第31話「賢者様登場!勇者と一緒におしおきよ!!!」
「変態鎧をだますのはチョロいものさ…「海辺の街へ行く」って言ったら、ホントに行ってやんの…」
「クグロフの一番弟子ぶりながら、僕に膝まづくとか、気持ち悪いんだよ!あの女は部下を育てるのが上手かっただけ…つまり、あの鎧は一番弟子でもなんでもない下っ端さ…」
球状の水晶から映し出されるベイクの姿…彼は
「ハーッハッハッハ!!!カオスイーツの後ろで立ってるだけの鎧なんて、錆びついている姿がお似合いさ!!!」
そう言いながらベイクが映る水晶から離れたビスコッティは、人間が1人入れるほどの大きさの黒い細長い八面体の水晶に閉じ込められている少女の姿に目を向ける。少女はこげ茶色のセミロングヘアーで、胸の辺りからお尻にかけてピンク色の光がバスタオルに巻かれたように覆われた状態で意識を失っている。彼女を閉じ込めている水晶は、天井、床をそれぞれ黒いロープで空中に固定され、明かりがなければ宙に浮いている様にしか見えない。
「こ、この人は…?」
「ピシャァッ!!!!!」
まるで稲妻のようにビスコッティの脳裏にふと浮かぶ記憶…ビスコッティはかつて、彼女と海辺の街を手を繋いで歩いていた。ビスコッティと歩いている時の彼女はとても笑顔で、家にあの男がいる時の暗い表情よりも、当時のビスコッティにとって、彼女の笑顔はとても誇らしかった。
その笑顔をずっと…守りたかった…
「姉さん…僕の大切な姉さん…」
黒い八面体の水晶の前でそう呟く彼の媒体こそ、
「あん…まりだ…こんな…再会…なんて…」
千葉柊也としての記憶が甦ったと同時に湧き上がる、カオスへの怒り…ビスコッティは頬を涙で濡らしながらナイフを構える。
………
「………」
屋敷にあるウッドデッキから、
「潮風が心地いいです…」
響き渡る波の音…今の瑞希には、平穏を感じる音色だ。瑞希は海と共に月明かりに照らされる
8年前当時のティラミスはまだ幹部として認められておらず、当時仕えていた幹部・ラクガンと共に
「戦況は劣勢…ラクガン、大至急
ティラミスはラクガンにアジトである古びた廃旅館を任せられ、クリスマスに彩られた京都の街でラクガンを見送った。彼とはそれが最期だった。マジパティによって浄化された…長年たくさんの幹部に仕えてきた彼女には、仕えていた幹部がマジパティに浄化され、彼女から離れていくのは慣れっこだ。
「せめて…手紙で知らせていただければよいものを…」
ラクガンの媒体に関しては、本人からも教えてもらっていないが、武器の扱い方を教える時以外はティラミスに対して横暴な態度ばかりだったため、彼女にとってラクガンは「正直言って、いなくなってかえって清々する」存在だった。
「京都での負のエネルギーは十分に溜まった。大至急茅ケ崎に来られたし…」
カオスが勇者クラフティと彼のマジパティに勝利した翌日、ティラミスはカオスから茅ケ崎へ呼び出されたのだった。そんな彼女は荒れ狂う波の中、烏帽子岩にしがみつく小学校高学年くらいの少年を見つけたのである。
「冬の海を泳ぐなど、無謀な事を…」
すかさず海へ入り、彼女は少年を救出したのである。体温は下がってはいたものの、辛うじて息はあった。あとは現地の人間に任せようと思った時…
「でかしたぞ…ティラミス…」
カオスの声がした刹那、黒いもやがティラミスの目の前で少年を飲み込んだのだ。
「感じる…父親への憎悪…最高だ…そのエネルギー…もっと我に捧げよ!!!!!」
ティラミスだった頃の彼女の目の前で、大笑いしながら少年を「ブラックビター」の幹部に作り替える黒いもやの声…思い出すだけでも身の毛がよだつ。
