第19話「ティラミスの葛藤!生徒会長はクリームパフ」

「助けをうのがオグルだろうが、海坊主であろうが、誰であろうとも、マジパティの本来の目的はカオスイーツを浄化する事…」


 先刻のクリームパフの言葉が、何度も何度もティラミスの脳裏をよぎる…彼女の言っている事は、敵対の立場であるティラミスからしても、確かに正論だ。先ほどの戦いでカオスの力が底をついてしまったティラミスは、汀良瑞希てらみずきの姿のまま、休校となったサン・ジェルマン学園中等部に背を向けながら歩く。


「いつもは瞬間移動ですぐアジトへとたどり着けましたが、いざ歩くとなると、こんなに距離が離れていたなんて…」

 ふと見上げる青空…それは澄み切った空の色で、あの頃の業火ごうかに染まった空とは真逆の平穏を意味するような空…


「ぐ~きゅる~」


 静寂せいじゃくを遮るかの如く、瑞希の腹部から空腹を告げる音が鳴り響く。媒体に肉体自体が存在しないが、食事によるエネルギー補給も彼女には必要なのである。

「たまには…寄り道でもしますか…」

 時刻は正午を迎えようとしている…瑞希はふと財布の中を覗き込む。1食分の食事ならなんとかなりそうだ。そう確信した瑞希は、生徒会長が他の生徒と話していたカフェの扉に手をかける。


「カランカラン…」


「いらっしゃいませー」


 小洒落こじゃれたカフェ…店頭の貼り紙には、オーナー不在による営業時間変更の知らせがあった。瑞希は中等部の養護教諭とよく似たあんず色の髪の女性に、カウンター席へ案内される。

「ご注文がお決まりでしたら、お知らせくださいね。」

 メニューを開き、どれにしようか考える…横文字は今でも苦手意識があるが、独特の言葉を放つ今の主の言葉よりはマシだと、瑞希は割り切っている。そんな彼女は、ふと目についたメニューを注文する。

「すみません…ランチメニューのライオンピラフを一つ…」

「ライオンピラフをおひとつですね…少々お待ちください。」


 2階の住居スペースから響く笑い声…どこかで聞き覚えのある声も少し混じっている気もするが、それは今の彼女にはどうでもいいことだ。


「お待たせしました。ライオンピラフです。」

 瑞希は、10分ほどで目の前にやって来たピラフに目を輝かせる。出来立てのピラフの周りを錦糸卵きんしたまごが囲んでおり、それはまさしくライオンのたてがみを意味しているようだ。

「いただきます…」

 まずはスプーンでピラフを少量すくいとり、口に運ぶ。ほんのりスパイスの効いたカレーピラフは、瑞希の口の中で程よい刺激と旨味を与え、出来立て独特の温かさが、彼女の空腹を少しずつ満たしていく…


『美味しい…』


 付け合わせのコンソメスープも、程よいバランスで、普段食べているコンビニ弁当とは比較してもしきれない美味しさだ。


「ご馳走様でした。」


 瑞希が料理を完食するのに、そう時間はかからなかった。会計を済ませ、店を出ると、彼女はある人物と鉢合わせをしてしまった。


 …生徒会長の白石玉菜しろいしたまなと、ユキ…そして、2年の高萩たかはぎあずきだ。

「あれ?汀良さん…?どうして、ここに?」

「わ、私は食事に来ただけですっ!!!そ、そういうあなたこそ…な、なぜ…店の入り口でないドアから…」

 瑞希が驚くのも無理はない。生徒会長が出てきたのは、店の出入り口ではなく、赤い車が止まっているガレージの真横にある玄関からだからだ。

「あぁ…「」と勉強会やってたんだ。そんで、飲み物切れちゃったから、ユキちゃんとあずきんと一緒に、近くのヴェルクで飲み物買うの頼まれちって…一緒に行く?」

「結構です!私はこれから自宅へ戻るところなので…」

 そう言いながら、瑞希は人差し指でメガネのブリッジをくいっと持ち上げる。

「汀良さん…くるみの地区だったよね?歩く方向…逆じゃない?そっち…瀬戌せいぬ駅の方角だけど…」

 生徒会長の指摘に、瑞希は慌てふためく。


「え、駅ビルの本屋で「鬼亡の刀きぼうのかたな」を買いに行こうと思って…」


 ますます怪しむ生徒会長の表情に、瑞希は思わず後ずさる。「鬼亡の刀」とは「週刊少年ヂャンプ」で連載していた今でも人気の作品で、連載が完結した今でも、中等部では劇場版やアニメの事でいつも話題となっている。

