第28話「勇者もびっくり!?ダークミルフィーユはロリータがお好き」

 一悟いちご達の追試があった日の夜、みるくはある夢を見た。



 ………



 窓辺でそよぐ白いカーテン…透き通るような青さの海と砂浜…みるくの目にはそんな光景が映る。


 窓辺には1冊のスケッチブックがあり、風が吹いたと同時にパラパラと音を立て、ページが切り替わる。


「これは…文字?」


 みるくがスケッチブックに触れると、みるくが触れたページ以外真っ白だったページには、瞬く間に一言一言メッセージが記されていく…


「やぁ、米沢よねざわみるく。」

「突然のメッセージ、失礼する。」


「えっ…あ、あたし!?」


「そうだ。ボクはここな。」


 みるくにメッセージを記したスケッチブックの持ち主は、「ここな」というようだ。


「ボクは今、君と直接会って話をすることができない。」

「だが、君にどうしても伝えておきたいことがある。」


 みるくがページをめくるたびに、ここなからのメッセージが一言一言みるくの目に焼き付けられる。


「これ以上、千葉一悟ちばいちごをダークミルフィーユと接触させてはいけない!!!」


「どういう…こと?ここなさん、どうしていっくんを…」


「君もマジパティならわかるだろう…」

「今の彼では、あの女には勝てない!」


 ここなの辛辣しんらつな言葉に、みるくは愕然とする。


「大切な幼馴染おさななじみなのだろう?」

「彼を守るための力…欲しいだろ?」


 最初に変身した時の事を思い出す…ミルフィーユとしてピンチに陥っていた一悟を守りたい…その強い想いがみるくをプディングに変身させたのである。


「彼を守る方法を教えてやる。」


 ここなの一言に、みるくはスケッチブックを食い入るように見つめる。


「簡単な事だ。君のパートナー精霊と心を一つにする事…それだけ。」


「それ…だけ…?」

 あまりにも予想外なここなのメッセージに、みるくは思わず拍子抜けする。


「ボクは長い年月をかけてしまったが、千葉一悟を守りたいという強い気持ちがある君なら大丈夫だ。」

「検討を祈るぞ…プディング…」


 そのメッセージを最後に、スケッチブックに記されたここなからのメッセージは、瞬く間に泡となって消えてしまった。



 ………



「それで、そのここなって子の夢を見た後に、その宝石を手に握っていたワケね…」

 珍しく瑞希みずきと一緒に登校したみるくは、すぐさま保健室で僧侶アンニンに「ここな」と名乗る少女の話をした。スケッチブックが泡となった直後、みるくは夢から覚め、彼女の手の中には黄金色に輝く宝石が握りしめられていたのだった。

「僧侶さま…「ここな」って…誰ですか?」

 みるくの言葉に僧侶は息を呑み、窓の外を見つめる。


「先代のマジパティの1人よ…それも、あなたと同じ黄色のマジパティ…」


 みるくにそう告げた僧侶は、引き出しの鍵を開け、A4サイズのクリアファイルから1枚のA4サイズのコピー用紙と写真をみるくに差し出す。写真には、青い襟に白い身頃のセーラー服と、赤いスカーフ姿のチョコレートのような髪色の少女で、緑色の瞳を片方だけ前髪で隠し、片方だけシニヨンでまとめ、15歳であるのか分からないような幼い顔立ちをしている。

金城きんじょうここな、1999年10月6日生まれ。失踪時、茅ケ崎ちがさき市立紗山さざん中学校3年に在籍。父親は当時金城不動産の社長で、現在は神奈川15区…茅ケ崎、平塚、二宮、大磯では有名な国会議員。母親は金城不動産の副社長。兄は2人で、長兄は現在の金城不動産の社長。次兄は金城不動産営業部部長…」

 コピー用紙に記されたデータを淡々と読み上げる。

「これはこの間わかった事だけど、金城ここなは今年の1月に失踪宣言による死亡として処理されていたの。」


 キョーコせかんどによるハッキングで判明した、失踪宣言による死亡…他のマジパティで失踪宣言を申し出たのは、金城ここな以外では藍本有馬あいもとありまのみだった。氷川台友菓ひかわだいともかに関しては、今も家族による捜索が続いており、千葉明日香ちばあすかに至っては確認するまでもなかった。


