第29話「甦る記憶…木津先生と波乱の終業式!」

「これ以上の奇襲きしゅうは、あたし達のミルフィーユと勇者様を怒らせるだけです!」


 余程の事でない限り、ミルフィーユとクリームパフの後ろで補助に回るプディングが黄色い光を帯びた鎖をたぐりつつ、前に立つ。

「今、その場を離れている大切な存在を失ってしまうくらいなら、勇者の愛の名のもとに…」

 変身前は腕力に自身のないプディングだが、今は違う…彼女の心の奥底から湧き上がる大切な想いが、プディングワンドから延びる鎖を一層強くする。


『みるくのプディングとしての力が強まってる…新しい力に目覚める兆しだわ!!!』


 魔界のクリームパフが、プディングの新しい力を察した刹那、ダークミルフィーユが持つ黒い杖が鎖の締め付けが強まると同時に音を立ててきしみはじめ…


「バキィッ!!!!!」


 ダークミルフィーユが持つ黒い杖が真っ二つに折れ、球体がグラウンドに急降下する。

「わわっ…」

 黄色い光を帯びた鎖は瞬く間にプディングワンドへと戻るものの、戻る反動でプディングはバランスを崩してしまう。


「ぽすっ…」


「大丈夫か?」

「プディング、危ないトコだったわね!」

 尻もちをつく寸前で、ソルベとクリームパフに支えられたのだった。ダークミルフィーユの方も上空でバランスを崩したようで、地上にお尻から墜落してしまった。


「…して…どうしてあのミルフィーユ相手に…そんな力を…」


「それは、あたしの大切な存在だからです。大切な存在だからこそ、あたしはミルフィーユを守りたいんですっ!!!」


 ソルベとクリームパフに支えられながらではあるものの、プディングのその言葉とプディングの瞳に偽りは一切見受けられない。


幼馴染おさななじみだから…今まではそうだったかもしれません。でも、あたしはもうミルフィーユの事を「幼馴染だから」で片づけませんっ!!!」


 それはまさしくプディングとしてではなく、米沢よねざわみるくとしての言葉だった。その力強い瞳に何を感じたのか、ダークミルフィーユはすっと立ち上がる。

「あなた…あの女勇者と似たようなトコ…あるのね。今回だけは見逃してあげるけど…次こそは絶対にぶっ潰してやるわ!!!」

 そう吐き捨てたダークミルフィーユは、フッと音を立てて消えてしまった。そんな彼女が去った跡には、折れた黒い杖の残骸ざんがいが佇むだけだった。




 ………




「うぐっ…っは…」


 うごめく黒いもやの中、カオスが苦しみに満ちた声を上げる。サン・ジェルマン学園から帰還したダークミルフィーユは、カオスの異変に気付くや否や、急いで黒いもやに寄り添う。先刻のプディングとの対峙の時には存在していた髪の黄色いメッシュは消え、彼女のツインテールはピンク一色。ただ…腰のチェーンには黄色いブレイブスプーンが輝くのみ。

「ニコル!!!大丈夫?なにがあったの?」

 彼女の声に気づいたカオスは、呼吸を整えながら話はじめた。


「私…いや、俺はもう…この状態で…いる…ことに…限…界を感じ…てしまっ…たよう…だ…」


「それって…いつから…?」


「昨日…シュトーレンのいる…場所…から…戻ってきた…時…」


 カオスの背後には黒光りする稲妻…まるで、カオス自体が何者かの精神体を利用している事を象徴しているかの様…

「それじゃあ、あの女の勇者のせいで…」


「シュトーレンを責めるな!!!」


 ダークミルフィーユの言葉に、カオスが突然声を荒げる。


「例えミルフィーユでも…俺の妹を…俺の家族を悪くいう事だけは…許さない…」


 黒い稲妻を受け続けるカオスの黒いもやの中から、徐々に人間の手が出てくる。手の大きさからして、20代前半の男性だろうか…黒いもやから徐々に赤を基調とした甲冑に包まれた腕が現れ、ダークミルフィーユは思わず言葉を失ってしまう。


「俺は…負けてしまったんだ…カオスだけでなく…兄さんの偉大さを憎んできた自分自身にも…」


 甲冑の青年の手が、ダークミルフィーユの両頬に沿う。青年は実態を持たない状態なのか、全身半透明だ。やがて、黒いもやから頭が出て来る。緑がかった黒い髪に、大勇者ガレットと瓜二つの顔立ち…その顔立ちこそ…