「珍しいわね…鬼の風紀委員長が少年漫画を読むなんて…」

「実は「ヂャンプ」派だったんだねー…僕は「名探偵コニャン」が好きだから「サタデー」派だけど。」

「きっと…「鬼」のつく作品がお好きなのかと…会長、ユキさん…早くヴェルクへ参りましょう。」

「そうね!じゃーねー、汀良さん!私も、その人気作ちょっと読みたいからあとでかしてねー?」

 そう言いながら、生徒会長はスーパーマーケットの方角へと歩く。そんな彼女を見つめる瑞希は、彼女の真横からひょっこり現れる白いお皿と、まるでビスクドールのような姿の小さな少女の後ろ姿を目の当たりにしてしまう。


「…!?」


 どことなく、あのマジパティと一緒にいる精霊とよく似ている…いや、あんな小さな背丈の少女が人間なワケがない!


 先刻の涼也りょうやの姉がマジパティだった事といい、瑞希の脳裏に突然、不穏な空気がよぎる…


 信じたくない真実…それは…


白銀はくぎんのマジパティ・クリームパフは、白石玉菜である」


 …という事。




「涼ちゃん、いらっしゃーい!!!」

 涼也りょうや一悟いちごとみるくが玄関に入ってくるなり、一華いちかは涼也にヘッドロックをかける。

「やめろよ、一華っ!!!しつこい!」

「ごめんごめん…でも、これからは一緒に暮らすことになるんだね。」

 その言葉に、一悟達はしんみりとする。涼也の父親である伯父の処分については、まだ学校から連絡が来ていない。涼也は一悟達と共に玄関に上がり、リビングへ入る。そこにはイナバと虎太郎こたろうが座っていた。どうやら一華と勉強会をやっていたようだ。


 一悟達は姉や虎太郎達の話から、千葉ちば先生は高等部に侵入した時の事を知らされる。高等部の教職員達の静止を振り切り、片っ端から教室1つ1つを回り、竹刀を振り回す…それはまさしく狂気の沙汰だろう。


「でもさぁ…食堂の首藤しゅとうさんに同じ年頃の娘がいたとか、誰もこの一華さまに話してくれなかったワケ?」

 一華の言葉に、一悟達は思わず拍子抜けする。

「一華ちゃん…まだ諦めてなかったの?」

「いやさぁ…まさかあの首藤さんに成人済の娘がいたのは知らなかったけどさぁ…カフェのマスターやってる息子さんもいるんだって?いやー…一華さまも一目会いたくってさぁ…」

「恋に破れる回数イコール試合での勝利数」ただいま更新中の空手部のエースの言葉に、誰もが同じ確信を持った。


『また告る前に玉砕するぞ…コイツ…』

『いや…玉砕する以前の問題だろ…』


 なんと言っても…そのカフェのマスターこそ…現在、1週間限定で高等部1年C組に在籍している「首藤まりあ」もとい、勇者シュトーレンなのだからだ。



 ………



「い…いちごんの…ぷぷっ…お姉ちゃんが…ゆ…勇者さ…ぶほっ…」

「爆笑してんじゃねぇよ…こっちも爆笑したかったけどさ…」

 夜になり、一悟は雪斗ゆきとと電話をしている。一悟の母が一悟に「涼也を泊めた件でお礼を言うように」告げられたのと、千葉先生の処分が決定したことの報告をしている最中だ。千葉先生は当初、「停職2週間及び、1週間の自宅謹慎」だったが、高等部で暴れまわった件で瀬戌市教育委員会から大目玉となり、「停職2か月及び、半年間の減俸」になった。そして、極めつけは「停職期間明け後、1か月の教員研修」を瀬戌せいぬ市で受ける事になり、夏休み明けに復職するということになった。

「まぁ…免職めんしょくは免れたって所だな。アレがなければ、教師としては申し分なかったから…」

「おじさん…あすちゃんの事、2度の流産の末に生まれたから、すっげー大事にしてたんだよなぁ…勇者クラフティに娘を取られたのが、よっぽど悔しかったと思う。」


 千葉明日香あすかは、今、生きているとしたら23歳…勇者シュトーレンと同じ年齢だ。そんな娘と同じ年齢の娘を持つ大勇者ガレットに対して、常日頃からマウントを取るような発言をしていたのも、納得がいく。


