第18話「勇者様は女子高生!迫る体育教師の魔の手」
「えっ…?」
「勇者…様が…」
「若返ったァ!?」
「ありゃまぁ~」
カフェの手伝いの為にやって来た
「オーバーブレイブによる副作用が、
不完全なオーバーブレイブの発動、そして回復直後のマジパティ全員の
一悟達を連れながら、大勇者は娘のいるリビングへと案内する。
「通常なら、
「けど…?」
「ガチャッ…」
大勇者がリビングのドアを開けると、そこには15、6歳ぐらいのツーサイドアップにメイド服姿の少女が白いスツールに腰かけている。炎のような真紅の髪に、整った顔立ちから、その少女が勇者シュトーレンだという事がよくわかる。
「セーラ…トルテと籍を入れるのが先延ばしになったの…まだ怒ってるのか?」
少女の姿となった勇者の機嫌は、お世辞にもよろしいとは言えないようだ。入籍が先延ばしとなってしまったのは、トルテがモデル事務所経由で加入していた生命保険会社の契約内容の問題が発覚し、この生命保険会社から、先日の入院に関する保険が下り、尚且つその生命保険会社を解約するまでは、入籍は見送りとなったのだった。
「違うもん…」
そう言いながら、勇者は1枚のA4版のコピー用紙を一悟達の前に見せる。そこには…
「
サン・ジェルマン学園では、高等部にのみ、家庭の事情で平日の登校が難しい生徒達に向けた通信課程制度が存在する。システム自体は他の高等学校の通信制とは変わらないが、サン・ジェルマン学園では、学校に許可証を提出次第、指定された期間を全日制の生徒達と一緒に過ごせることが可能である。
「その姿なら、高校生として過ごした方がいいだろ?僧侶ちゃんみたいにアンドロイドがいるワケじゃないんだから…」
父親の言葉に、勇者はスツールから立ち上がり、彼を
「アタシが怒ってるのは、いつの間にマリーの名前で学校に入れたってコトっ!!!!!」
「えー?3月のコトだけど?あの時、やっとセーラの気配を感じ取って、
父親に言いくるめられた勇者は、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
「…?マリア?」
「勇者様の妹だよ。」
勇者の
大勇者の説明によると、10歳前後ではなく、15、6歳ぐらいの姿に食い止められたのは、勇者が人間界でスイーツを作り続けていたからであった。スイーツを作り続けたお陰で、勇者としての能力を取り戻し、オーバーブレイブによる副作用を軽減することができた事が、今回の勇者の若返りの経緯である。
…だが、少女となった女勇者は、男の姿に変身する事ができなくなっていた。それは、アントーニオ・パネットーネに誘拐されている間、殆どズイーツを食べることができず、いくらスイーツを作り続けて勇者としての能力を取り戻せても、定期的に
………
この日はシュトーレンと一悟、そしてガレットが同時に昼休憩に入る事となり、勇者シュトーレンは父親に促される形で高等部の制服の試着をすることとなった。一悟に配慮する形でトイレでメイド服を脱ぎ、高等部の制服へと着替えるが…
「ガチャッ…」
トイレから出てきた勇者の足取りはどことなくぎこちない。
「親父…この制服…スカートは余裕で入ったけどさぁ…」
上着はビリジアンの身頃にえんじ色の襟が特徴的なダブル合わせのブレザーなのだが、今のシュトーレンは上が白いブラウスにえんじ色のボウタイのみで、下はワインレッドにチェック柄のボックスプリーツスカートと、ワインレッドのオーバーニーソックス。そんな彼女の着ているブラウスもどことなく窮屈そうで、ボタンの間隔ごとに肌色の隙間が出来てしまっている。
「上が…ギリギリなんだけど…」
父親にそう言いかけた
「ミシッ…プチッ…」
精霊が布地を引っ張ると同時に響く、糸が切れる音…それと同時に、肌色の
「パァンッ!!!!!」
ボタンを留めている糸が切れたと同時に、シュトーレンが着ているブラウスの殆どのボタンが弾け飛び、そこからピンクのブラに覆われた彼女の
「ぶぼっ…」
ユキ及び、シュトーレンの裸や下着姿には耐性がついていた一悟ではあるが、流石に15、6歳ぐらいの姿のシュトーレンとなると、話は別の様だ。
「やっぱり、一悟はハニートラップを克服すべきだなぁ…うんうん…」
そう言いながら頷くココアではあるが、どす黒いオーラを放ちつつ、異様な笑顔を浮かべる大勇者に捕まり…
「どうやらココアは…また「
「一悟のことよりも、まずはココアの
大勇者といとこの言葉に、ココアは顔全体を真っ青に染め上げる。ガレットはすぐさま魔界のマジパティの1人であるボネに連絡をし、制服のYシャツを貸してもらうように問い合わせる。高等部の男子制服はビリジアンの身頃に白いラインが入った詰襟で、インナーは白いYシャツと指定されているが、ボネは普段から詰襟のファスナーを全開にし、インナーはトラ柄のシャツでいる事が多いため、かりるには好都合だからだ。ボネはすぐさま了承し、大勇者の昼休憩終了5分前に白いワイシャツを大勇者の所へ持ってきたのだった。
「娘ちゃん…若返っても、胸のサイズだけは変わらなかったんね…」
翌日、サン・ジェルマン学園高等部1年C組…担任の
「えー、元々通信課程受講者の生徒なのですが、
「ガラッ…」
女教師からの紹介を受け、1人の女子生徒が通学カバンを肩にかけたまま教室に入る。炎のような真紅のロングヘアーに、黒いリボンで両サイドを少量括り、制服の上からでも大きさが判別できてしまうほどの豊満バストに、まるで実在する人物なのか疑わしいほどの端正な顔立ちの少女が、教師の近くまで歩き、教師の真横についたと同時に、黒板に白いチョークで自分の名前を記す。
