第12話「マジパティ危うし!!!勇者の母のララバイ」
5月8日、サン・ジェルマン学園中等部。現在、体育館にて全校集会が行われている。
「先月、わが校の体育教師だった者による、度重なる生徒へのセクハラ行為で
校長の言葉に、
「おじ…さん…」
一悟が知っているのも無理もない。彼は一悟の父・
「本日より、サン・ジェルマン学園中等部で、体育を担当する、千葉だ!この学校に私が来たからには…」
昨晩の母親からの
「茅ヶ崎のおじさん、明日から中等部で働くそうです。涼ちゃんも、中等部に編入するとのこと。」
「なお、千葉先生のご
「よりにもよって、涼ちゃんもだよ…」
「涼ちゃん」こと千葉涼也は、一悟のいとこで、一悟と同じ学年である。3人姉弟の末っ子で、いつも一悟一家が茅ケ崎へ行く度に、よく一悟と遊んでいた相手だ。そんな伯父一家の過去は、一悟もあまり思い出したくない。長女が謎の失踪を遂げて、伯父一家はバラバラになったも同然だ。伯父の
全校集会が終わり、一悟達2年A組は体育の為、更衣室で着替える。女の姿の時も体育の授業はあったが、その時はずっとトイレで着替えていたため、更衣室を使うのは久しぶりだ。
「いちごん…集会で上から目線で挨拶した先生って…」
「俺の伯父さん!父ちゃん、茅ケ崎出身なんだ。」
体操着に着替えながら、雪斗の問いかけに、一悟はまるで気が重そうに答える。祖父や父親から聞いてはいたが、近年の千葉先生は生徒に対する
「そういえば…2年生の体育の授業を担当してたのって…
「うん…都賀だった。父ちゃんが家宅捜索したらしいけど、押収品見て気味悪がってたよ。」
これまで体育を担当していた
「今日からこのクラスの体育を担当する、千葉だ!」
案の定、一悟の伯父は一悟のクラスの体育の授業を受け持つことになった。
「都賀の逮捕後は3年C組担任の
先生はそう言いながら、雪斗の所へ近寄り、
「バシッ!!!」
「出席番号19番、
雪斗の右膝から、竹刀に叩かれた事による激しい痛みが響く。雪斗の右の膝裏は、父親からの
「お、おじ…いや、先生!雪斗は…」
まるで人が変わったかのように怒鳴り散らす伯父に恐怖を感じる一悟だが、どうにかして雪斗の足の事を説明しようとするが、先生は一切耳を貸そうとしない。
「服装の乱れは風紀の乱れ!!!男子が膝を隠して私の授業を受けるなど、言語道断!ふざけるな!!!貴様の授業の成績は、問答無用で「1」とする!!!」
先生のあまりにも理不尽な指導に、他の生徒達は怯えて何も言えない。
「ジャスト・モーメント!!!!!ちょっと待ったーーーーーーーーーー!!!」
突然本校舎からガレットの声がして、全員が校舎の方へ視線を向けると、ガレットがスケボーに乗ってグラウンドに降り立った。慣れた仕草でスケボーからグラウンドに着地すると、千葉先生にあるモノを手渡した。
「ダメじゃないですか、千葉先生。養護の先生からの指導を受ける前に、授業に出たら…」
「けが人見るだけの暇人の分際で偉そうに…」
そう言いながら、先生はしぶしぶと手紙を開く。そこには、雪斗のサポーター着用についての理由が記されていた。
「2年A組出席番号19番・氷見雪斗は、父親からの虐待の傷跡が残っています。中等部理事会の許可の下、「傷跡が消えるまでの間」という条件で傷跡を隠すためのサポーターの着用が認められています。無理矢理外さないように。理事会とつながりのある生徒のため、理事会と教育委員会から苦情が来ます。
「2年A組出席番号4番・
「2年A組出席番号29番・
サン・ジェルマン学園では、時折怪我などで授業の参加に支障が出る生徒のクラスを担当する時は、養護教諭からの指導があるまで授業に出てはいけないという教職員達の間に存在するルールがある。特に体育、音楽、美術、家庭科の場合は