 千葉先生にとって、自分の娘と同じ年頃の娘がいる首藤和真かずまは「自分は娘に会いたくても会えないのに、アイツは自分の娘と一緒に暮らしている。気に入らない。」という、不快な存在にしか見えなかったのだ。


「ところで、涼也は部活…まだ入ってないんだよな?」

「部活の件は、上野原うえのはら先生と話つけて、明日から剣道部の朝練に行くってさ。委員会の方は、津田沼つだぬま先生の勧めで風紀委員。」

 涼也も、一悟と雪斗の知らない所で、動いていたようで、スンナリと部活と委員会を決めたようだ。




 千葉先生による騒動から一夜が明け、サン・ジェルマン学園高等部は昨日の事がウソだったかのような情景だ。生憎の空模様ではあるが、傘を差しながら娘と歩く大勇者ガレットの姿は、勇者というよりは娘と仲が良い父親の雰囲気だ。

「明日で娘と登校するのも「」かぁ…」

 ガレットは大きなため息をつく。

「まぁ…昨日みたいなことがなけりゃいいんだけどね…もうあんな怖い想いはたくさんよ。」

「でも…あのゴリラは何で俺達追い回すかなぁ!アイツにとって、落ち度があるのはニコラスだけでしょ?何で「」を…」

 その言葉に、シュトーレンはある事を思い出した。

「「」…あのゴリラの娘さんと、「」…同い年なんだって?それって、つまり…」

 娘の言葉に、ガレットは雨空に向かって叫ぶ。


「八つ当たりかよっ!!!やっぱり、あのゴリラとはウマが合わねぇーーーーーーーーっ!!!!!」




 一方、中等部の方は臨時の全校集会があり、千葉先生の処分、そして1学期中の体育の授業についての説明が行われた。体育の授業の1週間当たりのコマ数は全学年で1コマずつ削られ、削られた分はクラスごとに別の授業に置き換えられ、一悟達のクラスは木曜日の2限目が体育から英語、あずきと涼也のクラスは火曜日の5限目が体育から理科、玉菜と瑞希のクラスは水曜の3限目が体育から社会にそれぞれ変更となった。

「やだなぁ…どーせ、教えてもらうくらいなら「」かみるく…」


「バシッ!!!」


 雪斗の愚痴を遮るかのように、下妻しもつま先生は雪斗に小テストの答案用紙を顔面に突きつける。そんな先生のメガネが、雪斗には不気味に感じるかようにギラっと光る。

「その割には、今回の小テスト…貴様には身についていないようだな?氷見ひみ、44点!!!」

 そんな様子に、一悟とみるく、そしてラテとガトーはあきれ果てる。それは、雪斗と意識を共有しているユキも同じだ。先日の中間テストの英語の結果は、普段の雪斗には珍しい88点だったのだが、これはユキが答えた問題が圧倒的に多く、筆跡も名前は達筆である雪斗だったのに、解答欄の大半がいかにも丸みを帯びたような筆跡…これは採点した下妻先生にも大目玉であった。


「氷見、今回はよく頑張ったな。88点だ!…と言いたいところだが、途中で筆跡を変えるのは、おまじないか?採点したのが私だから、今回は大目に見るが、次のテスト以降でやった場合、貴様の今回の行為はカンニングとみなす!!!」


「英語の時だけ、僕と入れ替わるなんて言語道断っ!!!」


 このやり取りがあって以降は、弓道部の活動日がない日の放課後、そしてマジパティに変身して戦う時に雪斗の同意関係なく入れ替わるようになった。


『たまには僕にも戦わせ…』

「絶対ダメっ!!!まだ僕の方が強いもーん♪」

 雪斗にとっては悔しい以外のなにものでもないが、実際そうなんだから仕方ない。(ガトー調べ)


 英語が苦手なのは、雪斗だけではない。それは「鬼の風紀委員長」とも呼ばれる彼女も同じなのだった。苗字が「」だけに、3年C組の英語の授業を受け持つ佐貫さぬき先生からからかいの対象となっており、そのからかいが彼女の英語嫌いを加速させているのだった。