「今日から1週間、皆さんと勉学を共にすることになりました、首藤まりあです。」
「首藤さんは、食堂によく行く生徒には顔なじみである首藤さんの娘です。みなさん、仲良くしてくださいね。」
そんな女勇者は授業自体はなんとかついていくものの、古文と漢文だけはなかなかついていけないようだ。
『フランスの古文ならわかるのに…』
その反面、英語と体育は大活躍で、それは高等部で体育を受け持つ
そんな首藤まりあの話題は高等部だけにはとどまらず、中等部にまで広まる。
「
「知ってる、知ってる。英語はペラペラで、高等部テニス部のエースにサーブの1つも許さない程に打ち負かしたって子でしょ?」
「白石、よく知ってるなぁ…」
「中等部の生徒会長だぞー、高等部の
中等部3年C組の教室。玉菜はクラスメイト達に囲まれながら、彼らの話を聞いている。そんな彼女の様子を、1人の女子生徒が見つめる…ティラミスもとい、
『「首藤まりあ」…元々高等部通信課程の受講生で、父親は食堂職員の
他の生徒達に見つからないよう、瑞希はスマートフォンを操作する。まずは父親である首藤和真のビミスタグラムをのぞき込む。彼の書き込みには、一昨日までの書き込みで「首藤まりあ」の存在を匂わす書き込みは存在していない。
『どうにも不自然極まりないです…それに、「首藤まりあ」の姉にあたる「首藤聖奈」と、兄にあたる「首藤聖一郎」も、本当に首藤和真の娘と息子なのか怪しいところ…』
マカロンから「首藤和真」が41歳であることは確認済みで、発言には「勇者」を強調する部分が幾つか存在するという事も、ティラミスは知っている。
『一度、確認を取ってみるしかありませんね…』
そう呟きながら、瑞希はスマートフォンを机の中にしまい込む。今も生徒会長と他のクラスメイトとの会話に飛び交う「首藤まりあ」の話題…それに触れる生徒会長の言動も、少しばかり怪しく感じる…
「………」
放課後になり、時の人と化した「首藤まりあ」もとい、シュトーレンは高等部の敷地に駐輪している父親のバイクへと駆け寄る。
「少しは馴染めそうか?「マリー」…」
「古文以外は…ね?」
そう言いながら、シュトーレンは父親から白いフルフェイスのヘルメットを受け取る。慣れた仕草でヘルメットを被ると、シュトーレンはバイクにまたがる父親の後ろにつき、バイクに乗る。ガレットの運転免許証は原付、自動二輪車以外に中型までの自動車も運転可能となっているが、交通手当の手続きの際に自動二輪車と申請したため、バイク通勤である。娘である勇者シュトーレンが高校生の姿となっている現在は、後ろに娘を乗せる形で2人乗り通勤をすることになったのである。
自宅に戻ると、昼間の営業を終えたトルテが、2人の帰りを待つ。
「おかえりなさいっス!」
「ただいま…トルテ、そっちはどうだった?」
そう言いながら、シュトーレンは制服のブレザーを脱ぐ。
「まぁ、何とか1人で捌けたっス…無言電話が来たときは焦ったっスけど…」
トルテの言葉に、勇者親子は狐に顔をつままれたような顔をする。
「姉さんのアンドロイドがフォローしてくれて、助かったっス。勿論、犯人はこの通り特定…」
キョーコせかんどの筆跡で記されたA4版の報告書を見せながら話すトルテのセリフを遮るかのように、大勇者はその報告書を奪い取る。そこに記されていたのは、無言電話があった時間帯と、発信先の電話番号、そしてその所有者…
「これは…間違いないんだろうな?」
大勇者の険しい声に、トルテは思わず息を呑む。
「姉さんのアンドロイドと確認しました。間違いないっス…」
トルテの言葉に、ガレットはすぐさまムッシュ・エクレールに連絡を取り、無言電話があった時間帯に何をしていたのか聞き出す。丁度その時間帯は、一悟達のクラスは英語の授業だったので…
「今日の英語の授業中、ユキくんってば居眠りしてて…丁度この時間帯だったかな。ユキくんの居眠りがムッシュ・エクレールにバレたの…」
たまたま様子を見に来たみるくの言葉に、勇者親子は納得するしかなかった。大体、教師が授業中に固定電話を使って無言電話をするなど、問題行為そのものだ。
勇者親子が中等部の養護教諭である僧侶を疑わなかったのは、昔から銭ゲバであること以外は信頼できる存在であり、何かあれば家主であるシュトーレン、もしくはガレットに
「中等部の中に、勇者とマジパティの事でここを怪しんでいる奴がいるかもしれない…みるく、一悟と雪斗にも伝えてくれ。俺達も元々言動には注意していたが、学校内でも十分に警戒する。」
険しい表情を浮かべながら話す大勇者の表情に、みるくは息を呑む。
「はいっ!!!」
「ブラックビターのマカロンとティラミスが、それぞれ「
大勇者の言葉にみるくは黙って頷き、そのまま夕方以降の営業の準備を手伝う。夕方の開店が始まり、しばらくしてみるくは
「「「委員長!千葉先生を何とかしてください!!!」」」
風紀委員達の指さす中等部の正門には、剣道の竹刀をアスファルトに突きつけ、生徒達に対してじっと目を凝らす黒地に白の3本ラインのジャージ姿の教師…千葉先生である。中等部の風紀委員の顧問は3年C組の担任である
「津田沼先生は許可を取ったのですか?」
「許可はとってないんだ。昨日から注意をしているんだが、私が自分より年下だからって全く話を聞かない…」