「腹立たしいが、理事会とのトラブルはごめんだ。しかし、貴様は生徒じゃないようだが…」
先生は、今度は視線をガレットに向ける。
「ピンポンパンポーン…」
突然、校内放送のチャイムが鳴り響く。
「職員のお呼び出しをします。食堂職員の
「では、失礼しましたーーーーーーーーーっ!!!」
突然の校内放送による呼び出しを食らい、大勇者はスケボーを抱えながらグレート・ダッシュでグラウンドをあとにする。
昼休みに入り、学園食堂は大いに賑わう。今日は高等部にも転校生がやって来たようで、賑わいっぷりがいつもより3割増しだ。一悟、みるく、雪斗は珍しく学園食堂へと赴き、大勇者の働きぶりを見に来ているのだった。
「久々に来たけど、もう既に高等部の連中が座席キープしてるぜ…」
学園食堂は中等部、高等部の敷地の境目に位置しており、殆ど高等部の利用者が多い。いつもは母親かみるくの手作り弁当の一悟も、2人からのお弁当がない時はよく食堂を利用している。
「とにかく、食券買おうか…ユキくん、食堂は初めてだよね?」
雪斗は球技大会の日まで、ファンクラブの子達に囲まれての昼休みだったため、仮にお弁当持参でない日も、あずき以外のファンクラブの子達のお弁当のおかずが雪斗の希望関係なくやってきたため、食堂に来るのは初めてだ。
「あ、あぁ…普段はファンクラブの子達に囲まれて教室で食べてたからな…いちごんは何にするんだ?」
「俺は勿論、カレー!!!3月までカレー作ってたじっちゃんが奥さんの介護で辞めちゃってから、カレーが消えちまったからさぁ…久しぶりに食堂でカレー食えるのが嬉しくって♪」
カレーが大好物の一悟にとって、食堂のカレーは食堂に行く楽しみの一つである。3人はそれぞれ食券を購入し、カウンターへ食券を出す。そこには…
「よく来たな!しかも一悟も雪斗も一緒にカレー…このカレー、今日から俺が作ることになったから、しっかり味わえよー?」
その言葉を聞いた一悟と雪斗は、先日のアントーニオが食べたカレーが頭の中をよぎる。
「安心しろ。中高生向けに
そう言いながら、ガレットはご飯が乗った皿にガレーをよそい、一悟と雪斗に1皿ずつ渡す。みるくも注文した日替わりランチを受け取り、合流する。そして運よく3人分空いているスペースがあり、一悟達はそこに座ることにしたが…
「あーら、誰かと思えばゆっきーじゃない!
ハチミツ色のロングヘアをラベンダー色のリボンでポニーテールにまとめた、緑色の瞳の中等部の女子生徒…この人物こそ、サン・ジェルマン学園中等部の3年生で、生徒会長の
「た…タマねぇ…」
「せ、生徒会長と…知り合い?」
「
言われるがまま、一悟達は生徒会長が確保した席に座る。彼女の昼食もカレーで、ちゃっかりとデザートのヨーグルトサラダも付けている。
「そんじゃ、いっただっきまーす!!!」
「「「いただきます…」」」
ガレットの言う通り、辛さは先日のカレーより抑え目になっていた。やはり、先日のは「娘に手を出した」補正プラスアルファがかかったのだろう。
「やっぱり、聖奈のお父さんが作っただけあるわー!ところでさぁ…ゆっきー…
玉菜の言葉に、雪斗は頷いた。
雪斗の母・
「コンビニの店長の
「よく覚えてんな…」
今まで母親に近づいてきた男の名前を読み上げる雪斗に、一悟とみるくは呆然とする。
「僕がこの学校への入学が決まってから、だから…大貫より前にも何人かいる。」
「それに、おじいちゃんがことごとく断ってるからねー…1人娘が最初の結婚で失敗したから尚更!ウチでも父さんが紹介しようか考えているけど、クセのある政治家多いしなぁ…ねぇ、いちごん達にもアテはないの?」
雪斗の母親の相手の話を、玉菜が一悟達に持ち掛ける。
「俺が紹介できても、父ちゃん経由だし…それに刑事だしなぁ…」
「ウチのパパはダメですっ!今でもママを愛しているのでっ!!!」
