四ツ目たちのフィールド

大守アロイ

遠い未来の広い草原で

 地雷処理隊の指揮官が、ロボット駐機場に転がっているサッカーボールを見つけたのは、夕暮れの定期点検の時だった。

 指揮官が所属する『東欧国連平和維持軍』のこの後方キャンプには、数十人のスタッフと、22体の地雷処理ロボットが配備されていた。人間より一回り大きい自律型ロボットだった。

 細くて長いFRP製の手足に、アルミ製の小さな胴体がくっついている。各関節はモーターで駆動し、背中には大きなリチウムイオンバッテリーを背負っていた。

 彼らは首がない代わりに、四ツのカメラアイが胸部に埋め込まれていた。彼らは十字に配置されたカメラと、手のひらの金属探知機を使い、一日中屈みこみながら、黙々と地雷処理に従事する。紛争地帯を、価値ある平和な土地へと生まれ変わらせるために。

 地雷処理を、戦車やトラクターなどの重機に託す発想は、第一次世界大戦から存在する。しかしそれらの重機は、戦時の軍事行動のためのものだ。険しい山地や潮が満ち引きする干潟のような、特殊な環境では有効に機能しない上、平和のための地雷処理では、99パーセントの処理率というものはあり得ない。

 一つでも地雷が残留している土地は、無価値な戦場でしかない。麦を実らせ、人を養う土地は、一つも地雷がないフィールドでなくてはならない。

 地雷をすべて処理するには、人力に近い方法……十本の指で土をかき分けて、爆発物を取り上げる方法しかなかった。だから彼らは作られた。

 次の日の朝。ロボットを起動するために指揮官はホイッスルを吹いた。笛音で整列したロボットたちに向かい、指揮官はボールを掲げて聞いた。

「これはなんだ?」

 指揮官の問いに、A小隊の隊長ロボットが一歩前に出て、スピーカーを鳴らす。

「サッカーボール。私が任務中に川で拾って来た物であります」

「なぜだ。任務に関係のない行動ではないか」

「指揮官殿は休憩中にサッカーの試合を鑑賞なさっています。我々は興味を抱き、この球を拾ってきた次第です」

 答えに面食らい、指揮官は言葉を失う。なんでそれを知っているんだ。

 指揮官はロボット操典について、十分すぎるほど訓練を受けた。

 その訓練の中で、「ロボットが勝手にボールを拾ってくる」という状況については習わなかった。犬かなにかか?

「なるほど、お前たちはサッカーに興味があると」

「アファーマティブ」

 この行動は間違いなくエラーだ。彼らの機種AIに、好悪を判断する機能は存在しない。メモリ消去の初期化が必要か、指揮官はしばし逡巡した。

 それは最終手段だ。これまで蓄積された地理データと地雷散布傾向が、すべて失われてしまう。

 初期化によって地雷除去の進捗に悪影響が出るのは、いろいろとまずい。指揮官の人事評価的にも。

 杞憂に過ぎない。そう判断した指揮官は、日報に小さなエラーを記すだけにした。その日報が司令部に注目されることは無かった。反政府軍の勢いが増し、平和維持軍の活動に支障が出始めていたため、司令部は重要度の薄い情報を無視していた。


 小さなエラーが記録されてから、さほど経っていない休憩時間に、地雷処理隊の指揮官は、駐機場前でサッカーボールを蹴っていた。空気を吸い込んだボールは、胸やつま先、膝の上で踊るように跳ねる。

 指揮官も幼いころはサッカーの魅力に取りつかれ、プロプレイヤーを目指していた。

 だれにでもある、身の程知らずなその願望は、大学リーグで木っ端みじんにされたのだが。

 その道に挫折してからというもの、ボールに触れる事は後ろめたく思えて、避けていた。だが、彼らの反応を伺うために、指揮官は八年ぶりにボールを蹴った。

 自分の体がまだこの競技を覚えていることに、小さな喜びを覚えつつ、指揮官はリフティングを続けた。駐機場から、無数のカメラアイが覗いているのを意識しながら。

 やがて、一息ついてから指揮官は尋ねた。

「のぞき見とは、感心しないな」

「任務時間外の起動許可を願います」

 ロボットの幾らかがそう声を上げた。もう起きてるではないか。

「許可してやるが、理由を教えろ」

「指揮官殿はサッカーに、習熟しているように拝察します。なれば我々にサッカーを教えて頂けないでしょうか」

「どうしてお前たちは、そこまでサッカーに興味があるんだ」

 妙なAIエラーだった。彼らは、地雷を処理するためだけに作られたはずだ。なのになぜ、よりによってサッカーに執着するのか。

「理由は我々にもわかりませんが、教われば分かる気がいたします」

 B小隊の隊長ロボットは、四つのカメラレンズをギョロギョロさせながら言った。

 指揮官はこの時点で、彼らを初期化するべきだった。けれど、できなかった。かつて自分が見失ったサッカーの魅力を、彼らは見つけたのだ。

 すでに彼らはサッカーのルールブックをダウンロードしてきて、共有していた。

 首のないロボットたちは、指揮官の教えた通りに動きを習得してゆく。ボールキープ、トラップ、キックモーションと、しなやかな動きで練習をこなしてゆく。22体分の練習データを全体で共有しているのだ、覚えるのは一瞬だった。