顧問の言葉を聞いた瑞希は、身勝手な行動をとる体育教師を睨みつける。そこへ、職員トイレの掃除のために2人の生徒が登校してくる。
「ダンッ!!!」
竹刀がアスファルトを突き刺す音が響く。どうやらその生徒のうちの1人が、体育教師の目についたようだ。2人の服装は至って
「夏服の切り替えは、6月1日に一斉切り替えとなっている!!!」
目を付けられた2人のうち、女子生徒は冬服姿で、男子生徒は夏服姿…実際のサン・ジェルマン学園は、衣替えについては生徒個人の体調と気候によって、夏服の切り替えは5月27日から6月5日までの間、生徒個人個人の判断に委ねられている。つまり、「6月1日に一斉に切り替え」とは決まっていない。体育教師の言動に見かねた瑞希は、本来の風紀委員顧問の津田沼先生と共に風紀委員達にGOサインを出す。
「サン・ジェルマン学園中等部校則、第9条!!!衣替えは、生徒個人の体調と気候によって、生徒個人個人の判断で切り替えるものとする!!!なお、夏服の切り替えは5月27日から6月5日まで!冬服の切り替えは9月26日から10月5日までとする!!!津田沼先生、判定をお願いいたします!!!!」
体育教師に向かって校則を暗唱する瑞希に、津田沼先生はうんと頷く。
「流石は風紀委員長!見事に、「開校以来変わっていない校則の条文」を暗唱している。千葉先生、勝手な指導は困りますねぇ…彼は校則違反をしていません。校則を守っています。」
「だが、私のいた学校では6月1日に一斉切り替え!エラそうな口を叩くな!!!」
「千葉先生、ここはあなたが着任していた
鬼の風紀委員長がそう言うと、体育教師に呼び止められた2人を守るかのように、風紀委員達が体育教師を取り囲む。
「2年A組出席番号15番・
本来の生徒指導に校舎に行くように促された一悟とあずきは、一目散に校舎へと入り、職員トイレへと向かった。
「前任校の校則を引きずりながら、風紀委員の顧問ぶるのは、いい加減やめてくださいっ!!!こちら側も非常に迷惑しているんです!!!!!」
どこからか取り出したのか、拡声器を用いた鬼の風紀委員長の声が、中等部全体に響き渡る。そこへ、風紀委員ではない1人の男子学生も加わる。千葉先生の息子の
放課後になり、食堂にあるタイムカードを押したガレットは、高等部へと通じる石段の途中で、1人の中学生と出くわした。母親似なのだろうか…まるでゴリラの様な見た目父親とは違う顔立ちで、髪色は一悟と同じこげ茶色だ。
「首藤…さん、ですよね?う…ウチの親父が、先日は失礼な事を…」
「えっ…いつの事?」
「修学旅行中、親父が首藤さんのご家族の悪口を言ったようで…本当に申し訳ありません!!!」
そう言いながら、涼也はガレットの前で頭を下げる。あの時は妻とは死別していること、23歳の娘がフリーターであること、そしてその婚約者が元モデルである事を酷く言われ、ガレットはぶん殴りたくなるほどの怒りを覚えたが、仕事が仕事の為、カレーをアントーニオの時以上の激辛レベルに切り上げるだけしかできなかった。
「ま、まぁ…考えは人それぞれって言うし…親御さんは大学卒業してすぐに教師だったらしいから…」
「あんなの…俺の親父じゃない…ただの独裁者だ…」
1人の男子中学生の重々しい言葉に、ガレットは何かを感じ取った。
一方、その頃…シュトーレンは、ボネと玉菜と一緒に共同図書館脇の石段で話をしていた。
「それで、その時「イナバ」が「たつき」にさぁ…」
「やだぁ…あの子、相変わらずのドジっ子ねぇ…」
「大抵はそーゆー所でコケないでしょ…」
父親を待つ合間に行う雑談…学園生活2日目にして、シュトーレンは見た感じ高校生として学園生活に溶け込んでいる。
「バシッ…」
そんな他愛ない雑談を遮るかのように、竹刀がボネの頭を叩いた。彼を叩いたのは、玉菜もご存じの千葉先生だ。
「詰襟は首元まで閉じろ!!!それに、3年C組の白石玉菜!!!そのふざけた金髪は何度も…」
「金…髪…?」
「金髪」という単語に、玉菜は思わず両肩を震わせる。玉菜の母方の曽祖父はフランス人で、彼女の髪色は曽祖父からの遺伝である。幼い頃から何度も言われてきた髪色ではあるが、彼女にとってハチミツのような髪色を「金髪」扱いされるのは、祖先を小馬鹿にされたかの様な苛立ちを覚えるようだ。
「いくら先生でも、言っていい事と悪い事の
玉菜の言う通り、サン・ジェルマン学園では両親が日本人同士ではない生徒や、日本に留学してきた生徒達が1学年に最低1人は在籍しているのが現状だ。ボネに至っては、
「教師に歯向かおうというのか?生徒会長で、しかも政治家・
この件と、政治家の好き嫌いは一切関係ない。そもそも、玉菜は親の七光りではなく、実力で生徒会長となった身分なので、親の名前を学校で出されるのも、彼女にとっては
「ぐいっ…」
「いたっ…」
中等部の生徒会長に論破されたのが気に入らない体育教師は、今度は彼女の隣にいたシュトーレンの髪を引っ張った。
「貴様も、この血の色をした髪はなんだ!!!こんな汚らしい髪色…親の顔が見てみたいものだな…」
勇者に理不尽な暴言を吐く人間の言葉に、玉菜のカバンの中にいるフォンダンは、勇者様を助けようとしたいものの、怯えて中から出てこられない。
「パシッ!!!!!」
女子高生の赤髪を引っ張る教師の腕に、何かが当たり、千葉先生の右手はシュトーレンの炎のような真紅のロングヘアーを放してしまった。体育教師から解放されたシュトーレンは、玉菜に受け止められる。
