第2話「ツン全開!!!マジパティ・ソルベ登場!」

「次のニュースです。昨日午後4時ごろ、埼玉県瀬戌せいぬ市木苺ヶ丘きいちごがおかに、ケーキのような謎の巨大怪物が出現したとの住民の通報が…」


「ピッ…」

 トルテは、面白くなさそうにリビングにあるテレビの電源を切った。千葉一悟がマジパティ・ミルフィーユに変身して一夜が明け、木苺ヶ丘は大騒ぎだ。カオスイーツを見て驚いたどこかの住民が瀬戌警察署に通報したらしく、警察、マスコミがわらわらと木苺ヶ丘に押し寄せてきたからだ。お陰様で、開店2日目のカフェ「ルーヴル」は臨時休業せざるを得ない状況になってしまったのだった。

「俺っち、生活かかってるんですけどねー!!!人間どもは事あるごとに大騒ぎしだして…」

 テレビのリモコンを放り投げ、トルテはソファーにもたれかかる。

「姉御…どこに居るんですかねぇ…」


 今でも脳裏に浮かぶ、1日たりとも忘れたことのない勇者シュトーレンの存在と思い出…


 トルテは幼い頃に両親に捨てられ、シュガトピア王国にある田舎町を彷徨っていた。人間とライオンの両方の血を引く獣人…閉鎖的な町では、混血の子は忌み嫌われる存在だった。そんな彼の心を救ったのが、少女・シュトーレン…最初はシュトーレンに牙をむくトルテではあったが、自分を忌み嫌わず、受け入れてくれたシュトーレンに段々と心を開くようになり、トルテが気づいた頃には、既に「ずっとシュトーレンの傍にいたい」と思うようになっていた。あの日までは…




 カフェ「ルーヴル」は3階建てで、1階は店舗、2階はリビング、キッチン、トイレ、そして3階は寝室、バスルームとなっている。その3階では一人の人物が目を覚ました。男物のTシャツを身にまとい、炎のような真紅のストレートロングヘア…瀬戌市木苺ヶ丘にあるカフェ「ルーヴル」のオーナー…いや、今の姿はトルテが捜している人物本人と言った方が正しいだろう。

「あぁ…もうそんな時間か…」

 眠っている間に変身魔法が解けてしまったようだ。


 変身魔法は長くはもたない。とはいえ、突然人間界に飛ばされ、勇者としての力も失い、スイーツ界の住人としての力を生かすべく、フランス・パリでパティシエ修業を決意。その際に言動に問題のある輩達がしゃしゃり出て、持ち前の腕っぷしの強さを見せつけたところ、運悪く料理学校の校長に一部始終を見られ、門前払いを食らってしまい、仕方ないので男の姿に変身してパリでのパティシエ修業にありついた…というのが、人間界でのシュトーレンのその後なのである。パティシエの資格も男の姿で取得し、尚且つ木苺ヶ丘で出店するための名義も「首藤聖一郎しゅとうせいいちろう」と、男としての名前であり、このことは住み込みで働いているトルテですら知らないことだった。

「今日は臨時休業せざるを得なくなったし、ゆっくりと湯船に浸かるかぁ…」

 シュトーレンはぐんと背伸びをすると、そのまま寝室を出てバスルームへと向かっていった。




 ほぼ同時刻、千葉一悟は朝食を食べていた。白ご飯に焼き鮭、豆腐の味噌汁…典型的な和食である。今日は中等部と高等部の入学式であるため、生徒会以外の在校生は基本的に休みとなっている。朝のニュース番組は木苺ヶ丘に現れたカオスイーツの話題で持ち切りだ。そんなニュースを、一悟は味噌汁をすすりながら後ろめたく感じた。

「一悟、悪いけどこの荷物を父さんの所へ持って行ってくれないかい?」

 食事中の息子に向かって、一悟の母・千葉江利花ちばえりかが声をかけた。持っているのは黒い紙袋だ。

「なんでだよ…」

 一悟は嫌そうに答えるが、母は無言でテレビを指さす。一悟の父親は埼玉県警捜査一課の刑事で、昨日からカオスイーツの件に関する調査のため、瀬戌警察署から自宅に戻ってきていない。テレビの内容でがっくりとうなだれた一悟は、しぶしぶ母親からのおつかいを頼まれることになった。


