第27話「ミルフィーユ、活動休止!?一悟とイナバと雪斗の追試対策」

 瀬戌せいぬ市にある廃デパートの地下室…そこにはうごめく黒いもやが君臨しているだけである。マカロンの件以降、ビスコッティはアジトに戻って来ておらず、ベイクもベイクでビスコッティがいないアジトを嫌って寄り付かなくなった。



「ダークミルフィーユ…あなた、アタシのソルベ以上においたが過ぎるわよ!!!自分の勇者様から何を学んだのかしら?」

「勇者がマジパティに攻撃するのは気が引けるけど…大切なマジパティを辱めたんですもの。いい事を教えてあげるわ!!!」

「Two holes if you curse people…カオスイーツからの報いを受けて、当然だわっ!!!!!」

「「人を呪わば穴二つ」…か。勇者様からの言葉、次までには暗記でもしとくんだな?」



 息をきらしながら、アジトの地下室に戻って来たダークミルフィーユの脳裏に響き渡る先刻の言葉たち…瀬戌みなみモールでミルフィーユ達と出会った彼女は、その日のうちにミルフィーユ達の事を、マカロンのパソコンを使って調べていたのである。


 特に、一番嫌っているソルベに関しては入念に…



 ミルフィーユ:千葉一悟ちばいちご。私立サン・ジェルマン学園中等部2年A組。出席番号15番。帰宅部。

 プディング:米沢よねざわみるく。私立サン・ジェルマン学園中等部2年A組。出席番号29番。帰宅部。保健委員。

 クリームパフ:白石玉菜しろいしたまな。私立サン・ジェルマン学園中等部3年C組。出席番号12番。合唱部。生徒会長。


 ソルベ:氷見雪斗ひみゆきと。私立サン・ジェルマン学園中等部2年A組。出席番号19番。弓道部。生徒会書記。「ユキ」という別人格あり。私立目白通めじろどおり小学校出身。瀬戌市木苺ヶ丘きいちごがおか町の地主にして氷見家当主・氷見雪彦の孫。


 いつもミルフィーユか僧侶と一緒のプディング、政治家の娘で尚且つ神出鬼没なクリームパフはともかく、ソルベを始末するのは簡単だと思っていた。


 だが、現実はどうだろう…作戦は失敗。そのうえゲル状のカオスイーツを生成してしまった事で、魔界のマジパティだけならず、勇者シュトーレンの横入りを加わり大恥をかく結果となった。

「最悪…」

 そんな彼女の腰のチェーンには、水色の宝石が付いたブレイブスプーンと、黄色の宝石が付いたブレイブスプーンが煌めく。2つのブレイブスプーンを煌めかせながら、ダークミルフィーユは懐を探るが、そこに探しものはないようだ。


