第33話「想いは一つ!勇者クラフティと明日香の愛の力!!!・前編」

 大空を渦巻く黒い闇の中、俺は突然身体の自由が奪われてしまった。

「ぐっ…」

 闇の中には黒いもやがまるで触手のように伸び、俺の手足に絡みつくや否や、じりじりともやの中へと俺を誘う。


「あれが勇者ガレットの弟…」

「イマイチパッとしないねぇ…ガレット様は、今でもご立派で…」

「勇者ガレットの弟なんだから、できて当然だろ…」


 闇の中からこだまする、俺にとっては聞きたくもない言葉…昔から言われてきた、俺の存在を否定するかのような言葉…


 俺だって勇者なんだよ!!!

 いちいち兄さんの名前を出すなっ!!!

 俺と兄さんを比べるんじゃないっ!!!!!


 俺は…クラフティ…


「ニコラス・クラフティ・ブラーヴ・シュヴァリエ」…


「勇者ガレットの弟」なんかじゃ…ないっ!!!!!


「そうよ…ニコル…あなたはあなたのままでいいの…」


 ミルフィーユの声がする…不意に前を見ると、そこにはミルフィーユではなく、紗山さざん中学校の制服を着た千葉明日香ちばあすかの姿…そんな明日香の全身は黒いオーラで包まれている。

「明日香っ…お前、自ら…」

「どうせ消えるなら、ミルフィーユの姿より…ありのままの私がいいもの…」

「お前…そんな事をしたら…」

 明日香は首を横に振る。クリスマスの日の戦いで、明日香は俺を庇ってブラックビターの幹部・ラクガンの攻撃を受け、カオスの力を植え付けられていた。あの時、俺の力でカオスの力を拭い去ったはずだったのに…


「あんな父親に縛られる人生を送るより、私はニコルと最期まで一緒にいたいのっ!!!!!」


 大粒の涙を流しながら叫ぶ明日香の言葉に、俺は突然背中を斬られたような衝撃を受けた。明日香はこれまで、俺の前で父親の事を「父親」と呼んだことがなかったからだ。それは明日香の本音なのか、カオスに操られているだけなのか…今の俺にはわからない。

「だから…ニコル…私、誰にもあなたを渡したくないの…例え、相手がカオスであっても…」

 思わずぞっとしてしまうような、明日香の言葉…そこへ、ソルベとプディング、3人の精霊達が闇の中へと入ってくるが…


「ザッ…」


 突然、明日香が俺の大剣を持ち出し、ソルベとプディングの腰のチェーンを切り裂いた。腰にあるブレイブスプーンを失った2人は、それぞれ氷川台友菓ひかわだいともか金城きんじょうここなへと戻ってしまう。


「私はニコルを愛しているのっ!!!誰にも…誰にも絶対に渡したくないのっ…」


「バリバリバリッ…」


 布地が裂ける音と共に、明日香の背中から突然、コウモリのような羽根が飛び出し、明日香の瞳が赤く染まる…


「素晴らしい!!!マジパティがこんなにも勇者を狙う者をねたみ、勇者を独占しようとしていたとはなっ!!!!!」


 カオスの笑い声が響き渡る。俺は明日香の名前を呼ぼうとするが、黒いもやによって口を塞がれてしまった。


「今日は宴だ!!!この女だけは生かしてやる!!!!!さぁ、その独占欲を我に捧げよ!!!そうすれば、勇者の命までは奪わん!!!」


 俺は本当は、こんな結末を迎えたくなかった…


 やっと見つけた一筋の奇跡を大切にしたかった…


 愛する者の傍にいたかった…


 なのに、俺のマジパティ達は俺をかけて争ってばかり…


 どうして、俺はちゃんとマジパティ同士をまとめられなかったのか…


 わからない…でも、俺と一緒にカオスと戦ってほしかっただけだったんだ…


 けたたましいカオスの笑い声の中、俺は愕然としたまま激しく後悔した。




 ………




「そうか…後は一悟いちごのじーちゃんに任せて、戻って来い。今、トルテがそっちに向かってる。」


 娘からの電話にそう答えたガレットは、海の家で準備を始めた。柊也は茅ケ崎ちがさき駅南口に近い茅ケ崎市特秀会とくしゅうかい病院に運ばれ、すぐさま集中治療室に移された。たまたま勤務していたほなみといすみの父親・香取浩史かとりひろし柊也しゅうやの担当医になり、シュトーレン達の事情を知った上で、慎重に検査をしたのだった。