「あ…あの…白石しろいしさん…」

「どったの?英語の教科書なんか持って…」

「あの…聞きたいことがあるんですけど…「オグル」って、英語で…」

「あぁ…それ、英語じゃなくてフランス語だから!因みに「鬼」って意味ね。」

 克服こくふくする気のない雪斗とは違い、克服する気がある分、マシな部類には入るだろう。


 玉菜は元々ハイレベルな英語を学んでいるため、英語自体は得意だが、今の英語の受け持つ教師の教え方が気に入らないようで、授業中は殆どノートを取らずに他の授業の予習や、教科書にラクガキばかりをしている。それでも定期テストは英語が常に成績上位なのは、流石さすがと言えよう。

「だから、なぜ私に3年の英語の事を聞くんだ?白石のクラスは…」

「あのタヌキ、教え方が大学で学びなおしが必要なレベルなんだもん!クラスの子達の名前をからかうし、何度も何度も「」って言ってるのに、「」って間違うし…その反面、生徒の名前はちゃんと覚える上に、TOEICトーイックのスコアが990点満点の下妻先生の方が分かりやすいから、聞くのにはうってつけ♪」

 その言葉に、下妻先生は納得するしかなかった。佐貫先生の英語の指導力は、同じ英語教師としてはお世辞にも良いとは言えないレベルで、持っている英語関係の資格も英検準1級のみという、本当に英語教師なのかと疑うほどだ。

「いやぁ~…そこまで褒められるとなぁ…それに、白石も中学2年生のうちにTOEICのスコアが800点とは、大したものだなぁ…」

 因みに、下妻先生はおだてに弱いタイプで、TOEICのスコアや指導力を褒められるとついつい顔が緩んでしまうようだ。




「はぁ…この成績、マカロン様にはお見せできませんね。まぁ…あちらは常にテストに出てくる問題が手に取るように判るから、教えを乞うに値しませんが…」

 マカロンが修学旅行で不在だった時に行われた模擬試験の英語の答案用紙を見ながら、瑞希はため息をつく。39点…コレをアジトの連中に見せるなんて、主であるマカロンに恥をかかせてしまう。

「白石さんみたいに、個別でムッシュ・エクレールに中間テストの出題ミスの確認などをすべきか…いや、彼に教えてもらうなど…ブラックビターにいた頃の事をほじくり返すに違いありません!!!」

 それなら、高等部の首藤まりあに教えてもらおうかとも思ったが、放課後は食堂職員の父親と帰宅するのがザラなので、どうにも近寄れそうもない。

「それなら、1年生全クラスの英語を受け持つ阿武隈あぶくま先生に教えてもらいましょう。元帰国子女ですし、風紀委員の1年生たちにも指導力のウケがいいですもの。」

 そう思い立った瑞希は、阿武隈先生のいる写真部の部室へと向かうが…


「ガタガタッ…」


 写真部の部室へ向かう途中、合唱部の部室から物音が聞こえた。


「ガラッ…」


「何をしているのですか!!!」

 現在、合唱部の部員達は発声練習のため、昼頃に雨が上がり、晴天に包まれた中庭にいる。生徒達が不在の部室から物音など不自然極まりない。そんな部室の中には、ひっくり返され、散乱となった玉菜の教科書とノートに、ペンケース、ポーチ、メモ帳の類…元々貴重品は身に着ける玉菜なので、財布とスマートフォンは無事のようだ。そして、彼女のカバンをひっくり返した張本人こそ…

「佐貫先生!合唱部の顧問である館林たてばやし先生の許可なく合唱部に出入りするなど、何事ですかっ!!!」

 彼の手には、紫色のついた銀色のスプーンと、ビスクドールのような姿の少女…もとい、精霊が握りしめられている。瑞希の目からもわかる通り、精霊はどことなく苦しそうな表情をしている。


「気に入らない…貴様のような出来損ないも、勤務歴の浅い下妻も阿武隈も…そして、ここの生徒会長も!!!」


 まるで気が狂ったように発狂する英語教師…英語が苦手な瑞希にとっては、正直苛立ちを覚える。そんな彼は突然瑞希を突き飛ばし、精霊とスプーンを握りしめたまま発狂しながら廊下を駆ける。突き飛ばされた瑞希は壁に背中を激しく打ち付け、かけていたメガネを落としてしまう。