「大丈夫?」
「な…なんとか…」
「…?消しゴム?」
ボネが消しゴムが飛んできた方向に目を向けると、そこにはスリングショットを構えたガレットと、1人の中学生がいた。
「呼びましたァ?千葉先生…俺、あなたが髪を引っ張った生徒の父親なんですけど?」
ガレットはそう言うと、彼はそのまま娘に寄り添う。
「ケガはないか?「マリー」…」
「ちょっと髪が痛んだだけだから、大丈夫よ?「お父さん」…」
娘の言葉に、ガレットは体育教師を睨みつけ…
「親も「汚らしい髪色」でごめんなさいねぇ…それに、先生ってば今朝…風紀委員の皆さんと津田沼先生に注意されてましたよね?委員長の怒号、高等部にまでも響いてましたよー?」
「だから何だと言う!!!食堂職員の分際で…」
そう言いながら、千葉先生はガレットの胸倉を掴む。
「お前もこの学校の生徒の保護者の分際で…ましてや我が子の前で生徒に暴力をふるって、恥ずかしくないのか!!!!!」
ガレットに子供の事を言われた刹那、体育教師は食堂職員の前でがっくりと膝を落としてしまう。ガレットの背後には、千葉先生の息子の涼也が呆然と立ち尽くす。
「涼…也…」
「中等部で他の先生や生徒に迷惑かけた次は、高等部にまで…親父、悪いけど…俺はあんたが俺の父親だと思いたくないね!!!」
「ち、違うんだ…私は、教師として…」
千葉先生は息子に弁解しようと試みるが…
「あんたがいなくなった姉さんと勇者にばかり目を向けるから、母さんは壊れちまったんだよ!!!!!あんたのせいで、家族はバラバラになったんだ!!!!!!!!」
父親にそう吐き捨てた涼也は、そのまま石段を駆け下り、中等部の正門へと走ってしまった。
「職員会議と理事会審判は覚悟しといた方がいいですよ?高等部の昇降口の近くで、植木の手入れをしている高等部の校長先生の前でこんな事したんですから、勿論中等部の校長や理事会の耳にも入ります。」
ガレットがそう言うと、高等部の校長先生は千葉先生を中等部の校舎へと連行する。
「それじゃ、「杏子ちゃん」と「
体育教師が連行されている様子を見届けながら、ガレットはLIGNEで中等部の教師である僧侶と魔術師に、娘の髪を引っ張った体育教師の写真を送る。
「えっ…昨日の無言電話の犯人が分かった?」
今日のカフェの営業が終了し、シュトーレンはトルテの隣で夕食を食べながら頷く。
「放課後、一悟の伯父さんに襲われた時、確信したの。一悟の伯父さんが無言電話の犯人だろうって…」
「それに、ここ数日カフェを覗いてきた事もあったし、保健室に
放課後の一件で、千葉先生がガレット達に向けて行っていた行為が芋づる式に明かされ、その話の数々に、トルテは思わずぞっとする。
「それに、一番の極めつけは…息子である涼也くんの言葉。恐らくだけど、彼のいなくなったお姉さんは先代のマジパティだった…彼の言う勇者がニコラスなら、先生が俺達をつけ狙うのも納得できる。」
「一悟の伯父さんはアタシの髪色を見て、「血の色」だの「汚らしい髪色」だの言ってたけど…おにぃは黒髪だったはず…」
娘の言葉に、ガレットはうんと頷き、トルテは勇者の髪を引っ張った男に対して、獣人化するほど怒りを露わにする。
『問題は…涼也くんの心の傷なんだよな…』
そう呟きながら、ガレットは放課後の涼也との話を思い出す。度々学校で教師に反抗的な態度を何度かとっている彼だが、話してみると、根っからの素行不良というワケではなかった。ただ単に…親である千葉先生への反発…あぁいう言葉を罵った以上、今夜は自宅には戻らないだろう…
「ピーンポーーーーーーーーーーン」
その頃、雨の中氷見家の正門のチャイムが鳴り響く。
「どちら様でしょうか?」
氷見家の使用人の1人がインターホン超しに応対する。チャイムを押した人物は、サン・ジェルマン学園中等部の冬服姿で、ずぶ濡れの状態で立っている。
「コンコン…」
雪斗の部屋を誰かがノックする。藍色の浴衣に身を包み、ベッドで一悟からかりた「ミラクルマン」シリーズのライトノベルをガトーと一緒に読んでいた雪斗は、咄嗟に起き上がる。
「雪斗様、「同学年の千葉」と名乗る者が正門におられるのですが…」
使用人の言葉に何かを感じ取った雪斗は、ドアを開け、インターホンのモニターのある部屋へと向かう。雪斗はずぶ濡れの人物が正門にいるのを確認すると、中へ通すように使用人に促す。玄関を開けると、そこに居たのは一悟と同じ髪色をした、雪斗と同じ背丈の少年だった。
「いちごん…じゃないな?お前はB組の千葉涼也の方だろ…」
ずぶ濡れの人物は、雪斗にそう言われてフッと笑う。
「流石に一悟の友達にはバレるか…でも、今日は一悟には言わないで欲しいんだ…あの男にここに居る事がバレたら…」
その言葉に、雪斗は当主である祖父に視線を送ると…
「事情があるのだろう…雪斗、一晩だけでも泊めてやりなさい。勿論、彼のご親族には内密にな。」
「はい…風邪をひくぞ。今、使用人にタオルを持ってこさせる。あとは使用人の指示に従って、僕の部屋に来い。」
雪斗は涼也にそう言うと、使用人たちに指示を出す。その間に雪斗は部屋に戻り、涼也は氷見家の使用人に言われるがまま身体を拭き、浴室へと向かう。
