混沌の魔女編
第30話「いざ、茅ケ崎!ミルフィーユよ、立ち上がれ!!!」
7月21日、朝―
「バンッ!!!」
カフェ「ルーヴル」に止めてある赤いデミオのトランクが閉まり、トランクを閉めた張本人は、「ふんっ」と鼻息を出しながら仁王立ちをする。
「よしっ!これで持っていく荷物の殆どは乗せたな。」
大勇者は旅行へ行く準備を終えたかのように、車に鍵をかけると、玄関へ入り、リビングへと戻る。リビングへと戻るや否や、彼の足元には…
「あ…あんなに成長していたなんて…」
弟のニコラス・クラフティ・ブラーヴ・シュヴァリエが倒れていたのだった。そんなクラフティは鼻から血を流している。その鼻血の理由を何となくで察した大勇者ガレットは、彼の背中に跨り、脇を抱えつつ弟の上半身を起こし、技をかける。大勇者ガレットのキャメルクラッチが、勇者クラフティの全身に炸裂した瞬間である。
「シュヴァリエ家家訓!第1条っ!!!
終業式が行われた一昨日、ガレットは弟を連れて一旦スイーツ界へと戻り、勇者クラフティは約8年ぶりに自分の身体を取り戻したのだった。勿論、シュガトピア国王に経過報告も忘れない。勇者クラフティと彼のマジパティが見つかったため、本来ならガレットと魔界のマジパティはお役御免となるのだが、勇者クラフティのミルフィーユもとい
なお、グラッセに関しては
「それで、兄さん…ホントに一悟
「一悟と涼也には内緒」というのは、2人の祖母である千葉
「言ったらサプライズじゃねぇだろ?それに、今回はお前とセーラ…つまり、勇者とマジパティ達の合宿も兼ねてんだ。カオスから明日香を助け出したいんだろ?そのためには、それなりに力をつけなくちゃいけねぇ…今の勇者とマジパティ達にできることは、それしか方法がないんだ。」
兄の言葉に、クラフティはしんみりとした表情を浮かべる。
「そう…だよな。明日香を取り戻すためには、ぼんやりとしちゃいけないんだ…」
「そう!明日香はおにぃにとって、大切な存在でしょ?アタシも自分のマジパティ達と共にカオスと戦わなくちゃいけない…今回の合宿で十分に力をつけなくっちゃね?」
クラフティにそう言うシュトーレンではあるが、どうにも言っている事と、服装がかみ合っていない。そんな彼女はつばの広い白い帽子にサングラス、そして帽子と同じ白のロングワンピース姿だ。
「セーラ…合宿と新婚旅行は一緒にしないでね?」
明日から合宿とはいえ、本日もカフェ「ルーヴル」は通常営業である。暫くしてみるく、
………
「待たせたわね!
夕方になって、閉店作業を終えたカフェの前に14人乗りのハイエースが停まり、ハイエースから僧侶アンニン、キョーコせかんど、ここなが降りて来る。カフェの営業を終えた勇者とマジパティ達は、荷物を持ってハイエースに乗り込む。ハイエースの運転はキョーコせかんどの担当のようで、キョーコせかんどは普段のロングスカート姿ではなく、動きやすいパンツスタイルにスニーカー姿となっている。
「んじゃ…
「その方が無難だな。セーラに車で首都高走らせるのは、リスクが高すぎる…」
フランスから日本に戻ってすぐに短期合宿で車の免許を取得した女勇者にとっては、カーブや分岐の多い首都高の運転はハードルが高い。しかもバイクの運転と同じノリで運転しているから、
「そんじゃ、合宿に出発っ!!!」
一通りの経路を話した大勇者と僧侶はそれぞれの車に乗り込み、カフェをあとにして、トルテが運転する赤いデミオと、キョーコせかんどが運転するハイエースは目的地である茅ケ崎市を目指すのだった。
「あーあ…アイツにこの事、伝えるの忘れて出かけて…でも、楽しんで来てちょうだいね…カル兄♪」
2台の車がカフェを去っていくのを見届けながら、30代後半の女性が1人呟く。
………
翌日、一悟は母親が運転するシルバーのフィットの中、スマートフォンをじっと見つめている。その様子に、隣に座っている涼也も何となくではあるが、理由は察したようだ。