一悟とみるくの返事に、玉菜は残念そうな表情をする。
「はぁ…」
市役所での仕事が終わり、雪斗の母・冷華は車の中でため息をつく。
「あのお金…雪斗の誕生日プレゼントのためのお金だったのに…
父親も段々と気を許してきた矢先だった。今度こそ再婚できる…そう確信していた。しかし、相手は自分の事をヒモとしか思っていなかった。そして、浮気相手と共にどこかへ行ってしまった…
車のエンジンをかけ、自宅の途中にあるカフェに立ち寄る。こども課の若い子達行きつけのこじゃれたカフェ…普段は滅多にこの様な店には行かないが、今日だけは無性に行きたい気分だった。
「カランカラン…」
「いらっしゃいませー!」
カフェのドアを開けたのは、20代前半の女性…こども課の若い子達が言うには、普段はマスターである男性と20代前半の金髪の青年が2人で切り盛りしているらしい。時折、マスターの双子の妹が出ているのだろうか…雪斗の母は、カフェの中へと案内される。
「おや、氷見さんじゃないですか!」
カウンターに案内された雪斗の母は、隣にいた大柄の女性に声を掛けられる。一悟の母だ。
「あぁ…千葉さん。うちの息子が、いつも一悟くんにご迷惑を…」
「いいんですよ…息子も気にしなくなったみたいですし。仕事帰りですか?」
「は、はい…ここ最近、変な事件が多いもので…一昨日は柏餅の怪物が…」
その言葉に、厨房にいたガレットと、カウンター内に戻るシュトーレンの背筋が凍り付いた。
「セーラ…誰?あの
「一悟のお母さんと、雪斗のお母さん…もう、一悟のお母さんってば、さっきから確信突くことばっかり話すから…寿命縮みすぎ!!!」
カウンター内でぼそぼそ喋る2人に、トイレ清掃が終わったトルテがやってくる。
「それなら、しばらく俺っちがホール出ます?」
トルテの言葉に、2人は同時にトルテの肩を叩き…
「「ホールとコーヒーは任せた!!!!!」」
まさに勇者親子の意見が一致した瞬間だった。
「ドスン!!!バタンッ!!!」
ホールをトルテに任せたガレットの機嫌は、どことなく悪い。娘の隣で、ガレットは明日のカフェで出すパンの発酵前の生地を、力任せに叩きつけ続ける。帰宅したばかりの時も、不機嫌な表情で家に入ってきたため、学校で何かあったと悟った女勇者は、恐る恐る父親に話しかける。
「親父、学校で何があったの?食堂で…」
「食堂のみんなはいい人ばかりだよ。あのクソゴリラ…なーにが「けが人見るだけの暇人」だよ!養護教諭バカにするのもいい加減にしろよ…そんなに体育教師は偉いんですかー?」
女勇者の前で、父親は千葉先生に対する愚痴をこぼし始めた。
理事会の方々と教頭には敬語で接したものの、自分より年下の校長及び、他の教師には呼び捨て、横暴な態度…これでよく採用されたもんだと、ガレットは思った。恐怖に怯える一悟の表情からして、一悟に対しては優しく接していたのだろう…今後の一悟に悪影響が出るのも時間の問題かもしれない。
「暴力に
「今は、平穏を願うばかりね…」
父親のため息に、女勇者は思わず同情する。
5月9日、今日は雪斗の誕生日だ。彼は朝早くに祖父に呼び出され、祖父の部屋にやって来た。
「お呼びですか?おじい様…」
「雪斗…そこに座りなさい。」
祖父に言われるがまま、雪斗は祖父に向かい合うように座る。
「今日でお前は14歳になる。まだ早いとは思っていたが、これも時代の流れなのだろう…」
そう言いながら、彼は孫に1台のスマートフォンを差し出す。1台の携帯電話に、雪斗は興味津々だ。
「マジパティとして戦うには、持っておいて損はないだろう。使い方は、仁賀保先生達から聞きなさい。」
「ありがとうございます、おじい様!!!!!」
無邪気な表情で目をキラキラさせる孫を見て、雪斗の祖父はほっと胸をなでおろしながら、つぶやく。