 最初もたついていたドリブルは、一週間も経たずにジュニアクラブ程度に洗練され、二週間でコーナーキックもどうにかこなせるようになる。彼らはゴールポストやフィールドラインも廃材で作ってしまった。

 任務時間外の時間を、サッカー練習とフィールド整備に費やするロボットたちを眺めて、指揮官は奇妙な優越感を覚えた。ロボットにスポーツを教えた人間は、きっと自分が世界初だろうと。

 地雷処理隊に居た人間スタッフ達は、指揮官の奇行を咎めもしなかった。目の前の危機に気を取られていたからだ。国連の支援する政府軍は、反政府軍の攻勢によって瓦解し始めていたのだ。


 司令部から指揮官へ、撤退命令の暗号が届いたのは、ロボットたちがボールを拾ってから三週間後だった。政府軍の第二防衛線は突破されかけていた。

「貴官に於いては、九月一日付で国連平和維持軍参謀本部付を発令する。貴官の裁量権を以って現地部隊の機材を処理し、期日までに全部下を伴い、国連平和維持軍HQへ出頭せよ」

 反政府軍が侵攻してくる前に、すべてを処理しなくてはならない。指揮官は命令を実行に移した。

 暗号書類を焼却し、人間の部下へ武装を命じ、二台のトラックと一台のサイドカーへ、最後の燃料を注いだ。HQまでは車で一日かかる。処理ロボットたちを往復して輸送する時間は残っていなかった。人間のスタッフを載せた二台のトラックを送り出してから、指揮官はホイッスルを吹いた。地雷処理ロボットたちが整列する。

 キャンプ地に最後に残ったものは、キャンプの幌と雑多な粗大ゴミ、そして地雷処理ロボットたちだった。

「地雷処理隊は、本日をもって解散する。お前たちはここに残り、破壊処理をとれ」

 破壊処理を命ぜられたロボットたちは、掘り出した地雷を抱いて、自爆するようプログラミングされている。その命令を指揮官は内心拒否したかった。けれど、不可能だった。

「エラー。前指揮官の要請を条件付きで拒否する」

「深刻なエラーだな。生き残りたいというのか」

「違う。破壊処理は実行するが、90分だけの猶予が欲しい。最後に、我々はサッカーの試合をしたい。あなたには審判として立ち会って頂きたいのだ」

 突き抜けるほど青い空のもと、野草の茂る東欧の地で、キックオフのホイッスルが鳴った。二十二体の地雷処理ロボットは、たった三週間で覚えたテクニックを使い、ボールを追いかけた。

 一生懸命にフィールドを駆けるロボットたち。それらが単なる破棄すべき機材だと、指揮官には思えなかった。お前たちはサッカーを愛している。なのに、私はお前たちを救えない。

 試合結果は、2-1でA小隊が勝利した。その差を生み出した要素は何か、永遠にわからない謎だろう。

 試合が終了した頃から、どこからともなく砲撃音が響き始めた。混沌が、このフィールドにも伝わってきていた。

 指揮官はサイドカーのキックスターターを蹴り、ゴーグルをかけた。二列横隊で見送るロボットたちへ、指揮官は最後に聞いた。

「お前たちはなぜ、サッカーに興味を持ったんだ」 

「私たちにとってサッカーは、生きる目的に思えたからだ。サッカーを通じて、我々は自分たちが解放した土地を、自由に駆け巡ることができた。誰もがサッカーを楽しめる世界を迎えるために、我々は地雷を掘ってきたのだろう。道半ばではあったが満足だ」

 ロボットの一体が、ぼろぼろのサッカーボールを手渡してきた。サイドカーの側車へボールを置いて、指揮官は謝った。

「お前たちを救えなくて、すまない。私を恨んでくれて構わない」

「いや、あなたを恨む気はない。戦争とはそういうものだ。楽しかった。ありがとう、前指揮官」

  

 それから一週間も経たず政府軍は総崩れになり、革命が成立した。

 地雷処理隊のキャンプがあった平原は、砲撃の雨で火の海になったと、指揮官は人伝てに聞いた。

 避難民で過積載になっている輸送機の貨物室で、指揮官は窓から金色の平原を眺めた。

 かつて、この東欧の地に平和をもたらすべく、誰にも知られることなく地雷を掘る四ツ目の兵士たちがいた。

 彼らは最後に、自分たちの生きた意味を見つけた。

 ボロボロのサッカーボールを腕に抱き、彼女は目を閉じた。

 もし退役できたなら。奇妙な部下たちの願った世界のために、祖国へ戻ってサッカーを教えようかと考えながら。

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