第6話「カオスソルベ誕生!ミルフィーユはトモダチ」

「バサッ…」


「濡れた服の状態では、カオス様にお譲りするワケにもいきませんからね…」

 ブラックビターの拠点である廃デパートに戻ったティラミスは、雪斗ゆきとの服を脱がし、大きな黒いもやが佇む場所へ彼を連れて行った。

「カオス様、素晴らしい逸材をお持ちしました。それは、1人の存在に対して歪んだ執着心と嫉妬心を持つ者…それも、先刻までマジパティであった者です。」

 ティラミスはそう言いながら全裸の雪斗を蹴り飛ばし、フフっと笑みを浮かべた。黒いもやは突き飛ばされた雪斗まで食指を伸ばし、そのまま雪斗を闇の中へと飲み込んだ。


「美味…実に美味…マジパティであった者がこんなにも歪んだ感情を持っていたとは…気に入ったぞ…」


 黒いもやがそう言うと、黒いもやはもごもごと中で雪斗の身体に手を加える。もごもごという租借音そしゃくおんの中で響き渡る骨の砕ける音…長い間カオスに仕えているティラミスですらも、このカオスがメンバーを生成する光景は「慣れろ」と言われても、慣れる事は難しい。


「この人間…気に入ったぞ…我の力を分けてやろう…その執着心で我の腹を満たせ…」


 黒いもやが何かをぺっと吐き出すと、そこに居たのは氷見雪斗ひみゆきとではなく、背丈、体格、外見の殆どがソルベによく似た、全裸のグラマラス体系の少女だった。

「はい…お父様…」

 ソルベとよく似た少女は、右手の人差し指をペロッと舐めながら微笑む。


「僕と…遊ぼうよ…ミルフィーユ…」






 もうすぐゴールデンウィークを迎えようとしている瀬戌せいぬ市は、18時を迎えようとしている時点で相当雨脚が強くなっている。一悟いちごと顔立ちが似ているサン・ジェルマン学園高等部の制服姿の女子高生も、突然の大雨で通学カバンを傘代わりにしつつ、自宅へと戻る。

「ただいまー…もう、何なの?この土砂降り…」

 そう文句を言いながら一悟の姉の一華いちかは、濡れた制服のスカートをまるでぞうきん絞りのように絞り出す。

「おかえり、一華。お風呂湧いてるから、さっさと身体温めな。ちょっと鼻血の跡残ってるけど…」

「はぁ~い…んで、一悟は?」

「もうすぐ空手の試合が近いから、道場に行く時間早めるってんで、首藤しゅとうさんって人の家にしばらく厄介になるってさ。」

「あんにゃろ…一華さまから逃げたな?」

 一悟の母はそう言うが、「道場に行く時間を早める」というのは、実は嘘である。






 この経緯は1時間ほど前に遡る。突然、インターホンが鳴り響き、玄関を開けると、そこに居たのは息子の担任の先生と、ジャージ姿で息子とよく似た長身の少女…ずぶ濡れの状態を放置するワケにもいかず一悟の母は、2人にタオルを差し出した。一悟の母は、少女が誰であるのかすぐに判った。そして、最近の事も…


「もう無理して隠す必要ないよ…お前、みるくちゃんとマジパティとして戦ってたんだろ?一悟…」


 その予想外の言葉に、一悟と下妻しもつま先生は驚いた。

「あれだけ、人の現役時代の技使って戦ってるんだ。あれは一悟だってすぐ判るさ。それに帰りは極真会館に行った割には遅いし、マレンゴの餌やりも散歩もサボりがち…そして、ケガをして帰ってきたみるくちゃんと今の姿…これで辻褄が合うってもんだ。」

「早ぇよ…気づくの…」

「ずぶ濡れで何言ってんだ!さっさとお風呂で身体温めて来な!!!先生も玄関で立ってないで、上がってください。」

 一悟の母が一喝すると、一悟は浴室に行き、下妻先生も足元にいる小型犬に吠えられながらも、身体を拭きながら千葉家に入る。




「まさかこんな早くバレるなんてなぁ…」

 そう言いながら、一悟はずぶ濡れのジャージを脱ぎ始め、洗濯カゴの中へと放り込む。雪斗がティラミスという「ブラックビター」のメンバーに連れ去られて暫く、シュトーレン共々雨に打たれていたので、ジャージの下も下着もずぶ濡れだった。そんなずぶ濡れのシャツを脱ごうとした途端…