「…たたっ…なんてもの凄い負の感情…やはり、自身の指導力にコンプレックスを抱いていたのでしょうね…」

 メガネを拾い上げる瑞希は、よろめきながらも立ち上がる。佐貫先生が踏んでしまったのか、右のレンズは割れている…メガネを直すほどの持ち合わせがない瑞希にとっては、かなりの痛手だ。

「とにかく…佐貫先生を追わないと…」

 合唱部の部室の近くには、外階段がある。瑞希は外階段のドアを開け、一段一段階段を下りる…さっきの打ち付けた衝撃は、手足にも響いたらしく、階段を伝い歩くのがやっとだ。


「ズルッ…」


 瑞希は思わず階段を踏み外し、そのまま転倒するが…


「ぽすっ…」


 柔らかい衝撃が、瑞希の顔面を優しく包む。気持ち半分、生徒会長よりも大きめに感じる…そんな柔らかい物体の持ち主は、表情も声も呆れている。

「…何してんの?ティラミス…」

 聞き覚えのある声がして、瑞希は思わず顔を上げる。藍色の瞳に藍色のロングヘアーを白いリボンでワンサイドアップでまとめた少女…赤いセーラーカラーに、白い身頃のセーラー服姿ではあるが、胸の辺りが窮屈になるのか、少女は白い胸当てを付けていない。それに、スカートは規定より5センチメートル短く、そこから延びる脚を覆うは白の指定ソックスではなく、黒のオーバーニーソックス…本来ならば校則違反ではあるが、今はそう言っている場合ではない。瑞希は咄嗟に彼女から身体を起こす。

「相変わらずのようですね…カオスソルベ…いえ、今はユキと呼ぶべきでしたね。」

 そう話す瑞希の姿を見て、ユキはあることに気づく。

「ティラミス…メガネ、割れてるけど…何があったの?」

「わ、私のことはいいんです!!!丁度いいところに居ました…英語の佐貫先生を追ってくださいっ!!!合唱部の部室が荒らされ、精霊のフォンダン・ショコラがブレイブスプーン共々佐貫先生に…」

 その言葉に、ユキのカバンから思わずガトーが飛び出す。

「フォンダンが!?」

「ていうか、僕も雪斗も…佐貫先生がどんな先生かわかんないんだけどー!!!」

 そもそも、雪斗は下妻先生以外の英語教師の顔を覚えないクチである。

「それなら、ムッシュ・エクレールか僧侶アンニンに伝えてください!私もどうにかして佐貫先生を探します!!!」

「それならわかったけど…無理しないでよね!マカロンお姉ちゃん、最近ティラミスの様子が変だって心配してたから!!!!!」

 相変わらず、マカロンとの交流は続いているようだ。ユキはガトーに保健室まで移動させるように頼むと、ガトーはユキを保健室へと瞬間移動させる。ユキが保健室へ移動したのを確認した瑞希は、汀良瑞希の姿からティラミスの姿へと戻る。先刻の突き飛ばしによる衝撃の影響はまだ続いているが、汀良瑞希の姿よりは動けるようだ。


 その頃、保健室は仁賀保にかほ先生が不在ではあったものの、下妻先生とラテ、そして涼也がいた。一悟とみるくは一悟が本日、高等部の空手部で練習する日であるため、高等部に出向いている。あずきに至っては、現在数学の補修で教室に残っている。

「どうしたんですか、ユキ!ガトー!」

「大変なの!合唱部の部室が荒らされて、フォンダンが佐貫先生に…」

「玉菜のブレイブスプーンも一緒に盗まれたと…目撃者がティラミスなので、信ぴょう性には欠けますが…」

 ユキとガトーの説明に、下妻先生の表情が強張る。

「ティラミスは、元々媒体ばいたいの問題で汀良瑞希の姿ではカオスの力を出せん。それに、ブラックビターの幹部でありながら、嘘をつくのを苦手とする女だ!こうなってしまった以上…我々がする事は…」

 ティラミスと同じ幹部であった下妻先生は、ティラミスの性格をユキ達に知らせた上、5秒ほど黙り込む。


「佐貫先生はまだ遠くへは行っていないはずだ!私は放送で玉菜と館林先生を呼び出す!ラテはアンニンに連絡!涼也はソルベとガトーと共にフォンダンと佐貫先生を探すんだ!」