雪斗の部屋は8畳の和室に、机、ベッド、本棚、タンスの他、ユキ専用のワードロープがある。ワードロープに関しては、雪斗の祖父が「せめてユキに必要なものを」と、雪斗が僧侶アンニンによる治療で不在中に用意したものである。以前は一悟の隠し撮り写真を部屋の壁に貼っていたが、氷見家に戻ったその日に、ユキに「気持ち悪い」と罵られながらはがされ、代わりにそのスペースに「ミラクルマンゼロ」のポスターを貼る事になったのだった。本棚は参考書と弓道の本以外は、氷見家に戻って以降に揃えたもので、漫画やライトノベルなど、徐々に数を増やしている。因みにぬいぐるみは、ユキの趣味で飾ってある。
「えーと…確か88ページ…」
「ちょっと!僕、77ページから読んでないんだけど!!!」
「意識共有してるんだから、ぶつくさ言うな!」
ユキとの口論もだんだん日常に溶け込みつつある。意識が雪斗の状態である時のユキの声は、雪斗にしか聞こえないため、ガトーを含む他の人や精霊たちからは雪斗が独り言を言っているようにしか見えない。
暫くして、使用人に案内される形で涼也が雪斗の部屋に入って来る。カバンにはジャージが入っていたため、着替えは何とかなったようだ。そんな涼也に、雪斗は気がかりな事を口にする。
「従兄弟であるいちごんや、いちごんと家族ぐるみの付き合いがあるみるくの所にあえて行かないのはわかる。なぜ、僕の所に来たんだ?
「お前が、木苺ヶ丘の大地主の孫…だから。」
「それだけか?僕はそれが建前にしか聞こえないが…」
その言葉に、涼也は雪斗の前にピンクの宝石と白い羽飾りが付いた銀色のスプーンを見せる。その形状はまさしく…
「姉さんがいなくなった日…俺の頭上にこのスプーンが降ってきたんだ…」
「そのスプーンを持っているって事は…」
涼也の持つスプーンを見た雪斗は、涼也が自分の所にやって来た理由を悟った。
「お前も…一悟も…みるくも…マジパティなんだろ?」
「なぜ…僕がマジパティだと…」
雪斗がそう言うと、涼也の持つブレイブスプーンがガトーのいる場所に向かってピンクの光を放つ。
「俺…姉さんの形見であるこのスプーンを持ってから、勇者やマジパティが誰なのかも判るようになったし、精霊たちの姿も目に見えるようになったんだ。あの体育教師の耳に入らない場所でこの事を話せるのは…お前と、お前のもう1人の人格しかいないんだ!!!」
そして、涼也は雪斗に行方不明の姉の事、姉の捜索中に海で遭難した兄の事を洗いざらい話す。勿論、行方不明の姉の事に集中してばかりで、トラブルを起こしてばかりの父親の事も忘れない。自分は父親の傍にいるのに、父親は姉の方に夢中…そんな寂しさに、雪斗は共に寄り添って泣くしかできなかった。それは、雪斗自身も父親に対しての寂しさを抱えていたからだ。精神的な事や、性的なはけ口としてではなく、1人の息子として…
「次のニュースです。埼玉県
あれから一夜が明け、ニュース番組でも、SNSでも、千葉先生の問題行動が取り上げられ、サン・ジェルマン学園は再びマスコミがちらほらやって来る。その高台にある学校のふもとにあるコンビニ「フェアリーマート」の駐車スペースに、1台の赤いデミオが停まる。
「ムッシュ・エクレールの部屋も覗いている時点で、あのイタリア人以上に一筋縄じゃいかないかもしれません…気を付けてくださいっス…セーラ…おやっさん…」
「わかってる…だから、待っててね?トルテ…」
そう言いながら、シュトーレンは運転席にいるトルテにキスをする。炎のような真紅のロングヘアーをツインテールにまとめ、上はミントグリーンのカラーシャツに、えんじ色のボウタイ、冬服のブレザーと同じカラーリングに、えんじ色の襟が付いたダブル合わせのジレ。下はワインレッドにチェック柄のボックスプリーツスカートとワインレッドのハイソックス、赤茶色のローファー…と、今日のシュトーレンの恰好は夏服となっている。昨日と比べて、制服が夏服に切り替えた生徒達が増えてきた。そんなシュトーレンの所へ、みるくが合流する。
「おはようございます。「まりあ先輩」。」
みるくも赤襟に白いラインで、身頃が白のセーラー服姿…と、中等部の夏服姿だ。サン・ジェルマン学園は中等部、高等部共に制服に関する人気は瀬戌市だけには留まらない。埼玉県内に於ける学生服人気ランキングでは、
「おはようございます。」
シュトーレンとみるくの所へ、雪斗も合流する。彼の背後には涼也も一緒だ。雪斗も夏服に衣替えをしており、涼也に至っては着の身着のままで雪斗の家に来たので、冬服のままである。
ガレットの予想は的中していた。彼の制服のポケットから、勇者クラフティの力を感じ取っており、これで彼の姉が勇者クラフティの力を宿したマジパティであったという事がハッキリした。涼也は決して勇者とマジパティをつけ狙う気はなく、寧ろ姉の行く末を知りつつ、人間界の住人として支えたいという気持ちが強く、父親のような行動だけはどうにも許せないようだ。
ほぼ同時刻、風紀委員達は中等部の正門で朝の風紀指導にあたっている。風紀指導中の委員達も、半分近くが夏服姿となっており、委員長である瑞希も昨日の時点で夏服姿となっている。
『はぁ…昨日の件で、「首藤まりあ」の事を調べるのを忘れてました…』
風紀指導にあたりながら、瑞希はため息をつく。放課後、生徒会長のあとをつけ、高等部へ向かおうとした途中で、千葉先生が高等部の生徒に対して問題を起こしてしまい、大慌てで涼也を呼びに行ったため、それっきりとなってしまったのである。そんな彼は、隣のクラスの生徒2人と一緒に登校しているのが確認できた。恐らく昨晩は自宅に戻っていないと思われる。