「ニコル…」


 その姿こそ正しく、勇者クラフティもとい…ニコラス・クラフティ・ブラーヴ・シュヴァリエ本人だ。

明日香あすか…すまない…俺の心が弱かったばかりに…」

 そう言いながら勇者クラフティは、精神体の状態でダークミルフィーユを優しく抱きしめる。


 そんな光に戻ろうとする2人を遮るかの如く、黒いもやは2人の背後に忍び寄ろうとする。




 ダークミルフィーユが去り、折れてしまったダークワンドを僧侶アンニンに見せたみるくとラテは、解析のためにアンニンの車でアンニンの住むマンションへやって来た。

「おかえりなさいませ、マスター。準備は整ってます。」

「うむ…大勇者様とセーラの許可は得た。頼むぞ、みるく!ラテ!」

「はいっ!!!」

 みるくはブレイブスプーンを空高く掲げ、呪文を叫ぶ。


「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!」


「マジパティはカオスイーツのいない所で変身してはいけない」という掟がある。だが、カオスにまつわる物質の解析及び、精霊の治癒は例外だ。この掟はアンニンが父親であるブランシュ卿から、僧侶になる勉強の一環で教えられたものである。ラテは白いマグカップから飛び出し、人間の姿に変わる。白いマグカップは一悟いちご雪斗ゆきととのブレイブレットと同じ形状のブレスレットに変化し、ラテの左腕に装着された。


「それから、姉さん。パパ上様から預かってた石板、読みやすくしといた。」

 そう言いながら、ジュレは姉に石板を手渡す。点だけで記された石の板…届けられた当初は、真っ黒で一切読めなかった石板ではあったが、ジュレとキョーコせかんどのお陰で、アンニンがたやすく解読できるまでになっている。

「ありがとう…ふむ、やっぱり点字と変わらんか…」

 ため息をつきながらつぶやく僧侶は、スイーツ界の姿へと戻る。アンニンのスイーツ界の姿が、常に幼女であるとは限らない。特に新月を挟んだ3日間は、月を経由してスイーツ界からエネルギーを取り入れられる時間帯が夕方のみであるため、僧侶アンニンにとっては非常に分が悪い。マカロンとのライブ中継の時は、前回の満月の時に力を使わなかった事で力が蓄積されていたため、短期間で幼女の姿を披露できたのである。すなわち、今の僧侶アンニンの姿は実年齢と相応の体系となっている。


 僧侶はプディングに変身したみるく、ラテと共にジュレが作り出した結界の中へ入る。月が見える位置に折れてしまったダークワンドを置き、自身の杖をダークロッドの上にかざす。


「僧侶アンニンの名において命ず!光よ、月の導きと共にこの杖に集結せよ!!!」


 スイーツ界のエネルギーがアンニンの杖に集まり、結界には二重の円と六芒星の魔法陣が現れる。プディングはアンニンの杖にプディングワンドを近づけ、ラテはプディングの真横に立ち、プディングワンドを反対側から支える。膨大なスイーツ界のエネルギーに2人は圧倒されそうになるが、今のみるくとラテにはそう弱音を吐いている時間などなかった。

「黒きけがれよ、光と共に溶け込み、この場にその正体を現せ!!!!!」

「プディングオペラシオン!!!!!」


 アンニンとプディングの叫び声と共に、白い光と黄色い光が結界の中で混ざり合い、ダークワンドの球体は混ざり合う光の中で徐々に形を変えていく…


「ゴォッ…」


 結界の中で突風が吹き荒れ、アンニンのロングスカート、プディングのスカート、ラテのワンピースが髪と共にふわっと浮かび上がり、ラテは突風にあおられ、結界の障壁にぶつかり、そのまま精霊の姿に戻ってしまった。

「はにゃ~~~~」

 突風がおさまると、そこにはダークワンドではなく、濃紺の襟に白い身頃のセーラー服に身を包んだこげ茶色の髪の少女…その姿にプディングは驚きを隠せない。


「ここなさんっ!!!」


 ダークワンドから出てきたのは、先代プディングであった金城きんじょうここなだったのである。ダークワンドから金城ここなを解放した僧侶アンニンは、まるでぷつりと糸が切れたマリオネットの如く、その場に倒れこんでしまったのだった。


「姉さんっ!!!」

「僧侶さまッ!!!」



 ………



「そうでしたか…あの杖が…」

 金城ここなを解放できた事で、みるくはキョーコせかんどが運転するポルシェで自宅に戻った。自宅には現在、瑞希みずきのみが帰宅しており、瑞希は夕飯を作っている最中のようだ。