「やはり、雪斗はマジパティになってよかったのかもしれんな…」
登校時間になり、雪斗は一悟とみるくと合流し、スマートフォンを買ってもらったことを報告する。
「やっと買ってもらったのかよ…」
「本当は高等部に進学するまでは与えない予定らしかったんだ。でも、マジパティの件で連絡を取るのに必要だろうって…」
「それもそうだね。でも、SNSについては…」
「それは僕に任せろ。氷見雪斗…今日は
マカロンが背後から声をかけた。「ブラックビター」の幹部がマジパティをプライベートで呼び出すなど、少々怪しい気もするが、今でもユキの事が気がかりであるようだ。
「ガラッ…」
「おねえちゃーん…来たよー?」
マルチメディア部のドアが開き、そこからユキが入って来る。どうやらマカロンからの呼び出しで、ユキもマカロンに会いたがっていたようで、ホームルームが終わるや否や、部室近くの倉庫で雪斗と入れ替わり、ブレイブレットでユキの姿に変身。ガレットの計らいで女子制服が登録されていたので、そのまま部室にやって来たのだった。
「ユキ…か。とりあえず、スマホかしてみろ。」
言われるがまま、ユキはマカロンに雪斗のスマートフォンを差し出す。
「一先ず、シャベッターとLIGNEだな。念のため、シャベッターは本名では絶対にやらない事。いつ氷見雪斗の父親のような奴が出てくるかわからないからな。」
「はーい…ところで、お姉ちゃん…千葉先生って、なんだか怖いよね…」
「あの先生…前任の学校が風紀委員顧問だったみたいで、ここでも風紀委員顧問になると言って聞かないってよ。風紀委員顧問は津田沼先生で十分だっつーのに…定年近い老害が。」
マカロンはユキが来る前に千葉先生の事を調べていた様で、調べた情報をユキに詳しく話す。尊敬している恩師の事、家庭の事、新型コロナの件で度々SNSで炎上していた事…マカロンは、これだけで10分のまったり解説動画が3本ほど作れそうだと悟った。
「それに、ずーっと竹刀持ってて威圧感しかないよな。所謂昭和の熱血教師なんて、ネットの恰好の餌食だよ。」
翌日、夜―
「もうすっかり遅くなっちゃった…」
同じ戸籍課の人たちとの飲み会が終わり、迎えのタクシーを呼ぼうとしているところに、最近まで付き合っていた塾講師の男を発見した。その男は、20代後半の女性と肩を並べて嬉しそうに歩いている。
「昼夫…」
その時、彼女の背後に戦国武将のような甲冑の青年が無言で現れる。
その直後、彼女の背中に黒い光が直撃し、元恋人の現在の姿を目の当たりにしたバツイチの女性は、化け物の姿へと変化を遂げる。
「雪斗、起きなさい!!!」
朝早くに、雪斗は祖父にたたき起こされた。
「どうしたんですか?おじい様…」
「冷華…お前の母さんが昨夜から帰って来てないんだ。それに、冷斗と同じ部屋にいたはずのみかん、若い侍女達もいなくなっている…」
その言葉で、雪斗の目が覚める。
「カオスイーツのニオイがする…速やかに着替えて、勇者様の所へ向かいなさい!!!」
「はいっ!!!」
祖父の命令に、雪斗は着替えてカフェ「ルーヴル」へと走る。
「雪斗っ!!!」
途中で一悟と合流する。どうやら一悟も街の異変に気付いたらしい。
「みるくも…母ちゃんも…姉ちゃんもいなくなってて…」
「とにかく、勇者様の所へ急ごう!!!」
「バンッ…」
カフェ「ルーヴル」のドアを開けると、時既に遅し…
「姉御おおおおおおお…」
シュトーレンがいなくなっていた。ガレットの話によると、部屋でメイド服に着替えて階段を下りる途中で彼女の声が途絶えたという。そして、階段には砂糖のような結晶…
「みるく達と同じだ!!!」
「みかん達も同じだった…」
そして…
「大変です!!ライスと連絡が取れなくなって…」
「それじゃ、さっそく僧侶ちゃんに連絡して。」