「そう言えば、あの少年…一悟にも涼也にも顔立ちが似てました…と、いうことは…」
その翌日に
翌朝、
「そんじゃ、俺とトロールは一悟達の修行の付き合い、ここなは僧侶様と一緒にほなみの受験勉強に付き合うって事でいいな?」
「うむ…教師の副業は禁止されているからな…海の家には出られん。」
客としては入れるが、スタッフとしては海の家に入れないため、アンニンと有馬はあくまで一悟達の修行の付き合いであある。
「ところで、一悟はどうした?今日は海の家の手伝いを任されるはずだったが…」
「ガチャッ…」
アンニンのセリフの途中で屋敷の扉が開き、そこからユキとキョーコせかんどが一悟を連れて戻って来た。3人は上着を羽織っているが、上着の下はメイド服と水着を合わせたようなスタイルになっており、一悟に至っては鼻をティッシュで押さえている。
「もーっ!!!こんなんじゃ、仕事にならないーっ!!!!!」
「流石に鼻にティッシュを詰めて接客は、不可能だと思いますので、一悟は修行のみという事で…」
海の家では水着姿の人々が集まる。以前、スーパー銭湯で鼻血を出して気絶した事のある一悟には、水着姿であっても刺激が強すぎたようだ。
「そうした方がいいな…」
僧侶は頭を抱え、有馬は腹を抱えて爆笑する。
どうにも茅ケ崎に来てから僧侶アンニンとして頭を悩ます事が立て続けに起こっている。海の家の制服が女子がメイド服と水着を掛け合わせたような恰好の事、屋敷に用意してあるシュトーレンとトルテの専用部屋の事などなど、あの人物の言動に振り回されるのがどうにもイヤなようだ。
「まったく…あの賢者ときたら…」
賢者トリュフもとい、シンシア・トリュフ・ショコラーデは、勇者クラフティ、ムッシュ・エクレールと共にスイーツ界を旅してきた賢者で、10年前に勇者クラフティと共にスイーツ界から飛ばされて以来、消息は掴めていなかった。確定的だったのは、人間界に飛ばされていたという事。それが事実だと分かったのは去年の事で、アンニンが「
「そんでさぁ…旦那ちゃんが育休取ったら、取ったでその時務めていた学校のPTAから苦情が来て、クビになっちゃってさぁ…これから双子育てんのに、こんなのあるかって話でしょ!PTAのGOサインで子供産めなんて、無理無理無理!」
僧侶アンニンのため息とほぼ同時に、勇者達がいる海の家では、30代ほどの赤茶色の髪の女性がシュトーレンとクラフティの目の前で喋っていた。この女性こそ、賢者トリュフなのである。
「それから…遅くなっちゃったけど、セーラ…結婚おめでとう!あんなに泣き虫で、いつもアンヌとニコラスに守られていた子が…立派な勇者になって、更に生涯の伴侶と結ばれるなんてねぇ…あたしゃもう…感動の涙で前がみえなぐなっでぐんのよぉ…」
これまでの事をあっけらかんと話す賢者は、突然涙を流しながら話題を変えた。どうやら、かなり喜怒哀楽の激しい賢者のようだ。
スイーツ界に於いて、勇者を真名で呼んでいいのは、家族と親しい間柄の人物のみ。本来ならば賢者トリュフが勇者シュトーレンを真名で呼んではいけない身分だ。だが、賢者がスイーツ界を離れたのは勇者シュトーレンが勇者として覚醒する前の事で、その事についてシュトーレンの父親であるガレットからの了承を得た上で「真名で呼んでいい」と認められたのである。勿論、僧侶アンニンに対してもブランシュ卿から許可を得ている。
「それにしても、シンシアが10年前に
賢者に関しても、親しい間柄以外の人物が賢者の真名を口走ってはいけないのは同じだ。元々この2人は幼馴染であり、性別の隔たり関係なく腹を割って話せる間柄でもあるため、シュトーレンとアンニン同様、最初から真名を分け合っているようなものである。