「えぇ…そのうえ、月齢が低い時に膨大な力を使ってしまったので、マスターは眠ったままです。いつ目を覚ますかどうかは、まだわかりません。」

 僧侶が眠ってしまった状態では、治療もままならない。勇者側にとっては回復が手薄になってしまったのも同然だ。金城ここなはキョーコせかんどが保護することになり、僧侶アンニンのマンションで暫く待機することになった。

「ところで、瑞希さん…いっくんは?」

「帰宅してから、「1人にさせてくれ」の一点張りで…涼也りょうやの話では、部屋から一歩も出ず、食事もとっていないようです。」

 瑞希がそう答えると、みるくはそっと一悟の部屋を見つめる。一悟の部屋は電気がついているものの、カーテンが閉め切られ、外からはどうしているのか確認することすら難しい。


『いっくん…一度落ち込むと、1人で立ち直るまでに時間がかかるからなぁ…』


 みるくは「ふぅ」とため息をつくと、キョーコせかんどに挨拶をし、自宅に入った。


 部屋の中、一悟はうつろな目で天井を見つめる。見慣れた天井に向かって手を伸ばすが、今の一悟には天井が段々と遠くなっていくのを感じる…

「俺が…弱くなった…なんて…」

 放課後、ココア達に言われた言葉を思い出す。確かに、力が思うように入らない感覚が日増しに強くなっている。それは空手の練習中も同様で、カオスイーツが来る前など、高等部1年の女子部員に打ち負かされ、しかもその部員が空手歴4か月目というから一悟の精神ダメージは計り知れない。


「悪りぃ…ミルフィーユ…今のお前に、俺の力は負担がデカすぎる…」

「カオスイーツが強くなった?違うよ…君自身が弱ってるだけだよ!」

「一悟…あなたは疲れてるだけなのよ。暫く、手伝い休んで回復に努めなさい。」


 心の奥底から、悔しさが募り、不意に涙が頬を伝う…みるくの母と交わした約束…マジパティになっても、一度たりとも忘れた事はない。それなのに、今はココア達にまで指摘されるほど弱々しくなっていく…みるくを…みんなを守るために強くなりたいのに…


「勝ちてぇ…強く…なりてぇ…」


 その言葉が、勇者クラフティ敗北の原因に関わる言葉である事を、今の一悟には気づく事はなかった。




 ………




「今日もいちごんは休みか…」

「涼くんと様子をみたけど、学校に行く気になれないほど憔悴しょうすいしきってた…あそこまで落ち込むの、初めてだし…どうしたらいいのか、あたしにも…」

 金城ここなを解放してから2日後、一悟は部屋にこもったまま出てこない。一応食事はとっているようだが、ココアや母親ですら突っぱねている状態に、みるくもお手上げだ。その様子に、一悟の隣の席のトロールも頭を抱えている。


「ガラッ…」


 突然教室のドアが開き、そこから木津きづ先生が入ってきた。下妻しもつま先生が不在の時は副担任の上野原うえのはら先生がホームルームの挨拶に来るのだが、今日は上野原先生は出張で不在である。木津先生が教室に入ってきた事で、クラスメイト達は動揺を隠せない。

「席についてください!ホームルームを始めます!!!」

 女講師の一声で、クラスメイト達は各自着席し、みるくも雪斗も一悟の席から離れ、自分の席に着く。

「先生、下妻先生はどうしたんですか?」

「下妻先生は昨晩の交通事故で、暴走車がぶつかった歩道橋から転落し、病院に運ばれました。左足を骨折との事で、命に別状はありません。」

 その言葉を聞いた生徒達に緊張が走る。昨晩の事故は日光にっこう街道で乗用車がアクセルとブレーキを踏み間違え、暴走。ドライバーは既に意識を失っており、「搬送先の病院で死亡が確認された」と言われている。恐らくはてんかんの発作だろうと、警察は判断しているようだ。

