第16話「ターゲットは勇者!?怪盗メサイア、参上!!!」

「親父…アタシとトルテの事で、よく思っていない奴がいるの。部屋や車に盗聴器とうちょうき仕掛けたり、親父のいない時間帯を狙って居座いすわる奴でさ…」


 先週の食事の帰り、トルテがコンビニで買い物している間…ガレットは娘からある事を聞かされていた。

「僧侶ちゃんが言ってた、あのイタリア人の捜査官そうさかん?あの時の超激辛ちょうげきからカレーでりたと思ったのになぁ…」

「アレで懲りる男じゃないから!トーニはっ!!!」

「ていうか、ストーカーなら警察に…」

「あいつ、マジパティ絡みの事件追ってるし、アタシがスイーツ界の住人だって事を知ってるの!!!!!」

 父親のセリフを遮るかのように、シュトーレンは叫ぶ。その言葉に、ガレットは娘のストーカーに対するいきどおりをつのらせつつ…


「セーラ…万が一の時が来たら、まず…俺は何をしたらいい…」


 父親の言葉にシュトーレンは、安心した表情で淡々たんたんとガレットに指示を出す。




 …それから約1週間が経過し、遂にその時が来てしまった。

「そうか…4丁目の…ありがとう、一悟いちご。あとは僧侶ちゃん達に任せて、今日は自宅に戻れ。明日…昼頃に雪斗ゆきととみるくと一緒にカフェに来い。あとはその時に話す。」

 やはり、僧侶の言葉は間違っていなかった。最初は度が過ぎる接し方をするという印象しかなかった…だが、本当は危険な存在であった。そう確信した彼は、誰もいない店舗スペースの掃除道具入れを開く。


「ギィ…」


 そこには、掃除用具に紛れるかの如く佇む白と金色の装飾が施されたさや入りの大剣…鞘の中央には、紅色の宝石が煌めく…

「シュヴァリエ家に代々伝わるインカローズ…間違いない…」

 ストーカーの事で頼まれた事を、一つ一つ思い出す…あの時から娘のスマートフォンは自身が預かる事となり、グラッセ達に協力してもらい、娘の単独行動を避けてきた。だが…

「トルテと駅ビルで買い物中のトイレ…まさか、トーニが女装して接近するなんて…」

 挙句の果てには、娘を大型スーツケースの中に入れて逃走。そして、ライオンに変身して追いかけるトルテとココアに攻撃…娘のハンドバッグは幸いにも、ココアが機転を利かせてアンニンの部屋のポストに入れたおかげで無事だった。


「待ってろ、セーラ!!!お前の親父が、絶対にお前をストーカー男から解放してやる!!!!!」


 父親勇者の叫びと共に、娘の大剣のインカローズがキラリと輝く。




 翌日、埼玉県警捜査一課所属の羽多野はたの刑事は、慌てた表情で息をきらしながら、上司である一悟の父親の所へ駆けつける。


「大変です、警部!捜査一課に差出人不明の手紙が!!!!!」

「な、なんだって!?中身は…」

 一悟の父が羽多野刑事から手紙を受け取り、封を明けると、そこには1枚のカードが入っていた。



「本日午後6時、アントーニオ・パネットーネ氏の別荘にて、首藤聖奈しゅとうせいなを頂きに参ります。怪盗メサイア」



「怪盗…メサイアぁ?それに…首藤聖奈って、一昨日から父親から瀬戌せいぬ警察署に捜索願出されているけど…受理されていないんだよね?」

「首藤聖奈はただの家出で、「すぐ戻って来るだろう」ってパネットーネ氏が…」

 羽多野刑事はそう言いながら、一悟の父と増田ますだ刑事共にアントーニオを見つめる。

「こんなのでたらめですよ。僕の別荘には、現在メイドと執事数名しかいません。それに僕が喫茶店のウェイトレスに手を出すなんてありえませんよ。」

 彼はそう言うが、証言はいかにも胡散臭い。それに、予告状からして彼に見覚えのある人物が送り付けた可能性が高い…それは間違いなく…


『キョーコ…こんなハッタリをかまして、一体どういうつもりだ?』


「それなら、警備もかねて確認に来ますか?今日でしたら、婚約者が屋敷に遊びに来るので…」

「ほほぅ…それなら、お邪魔に来ますかね。増田も、羽多野も一緒に行こう!」

 一悟の父の言葉に、増田刑事と羽多野刑事は同意する。


 アントーニオが埼玉県警をあとにすると、一悟の父は自販機の前でため息をつく。そんな彼の所に、こわもての警察官がやってくる。

「ひでさん、ため息半端ないですね?」

「…ん?あぁ…みっちゃん…」

「みっちゃん」こと「極道夫きわみみちお」は、強面の外見と名前から、あだ名は「極道ごくどう」。同じ警察官にしょっちゅう職務質問をされる事が1年の半分近くを占める事で有名となりつつある、瀬戌警察署地域課の警察官で、普段はサン・ジェルマン学園近くにある交番に勤務している。一悟の父とは気が合うのか、階級関係なく、仲が良い。