「えぇ…あなたが茅ケ崎に飛ばされていた事すら、最初は全く気付かなかった…でも、茅ケ崎のカオスイーツの事件が全国に報道されるようになって、ようやくあなたの居場所が分かった時には、あたしは駆けつける事ができなかった…」
しんみりとする賢者の言葉に、クラフティの表情が曇る。お互い、あの頃は人間界で生きていくことだけで精一杯だった。勇者クラフティは茅ケ崎で明日香達と出会い、賢者トリュフは瀬戌で教師として働きながら現在の夫と出会ったのだった。
「大きなお腹で、少しでも動いたら出てきそうなほどでさ…お医者さんから止められちゃって…ホントなら、この事も…結婚も…ニコラスに一番に報告したかったんだけどね…それすらできなかった…」
「そ、それならあとで紹介してくれればいいさ…10年もシンシアと離れ離れだったからさ、俺にも茅ケ崎での事をシンシアに話したくって…」
「でも、3股かけてたこと以外ね?」
「3股」という言葉が、クラフティの頭頂部にグサっと刺さる。どうやらアンニンとガレットから事前に吹き込まれていたようだ。
食器を片付けに厨房へ戻ったシュトーレンは、クラフティとトリュフの様子に安堵の表情を示す。厨房ではみるく、トルテ、
「親父…おにぃと賢者様の事だけど…」
「ニコラスも、シンシアも、セーラに過酷な運命背負わせたけど、あいつらなりにセーラの幸せを願っているんだよ。自分ができなかった事、セーラにさせたいんじゃねぇかな?結婚式どころか、お前がセレーネのお腹の中で育った様子を見られなかった俺みてぇに…」
「親父…そう言う言い方だと、「カオスのせいで一生一度の機会を逃した」って言ってるようなものだからね?」
大勇者の頭頂部に、娘の言葉が深く刺さった瞬間だった。
今日も海の家は大盛況だ。ネロの呼び込みによって、ネロを男の人だと思い込んだ海水浴客が集まり、メイド服と水着を合わせたような恰好に興味を示した海水浴客も段々と海の家に集まる。特にお昼はピークの時間帯であり、友菓の冷やしわかめラーメンを選ぶ者、ガレットのシーフードカレーを選ぶ者がいる一方、みるくのフルーツゼリー、トルテのらいおんオムそばは子供達に高評価を得ている。
「かき氷とソフトクリームも割といい線いってるよなー?」
「ネロがかき氷機1台壊した以外はね?」
ユキはボネにそう言うと、ボネが作ったかき氷をトレーに乗せ、テーブル席に運んでいく。
「かき氷の抹茶白玉、マンゴー、メロン、お待たせしましたー!」
………
「やっと…茅ケ崎に…着いた…」
ビスコッティは普段とは違うカジュアルな恰好で野球帽を頭にかぶり、さらに背中には大きなカバンを背負って、茅ケ崎駅の南口を出る。彼の姿は端から見れば、単なるスポーツ少年にしか見えない。
「まずは…家に…帰らないと…」
南口を海岸方面へ進む。8年という時間で、茅ケ崎駅南口の建物が変わった場所もちらほら見受けられる。
マカロンがマジパティの正体について調べていたようで、勇者シュトーレンのマジパティ4人の正体は既に知っている。特にクリームパフはパリにいた頃に戦った事があるため、マカロンから教えられるまでもなかった。
ミルフィーユ:千葉一悟。私立サン・ジェルマン学園中等部2年A組。出席番号15番。帰宅部。
本当は信じたくもなかった。いとこに姉と同じくマジパティになった者がいたという事…茅ケ崎に来るたび、同じ年齢の涼也と一緒に遊んでいた一悟…今は空手をやっており、空手の強さは折り紙付きだと聞いている。
「まだ小さかった涼也も…ほなみも…いすみも…僕より大きくなってしまったんだろうな…」