「ぶぼっ…」


 変身している時は一切見ていない、長身少女の自分の身体を見て、鼻血を出してしまったのだった。それでも何とか入浴を済ませ、用意された姉のおさがりを着て、荷物をまとめ、一悟は下妻先生共々、仁賀保にかほ先生が運転する車に乗ってシュトーレンのいるカフェ「ルーヴル」へと向かった。一悟の母は一悟とみるくがマジパティである事に関しては、誰にも言わないという事を約束した。




 ムッシュ・エクレールもとい、下妻先生はシュトーレンの知り合いの紹介により、運よくカフェ「ルーヴル」の近くにあるワンルームのアパートを借りることになった。退院した昨日はカフェ「ルーヴル」に厄介になっていたようで、「教師が住所不定なのはマズい」ということで、シュトーレンに頭を下げ、即日入居ができるアパートを紹介してもらえたとのことである。ナルシストな彼も、さすがに勇者様の知り合いが紹介してくれたアパートということで、納得しているようだ。


 昨夜の大雨が嘘のように晴れた朝、カフェ「ルーヴル」は昼の開店に向けて準備をしている…はずなのだが…

「あんな雨の中、10分も立ち尽くした挙句、そのあとバイクで帰ってきて…」

「面目ない…」

 勇者様も、流石に風邪には勝利できなかった模様だ。

「でも…風邪ひいてる姉御って…ちょっと色っぽいっつーか…守ってやりたく…ごへっ…」

 トルテの背後から、サン・ジェルマン学園中等部の女子制服姿の一悟によるグーパンチが飛び出した。ご丁寧にも、左手はティッシュを掴みつつ鼻を押さえている。


 男の時のクセが出てくるたび、目のやり場に困るトルテからツッコまれるものの、それ以外は何の支障もない。カバンの中にココアを入れ、カフェの前で下妻先生と合流し、学校のある高台に通じる坂のふもとでみるく、あずき、ラテと合流。みるくに関しては、ケガが治るまではあずきと一緒に登校する事になり、ラテはみるくの所で厄介になることになった。




「えー…氷見雪斗の事だが、昨晩から自宅に戻ってきていないそうだ。心当たりのある者は、先生たちか瀬戌警察署に連絡するように。それから、漆山うるしやまマコは昨晩おたふく風邪と診断されたため、1週間ほど出席停止となった。」

 本当の事を知っているとはいえ、他の生徒達にはこう言わざるを得ないという葛藤…どれほど下妻先生に重くのしかかっているのだろう。漆山マコの件はあまりにも唐突のことだった。恐らくはシャベッターのアカウントが凍結されたショック、もしくは雪斗の行方が「ブラックビター」に関係する場所にあるのか知っていると、先生は推測した。だとしたら、あんなむしゃくしゃした声で電話をして来ない。


「エクレール、僕だけど!!!漆山マコは昨夜からおたふく風邪になったって事で休みにしといてよねっ!!!!!」


高萩たかはぎさん…氷見雪斗が行方不明だそうですわね。」

「えぇ…そのようですわね。」

「最近の彼は奇行が目立ってましたし…何か危ない薬でもされていらしたのでしょうねぇ…」

「もう氷見雪斗も落ちぶれたものですわね。それはそうと、隣のクラスに長身の女性が…」

 雪斗不在の影響も激しかった。あれほど共に雪斗を慕っていた女子達が、手の平を返すように雪斗に対する陰口を言うようになった。どうしてこうにも簡単に手のひらを返せるのか…あずきには理解しがたい光景だ。




「まったく…吉田よしだ幣原しではらの態度どきたらーっ!!!!!うがーーーーーーーっ!!!!!」


 昼休みに入り、あずきの怒りはゆで卵が一瞬にして燻製くんせいになってしまうほどヒートアップだ。雪斗が不在で、雪斗のファンが次々と「Club YUKIクラブ・ユキ」を離れてしまっても、あずきはファンクラブの腕章を外していない。

「それでも、その腕章は外さねぇんだな…」

「ワタクシはどんな理由があろうとも、吉田や幣原のようにあっけなく簡単にユキ様のファンを辞めるような真似は致しません!あの2人のように簡単に手のひら返すような行為は、ワタクシの信念に反します!!!」