「さっきのパネットーネ氏の事ですか?」

 極巡査の質問に、一悟の父は缶コーヒーを飲みながら頷いた。

「妙に引っかかるんだよ…俺も、羽多野も、増田も…首藤聖奈の顔写真を見せていない上に、職業の事を言ってない。なのに、彼は「喫茶店のウェイトレス」と言った…変だと思わない?」

「ひでさんは顔写真、持ってるんですか?」

「あぁ…父親がSNSにアップした奴だけど…」

 そう言いながら、一悟の父は強面の警察官に顔写真を見せる。それはガレットとのツーショット写真で、写真のガレットは満面の笑みを浮かべている。

「あぁ…カフェ「ルーヴル」のマスターの妹さんですね。俺の友人、昨日この人と入籍する予定だったんですよ。」

「その友人って…」

「「取手利雄とりでりお」って言う、カフェで住み込みで働いている男なんです。一昨日、突然連絡つかなくなって、どうしたのかと思ったら…」

 強面の警察官は、肩を震わせながら一悟の父親に友人の話をする。彼の交友関係は、広いワケではない。というより、一悟の父以外とこうやって親しく話す相手がいるという事自体が珍しい方だ。


「今、彩聖さいせい会に入院してるんスよ…一昨日、何者かに暴行されて…」


 その言葉を聞いた一悟の父はすぐに増田刑事と羽多野刑事を呼び出し、彩聖会瀬戌病院で取手という男に事情を聞くように促す。




「とりっち…大丈夫だよ。あの親父さんなら、必ず聖奈ちゃんを…」

「でも…相手は…」

 ここは、彩聖会瀬戌病院外科の病室。この病室は個室で、そこにはトルテが入院している。そして面会者として、最近まで同じ芸能事務所だった売れっ子モデル・KAORUこと貝塚薫かいづかかおる、そしてシュトーレンの行方についての報告に来たキョーコせかんど…元々ライオンと人間のハーフであるため、体力の回復が人間界の同年代の男性よりも6倍近く早い。(僧侶曰く)それは主治医も驚くほどで、今日の午後には退院という運びとなっている。

「相手がどんな者でも、和真かずまさんは決して屈しません。それを知っているのは、聖奈さん以外ではあなただけです。あなたが和真さんを信じないでどうするんですか?」


「コンコン…」


 突然、病室の戸を叩く音が響く。キョーコせかんどが病室のドアを開けると、そこには2人の刑事の姿があった。

「突然の訪問で失礼します。自分は埼玉県警捜査一課の羽多野と申します。」

「同じく、埼玉県警捜査一課の増田であります。取手利雄さんは…」

「取手利雄は自分です。」

 恐らく、自分の妻となるはずの勇者の事だろう…そう悟ったトルテは、覚悟を決めた表情で答える。

「一昨日のあなたの傷害事件に関して、犯人について知りたいことがあるんです。それと、同日に失踪したあなたの婚約者についても…あなたがたは?」

「とりっちの友人で、現役モデルのKAORUです☆彡」

「彼の婚約者である首藤聖奈の親友で、おとといの彼の第一発見者でもあります、仁賀保杏子にかほきょうこと申します。」

「では、仁賀保さんだけ残ってください。」

 刑事にそう言われて、KAORUは不服そうな表情をするが…

「カオルちゃん、ごめん!また後で連絡するっス!」

 トルテはかつてのモデル仲間にそう詫びると、2人の刑事に一昨日の事を洗いざらい話す。勿論、マジパティの事、スイーツ界の住人である事は触れないように…そしてキョーコせかんどは、発見時トルテが持っていた車の鍵と、シュトーレンの部屋から発見された盗聴器を証拠品として刑事達に預ける。ご丁寧にも、余計な指紋が付かないようにジップロックに入れてある。