媒体である千葉柊也の記憶が戻った事で突きつけられる、「時の流れ」という現実…小学5年生で止まってしまった時間は、元に戻らない…
それでも…最愛の姉の笑顔をもう一度見たい…その気持ちだけは揺るがない…
幸いにも、最愛の姉を「父親」という免罪符で支配してきた男は、茅ケ崎市を離れている事は知っている。ビスコッティは、自宅のある東海岸南3丁目へと急ぐ…
………
「それで、どうして茅ケ崎に?」
なるべく人通りの少ない場所でビーチバレーをする一悟達を見ながら、僧侶は賢者を睨みつける。ビーチバレーは協調性を高めるための一環として合宿メニューに組み込んでおり、2人の目の前で有馬、トロールのクリームパフチームと、一悟、いすみのチームが涼也の審判の下でバトル中だ。
「実はさぁ…あのゴリラに関して、
「ゴリラ」という単語が賢者の口から出た刹那、幼き身体に「きょーこ」という名札が付いたスクール水着に大人用の白衣姿の僧侶は目を皿のように丸くする。
「旦那ちゃん、あのゴリラの言動から「クビにしたい」ってボヤいてたし、神奈川県の高校生が、サン・ジェルマン学園にゴリラをクビにするよう署名活動もしているらしいのね?それに、ウチの教育委員会も神奈川の教育委員会に対しての違和感感じていたもんだからさ…旦那ちゃんと職場のためにも、ウラを取りに来たってワケ!」
「署名活動」という言葉に、アンニンの表情が引きつる。
「そ、そう言えば…中等部の校長…「
「そうそう、ソレが旦那ちゃんの名前ー♪30代で校長任されちゃったからさぁ…あのゴリラに、年齢を理由にナメられちゃって…」
僧侶とは真逆のテンションで涼也の父親のウラを取った事を明かす賢者はさらに、神奈川県教育委員会が隠してきた涼也の父親のこれまでの問題行動の数々を暴露する。その中にはサン・ジェルマン学園で起こした問題行動と同じものも含まれており、特に女子に対する修学旅行及びプールの授業での行動に至っては、養護教諭でもあるアンニンにとっては怒りが爆発する内容だった。
「あのゴリラ、8月からは教育研修だったな?研修中もその態度が変わらんようなら…クビだな?ク・ビ!!!」
「僧侶の幼馴染に対する態度だけならず、保健室を盗聴した事に関しては、未だに根に持っている僧侶アンニンであった。」
賢者の口から出てきた「署名活動」は1か月ほど前から行われており、最初はまちまちだったものの、マカロンがシャベッターで拡散した途端に、署名の人数が急増。マカロンが拡散した5日後に目標人数である1万人を突破してしまったのだった。その中には、サン・ジェルマン学園の生徒達も含まれていたのは言うまでもない。
「カラン…」
東海岸南3丁目にある一悟の祖父の家の縁側に、麦茶の入ったコップが置かれる。その縁側にはビスコッティが座っており、背中に背負っていたバッグは既に下ろされている。
「どんな姿であれ、お前が生きているだけで何よりだ…柊也…」
突然のビスコッティの来訪に驚いた一悟の祖父であったが、玄関に彼が現れた途端、彼が行方不明だった千葉柊也である事に気づいたようだ。
「随分と老けたね…おじいちゃん…」
縁側と庭を見つめるように置かれる仏壇には、一悟の祖母の写真と位牌…それを見た彼は、行方不明当時、生きていた祖母が既に亡くなっていた事を悟る。
「おばあちゃん…いつ頃亡くなった?」
「明日香もお前も行方が分からなくなって、1年7か月ほどだったな…私と涼也で看取った…バカな方のせがれのせいで入院が遅れてしまって…やっと入院できた時には、手術すらできない程ガンが全身に広がっていたんだ…」
