第7話「奇跡を起こせ!新生マジパティ・ライス」

 瀬戌市の廃デパートで、少女が泣き叫ぶ声が響き渡る。あまりのうるささに、マカロンの機嫌はとても悪い。

「てぃ~ら~み~すぅ~…」

 マカロンはティラミスを睨みつける。そして、鳴き声の先を指さす。その指さす先は、カオスソルベだ。


「あいつ、何とかしてよ!!!!!学校から戻ってきて、ずーっとあの調子!!!オチオチ寝られやしないっ!!!!!」

「そ…そんなこと言われましても…私が話そうとするたび、余計ひどくなる一方で…」

「カオス様も「丁重に扱え」って言ってなかった?てゆーか、あいつにとってイヤなこと強要させたんでしょ?マジパティを倒すとか…」

「それは…そうですけど…我々の任務はマジパティを倒すこと…それを忘れては…」

「ブラックビター」で一番の融通の利かなさは、恐らくティラミスであろう。その様子を見て、マカロンは「はぁ…」とため息をつく。


「あいつは氷見雪斗ひみゆきとの「千葉一悟ちばいちごに対する執着心」が具現化したモノなんだから、ミルフィーユを倒せって言われても、そりゃギャン泣きするし、ティラミスを邪険に扱いますわなー?」


 マカロンはそう言いながら、ある物を持ってカオスソルベの所へ歩き、カオスソルベの前でそれを見せる。

「カオスソルベ、どうして泣いてるんだ?お前が泣いてると、俺も悲しくなっちゃうぜ。」


 マカロンがカオスソルベに見せたのは、マカロンお手製のミルフィーユのぬいぐるみだ。カオスソルベはミルフィーユのぬいぐるみを見るなり、ピタッと泣き止み、ぬいぐるみに釘付けになる。

「ミルフィーユ♪」

 無邪気に笑うカオスソルベに、マカロンはぬいぐるみをそのまま渡す。

「ティラミスは嫌いだけど、お姉ちゃんは優しいから大好き♪」

「まーったく…こいつの扱いくらい、頭柔らかくして考えてよねー?石頭の鬼さん?」

「い…石頭で悪かったですね!!!」

 自らの頭を指でつつきながら誇らしげな顔をするマカロンの言葉に、ティラミスは顔全体を真っ赤にしてそっぽを向いた。マカロンはティラミスがいない間に、カオスソルベに対して衣類などの生活用品を色々と用意をしていたようである。カオスの力で具現化した者同士というのもあるのか、マカロンもマカロンでカオスソルベをほっとけないようだ。




 あれはいつの日だろう?木苺ヶ丘きいちごがおかの大地主のひ孫が一悟の通う保育園にやってきたのは。お人形のようで可愛らしい見た目の子…よっぽど一悟を気に入ったのか、一悟が遊ぼうと誘うと、無邪気に笑ってついてきた。幼馴染以外で、一悟に懐いてきた女の子…


 だが、ある日…その子は黒いスーツの男に連れ去られ、それ以来保育園どころか、木苺ヶ丘から姿を見せなくなった。何処へ行ったのか…記憶はかすかだが、その子をどう呼んでいたのかは、覚えている。


「ユキ…ちゃん…」

 気が付くと、一悟は窓から瀬戌せいぬ駅が小さめに見える広い部屋のベッドに居た。あのカオスソルベというソルベと似たような少女の攻撃を受けた後の事は覚えていない。それに、大分時間も経過しているように思える。

「っつ…」

 全身が激しく痛む…あの黒い光の矢の衝撃なのか否か、起き上がるのがやっとだ。

「ようやく目が覚めたんだな?」

 一悟が振り向くと、そこには仁賀保杏子にかほきょうこもとい、アンニンが立っている。普段はアップスタイルにしている髪は右耳の辺りに黒いリボンで緩く一つにまとめ、格好も白衣ではなく、春色のワンピース姿だ。

「ここ…は?」

「私の家だ。最上階ではないが、ターミナル駅前のマンションって住み心地最高だな。駐車場の料金は高いがな。」

「俺は…なんで…」

「一悟、お前はあの時、危ないところだったんだぞ?エクレールが言うには、ミルフィーユグレイブで防いでいたみたいだが、それでも保健室に運ばれた時には既に意識を失っていた。」