「ない…でも、まぁいい…あの男から解放されたんだから、もう必要ないわ…」


「おかえり…ミルフィーユ…」


 黒いもやから放たれるカオスの声に、ダークミルフィーユはまるで恋人に声をかけられたかのように、明るい表情に切り替わる。

「ニコル!ごめんなさい…今日も他のマジパティを仕留められなかったわ…シュトーレンっていう女の勇者が…」


「ミルフィーユ、シュトーレンには一切手を出すな!!!」


 ダークミルフィーユが「女の勇者」と口走った刹那、カオスの声が途端に険しくなり、ダークミルフィーユは全身をびくっと震わせる。

「に…ニコル…」


「すまない…こっちの話だ。ミルフィーユ、お前は他のマジパティと戦う事に集中しろ。」


「えぇ…今度こそ確実に仕留めるわ…ニコル…」


「頼んだぞ…俺の…可愛いマジパティ…」


 カオスがそう言うと、ダークミルフィーユはにっこりと微笑みながら、カオスの黒いもやに寄り添う。


 まるで、カオスが恋人であるかのように…



 ………




 7月7日、木苺ヶ丘町一丁目にある千葉家…

「それで、ひでちゃん…一悟は氷見さんの家に行ったのかい?」

「追試の勉強で今日は雪斗くんの家に泊まるってさ。まぁ、先生からめちゃくちゃ絞られたんだろうなぁ…」


 帰宅したばかりの一悟の母が、非番で家にいる夫に息子の事について聞いていた。リビングでは涼也りょうやが一悟のペットのマレンゴと一緒に遊んでいる。


「それだけ?まぁ、今は一華いちかがいないし、丁度いい…涼ちゃん、ちょっといいかい?プチ家族会議。」

 一悟の母にそう言われた涼也は、マレンゴを抱いたままテーブルの椅子に座る。


「単刀直入に聞くよ?涼ちゃん…明日香あすかちゃんは、一悟と同じマジパティだったのかい?」


 真面目な表情の叔母に、涼也は覚悟を決めたかのように、ぐっと息を呑む。

「叔母さん…姉さんは、確かに…一悟と同じマジパティだった。だから俺はコレを今も大切に持ってる…」

 そう言いながら、涼也はポケットからピンクの宝石に白い羽飾りのついた銀色のスプーンを取り出し、それを叔父夫婦の前に置く。

「やっぱり…」

 涼也がテーブルに置いたスプーンを見るや否や、一悟の父はそう答える。

「兄さん…いや、お前の父さんがこの間、教育委員会立会いで面会した時に「明日香は勇者と出会ってからおかしくなった」って言っていてな…涼ちゃん、お前から見て、明日香ちゃんは勇者と出会ってから…どう見えた?」


 叔父の話を聞いた涼也の脳裏に、ふと思い浮かぶ8年前の姉の姿…


 姉はとても生き生きとしていた。恐らく、マジパティとして戦っていた時もきっと生き生きとしていたんだと、涼也は思う…


「姉さんは…マジパティとして戦っていた時を、楽しんでた…あくまで…俺の考察だけど…」


 今でも脳裏に焼き付く…姉が祖父から買ってもらった赤い革製のストラップシューズ…まだ新品だというのに、父親は周囲の反対を押し切って捨てた…あの日の夜の姉の泣き叫ぶ声…幼い涼也にとって、あの父親の姿はとても異常に見えた。


「そうか…本当ならあまり涼也くんの前では言いたくなかったんだけど、昔からお義兄さんの言動には目に余る所があってね。」

紅子べにこさん…お前の母さんの最初の流産の時もそう…俺と珠洲代すずよの警察学校の時もそう…江利花えりかさんとの結婚もそう…常に誰かを見下していないと気が済まない性分なんだろうね!明日香ちゃんがマジパティとして楽しんでいたのだとしたら、この件は間違いなくお前の父さんに問題がある!」

 叔父の力説に、涼也は首を縦に振る。

「「親だから」、「心配だから」を免罪符に、姉さんを追い詰めてきた…それなのに親父は、歪んだ自分の正義感を振りかざし、姉さんを追い詰めた原因が自分だとは思ってない。俺が叔父さんの家に来てから、つくづく親父がいわゆる「毒親」だって確信が持てるようになったよ…ありがとう…叔父さん…叔母さん…」

 自分たちに感謝の意を示す甥の言葉に、一悟の父はある場所が書かれたメモ用紙を彼の前に差し出す。


「それに気づけただけでも十分さ…明日、江利花さんと一緒に、彩聖さいせい会でお前の母さんに会いに行ってきなさい。」




 ほぼ同時刻の氷見家…現在、一悟は雪斗からあるものを見せられている。

「ダークミルフィーユが去った場所に、このメガネが落ちていたんだ。」

 赤い楕円形のアンダーリムタイプのメガネ…一悟にはかすかにだが、見覚えがある。

「あすちゃん、こーゆーメガネかけてたんだよなぁ…元々視力弱くってさぁ…本人はコンタクトにしたがっていたけど。」

「だったら、どうしてコンタクトにしなかったんだ?」

 雪斗の思いがけない一言で、一悟は思わずテーブルに両手をついて立ち上がる。


「俺の伯父さん、コンタクトで授業受けようとした委員長を、竹刀でぶっ叩いて、コンタクト踏みつぶしたの…忘れたのか?」


 今でも思い浮かぶ、千葉先生の体育の授業での行為…最初の授業で雪斗が真っ先に足を叩かれた事は、2人にとって忘れる事はないだろう。自分自身にとって気に入らない服装や態度はすぐに竹刀で叩いたり、小突いた事も何度もある。