「バカな方のせがれ」…その言葉に、ビスコッティは麦茶の入ったコップを震えさせる。柊也にとって、叔父と叔母は共に真面目な警察官で、柊也の父親と比較するまでもないほど人当たりの良い人物という印象だからだ。
「相変わらず…だな…あの男は…」
「お前は頭がいい子だったからな…明日香の笑顔のためなら、頭を使う事を惜しまない…だから、早々と父親に反発していたんだろう?」
祖父の質問に、ビスコッティは黙って頷く。柊也の机の引き出しに入っていた数々のペーパーナイフ…一悟の祖父と涼也は、柊也が父親への反発心を強めていた事を、既に知っていたのだった。
「おじいちゃんからあの赤い靴を買ってもらった時の姉さんの嬉しい顔…僕にとっては宝物だったんだ。その宝物を壊したあの男に、いずれ制裁を加えるつもりだった。」
「それなら、その事を今の涼也達に話してみるのもいいんじゃないか?今の涼也達は、柊也…お前と同じく、あの男を嫌っている。明日香の笑顔を守るために、何かをしたいのであれば、あいつらにもその趣旨を伝えるのも手段の一つだろう…」
祖父に諭されたビスコッティは、今にでも泣きそうな表情で祖父を見つめる。その表情は、これから自分の目の前にいる孫が何をして、どういう結末を迎えるのか知らない祖父を悲しむような雰囲気にもとれる。
「おじい…ちゃん…」
………
海の家の今日の営業があと1時間で終わろうとしている頃、呼び込みをしていた
「卑怯…者…」
確かに「
その近くで一悟の祖父が運転する軽自動車が停まり、その軽自動車からビスコッティが大きなカバンを持って降りる。
「ありがとう…おじいちゃん。」
ビスコッティはどことなく吹っ切れたような顔をしている。彼は祖父を見送ると、サザンクロスビーチへと向かう。その途中で…
「…!?」
4人組の女たちが1人の少女を集団で取り囲んでいたのである。ブラックビターの幹部であるビスコッティから見ても、陰湿な手口だ。そんな集団の1人が少女にナイフを振りかざす。それを見たビスコッティはすかさずカバンからブーメランを取り出し…
「ガッ…」
ビスコッティが投げた三つ又のブーメランがナイフを振りかざした女の手首に直撃し、ナイフは女の手から離れ、砂浜に突き刺さる。
「ドスッ…」
「随分と手入れの行き届いていないナイフだな?そんな汚いナイフで
慣れた手つきでブーメランをキャッチしながら、ビスコッティは4人組の女に睨みを利かせた言葉をかける。女たちは「犯罪者の家族に何をしたっていいだろ」と反論するが…
「お前ら、バカ?バカなの?犯罪者の家族相手だろうが、なかろうが、刃傷沙汰やったら、お前らも犯罪者だろーがっ!!!お前らの一線を越え過ぎた正義なんて、ケツ吹く紙にもならねーよ!バーカ!!!」
ビスコッティがそう言うと、4人組の女達は「チッ」と舌打ちして逃げ出そうとするが…
「逃がすかよォっ!!!!!」
突然黒い光を放ち、黒い光が4人組の女達のうちのリーダー格の女に直撃し、その女はみるみるうちにスイーツの化け物・カオスイーツへと姿を変えてしまう。今回は黒いガラスの器に彩りのフルーツ…フルーツポンチのカオスイーツで、カオスイーツは他の3人の女をサイダーに満ちた黒いガラスの器の中へブチ込んでしまった。
「僕は父親が嫌いだ…でも、「自分こそが正しい」という過信しすぎた正義を免罪符に、集団で他人に押し付ける輩はもっと嫌いだ。」
ビスコッティの言葉を聞いた玉菜は、彼が何を言いたいのかおおよそ分かったようだ。
「勘違いしないでくれる?白石玉菜…僕は、大切な人が愛したこのビーチをゲスな輩に汚されたくなかっただけだからね?」