「これは母さんが事切れる間際、お前が成人した時に渡すように言われていたモノだ。」


 シュトーレンは広いベッドの上に寝ころびながら、先週の食事会の帰りに父親から渡されたネックレスに嵌められた黄緑色の宝石…ペリドットを見つめる。


「その宝石…俺が魔界へ飛ばされる前、母さんにプレゼントした宝石なんだ。それをお前に渡すって事は…母さんも、お前とトルテが結ばれるって未来が見えていたんだろうな…」


 照れ臭そうに話す父親の姿が、今にも目に浮かぶ…突然知らない屋敷に運ばれ、外に出ることも許されない状況に陥り、運ばれた日の夜は一晩中泣き明かした。だが、昨日の夕方に見えたミルフィーユとライスの姿…決して希望が無くなったワケではない。あれは父親が娘の奪還に向けて動いている証拠だった…囚われの身の勇者はそう確信した。

「お母さん…アタシ、親父達を信じるよ。だから…トーニの束縛になんて、屈したりしない…だって、アタシにはトルテがいるんだもの…」

 勇者の言葉に呼応するかのように、彼女の傍で勇者の亡き母が微笑んでいるように感じた。




 夕方になり、木苺ヶ丘4丁目にあるアントーニオの別荘が騒がしくなる。羽多野刑事と増田刑事の2人が、受付で招待客の招待状を次々と確認しては、屋敷の中に入れていく…そこには一悟、雪斗、玉菜、ボネ達もいるのだった。一悟と雪斗は少女の姿で、一悟は赤のドレスに白い手袋、雪斗は水色のドレスに白いシフォンタイプのショール、そして白い手袋と白いガーターストッキング姿となっている。玉菜もラベンダー色のカクテルドレス姿、あずきは青紫色のドレス姿になっており、ボネ、ガレット、下妻しもつま先生に変装中のトルテに至っては黒いタキシード姿だ。

「2人とも、女の子として振舞えよ?まぁ…ゆっきーはユキちゃんと入れ替われば問題ないけどさ。」

「言われなくても、既に入れ替わってるし!一悟…蟹股がにまたになってる!!!」

「いっけねぇ!!!」

 ユキに歩き方を指摘された一悟は、慌てて姿勢を正す。

「ちゃっかりしてるなぁ…ところで、幼な妻おさなづまちゃんは?」

「幼な妻…?みるくでしたら、ジュレさん、グラッセ、ネロ、ラテと共にスタンバイ済ですわ。でも…言っちゃ悪いですけど…あの2人にまで招待状をよこすなんて…」

 そう言いながら、あずきはある2人を指さす。その先は異様な笑顔で怒りのオーラを纏うガレットと…


『バカだ!私と大勇者様にまでよこすなんて…見せしめか?そうか!そうなんだな!!!』


 アンニンとキョーコせかんどの姿…アンニンはクリーム色のチャイナワンピース姿で、髪形はお団子がついたツインテール。キョーコせかんどは、エメラルドグリーンのチャイナドレス姿…と、2人もドレス姿で並んでいる。


 受付はユキが玉菜の付き添いとして、ボネは雪斗の祖父の代理として、一悟はガレットの付き添いとして、そして下妻先生に変装しているトルテはあずきの付き添いとしてそれぞれ受付を済ませる。

「おや…仁賀保さん、そのお子さんは?」

「私の妹のあんずです♪」

「お姉ちゃぁーん、あんず、パーティー楽しみぃ~♪(わざとらしい)」

 そのやり取りに、一悟達は背中を向けて笑いをこらえるのに必死だったのは言うまでもない。


 既に潜入しているみるく達は、みるくとグラッセがメイドとして、ジュレとネロは執事として囚われの勇者の居場所を探ったものの、囚われている部屋の鍵を持っているのがアントーニオとメイド長の2人のため、対面には至らなかった。それでも、攫われた時に来ていた服を回収し、ジュレが勇者を連れて退却するためにと用意した荷物と一緒にしまい込む。