「それにしても、どうして金城ここなはみるくに警告したのでしょうね…」

「うん…「これ以上いっくんとダークミルフィーユを近づけるなー」って…あたしには…」

 ラテの言葉に、みるくはそう頷く。自分と同じプディングであるからだとは思っているものの、一悟の名前を出している時点で、どうにもそれだけではなさそうな様子が、みるくの心の中に引っかかる。


「8回…」


 ラテとみるくの様子を見るなり、僧侶はある回数を呟きだした。

「僧侶…様…8回…って?」

「あなたが今日、保健室に入って来てから一悟の名前を口走った回数よ。仮に金城ここなが生存しているとしたら、おおむねみるくが一悟に対してどう思っているのか気づいているのかもしれないわ。」

 僧侶の言葉を聞くや否や、みるくは顔全体をまるで茹でた蛸のように真っ赤に染め上げる。

「この宝石は、大勇者様に確認しておきたい事があるから、私が一旦預かります。マジパティを知らない先生達に見つかったら、元も子もないもの…それに…」

 そう言いながら、アンニンは保健室のドアに手をかける。その様子に、ラテは大慌てでみるくのカバンの中へと潜り込む。


「ガラッ…」


 アンニンがドアを開けると、そこには一悟が立っている。

「ひぃっ!!!」

「そんなに驚く事ないじゃないの。みるくには手伝って欲しい事があったから呼んだだけよ?」

「いっくん!どうして保健室にいる事が判ったの?」

「瑞希さんから、保健室にいるって聞いて…」

「そういう幼馴染としての名目で長年培ってきた行動が、周囲から「恋愛関係」として解釈されるのよ!そろそろホームルームがはじまるから、早く教室に戻りなさい!」

 そう言いながら、アンニンはみるくの背中を押し、保健室から追い出してしまったのだった。




 ………




 それから3時間後、一悟と同じこげ茶色の髪を頭頂部でツインテールにまとめたロリータファッションの少女が、黒地に白いフリルがついた日傘をさしながらカフェ「ルーヴル」の前にやってきた。


「カランカラン…」


 少女が扉を開けると、メイド服姿のシュトーレンが先客に料理を運んでいる。

「いらっしゃいませー!!!空いてるお席へどうぞー。」

 平日なのか、開店して1時間も満たない今はまばらの状態。少女はカウンター席に座り、シュトーレンの事をじっと見つめる。

「ご注文お決まりになりましたら、お知らせくださいね。」


 結婚式の準備の事もあり、シュトーレンはここ一か月、早朝の仕込み以外で聖一郎せいいちろうの姿をトルテやガレット以外に見せていない。結婚式のあとも、聖一郎の姿を見せる時は限られるだろう…シュトーレンはうすうすそう感じている。


「綺麗…まるで真紅のバラのような髪…」


「えっ…」

 注文を聞いた直後、去り際のシュトーレンに向かって、ロリータ少女はそう呟いた。

「ごめん…なさい…素敵な髪色だったので…」

「ありがとう…アタシにそう言ってくれた人、これで4人目よ?」

 そう照れ臭そうにはにかみながら、シュトーレンは真紅のロングヘアーを少量かき上げる。


 元々容姿について自身があったわけじゃない。幼い頃から父親が勇者である事と髪の色、そして伝説の女勇者と容姿が似ている事で、周囲から蔑まされる事が多く、それをいつもガレットと僧侶となる前のアンニン、勇者となる前のクラフティの3人が助けていた。


「よしよし…痛かったよな、セーラ…よし、2人とも!!!情け無用でやってやれ!」

「バカもんども、今日という今日はいしゃりょーいちおくシュクル払ってもらうぞ!!!」

「逃がすか、ガキどもっ!ぶった斬る!!!!」

 その直後にブランシュ卿とセレーネからお小言が入ったのは言うまでもなく…だが、そんな少女セーラに家族と幼馴染以外の人物が受け入れてくれる出来事があった。


「あかい…かみ…きれい…」


 その言葉をきっかけに、少女セーラは自分の容姿に前向きに向き合えるようになれたのである。それは勇者として目覚めても、その言葉が常に彼女を突き動かしてきたのである。


 初めて人間界に来たときは、シュトーレンの普段の姿を見るや否や、髪色や体格を見て陰口を叩く人達が多く、それはフランスへ行っても続いていた。その言動に嫌気がさしたシュトーレンは思わず、陰口を叩く集団が囲んでいるテーブルをグーパンチで破壊してしまったのだ。