「えっ…」

 あまりにも衝撃的な事実に、一悟は一気に青ざめる。


「セーラ…いや、勇者様の所に医療器具一式持っていくワケにもいかないし、マジパティの事を知られるとなると、病院にも搬送できない!防犯上、学校にも泊まるワケにもいかない!つまり医療器具や薬が揃っていて、尚且つマジパティを知る者がいる場所…って事で私の家に運ぶことになったワケだ。」

 アンニンが深刻な表情で説明するほど、一悟は危険な状態で保健室に運ばれた。中途半端な変身解除の状態のため、結局アンニンが自身のマンションの一室に運び、一悟の治療にあたっていた。アンニンの治療の甲斐もあり、一悟の変身はすっかり解けており、2日間眠り続けていた事による身体の痛み以外は、カオスソルベの攻撃による影響は殆どない。

「昨日は金曜日だったから、たまたま弟が授業のない日だからって丸一日任せていたし、今日は午前中に茶道部の活動があったから、みるくとラテに来てもらったんだ。」

 彼女の言葉に、彼女と同じ髪の色をした20歳程の学生が入ってきた。アンニンの弟である。アンニンの弟・ジュレことトーマス・ジュレット・ブランシュは、スイーツ界の医療技術向上のために人間界に来ていて、仁賀保桃真にかほとうまとして看護学校に通っている。

「そーゆーコト。とんだ騒ぎ起こしてくれちゃって…もっとも、一番の原因はカオスなワケだけどね。」

「あら…おかえり、ジュレ。勇者様の方は?」

「今日は土曜日だから、トルテもコーヒー淹れるほどの大繁盛っぷり。まぁ…一昨日は勇者様が風邪ひいて短縮営業だった時のツケがきたって感じだった。」

 そう言いながら、ジュレはため息をつく。そして…


「ホント、チョーじれったい!聞き耳立ててないで、堂々と入ればいいのに…」


 彼は一悟のいる部屋に、みるくとラテを入れた。

「ぴゃあっ!!!」

「みるく!!!!」

 みるくは部屋の入口で転倒したが、すぐに起き上がり、一悟の所へ駆け寄る。ラテも一緒だ。

「よかった…いっくんの意識が…戻って…」

 駆け寄るや否や、一悟の姿を見るなり安心しきったのか、みるくとラテは泣き出してしまった。そんな2人に対して一悟は何もできなかったが…

「てゆーか、そんな感動の再会やってる余裕なんてないんだけどねー?」

「ジュレ…それはどういうこと?」

 ジュレの言葉に、再び部屋の空気が張り詰める。


「さっき、ムッシュ・エクレールから桜餅のカオスイーツが現れたって連絡が入った。場所は瀬戌駅北口のコンコース…」



「ガラッ」


「うちの反対側じゃないか!!!!まったく、あの男は…」

 ムッシュ・エクレールに対して文句を言いつつ、アンニンはベランダに入ると、駅の方をオペラグラスで見つめる。アンニンとジュレの住むマンションは瀬戌駅の南口にある。その南口から自由連絡通路と駅ビルを設けた橋上駅の反対側には、ピンク色に緑色の葉っぱの怪物がうごめいているのが確認できた。

「カオスイーツが現れたなら…俺も…」

 そう言いながら、一悟はベッドから降りようとするが、上手く立ち上がれない。

「残念だが…一悟、今回のお前はミルフィーユとして戦える状況じゃない。」

「姉さん、そんな事言っても勇者様自身の勇者としての能力がない今、マジパティが居ないとカオスイーツは…」

「わかってる…でも、カオスソルベとの戦いから意識を取り戻したばかりのミルフィーユには、負担が大きすぎる。だから…頼めるな?プディング…」

「はいっ!!!」

 アンニンの言葉に、みるくはすっと立ち上がり、ラテと共にアンニン達の部屋を飛び出した。護衛として、ジュレも一緒である。



「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!」


 マンションのエレベーターの中、みるくはブレイブスプーンを構えた。そして1階でエレベーターの扉が開いた瞬間、エレベーターからみるくと顔立ちが似ている金髪の少々ふくよかな少女が飛び出した。変身後も運動神経が上がるので、マンションの出入り口から瀬戌駅の自由連絡通路に向かうのに、そんなに時間はかからない。ミルフィーユがカオスソルベとの戦いから完全復活できていない分、プディングのマジパティとしてのプレッシャーは大きい。