「そうか…場所が分かっただけでもいい収穫だ。私も時期を見て一芝居打つ。頼んだぞ…ジュレ。」

「了解、姉さん。あまり無茶しないでよ?アレ…衣装そろえるだけでも大変だったんだから…」

「余計なお世話だ!バカもん!!!」

 そう言いながら、アンニンは一言余計な言葉を口走る弟とのテレパシーを断つ。パーティー会場へと赴いた一悟達も、食事をしながら周囲を探っているが…


「あむ…このシュークリーム…皮がべちょべちょしすぎなんですけど…60点減点!」

「こっちのピザもおいしぃ~♪雪斗、全然ピザ食べないんだもん…この機会に、雪斗が普段食べないの食べちゃお♪あむ…」

 心なしか、本来の目的を忘れているようである。玉菜はテーブルのシュークリームに辛辣な採点を行い、ユキは前々から食べたがっていたピザの味見を片っ端から行っている。

「あずき…俺、最初の変身で身長に全振りしたこと…」

 玉菜とユキのある部分を見ながら、一悟は「はぁ」とため息をつきながら、あずきに向かって嘆く。

「気持ちは理解してますわ…でも…幼女にならないだけ…」

 あずきは、一悟を慰めつつある人物を指さし…

「ライス、一悟…お前ら…今度の月曜から毎朝1週間、中等部の職員トイレの掃除な?」

 一悟とあずきに向かって、幼い僧侶はそう告げる。今の体格について揶揄されるのだけは、どうしてもイラっとするらしい。


 パーティー自体は何の変哲もない立食式のパーティーで、招待されている者達はアントーニオとはかねてからの知り合いが多いようだ。その中には、トルテの友人のKAORUもいる。

「お姉ちゃん、あんずトイレ行きたーい…(わざとらしい)」

「あら…困ったわね…ちょっと、そこの執事さん!」

「はい、なんでしょう?」

 妹のふりをふる主の指示で、キョーコせかんどは藍色の髪の執事を呼び止める。

「この子をお手洗いに連れて行きたいのですが、案内していただけます?」

「かしこまりました。コチラでございます。」

 執事の案内により、僧侶とそのアンドロイドは、突然パーティー会場から出てしまった。


 暫くしてキョーコせかんどが会場に戻り、アントーニオに声をかけられるが、主らしく振舞い、軽くあしらってしまう。僧侶がいない事に一悟達は違和感を示すが、キョーコせかんどに勇者の件で別行動に入ったと言われ、安心する。




 そして、アントーニオによる婚約者紹介の時間がやってきた。

「この度、僕・アントーニオ・パネットーネの婚約発表会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。そろそろ私の伴侶となる者も、準備が整ったようです!」

 嬉しそうにマイクを持ちながら、挨拶をするアントーニオを見つめる一悟達の表情はどことなく険しい。それは、アントーニオの近くへやって来る者も同じだ…


「彼女こそ、僕の生涯の伴侶はんりょ!!!セーラ・シュトーレン・クラージュ・シュヴァリエ!!!!!」


 まるでウェディングドレスでも通用するような純白のドレスに、両サイドを少しばかり後頭部へ編み込んだ髪型のシュトーレンが、俯いた姿で彼の元へ歩いてくる。そして、横目で会場にいる父親の姿を確認すると、顔を上げ、どよめく会場の中、覚悟を決めた表情を見せる。

「セーラは、僕がパリで…」


「ガッ…」


 まるで彼にこれ以上喋らせないかのように、勇者は強引にマイクを奪い、深く息を吸う。


「この度は、この男が皆様に出鱈目でたらめを吹聴した事を、深くお詫び申し上げます!!私の名前は「セーラ・シュトーレン・クラージュ・シュヴァリエ」ではありません!「首藤聖奈」という、この木苺ヶ丘きいちごがおかの人間です!!!」


「「「「「ええええええええええええっ!!!!????」」」」」

「な、なにを言っているんだい?君は…」

 あまりの突然の出来事に、パーティーの客達だけでなく、流石のアントーニオも動揺を隠せない。

「皆様、どうか私の話を聞いてください。私は、昨日…父親である首藤和真しゅとうかずまの了承の下、かねてから結婚を約束していた男性と入籍する予定でした。幸せになる筈だったんです…」