『珍しいですね…氷見雪斗と米沢みるくと一緒に登校など…まぁ、千葉一悟が
教職員達は朝早くから学校に来ており、千葉先生の処分に対して話し合っているようだ。
千葉先生の処分に於いては、教職員会議では平行線に終わり、ホームルームが終わってからは理事会審判が始まり、瀬戌市教育委員会も加わり、処分はここで確定するようだ。
「えー…千葉先生の処分については、本日中には確定する。マスコミの報道が出ている以上、本日いっぱい、2年生の体育の授業は全て自習となる。昨今の教職員不足もあり、新たな体育教師の確保は難しいと思われる。こればかりは、先生は生徒達に平謝りをすることしかできない…すまない…先生達の努力不足だ。」
本当に英語教師が謝るべきなのだろうか…最も、下妻先生も千葉先生から部屋を覗かれるなど、不快な想いをさせられている。下妻先生も十分被害者だ。
2限目が終わるころには、千葉先生の処分が確定し、昇降口の掲示板にて処分内容が張り出された。停職2週間、及び1週間の
「あんな奴…ずっと
「涼ちゃん…」
一悟は声をかけようとするが、涼也の怒りは収まらない。
「どうせなら…
そう言い放った涼也は従兄弟の手を振りほどき、昇降口から外へ飛び出してしまった。そして、それと同時に校内放送が響き渡る。
「理事会審判で処分が下った体育教師が、会議室を脱走しました!生徒達は身の安全を確保し、担任の先生の指示に従うように!!!繰り返す、理事会審判で処分が下った体育教師が、会議室を脱走しました!生徒達は身の安全を確保し、担任の先生の指示に従うように!!!!!」
校舎内にいる中等部の生徒達は一斉に教室に戻り、担任の先生達も教室に入る。一方、体育の授業を控えている3年のあるクラスは体育館で待機する。各教室で点呼を取り、人数を確認する。
「よし、C組はこれで全員いるな?千葉先生がどう動くかはわからない。全員気を引き締めるように!!!」
「はいっ!!!!!」
一方、高等部にいるシュトーレンは、クラスメイト達と一緒に英語のリスニングの授業のため、LL教室へと向かっているところである。そこへ突然校内放送のチャイムが鳴り響く。
「中等部理事会審判で処分が下った体育教師が、高等部に侵入しました!生徒達は速やかに教室に入り、先生方の指示に従ってください!!!繰り返します、中等部理事会審判で処分が下った体育教師が、高等部に侵入しました!生徒達は速やかに教室に入り、先生方の指示に従ってください!!!」
「廊下にいる生徒達は、特別教室でもいいので、教室に入りなさい!!!昨日の件で、竹刀を持っている事が確認されている!まずは身の安全を確保するのが最優先だ!!!」
ざわめく高等部の中、怪しい黒い影がシュトーレンの背後に迫りくる…
「見つけた…首藤まりあ…」
「首藤っ!!!」
シュトーレンが振り向くと、そこにはまるで竹刀を持った巨大な霊長類…両手が塞がっている状態のシュトーレンはいつものように動くことができず、教室へ逃げ込む生徒達と共に教室へ向かうが、問題の教師にマークされてしまった以上、教室へは入れない。ただただ、勇者にとっての
「お嬢っ!!!!!」
聞き覚えのある声と共に、彼女と脅威の間に割り込むかのように、高等部の男子制服姿の女子生徒が体育教師の竹刀を両手で受け止める。ネロである。
「ご無事ですか?お嬢…」
「え、えぇ…」
「
高等部の教師の言葉を尻目に、ネロは千葉先生をキッと睨みつける。
「お嬢の髪を「汚らしい」などとほざいた貴様に
「ぐいっ…」
「出直せ!!!!!」
「ドスンッ!!!!!」
一旦間を置いてから叫んだネロは、竹刀を軸に回転を加え、中等部から逃走してきた体育教師を、受け身を取る事を許さぬかのように廊下に勢いよく打ち付ける。シュトーレンはボネにお姫様抱っこされる形で、千葉先生から離れる。ボネはリスニングの機材が揃っている教室を見つけると、シュトーレンと共に教室へ滑り込む。中には教師を含め、誰もいないようだ。
「危ないところだったな?娘ちゃん…」
「ボネ!!!」
ボネはキャスター付きの椅子でLL教室のドアをふさぐと、更に己の背中でドアと椅子を押さえつける。
「若返った姿じゃ戦えねぇだろ?お前の親父さんがそうだったんだ…そんな娘ちゃんができる事と言えば、ここでいっちー達の無事を祈るだけ!それと…」
そう言いながら、ボネはシュトーレンにジェスチャーをかます。両手をパンと叩き、右手でVサインと丸の形を作り、最後は右手を額に当て、何かを見るようなポーズ…それは、つまり…
「パンツ丸見え」
サン・ジェルマン学園では、不穏な状況が続いている。高等部では中等部から逃走してきた千葉先生がシュトーレンを狙って、竹刀を携えつつ廊下を徘徊し、中等部では突然、グラウンドに巨大なイチゴタルトの怪物が現れたのである。怪物の身体にはイチゴに紛れるかのように、ピンク色のツインテールの人形が佇む。
『ラテ!ガトー!カオスイーツが現れたわ!!!今すぐに一悟達の気配を消して、保健室へ連れて来てちょうだい!!!!!』
保健室の窓から見えるグラウンドのカオスイーツに、僧侶は精霊達にテレパシーで指示を出す。テレパシーを聞いたラテは一悟、みるく、雪斗のいる空間を捻じ曲げ、ガトーは一悟達を保健室へ連れて来る。そして…この人物も…
「失礼します!白石さんが、体育館で体調を崩しました!!!」
「ありがと…汀良さん…愛してゆぅー…」
保健室に入るなり、玉菜は一悟達の前で瑞希に抱き着く。
「やめてください!