「集団で影からぴーちくぱーちくうるさいのよ!!!あんたらにアタシの何が判るっていうのよ!!!!(男声)」

 テーブルを真っ二つにへし折る上に、見た目とのギャップの激しい男声(ついでに流暢な日本語)で怒鳴り散らすものだから、周囲は騒然…それ以来、誰もシュトーレンの容姿について陰口を叩く人は激減したのだった。だが…


「貴様も、この血の色をした髪はなんだ!!!こんな汚らしい髪色…親の顔が見てみたいものだな…」


 最近になって、言われたくなかった暴言と暴力がシュトーレンに降りかかったのである。あの壮絶な威圧感は、今でも頭から離れようとはしない。

「アタシが育った町では、赤い髪は「呪いの色」だとか言われてた。でも、アタシの髪を「綺麗」だって最初に言ってくれた人は違った。アタシを受け入れてくれたの…その人がそう言ってくれなかったら、今頃アタシはずっとふさぎ込んでいたままだと思う…」

 その言葉に、少女は驚いたような顔をする。

「親父はいつも言ってた。「自分を受け入れてくれる相手を大切にしろ」…って。だから、昔は嫌いだったこの髪色も…今では、その人のおかげで大好きよ。」

「あなたのお父さん…あの男と違うのね。だって、そんなフリルやリボンの付いた服…自由に着ていられるんだもの。」

 シュトーレンが父親の話をした途端、少女はシュトーレンが着ているメイド服を見ながらそう言った。

「これは、アタシが着たいから着てるだけ。親父はアタシが幸せでいれば、それでいいって思ってるのよ。」

 その言葉に、少女は少し納得したような表情をする。

「そう…あなたのお父さん、いいお父さんね。私の方もそんなお父さんの所で育ちたかった…」

 少女の言葉に、シュトーレンは少々迷いを示すが…


「実際、破天荒な親父を持つと苦労が多いわよ?でも…娘の選択肢や悩みに耳を傾けてくれたからこそ、アタシは幸せになろうとしているのかもしれない…」


 そう言いながら、シュトーレンは少女にドリンクを差し出す。

「はい…アイスカフェオレ、お待たせいたしました。」

 少女はアイスカフェオレを受け取ると、それをストローで飲み始める。シュトーレンは料理を受け取りに厨房に入るなり、今にでも泣きそうな顔をしながら料理を盛り付けるトルテに出くわす。

「やだ…何で泣いて…」

「セーラ…絶対に俺っちが幸せにしてやるっスから…」

「バカね…言われなくても、あんたの傍で幸せになるわよ。アタシの髪を…最初に綺麗って言ってくれた相手なんだもの…」

 はにかみながら話す新妻勇者に、トルテは思わず持っていたケチャップ(業務用)を落としそうになる。



 ロリータ少女は、注文したベリータルトを食べ終えると、会計を済ませ、カフェ「ルーヴル」を出る。そんな彼女が持っている黒いウサギのぬいぐるみのポシェットがもごもごと動く。

「デート、楽しかったわね?ニコル…」

 黒いウサギのぬいぐるみは、楽しそうに話す少女の言葉に頷く。

「それにしても、どうして今日は「あのカフェに行こう」って言ったの?いつものように、愛の巣にいた方が…」

 ロリータ少女のセリフを遮ってしまうかのように、ぬいぐるみは目を赤く光らせる。


「やはり…私は、彼女を妹としてしか扱えない…愛の次元が違いすぎる…」




 ………




 追試の結果が出て一段落した雪斗ゆきとは、ヘアサロンの手前の十字路で一悟とみるくと別れ、グラッセ達と一緒に氷見ひみ家の方へ向かっている。

「やっぱり、いちごんには話しづらいな…」

「ダークミルフィーユの事か?」

 ネロの言葉に、雪斗は頷く。


 やっと友達だと認め合えたのに、今…自分がダークミルフィーユの事を話してしまったら…雪斗の中には、一悟との最悪の状況が浮かぶ。もう二度と険悪な関係に戻りたくない…雪斗の想いはそれだけだ。