「今月いっぱい入院されるとの事で、今日の1時限目の英語は、私が引き受けます。では、出席を取ります。姶良霧子あいらきりこさん!」


 キョーコせかんどの話によると、僧侶アンニンも眠った状態が続いている。ムッシュ・エクレールの件もあり、勇者とマジパティにとっては、痛烈な痛手だ。


 淡々と出席を取る木津先生…そんな木津先生は、トロールの出席確認をしようとした途端、突如うずくまり、出席簿とボールペンを教卓から落としてしまう。


「先生っ!!!」

 保健委員であるみるくとクラスメイトの巽鍾太たつみしょうたが先生の所へ駆け寄る。まるで自分が自分でなくなるような感覚が、木津先生の脳裏をよぎる。


「思い…出した…何も…かも…」


 今は「木津あいな」と、法律上ではそうなっているが、本当の自分は「木津あいな」ではない。


 私は…いや、俺は湘南しょうなんの海に堕ちる時…パートナーだった精霊と一体化したマジパティ…



 ………



 放課後になり、みるくは雪斗と一緒に一悟の家に向かおうとするが…


「ププーーーーーーーーーーーーーーーッ」


 突然鳴り響くクラクションと同時に、銀色のマーチの運転席のパワーウィンドウが開く。

氷見ひみ君、米沢さん!千葉ちば君の家に行くんでしょ?乗りなさい!どうしても、私の口から千葉君にも伝えなくちゃいけない事があるの!!!」

 それを聞いた2人は、すぐさま木津先生の車に乗り込む。運転しながら、木津先生はホームルームの時に騒がせたことを詫びつつ、昼休みの時に玉菜たまなと瑞希にこれから一悟達に話す内容を伝えた事を告げる。


 一悟の家に到着した3人は、玄関のカギを開ける。一悟の両親は仕事中で、姉の一華は空手部の練習で帰宅しておらず、涼也は母親の退院の準備で彩聖さいせい会に行ったため、家には飼い犬のマレンゴと一悟のみ。鍵は元々みるくが一悟の家の合鍵を預かっており、入るのは簡単だった。リビングのドアを開けると、そこには飼い犬に顔を舐めまわされても、フローリングの上で平然と寝息を立てている一悟の姿だった。

「ZZZ…」




 一方、カフェ「ルーヴル」の住居スペースのリビングでは、コック服に着替えるガレットに、シュトーレンはある話をする。

「親父…もしかしたら、おにぃがマジパティに手を出したのには理由があると思うの。」

 昼休みに玉菜のLIGNEリーニュ経由で伝えられた、木津先生の衝撃的な話…その真相は、本人に会ってないのでまだわからない。


 木津先生が勇者クラフティの光を受け継ぐマジパティ・クリームパフこと、藍本有馬あいもとありまだという事…


「確かに親父は、アタシにとっても、おにぃにとっても偉大な勇者よ。でも、その分…おにぃにはプレッシャーだったかもしれない…」

 勇者シュトーレンと勇者クラフティは、姪と叔父の関係ではあるが、年齢は6歳程しか離れていない。殆ど兄妹同然で育ってきたため、トルテ共々彼の悩みにいつも耳を傾けてきた。

「勇者としてスイーツ界を旅していた時…周りから散々親父と比べられたのかもしれない。アタシが…そうだったから…」

 娘からの言葉に、大勇者ガレットは拳をテーブルに打ち付け…


「やっぱり…ニコラスは俺を超えたいあまりに…勝利にこだわって…」


 人間界で弟の敗北の原因を知るうちにうすうすと気付いてはいた。しかし、自分が偉大であるという自覚がない本人には、他人に指摘されるまで気づかぬこと…


 やがて一悟は木津先生の怒鳴り声で目を覚まし、みるく達に自分自身の力が弱まっている事を打ち明けた。マレンゴは木津先生の怒鳴り声にビビってしまい、みるくの腕の中でブルブル震えている。

「「勝たなきゃ」…「強くならなくちゃ」って思えば思うほど、全然力が入らなくって…」

「「スランプ」…ね。勇者とマジパティにとって、スランプとプレッシャーが一気に来る事は、猛毒を浴びたようなもの…まるで、あの時の俺や勇者クラフティが陥った時のように…」


 そう言いながら、木津先生はテーブルに紫色の宝石がついたブレイブスプーンを差し出す。


「改めて言う…俺は「木津あいな」じゃない…「藍本有馬」。勇者クラフティの光を受け継いだマジパティ・クリームパフ…」


 木津先生の口から放たれた言葉に、一悟達は驚きを隠せない。

「そ、それなら…どうして…その姿に…」

「あぁ…一体化したんだ。パートナー精霊であるバニラと。バニラは女だから、この姿で由比ガ浜ゆいがはまに打ち上げられた。その際、記憶を全部失って…あとは「木津あいな」として、生きてきた。「流浪の講師るろうのこうし」として生活してきたのも、自分の記憶を取り戻すため…」

 勇者クラフティが兄である大勇者ガレットに対してプレッシャーを感じていた事、藍本有馬自身の事…男の口調で淡々と話す木津先生の姿に、一悟達は黙って話を聞くしかなかった。