「そう…それで構わないわ。そーゆーワケで、ナイフ…貸してくれる?」
敵対している相手の言葉に呆れながらも、ビスコッティは玉菜に自分のナイフを手渡す。ナイフを受け取った玉菜は髪をまとめていたラベンダー色のリボンを解き、リボンを口に咥え、左手でハチミツ色のロングヘアーを掴み…
「ザッ…」
ビスコッティの目の前で、彼のナイフは玉菜のハチミツ色のロングヘアーを20センチほど切り裂いた。柱から解放された玉菜は、自分の髪を切り裂いたナイフを持ち主に返す。
「ありがと!!!いちごんと涼やんには内緒にしとくねー!」
玉菜はそう言いながら、ビスコッティにナイフを返し、カオスイーツのあとを追い始めた。カオスイーツはまるで我を忘れたかのように、黒い器の身体から色どりのフルーツを砂浜にまき散らしつつ、砂浜を東へ走っていく。
「ドドドドドドドドドド…」
一悟達の背後から、何かが迫って来る音が響き渡る。カオスの匂いを感じ取ったアンニンは、すぐさま一悟達に注意を促す。
「カオスイーツだ!こっちに向かってくる!!!」
僧侶の言葉に一悟、トロール、
「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!」」」」
ピンクの光、黄色の光、2本の紫の光が柱となって湘南の海岸から放たれる。その光の中で一悟はピンク色のポニーテールをなびかせ、ここなは普段の一悟と同じ背丈の少年の姿に変わり、こげ茶色の髪は金髪へと変化を遂げ、前髪が左右にぴんとはね、隠れていた右目がお披露目される。有馬とトロールも白銀の髪色に変わり、紫色を基調としたコスチュームが着せられた。有馬は8年ぶりで、尚且つ精霊バニラと一体化して初めての変身のため、姿はバニラと一体化後のままだ。
「ピンクのマジパティ・ミルフィーユ!!!」
一悟はピンク色の空間で空手の型を決めながら、ミルフィーユに変身した。
「黄色のマジパティ・プディング!!!」
ここなはプディングに変身し、プディングワンドを構えながら、カオスイーツの方へ上半身を向ける。オレンジのハーフパンツから露わになった膝小僧が、まるで世間のショタコンのハートをわしづかみにするようだ。
「「白銀のマジパティ・クリームパフ!!!」」
トロールと有馬は声をハモらせながら、それぞれポーズを決める。8年前とは違い、有馬が変身したクリームパフは下がスラックスではなく、黒のショートパンツにロングブーツ姿だ。
「「スイート…」」
「「レボリューション!!!」」
「「「「マジパティ!!!!!」」」」
最後は4人でハモった。アンニンもスイーツ界の姿へと変わり、マジパティの真横に並ぶ。
「
勇者クラフティの光を宿したクリームパフの言葉と共に、他のマジパティは一斉にカオスイーツへ飛び上がるが…
「ちょっと待って!器の中に人が!!!」
魔界のクリームパフがそう叫んだ刹那、ミルフィーユとプディングの腕の動きがピタッと止まってしまう。黒いガラスの器の中には、サイダー状の液体に溺れる3人の女性の姿…
「くそっ…人質をとりやがって…」
ミルフィーユが悔しそうに舌打ちすると同時に、勇者クラフティのプディングは再びプディングワンドを構えるが…
「ドンドンドン…」
器の中から色どりのフルーツが砂浜へ打ち上げられる。
「おっとっとっと…」
「パンパンパンパン!!!」
色どりのフルーツがねずみ花火のように爆発し、ミルフィーユ達の足元をうろつきはじめる。
「あじゃ!あじゃ!あじゃっ!!!」
「くそっ!!!人質といい…花火といい厄介なカオスイーツめ!!!」
そう言いながら、僧侶は杖を光らせ、マジパティ達全員を包み込むように光のドームを作り、フルーツの花火の攻撃を防ごうと試みるが…