「今は、ガレちんの言葉に従うべ。言うべき時と、言わねーべき時を判断するのは雪斗自身かもしれねー。だげども今の一悟には、彼女の事は荷が重すぎっぺよ…(今は、ガレちんの言葉に従いましょ。言うべき時、言わないべき時を判断するのは雪斗自身かもしれない。だけども、今の一悟には彼女の事は荷が重すぎるわ。)」

「僕はもう…二度と…いちごんと争いたくない…」

 無知であったとはいえ、今となっては異常と思える過去の一悟に対しての態度…今の氷見雪斗ひみゆきとにとっては、もう二度と犯したくない過ち…


 そんな雪斗達は、既に閉まっている郵便局の段差にしゃがみ込む少女と遭遇する。小麦色の肌で、雪斗と同じ藍色のセミロングは両サイドを水の泡のようなヘアピンで留め、濃紺の襟に白い身頃で長袖のセーラー服に濃紺のスカートに赤いスカーフ…足元は濃紺のハイソックスに水色のスニーカーの少女…顔立ちからして、雪斗と同じ年齢のように見える。

「ど…どうしたの?」

 グラッセは少女に声をかけようとするが、返事がない。あろうことか、少女の耳からはシャカシャカと音がする。恐らく、イヤホンで音楽を聴いているのだろう。

「貴様、話を…」

 ネロが少女に掴みかかろうとした刹那、少女は音楽プレイヤーを止めるや否や、イヤホンを外し…


「お腹すいたー…」


 その言葉に、雪斗達は思わずずっこけてしまう。時間帯の事も考慮し、ネロはグラッセとトロールをアパートへ帰るように伝え、雪斗と共に少女を連れ、氷見家へと向かう。氷見家へ入ると、雪斗は使用人に当主である祖父を呼ぶように伝え、少女の事を話す。雪斗には、この少女にただならぬ様子を感じ取ったからだ。


「そんじゃ、いっただっきまーす♪」

 祖父に事情を話した雪斗は、ネロ同伴であることと、部屋にいるときはユキと入れ替わるという条件付きで少女を預かることになった。

「そう言えば、名前を聞いていなかったな…僕は氷見雪斗。この家の人間だ。」

「私は根室ねむろたつきだ。一晩、雪斗と共に貴様を監視する事になる。」

「ひゃまへ?ひゃまへはぁ…」

「「食べながらしゃべるなっ!!!!!」」

 食事を頬張りながら喋る少女に向かって、雪斗とネロの声が見事にハモった。その様子に、少女は口の中に含んだ食事をぐいっと飲み込み…


「名前は友菓っ!氷川台友菓だよ。トモちんって呼んで♪」


 少女が自らを「氷川台友菓」と口走った刹那、ネロは雪斗に一言断りを入れ、ある人物に連絡を入れる。それから5分後、氷見家に噂の人物が上がり込む。


「ガラッ…」


 客間のふすまが開いた瞬間、氷見家の客間にガレットが入って来る。

「あ…食事中だった?ゴメン…」


「ピシャッ…」


「えっ…ちょっ…大勇者様っ!!!」

 突然のふすまを閉める音に、呼び出した張本人は慌てふためく。

「間違いなく迷い人のポスターの顔写真そっくりだし、あとは当主様と話を付けるから、今日は一晩だけネロとユキで様子見といてー。」

 そう言いながら、大勇者は去ってしまったのだった。



 ………



「いやぁ~…トモちん、迷い人扱いされちゃってたなんてねぇ~…」

 夕飯を済ませた雪斗達は、友菓と一緒に入浴中である。勿論、雪斗はユキと入れ替わり、今夜一晩は絶対に出てこないようにユキに釘を刺される。

「笑い事じゃない!貴様、当事者なんだぞ!!!」

 あっけらかんとした態度をする友菓に向かって、ネロが叱責する。

「でも、迷い人らしい態度ってなぁに?分かりやすく説明してよ…さもなくば、ユキたんのぱいぱいモミモミするぞ!!!」

「ぴえっ!!!」

 友菓の揚げ足取りに、ネロは思わず言葉を詰まらせてしまう。


「パカンっ!!!(げんこつ)」


「それにしても、どうして大勇者様は僕達に友菓の様子を見るように言ったのかな?もしや…勇者クラフティの…」

「察しがいいねぇ~…トモちん、マジパティなんだ♪しかも、まさかの「知性」を司るとか…意外っしょ?」

 頭にたんこぶを乗せたまま話す友菓の言葉に、ネロとユキは呆然とする。


 そう…氷川台友菓こそ、勇者クラフティの知性を受け継ぐマジパティ・ソルベなのである!!!