病状を偽り、風紀委員を使ってまで、保健室にやってきたようだ。
「汀良さん、白石さんの治療は私がやります。気を付けて体育館に戻りなさい。」
僧侶は汀良瑞希もとい、ティラミスが一悟とみるくと玉菜がマジパティであることを知っているのかどうかはわからないが、グラウンドに現れたカオスイーツが、彼女が出したカオスイーツではないという事だけは確信しているようだ。
『甘いですよ…僧侶アンニン…ですが、手柄をあの男に取られるのだけはいただけません…』
保健室前の廊下で、汀良瑞希はブラックビターの幹部・ティラミスの姿へ変わる。あの男が幹部の仲間入りをしてから、ひしひしと伝わる媒体が存命していた頃に仕えていたある人物の面影…人当たりの良い性格で、そこは生徒会長と通じるところがある。そして、甦るその人物に対する後悔…巨悪と共に炎の中に消えていった…名前は片時も忘れた時はない…
「…
そして、メイドとくノ一を掛け合わせた恰好で、鬼の角を携えた少女は、カオスイーツと対峙する。
「クグロフからの入れ知恵のようですが、勝手な真似は困りますね!!!」
カオスイーツの背後には、戦国武将の様な鎧をまとった青年…ベイクが立っている。
「何をしようが私の勝手だ。私は貴様の存在自体気に食わん…」
「奇遇ですね!私もあなたの存在自体、気に入りません!!!」
そう言いながら、ティラミスはカオスイーツとベイクの前でクナイを構える。ティラミスがベイクが出したカオスイーツと戦っている間に、一悟達は保健室でマジパティに変身する。高等部へ逃亡した伯父、どこへ行ったのかわからない従兄弟…一悟自身には不安が募る。
「バシュッ…バシュッ…」
ティラミスに向けて飛来する赤いジャムの様な物体を、鬼メイドは次々とクナイで斬りかかる。「甘夏」という存在と共に、段々と芽生えるこの暖かい気持ち…自分はこのままブラックビターの幹部で居続けられなくなるのだろうか…鬼メイドに不安と迷いが芽生える。
「マカロン様…私めのワガママ…お許しください!!!!!」
鬼メイドは地面を思いっきり踏み、クナイを振り上げるが、カオスイーツから延びる赤いジャムが触手の如く伸び、ティラミスは全身をジャムでがんじがらめにされてしまった。
「フン…メイドはおとなしく主のいう事を聞くだけでいいんだ!この駄メイドが!!!」
「ぐはっ…」
ベイクの言葉に呼応するかのように、ティラミスの身体はミシミシと音を立て、硬化したジャムによって締め付けられる。媒体の肉体自体が存在しないティラミスだが、「痛み」は存在する。それは他の幹部も知っている…勿論、この男も…
「駄メイドに相応しい姿にしてやろう…ベリータルトカオスイーツ、駄メイドを精神的に追い詰めろ!!!!!」
「じゅわっ…」
何かが蒸発する音と共に、湯気が立ち込める。ティラミスが視線を見下げると、彼女のシノビ装束とエプロンがみるみるうちに溶け始め、徐々に彼女の素肌が露わになっていく…
「な…なんて不埒な真似を…そのゲスな表情…ますます不快になります…」
痛みと共に薄れゆく意識…そんな彼女の視線に、カオスイーツの腰にある物体がぶら下がっている事に気づく。
「あ…あれ…は…」
言葉を出す事すら許されぬほどの締め付けで、ティラミスの状況はますます悪化していく…その時だった。
「クリームバレットクラッシャー!!!!!」
クリームパフの声と共に
「ピンクのマジパティ・ミルフィーユ!!!」
「黄色のマジパティ・プディング!!!」
「ブルーのマジパティ・ソルベ!!!」
「白銀のマジパティ・クリームパフ!!!」
「「スイート…」」
「「レボリューション!!!」」
「「「「マジパティ!!!!!」」」」
「さぁ、禍々しい混沌のスイーツ!!!勇者の光を恐れぬのならばかかってきなさい!」
マジパティ達の姿を確認したティラミスは、丸出し状態となってしまった右胸を左手で隠しつつ、いつもの態度へと切り替え、ベイクはマジパティの登場に「チッ」と舌打ちし、「フッ」と音を立ててその場からいなくなってしまった。
「やっと来ましたか…マジパティども…この際ですから、ご説明いたします!あの鎧の男にカオスイーツにされたのは、2年B組出席番号31番・千葉涼也…腰のスプーンの形状からして、恐らく…彼の行方不明となった姉・千葉
ティラミスの言葉に、ミルフィーユは愕然とする。
「そ…そんな…あすちゃんが…」
「私も…この現実を受け入れたくありませんでした…お願いです…カオスイーツとなった彼を…助けてください…ブラックビターの幹部がマジパティどもに助けを請うのも、変ですよね?でも…彼はカオスイーツにはなるべきではない人材だったんです…」
そんなブラックビターの幹部の言葉に、クリームパフはフッと笑う。
「助けを請うのがオグルだろうが、海坊主であろうが、誰であろうとも、マジパティの本来の目的はカオスイーツを浄化する事…そうでしょ?ミルフィーユ…」
そう言いながら、クリームパフは愕然とするミルフィーユに手を差し出す。
「それにね…涼也は一悟がマジパティであるからこそ、お姉さんの時にできなかったサポートをしたいんだって…」