 彼のコミュニケーション能力の問題を知っている以上、尚更だ。仮に彼が戻って来た時、あずきは再び彼を受け入れるための依り代として居続ける決意を固めたのだ。

「それほど、あずきちゃんは氷見くんの事を考えてるの凄いや。」

「一悟の事を想うみるく程ではございませんけどね。「ファン」と「好きな人」はワケが違いますけど、共に「相手を想う気持ちがある」という事に変わりはないですわ。」

 みるくの言葉に、あずきが少し誇らしげに微笑んだ。




 風紀委員長の汀良瑞希てらみずきは、目の前の人物に対して眉間にしわを寄せている。

「服装の乱れは、風紀の乱れ…ちゃんと制服を着てくださいませんか?破廉恥はれんちすぎます!!!」

 そう言いながら、瑞希の黒ぶちメガネが「ギラッ」と光る。

「サイズ…合わない…窮屈きゅうくつ…」

 瑞希の目の前に居るのは、水色のロングヘアに水色の瞳の少女で、顔立ちはソルベと瓜二つ…凹凸の激しい体格のせいなのか、瑞希が用意した制服が入らないようだ。スカートから下はちゃんと着ているのだが、問題は上の方で、ブラウスはギリギリ着られても、上着であるセーラーカラージャケットが入らないようだ。

「そのセリフ、今朝もマカロン様の前で仰ってましたよね?」

 実はマカロンもとい、漆山マコのおたふく風邪は真っ赤なウソで、この少女がマカロンの制服を無理矢理着てしまい…




「着られた…でも…キツい…」


「パァンッ!!!!!!」


「ぎゃーーーーーーーーーんっ!!!!(泣)」

 マカロンの目の前で一瞬にして上着とブラウスのボタンをすべて飛ばすわ、スカートのファスナーも飛ばすわ…という、マカロンにとっては大惨事を引き起こしてしまい、「コイツが居る間は学校行かない」とティラミスもとい、汀良瑞希に喚き散らしたという。そのため、この様に風紀委員長・汀良瑞希として氷見雪斗を媒体として生成された少女を世話する事になったのだ。




「キーンコーンカーンコーン…」


 昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響く。

「とにかく、あなたは現在学校関係者ではないのですから、勝手にこの空き教室を出てうろちょろせぬように!!!いいですね?」

「はぁ~い…」

 少女はどことなく面白くないようだ。瑞希は空き教室を出ると、少女はそっと窓辺に目を向ける。


「ミルフィーユと…遊びたい…」

 少女の手には、ブレイブスプーンとよく似た黒いティースプーンが輝いている。媒体が覚えている記憶と感覚は、この少女にはない。唯一覚えているのはミルフィーユの事で、それ以外は殆ど傀儡くぐつのようなものと言っても過言ではない。

「「明日も遊ぼう」って言ったの…ミルフィーユだもん…」




 放課後になり、一悟はシュトーレンの事が気がかりで、真っ先にカフェ「ルーヴル」に戻ろうとするが…

「いちご様…よろしければ、わたくし・幣原善枝しではらよしえとお帰りになりましょう。弓道なんてやってられませんわ!」

 一悟の教室の前に、幣原善枝が待ち伏せていた。彼女も弓道部に所属し、本日は練習日であるが、雪斗目当てでの入部のため、雪斗のファンをやめた現在は、彼女にとって弓道はどうでもよいものと化してしまった。

「げっ…」

「何を言っておられるの?いちご様は私・吉田しげよと…」

 一悟にとっては地獄の光景だ。そして…

「いっくん…責任重大だね?あたし、保健室に用があるからまた明日ね?」

「ココアもまたねー♪」

「うそーん!?」

 追い打ちをかけるような、幼馴染の言葉…一悟の目の前は真っ白になった。あずきも吉田と幣原とは口を利きたくないらしく、今の一悟を見てみぬふりをした。


 一悟はその場を駆け出そうとするが、幣原と吉田は一悟を追い掛け回す。この追い掛け回されること…いつ以来だろうか。追い掛け回されるたびに「そこの1年生、廊下を走るな!!!」などと、風紀委員にも先生たちにも注意されていたあの頃…その追い掛け回してきた奴の尻拭いをした生徒会長…今はどうしているのだろうか…その時…


「ミルフィーユ…困ってる…」


 本校舎と特別棟を繋ぐ1階の渡り廊下を走る突然一悟の背後に、ソルベによく似た水色のロングヘアの少女が現れ、幣原と吉田を中庭へと突き飛ばし、2人に黒い光を浴びせた。黒い光を浴びた2人は徐々に姿を変えていき、合体してパフェのカオスイーツとなった。