 入浴を済ませたユキ達は雪斗の部屋に入り、友菓から事情を聞くことにした。友菓が持っているブレイブスプーンは間違いなく雪斗とネロが持っているブレイブスプーンと同じ水色の宝石が付いており、彼女がソルベである事を決定づける証拠でもあるからだ。

「カオスに取り込まれたあとの事…全っ然覚えてないんだよねー…ところどころ、意識飛んでたし…」

「意識が…飛んでた?」

「うん…最近になって、アイツがトモちんのソルベとしての力使って、他のマジパティ牽制するもんだからさぁ…やんなっちゃうよ!」

 その言葉に、ユキは革新的な事に気づく。


「それって…ダークミルフィーユのこと?昨日、雪斗が見たんだけどさ…ダークミルフィーユの腰に、何故かプディングとソルベのブレイブスプーンが付いていたの。ミルフィーユのブレイブスプーンはつけていなかったのに…」


 ユキの質問に友菓は頷く。

「察しがいいね。ユキたん…そのうちのソルベの方がトモちん。」

「貴様が巻き込まれた「茅ケ崎中高生失踪事件」の失踪者の名前は全て知っている。金城ここながプディングで、藍本有馬がクリームパフ…間違いないな?」

 友菓は黙って頷く。どうやら本当のようだ。

「そして、ミルフィーユ…いや、今の姿の名で呼ぶか。ダークミルフィーユは…」


「あすちゃん…千葉明日香だよ。」


 その時、ユキの中で雪斗は、昨日の一悟の戦いぶりを思い出した。いつもは平然と避けてはカウンターを仕掛ける一悟だが、昨日はギリギリで避けるのがやっとだったし、決め技もココアの力の方が上回っていた…一悟は、内心焦っている…まるで、一悟の役に立ちたいためだけに焦っていたあの時の自分のように…


 友菓の話では、ダークミルフィーユの意識の中では何をする事もできず、ただただダークミルフィーユが見た景色をぼーっと眺めるだけの日々だった。その様子がどうにも耐え切れず、ダークミルフィーユの意識が他の所へ集中したスキをついて、ダークミルフィーユの意識から飛び出してきたとの事だった。

「アイツは…ダークミルフィーユになってから…トモちん達を消そうと…ユキたんを襲ったのがいい例だよ。ふざけんなって…話…だよ…」

 ダークミルフィーユの事を話す友菓の様子は、ユキとネロからは、どことなく悔しそうに見える。


「だから…トモちん…フラれちゃった…クラフティ…は…トモちんの…知らないとこで…あすちゃんと…」


 段々と言葉を詰まらせていく友菓の姿に、ユキは黙って友菓に寄り添う。


「自分がクラフティに相応しいって思いあがった結果が…クラフティの敗北を招いたなんて…バカだよ!!!!トモちん、大バカものだよっ!!!!!」


 大粒の涙を流しながら、自身の失恋と同時に、自分の勇者の敗北を知った少女は、ネロとユキに寄り添われながら声を上げて泣いた。「恋愛経験」はないに等しい2人だが、最適な言葉を捧げられなくとも、友菓の話を聞くことはできる。ユキとネロは、何も言わずに友菓の気の済むまで彼女の話を聞き続ける。


「ごめん…なさいっ…先輩…あの時突き飛ばしちゃってごめんなさいっ!!!!!」



 ………



 それから一夜が明けると、友菓はまるで台風一過の海のような表情でユキ達に挨拶をする。昨晩のうちにガレットが友菓の祖父母に連絡を取り、仕事の関係で週末に面会するという約束で友菓は暫く魔界のマジパティ達と一緒に過ごしながらサン・ジェルマン学園中等部に体験編入する事になったのだった。