念のため、ムッシュ・エクレールはアンニンに連絡を取るが…
「こっちは
どうやら無事であるようだ。
「サントノーレの安否確認は俺がやる!マジパティは今すぐにカオスイーツの所へ!!!」
大勇者の言葉に、一悟と雪斗はブレイブスプーンを構える。
「「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」」
ピンクと水色の光が2人を包み込み、一悟と雪斗はそれぞれ、ピンク髪の長身少女と、水色の髪のグラマラスな少女に変わる。背中合わせで手を繋ぎ、それぞれのカラーに合わせたコスチュームが光の粒子によって着せられる。一度足元までコスチュームが着せられると、今度は向かい合い、一悟の髪はポニーテールに結わえられ、もみあげがくるんとカールし、雪斗の髪はワンサイドテールに結われる。チョーカー、手袋、イヤリングが付けられ、腰のチェーンにエンジェルスプーンが装着されたと同時に瞳の色が変わり、変身が完了する。
「ピンクのマジパティ・ミルフィーユ!!!」
「ブルーのマジパティ・ソルベ!!!」
ミルフィーユとソルベは、ムッシュ・エクレール、ラテと共にカフェ「ルーヴル」を飛び出す。そして、その様子を千葉先生が見つめる。
「あれは…勇者の手先…」
段々とカオスイーツのニオイが強くなる…ミルフィーユとソルベがたどり着いたのは、瀬戌市役所の駐車場…そこにいたのは、巨大な綿あめのカオスイーツと、戦国武将のような甲冑姿の青年だった。
「禍々しい混沌のスイーツ、勇者の力で木端微塵にしてやるぜ☆」
「貴様らがマジパティ…なんとも汚らわしい…我が名はベイク!!!今日が貴様らの最後だ!!!!!」
「新しい幹部という事か…何だか、見ていて腹立たしくなるな…」
「その意見は、私も同意します!!!」
ミルフィーユとソルベが振り向くと、そこには鬼の角を携えたくノ一のような黒髪のメイド・ティラミスが立っていた。
「ティラミス!!!」
「本日は諸事情であなた方の味方にならせていただきます、マジパティども…その前に、この様な経緯になった事をご説明いたします。あのカオスイーツは、瀬戌市役所戸籍課勤務の氷見冷華です。」
「母様っ!!!!!?」
ティラミスの説明に、ソルベが驚く。
「恐らく、恋愛関係の負の感情を吸い取ったのでしょう…瀬戌市の女性たちがあのカオスイーツの負の感情で消されてしまったのです!!!!!」
「なんてことを…とにかく、やるしかねぇっ!!!」
そう言いながら、ミルフィーユはミルフィーユグレイブを取り出し、そのままカオスイーツに飛び掛かろうとするが…
「バシュッバシュッ…」
カオスイーツから放たれた糸状の物体がミルフィーユの全身に絡みつき、ミルフィーユは身動きが取れなくなった。
「うぐっ…」
「単細胞も甚だしい…コットンキャンディカオスイーツよ、もっと締め上げろ!!!」
ベイクの言葉に呼応するかのように、カオスイーツは糸状の物体でミルフィーユの全身を締め上げる。
「ミルフィーユ!!!」
そう言いながら、ソルベはソルベアローを取り出すが…
「待ってください!!!闇雲に突っ込んではいけません…綿菓子の原料を思い出してください。」
「綿菓子の原料…砂糖だったはず…」
「そうです…砂糖…ですので、そこのムッシュ・エクレールと共に時間稼ぎをお願いします。そうですね…あの小さい雲に氷の粒でもぶつけてくれれば…」
そう言いながら、ティラミスは忍者刀を構えながらカオスイーツの周囲を走り始める。
「バシュバシュバシュ…」
カオスイーツから放たれた糸状の物体をティラミスがかわす中、ソルベはティラミスが指し示した雲に向かってソルベブリザードを放ち、ムッシュ・エクレールも氷雪魔法をぶつけ始める。
「バシュバシュバシュ…」