 一悟は食事と身支度を済ませると、リュックにラテとココアを入れ、外にある赤い自転車の籠に母親から受け取った紙袋を入れ、自転車にまたがった。

「うひょーっ!快適ぃ~♪」

「ちょっと…ココア…苦しいでしょ!!!」

 ココアもいる分、ラテにとっては一悟のリュックの中は窮屈なようだ。




「ドタドタドタ…」


 カフェ「ルーヴル」の中が騒がしくなり始めた。というのも、いつまでもオーナーが起きてこない事を不審に思ったトルテが、大慌てで2階から3階に駆け上りだしたのである。トルテは大慌てで家主の寝室を開けるが、そこは既に起床した形跡を残したまま無人の状態だった。確認に隣にあるトルテの部屋も開けるが、誰もいない…その時、トルテはバスルームから誰かが出てくるような音を聞き取った。


「ガチャッ…」


 トルテがバスルームのドアを開けると、そこにいたのは20代の青年ではなく、頭にタオルを巻いた湯上りの20代前半の女性で、どことな~~~~~~くトルテが捜している人物と似ているように見えるが、トルテと女性が目が合った刹那、女性の頭に巻いていたタオルはほどけ、ほどけたタオルから炎のような真紅のロングヘアがなびき始めた。この女性こそ…


「姉御ォォォォォオオオオオオオオ!!!!!」


 本来の姿に戻ったシュトーレンの前に、トルテは今の状況に目もくれず、思わず肩を震わせる。

「炎のような美しい赤髪…甲冑に隠された麗しい肢体…そして…艶やかなおみ足…このトルテ、姉御に再びお会いできるとは!!!!!!!!」

 その喜びも束の間、トルテの頬にグーパンチが炸裂した。


「んごっ…」


 暫くしてトルテが起き上がると、そこにはパステルグリーンのハイネックシャツにジーンズというカジュアルなスタイルに着替えを済ませたシュトーレンが仁王立ちをしていた。彼女はどことなーーーーーーーーーーーく機嫌がよろしくない。

「姉御…そのお姿もとてもよく…」

 トルテのセリフを遮るかのように、シュトーレンはA4サイズほどの1枚のコピー用紙をトルテに突きつける。そこには一悟のデータが記されていた。

「サン・ジェルマン学園中等部2年A組出席番号15番、千葉一悟…昨日のカオスイーツの件での重要参考人。大至急連れて来て欲しいんだけど…」

 表情はにこやかではあるが、声が男の姿の時の声で、なおかつ背後にのぞきに対する怒りのオーラをまとっている以上、トルテができることは…


「さっさと連れて来ーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!!!!!!」


 住居用玄関から、トルテはシュトーレンによって思いっきり蹴り飛ばされたのだった。




 瀬戌警察署にはマスコミが何人もいたが、一悟はうまい具合にマスコミの視線を避けつつ、警察署に入った。受付を済ませ、父親のいる課に案内されると、一悟は父親に母親から預かっている荷物を手渡した。

「はい、母ちゃんからの荷物。」

「ありがとう、一悟。やっぱり出前よりも、江利花さんの愛妻弁当が活力湧くんだよなー…」

 一悟の父・千葉英雄ちばひでおは荷物の中のお弁当の包みを見るなり、目を輝かせた。一悟の父は一悟とは今日中に帰れるかどうか話した後、再び仕事へと戻った。一悟も警察署から出て、再び自転車に跨る。今度は自転車と同じ色のヘルメットをかぶる。一悟を小学生だと思い込んで説教したがる交通課の婦警達が、瀬戌警察署で仕事をしているのを確認したからだ。ヘルメットをかぶり終えると、一悟は慣れたかのように瀬戌警察署の敷地をあとにした。




 生徒会長不在の中、今年度のサン・ジェルマン学園中等部の入学式がトラブルなく無事に終わり、生徒会のメンバー達での片付けを終えた書記の氷見雪斗ひみゆきとは学園近くの坂を下りながらいら立ちを感じていた。それは今日の入学式のことでも、生徒会のことでもなく、1人のクラスメイトに対してだった。


 2年生でありながら、「中等部に空手部がないから」というわけのわからない理由を付けて強制である部活に入ろうとしないわ、1人の女子生徒と一緒にいることが多いわ、雪斗が口を開けば、すぐ口答えをするわ…それでも、雪斗は彼が気がかりだった。唯一東京の私立小学校からサン・ジェルマン学園中等部にやってきた雪斗には、小学校からの友人が1人も居らず、すぐに他の生徒と打ち解ける彼がとても羨ましくもあり、妬むこともあった。その生徒こそ…