「氷川台友菓でっす!!!トモちんって呼んでください!」

 玉菜たまなと瑞希のいる3年C組に編入し、元々の性格も相まって友菓は瞬く間に時の人となったのである。


「へぇ~…トモちんって、「前の学校」では水泳部だったんだ…」

「うん、小学校の頃から個人メドレーの選手に選ばれてたんだ。まぁ…ここ、水泳部ないのが残念だけど。」

 放課後に入り、友菓は玉菜と瑞希から学校案内を受けている。みるくの夢の中に金城ここなが現れた事もあり、先代マジパティについての情報も瑞希や玉菜にも知らされている。


 …勿論、一悟には口止めしておくという条件で。


「ところでさぁ…聞こうと思ったんだけど、英語の時間にものすごーく懐かしい空気があって…」


「ドオォォォォオオン!!!!!」


 突然グラウンドに響く轟音と、グラウンドから校舎内に避難する生徒達…

「瑞希、いちごんは?」

「一悟は高等部の空手部が活動日なので、高等部の格技場です。」

「それなら大丈夫ね!トモちんも、いったん保健室についてきて!!!」

 玉菜に言われるがまま、友菓も2人と一緒に保健室へ向かう。


「ガラッ…」


「「失礼します!!!」」

 2人が保健室のドアを開けると、そこには既にみるく、雪斗、あずき、トロールがいる。

涼也りょうやは高等部の剣道部と合同練習中よ。今回はミルフィーユ不在とはなるけど、気を付けて頂戴ね。」

「「「「はいっ!!!」」」」

 僧侶アンニンの言葉に、みるく達はブレイブスプーンを構える。

「それから、氷川台さん…あなたには私から話があるわ。今はここに居て頂戴。」

「はぁーい…」

 友菓はしぶしぶ返事をする。どうやら、こういう重苦しい空気が苦手なようである。


「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」」」




 一方、一悟は高等部にある格技場で空手部の練習に参加しているはずだったが…

禍々まがまがしい混沌こんとんのスイーツ、勇者の力で木端微塵こっぱみじんにしてやるぜ☆」

 高等部の格技場にベイクとショートケーキの再生カオスイーツが現れ、空手部と剣道部は練習どころではなくなってしまったのである。涼也は一悟をミルフィーユに変身させるために、一悟を更衣室に入れてから他の部員達に紛れつつ避難したのだった。


 最初に戦ったカオスイーツだけに、絶対に勝てる…ミルフィーユはそう確信していた。だが、ダークミルフィーユの奇襲でプディングが負傷して以降、ミルフィーユにはプディングに対する罪の意識が芽生え、前よりも段々と力が衰えゆく感覚を感じる。

「かはっ…」

 カオスイーツに足を掴まされたミルフィーユは天井高くから激しく床に背中を打ち付け、ワンバウンドする。

「ミルフィーユ!!!」

「このカオスイーツ…つえぇ…でも、俺は勝たなきゃ…いけねぇんだ…」

 ミルフィーユはすぐに起き上がるが、普段ならこの程度の攻撃を受けてもすぐに飛び上がるミルフィーユにココアはどことなく不穏な空気を感じ取る。


『一悟の奴…この間、みるくが怪我をした時の事…いいや、それだけじゃねぇ!ダークミルフィーユもどことなく…涼也と…』


 カオスイーツが強くなったのではない…一悟ことミルフィーユが弱体化した…この時、ココアはそう確信した。

「とにかく、単撃ち決戦だ!!!ココア、行くぜ!!!!!」

 ミルフィーユはミルフィーユグレイブを出しながらそう言うが、ココアは…


「悪りぃ…ミルフィーユ…今のお前に、俺の力は負担がデカすぎる…」


 その瞬間、カオスイーツの身体から白いクリーム状の物体が飛び出し、ミルフィーユに直撃する。壁に激しく背中を打ち付けたミルフィーユは、カオスイーツに動きを封じられたまま黒光りする稲妻の攻撃を受けてしまう。



 ………



「ダークミルフィーユの意識の中で、クラフティがカオスに負けたのは知ってる。あの時のトモちん…いや、あたし達は自分それぞれがクラフティと一緒に居たい気持ちが先走りしすぎていたんだ!!!」

 保健室の中で、友菓は僧侶に自分の知っている限りの事を洗いざらい話す。あの時は、クリームパフですら勇者クラフティを狙う恋のライバルとしか見えなかった…彼は、カオスと戦う勇者に対して忠実なだけだったのかもしれない…少なくとも、友菓の心の中ではそう思う。