 その言葉に、会場にいる父親はうんうんと頷く。

「人の娘の幸せをブチ壊しにしやがって…いっそのこと、イタリア産マグロの解体ショーしてやりてぇ~…」

「やめないか!セーラっ!!!」

 アントーニオはそう言いながら止めようとするが…


「えー…ここで皆様にお見せしたい映像がございます。血が出ているモノが苦手な人は、目を伏せながら彼女の話を聞いてください。」


 突然現れた鼻眼鏡をかけた、グラッセに似た女性司会がそう言うと、シュトーレンの背後のスクリーンに、血だらけで倒れているトルテの写真が映し出される。

 その様子に、会場のパーティー客たちの動揺がヒートアップする。

「これはひどい…」

「何が婚約パーティーだよ…」

「げろげろ~…いくらホテル王の息子だからって、自分の一方的な感情で人妻誘拐ゆうかいして、勝手に婚約者にしていいワケ~?」

 ギャラリーに混ざっている1人の売れっ子モデルが、そうヤジを入れると、会場全体はアントーニオに対する批難で埋め尽くされる。

「婚約したいお相手のお気持ちを聞かずに、勝手に婚姻こんいんの話を進めるなんて…お相手の事を「鬼チョロ」だと侮辱ぶじょくしているのと同じですわっ!!!!!」

 あずきもギャラリーに紛れつつ、アントーニオの今回の行動を批判する。スイーツ界の住人だけに、勇者の事を気安く真名で呼んでいる事に対し、その怒りは相当のようだ。


「あんな状態で倒れてたんだな…って、増田ァっ!!!もらった証拠写真を俺に見せなかったとか、何事だよっ!!!!!」

「す、すみません…うっかり弟のサブアカウントの方に送ってしまいまして…」

 トルテが倒れている写真も証拠として提出されたようだが、増田刑事のミスにより、一悟の父は見られなかったようだ。


「私は、この男と結婚なんてしません!!!なんといっても、私の本当の伴侶である取手利雄に暴行を…えっ?」

 勇者が背後に視線を向けると、そこには血だらけで倒れているトルテの姿を映した映像…

「セーラ…あれはただの合成さ…でっち上げ…」



「スパーーーーーーーーーーーーン」



 アントーニオのセリフを遮るかのように、勇者の左手が必死で取り繕うアントーニオの頬を勢いよく叩く。


「アタシはもう、あんたなんかに騙されないっ!!!3年前からずっと人の事をしつこく付け回して…だから…皆様、どうか私を彼のいる場所へ…いいえ、家族の元へ帰してくださいっ!!!!!」


 勇者の叫び声と同時に、会場の時計の鐘の音が大きく鳴り響く…


「フッ…」


「停電か?」

 時計の鐘の音がやんだと同時に、今度は会場の電気が一斉に消えてしまう。一悟の父は思い出したかのように、腕時計の時刻を目にする。


「午後…6時…」

 遂に怪盗メサイアの予告状の時間となったのだった。

「わっ!!!何?この花吹雪…」

 突風と共に会場を花吹雪が舞い踊る。そして、花吹雪と共に1人の少女が叫ぶ…


「公衆の面前で、一方的な婚約を堂々と破棄するその勇気…そして、凛として自身の愛を貫くその心…首藤聖奈、あなたはとても美しい!!!」


「だ、誰だっ!!!!!」

 花吹雪が舞う中、スポットライトがステンドグラスに向けて当てられ、スポットライトの光が当たるステンドグラスの前には、和服に近いような服装に、金髪のポニーテールをなびかせた1人の幼い少女が仁王立ちをしており、その彼女の隣には全身を白いスーツ、マント、シルクハットでまとめた1人の青年がシルクハットで目を覆い隠す。


「怪盗メサイア!!!大勇者様に遣われ、ただいま参上っ!!!!!」


 その言葉に、一悟の父はターゲットを守るべく、ターゲットに近づこうとするが、背後からのスタンガンで行く手を阻まれる。

「助手の怪盗バックギャモンがいる事も、お忘れなくー?」

「あ…あの喋り方は…」

「やっぱり…あの2人だ…」

 どんなに変装しようとも、一悟達には2人の怪盗の正体がわかったようだ。


よこしまなストーカーに、彼女の美しさは相応しくないわ!」

 突如現れた怪盗に、パーティーの客達は…

「もう小さい子でもいい!彼女を家族の所へ戻してやれー!!!」

「メサイアちゃん、がんばれー!!!!」

 防犯用カラーボールやリボン、そして小型水鉄砲を駆使してアントーニオと戦う怪盗を批判するどころか、寧ろ応援の声が停電の会場を埋め尽くす。

「こ…こどもの分際で…」

「守秘義務守れない警察の出がらしに言われたくありませーん♪」

 怪盗がそう言うと同時に、彼女の持っている小型水鉄砲から赤い液体が放たれ、アントーニオの顔面に降りかかる。ピリリとくる刺激を顔全体に浴びたアントーニオは、咄嗟とっさに両手で顔を覆う。敵がひるんだ隙に、怪盗は勇者に飛びつき…