「くっ…私の電撃を吸収するとは…」

 瀬戌駅北口のコンコース…ここでは現在、桜餅のカオスイーツ・サクラカオスイーツとムッシュ・エクレールが対峙している。コンコースに居る人々は、飛来した桜餅に動きを封じられ、桜餅から難を逃れた人々は南口のコンコース、駅構内、瀬戌駅の駅ビルにそれぞれ避難しているようだ。そして、カオスイーツの隣には…

「その程度ですか?随分と落ちぶれたものですね!!!」

 ティラミスである。先日の件でカオスソルベは、ミルフィーユを倒してしまったショックで戦いに出る気力を無くしてしまい、マカロンも最近SNSでトラブルが発生したと言って、やる気がないため、今回はやむを得ずティラミスが単独で出ることになった。


「叔父様っ!!!」

 ライスがプディングを連れてコンコースにやってきた。

「ライス、それにプディング!!!!」


「黄色のマジパティ・プディング!!!禍々まがまがしい混沌こんとんのスイーツさん、勇者の愛でおねんねの時間ですよ?」


 久々のプディング単独の名乗りである。

「どうやら、ミルフィーユは来られないようですね。さぁ、カオスイーツ!!!接近技でプディングを追い詰めるのです!!!!」

「うぅ…あの形状はちょっと苦手な道明寺どうみょうじ…」

 プディングもとい、みるくは小学生時代、学校行事で桜餅を作った事があるのだが、その時に1人の男子がみるくの髪に道明寺粉で作った桜餅を付けてからかうという事件が起こり、それ以来みるくは道明寺粉製の桜餅がトラウマとなってしまったのである。

「でも、私だってやるときはやりますっ!!!」

 そう言いながら、プディングはプディングワンドを繰り出し、それを構える。しかし…


「きゃあっ!!!!!」


 餅状カオスイーツの身体が細長く伸び、プディングの髪を掴んだ。その瞬間、プディングは思わずプディングワンドを落としてしまう。

「プディング!!!!」

「どうやら、プディングは桜餅にトラウマがあるようですね?丁度いいです。この際ですから、説明いたしましょう。今回のカオスイーツにした人間は、過去に女の子の髪に桜餅をつけるなどの嫌がらせを行っていた中学生です!!!コンビニで万引きしたり、通行人の財布を盗んだり、学校をサボるなど、元々素行の悪い学生だったようなので、今回のカオスイーツにはうってつけでした。」

「そ、そんな…」

 カオスイーツにした相手の素性に対してやけに詳しいティラミスの説明に、プディングは愕然とした。カオスイーツの正体が過去に自身に対して悪さを行っていた相手…カオスイーツにされた人間は救うのがマジパティとの使命…だが、今のプディングにとって、今のカオスイーツを浄化するという事は…もう2度と顔も見たくない相手と顔を合わせるという事に繋がってしまう。

「私は事前にカオスイーツにする相手の素性を調べないと気が済まない主義でしてね…まさかプディングの苦手なものだとは嬉しい誤算でした。」

 ティラミスの説明中もなんのその、カオスイーツはプディングを己の身体に引きずり込んでいく…


「お腹すいただろ?ちょうど桜餅があったから、食え。」

 一悟の空腹の音が鳴り響き、アンニンは冷蔵庫に入っていた桜餅を差し出す。

「あ…ありがと…これ、長明寺ちょうみょうじって奴…だよな?」

 円筒状の餡を焼いた皮で包み、その皮の上に少し大きめの桜の葉を巻いた桜餅…一悟はそれを見て、何かに気づいた。

「よく知ってるな?」

「小学校の行事で作った事あるんだ。班ごとに道明寺にするか、長明寺にするか決めて…でも、その時…」

 桜餅を見ながら、一悟はアンニンに小学校の行事で発生した、桜餅にまつわる事件を説明した。当時、みるくと一悟は同じ班で長明寺の方の桜餅を作っていた。そこへ、道明寺の方の桜餅を作っていた班の少年が、みるくの髪にできたての桜餅をくっつけてしまったのである。泣き叫ぶみるくの声に呼応するかのように、一悟はその少年に掴みかかる。だが、少年共々先生に止められてしまい、何をすることもできなかった。


「こんなにみるくの事…守りてぇのに…守れねぇの…悔しい…」


 桜餅を食べながら、一悟は大粒の涙を流す。あの時と似たような、みるくを助けられないもどかしさを、もう一度味わうなんて思ってもみなかったから。




「みゃあああああっ!!!!」

「焦点が定まりませんわ!!!」

 プディングはカオスイーツに羽交い絞めにされ、粘り気のある餅状のカオスイーツの食指がプディングのコスチュームの中まで侵入、そのまま身体をまさぐり、彼女を更に追い詰めようとする。ムッシュ・エクレールとラテは、飛んできた桜餅に捕まり、ジュレに至っては、カオスイーツが駅の連絡通路に侵入しないように結界を貼っているため、身動きが取れない。唯一動けるのは、カオスイーツに小型の爆弾を投げ続けるライスだけだ。