「目立った外傷は特に見当たりません。ただ…精神的なダメージが大きいようで、昏睡状態が続いています。」

 無理もない…8年間もの間、生身の人間のままカオスに操られていた様なものだ。スイーツ界の住人であるムッシュ・エクレールや、元々幽霊だったティラミスの時とはワケが違うのだから…


 海の家の方は、いすみが一悟の代わりをすると豪語し、彼女と涼也りょうや瑞希みずき、キョーコせかんど、そしてあずきとその執事も手伝いに加わる。

神立かんだつ、ここから近いコンビニで今日のチラシを100枚ほどコピーなさってきて!支払いはこのmomocoモモコをお使いになるように。」

「かしこまりました、お嬢様。」

 執事はあずきから電子マネーが入ったカードと、チラシの原本を受け取ると、最寄りのコンビニへと向かう。そんな彼女は、動きやすい軽装に水色のエプロンを纏う。

「お嬢様って、ふつうはお料理しないんじゃないの?」

「「お嬢様は料理ができない」と、誰が決めまして?ワタクシ、こう見えても女優・神戸摩耶こうべまやのお墨付きを頂いているほどの実力でしてよ?」

「でぇーっ!!!超セレブのお墨付きー!?」

 一悟達が扉の中に吸い込まれてしまっただけに、マジパティを支える者の1人として、あずきも本気モード全開だ。

「ライスも頑張ってんなぁ…」

 海の家の片隅で佇むココアはそう呟きながら、人間の姿で膝の上にピンクのマグカップを乗せたラテに、悲しげな表情で目を向ける。


『ラテ…』


 一悟達と入れ替わるかのように、扉から飛び出してきたピンクのマグカップ…そのマグカップに身体を入れたツーサイドアップをドーナツ状にまとめた少女…それはまさしくラテの姉・モカだったのだ。

「モカ姉…目ぇ…開けてよ…」

 妹はそう願っているが、モカは眠ったまま動かない。まるで植物状態に陥ったかのように…


 扉の前では、賢者トリュフが杖を構えながら扉を見つめている。


「モカが扉から出てきたという事は、恐らく…明日香の心の中で何かが起こっている…そう捕らえた方が妥当かもしれない。」




 ………




 ユキは気が付くと、ソルベの姿のまま橋上駅舎の自由通路のど真ん中に佇んでいた。黒い人型の塊の数々と薄紫色の空が、まるで駅舎の雰囲気を怪しくしているようだ。

「茅ケ崎…駅…」

 切符の自動券売機の真上にある路線図を見る。そこには、ユキが今いると思われる橋上駅舎とその周囲の装飾が8年前の茅ケ崎駅である証拠が示されている。

「一悟、みるく、玉菜たまなの反応は…なしか。辛うじて、ネロと友菓がこの近くにいるみたいだけど。」

 ブレイブレットから伝わる他のソルベの気配…迷っている時間などない!!!

「とにかく…みんなと合流しなくっちゃ…」

 ユキはそう言いながら立ち上がるが…


「ユキ、ここは僕と入れ替わってくれないか?涼也の話で、明日香さんについて思い出した事があるんだ。」


「どういう…事?」

 ユキはそう聞こうとするが、その質問を遮るかの如く、友菓の悲鳴が響き渡る。恐らく、友菓は駅構内にいるのだろう…


「キセルしちゃって…ごめんなさーい!!!」


 そう言いながら走り幅跳びの要領で自動改札を通るのが、いかにもユキらしい。水色のマジパティが改札を飛び越え、着地すると、彼女の頭に飛び出ていた水色のアホ毛は引っ込む。人格がユキから雪斗へ移った証拠である。

「友菓は…ここから東南東100メートル…5、6番線のホーム…だな?」

 一悟達と初めて鉄道に乗って出かけた際、大宮おおみや駅で聞いた列車の音…あの時見て、乗った湘南新宿しょうなんしんじゅくラインの車両の音だ。神経を研ぎ澄ませた水色のマジパティは、床、壁、天井、エレベーターなどの至る所から現れるダークミルフィーユを模した無数の黒い人形を蹴散らしつつ、同じマジパティのいる東海道とうかいどう線のホームへと走る。