「チェックメイト!!!!!」


 ターゲットの豊満な胸の谷間に顔をうずめつつ、怪盗は右手で扇子を開く。その白地の扇子には、筆でこう書いてあった。


「アントーニオざまぁw」


 そして、幼い怪盗とターゲットとなった勇者はどこかへ消えてしまった。


「こんなパーティー出ていられませんわ!皆さん、帰りますわよ!!!」

 パーティーの客達は、アントーニオへの不信感と、怪盗がアントーニオから勝手に彼に婚約者扱いされた女性を盗んだ事で、あずきとKAORUの誘導の下、次々と帰っていく…パーティー会場に残るのは、警察、一悟達…そして、アントーニオとそのメイドと執事達のみ…客達が去り行く中、一悟の父ははっと起き上がる。

「…!?怪盗メサイアは!?」

「首藤聖奈と共に、突然どこかへ逃走してしまいました。」

「まだ遠くへは言ってないはずだ!怪盗バックギャモン共々…絶対にお縄を…だから、増田と一緒に探してこーーーーーーーいっ!!!!!」

「警部も動いてくださいよ…」

 羽多野刑事は呆れつつも、増田刑事と共にパーティー会場を飛び出す。


「それにしても、本格的にネタに走りましたなぁ…あむ…こっちのシュークリームは及第点ってとこね♪」

「どんだけ食べて…って、勇者様と怪盗は?」

 シュークリームを食べ続ける玉菜に呆れつつも、ユキは勇者と怪盗の行方を探ろうとするが…」

「案外この屋敷にいたりしてね♪でも…探している余裕なんて、今の俺達にはないみたいだけどな。」

 ガレットの言葉に、パーティー会場に残された料理の数々が、次々と禍々しい黒い物体・カオスジャンクへ編かしていく…

「うわっ…なんだ?この黒い化け物は…」


「ラテ、マジパティの変身だ!頼んだぞ!!!」

「はいっ!大勇者様っ!!!」

 突然一悟が抱えているポシェットからラテが飛び出し、一悟、ユキ、玉菜、ボネ、みるく、グラッセ、ネロのいる空間を曲げ、一悟の父達から見えなくしてしまう。



「「「「「「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」」」」」」


「今日は特別サービス!!!7人同時変身でお送りしますよー!!!!!」

「魔族に性別の概念がないとはいえ、変身前後も外見が男の姿が1人入っている時点でブーイングものですけどねー?」

 この主に対して、このアンドロイドあり。主が一言多いところがあれば、そのアンドロイドも一言多かったりする。


「「ピンクのマジパティ・ミルフィーユ!!!」」

「「黄色のマジパティ・プディング!!!」」

「「ブルーのマジパティ・ソルベ!!!」」

「白銀のマジパティ・クリームパフ!!!」


「「スイート…」」

「「「「「レボリューション!!!」」」」」


「「「「「「「マジパティ!!!!!」」」」」」」

 最後は見事にハモり、7人は飛び掛かって来るカオスジャンク達を迎え撃つ。




 一方、シュトーレンは屋敷の正門が見える部屋…囚われた日からずっと閉じ込められていた部屋にいた。天蓋つきのベッドのカーテンは閉められ、そこには怪盗メサイアが履いていたブーツが無造作に置かれている。

「ねぇ…あなたは本当にアタシを家族の所に…」

「安心しろ…飛ばされた場所は既に教えてある。」

 そう言いながら、怪盗メサイアはカーテンから金髪ポニーテールのウィッグを放り投げる。

「最も…魔眼まがんでこの場所に飛ばされるのは、博打ばくちモノだったけどな。」

 そして、今度はカーテンから怪盗メサイアが着ていた衣装が放り投げられ、カーテンが開く…


「シャッ…」


「セーラ、やっとあのストーカーに対して、嫌なものを嫌と言えたな…それでこそ、私達の勇者だ!!!」


 カーテンから出てきたのは怪盗メサイアではなく、額の赤いしずくの形をしたホログラムシールをはがす幼い姿の僧侶だった。怪盗メサイアの正体が幼馴染である事がはっきりした刹那、シュトーレンはさきほどの映像の事を問いかけようとするが…


「バンッ!!!!!」


 勢いよく扉が蹴破けやぶられ、そこから勇者が一番会いたがっている相手が駆けつけ、そのままぎゅっと抱きしめる。

「無事で何よりっス…あ…あね…じゃなかった…セーラ…」

「まだ呼び慣れてないのか…元々真名で呼んでいい身分だというのに…」

 普段呼んでいる呼び名で呼びかけてしまい、顔を真っ赤にしながら慌てて言いなおすトルテの姿を見るなり、僧侶はあきれ果てる。そして、肝心の勇者は感動のあまり、声が出ないようだ。