「「恋は盲目もうもく」…そう言う事ね。」


 僧侶はそう言いながら、窓に映る景色を見つめる。グラウンドでは、パフェの再生合体カオスイーツと戦うプディングとソルベ、そして2人のクリームパフの姿が見える。

「クラフティだって…本当はマジパティ同士が自分をかけて争う事を望んでいなかったはず…」

 窓から移るプディング達は、カオスイーツに対して優勢だ。その姿を見つめる友菓は、そっと自分のブレイブスプーンを握りしめる。

「友菓…あなたなら、どうなさいますか?自分が犯してしまった過ちに気づいてしまったあと…自分の目の前で困っている人をみかけてしまったら…」

 瑞希の言葉が友菓に重くのしかかる。それでも、友菓はブレイブスプーンを握る手を緩めようとはしない…


「無関心でなんか、いられないっ!!!」


 その瞬間、友菓のエンジェルスプーンが再びマジパティとしての力を目覚めさせる…


「そうね、それでこそ勇者と共に戦うマジパティよ…ガトー、氷川台さんを高等部の格技場まで瞬間移動させて。一悟が危ない状況よ。」

 僧侶はそう言いながら、ガトーにマジパティ達とのグループLIGNEリーニュのタイムラインを見せる。




「ソルベブリザード!!!」

 グラウンドにいるソルベが長弓をバトンの要領で回転させるや否や、長弓から猛吹雪が起こり、瞬く間にカオスイーツの全身を凍りつかせる。

「今よ!プディング!!!」

 魔界のクリームパフが活動できるのもあと僅かだ。プディングは言われるがまま、プディングワンドを構える。

「行きましょう、ラテ!!!」

「もちろんですっ!!!」

 プディングワンドを構えたプディングは、ラテを右肩に乗せ、ウインクをする。


「精霊の力と…」

「勇者の愛を一つに合わせて…」

「アメイジングイマジネーション!!!」

 ラテは黄色の光を纏いながら、プディングが持っている黄色い杖の球体に飛び乗る。その瞬間、ラテの姿がみるみるうちにプディングと瓜二つになり、さらに黄色い光を放ちながら本物のプディングを含め、5人に分身した。5人になったプディングは全員球体をくるくると回転させ、プディングワンドを空高く掲げる。


「プディングメテオ!フランベ!!!!!」


 プディングの掛け声と同時に、杖の球体は黄色い光を放ち、5つの巨大な球体をカオスイーツの頭上に降らせる。


「ファンタジア!!!」


 プディングが叫んだ瞬間、熱を持った球体は全てカオスイーツに直撃し、カオスイーツは「じゅわっ」という音を立てながら瞬く間に溶け出してしまう。

「アデュー♪」

 攻撃が決まり、元の姿に戻ったラテと1人に戻ったプディングがウインクをしたと同時に、カオスイーツは光の粒子となり、本来の姿である吉田よしだしげよと幣原善枝しではらよしえの姿へと戻っていく…

「うわっ…最近、運動部のおっかけでブラックリスト入りしている2人じゃん…最悪…」

「それ、まなちゃんが言うべきセリフではないと思うけど…」

 吉田と幣原を見るなり、不快な表情を浮かべるクリームパフ(玉菜)に、プディングはツッコミを入れつつ、いきなりプディングワンドから黄色い光を帯びた鎖を放つ。


「ジャラッ…」


 プディングが放った鎖の先には、ピンク色のツインテールの片方に黄色いメッシュを携えたダークミルフィーユが、黒い杖を構えている。


「あたし達に同じ手は、二度も通用しませんっ!!!ダークミルフィーユ…いいえ、明日香さんっ!!!!!」




 時間はプディング達がダークミルフィーユとグラウンドで対峙している5分ほど前に遡る。ミルフィーユの体力は、ココア共々限界を極めていた。

「フン!勇者の力など、所詮は儚いものよ…ショートケーキカオスイーツよ、トドメだ!」

 ベイクがカオスイーツに支持を出そうとした刹那、格技場にいるカオスイーツ目掛けて、1本の水色の光を帯びた矢が放たれる。


「ちょーっと待ったぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 少女の叫び声と共に、水色のロングヘアーを頭頂部でハーフアップにした褐色肌のソルベが格技場に土足で入って来る。コスチュームはネロが変身したソルベ、雪斗が変身したソルベとは違い、上半身はみるくが変身したプディングと色違いともとれるようなトップスに、玉菜が変身したクリームパフとよく似たフリルスカート…さらに、足元は一悟が変身したミルフィーユと同じハイソックスにショートブーツ姿だ。