 下妻先生がユキ達に指示を出すと、ユキはブレイブスプーンを構える。


「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!」


 水色の光がユキの全身を包み込み、ユキの髪は一瞬にして藍色から水色のロングヘアーに変化する。ユキとしての人格が強く出ている状態のため、アホ毛は健在だ。青いノースリーブインナーを纏った水色のオフショルダーのトップスがユキの豊満な上半身を覆い、腰からはお尻にかけてを青いアンダースカート、水色の巻きスカートが包み、腰回りが青いリボンで飾られる。


「姉さんも…こんな風に変身してたのか…」

 初めて見るマジパティの変身シーン…涼也の脳裏には、マジパティだった頃の姉の姿が思い浮かぶ。


 ユキの足元は黒いストッキングで覆われ、履き口に水色の装飾がされた白いニーハイブーツが穿かされる。まるで蝶の如く半回転するユキの両腕は白い長手袋で覆われ、手首にはブーツと同じ水色のリボンに緑色の宝石と白い羽根飾りの装飾が施される。髪は右サイドでワンサイドテールにまとめられ、結び目を緑色のハート型の宝石と白い羽飾りがついた青いリボンで括られる。


 リボンと同じ装飾のイヤリングが付けられ、腰に緑色のチェーンが現れる。そこにブレイブスプーンが装着されると同時に、ユキの瞳の色は藍色から水色へと変化し、変身完了の合図となる。


「ブルーのマジパティ・ソルベ!!!」


 途中までは日本舞踊を踊るかのように舞うが、左手を顔に添え、左ひざを曲げつつ、腕を交差させるかのように、右手を左ひざにあてがう…このポーズこそ、ユキとしての人格で変身したソルベの決めポーズなのである。端から見れば、れっきとした中二病だ。


 ユキがソルベに変身したと同時に、仁賀保先生は保健室へ戻り、涼也に姉のブレイブスプーンを構えながら探すように告げる。変身は姉である千葉明日香しかできないが、仮に涼也が彼女のブレイブスプーンを持っても、精霊を探すためのレーダーとして使用できるようだ。


「教職員、及び生徒の呼び出しをします。中等部合唱部顧問の舘林先生と中等部合唱部部長の白石玉菜、大至急中等部合唱部部室までお戻りください。繰り返します。中等部合唱部顧問の舘林先生と中等部合唱部部長の白石玉菜、合唱部の部室が荒らされました!!!大至急中等部合唱部部室までお戻りください!」


 ブレイブスプーンから放たれるピンクの光を手掛かりに、中等部の敷地内を駆けるソルベと涼也…その間に響く下妻先生の呼び出し放送。涼也の持つブレイブスプーンから放たれるピンクの光は、石段の遠くまで続いている。

「まずいな…高等部の方まで続いてる…」

「それに、カオスイーツの気配って事は…」

 ソルベの脳裏に不穏な空気がよぎる。当初はティラミスの自作自演かとも思ったが、ティラミスは嘘をつくのが苦手な性格だということは、ユキがカオスソルベだった頃から知っている。仮にティラミスの言っている事が本当であるのなら、高等部の敷地内にティラミスとマカロン以外の幹部が現れたとみてよいだろう。ソルベは涼也と共に石段を駆け上がる。




 ソルベの読みは当たっていた。石段の先にある高等部の敷地…その中庭にいたのは、戦国武将のような黒い甲冑をまとった1人の青年・ベイクと、マシュマロとチョコレートを2枚の巨大なクラッカーで挟み込んだようなカオスイーツ…そんなベイクとスモアカオスイーツと対峙しているのは…

「昨日といい…今日といい…あなたの行いには不快感しかありませんね!」

 カオスイーツの身体には、フォンダンと玉菜のブレイブスプーンが紫の球体の中に閉じ込められてしまっている。ベイクによってカオスイーツにされたのは、間違いなく佐貫先生だ。

「昨日のゴリラといい、ここの中等部の問題教師どもは、実に短絡的な発想をする。高等部に逃げ込むなど、「自分は犯罪者」だと主張しているようなものだ。まぁ、昨日のゴリラはただカオスイーツにしただけでは面白くなかったから、適当に泳がせてやったが…そんなゴリラの息子も息子で傑作だったな!」