暫くの時間稼ぎが続いた中、とうとうティラミスに糸状の物体が絡みついた。
「くっ…覚悟していたとはいえ、この男の表情は気に食わないですね!!!」
糸状の物体の食い込みがティラミスのただでさえ大きめの胸をさらに強調させていく中、ティラミスはソルベとムッシュ・エクレールによって雨雲となった雲を指さして叫ぶ。
「今です!!!あの雲に炎をぶつけてください!!!」
その言葉に、ガレットは「待ってました」と言わんばかりに、真紅の甲冑に身を包み、大剣に炎を纏わせつつ飛び上がる。
「ブレイブプロミネンス!!!!!」
ガレットの炎を纏った大剣は、雨雲に熱を与え、その雲から水滴がぽつぽつと降り出す…
「雨…か。ホントに敵にするのが惜しいなぁ…」
ティラミスとミルフィーユを締め付けていた糸状の物体はみるみるうちに溶け出し、カオスイーツも段々と小さくなる。そして、カオスイーツの背後にあった綿菓子からはシュトーレンやみるく達を含む女性たちが姿を現す。
「魔界仕込みの魔眼…発動っ!!!」
突然ガレットの額から第三の目が現れ、目が開く。開いた目が光り出すと同時に、女性たちは本来の場所へと戻っていく。それと同時にムッシュ・エクレールは突然の雨で足を滑らせ、転倒してしまった。
「今だ、ミルフィーユ!!!」
「おうっ!!!!!」
大勇者の言葉に、カオスイーツの攻撃から解放されたミルフィーユは、再びミルフィーユグレイブを構え、飛び上がる。
「ミルフィーユパニッシュ!!!!!」
ミルフィーユの攻撃を受けたカオスイーツは、本来の姿である氷見冷華に戻っていく…
「母様っ!!!!!」
その姿に嫌気がさしたのか、ベイクは無言で退散する。ソルベは無事にカオスイーツから戻った母を受け止めることができた。気を失ってはいるものの、命に別状はない。その様子を確認できたソルベはほっと一安心だ。
「ところで、何で味方に?」
「マカロン様も、あの綿菓子の中に閉じ込められていたんです。でも…アジトに戻ったのなら、私も戻ります。マジパティども…次に会う時は、今度こそ完全敗北を差し上げましょう!!!!!」
「望むところだ!!!」
ティラミスの話を聞いて、ミルフィーユが返事をすると、ティラミスは安心した表情でアジトへと戻ってしまった。
暫くして、一悟達はカフェ「ルーヴル」に戻る。無事にシュトーレンも戻っていたが、戻ったと同時に階段を踏み外し、トルテを下敷きにしてしまったようだ。みるくもあずきも無事に戻ったようで、2人がカフェ「ルーヴル」に来たときは、一悟達は大いに喜んだ。
「勇者様、捕まった時…」
「実はさ…あんまり覚えてないんだよね。でも、ぼーっとする意識の中でさ…聞こえたんだよね。お母さんの子守歌が…」
「あたしも…ママの子守歌が…」
その言葉に気づいたのか、ガレットは不意にアルファベットのJの形をしたアルトフルートを取り出し、それを吹き始める。
「♪~」
ガレットの笛の音色と同時に、1人の女性が現れる。あんず色の髪に、青い瞳…それ以外は殆どシュトーレンと瓜二つの巫女…彼女こそ、シュトーレンの母・セレーネ・ノエル・シュヴァリエなのである。
「お母さん…」
勇者の母はにこりと微笑み、そのまま成長した娘を抱きしめる。
「立派になりましたね…」
その言葉に、勇者は声を上げて泣いた。戦争が原因の突然の別れ…死に目にすら会えなかった…その想いは、みるくにもひしひしと伝わる。
「おふくろさんの命日…今日だったんスよ。」
その光景を見つめる一悟達に、トルテが説明する。フルートを吹く大勇者も、どことなく悲しげだ。その様子に、一悟は今は亡き1人の人物を思い出す。
「かえでさんも今日だったもんな…帰ったら、みるくの家で仏壇に手を合わせるか…」
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