「何だか、俺達…ハブられてる感じだよなぁ…昨日からココアも姿を見せねぇし…」
「こっちは、父ちゃんが伯父さんに「7回忌はやらない」って言って、置いてったけどな。」
祖父を交えた家族会議のあと、涼也の母である
「そもそも、ばあさんが胃がんになったの…姉さんと勇者様を追い掛け回した親父が原因だし…」
涼也の言葉に、一悟は納得するしかなかった。一悟にとって、祖母との思い出はほんの一握りではあるが、心優しい祖母だった。そんな祖母は、明日香、
涼也にとって、「ばあさんは、息子である俺の親父に殺された」と解釈するのも無理はないだろう。
「結局、あの人はお義母さんの葬儀に参列すらしなかった…母親までも見下していたんだから、これからは「
「紅子さん、言うようになりましたね。いい弁護士さんも紹介されましたし、調停頑張りましょうね。」
その言葉に、涼也の母は微笑む。彼女には、たくさんの味方がいる…もう1人で抱え込むことはないのだ。
「ピコン!」
ほぼ同時に、一悟と涼也のスマートフォンから
「一悟、ごめんっ!今、雪斗と入れ替わる暇もないくらい忙しいの。」
実は昨夜から一悟はシュトーレン達と連絡が取れず、やっと連絡がついたと思いきや、このメッセージである。それは涼也も同じだ。
「瑞希さんが「準備で忙しいので、あとで折り返し連絡します」…ってさ。」
「えっ!?カフェには誰もいなかったのに?」
涼也の言葉に、一悟は驚きを隠せない。出発の時にみるくの家とカフェの前を通ったのだが、どちらも真っ暗で、父親が特撮ドラマ「帝王戦隊エンペラージャー」のロケ撮影で不在のみるくの家はともかく、カフェにはいつもガレージに停まっているデミオがなく、あるのはバイクが2台のみ…そして、今のLIGNEのメッセージ…一悟の顔は全体的に真っ青となった。
「知らぬが仏…」
後部座席でスマートフォンを見つめる息子に向かって、一悟の母はボソっと呟く。
………
朝の5時半に出発した一悟達は、休憩をはさんで9時に一悟の祖父の家に到着し、挨拶を交わす。
「今、
一悟と涼也の叔母の
「ガチャッ…」
「「ただいまー!!!」」
一悟と涼也が涼也の部屋で制服に着替えていると、一悟の祖父の家の玄関のドアが開き、そこから
「おかえり、2人共。話していた通り、ゴリラのおじさんは、英雄おじさんが教育委員会に預けてきたから安心しなさい。」
祖父の言葉に、ほなみといすみは嬉しい声を上げる。涼也の父親は紗山中学校に勤務した事はないのだが、部活で他校と練習試合をするときや、涼也の父親が勤務していた学校から異動してきた教師達からしょっちゅう苦情が入るようで、両親達や涼也を見下す言動を見て育ってきた事も加え、姪っ子達からも煙たがられている。
「あのゴリラ、お年玉くれないから、いなくても困らないもんねー♪」
「
姉妹が涼也の父親への文句を言っている途中で、姉妹は階段から降りて来る、サン・ジェルマン学園中等部の制服姿の一悟と涼也とバッタリ再会してしまったのだった。
「あ…涼ちゃんだ…やべ…」
「別に本人いねぇし、気ぃ遣うなよ…俺だってあのゴリラ嫌いだし。」
バツの悪そうな顔をするいすみに、涼也がため息をつきながらそう答える。
「それに…俺達の学校でも、高等部で竹刀振り回して暴れるわ、他の先生とトラブル起こすわ…で、クビになりかけたし。」
「あ…あのニュース、ホントにゴリラがやらかしたんだ…」
勇者親子に対する一方的な逆恨みで引き起こした不祥事は、匿名ではあるが全国のニュースで取り上げられ、一悟の祖父がとっている
祖母の法事も滞りなく終わった一悟は再び着替え、涼也、ほなみ、いすみと一緒に買い物を兼ねた散歩へ行こうとしていた。一悟の姉の一華は、受験生であるほなみに諭され、祖父の指導の下、勉強中である。そんな4人の前に瀬戌ナンバーのマーチが停まる。
「おーっす!一悟、涼也!法事は終わったのか?」
木津先生もとい、有馬だ。そんな有馬の姿は、端から見れば男のような口調で話す女性にしか見えない。