「それに、みるくは短距離走のタイムが遅かっただけで…このご時世でよく教師を続けられるよな…」

「授業内容はよくても、生徒や他の職員に対しての言動は最悪だもんな。保健室の盗聴や、隣人だったムッシュ・エクレールの部屋を覗いてたし…そりゃ、涼ちゃんも反発するわ!」

 先日の父の日に至っては、連絡もなく訪問した事からグラタンの出来栄えなど、文句が一つ、二つ…挙句の果てには、涼也と一悟の父に「お前は文句を言うためだけに子供つくったのか!!!」…と、ブチキレられるという始末…その結果、来年の涼也は実の父親に料理を振舞わない事になったのだった。


 千葉先生の話で盛り上がる一悟と雪斗。共に追試対策プリントを広げてはいるが、お互い千葉先生の話題で何もプリントには何も解答やメモは書かれていない。


「あの…2人とも…盛り上がってる所、恐縮なんですが…」

 そう言いながら、お皿に寝そべる精霊の少年は、追試対策プリントを指さし…


「今日はあくまで、追試の勉強で一悟が来ているんですよ!!!千葉先生の話に来たんじゃありませんっ!!!!!」


 ガトーがそう言うと、雪斗の右手は雪斗の意思関係なくブレイブスプーンを握り、それを左腕のブレイブレットにかざしてしまった。その瞬間、雪斗の姿はユキに変わり、服装も藍色の男物の浴衣姿からシャーリングたっぷりの白と水色のトップス、デニムのスカートに白いレギンス姿に変わる。それと同時に、ユキの頭からはアホ毛がぴょこんと飛び出す。

「どのみち先生だって、せっかくの夏休みを補習で割きたくないんだから、まずはプリントの対策問題解かないと…」

 そう言いながら、ユキはプリントの問題を解きはじめる。

「昨日はあれから一切出てこなかったのに、立ち直り早っ!!!」


「僕だって、マルチメディア部を守りたいもんっ!!!雪斗の意識の中で、真っ白なプリントばっかり見るのなんてイヤっ!!!!!」


 ユキの怒鳴り散らすような声に驚いた一悟は、慌てて自分の目の前にあるプリントの問題を解きはじめる。

「えぇーと…この問題は…」

「まずはYを消してXを求めて…」

 序盤の数学の問題は、一悟にとっては前途多難である。




 ………




 翌朝、涼也は一悟の母と共に彩聖会瀬戌病院へとやってきた。母親が入院している病院に行くのはこれまでに何回かはあったが、瀬戌市に引っ越してきてからは初めてだった。

「本当なら早めに連れて来るつもりだったけど、おじいちゃんが「父親の異常っぷりに気づくまでは、涼也を連れて来るな」って言われててね…紅子さん、江利花です。ご無沙汰しております。」

 一悟の母がそう言いながら病室のドアをノックすると、看護師がドアを開ける。そこには涼也と似たような顔立ちの40代の女性が病室のベッドに腰かけていた。」

「涼ちゃん…ますます男らしくなったわね…」

 そう言いながら息子を見つめる涼也の母は、涼也の前でにっこりと微笑む。今日はどことなく機嫌がいいようだ。

「紅子さん、最近明るくなりましたね。」


「えぇ…散歩のたびに、中庭で明日香とすれ違うようになりまして…あの子、いなくなった時と変わらぬ顔立ちで…」


 涼也の母の言葉に、一悟の母は看護師に病室を出るように伝える。看護師が病室をあとにすると、涼也の母は娘が先月の半ばから中庭に現れる事を話し始める。娘は散歩の時間帯になると、大木の陰からひょっこり現れ、母親の前でにっこりと微笑み、楽しそうに最近の事を話してくる…それは、失踪前では一切考えられない光景であった。


「母さん…母さんは、姉さんの事に気づいていたのか?」

 息子の言葉に、涼也の母は黙って頷く。

「明日香はね…あの姿でいられたのが本当に嬉しかったのよ。あの人の前では着られない可愛い服を着て、自分が一番やりたいことをやって、恋をして…私は、明日香が幸せならマジパティであろうが、犯罪者以外ならそれでよかったのよ。」