「だから、これから大勇者様の前で全て話すさ。藍本有馬としてな…それから、一悟!仲間を信じろ!明日香は、一悟に対してそれを一番望んでいるんだからな!!!」


 そう言いながら、木津先生こと藍本有馬は一悟の背中を強くたたく。




 ………




 木津先生が藍本有馬である事が判明して5日後の早朝…もう1週間もカオスイーツが姿を現していない。あれから一悟は元気を取り戻し、カフェに頻繁に顔を出すようになった。僧侶アンニンも土曜日の早朝に目を覚まし、僧侶としても養護教諭としても仕事に没頭している。氷川台友菓ひかわだいともかに至っては、無事に祖父母と再会。幸いにも姉夫婦がおおみや市で暮らしている事もあり、話し合いの末にサン・ジェルマン学園高等部に転校するという話が決まったようだ。今日は、中等部も高等部も終業式である。


「何だよ…あれ…」

 曇天どんてんの空とサン・ジェルマン学園上空にうごめく巨大な黒いもや…端から見ても、不吉な予感を感じざるを得ない雰囲気だ。カオスの気配を察知した勇者親子は、トルテの運転で学校へ向かい、一悟達と合流する。

「あれが…カオスです…」

 そう言いながら、瑞希は苦虫をかみつぶしたような表情をする。

「でも…様子が違う…あんな稲妻、出した事…ないもん…」

「50年もカオスに仕えていた私でも、初めてです…こんな様子…」

 かつて「ブラックビター」にいたユキと瑞希ですら初めてのカオスの様子…それは、まるで勇者とマジパティ達への宣戦布告のよう…


「行くぞ、マジパティ!!!セーラは、ブレイブディメンションだ!」

 そう言いながら大勇者ガレットは大剣を構え、真紅の甲冑姿へと変わり、勇者シュトーレンはイヤリングの宝石を光らせようとするが…


「バチッ…」


 突然イヤリングから火花が飛び散り、勇者シュトーレンのイヤリングは瞬く間に石化し、地面に落ちてしまう。

「そ、そんな…ブレイブディメンションが…使えない…」

 その様子を見た瑞希は何を思いついたのか、登校する生徒達の元へと走り出す。

「先生や生徒達の避難誘導は、まかせてくださいっ!!!行きましょう、涼也!」

「はいっ!!!」

「ここなも、瑞希たちを手伝ってちょうだい!できるわね?」

 僧侶アンニンの言葉に、ここなは頷き、スケッチブックと油性ペンを携え、瑞希たちのあとに続く。ここなはブレイブスプーンを持たぬまま解放されたため、変身ができないからだ。


「「「「「「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」」」」」」」」


 ピンク、黄色、水色、紫の光の柱が、まるでカオスが作り出した曇天の空をぶち抜くような勢いで立ち上がり、9人のマジパティが大勇者ガレットの背後に立ち並ぶ。


「「ピンクのマジパティ・ミルフィーユ!!!」」

「「黄色のマジパティ・プディング!!!」」

「「「ブルーのマジパティ・ソルベ!!!」」」

「「白銀のマジパティ・クリームパフ!!!」」


「「「「スイート…」」」」

「「「「「レボリューション!!!」」」」」


「「「「「「「「「マジパティ!!!!!」」」」」」」」」


 最後は9人でハモった。対峙するマジパティと勇者の存在に気づいたカオスは、グラウンドに雷を落とし、カオスイーツに満たないスイーツ・カオスジャンク達を生み出した。




 外部から金属が擦れ合う音、光がぶつかる音が響き渡る…あれからどれほどの時間が経過したのだろうか…勇者クラフティは精神体のままダークミルフィーユを抱いたまま外の景色を見つめる。

「…!?」

 外からは、9人のマジパティと兄である大勇者ガレットが、カオスジャンク達と戦っている。その中には、自分のマジパティであるソルベも含まれていた。

「ニコル…私達、どうなってしまうの…」

 不安な表情をするダークミルフィーユだが、勇者クラフティは彼女の前でにっと笑う。

「明日香…俺の…家族…いや、俺の兄さんに会ってくれないか?」

 勇者の言葉に、ダークミルフィーユは満面の笑みで頷く。


「だから…明日香、俺に力をかしてくれ!!!俺が2度とカオスに屈しないように!!!!!」


 クラフティがそう叫んだ刹那、ダークミルフィーユの姿はみるみるうちに本来の姿である先代ミルフィーユの姿に戻っていく…




 黒いもやの中で光が暴走しはじめ、カオスジャンク達の数はマジパティ達の力でみるみるうちに減っていく。そんな中で、大勇者ガレットは黒いもやの中から黄色い光が落ちていく様子に気づき、黄色い光を空中でキャッチする。