「そ…そんな理由で…彼を…カオスイーツにするなんて…」

 涼也をカオスイーツ化した事を悪びれる事なく嗤うベイクの姿に、ティラミスは怒りがこみ上げる…ティラミスは両手に持てるだけのクナイを取り出し、ベイクとカオスイーツを睨みつける…


「ベイク…今日こそあなたに完全敗北を差し上げましょう…」


 ティラミスはすぐさまカオスイーツにクナイを投げつけ、フォンダンのいる球体の周囲に傷をつけ、煙幕を放つ。ベイクとカオスイーツの視界は瞬く間に遮られ、煙幕がすべて消え去った時には、既にティラミスはフォンダンのいる球体を抱えていた。

「精霊は返していただきます!」

「つくづく愚かな駄メイドが…スモアカオスイーツ、精霊もろとも駄メイドを痛めつけろ!!!」

 ベイクの言葉に呼応するかのように、カオスイーツの両目は赤い光を放ち、ティラミスに向かって飛び掛かる。ティラミスは球体を抱えたまま飛び上がり、一度は難を逃れるが…


「ズキッ…」


 突然足に痛みが走り、ティラミスは着地を誤り、転倒してしまった。

「スキだらけだぞ、駄メイド!!!」

 ベイクがそう言うと、カオスイーツは形の崩れたマシュマロをティラミスに向けて放つ。熱のこもったマシュマロは、鬼メイドの身体にくっつき、不規則な動きで彼女に絡みつく。

「うぐっ…」

 熱のこもったマシュマロは、ティラミスの全身を這いずり回り、彼女の忍び装束の中へ、口の中へと侵入する。今まで感じた事のない感覚と羞恥心…それでも、フォンダンのいる球体は絶対に手放さない。

「そこまでしても、たかが精霊を守ろうというのか…精霊などどうでもいいものを…」


 たかが精霊…されど精霊…甲冑を纏った幹部には、どうでもいい存在なのかもしれない。でも、ティラミスの脳裏にはフォンダンと嬉しそうに笑い合う生徒会長の姿が浮かぶ…この精霊がいなくなってしまったら、生徒会長はきっと悲しむ…


『白石さんを甘夏あまなつ様のような悲しい目に遭わせたくない…だから…私は絶対に…』


 かつての主の面影と生徒会長の面影が、ティラミスの頭の中で交叉する…カオスイーツの攻撃で装束を崩されようとも、裸体を晒しものにされ、辱められようとも…フォンダン・ショコラだけは絶対に守り抜く…



「ソルベタイフーーーーーーン!!!!!」


 突然ソルベの声がしたと同時に、湿気を帯びた強風が台風の如く高等部の中庭を駆け巡る。その拍子にティラミスを拘束していたマシュマロが緩み、ティラミスは身体の自由を取り戻した。

「こしゃくなっ…スモアカオスイーツ、駄メイドとゴミ精霊を…」


「ダメなゴミはお前でしょ!センスの悪いおっさん、しっしっ…」


 ティラミスが振り向くと、そこにはソルベアローを持ったソルベと、姉のブレイブスプーンを構えた涼也が立っている。恐らく、カオスイーツの気配を感じ取って高等部までやって来たのだろう。

「…と、前置きはここまでにして…禍々しい混沌のスイーツ、勇者の知性でその煮えたぎった頭を冷やしてあげる!!!」

 突然のマジパティの登場に、ベイクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「なんて生意気な小娘だ…スモアカオスーツ!!!駄メイド共々マジパティを…」