「千葉…一悟…」

「えっ!?彼のこと知ってるんスか?」

 雪斗の呟きに、トルテが反応した。


 トルテは雪斗に「一悟に会いたがっている人物がいる」ということを説明するが…

「残念だったな!そいつよりも一番僕が千葉一悟に会いたがっている!!!そう簡単に譲るまい!!!!!」

 雪斗はトルテに対して上から目線の如く、答えた。トルテは一悟が女の子なのかと疑い掛けるが、シュトーレンに渡された一悟のデータにある写真がサン・ジェルマン学園中等部の男子制服姿であることから、「それはない」と思うと同時に、雪斗の性癖を疑った。


 坂の終わりの所で、2人は赤い自転車に乗っている少年に会った。その人物こそ…

「見つけた!!!千葉一悟っ!!!!!」

「げげっ…氷見…雪…斗…」

 警察署での用事を済ませ、自宅まで自転車を置きに行こうとする所で、一悟にとっては「休みの日に一番会いたくない人物第1位」の氷見雪斗と出くわしてしまったのだった。雪斗の後ろには金髪の青年がいるが、初対面のため傍に雪斗がいる現在、どう応対していいのか一悟にはわからなかったが…

「待て!!!!!逃げるなっ!!!」

「せっかくの休みの日に、会いたくねぇ相手と鉢合わせなんて、まっぴらごめんだーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 一悟は思いっきりペダルを踏み、再び自転車をこぎ始めた。しかし、雪斗も執念深く一悟を追いかける。そんな様子をリュックの中で聞いていたココアは「ニヤリ」と笑い、リュックから顔を半分ほど出すや否や、無言で雪斗に向かってココアパウダーをふりかけた。

「けほっ…けほっ…待…て…」

 突然のココアパウダーテロにむせる雪斗の視界がひらけた時には、既に一悟の姿はなく、そこには一悟が乗っていたはずの自転車が乗り捨てられていた。




「え…えと…」

 気が付くと、一悟は木苺ヶ丘中央公園の公衆トイレの裏にいた。そんな一悟の前にはトルテが立っている。

「千葉…一悟くんっスよね?俺っちはトルテ!昨日のカオスイーツの事で、君の事を捜していたんスよ。ココアも、ラテも久しぶりっス!」

 トルテが軽く自己紹介をすると、一悟のリュックからココアとラテが同時に飛び出した。

「トルテ!!!!!」

「し…知り合い?」

「姉御…いや、勇者様の手助けをし合っていた仲間っス。」

 トルテの言葉に2人は頷くが…それと同時に、ものすごく執念深いオーラが近づいている感覚も覚え、一悟に至っては悪寒が走る…


「出たあああああああああああああああああああ!!!!!」


 突然自分の方を振り向くなり、驚きの声を上げる一悟の姿に、雪斗もまた驚いた。


 怖がらせるつもりなんてなかった…ただ、少しだけでも一悟と話がしたかった…それなのに一悟の前ではつい強がりだす…雪斗はそんな自分に苛立ちを隠せなかった。




「うわああああああああああああああ」


 そんな雪斗の背後から、彼にとって非常に聞き覚えのある声が聞こえた。一悟達も声のする方向へ向かうと、そこには氷漬けにされた公園の利用者達と、巨大なアイスキャンディーのカオスイーツ…そして…

「ムッシュ・エクレール!!!!!」

「フハハハハ!!!!覚えていてくれて光栄だな!ピンクのマジパティ!!!今日の私の下僕は、昨日のようにはいかんぞ!!!!!!」

 一悟に名前を呼ばれたムッシュ・エクレールは、笑いながら電灯の上に立っている。自分以外の人物を睨みつける一悟の姿に、雪斗は何が何だかわからなかったが、状況は読めた。散歩中の雪斗の母と弟、妹を含めたこの公園の利用者達が、巨大な化け物の手によって氷漬けにされてしまったということを…