 雪斗の予感は的中した。階段を下りてすぐの所で、ソルベに変身した友菓が自販機とコンクリート状のホームから飛び出る無数の手によって、拘束されていたのだ。それと同時に、5番線に止まっている銀色のボディにオレンジと緑色のラインの車両から、次々とダークミルフィーユを模した黒い人形がぞろぞろと出て来る。

「ソルベブーメラン!!!」

 雪斗は咄嗟に長弓を放ち、黒い人形達を蹴散らす。

「ゆ…ゆっきー!?」

「友菓、これは一体…」

 今度は長弓を回転させながら、黒い人形達を吹き飛ばし、そのうちの数体は6番線の線路に転落した。駅構内の時計の針はぐるぐると回るばかりで、電光掲示板にはこの世の文字とは思えないほどの支離滅裂な表示がされている。

「わかんない…けど、これだけは言えるよ。トモちん達は、あすちゃんの心の中にある8年前の茅ケ崎市に飛ばされた…ダークミルフィーユに似た黒い人形達が、その証拠。」

 友菓の言葉に、雪斗は納得する。薄気味悪い空の色、自分たち以外は人々と思わしき黒い塊…それは間違いなく明日香の心の中にある8年前の茅ケ崎市だ。


「コワイ…キラワレタクナイ…」


 自分たちのいる場所が分かったと同時に、無数の人形達の声も手に取るように判ってきた。駅構内の時計はぐるぐる回るだけだが、電光掲示板の文字も段々と明日香の心の叫びに変わる…


「コレイジョウ…スキナキモチニ…ウソヲツキタクナイ…」

「ジブンニショウジキナ、ヒカワダイサンガウラヤマシイ…」


 その電光掲示板の表示を見るや否や、友菓は全身を震わせ…


「ばか…あすちゃんの大バカヤローっ!!!!!」


 その叫び声と同時に、友菓は自分を拘束する無数の手を振り払いつつ、足を押さえる手を踏みつけ、ソルベアローを構える。

「トモちんの事、「ウザい」とか、「サルみたいでやかましい」とか言ったクセにっ!!!」

 大粒の涙をこぼしながら、友菓は黒い人形達に次々とソルベシュートを放つ。

「トモちんだって偏見の塊で、あたしのおじいちゃんとおばあちゃんをバカにしたゴリラの娘と仲良くするなんて、ぶっちゃけヘドが出たよっ!!!でも…あすちゃんがマジパティになって、生き生きとした表情で戦ってるのを見て、「きっと友達になれる」って信じてた!信じてたんだからっ!!!」


 友菓の8年越しの明日香への本音を聞いた雪斗は、明日香の心の叫びに何を感じたのか、腰のブレイブスプーンを握りしめ、ソルベの姿から氷見雪斗の姿へと戻ってしまった。

「怖い…嫌われたくない…その感情は、誰にも存在する。それは僕だって同じだ…人間だから…」

 そう言いながら、雪斗は階段やエレベーターから出て来る黒い人形達にフェイントをかけ、まるで日本舞踊を踊るかの如く、黒い人形達を惑わし始める。

「僕だって、いちごんから否定されるのは怖いし、嫌われたくないっ!!!それは、いちごんと仲直りした今でも、そう思ってしまう時もあるさ!!!」

 今度は黒い人形達に囲まれてしまうが、水色の光が黒い人形達を弾いた刹那、雪斗は再びソルベの姿へと戻る。今度はアホ毛もでているため、人格はユキへと移ったようだ。


「それでも、本音をぶつけ合わなきゃいけない時だってあるんだよ!!!たとえケンカになろーが、どうしよーが…明日香だって、心を持ってるんでしょ!!!勇気を持ってるんでしょっ!!!」


黒い人形の攻撃を許さぬかの如く、ユキが叫ぶ。

「カオスの力を使ってでしか勇気を持てない…心を開けないなら、マジパティなんてやめちゃえばいいじゃんっ!!!思い出してよ!好きなものを見つけた時や、初めて好きなものを好きって言えた時の事をっ!!!!!」