「それを…お義兄さんは、自分の歪んだ価値観で明日香ちゃんを縛り付けていたんですね。」

 義弟の嫁の言葉に、涼也の母は黙って頷いた。


「退院の日も決まったし、お義父さんとの話し合いも済ませた。明日香が勇者を選んだように、私も…子供たちが幸せになることを選ぶ!!!」


 母親の決意に満ちた瞳…それは涼也にとって、あの男に対する最大級の反抗となるのは間違いないだろう。




 一方、カフェ「ルーヴル」の方では住居スペースで一悟、雪斗、グラッセの3人が悶絶している。

「だらしねっぺよ。こんな問題、解けんワケねーべ!(だらしないわね。こんな問題、解けないワケないでしょ!)」

「連立方程式…?なにそれ…美味しいの?」

「って、グラッセが解いてるの…中2の問題だぜ?しかも、俺が昨日ユキに教えられながら解いた奴…」

 マルチメディア部の存続がかかっている2人は、昨日の深夜まで雪斗の部屋で勉強をしていたが、グラッセはどこ吹く風…補習の勉強を全くと言っていいほどやっていなかったのだった。それを見かねたトロールは、昨日の時点でもらってきた中等部2年の補修対策プリントをグラッセにやらせているのである。

「グラッセ、少しは2人を見習っだらいいべ!(グラッセ、少しは2人を見習いなさい!)」

 そう言いながら、トロールは淡々と補習対策プリントを解き進める。

「それに…グラッセが追試不合格だったら、いちごんも連帯責任って形で…」

 雪斗の言葉に、一悟の表情は曇る。


「俺まで夏休みの間、マジパティとして戦えなくなるんですけどー…」


「ふぁうぅ~…」

 一悟はふと、カフェにやって来て早々にガレットから言われた言葉を思い出す。



「一悟と雪斗が追試不合格だったら、マルチメディア部は廃部になるワケだろ?それなら、グラッセ!お前が追試不合格だったら、一悟とお前はミルフィーユ同士の連帯責任ってことで、夏休みの間はミルフィーユに変身して戦うのは禁止な?」



 泣きべそをかきながらプリントの問題を解くグラッセの真横で、トロールはもくもくと中等部の追試対策プリントの問題を埋めていく。そんなトロールは、「本当は高等部に編入した方がよかったのではないのか」という程の学力で、みるくの兄が通っているW大学の入試問題集の過去問もさらっとこなしてしまったのである。

「雪斗…おめ、相変わらずごじゃっぺな英文の翻訳するなぁ…この英文はこの順番で訳すのが簡単だぁ。(雪斗…お前さん、相変わらずでたらめな英文の翻訳するわね…この英文はこの順番で訳した方が簡単よ。)」

 トロールに指摘された雪斗は、間違えた英語の問題を慌てて読み直し、トロールに言われた順番で翻訳すると…

「そうか…こう訳せばよかったのか!!!なんだよ、ムッシュ・エクレールの奴…訳し方くらい…」

「って、お前はいっつも英語の授業中、寝てるんだろーがっ!!!」

 そう言いながら、一悟は雪斗の頬を引っ張る。

「でも、最近はイビキなんてかいてなんか…」

「その代わり、寝てて消しゴム…床に落としてるよな?酷い時には、俺の背中に消しゴム入ってくるし…」

 その苦言に、雪斗は苦笑いを浮かべる。今日のカフェは、一悟と雪斗は追試対策勉強優先のため、2人の代わりにネロと玉菜がホールに入っている。



 ………



 その夜、一悟は姉の一華と共に両親と涼也、そして祖父から衝撃の事実を知らされることになった。


「俺の母さん、親父と離婚する意思を固めた。」

「「えぇぇぇぇええええええええっ!!!!???」」

 一悟は姉と共に驚きを隠せないが、涼也と両親は至って真面目な表情だ。

「昨夜、一華は部活が遅かったし、一悟に至っては勉強のために氷見さんの家にお世話になっていたから、改めて話す。兄さん…いや、涼也の親父さんは、昔から他人を見下していないと気が済まない性格なんだ。俺も紅子さんの意見は納得がいくし、紅子さんが精神的に壊れた本当の理由が涼也の親父さんにあるというなら、全面的に紅子さんに協力する考えだ。」


 子供たちにそう告げた一悟の父は、父親である一悟の祖父と共に涼也が幼い日に体験した新品の赤い靴の話、瀬戌市に来てからの涼也の母の病状の経過のこと等を洗いざらい話す。