「ボコッ…」
砂浜に潜り込んだフルーツの花火が、ドームの中へ飛び出し、光のドームの中で大暴れを始めた。
「阿波踊り踊ってんじゃねーよ、ミルフィーユ!!!」
「お前も人の事言える立場かよっ!!!」
足元にフルーツの花火がうろつくので、ミルフィーユ達はよけるだけで精一杯だ。その動きはまさに、阿波踊りである。そんな状況下の中、魔界のクリームパフのチョーカーのハートの部分が点滅を始めた。
「ま、まずいわ…このまま長引くと…」
魔界のクリームパフは咄嗟にクリームグレネードを構えるが、構えたと同時に点滅が停まり…
「時間切れだっぺよ…」
魔界のクリームパフは一瞬にしてトロールに戻ってしまった。
「トロール!!!」
僧侶の集中力が切れたと同時に、光のドームが一瞬にして砕け散り、僧侶と3人のマジパティ、トロールはその場から吹き飛ばされてしまう。
「ドオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!」
「くそっ…こっちに来て、調子がくるってばかりだ!!!」
僧侶は悔しさ交じった叫びと同時に、砂浜に拳を打ち付ける。
「万事休す…か…」
有馬が弱音を吐こうとした刹那…
「いいえ、まだ終わってはいないわ!!!」
突如、背後から賢者の声がして、振り向くとそこには賢者トリュフと2人の勇者、そして勇者シュトーレンのプディング、ソルベ、クリームパフと、勇者クラフティのソルベの姿。
「砂浜にフルーツをぶちまけるなんて、もったいないお化けが黙ってないわ!!!」
「遅いぞ…バカもん…」
僧侶はツッコミを入れる気力すら湧かないほど呆れている。そんな僧侶を尻目に、賢者は名乗りを続ける。
「愛と勇気のスイーツ界敏腕賢者!シンシア・トリュフ・ショコラーデ!!!」
構えからして、ムッシュ・エクレールと同年代の人間界の女性たちが過剰反応してしまうような動きを見せる動きをする賢者に、男の勇者は「またかよ」の表情を浮かべる。
「勇者と一緒に…おしおきよ!!!」
「だから、それはやめろって言っただろ…シンシア…」
「いやー、10年ぶりにやっとかないと気分が乗らなくって…まずは、人質の救出が最優先よ!」
賢者の命令と同時に、僧侶は女勇者に支えられ、トロールは勇者シュトーレンのクリームパフによって支えられる。
「おにぃ、連携してカオスイーツを引き付けるわよ!!!」
「あぁっ!伊達にスイカ割りを強いられてはいないぜっ!!!」
2人の勇者はカオスイーツから放たれる色どりフルーツを次々と真っ二つにし始める。そこへ、勇者シュトーレンのソルベがソルベアローを構える。
「ソルベシュート!!!フリージング!」
ソルベアローから氷の矢が放たれ、カオスイーツの右足に直撃する。カオスイーツの右足は瞬く間に凍り付き、カオスイーツはバランスを崩して転倒してしまう。それと同時に、カオスイーツの黒いガラスの器から3人の女性が解放され、海へ投げ出されるが…
「プディングアムールリアン!!!」
勇者シュトーレンのプディングが持つプディングワンドの先端から光の鎖が放たれ、投げ出された3人の身体に鎖が巻き付いた。
「オーエス!!!オーエス!!!」
2人のソルベと2人のクリームパフが勇者シュトーレンのプディングを支えつつ、3人を救出する。
「化け物の中で溺れ死ぬのと、警察の取り調べを受けるの…どっちにする?」
「警察に行きますぅ~…」
救出された3人に問いただすクリームパフもとい、白石玉菜の表情はとてつもなく怖かった。
「勇者シュトーレン、今よ!!!」
「御意…賢者様…」