 ユキの叫びに、黒い人形達がたじろぎ、電光掲示板の表示が乱れ始める。それは、まるで明日香の心に変化があった事を示す様である。


「好きなものは好きだからこそ、好きなもののために心を開かねばならない…それは家族でもいい、ペットでも、学問でも食べ物でも構わない。」


 階段からネロが涼しげな表情で降りて来る。恐らく、途中で明日香の心の中にいる事に気づいた上で変身したのだろう…ユキはそう推測する。

「心を閉ざし続けて深めた溝はすぐには埋まらないが、心を開いたことで、私達は新たな絆を生み出せる…心を持つ者だからこそ…な?」

「最後に来ておきながら、おいしいトコとるなーっ!!!」

 ネロの様子に、友菓が怒りを示す。

「すまない…飛ばされたのが駅ビルの中だったから、来るのに時間がかかった。それと…変身の途中で自動改札機とやらが壊れた。」

 来るのが遅くなった理由を聞くなり、ユキは呆れた表情を浮かべる。


「ありがとう」


 電光掲示板の表示が変わった刹那、5番線に止まっている列車から千葉明日香が3人のソルベの前に出て来て、ソルベの姿の友菓に飛びついてきた。

「友菓っ!!!!!」

 友菓は明日香を優しく抱きしめる。

「ごめんなさいっ…本当は、友菓の事が羨ましくて…」

「いいんだよ…寧ろ、トモちん…あすちゃんの事、感謝してるんだ。だって、あすちゃんのお陰でトモちんはマジパティになって、ネロちゃんやゆっきー、ユキたんと出会えたんだから!!!」

 そう言いながら、友菓は明日香の前でにかっと笑う。友菓の笑顔を見た明日香は、優しく微笑み、光の粒子となって消えていった。


 空は青空に戻り、時計の時刻は「2時44分」と、正しい時刻を示し、電光掲示板は次の列車の案内を示す。平穏な茅ケ崎駅の光景に戻った瞬間だ。

「何はともあれ、あとは一悟達と合流…」

「「ネロ、その列車は…」」

 停車中の列車に乗ろうとするネロは、2人のソルベに腕を引っ張られる。


「ドアが閉まります。ご注意ください。」


 ドアがシューという音を立てて閉まり、新宿しんじゅく方面へと動き出す。

「危なかったぁ~」

「もーっ…合流どころか、危うくネロだけ群馬ぐんまに行く所だったじゃん!」

「えっ…群馬?」


 3人のソルベの前を横切る列車の行先表示…そこに書いてあったのは、「前橋まえばし」。




 ………




 薄紫色の空に、不気味な雰囲気を醸し出す校舎の中…みるくはプディングの姿のまま、プディングの姿のここなの後ろを歩く。そんなみるくの後ろには、これまたプディングの姿のボネが歩く。

「この校舎は…」

「ボクの記憶が正しければ、ボク達がいるのは紗山中学校の校舎で間違いないだろう。」

「学校っつーか、雰囲気的にホラーハウス化してんじゃねーか…」

 ボネがそう言うと、ここなの表情がむっとする。

「賢者様が明日香の入った黒水晶を使って生成した扉をくぐったんだ。明日香の心の中で生み出された産物…」

「それじゃ、この不気味な雰囲気は…明日香さんの心が生み出した…」

 明日香の言葉に、ここなが頷く。


「明日香は、心に闇を抱えていた。父親のハラスメント行為でな…」


 校舎の中を歩きながら、ここなは2人のプディングに明日香の心の闇の存在を話す。優しい祖父に買ってもらった赤い靴を捨てられた時の事、髪にリボンをつける事をとがめられた事、勝手に剣道部に入れられた事…ここなの知っている範囲で…

「明日香の父親は異常だ…現在も、僧侶様が嫌っているのも納得できる。あのゴリラは、今も昔も自分の正義に溺れてしまっているんだ。」

「それ…あたしも納得できます。あたし…体育のかけっこでタイムが遅かっただけで、竹刀で叩かれた事があったんです。問題は…その後でした…」

 ここなの話に賛同するみるくの声が震える。今でも口にするのが恐ろしいほどのトラウマだと思われる。

「父親の俳優業と家族構成…そして、男性恐怖症を酷く言われたな?」

 みるくは黙って頷く。

「あのゴリラ、親が芸能人の生徒や、片親だとボロクソに言うよなー!女子や年下の教師達はすぐ見下すし…もう歩く偏見の塊じゃねーか!!!」

「偏見の塊は、昔からだ。ボクの兄者その2もゴリラが担任だった頃は、苦手な球技で酷い目に遭った。PTAからの苦情で1学期で担任外されたがな。」

 ここなから兄の体験談を聞いたボネは、心の中でガッツポーズをする。


『当時のPTA、ぐっじょーぶ!』


「でも、ここなさん…明日香さんの事、やけに詳しいんですね?いっくんやちかちゃ…いえ、明日香さんのいとこからは断片的に聞いただけだったので…」

 みるくの質問に何を感じたのか、ここなは一冊の分厚いノートを見せる。学級日誌だ。

「ボクはサトリ…つまり、生まれつき心が読めてしまう事があってな…この姿に変身していない時は、口数が少ない。その反動で、学級日誌やブログではお喋りになってしまうんだ。明日香とは学校にいる間だけ、正体を隠して交換日記をしていたんだ。」