「とにかく、ここから脱出するっス!!!」

 そう言いながらトルテはライオンの姿になり、背中に勇者を乗せ、部屋のバルコニーから飛び降りる。幼い姿の僧侶はかなり大きいパラソルを開き、ゆっくり降りる。どこのメアリだよ…


「ミルフィーユパニッシュ!!!」

「ソルベブーメラン!!!」

 会場に突如現れたカオスジャンク達を、マジパティに変身した一悟達は次々と浄化していく。その様子に一悟の父は動揺を隠せず、思わず腰を抜かしてしまう。

「はい、邪魔ー!あんたも邪魔ー!」

 怪盗バックギャモンの恰好のまま、ジュレもカオスジャンクに次々と桃の種を弾き飛ばし、7人のマジパティ、1人の中年勇者、そして1人のスイーツ界の住人と3人の精霊によって、カオスジャンクの頭数は徐々に0に近くなる。キョーコせかんどに至っては、屋敷の庭で脱出ルートを確保している。

「これで…片付いたか?」

「いや…まだだっ!今度は…」


「バキッ!!!グシャッ!!!」


 ガレットの言葉を遮るかの如く、2体のカオスイーツが会場の壁と扉を破壊し、侵入する。そして、その背後には戦国武将の様な甲冑の青年…

「さぁ…マドレーヌカオスイーツども…邪魔な警察とマジパティ達の息の根を止めろ…」

 ベイクの言葉に呼応するかのように、2体のマドレーヌのカオスイーツのうちの1体は、突然ホタテの貝殻を放ち、貝殻に直撃した魔界のミルフィーユは、背中から壁に激突し、ホタテの貝殻で拘束されてしまう。

「グラッセ!!!!!」

「きゃああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 魔界のミルフィーユを拘束したホタテの貝殻は、黒い火花を放ちながら、魔界のミルフィーユのエネルギーを奪っていく…そして、今度は2体同時にホタテの貝殻をマジパティに向けて解き放つ。

「いっでぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!尻尾挟むんじゃねぇっ!!!!!」

「くっ…竜族のひげを掴むとは…なんたる侮辱…」

 そして、今度は魔界のプディングとソルベもホタテの貝殻によってエネルギーを吸い取られてしまう。そして、今度は一悟達も魔界のミルフィーユと同じく、背中から壁に激突し、ホタテの貝殻で拘束されてしまう。


「うああああああああああああああああああああっ!!!!!」


「次は貴様だっ!!!!カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエ!!!!!」

 甲冑の青年の声に、真紅の鎧の勇者は背中に娘の大剣を背負いながら、険しい表情を浮かべつつ、無言で自身の大剣を構える。


 一方、シュトーレンはキョーコせかんどが作ってる脱出ルートに向かう途中でアントーニオに見つかってしまい、トルテが彼の撃った銃弾に倒れてしまった。

「トルテっ!!!!!」

「ぐっ…もうあの外道は…何を言っても通じないっス…」

 右手に銃を構えながら、アントーニオは狂気に満ちた表情で勇者の元へ一歩一歩進む…

「おいで…セーラ…そんなものよりも…僕なら君を幸せにできるさ…」

「…や…」

 にじり寄るアントーニオを拒絶するかのように、勇者の身体が震えだす…そして…


「いやあああああああーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 勇者がそう叫び声をあげたと同時に、勇者の全身が黄金のオーラに包まれる。