「何度爆弾を投げようとしても、無駄なあがきです。このままカオスイーツの体内に吸収してしまいます。カオスイーツ、そこの爆弾娘も桜餅で動けなくするのです!!!」


「バシュッバッシュッ!!!!!」


 ライスの足元に桜餅が2発直撃し、まるでトリモチのように彼女の足の動きを封じ込めた。

「くっ…」

 ふと、ライスは考える…「こんな時、ミルフィーユもとい千葉一悟はどうするのか」…と。その答えはすぐに出た。それは、ミルフィーユ達の戦いを支えていくうちに気づいた事…



「俺は絶対に諦めねぇっ!!!!!」


 普段のライスらしからぬ言葉…たとえ、手足の動きを封じられようとも、絶対にミルフィーユは諦めたりしない。

「…と、ミルフィールなら仰るでしょうね。それなら、今のワタクシもミルフィーユと同じく、例え手足の動きを封じられようとも、絶対に諦めはいたしませんっ!!!!」

「それなら、お望みどおりに…行きなさい、カオスイーツ!!!」

 ティラミスの言葉に呼応するかのように、カオスイーツは桜餅を発射し、今度は彼女の振袖に着弾させた。

「たとえマジパティになれなくとも、ワタクシは絶対にプディングを…」



「お助け致します!!!」



 ライスは再び手りゅう弾サイズの爆弾をカオスイーツにぶつける。今度はプディングの胸を覆う白い聖域をずらそうと目論む食指を爆破した。


「だから…今のワタクシに力をお借しください!!!勇者の知性よ!!!!!」


 既に石化した雪斗のブレイブスプーンを、できる限り空高く掲げる。スイーツ界の住人はマジパティになれないという掟があるのは、ライスも覚悟している。だが、その力を借りることは十分に可能だ。

「うぐっ…」

 カオスイーツが発射する桜餅が、更にライスの身体にまとわりつく…それでも石化したブレイブスプーンを持つ腕は絶対におろさない。たとえ、この身が動けなくなったとしても…


「カッ…」


 ライスの頬に桜餅が張り付いた瞬間だった。突然石化したブレイブスプーンが水色の光を放ち、放たれた光がライスをトリモチと化した桜餅から解放する。ライスの目の前には、石化していたはずの雪斗のブレイブスプーンが浮いている。

「ユキ様のように力及びませんが…プディングをお助けするためならっ!!!」

 ライスの決意はダイヤモンドのように固く、彼女は再びエンジェルスプーンを空高く掲げる。



「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」


 ライスの身体は水色の光に包まれ、ほぼ同時にライスの身体は白い光を発光した。紫色のツインテールは一時的ではあるが解け、身体は水色を基調とした白いフリルの付いたノースリーブの着物に、白と藍色が鮮やかな帯、帯は腰の辺りでリボンのように結ばれ、黒いパンストと白いフリルのついた黒いプリーツスカートが、ライスのお尻を覆い、足元には白に水色を基調としたショートブーツが装着される。


「な…なんてことが…」


 ライスが両腕で大きな円を描くと、彼女の腕は着物と同じ水色の振袖と、手の甲を三角状に覆う薄手の布状のグローブが現れる。髪は再びツインテールに結われ、ソルベと同じような装飾のリボンが付けられ、さらにツインテールの裾も腰のあたりでくるんとカールする。ソルベと同じイヤリングが付けられ、腰に緑の宝石がついたチェーンが現れると、そこにブレイブスプーンが付けられ、さらにライスの瞳の色が緑色に変わり、変身完了の合図となる。

「ブルーのマジパティ・ライス!!!!!禍々しい混沌のスイーツ達よ、勇者の知性にひざまずきなさい!!!!!」


 まさに奇跡の瞬間だった。プディングを助けたいがために願っていた力…それは、ライスがマジパティになることだった。身体の奥底から力がみなぎって来る…これなら、プディングを救える。ライスはそう確信した。