「氷見…お前は逃げろ…」

「な、なにを…それなら、お前も逃げるべきだろ!!!」

 一悟の言葉に、雪斗が反論した。

「馬鹿野郎!!!氷漬けになりてぇのか?」

「違う!僕は…」

「だったら、なんだよ…背の低い俺に対するイヤミか?マウントとるつもりか?無理矢理俺に張り合おうとでもしてんのか?」

 イヤミでもなくば、一悟と張り合うつもりなんてない…でも、今まで見たことのない一悟の表情に雪斗は一切の言葉が出なかった。

「とにかく、俺は今…お前と言い争うヒマはねぇっ!!!!!化け物の餌食になりたきゃ勝手にしろっ!!!!!」

 そう言いながら、一悟はクラスメイトの前でブレイブスプーンを天に掲げた。


「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!!!」


 ブレイブスプーンから放たれた光に、雪斗は思わず右腕で両目をかばった。いつも言い争ってばかりのクラスメイトの姿が長身の少女の姿へと変身する様子に、雪斗は言葉を失った。髪はピンク色のロングヘアに変わり、ピンクを基調としたコスチュームに身を包み…童顔低身長の少年が戦うヒロインへと変身する様子は、雪斗にとって目の離せない光景である。光がおさまると、そこにはクラスメイトの千葉一悟ではなく…


「ピンクのマジパティ・ミルフィーユ!!!!!禍々しい混沌のスイーツ、勇者の力で木っ端微塵にしてやるぜ☆」

「そ…そん…な…」

 雪斗は頬をつけりかけようとするが、嘘ではない。目の前にいる氷漬けにされた家族、そしてヒロインに変身して化け物と戦うクラスメイト…逃げようにも、雪斗は腰が抜けて動けなかった。


「笑わせてくれる!!!カオスイーツ、マジパティをカチンコチンにしてしまえ!!!!」

 ムッシュ・エクレールの言葉に反応するかのように、フローズンカオスイーツは口から冷気を吐き出した。

「ぐっ…」

「ぴえっ…」

「さぶさぶさぶさぶさぶさぶ…」

「あ…姉…姉御に…」

 ミルフィーユは雪をかぶりつつもなんとか耐え凌ぐが、ラテ、ココア、トルテは瞬く間に氷漬けとなってしまった。雪斗はミルフィーユのすぐ後ろで腰を抜かしていたこともあり、カオスイーツの冷気からは免れた。


「でやあああああああああああああっ!!!!!」

 ミルフィーユは何度もフローズンカオスイーツに突きや蹴りを加えるが、氷に亀裂は入っても、なかなか砕けようとはしない。

「フハハハハ!!!無駄無駄無駄ァッ!!!!!」

 ミルフィーユはもう一度体制を立て直し、今度は足元を狙おうとするが…


「ドゴッ…」


 ミルフィーユグレイブを出そうとしたところで、ミルフィーユはカオスイーツの攻撃を許してしまった。

「ぐはっ…」

 腹部に一撃を受けたミルフィーユは、地面に叩きつけられる。

「くっ…」


 今度は飛び上がってカオスイーツに蹴りを入れようとするが、カオスイーツはミルフィーユの足を掴み、勢いよく地面に叩きつけた。

「いちごんっ!!!!!!!」

 叩きつけられたミルフィーユが起き上がろうとする隙も与えないかの如く、カオスイーツはミルフィーユの手足を凍らせ、動きを封じた。

「くっ…動けねぇ…」

 とうとう何をすることもできなくなった満身創痍のミルフィーユに向かって、カオスイーツはミルフィーユに氷の刃を向け、その勢いで咽元に刃を突き刺そうとする…




「ボスッ…」


 その時だった。段々とピンチに陥るミルフィーユの姿に何を感じたのか、雪斗はたまたま転がっていた野球ボールをカオスイーツに目掛けて投げつけた。

「フフン、単なるボール投げで抵抗なんぞ、無駄無駄無駄ァッ!!!!!さぁ、カオスイーツ!!!昨日の下僕の分も含めて、もっとマジパティを痛めつけるのだ!!!!!」

 雪斗からの攻撃だとも気づかず、高笑いと共に、ムッシュ・エクレールはカオスイーツに向かってミルフィーユを攻撃するように伝えるが…


「ドスッ…」


 突然ムッシュ・エクレールのシルクハットに、棒状の物が突き刺さった。

「なっ…棒きれだと…貴様ァッ!!!よくも私のお気に入りにィッ!!!!!」

 今度は雪斗がたまたまカバンの中に入れていた練習用のゴム弓で放った木の棒が、ムッシュ・エクレールのシルクハットに直撃し、彼はスイーツ界に居た頃から愛用していたシルクハットに穴を開けた張本人を睨みつけた。