「バカ息子のモラハラは今に始まった事ではない…英雄ひでおも珠洲代…つまりお前らの叔母も、兄から圧力を受けてきたようなものだ。昔から注意はしていても、話は聞き入れない。自分の正義に溺れてしまっているからな…」

 祖父の呆れながら話す言葉に、一悟はやりきれない表情を浮かべる。

「それに、だいぶ前にはお前らの知ってる学園食堂の首藤しゅとうさんに奥さんが既に亡くなっていることや、娘さんの職業やら、その婚約者さんのことやらでボロクソに罵ったらしいじゃないか!!!人様をやっかむなんて、けしからん!」

 その件についてはシュトーレン経由で聞いてはいたが、やっぱり伯父は大勇者ガレットをやっかんでいたいた事は紛れもない事実だったようだ。


 かつては一悟には憧れに見えていた存在も、まるで高値が付くような刀が実はなまくらだと判明したかのように、徐々に彼の「憧れ」という名の心の城壁から醜い奇声を上げながら堕ちていく…


「俺は母さんについていくけど、学校はこのまま一悟達と同じ学校のままでいい。あの男に何かあれば、すぐに叔父さんやじいさんに連絡を入れるつもりだ。」

 覚悟を決めた涼也の目…その力強い眼差しに、一悟はぐっと息を呑む。

「だから、一悟…お前は明後日の追試、雪斗と一緒にいい点とれよな?俺も、母さん守れるように頑張るからさ!」

 涼也は笑いながら、一悟の頭をくしゃくしゃとなでる。その背後で、祖父は追試と聞いくや否や、一悟の分まで一華を叱責したのだった。




 ………




 一悟、雪斗、グラッセの3人は、追試当日を迎えた。前日はトロールも一緒に、遅くまで氷見家で追試対策に勤しんでおり、3人は全くと言っていいほど寝ていなかったようだ。

「放課後まで大丈夫けー?(放課後まで大丈夫なの?)」

「だいじょーぶいっ…」

「部の存続と、俺のマジパティとしての意地がかかってんだ…」

「絶対に負けられん…」

 3人そろって目が充血している時点で、大丈夫ではない。高台の中腹でグラッセが高等部へ向かうために分かれると、一悟は雪斗とトロールにある話を始める。


「言い忘れたけど、俺のじっちゃん…俺がマジパティだって事…知ってた…これで俺んちで俺がマジパティだって知らねーの…姉ちゃんと伯父さんだけ…」


 一悟の祖父は、明日香がマジパティだった事は8年前の時点でうすうす気づいていたようで、一悟に関しては戦っている時の空手の型のクセで一悟がマジパティである事を見抜いていたようである。

「案外バレるもんだな…僕なんて、とうとう母様に知られた…冷斗とみかん、おばあ様には口止めするように伝えたけど。」

「バレると、ペナルティでもあるのけー?(バレると、ペナルティでもあるのかしら?)」

 寝不足の2人に向かって、トロールは涼しい顔をしながら茨城弁でそう問いかける。



 ………



 放課後になって、とうとう一悟と雪斗は追試の時間を迎えた。中等部で追試対象者は全員特別棟にある会議室に集められ、学年ごとに並ばされる。今回の試験監督は下妻しもつま先生で、先生は的確に生徒達を座らせる。それは高等部も同じで、グラッセと一華も広い特別教室で追試を受ける。

「それでは、試験開始っ!!!」

 会議室全体に、筆記用具が擦れる音が響き渡る。


 追試が始まって20分後、玉菜は生徒会室で用事を済ませた後、合唱部のメンバーがいる場所へと向かっている。

「すっかり遅くなっちゃった…」

 8月末に合唱コンクールの県大会を控えていることもあり、活動日の殆どは高等部との合同練習だ。サン・ジェルマン学園は中高一貫校であるため、合唱部は「高校生の部」扱いで例年コンクールに出場している。そのため、決定権の殆どは高等部合唱部顧問の先生と高等部合唱部部長に委ねられている。