「終わった…けど、どうしてここに…」
「いやー…俺の本来の実家を見てみたくってさぁ…さっさと仕事片付けて首都高飛ばしてきたんだ。」
…というのは、建前である。有馬の車の後部座席には紫色のスーツケースが乗っている。
「まぁ…見に来たはいいんだけど…俺の実家、なくなってんだけど?」
有馬の指さす先には、3件の分譲住宅…8年前には有馬の実家である歯科医院があった場所だ。
「藍本歯科…ですよね?確か、3年前に茅ケ崎駅の近くに移転して、藍本さん一家…そちらに引っ越しましたよ?」
「引っ越し…た?」
涼也の言葉に、有馬の表情は青ざめる。
「はい…おじいちゃん先生が4年前にアルツハイマー型の認知症になっちゃって、
「その後だよね…東日本台風で藍本さんの所の窓ガラス殆ど割れちゃって、設備がめちゃくちゃ…んでコロナだー、介護問題だー…ってなんだかんだあって、歯医者さんごとお引越し。」
淡々と話すほなみに、いすみが説明を付け加える。
「あのじーさん、もうトシだったからなぁ…ありがと。俺、他に立ち寄りたい場所あるから、そっちに行ってくる!2人共、あとでなー!」
有馬はそう言いながら運転席のパワーウィンドウを閉め、海岸方面へ向かってしまったのだった。
「あと…で?」
一悟の祖父の家がある東海岸から南下し、国道134号線を西へしばらく進むと、有馬はサザンクロスビーチの近くにある赤い屋根の屋敷の駐車スペースにマーチを止める。そこには既にハイエースと赤いデミオがあり、有馬はスーツケースを転がしながら屋敷のインターホンを鳴らす。
「大勇者様、有馬です。遅くなってすみませーん!」
3分後に玄関が開き、出てきたのは大勇者ではなく…
「遅いぞ、バカもん!どこで道草食ってた!!!」
僧侶アンニンだった。アンニンは呆れた顔をしながら、有馬の話を聞く。
「8年ぶりに実家を見に…分譲住宅になってましたけど。」
「そういや、有馬の実家は明日香の家の向かいで、歯科医院だったな。」
「明日香の家の前で一悟と涼也を見かけましたが、いとこ2人と散歩中でした。こっちの事は話してません。」
「それならまだ大丈夫なようだな?こっちは今、海の家を閉めているところだ。長旅で疲れただろ…少し休むといい。」
僧侶の言葉に、有馬はリビングスペースにスーツケースを置く。そこでは、ここなとトロールがテーブルをはさんで向かい合い、オセロをしている。
「この角ももらった…」
「うぐぅ…また…角…」
流石のトロールも、ボードゲームが得意なここなに手も足も出ないようだ。
今回、茅ケ崎の海岸で合宿に至った事には、理由があった。一つは、友菓の祖父が毎年プロデュースしている海の家のスタッフの数が足りず、3日ほど友菓の祖父が新たなスタッフを確保する間だけ、シュトーレン達が海の家のスタッフを任されることになったのだ。もう一つは、友菓、ここな、有馬、クラフティの4人の間にできてしまったわだかまりを無くすには、「茅ケ崎に行って腹をわって話し合うのがいいだろう」と、ガレットが判断したからだった。合宿先は運よく賢者トリュフの義理の弟が1か月ほど前からハワイへサーフィンに出かけたため、彼の家を合宿先として使える事になったのだ。
段々とシュトーレン達がビーチから屋敷へ戻ってくる。疲れている様子から、今日の海の家は大繁盛だったようだ。
「さてと…少し休んだら、夕飯食べに行くかー!!!」
そう言いながら大勇者ガレットが大きく伸びをした刹那…
「大勇者様っ!!!」
背後から涼也の声がして、振り向くと、そこには自転車に跨る涼也が、同じこげ茶色の髪を背中の真ん中あたりまで伸ばしたピンクを基調としたトップスに白い膝丈のスカートの女子中学生を乗せている。彼女は涼也のTシャツと共に明日香のブレイブスプーンを掴んでいるが、恐ろしいものを見てしまった表情をしており、ひどく怯えている。