「交換日記?」

 ここなの言葉に、みるくとボネがきょとんとする。

「ゴリラの見えないところで、尚且つ明日香の本音が学級日誌以外で聞ける手段が、それだけだったからな。交換日記で使ったノートは、終業式の時にボクが回収しておいた。」


「ガラッ…」


 ここなが扉を開けると、そこは…

「お前、交換日記…トイレでやってたのか?」

 女子トイレだった。

「バカ!鏡の前でケバい化粧の女子達が他人の悪口言い合ってるような、こんな場所で交換日記できるかっ!!!」

「ところで、ノートを置いたのは…」

「3階の被服室だ。明日香は時々、顧問の先生から許可を取り、剣道部の練習を休んで被服室で縫物をしていたんだ。そこで、ボクは家からルカちゃん人形を持ち出して、ノートと一緒に…」

 ここなの説明を遮るかの如く、トイレの個室から次々とダークミルフィーユを模した黒い人形がぞろぞろと3人のプディングに迫って来る。


「プディングメテオ!クラスターボム!!!」


 プディングワンドを構えたここなが、黒い人形達目掛けて1つの大きな爆弾を放ち、勢いよく扉を閉める。

「逃げるぞっ!!!」

 まるで明日香の心の闇が反映されているのを示すかのように、廊下がぐにゃぐにゃと変形する。3人のマジパティは黒い人形達をかわしつつ、本来の目的地である被服室へと向かうが…


「ガラッ…」


 次に開けた扉の先は理科室で、黒い人形達が化学の実験中だ。3人のプディングに気づいた黒い人形達は、骨格標本と共に3人に襲い掛かろうとするが…

「プディングメテオ!ミストシャワーっ!!!」

 今度はみるくがプディングワンドを構え、霧を発生させると、勢いよく扉を閉め、理科室を離れる。

「重大な事故を起こす危険性があるため、実験器具を人に向けてはいけませーんっ!!!」


 次に開けた扉の先は階段で、途中で階段の段が13段ある事に気づいたボネは、11段目に到達した刹那、プディングの姿からトラへ変身し、階段を破壊してしまった。

「危うく3人分の首吊り用のロープを拝むところだったぜ…」

 音楽室ではベートーベンと黒い人形達の演奏会、扉の先にはあるはずのない木造校舎…3人のプディングは、まるで学校七不思議に遭遇したような状況だ。

「い…いっくんがいない時で…よかった…」

 息をきらしながらみるくがそう呟いたと同時に、どこからかラップ音が響き渡り、壁には血で書いたような文字が浮かび上がる…


「コナイデ…」

「ジャマヲシナイデ…」


 まるで明日香の本音が次々と記されているようだ。そんな彼女の本音を知っていくうちに、みるくは肩を震わせ…

「もう…か…んに…」


「いい加減にしてくださいっ!!!だったら、何であたし達を自分の心の中へ引きずり込んだんですかっ!!!」

 明日香の本音に応えるかのように、みるくはプディングワンドを振りかざし、プディングメテオで黒い人形達に攻撃し始めた。

「本当は、助けてほしかったのでしょう!!!父親に束縛されて、自分がやりたいこと、好きなものを否定され続ける日々から…」


 普段は他のマジパティ達の背後で大人しく構えているみるくだが、今のみるくは違う…片っ端から黒い人形達にプディングワンドから延びる黄色い光のチェーンで殴りかかっていく。


「だったら、何でマジパティになった時…生き生きとしていたんですかっ!!!何で…やりたくない剣道を顧問の先生の許可をとってサボってまで、被服室にいたんですかっ!!!」