「!?」


 石段を上っている途中、突然の混沌の気配に気づいた玉菜は、咄嗟に飛び跳ね、攻撃をかわす。玉菜が着地した刹那、そこにいたのはフルーツサンドのカオスイーツ…

「ちょっとぉ…冗談…よね?再生カオスイーツなんて…」

 カオスイーツは再び無言で玉菜に襲い掛かろうとする。そんな怪物に対し、玉菜は再び飛び跳ねて攻撃をかわし…


「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!」


 ブレイブスプーンを構え、玉菜はバク転しつつ、白樺の木の枝に着地すると同時にマジパティへと変身を遂げる。

「白銀のマジパティ・クリームパフ!!!さぁ、禍々しい混沌のスイーツ!勇者の光を恐れぬのならかかってきなさい!!!!!」

 カオスイーツの前でポーズを決めたクリームパフだが、今日は珍しく表情に余裕がない。今回は家の用事で学校にいないプディング、追試で参加できないミルフィーユとソルベ…さらに、急いでいる時にカオスイーツが現れたため、早く片付けたいという焦り…クリームパフもとい、白石玉菜は現在、修羅場に追い込まれていると言った方が正しいだろう。

「悪いけど、急いでるの!!!ちゃっちゃと終わらせてあげる!」

 そう言いながら、クリームパフはカオスイーツに蹴りを入れようとするが…


「ガシッ…」


 カオスイーツはパンの隙間から白いクリーム状の物体を放ち、クリームパフの右足を掴んでしまった。

「う…うそっ…」

 瞬く間に逆さ吊りにされたクリームパフ。そんな彼女のスカートは重力で垂れ下がり、そこから水色の縞模様のショーツが丸出しとなってしまう。


「わわわっ…見せモノじゃないっつーのっ!!!」


 クリームパフはそう言いながらスカートを押さえるが、お尻ががら空きである。


「ざわざわ…」


 先刻の轟音を聞きつけた野次馬が群がってくる。いつもは余裕で颯爽と戦う彼女にとって、今回ばかりは恥辱との戦いになりそうだ。


「ブンッ!!!!!」


 カオスイーツはクリームパフを放り上げ、クリームパフは白樺の木に背中を強く打ち付ける。

「かはっ…」

「あははっ…随分と無様な姿ね!余裕かましていられるのも、あと僅かのようね…」

 突然のダークミルフィーユの声に、クリームパフは今回カオスイーツを出したのがダークミルフィーユであることに気づく。そんなダークミルフィーユは野次馬をキックで蹴散らしつつ、白樺の木でもうろうとするクリームパフに馬乗りになり、彼女の腰についているブレイブスプーンに手をかける。


「いつも余裕をかましているあなたも、今回ばかりは相当焦っているようね!!!何たって、ミルフィーユ達は来ないんですもの!!!!!」


「ブチッ…」


 クリームパフの腰のチェーンから、紫色の宝石が付いたブレイブスプーンが引き離される。その瞬間、クリームパフのコスチュームは弱々しい薄紫色に変化し、まるでバスタオルを巻いたような形状になってしまう。髪もたなびく銀髪から一瞬にしてハチミツ色のロングヘアーへと戻ってしまい、その姿は正しく白石玉菜である。

「さらに追い詰めてあげる!!!もう2度と立ち上がれなくなるように…」

 玉菜のブレイブスプーンを放り投げたダークミルフィーユは、薄紫色の光に包まれた玉菜の柔らかな果実を激しく鷲掴みにする。


「いやあああああああああああああああああああっ!!!!!」




 玉菜の悲鳴が響き渡り、トロールは魔界のクリームパフに変身し、既に追試と変身を済ませていたミルフィーユとソルベと合流する。」

「まったく…今日はガレちん、嬢ちゃんの件で非番なのよ!!!なんでこーゆー時に…」

「イヤ…つっこむトコ、そこじゃなくね?」

 そう言いながら、ミルフィーユは玉菜の悲鳴のする方向へと向かう。今日のガレットはシュトーレンの結婚式の件で、おおみや市にあるおおみや拘置支所に収監中のアントーニオと面会するためと、結婚式場で打ち合わせに立ち会うため、今日は食堂の仕事を休んでいる。

「ところで、プディングは?」

「ボネは配達のバイト中よ!みるくは、お父さんが撮影中の事故に巻き込まれて彩聖会に運ばれたって連絡が来て、僧侶ちゃんと一緒!」

 みるくの父はおおみや市の撮影スタジオで撮影中、新人ADが崩してしまった段ボールの山に新人ADと共に巻き込まれてしまったのである。


 玉菜は完全に元に戻る余裕も与えられぬかのように、ダークミルフィーユの手によって身体を貪られ続けており、ダークミルフィーユによって蹴散らされた野次馬達に至っては、カオスイーツによって巨大なサンドイッチにされている。