「本当は…ミルフィーユとだけで遊びたかったけど…」

 そう言いながら、少女は黒いティースプーンを構える。


「カオス…ビター…トランスフォーム…」


 少女は一悟の目の前で黒い光を放ちながら変身を始めた。黒と赤を基調としたコスチュームに、ニーハイブーツ、黒い長手袋…変身のモーションは殆どソルベそのものだが、ドレスがインナーのないへそ出しツーピースで、ニーハイブーツの下は黒いストッキングではなく生足。そして極めつけはサイドテールのリボン、そして衣装の羽根の形も黒いコウモリの羽根となっている。自ら人間をカオスイーツにしておきながら、そのカオスイーツと戦うというのか…そんな彼女は、カオスイーツの前で一悟に抱き着き…

「ミルフィーユ…僕と…遊んで♪」

 無邪気に微笑む少女に、「これは遊びじゃない」って言おうとしたが、目の前にカオスイーツがいる現在、後には引けない。プディングはケガで戦いの場に出られないし、白銀のマジパティに至っては日本から遠く離れた地に居る。その現実を前に、一悟にはそれを拒否する手段はないに等しい。


「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」


 一悟はミルフィーユに変身を始めた。くどい様だが、ここは放課後の中庭である。中庭で談話する生徒、部活へ向かう生徒もいる…つまり、一般生徒がいる状態だ。過去のように人が氷漬けになっていたり、空間を曲げて一時的に姿を消していたという条件がない…という事は…



「ピンクのマジパティって、この学校の生徒だったのかよっ!!!!!」

「あれ…2年生の千葉って子じゃない?」

「ホントだ。よく見たら千葉一悟じゃん…」

「カオスイーツのいる前とはいえ、人前で変身しおって…」

 突然現れた化け物を見るために現れた野次馬達(9割は生徒)に、一悟はその正体を明かしてしまったのだったトサ。


「ピンクのマジパティ・ミルフィーユ!!!!!」


 そんなミルフィーユの名乗りの途中で、校内放送のチャイムが鳴り響く。


「先ほど中庭に現れた怪物とマジパティを見た生徒及び諸先生方は、大至急保健室前に集合してください。繰り返します。先ほど中庭に現れた怪物とマジパティを見た生徒及び諸先生方は…「バキィッ!!!!!」大至急保健室前に集合してくださいね?(はあと)」


 放送の途中の何かが壊れる物音は何だったのか…突然の養護教諭の校内放送で、中庭に集まった野次馬達は一目散に保健室へむかった。

「禍々しい混沌のスイーツ、勇者の力で木っ端微塵にしてやるぜ☆」

「わーい♪ミルフィーユと遊べるー♪」

 ソルベとよく似た少女は、大喜びだ。




「それでは、これで風紀委員会の集会を終わります。もうすぐゴールデンウィークだからとはいえ、気を抜かないようにしてくださいね。」

 特別棟2階にある会議室。ここでは瑞希率いる風紀委員がゴールデンウィーク中及び、ゴールデンウィーク明けの風紀取り締まりに向けて、会議を終えたばかりだ。

汀良てら!!!!」

 会議室を出てきた瑞希に、下妻先生が声をかけた。

「どなたかと思えば、裏切り者のムッシュ・エクレールではございませんか。裏切り者がなんのご用件でしょうか?」

「ティラミス…貴様は放課後に入ってから、今まで会議室に居たのか?」

「当たり前です。委員長なのですから。委員長が委員会の会議にサボるワケにはいきません!」

 下妻先生の質問に、瑞希はそう答えながらメガネをくいっと上げる。

「それとも、私が会議に出ながらカオスイーツを生成するとでも?あなたやマカロン様と違って、この姿でカオスイーツの生成ができない私には無理な話です!!!!」

 会議中でも校内放送は聞いていたらしく、カオスイーツの出現の事は知っているようだ。

「それなら、マカロンがいないこの学校内で誰がやったと言うんだ?」

 その瞬間、瑞希は血相を変え、廊下を駆け出す。

「こら!風紀委員長が廊下を走るな!!!!」


「裏切り者に一つだけ教えます!!!彼女は、私でもマカロン様でも手に負えない程の執着心の持ち主であるということを!!!!!」


 瑞希はそう言うと、ティラミスの姿へと戻り、フッと音を立てながら消えてしまった。




「でやっ!!!!」

「とおっ!!!!」

 パフェカオスイーツは2人分の負の感情を合わせて生成されたカオスイーツであることもあり、従来のカオスイーツよりも能力が上回っている。そして、カオスイーツにされたのが幣原と吉田であることもあり、執拗にミルフィーユを追い回す。そんなカオスイーツにミルフィーユは少し息があがるが、少女は平気な顔をしている。