 叫びながら放つみるくの攻撃に、ボネは呆然とする。

「カオスの力を使ってまで、勇者クラフティを独占しようなんて…そんなの、勇者クラフティは望んでませんっ!!!そんなの、ただの一方的な押し付けですっ!!!!!」

「そうだな…クラフは、明日香を純粋に愛していた…偉大な兄と比較され続け、蔑まれた心が見つけた一つの光…それが、明日香…お前だったんだからな…」

 みるくの叫びに、ここなが賛同する。

「みるく、もういい…ボクも色々と吹っ切れたよ。ここからは、ボクのターンだ!!!」

 ここながそう言うと、みるくが後ろに下がり、代わりにここなが前に出る。


「ボクは確かに、クラフと親しかった…端からボクとクラフは付き合っていたとみられても仕方ないだろう。」

 ここなの言葉に応えるかのように、この世の文字とは言えないような赤い文字が廊下に書かれる。

「ボクは、クラフの心が読めなかった…読めなかったからこそ、段々とクラフに対する興味が湧いていた。クラフも、そんなボクが自分の事が好きなのだと勘違いしていた…」

「心が読めなかったって…それって…」

「しっ!!!こういう時に言ってはいけませんっ!!!!!」

 まるでムードをぶち壊すかのようなボネの発言に、みるくが怒りを示しつつ、ボネの口をふさいだ。

「明日香がクラフの事を好きだと知っていながら、クラフに近づいた事は、確かに悪質だ。それでも、ボクはクラフの本音が知りたかった…やっとそれが判った時…もう既に手遅れだった…カオスに染まったお前の中に飲まれてしまったのだからな!!!」

 そう言いながら、ここなは歪んだ空間に両手を突っ込み、力いっぱいこじ開けようとする。ここながこじ開けようとしている場所から、段々と白い光が漏れだしていく…

「明日香…お前は交換日記の相手がボクで、サトリである事を知っていたんだろう!!!だから、もう君とボクの間に隠し事はないっ!!!これでもう…」

 白い光の面積が徐々に広がっていき、ここなは最後の力を振り絞った。


「おあいこだっ!!!!!」


「バンッ!!!!!」


 ここなが両手を大きく広げると、扉が音を立てて開くと同時に白い光がみるく達がいる空間に漏れ出し、空間のゆがみがおさまった。光の中では被服室で明日香がミシンを動かし、縫物をしている。

「明日香…お前の両親が離婚する。クラフと一緒に居たいなら、父親と母親…どっちにつきたい?」

 背後から突然の言葉を投げかけられた明日香は、思わずミシンのペダルから足を離し、作業の手を止める。


「勿論、大好きなお母さんの方へ行くわ!お母さん、ニコルの事を息子のように接してくれてるんだもの。」


 くるりと身体を3人のプディングの方へ向けた明日香は、にっこりと微笑みながらそう話す。

「それなら、決まりだな。母親とお前の愛する者に会いに行こう…ボク達が案内する。」

 ここなが明日香に手を差し出すと、明日香はここなの手を取る。




 ………




「わわっ!!!」

「ぴえっ!!!」

 みるく、ユキ、ここな、友菓、ボネ、ネロの6人が砂浜へ弾き飛ばされる。そんなみるく達の前には大きな扉が佇む。変身は既に解けており、それ以外は扉に飲み込まれた前の状態だ。

「みるく、ユキ!!!みんな、大丈夫?」

「なんとか…ね?」

 女勇者がマジパティ達に声をかけると、6人のマジパティは扉の前に立ち上がる。

「明日香さんの心の中が…大変なことになってまして…いっくんとまなちゃんは?」

 みるくが周囲を見渡すが、一悟、玉菜、有馬ありま、トロール、勇者クラフティの姿は見当たらない。


「まだ…扉の中よ…」


 女勇者は扉を厳しい表情で見つめている。そこへ3人の精霊と、マグカップと紙パックのコーヒーを持った1人の少女が勇者の元へ瞬間移動してくる。ラテ、ココア、ガトー、フォンダンだ。