「ピオニーファン・スライサー!!!!!」

 マジパティとなったライスは、咄嗟とっさに白い扇子をカオスイーツに向けて飛ばす。扇子は回転し、まるで牡丹ぼたんの花のように飛び交い、カオスイーツの食指を切り裂いた。


「スパッ…」


 ライスの「プディングを救いたい」という心の現れなのか、ライスのカオスイーツに対する攻撃がプディングに当たっても、プディングには傷一つついてない。

「けほっ…けほっ…」

「叔父様っ!!!ラテ!!!協力してくださいましっ!!!!!」

 カオスイーツを切り刻んだ扇子は、ムッシュ・エクレールとラテを覆っていた桜餅を切り刻み、2人も桜餅から解放された。そして、白い扇子はライスの元へ帰っていく。

「プディング、カオスイーツとなった中学生は、駅ビルの本屋で私の財布を盗んだ奴だ!!!今から警察が来る!!そいつが警察官たちに囲まれれば、お前にはその相手の顔があやふやになる。思いっきりお前の怒りをぶつけて来い!!!」

「私も、そいつにモザイクみたいなモノかけられますので、安心して浄化してください!!!」

 ムッシュ・エクレールとラテの言葉に、プディングは体制を整え、プディングワンドを拾い上げる。その間に、カオスイーツも元の大きさへ戻ろうとする。


「食べ物は誰かにくっつけて遊ぶものではありませんっ!!!!そんな不届き者は、2度と悪さできないようにしてやりますっ!!!!!」


 プディングはプディングワンドを構え、杖の球体がぐるぐると回転を始める。回転が止まったと同時に、球体は黄色い光を放つ。


「プディングメテオ!!!フランベ!!!!!」


 カオスイーツの上空から降って来る球体は炎を纏い、餅状のカオスイーツを焼き尽くす。


「アデュー♪」


 プディングがそう言いながらウインクすると、カオスイーツは丸焦げになり、本来の姿を取り戻す。

「くっ…なんたる不覚…このままではマカロン様にどやされます!」

 そう言いながら、ティラミスはフッと音を立てて消えてしまった。


 ティラミスの言った通り、カオスイーツにされたのはかねてから素行の悪い中学生だった。そんな彼はジュレが呼んだ駅前の交番の警察官達によって取り押さえられ、瀬戌警察署に連れて行かれた。警察官達とラテのおかげで、あの事件以降もう2度と見たくない相手の顔は見ることはなかった。それが、プディングもといみるくにとっては救いであった。最も…今回はライスに対して感謝の気持ちでいっぱいだ。




 客のピークを過ぎたところで、店の方を一度トルテに任せ、シュトーレンは女の姿に戻り、居住スペースの階段を駆け上がる。アンニンから一悟が意識を取り戻したとの連絡があり、再び迎え入れるためだ。


「ガチャッ…」


 大急ぎで着替えの準備を始めた時、突然玄関の鍵が開く。

「今、着替えてるからちょっと待っててー!」

 恐らく、一悟経由で合鍵を預かっているアンニンだろう…そう考えながら、シュトーレンは着替えを済ませようとするが…


「僕の辞書に、「待つ」という文字はないよ?」


 輝かしい金髪にアクアマリンのような青い瞳…シュトーレンにとっては、何かと分が悪いイタリア人が、着替え中のシュトーレンのいるリビングに入ってきた。

「何の用なの?トーニ…」


 アントーニオ・パネットーネ…10代後半の大学生と見間違うほどの姿をしているが、これでも25歳。ホテル王の息子にして、インターポール所属の捜査官である。そして、トルテにカフェ「ルーヴル」のバイトを紹介し、ムッシュ・エクレールの住まいを確保した張本人がこの男である。


玉菜たまなが今…フランスを出た。明日には木苺ヶ丘に戻って来る。」

「予定より早かったのね…あの子。」

「「ブラックビター」のクイニー・アマンを元の人間に戻せたからね。玉菜は大したものだよ。」


「クイニー・アマン」…パリの「ブラックビター」のボスである。そんな相手を1人で元のインターポールの事務局長に戻せたと聞いて、シュトーレンは安堵の表情を浮かべた。


「それと…君とこうしていたくなってね…」

 そう言いながら、アントーニオは上半身裸同然のシュトーレンをソファの上に押し倒した。

「ちょっ…何すん…」

 彼女のセリフを遮るかのように、アントーニオは彼女の唇を奪った。


「例え異界の勇者でも…君は僕のモノだよ…セーラ・シュトーレン・クラージュ・シュヴァリエ…」

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