 勇者の叫び声が響くと同時に、勇者・シュトーレンの力を持つ4人のマジパティ達の全身が瞬く間に黄金のオーラに包まれ、ホタテの貝殻は瞬く間に砕け散る。

「あ、あれは…オーバーブレイブ!!!!!」

 大勇者がそう叫んだ刹那、彼を踏みつぶさんとばかりに、2体のカオスイーツが彼の大剣にのしかかる。

「ぐっ…セーラが暴走しているって時に…こうなったら…でいやっ!!!!!」

 そう言いながら、ガレットは突然黄金のオーラを解き放ち、2体のカオスイーツを10mほど突き飛ばす。

「今だ、マジパティ!!!俺はあの2人の様子を見てくる!!!!!」

 そう言いながら、1人の男勇者は黄金のオーラをまといつつ、会場を飛び出した。


「「「3つの心を1つに合わせて…」」」


 黄金のオーラを纏いつつ、一悟達がそう叫んだ瞬間、3人の武器は光の粒子となり、それぞれのカラーに合わせた細身の剣・パティブレードに変わるが、今回は刀身が大きい。


「勇者の力を1つの剣に!!!ミルフィーユブレード!!!」

「勇者の愛を1つの剣に!!!プディングブレード!!!」

「勇者の知性を1つの剣に!!!ソルベブレード!!!」


 3人はそれぞれのパティブレードを構え、黄金のオーラをまといつつ、カオスイーツに飛び掛かる。


「「「マジパティ・トリニティ・ピュニシオン!!!!!」」」


 一方、フォンダンが黄金のオーラを纏うクリームパフの右肩に乗ると、クリームパフはウインクをする。

「精霊の力と…」

「勇者の光を一つにあわせて…」

「バレットリロード!!!」

 フォンダンの身体が白く光るなり、フォンダンはクリームパフの持つクリームグレネードのレンコン状のシリンダーに光の銃弾を装填する。


 1体のカオスイーツはミルフィーユにミルフィーユブレードで縦に斬られ、続いてプディングにプディングブレードで横に斬られる。そして、最後にソルベによってソルベブレードで斬られた。

「「「アデュー♪」」」

 3人が同時にウインクすると、カオスイーツは光の粒子となり、羽多野刑事の姿に戻っていく。そして、クリームパフは左手でシリンダーをくるくると回転させ、狙いを定める。


「クリームバレットシャワー!!!」


 彼女の掛け声と当時に、クリームパフの人差し指は拳銃のトリガーを引く。


「インパクト!!!!!」


 クリームパフの放った無数の銃弾は、もう1体のカオスイーツに全弾命中し、光の粒子と化しながら増田刑事の姿へと戻っていく。

「羽多野!増田っ!!!」

 一悟の父はカオスイーツ化されていた2人の部下の所へ駆け寄ろうとするが…


「ガタッ…ミシッ…」


 会場内に響く建物の亀裂の音…

「まずい!!!お嬢の不完全なオーバーブレイブが、建物の耐震強度を上回ったんだ!!!!!みんな、脱出しろ!!!」

 ネロの言葉に、ベイク以外の会場の中にいる者達は一斉に我に返り、外へ走り抜ける。

「羽多野も増田も早くっ!!!!」

 一悟の父が部下に指示を出した刹那、彼の頭上目掛けて天井が崩れ…


「父ちゃん、あぶないっ!!!!!」




 一方、黄金のオーラを纏う女勇者は、ライオンの傷を癒し、アントーニオを弾き飛ばす。

「何かの冗談…だろ?だって…君は僕のモノ…そんな化け物のために…」

「アタシの大切な人を化け物呼ばわりするなーーーーーーーーっ!!!!!」

 その叫び声に、再びアントーニオは弾き飛ばされる。そんな勇者・シュトーレンの姿に、トルテは起き上がりながら半獣人化しつつ、勇者の涙を拭う。

「セーラ…泣かないで笑ってくださいッス…愛の逃避行は…まだ終わってないっスよ?」

 その言葉に、女勇者の黄金のオーラはフッと音を立てて消える。そして、再びライオンになったトルテの背中に乗り、アントーニオに背を向ける。


「セーラは…僕の…モノだ…これ以上…煩わせないでくれ…」


 狂気に満ちたアントーニオの声と共に、彼の拳銃から4発の銃弾が放たれる。




「ドォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!!!」


 響く銃声と共に、アントーニオの屋敷の正面から左半分が崩壊する。

「みんな…大丈夫?」

 魔界のミルフィーユが辺りを見回すと、勇者・シュトーレンの力を持つ4人のマジパティは…

「う、うそっ!?」

「変身が解けてる!!!」

「ユキの姿じゃなくなってる!!!」

 全員、強制的に変身が解除され、それぞれが米沢みるく、氷見雪斗、白石玉菜の姿に戻っていた。羽多野刑事と増田刑事は魔界のプディングとソルベによって事なきを得たが…

「みるくちゃんっ!!!」

 一悟の父は隣の家の少女の姿を確認するなり、咄嗟に起き上がる。

「…と、いう事は…さっきの…」

 1人の童顔刑事は、咄嗟にパーティー会場だった場所へと走る。


 崩壊した屋敷のパーティー会場…その瓦礫の下にいたのは…


「いやああああああああああああああああっ!!!!!」


 ミルフィーユではなく、彼が毎日顔を合わせている息子・千葉一悟の姿だった…

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