「何でここに居るのか知りてぇけど、今はそれどころじゃねぇっ!!!紗山中学校にマンゴープリンのカオスイーツと鎧の幹部が現れて、一悟が戦ってる!」
「何…だって!?そ、その子は…」
「は…ひぃ…は…」
自転車から降りたほなみは、涼也に支えられてはいるものの、気が動転しているせいか通常の会話に戻れるまで、時間を要するようだ。
「ほなみの奴、8年前に目の前でマンゴープリンのカオスイーツに姉さんとモカが襲われた時の事が、フラッシュバックしたんだ…お願いします!!!せめて一悟のパートナーであるココアだけでも…このままだと…隣接している小学校まで被害が及ぶんです!!!」
そう言いながら涼也はいとこを支えつつ、大勇者ガレットに頭を下げる。勇者でなくても、マジパティでなくても…自分に一悟をみんなを守るため、涼也が選んだ手段…
「セーラ、移動するならコレを使え!」
「!?」
バッグからアクセサリー化した自分の大剣を取り出す娘に、ガレットはアロハシャツのポケットからコンパクトのような大きさの白と金色を基調とした物体を投げ渡す。それは扉のような形をしており、真ん中にはマジパティと同じモチーフが飾られている。
「それはブレイブポルト…スイーツのエネルギーがたまっている今のセーラなら、ブレイブポルトを使いこなせるはずだ。紗山中学校の座標は既に登録してある。行ってこい…」
大勇者の言葉に、シュトーレンの背後にみるく、ユキ、玉菜の3人が並ぶ。
「
………
話は20分前に遡る。一悟達は、いとこ同士の近況を交えつつ、祖父の家から南東にある紗山中学校まで歩いていた。飼育委員を務めるいすみが、職員室に飼育小屋の鍵を返すのを忘れてしまったためだ。今回の買い物は大荷物になるため、涼也は瀬戌市に引っ越す際、祖父の家に置いていった自分の自転車を押している。
「そう言えば、瀬戌市でスイーツの怪物と戦う子達が出て来てるって…ホント?」
「えっ…」
突然のほなみの質問に、一悟はたじろいでしまった。
「お姉ちゃんもあたしも、まころんのチャンネルの大ファンだったもん。炎上騒動のあと、謝罪配信して以来更新してないけど…まころん、どうしちゃったの?」
「まころん」と聞いて、一悟は更に言葉を詰まらせる。
まころんことマカロンの正体は、5年前に玉菜の姉・
「まころん…いや、
本当の事が言いづらい一悟をフォローしつつ、涼也が答える。
「おぉっ!それなら、その頃にはお姉ちゃん…
「いすみ…プレッシャーかけないでよ…有馬さんがゴリラのせいで入れなかったトコなんだから…」
妹にそう言いながら、ほなみはため息をつく。鵠沼高等学校は茅ケ崎市の隣・藤沢市にある県立高校で、神奈川県ではトップクラスの難関高校だ。有馬もかつては鵠沼高校を目指していたが、涼也の父親から「理不尽で尚且つ一方的な逆恨み」ともとれる言動で当時の担任から内申点を下げられた挙句、鵠沼高校に怪文書を送られ、泣く泣く進学をあきらめたのだった。
「でも、神奈川県の学校全体から門前払い食らっている今なら大丈夫だよ!先生達から信用されてるお姉ちゃんなら大丈夫♪」
「そうそう…いすみの言う通…」
「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」
正門をくぐりながら、ほなみを勇気づけようとする一悟のセリフを遮るかの如く、中学校のグラウンドから悲鳴が響き渡る。一悟達は大急ぎでグラウンドへ走ると、そこには巨大なマンゴープリンのカオスイーツと、鎧に身を包んだ青年幹部・ベイクの姿…グラウンド内ではサッカー部とテニス部、陸上部が練習中だったようで、部員達が顧問の先生達の指示の下、グラウンドから離れ始めている。
「…?どうした、ほなみ…」
涼也がほなみに目を向けると、ほなみの表情は一気に青ざめる。
「ば…化け…もの…」
ほなみが呟いた刹那、涼也は8年前に明日香に連れてこられたほなみの姿を思い出した。放心状態で、何を話しかけてもうわごとのように「お姉さんと妖精さんが化け物に襲われた」としか呟かなかった。あの時は明日香に諭され、ほなみは元気を取り戻したが…今、この場に明日香はいない…