「ドゴッ…」


 ベイクの指示を遮るかの如く、ソルベの蹴りがカオスイーツに炸裂する。

「うっさい、バーーーーーカ!!!マシュマロとクラッカーは、湿気に弱いんだから…この梅雨が近い季節に湿気に弱いカオスイーツを出したお前の負けだよ!」

 確かに湿気を帯びたカオスイーツの動きは、ティラミスに襲い掛かった時よりも鈍くなっている。

「まぁ…マカロンお姉ちゃんが、プディングから聞いた事を応用しただけだけどさ。」

 そう言いながら、ソルベは再びソルベアローを構えるが…


「待ってください、ソルベ!今回は僕も手伝わせてください!!!」


 ガトーからの申し出があり、ソルベは右肩にガトーを座らせる。

「大切な妹をさらった男がなったカオスイーツと、ゴミ呼ばわりした男…絶対にタダでは済ましませんよ?」

 そう話すガトーの表情は、とてつもなく恐ろしい。


「OK!行くよ、ガトー!」

「はいっ!!!」

 ソルベはガトーを右肩に乗せた状態でウインクする。


「精霊の力と…」

「勇者の知性とを一つに合わせて…」

「ターゲットロック!!!」

 ガトーは水色の光を纏い、ソルベアローのてっぺんに飛び乗る。その瞬間、ソルベアローに水色の光の弦が張られ、同時にカオスイーツは水色の球立方体の中に閉じ込められてしまい、身動きが取れなくなってしまう。ソルベが思いっきり弦を引くと同時に、光の矢が現れ、水色の光を帯びた光の矢にスイーツのエネルギーが蓄積される。


「ソルベシュート!!!!!」


 ソルベは掛け声と同時に、矢と弦から右手を離す。


「サンクション!!!」


 ソルベが叫んだ瞬間、放たれた光の矢は立方体の中へ吸収され、立方体の中で無数に増殖する。四方八方から放たれる無数の矢に、カオスイーツは黙って攻撃を受けるしかなかった。

「アデュー♪」

 2人がウインクをしたと同時に、カオスイーツは光の粒子となり、本来の姿である佐貫先生へと戻っていく…カオスイーツを簡単に浄化させられた事が気に入らなかったらしく、ベイクは黙ってアジトへと戻ってしまった。




「ソルベ!!!」

 高等部にある格技場から一悟、みるく、ガレット、シュトーレン、ココアが、中等部と高等部を結ぶ石段からは玉菜と下妻先生がラテと共にそれぞれやって来る。

「おっそーーーーーい!!!もう僕が片付けたんですけどーっ!」

「すみません…いっくんとちかちゃんの試合が長引いて…」

 相当な接戦だったらしく、現在の一悟も制服姿ではなく、道着姿のままだ。

「それで…フォンダンは?」

 玉菜の言葉に、ティラミスはフォンダンと紫色の宝石が付いたブレイブスプーンを玉菜に手渡す。カオスイーツが浄化されたと同時に、球体が消え去ったのだが、フォンダンはぐったりとしている。そんなティラミスは、カオスイーツが浄化されている間に忍び装束を直したようだ。

「無理もないです…長時間もお皿から引き離されたら…」

「それに、フォンダンのお皿もヒビが入ってる…」

 そう言いながら、玉菜はフォンダンを白い平皿に乗せる。フォンダンは虚ろな目をしながら、玉菜とガトーに手を差し出す。

「申し訳ありません…私が早く佐貫先生に追いついていれば…」

 涙交じりに話す鬼メイドを見るなり、玉菜はふぅとため息をつく。


「汀良さん…謝るのは、本当にあなたの方かしら?」


 ティラミスの姿であるにも関わらず、生徒会長は彼女を「汀良さん」と呼んだ。

「あなたは、あのタヌキに攫われたフォンダンを守ってくれたじゃない。むしろ、私があなたにお礼を言うべきだわ。ありがとう…フォンダンを守ってくれて…」

「でも…彼女は…」

「フォンダンは勇者様に頼んで治療してもらうわ。その代わり、今度「鬼亡の刀」かしてよね?」

「まったく…この生徒会長は…でも…その憎めない表情、あのお方に似て…」

 玉菜に呆れながらも微笑むティラミスだが、かつての主の事を話す途中で、バランスを崩して倒れてしまう。



 ………



 黒いもやの前で、見た目10歳前後の少年が、球状の水晶からティラミスの今回の一部始終を見つめる。

「そろそろ潮時だね?あのメイド…やっぱり、精霊共々アイツは潰すべきだった…」

「そう言いながら、アイツと戦おうとしないのはどこのどいつだい?」

 少年の姿に、クグロフは呆れながらそう話す。

「魔界のマジパティ達がしつこいんだよ!あの鎧のオッサンも、変な目で僕を見るし…」

 少年はため息をつきながらクグロフの問いに答えつつ、後ろを振り向かずに背後へと1本の果物ナイフを投げる。


「でも…媒体の記憶を思い出しつつある以上、貴様は終わりだ…ティラミス…」


 彼が投げた果物ナイフは、ティラミスの写真の中央部に突き刺さる。

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