賢者に出番を伝えられた女勇者は、己のマジパティの前で大剣を構える。彼女のマジパティ達も勿論、武器を構えている。
「「「3つの心を1つに合わせて…」」」
3人がそう叫んだ瞬間、3人の武器は光の粒子となり、それぞれのカラーに合わせた細身の剣・パティブレードに変わった。
「勇者の力を1つの剣に!!!ミルフィーユブレード!!!」
「勇者の愛を1つの剣に!!!プディングブレード!!!」
「勇者の知性を1つの剣に!!!ソルベブレード!!!」
3人はそれぞれのパティブレードを構え、ピンク、黄色、水色の光をまといつつ、カオスイーツに飛び掛かる。
「さぁ、行くわよ!!!フォンダンっ!」
「はいでしゅ!!!」
フォンダンがクリームパフの右肩に乗ると、クリームパフはウインクをする。
「精霊の力と…」
「勇者の光を一つにあわせて…」
「バレットリロード!!!」
フォンダンの身体が白く光るなり、フォンダンはクリームパフの持つクリームグレネードのレンコン状のシリンダーに光の銃弾を装填する。そして、クリームパフは左手でシリンダーをくるくると回転させ、狙いを定めると同時に、クリームパフは拳銃のトリガーを引く。
そして、勇者は白い光を纏いながらカオスイーツの前で高くジャンプする…
「「「「「マジパティ・ブレイブ・ピュニシオン!!!!!」」」」」
その掛け声とともに、カオスイーツはミルフィーユ、プディング、ソルベの順に斬られ、クリームパフの無数の光の銃弾を浴びる。最後に、勇者シュトーレンがカオスイーツの頭上から大きく振りかぶってカオスイーツを一刀両断する。
「「「「「アデュー♪」」」」」
5人が同時にウインクをすると、フルーツポンチのカオスイーツは光の粒子となって本来の姿を取り戻したのだった。
暫くして、賢者からの通報を受けた警察官達がビーチの方へやって来て、カオスイーツにされた女を含めた4人は茅ケ崎警察署へ連れていかれ、玉菜も被害者側として一緒に警察署へ行くことになった。
「「んで…たまにゃんのあの髪…」」
「切った…ってさ。そんで、勇者様がビックリしちゃって…ちょっと遅れた。」
玉菜の髪型に呆然とする一悟と有馬に、ユキがしれっと答える。
屋敷へと戻ると、ウッドデッキでは涼也達がビスコッティと和解しており、瑞希はそんなビスコッティに対して少々複雑な表情を浮かべる。
「おう、一悟!僕よりもデカくなったな!」
普段の千葉一悟の姿を見たビスコッティがそう言うと、一悟は唖然とする。
「その…声は…」
「今はこんな姿だけど、僕だよ…お前のいとこの…千葉柊也!」
幼い頃の涼也と瓜二つの顔立ち…その顔立ちで微笑むビスコッティに、一悟の頬に涙が伝う…
「柊…ちゃん…」
「媒体としての記憶が戻った以上、僕もカオスからの裁きを受ける…だから、一悟!お前に頼みたい事があるんだ!!!もし、僕がカオスイーツにされたその時は…」
そんなビスコッティの背後に黒いもやが迫り…
「ビスコッティ!!!」
「一悟…お前が姉さん…千葉明日香を…」
瑞希の叫びも虚しく、一悟に頼みを請うビスコッティの身体を黒いもやが包み込む。
「たの…ん…」
黒いもやがビスコッティの全身を包み込むと、黒いもやは一悟の目の前で瞬く間に消えてしまった。そんなカオスの行動に、ブラックビターの元幹部は瞳を潤ませながら憤慨する。
「相変わらずの外道な行いを…」
まるでこの世の絶望を見るような表情で直立する一悟を、瑞希は優しく抱きしめ…
「お願いします…一悟、千葉明日香共々…彼を…救ってください…」
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