「まるで生娘のような反応…その反応は、間違いなくあなたは男に…」


 その時だった。突然学校内の鳥達が騒ぎ出し、ダークミルフィーユのセリフを遮り始め、まるで風向きが変わったかのような空気に変わる。

「ソルベハリケーン!!!」

「シルバーフェザーブラスト!!!」

 ソルベと魔界のクリームパフが叫んだと同時に、強風と共に無数の銀色の鳥の羽根がダークミルフィーユの背後から吹き出し、ダークミルフィーユのツインテールとスカートが勢いよくなびく。


「!?」

 石段の途中に立ちはだかるフルーツサンドのカオスイーツを見るや否や、ソルベは愕然とする。

「そいつ…ゆめっちよ…恐らく、高等部の講堂へ向かってる途中で…」

 愕然とするソルベに向かって、玉菜が上半身を起こしながらそう告げると、ミルフィーユの表情も一気に青ざめる。


 カオスイーツにされた中津なかつゆめは、蔵書落書き事件のあとに吹奏楽部を退部し、マカロンの勧めで合唱部へ転部したのである。その際に玉菜も合唱部部長として立ち会っており、落書き事件でカオスイーツにされた時共々、顔を合わせる機会は多い。


「カオスイーツは、人の負の感情とカオスの力が結びついて生まれるスイーツよ!一度浄化されても、その人がまた負の感情を抱き、再びカオスの力と結びついてしまったら…」


「またカオスイーツになるって言うのか!!!ミルフィーユ、そのカオスイーツは遠距離攻撃を与えるスキがない!」

 ソルベの言葉に、ミルフィーユはミルフィーユグレイブを構えようとするが…

「うわっ…カウンターする余裕もねぇのかよっ!!!」

 カオスイーツの腕から放たれる色どりのフルーツの弾丸に、ミルフィーユとソルベは避けるのが精一杯だ。


 一方、ダークミルフィーユは玉菜から手を放し、魔界のクリームパフと対峙する。

「この間はユキ…そして今度は玉菜…また嬢ちゃんのマジパティを辱めて、嬢ちゃんを怒らせたいようね?」

「…っ!!!これだから神出鬼没なクリームパフは嫌いなのよ!!!黙ってカオスイーツに立ち向かってりゃいいものを…」

「はいはい…悪うございましたね?神出鬼没…」

 魔界のクリームパフに対して文句を垂れるダークミルフィーユに対して、彼女はダークミルフィーユの背後に回るなり、尻尾を掴み…


「でっ!!!!!」


 魔界のクリームパフは、ダークミルフィーユの尻尾の先を思いっきり噛みついたのだった。

「ピギャアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

「確かに、お前さんのよく知っているクリームパフは、遠距離型ではありながら真っ向からカオスイーツに立ち向かうタイプだった。歴代クリームパフ達からすれば彼は異端に見えるでしょうけど、「誰かを守りたい」という信念は決して変わりはしないのよっ!!!」

 そう話しながら、魔界のクリームパフはダークミルフィーユの尻尾を自身の羽根でくすぐる。絶え間なく続くこそばゆい感覚に、ダークミルフィーユはまるで腰が砕けたかのように前のめりに突っ伏してしまう。

「ふにゃぁ…」


「他のマジパティに執着する暇があるなら、少しはその時間をカオスイーツを強化する事に当てたらどうかしら?そんな偏見の塊じゃ、お前さんが嫌っている奴と同じ道を歩むわよ?」