「お姉ちゃん、どうしたの?」
いすみがほなみに声をかけるが、今のほなみに妹の声が聞こえない…いや、聞き取れないほどに取り乱しているのが正しいのかもしれない。
「こ…来ないでっ!!!化け物っ!!!!!お姉さんが…妖精さんが…いや…いやあああああああああああああああっ!!!!!」
取り乱すほなみの姿に、一悟はブレイブスプーンを構え、変身できそうな場所を探そうとするが…
「一悟、あんた1人で逃げるつもり?」
いすみは一悟の腕をぐっと掴む。いすみも一悟と同じく運動神経が高く、特に握力は本気を出せば片手でリンゴを握りつぶせるほど強い。今のいすみには、一悟の行動は「化け物から逃げる」ようにしか見えない。
「意気地なし!!!あたしだって逃げたいけど、ここはお姉ちゃんが生徒会長を務める学校よ!ここで逃げたら、生徒会長の妹の名がすたるわ!!!」
「…?これは…」
その時、涼也は明日香のブレイブスプーンから、サザンクロスビーチの方角に向かってピンクの光が放たれていることに気づいた。
「ほなみ…立てるか?」
涼也はほなみに手を差し伸べ、彼女を自転車の荷台に座らせる。
「これはお守りだ。今はお前が持ってろ…」
そう言いながら、涼也はほなみに明日香のブレイブスプーンを握らせる。
「いすみ、俺はほなみを安全な場所へ連れてく!一悟、迷ってるヒマなんてないだろ?あとで俺も一緒にお小言受けてやるからさ…今、カオスイーツと戦えるの…お前だけ!!!時間稼ぎは任せたっ!!!!!」
「えっ…それって…」
一悟が言いかける前に、涼也は荷台にほなみを乗せたまま猛スピードで中学校の正門を飛び出したのだった。今も一悟を睨むいすみが気がかりになってしまうが、涼也の言葉をかみしめた一悟はブレイブスプーンを空高く掲げ…
「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」
「ぎゃんっ!!!」
一悟がピンクの光に包まれた刹那、いすみは一悟から強制的に引き離され、尻もちをついてしまう。
「う…うそ…」
童顔低身長の男子中学生がみるみるうちに、まころんの「
「ピンクのマジパティ・ミルフィーユ!!!禍々しい混沌のスイーツ!勇者の力で木端微塵にしてやるぜ☆彡」
「一悟が…み…み…み…ミルフィーユだったの!!!???」
いすみの驚きの声を聞いてないフリをしつつ、一悟はマンゴープリンのカオスイーツにキックを決めるが、弾力のあるカオスイーツにはキックの威力は吸収され、はじき返されてしまう。
「フン…相変わらずの単細胞…ビスコッティを追いかけにこんな忌々しい磯の香りのする場所まで来たが、やっぱりマジパティと勇者と女と海は気に食わん!!!マンゴープリンカオスイーツ、マジパティと学校を潰してしまえ!!!!!」
幹部の言葉に反応するかのように、カオスイーツは両目を赤く光らせ、ミルフィーユに襲い掛かろうとするが…
「お姉ちゃんの大切な学校に、何てことすんのよーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
「ドカッ…」
いすみの叫び声と共に、走高跳びのバーがカオスイーツの足元に直撃し、カオスイーツはまるで仰向けにされた亀のようにジタバタを始めた。
「こ…こーゆー時は、足を狙うのが最適でしょっ!!!試合では反則扱いだけど、カオスイーツ相手に反則もクソもないじゃないっ!!!!!」
彼女の一言には一理ある。
「お姉ちゃんは、この学校が大好きなの…だから、あたしはこの学校をカオスイーツから守りたい!ミルフィーユ、あたしも一緒に戦わせてっ!!!!!」
「カオスイーツとの戦いは遊びではない」…ミルフィーユはいすみにそう言おうとした刹那、カオスイーツは突然2体、4体、8体…と分裂し、1024体に分裂したところで、円陣を積み上げるかのようにミルフィーユといすみを取り囲み、二人を完全に包囲したところで、再び1体のカオスイーツに戻ってしまい、いすみは走高跳びのバーから手を放してしまう。