そう言いながらソルベもクリームパフに続いて、ミルフィーユに手を差し、プディングはミルフィーユの真横につく。
「だから、悲しんでいる暇はありません…涼ちゃんのお願い、マジパティとして叶えましょう!」
他のマジパティ達の言葉に、ミルフィーユは再び立ち上がる。
「あぁ!涼ちゃん、俺が絶対に元に戻してやる!!!」
立ち直るミルフィーユを前に、カオスイーツはツインテールの人形の目を光らせ、再びジャムのような赤い物体をマジパティ達に向けて放つ。
「ソルベブリザード!!!!!」
ソルベは長弓をバトンの要領で回転させながら冷たい風を起こし、カオスイーツが放った物体をみるみるうちに凍り付かせてしまう。
「プディングサーチャー!!!!!」
プディングは2本の触角をぴこぴこと動かし、今回のカオスイーツの弱点を探ろうとする。触角の動きがピタッと止まったと同時に、プディングはミルフィーユに弱点を告げる。
「ミルフィーユ、イチゴに紛れているあのツインテールのお人形を狙ってください!!!!!」
プディングの言葉に黙って頷いたミルフィーユは、クリームパフが作った足場に飛び移り、ミルフィーユグレイブを構える。
「ミルフィーユパニッシュ!!!!!」
ミルフィーユは足場から飛び上がり、ツインテールの人形に斬りかかる。ミルフィーユに斬られた人形は、瞬く間に砂のようにさらさらと崩れ、人形が完全に崩れ去ったと同時に、カオスイーツは光の粒子となり、本来の姿である千葉涼也の姿へと戻る。怪物から戻る従兄弟を、ミルフィーユは優しく抱きしめ、彼の姉の形見のブレイブスプーンを、彼に持たせる。
一方、シュトーレンは…
「ドンドンドンッ!!!!!」
遂に千葉先生にLL教室に逃げ込んだ事がバレてしまい、教室のドアをボネが魔界の姿で必死に抑え込む。
「ぐっ…しつけぇぞ…?このゴリラ…」
言葉にならない程の罵声を浴びせながら、ドアをけり続ける千葉先生…それは、勇者にとってカオスイーツよりも恐ろしい脅威と成り果てる。そんな状態の中…
「1番ピッチャー・カルマン投手…振りかぶって第一皿…」
教室のドアを叩く体育教師の背後から5m近く離れた場所から、突然ガレットの声がした。
「投げましたーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
少しの間を置いて、勇者の姿のガレットが体育教師に向けてパイ皿を投げつける。背後からの声に千葉先生は声のする方を振り向くと、彼の目の前に白いクリームを乗せたパイ皿が飛んできた。
「べしゃっ…」
顔面にパイ皿をぶつけられた体育教師は、LL教室のドアから離れ、クリームの刺激に悶絶しながら顔を覆う。
「作ろうと思えば作れるんだよな♪緊急事態だから、シェービングクリーム使ったけど…」
「勇者め…お前らさえいなけりゃ…娘は…明日香は…」
体育教師の言葉と同時に、LL教室の鍵が開き、扉が開くと同時に、そこから折り畳み式のパイプ椅子が体育教師目掛けて飛んでくる。
「ゴッ…」
「黙って聞いていれば…好き勝手な事ばかり…」
教室からパイプ椅子を構えたシュトーレンが出てくる。
「勇者を付け回して、娘さんが喜ぶとでも思った?たくさんの人たちを巻き込んで…」
彼女のセリフを遮るかの様に、高等部の教師達と共に一悟の父を含めた警察関係者が駆けつける。
「首藤!根小屋!2人とも無事か?」
「2人ともケガはないでーす。」
ボネは人間の姿になって教室から顔を出し、千葉先生の前には弟である一悟の父が現れる。
「兄さん…明日香ちゃんの失踪の真相を知るのは、構わない。でも…明日香ちゃんに集中しすぎて、妻である
中等部、高等部共に3限目の授業以降は取りやめとなり、生徒達は早々と下校を促される。なお、食堂は今日だけ職員貸し切りの状態となり…
「どうしましょう…私の部屋…自宅謹慎だと、また…」
ガレットからカレーを受け取った下妻先生は、はぁ…とため息をつく。
「引っ越しは免れないわね…」
養護教諭の言葉に、英語教諭は愕然とするが…
「引っ越すと言っても…加害者であるアイツの方だけど?さては、下妻先生も引っ越したいのかしら?」
「引っ越したくないないない!!!築40年の木造だけど、住み心地最高だし!通勤時間も前よりは良心的だし…家賃もリーズナブル!!!こんな物件以外、考えられない…」
「住めば都」…下妻先生は木造のワンルームアパートを気に入っているようだ。
「ところで、「マリー」はどうしたんですか?」
「一悟達と一緒に帰って勉強中♪雪斗、高校の古文、割とできるみたいよ?」
その言葉に、仁賀保先生は「まぁっ!」と言わんばかりの表情で驚いた。
千葉先生の処分については、午前中の処分よりも重くなることは免れないだろう。なお、涼也に関しては一悟の父親の計らいで一悟と一緒に暮らすことになり、本人もそれでいいと満足しているようだ。
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