1…」
あすちゃんにそう言うと、俺はあすちゃんに上段蹴りを決めようとするが、あすちゃんは咄嗟にしゃがみ込んで、難を逃れた。
「マジパティとしての欠点?わ、私はただ…好きな人と一緒に…」
「好きな人…好きな人って…お前はそう言うけど、お前が他のマジパティといがみ合ってるのを見て…そいつがどう思っていたか、考えた事はあったのかよ!!!」
あすちゃんは、言葉が出ないまま顔を青く染め上げる。
「私と一緒にいる時の笑顔が嬉しくって…私…ニコルが悲しむ顔なんて…」
気づかなかったんだ…勇者クラフティは、一緒にカオスと戦ってほしかっただけだった。マジパティ同士が争う事なんて、最初から望んでいなかった…二つ目の欠点…
「「恋は盲目」…僧侶様はそう言ってた。だからお前は、勇者と一緒にいる事しか見ていなかった。それはソルベも、プディングも同じだった…勇者はただ、一緒にカオスと戦ってほしかっただけなのにな?マジパティとしての欠点・その2…まぁ、これはソルベとプディングの欠点でもあるけどな。」
今度はあすちゃんに足払いをする。またもや避けられるけど、あすちゃんは着地でバランスを崩して転倒し、メガネを落としてしまう。
「わ、私…メガネがないと…」
あすちゃんは慌ててメガネを拾い上げるが、あすちゃんがメガネを拾った瞬間、あすちゃんのメガネはさらさらと砂のように崩れてしまった。やっぱりモカが言ったとおりだ。次で…決めるっ!!!
「最後の質問だ…お前は、自分がいなくなった事で、自分の姉弟、母親、祖父母達…そして、勇者の家族の事を考えた事はあったのか?」
あすちゃんがいなくなって、俺は正直言うと…頼れるお姉さんを失ったような気分だった。最も…俺の姉ちゃんは頼りになんねーし、「頼れるお兄さん」がお隣にいても、「神童」と呼ばれたお兄さんには、常にクラスメイト達が取り囲んでいた。
「あ、あの男以外なら忘れた事もないわ!!!お母さんも…
「でも…勇者の家族については考えた事もなかったよな?お前の勇者は、常に自分の兄と比べられる自分を嫌っていた…」
「それは知ってる…私と同じ年頃の妹分がいる事も、ニコルから聞かされた…あまりにも楽しそうにしゃべるから、正直聞きたくなかったけど…」
「その子は…たった1人の少女として育つはずだった…「偉大な勇者の娘」として幸せになるはずだった…」
段々と怒りがあふれ出してくる…先代マジパティの身勝手な想いで、彼女は過酷な運命を背負うことになったんだ…
「俺はその少女の力を受け継いだマジパティだ…お前の独りよがりな言動で、過酷な運命を背負った少女の…」
それが、最後の欠点…俺はそのままあすちゃん目掛けて力いっぱい拳を突き出した…
「ドゴッ…」
何かが当たる音がして、俺は顔を上げると、そこにはあすちゃんではなく、勇者クラフティの姿…
「流石は、セーラの力を受け継いだマジパティだ…強烈な拳だぜ…」
それと同時に、勇者クラフティの甲冑に包まれた腹部に当たっている俺の拳に、衝撃が走り出す。
「いってぇえええええええええええええーーーーーーーーーー!!!!!」
「ニコル!!!どうして…ここに…」
ぽんぽんとあすちゃんの身体に着いた砂を払いながら、勇者クラフティははにかみながら微笑む。
「お前を助けに来たんだよ…大切な存在として…」
「助…けに…」
「だから、一悟達と一緒に来たんだ。あいつらも、俺と同じ想いでここに来た…「お前を心の闇から解放したい」…って。」
勇者の言葉に、あすちゃんの瞳が潤み始める。やっと…思い出したんだ…
「この世界にいる明日香は、ダークミルフィーユだった時の記憶はカオスの力によって封印されています。明日香をこの世界から引きずり出す…いわば、カギのようなモノ。」