「カラン…」
カオスイーツの中は液体で、ミルフィーユはまるで水中の中を泳いでいるような感覚だ。ミルフィーユは何とかしていすみに手を伸ばそうとするが、いすみに手が届かない。
『くそっ…いすみを巻き込みたくなかったのに…』
脳裏に浮かぶのは後悔ばかり…ほなみを自転車で安全な場所へと連れていく涼也…ミルフィーユである事を知ったうえで、一悟を親として支える両親と祖父…今も瀬戌市にいるのか分からないが、一悟と共に戦う仲間たちと勇者様…その中でも、彼女は一悟にとっては最もかけがえのない存在…そして…
「一悟…諦めないで!!!諦めたらぶっぶーだからね!!!!!」
カオスに捕まっている明日香の声が響く…
今、明日香はどうしているのだろうか…
いつか、明日香と一緒に戦いたい…
だからこそ、その「いつか」を「今すぐ」に変えたい…
『俺は…あすちゃんと一緒に戦いてぇ…だから、絶対に…諦めねぇっ!!!!!』
「「「でやあああああああああああああああああっ!!!!!」」」
「ざばっ…」
突然何かに引っ張られる感覚がして、ミルフィーユがグラウンドに着地したと同時に振り向くと、そこにいたのは…
「やっと、合流できましたね!」
「今朝はごめんね!サプライズ狙ってたんだけどさ…あの鎧がしゃしゃり出ちゃってせいで…」
「これこれ、幹部相手にも指をさすんじゃないの!」
プディング、ソルベ、クリームパフ…そして、スイーツ界の姿でベイクを睨みつける女勇者の姿…いすみもカオスイーツの中から引きずり出されたようで、人間の姿のラテが介抱している。
「けほっ…けほっ…」
「ベイク…アタシの父親の真名を連呼した挙句、関係のない人間界の住人を巻き込んだ報い…受けてもらうわ!」
凛とした姿で、戦国武将のような鎧姿の青年に向けて大剣を構える勇者…その姿からは「人妻」であるという事が一切見受けられない。
「ミルフィーユ、立てるわね?」
「は…はい…」
勇者の言葉に、ミルフィーユは立ち上がり、ミルフィーユグレイブを構える。プディングはプディングワンド、ソルベはソルベアロー、クリームパフはクリームグレネードをそれぞれ構え、戦闘態勢はバッチリだ。
「3つの心を1つに合わせて…」
ミルフィーユ、プディング、ソルベの3人がそう叫んだ瞬間、3人の武器は光の粒子となり、それぞれのカラーに合わせた細身の剣・パティブレードに変わった。
「勇者の力を1つの剣に!!!ミルフィーユブレード!!!」
「勇者の愛を1つの剣に!!!プディングブレード!!!」
「勇者の知性を1つの剣に!!!ソルベブレード!!!」
3人はそれぞれのパティブレードを構え、ピンク、黄色、水色の光をまといつつ、カオスイーツに飛び掛かる。
「さぁ、行くわよ!!!フォンダンっ!」
「はいでしゅ!!!」
フォンダンがクリームパフの右肩に乗ると、クリームパフはウインクをする。
「精霊の力と…」
「勇者の光を一つにあわせて…」
「バレットリロード!!!」
フォンダンの身体が白く光るなり、フォンダンはクリームパフの持つクリームグレネードのレンコン状のシリンダーに光の銃弾を装填する。そして、クリームパフは左手でシリンダーをくるくると回転させ、狙いを定めると同時に、クリームパフは拳銃のトリガーを引く。
そして、勇者は白い光を纏いながらカオスイーツの前で高くジャンプする…
「「「「「マジパティ・ブレイブ・ピュニシオン!!!!!」」」」」
その掛け声とともに、カオスイーツはミルフィーユ、プディング、ソルベの順に斬られ、クリームパフの無数の光の銃弾を浴びる。最後に、勇者・シュトーレンがカオスイーツの頭上から大きく振りかぶってカオスイーツを一刀両断する。
「「「「「アデュー♪」」」」」