「これは…ブレイブスプーン…」

 そんな彼の背後に、カオスジャンクが飛び掛かり…


「シュパッ…」


 大勇者に飛び掛かろうとしたカオスジャンクは、1本の大剣によって真っ二つとなった。

「よそ見するなんて…親父らしくないわよ!」

 そこには、白を基調とした甲冑に長い髪を肩の上で一つにまとめた女勇者の姿…

「我が娘ながら、よく言ってくれるよ…。みんな、勇者クラフティはあの黒いもやの中だっ!!!引きずり出すぞ!!!!!」

 大勇者の言葉に、遠距離攻撃ができるマジパティ達は一斉に黒いもやに攻撃を仕掛け、2人のミルフィーユはクリームパフが作り出した足場にぴょんぴょんと飛び移り、ミルフィーユグレイブで黒いもやを斬りつける。


「「ミルフィーユパニッシュ!!!!!」」


 2人のミルフィーユは、咄嗟に黒いもやに閉じ込められた勇者クラフティと先代のミルフィーユに手を伸ばし、2人を外の世界へと引きずり出す。

「あなたは…一悟…?」

「やっぱり、あすちゃんが勇者クラフティのミルフィーユだったんだな…」

 一悟がそう言うと、先代のミルフィーユもとい、千葉明日香は優しく微笑む。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」


 ミルフィーユ達が勇者クラフティと、先代のミルフィーユを解放した刹那、カオスのうめき声が響く。

「もう俺は貴様には屈しない!!!もう…俺は兄さん相手に勝つことだけにこだわらない。俺の大切な人を守るために…」

 勇者クラフティはそう言いながら、先代ミルフィーユの肩を寄せるが…


「ゴォッ…」


 突然突風が吹き出し、ガレットとシュトーレンは大剣を、僧侶アンニンは杖を地面に突き刺し、難を逃れるが、勇者クラフティとマジパティ達は突風にあおられ、先代ミルフィーユ以外のマジパティは全員グラウンドのフェンスに激突し、全員元の姿に戻ってしまった。一悟達の近くには、9つのブレイブスプーンが散乱する。

「なんて…圧倒的な…力…」

「みんな…怪我はない?」

 玉菜がマジパティ達の安否を確認しようとした刹那、一悟を目掛けて黒いもやが、まるで大きな口を開けるかのように襲い掛かる。

「いっくん!!!」


「ミルフィーユパニッシュ!!!」


 一悟の目の前で、ミルフィーユの姿の明日香が黒いもやを一刀両断する。

「一悟、ケガがなくてよかったわ…」

 そう言いながら、ツインテールのミルフィーユは一悟に手を差し出すが…


「明日香、後ろっ!!!」


 突然、黒いもやがツインテールのミルフィーユの背中を殴り、一悟の目の前で勇者クラフティの力を受け継いだマジパティは、瞬く間にコスチュームがピンクのバスタオルを巻いたような姿にかわり、ツインテールも一瞬にして解けてしまった。


「やはり、兄に対する憎悪だけではこの程度か…」


 その言葉に、勇者クラフティは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「カオス…貴様…」


「貴様は用済みだ!大人しく我に身を委ねていればよいものを…」


 そう言いながら、カオスは黒いもやの姿のまま、半分以上変身が解けてしまったミルフィーユを持ち上げ、再び黒いもやの中へ取り込んでしまう。


「この女は私のものだ。貴様らには決して渡さぬ!!!」


 そう言いながら、カオスは千葉明日香を黒いもやの中へ取り込んだまま、どこかへ消えてしまった。カオスの黒いもやが消えた途端、曇天の空は一瞬にして青空へ変わるが…


「くそっ…」

 精神体のままの勇者は、愛する者を失った怒りを、地面にぶつけるしかなかった。

「おにぃ…」

 シュトーレンはそう言いながらクラフティに近寄ろうとするが、父親であるガレットに止められる。

「セーラ…今は、そっとしといてやれ…」


 そんな3人の勇者に、一悟達はどうする事もできず、途方に暮れる。そんなマジパティと勇者の様子を、黒いジャージ姿の男が、まるで養豚場ようとんじょうの豚を見るような目で見つめる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る