「そ…そいつを…化け物に倒されて…たまるか…」

 弓道の試合以上の緊張感で震える腕…すくむ足…それでも、ヒロインに変身したクラスメイトの危機を救いたい…雪斗にはそれしかなかった…


「こ…これ以上そいつを攻撃してみろ!!!その時は、誰であろうとこの僕が容赦しないっ!!!」


 雪斗が叫んだ刹那、水色の光が放たれ、雪斗の前に水色のハート型の宝石と羽根の形をした飾りのついた銀色のティースプーンが現れた。

「こ…これは…」

 新たなブレイブスプーンが現れたと同時に、トルテ、ラテ、ココアを覆っていた氷が解け、ミルフィーユも手足の自由を取り戻した。

「ま…まさか…」

 ミルフィーユが個人的に嫌な予感を感じたと同時に、雪斗は一悟がやっていたのと同じように、ブレイブスプーンを天に掲げた。


「マジパティ・スイート・トランスフォーム!!!」


 雪斗の全身は水色の光に包まれ、ほぼ同時に雪斗の身体は白く発行し、身長170センチの細身の少年の身体は、10センチほど縮んだものの、メリハリのある体系で、太ももにまで達する水色のロングヘアの少女の身体へと変化した。水色の空間を舞い踊るその身体を、青いノースリーブインナーを纏った水色のオフショルダーのトップスが首から胸、腰まで覆い、腰からお尻にかけては、青いアンダースカートと、水色の巻きスカートがその身を包む。更に黒いストッキングがその脚線美を引き立て、履き口に水色の装飾が施された白いニーハイブーツが履かされる。蝶の如く半回転する雪斗の腕は白い長手袋に覆われ、手首にはブーツと同じような青いリボンに緑色の宝石と羽根の飾りのついた装飾が施される。水色のロングヘアは右頭頂部に青いリボンで一つにまとめられ、そのワンサイドテールには緑色のハート型の宝石と羽根の飾りのついた装飾が付けられ、耳には同じ装飾のイヤリングが付けられる。


 腰には緑色の宝石のついたチェーンが現れ、その中央にブレイブスプーンが付けられる。それと同時に目を開いた雪斗の瞳の色が藍色から水色に代わると、変身完了の合図となる。


「ブルーのマジパティ・ソルベ!!!」


 まるで日本舞踊を踊るかのように、雪斗はグラマラスボディの少女・ソルベへと変身を遂げた。


「マジパティが2人になった…だと?えぇいっ!!!カオスイーツ、まとめて叩き潰せ!!!!!!」

 カオスイーツは両手を組み、ミルフィーユ、ソルベに向かって叩き潰そうとするが…


「ガシッ…」


 カオスイーツの拳をミルフィーユがしっかりと受け止め、ソルベはカオスイーツの背後に回り、両手を地面につけ、両手を軸にしつつ、カオスイーツにローキックをかました。

「はっ!!!」

 ソルベのローキックを食らったカオスイーツは足場を崩し、そのまま仰向けに倒れこんだ。


「ドオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォン!!!!!」


「コレが僕の怒りだ…潔く受け止めろ…」

 そう言いながらソルベが右手を前に突き出すと、水色の光が現れ、徐々に武器へと変化を遂げる…


「ソルベアロー!!!」


 ソルベの前に、青く緩やかなMの字を描いた長弓…これが、ソルベの専用武器・ソルベアローである。ソルベが長弓を持つと同時に1本の光の弦が張られ、構えると同時に光の矢が出現した。ソルベがカオスイーツに狙いを定めた刹那、ソルベは水色の光の矢をカオスイーツに放った。


「ソルベシュート!!!!!」


 ソルベの放った矢がカオスイーツの身体に直撃し、カオスイーツは断末魔の叫びをあげながら人間の姿を取り戻した。

「また私の下僕を痛めつけるとは…マジパティ、次に会う時は私の帽子の分も上乗せにして返してやる!!!!」

 そう言いながらムッシュ・エクレールは去ってしまった。彼が公園を去った直後、公園を凍てつかせた氷は溶け、雪斗の家族を含めた公園の利用者達は何食わぬ顔で平穏を取り戻した。ミルフィーユ達は姿がバレないよう、再び公園の公衆トイレの裏に駆け込んだ。