5人が同時にウインクをすると、マンゴープリンのカオスイーツは光の粒子となって本来の姿を取り戻したのだった。カオスイーツにされたのは紗山中学校の教頭先生だったようで、化け物の姿から戻った教頭先生を見て、いすみは安心する。
「よかっ…た…」
「フンッ…男子児童のいない校舎など、無意味以外の何者でもないっ!!!!!」
そう捨て台詞を吐いたベイクは、フッと音を盾ながらどこかへ行ってしまった。
………
「ほなみ、もう怖がらなくていいのよ?勇者様のお陰で、お姉さんも妖精さんも化け物から助け出されたの。」
「…ホント?明日香ちゃん…」
ぐずる小学生のほなみに、明日香は優しく諭す。
「本当よ…ほら、妖精さんもここにいるわ。」
ほなみに微笑みながら、明日香はピンクのマグカップを見せる。そのマグカップからは、ラテにそっくりの精霊・モカが顔を出す。
「ねっ?だから、ほなみちゃん!もう泣かないで?」
モカがそう言うと、ほなみはやっと笑い出した。
思えばあの時、明日香姉さんは自分がミルフィーユである事を打ち明けたのだろう…当時の明日香と同じ年齢となったほなみは、そう確信する。
………
「だから、悪かったって…流石に脳筋一華ちゃんにマジパティ合宿の話、するワケにいかないだろ?」
サザンクロスビーチ近くの和食レストランで、ココアが一悟に向かってそう答える。あの後、昨日のカフェの営業が終わったと同時に茅ケ崎市に合宿入りしていた事が勇者親子の口から明かされ、一悟はここでやっとココアを返してもらえたのだった。ほなみもクラフティとアンニン、涼也のお陰で落ち着きを取り戻し、お座敷の席で祖父にお酌をしている。
「さりげなく姉ちゃんディスってんじゃねぇよ…」
「ここにいる連中で、一悟も明日香もミルフィーユだって知らねぇの…一華ちゃんだけだぜ?一華ちゃん、ニブすぎだろ!」
ほなみといすみの両親も、既に明日香がミルフィーユである事を知っていた様で、一悟に関してはマカロンの配信をいすみに見せてもらい、その戦い方で気づかれてしまったのだった。
「まぁ、あのゴリさんには口止めするって話だしぃ…明日からの合宿、がんばってこーぜ☆彡」
そう言いながら、ココアは一悟にサムズアップをかます。
「「あ…」」
一悟は不意にトイレから出てきたいすみと合流する。
「さっきは…悪りぃ…巻き込んじまって…」
「はぁ?あれはあたしが勝手に巻き込まれただけっ!何で一悟が気に病むワケ?あたしはお姉ちゃんが大事にしている学校を守りたかっただけっ!!!」
「そ…そうだよな…お前、昔っからシスコンだもんな…」
一悟は、いすみと話しながらふと思い出す…今のいすみと肩を並べるほどのシスコンのいとこの存在…今、彼がいたら、間違いなくいすみとシスコントークを繰り広げるだろう。
「それから…一華ちゃんには黙っとく…から…先、戻る。」
「えっ…だったら俺も…」
一悟はいすみ一緒に座敷に戻ろうとするが…
「はぁ!?一悟、あんたわかってないの?今、ここには家族以外にあんたの事を大事に想ってるのが居るのよ?あたしとあんたは単なるいとこ同士っ!!!そもそも、お互い中学生でしょ?異性のいとこ同士で仲良く一緒にお座敷に行くなんてあり得ないっしょ!!!」
いすみが一悟を引き留める。そんな一悟の後ろには…
「そ、そう…だよね?いとこ同士仲がいいのはいい事だけど、一緒に席に戻るなんて…勘違いされちゃう…よね?」
みるくが立っていた。どうやらいすみとトイレで居合わせたらしい。そんなみるくの表情はにこやかのわりに、不穏なオーラが漂う。
「一悟…明日からは覚悟、しといてくださいね?」
「こりゃやべーぜ?一悟…明日からはベリーハードなのが待ってるぜ☆彡」
ココアが一悟にニヤリと笑うのを背景に、いすみは家族のいる座敷の戸を開ける。
『一華ちゃん共々ニブいんだから…いい加減、どうして心配されてるのか、気にかけなさいよ…バカ…』
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