 その言葉に聞き耳を立てつつ、カオスイーツにけん制するソルベは、ダークミルフィーユの腰のチェーンに目を向けるや否や、彼女に関する革新的な事に気づいてしまう。


『ブレイブスプーンが2つ…?今のトロールの話といい、もしかすると…ダークミルフィーユの正体はきっと…いちごんの…』


「ソルベブリザード!!!!!」

 ダークミルフィーユの正体に気づくや否や、ソルベはソルベアローをバトンの要領で回転させ、カオスイーツの手足を氷漬けにしてしまう。

「カオスイーツの動きは封じた!今だ、ミルフィーユ!!!」

「サンキュー!ソルベ!!!行くぜ、ココア!」

 ミルフィーユがそう言うと、ミルフィーユの右肩に精霊ココアが乗っかり、ミルフィーユはウインクをする。


「合点でいっ!!!精霊の力と…」

「勇者の力を一つに合わせて…」

「グレイブエクステンション!!!」

 ココアはピンクの光を纏いながら、ロボットアニメの主役機が武器を構えるような姿で立つミルフィーユが持っているピンクの長薙刀の飾り布の付け根に飛び乗る。その瞬間、ミルフィーユグレイブの刃の部分がピンクの光を放ちながら刃先が長く変形する。ミルフィーユは思いっきり地面を踏みこみ、勢いよく飛び上がる。


「ミルフィーユパニッシュ!!!!!」


 ミルフィーユは掛け声と同時に、長薙刀を振り上げる。


「ストライク!!!」


 ミルフィーユが叫んだ瞬間、長薙刀はピンクの光を放ちながらカオスイーツを頭上から一刀両断する。その太刀筋と姿は、まさしく勇者の力を受け継ぐ者に相応しい…

「アデュー♪」

 ミルフィーユとココアがウインクをしたと同時に、フルーツサンドのカオスイーツは光の粒子となり、本来の中津ゆめの姿へと戻っていく…


「くっ…今度こそ確実に仕留めてやるわ!!!覚えてなさい!!!!!」


 ダークミルフィーユはそう吐き捨てると、「フッ」と音をたてながらどこかへ消えてしまった。

「あの子も「何とかの一つ覚え」にならないといいけどね…でも、まぁ…中妻なかつまさんが元に戻ってよかった!よかった!」


「「「中津だよっ!!!!!」」」




 ………




 翌日、追試の答案が返却され、一悟達はカフェ「ルーヴル」の住居スペースで返却された答案用紙を勇者親子の前に見せる。

「あの後、僧侶ちゃんに怒鳴られるまで3人揃ってぐーすか寝てたからどうなるかとは思ったけど、一悟は73点。雪斗は80点でそれぞれ合格…マルチメディア部は存続って事か。ライスも72点で合格したみてぇだし♪」

 大勇者にそう言われた一悟と雪斗は手を繋いで喜び合うが…

「問題は、グラッセの方ね…」

 シュトーレンがそう言うと、一悟達はグラッセの答案用紙に視線を向ける。その答案用紙の点数は…


「69点」


 その点数を見た瞬間、一悟は全身を漂白剤で洗われたかのように真っ白になる。

「グラッセ…お前…あと1点はどうした…1点はあああああああああああっ!!!!!」

 そう叫ぶガレットではあるが、シュトーレンはグラッセの答案用紙に書かれている数学の問題に目を向ける。

「ちょっと待って、親父!この数学の問題…採点ミスじゃない?」

 そう言いながら、シュトーレンは該当する数学の問題を解く。彼女の解答は、途中計算に至るまでグラッセの解答と同じだ。


「この問題、やっぱり「1」で間違いないわ!」


 娘の言葉に、ガレットも計算してみる。

「やっぱり、同じ答えだ!って事は、1問2点だから…これが正解となると…71点!!!」

 大勇者の言葉に、一悟は真っ白な状態から復活を遂げる。



「「やったあああああああああ!!!!!」」



 今度はグラッセをハイタッチをかます。よっぽど、ミルフィーユとして戦いたい気持ちが強かったと思われる。そんな2人を見て安堵する雪斗は、ガレットにある事を話す。

「大勇者様…昨日のダークミルフィーユとの戦いのときに気づいたんですけど…もしかして、彼女は…」

「雪斗…人には、時期を見てから話すべきである事もある。ユキがマカロンの事で悩んでいた時もそうだったろう…」

 その話すガレットの表情は悲しげだ。

「今の一悟にとって、それはただの推測にしか見えない。一悟が真相をその目で確かめるまで、今はそっとしといてやれ…」

「はい…」

 大勇者の言葉を、雪斗は重く受け止める。




『今、新しい力に目覚めようとしている一悟は…自分の力で乗り越えなければいけない…それに、「勇者の力」は扱いの難しい要素だ。使い方を誤ると、確実に一悟は破滅する!!!だから、明日香の行く末を一悟…自分の目で確かめるんだ!!!』

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