「さっきは…その…ありがとな?納得いかねーけど…」

 そう言いながらミルフィーユは右手を出すが、ソルベはミルフィーユのさし出した右手を払いのけてしまった。

「勘違いするな!僕は貴様を助けたワケじゃない…」

 例え変身したとはいえ、元は氷見雪斗…千葉一悟もとい、ミルフィーユの前では素直になれず、つい強がりの言動を繰り返す…

「なんだよ!!!それがお礼を言った相手への態度かよっ!!!!」

「どういう理由であれ、僕の家族に危害を加えたことは確かだ!!!ミルフィーユ…貴様はいずれ、この僕が倒す!!!!!覚えていろ!!!!!」

 ソルベはミルフィーユに向かってそう吐き捨てると、氷見雪斗の姿に戻り、家族の元へかけよった。

「なんて感じの悪い奴!!何もあんな言い方することないじゃないですか!!!ねぇ…ミルフィーユ…」

 ソルベの態度に対して怒りを露わにしたラテだが、ミルフィーユは千葉一悟の姿に戻ろうとせず、呆然と立ち尽くしたまま涙を流していた。


 同じ勇者の能力を受け継ぐ者同士が、なぜ争おうとせねばならぬのか…ミルフィーユは、それが一番理解できなかった。




 気が付くと、ミルフィーユは千葉一悟の姿に戻っていた。甘い香りのする知らない部屋のソファに仰向けになり、一悟は虚ろな目でじっと白い天井を見つめる…そこに、ラテとココアが顔を出す。

「カカオーッ!!!」

「ようやく気が付きましたか?」

「ラテ…ココア…ここ…は?」

 一悟が身体を起こすと、そこにはトルテと、シュトーレンが立っていた。トルテはなぜだか悔しがっている。


「はじめまして…かな?千葉一悟くん…いいえ、ピンクのマジパティ・ミルフィーユ…」


 一悟を連れてきた今回は、流石にシュトーレンの声も女の時の声になっている。

「どうして…俺の名前を…」

「アタシはシュトーレン…スイーツ界の勇者…」

「ゆう…しゃ…」

 昨夜、自宅でラテから勇者・シュトーレンの話は聞いたのだが、実際に会うのは初めてだった。シュトーレンは一悟の手を優しく握りしめる。


「ねぇ…君がミルフィーユに変身した時の事、思い出せる?」


 優しく語りかけるシュトーレンの言葉に、一悟は初めて変身した時の事を説明し始めた。

「あの時は…大切な幼馴染がカオスイーツに縛り上げられて…助けようとしたココアも地面に叩きつけられて…それで、俺…2人を助けたいって思って…そうしたら…ブレイブスプーンが出てきたんだ。」

「その強い気持ちでミルフィーユになったのね…じゃあ、ソルベと争いたいとは思ってる?」

 シュトーレンの口から「ソルベ」という言葉が出た瞬間、一悟は首を横に振った。

「争いたくねぇ…カオスイーツ浄化するのに、どうしてマジパティ同士で争わなきゃいけねぇんだよ…こんなの…ぜってーおかしい…」

「マジパティの最大の目的はカオスイーツの浄化」…これもラテから聞いていた。そして、マジパティが4人居るという事も…


「マジパティは「彼」も含めて、これで3人になった…最初のマジパティはパリに残ってはいるけど、いずれ日本に来るとは言ってた。残りはあと1人…黄色のマジパティ…」


「黄色のマジパティ」という言葉に、ラテとココアは驚いた。

「えぇっ…それじゃあ、もう白銀のマジパティが居るんですか!?」

「まぁ…成り行きで…ね?「パリのカオスイーツを封印するんだー」って張り切ってんの。だから…一悟、これだけは約束して!「彼」と争わなければならなくなった時ができたとしても、「マジパティの本来の目的」と「勇者の能力は誰かを救う力である」という2つの事を思い出してちょうだい!!!」

 勇者シュトーレンの言葉に、一悟はすっと立ち上がり…覚悟を決めた表情でシュトーレンを見つめる。


「約束します!!!勇者さま!!!!」


 勇者シュトーレンに向けた一悟の表情は、夕焼けを背にしているせいか、表情こそ見えないが、まさに勇者の能力を受け継ぐ者として相応しい凛とした態度であった。

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