「ミルフィーユグレイブ!!!!!」

 早めに決着をつけるべく、ミルフィーユはピンクの柄の薙刀・ミルフィーユグレイブを繰り出し、それを構え、思いっきり地面を蹴って飛び上がった。


「ミルフィーユパニッシュっ!!!!!!!」


 ミルフィーユの技がカオスイーツを真っ二つにすると、パフェカオスイーツは瞬く間に本来の姿を取り戻す。

「さっすがー♪」

 カオスイーツが完全に幣原善枝と吉田しげよに戻った直後、2人の背後から厳しい声が聞こえた。



「何をしているのです!カオスソルベ!!!」


 黒い髪に2本の鬼の角…そして、くのいちとメイドを合わせたような雰囲気の人物…ティラミスだ。

「あれほど、外を出歩くなと言ったはずです!!!」

「だって…ミルフィーユと…遊びたかったんだもん…」

 ティラミスの苦言に、カオスソルベは頬をフグのように膨らませた。

「言い訳は後で聞きます!おかげでマジパティを呼び出す手間は省けたのですから。さぁ…その手でミルフィーユを倒しなさい!!!!」

「やーだー!!!まだミルフィーユと遊ぶのー!!!」

「また…牢獄ろうごくの中に入れられたような生活に戻りたいのですか?」

 駄々をこねるカオスソルベに向かってティラミスがそう言い放った刹那、カオスソルベの表情はいきなり青ざめた。


「イヤだ…あんな怖いところ…戻りたく…ない…」


 カオスソルベは今にでも泣きそうになるほどの声で、黒い弓を出した。その弓は緩やかなMの字を描いた長弓…あのソルベと同じ形状の長弓であった。

「!?」


「ごめん…ミルフィーユ…お父様の言いつけ…守らないと…」


 カオスソルベが黒い弓を持つと同時に一本の弦が張られ、構えると同時に一本の黒い矢が現れた。


「せっかく…トモダチになれたのに…」


 カオスソルベがミルフィーユに狙いを定めた刹那、カオスソルベは大粒の涙を流しながら黒い光の矢をミルフィーユに放った。ミルフィーユは咄嗟にミルフィーユグレイブで防ごうとするが、カオスソルベの放った黒い光の矢の勢い相手には分が悪すぎた。


「ぐはっ…」


 圧倒的な黒い光の矢の勢いにミルフィーユは吹き飛ばされ、持っていたミルフィーユグレイブは光の粒子となって消え去ってしまった。そのまま中庭の芝生に背中を打ち付けた時には、ミルフィーユのコスチュームは殆ど消え去り、ピンクの光が胸の辺りからお尻にかけてバスタオルのように覆っている状態となってしまった。髪の色はミルフィーユの状態を保っているが、ポニーテールはほどけ、もみ上げのカールも解けてしまっている。

「ミルフィーユ!!!」

 下妻先生はミルフィーユに近づくが、ミルフィーユは完全に気を失っている。ミルフィーユへの執着心だけで、ここまで彼女を追い詰める…その圧倒的な強さに、下妻先生もといムッシュ・エクレールは言葉が出なかった。

「彼女の名はカオスソルベ。カオス様が生み出した傑作の一つ…最も、そこのマジパティに対する執着心で動いているような傀儡ですがね。今後はあなたが「ブラックビター」に居た時みたいにはいきませんよ?それでは…」

 下妻先生に向かってティラミスがカオスソルベについて説明すると、彼女はカオスソルベと共にフッと音を立てて消えてしまった。




「あなた達は中庭で「何も見ていなかった」。見えていたのは、花壇のお花達…」


 その頃、保健室では仁賀保先生が椅子に座り、5人の生徒達にラテが持っているメトロノームを見せながら、中庭で見たものの記憶を操作している。この5人で最後らしく、手伝っているラテもみるくもへとへとだ。

「その飴を舐めたら、まっすぐ帰宅してちょうだいね?それと、家に着くまでSNSはやらないように。歩きスマホは危ないですからね?」

 そう言いながら、みるくにあんず味の飴を配らせ、生徒達は飴を口に含んだ途端、颯爽と保健室をあとにしたのだった。

「これで全員…ですよね?」

「あぁ…今のが最後のグループだ。」


「ガラッ」


「アンニンっ!!!大変だ!」

 突然保健室の扉が開き、下妻先生が血相を変えてやってきた。彼の腕の中では、殆ど変身が解けているミルフィーユがぐったりとしている。

「いっくん!!!!!」

 みるくがミルフィーユの今の姿を見た刹那、保健室の床にあんず味の飴が缶ごと落ちて転がった。

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