「なんて忌々しい…貴様もマジパティか!!!」

「そう、あたしはブルーのマジパティ・ソルベ!!!カオスイーツを浄化しに参上して来たっ!!!!!」

 敵幹部の問いかけに、ソルベに変身した友菓が仁王立ちで堂々と答える。


「神聖な道場を、カオスイーツのクリームで汚すなんて言語道断!禍々しい混沌のスイーツ、勇者の知性を甘く見ないでよねっ!!!!!」


 8年ぶりの名乗り…忘れていたと思ったら、身体が覚えていた。そんな彼女を、ベイクは不快な眼差しで見つめる。

「カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエのマジパティではないようだが、まぁいい。貴様も始末してくれる…」

 ベイクがそう言うと、カオスイーツは目を赤く光らせ、ソルベに変身した友菓に飛び掛かる。


「ソルベストリーム!!!」


 ソルベが長弓を回転させながら叫んだ刹那、ソルベアローから激しい水流が解き放たれ、水流の直撃を受けたカオスイーツの身体は徐々に縮んでいき、カオスイーツの真後ろでデカい面かましている甲冑の青年は、激流の巻き添えを食らい、ミルフィーユとココアはカオスイーツの攻撃から解放される。

「げほっ…げほっ…」

「あたしに力を授けた勇者様であろうがなかろうが、勇者様を悪く言うのは感心しないから!」

 そう言いながらソルベは腰に着いた黄緑色の宝石を取り出す。


「精霊の意志よ!今こそ、ここに甦り、勇者の光と共に結びつけ!!!ミントジュエル!!!」


 ソルベはそう叫ぶと、ソルベアローのてっぺんに黄緑色の宝石をはめ込む。その瞬間、ソルベアローに水色の光の弦が張られ、同時にカオスイーツは水色の球立方体の中に閉じ込められてしまい、身動きが取れなくなってしまう。ソルベが思いっきり弦を引くと同時に、光の矢が現れ、水色の光を帯びた光の矢にスイーツのエネルギーが蓄積される。


「ソルベシュート!!!!!」


 ソルベは掛け声と同時に、矢と弦から右手を離す。


「サンクション!!!」


 ソルベが叫んだ瞬間、放たれた光の矢は立方体の中へ吸収され、立方体の中で無数に増殖する。四方八方から放たれる無数の矢に、カオスイーツは黙って攻撃を受けるしかなかった。

「アデュー♪」

 ソルベがウインクをしたと同時に、カオスイーツは光の粒子となり、本来の姿である高等部剣道部の外部顧問の姿へと戻って行く。

「くそっ…マジパティめ…よくも私の鎧を…ただではすまさん!!!」

 ベイクはそう言うが、ソルベとベイクの間に黒い光が割り込む。


「ダークパニッシュ!!!!!」


 黒い光とダークミルフィーユの声が響き渡り、彼の右腕を黒い光が叩き、彼の鎧を傷つける。

「ベイク、あなたはカオスイーツを戦わせるだけでいいの!マジパティと直接戦うのは私だけ…引きなさい!!!」

「くっ…あのお方の寵愛ちょうあいを受けしマジパティめ…」

 そう言いながら、ベイクはフッと音を立てて消えてしまった。


「ミルフィーユ…無事で…何よりよ…」


 甲冑の青年がいなくなった直後、ダークミルフィーユはミルフィーユに向かって振り向き、優しく微笑む。その表情は、間違いなく一悟が知っている人物そのもので、ミルフィーユは彼女の表情を見るなり、とても切なく感じた。

「でも、今度会う時は絶対にソルベは1人残らず潰してやるわ!!!」

 そうソルベに対する宣戦布告を口走ったダークミルフィーユは、フッと音を立てて消えてしまった。


『あすちゃんとしての優しさ…間違いなく残ってる。一悟が今のあすちゃんに勝つには、僅かに残るあすちゃんの優しさに委ねるしかないのかな?』

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