「勇者様…モカ姉の意識が…」

 勇者がラテ達の方を振り向くと、マグカップの中からラテとよく似た顔立ちの精霊が目を明ける。

「勇者シュトーレン…様…」

 まだ完全に回復しきれていないのか、モカの目が虚ろだ。

「モカ!!!一体、何が起こったの?」

 妹精霊がモカのマグカップにコーヒーを注ぐ。荒療治ではあるが、モカ自身にどうしても話したい事があるようだ。コーヒーを注がれたモカは、徐々に元気を取り戻す。


「どこから話しましょうか…私は今まで、明日香の中に取り込まれていたんです。そんな明日香の事で、どうしても…話したいことが…」


 ピンクのマグカップに身体を入れた精霊が、衝撃的な話を始める。その衝撃的な内容に、女勇者と賢者、6人のマジパティ達と妹を含めた他の精霊達はショックを受ける。

「うそ…でしょ…」

 女勇者は両手で顔を覆い、砂浜の上へ膝を落としてしまった。

「父親…いいえ、親の風上にもおけないわね…」

 子供がいる賢者は、杖を持つ右手を震わせながら、怒りを露わにする。


「酷い…」

友菓はそう言いながら、おびえる。

「ホントに人間か?人間にも下劣げれつな奴はいるが…」

そう話すここなの眉間には深いしわが寄った。

「これ以上…明日香を闇に染めるワケにはいかなくなるな。」

ネロは海を見つめながら、明日香を気遣う。

「ゲス・オブ・ザ・ゲスっ!!!」

ボネはネロの真横で、話の内容についてののしった。

「それって…犯罪じゃないですかっ!!!」

 みるくの嗚咽おえつと同時に、みるくを支えるユキは雪斗の意識に怒りの感情が湧き出てきた事を感じた。


「そうだよね…雪斗が憤慨ふんがいしないワケ…ないもんね…」




 ………




「ミルフィーユパニッシュ!!!」


 私がそう叫びながら技を決めると、青空の下のサザンクロスビーチに出てきたカオスジャンクは光の粒子となって消えてしまった。私以外誰もいないビーチ…現れるのは、カオスジャンクだけ…


 どれくらいの時間、私はマジパティとして戦い続けるんだろう…マジパティとしての自分は確かに好きよ。でも、物足りない…虚しいだけ…

「ニコル…」

 カオスに取り込まれてから、私は暗い闇に染まった茅ケ崎市を彷徨い続けてきた。茅ケ崎駅は勿論、浄見寺じょうけんじ鶴嶺八幡宮つるみねはちまんぐう腰掛神社こしかけじんじゃにも行った…でも、誰もいない。私1人だけしかいない世界…学校も病院にも…

「あの男が消えて欲しいって思ったけど、みんなを消すなんて望んでない…」


 もう…私のいる景色が闇から色づいてからどれくらいの時間が経過したのかもわからない。見渡す景色の時計の針はグルグルと回り、デジタル時計は「99:99」を示すだけ…勿論、昼も夜もないそんな世界…


「あの男以外なら、誰でもいい…私を…助けてっ!!!私をこの世界から引きずり出してっ!!!!!」


 届かないのはわかってる…だけど、私はもう独りぼっちはイヤなの…愛する人がいない世界で独りぼっちなんて…


「ザッ…ザッ…ザッ…」


 波音に消される私の声と共に、砂浜を歩く音が響き渡る。私じゃない…誰か…いる!!!

「俺を呼んだのは、お前か?ミルフィーユ…」

 背後から私を呼ぶ声…私は思わず振り向くと、そこにいたのは同じピンク色の髪をポニーテールにした少女…右頬の泣きぼくろが特徴的ね。


 身長は同じ年齢くらいの女の子としては高めで、スレンダーな体系。だけど、コスチュームは殆ど私とお揃い同然だ。

「俺はお前と同じミルフィーユ…「いちご」だ。」

「いちご」…埼玉さいたまで暮らしている従兄弟いとこと同じ名前だ。自らを「いちご」と名乗る少女は、腰にあるブレイブスプーンに手をかけ、その姿を変える。


 私と同じ髪色をポニーテールにまとめ、赤い襟に白い身頃のセーラー服に、赤いプリーツスカートに黒いスパッツ。茶色いラインが引かれた白いハイソックスと黒いローファー…赤いタイの形状からして、私立の学生なのかしら…私を見つめる彼女の眼は厳しめだ。


「変身を解け…ミルフィーユ…いいや、千葉明日香!!!」


 そう言い放つ少女は、セーラー服姿でファイティングポーズを決める。

「わ…わかったわ…」

 少女に言われるがまま、私は腰についているブレイブスプーンに手をかけ、変身を解く。こげ茶色の髪のツインテールに、紺の襟に白い身頃のセーラー服…紺のスカートに黒のニーソックスと赤茶色のローファーに、赤いアンダーリムタイプのメガネ…この姿こそ、ミルフィーユの変身前・千葉明日香の姿。


「突然だけど、千葉明日香…俺と勝負しろ!!!」


「いちご」と名乗る少女の力強い言葉に、私の言葉を失った声が波の音と共に消え去った。

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