あすちゃんのメガネが砂のように崩れてしまったのは、ダークミルフィーユだった時に落としてしまったから…その時に拾い上げようとしなかったのは、落としたことに気が付かなかっただけ…
「思い出した…私…一悟を庇って、カオスに…」
やっと、あすちゃんが終業式の日の事を思い出す。あすちゃんは、俺を庇ってカオスに囚われ、黒水晶の中へ封印されていた。それを、ビスコッティだった柊ちゃんが茅ケ崎へ運んだ…
「あすちゃん…もう大丈夫みてぇだな?」
そう言いながら、俺は8年前にあすちゃんが俺をカオスイーツから助けた時のように、あすちゃんに右手を差し出す。
「一悟…ありがとう…私、マジパティとしてやり直したい。今度は私1人で戦うんじゃない…みんなと一緒に戦いたいの!!」
あすちゃんは俺が差し出した右手をぎゅっと掴む。
「俺もさ…あすちゃんと一緒に戦いてぇんだ。だから、もう勇者をかけて争うのはナシだぜ!!!」
あすちゃんがふふっと笑うと、俺は制服のポケットからブレイブスプーンを取り出し、あすちゃんはそれを受け取った。
………
「パァァァァァァンッ!!!!!」
海岸に佇む扉が光の粒子となって弾け飛び、そこから一悟、明日香、勇者クラフティの3人の姿が出て来る。
「一悟、おにぃっ!!!」
「いっくん!!!」
「明日香っ!!!」
一悟達の所へ、女勇者と9人のマジパティ達が集結する。
「やっと、心の闇から抜け出せたわね?」
「ありがとう…シンシア…」
そう言いながら、男の勇者は愛する者の救出に協力した幼馴染である賢者に感謝の意を示す。
「なぁ…あれって…」
トロールが扉が弾け飛んだ跡を指さす。そこには、2つの白と金を基調としたティーポットが転がっている。共に同じ形ではあるが、細かい装飾に違いがある。
「懐かしいな…勇者とマジパティ達のさらなる結束の象徴…」
「力…愛…知性…光…そして、勇気…それらが一つになる事で生み出される奇跡…」
魔界のマジパティ達は、2つのポットを拾い上げると、己の勇者のいる海の家へと走り出す。
明日香が黒水晶から解放され、明日香は自分の胸中を告白し、謝罪の言葉を述べる。流石に女勇者からの平手打ちが明日香に炸裂したのは、誰も予想もしていなかったが、明日香も男の勇者も、彼女の怒りは覚悟の上だった。
「でもね…アタシは過酷な運命を背負っても、それが不幸だとは思ってない。どんな運命であっても…アタシは好きな人と再会できたし、一悟達と出会って…親父やアンヌ達と再会できた。だから…アタシは「幸せ」よ。」
そう話しながら、シュトーレンは明日香の心の世界で、一悟が明日香に最後に罵った事を訂正する。履いているミュールのヒールで一悟の足の甲をぐりぐりと踏みつけている時点で、一悟に対して怒ってはいる模様。
「だから、アタシを勇者として目覚めさせた罰よ!!!おにぃ、絶対に明日香の手を離しちゃダメだからね!!!それから、木苺ヶ丘に戻ったらアパートでも借りて2人で暮らしてよねー!!!」
「ハァッ!?」
女勇者の言葉に、彼女の兄貴分である男の勇者は目を丸くする。
「お…オイッ!!!あの家とカフェの名義は「
「確かに建てた時の名義は「首藤聖一郎」ではあるけど、もうあの家の名義…おにぃが来た時点で「
しれっと話す妹分に、クラフティは愕然とする。
「いやぁ…セーラに一杯食わされましたなぁ…近くにいい物件あるけど、紹介状書いとくぅ?」
「頼む…シンシア…」
男の勇者は項垂れながら、賢者にそう告げる。
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