第13話 大騒ぎ
「こちらです!」
ハンナに案内され、マチルダとフェリックスは城内を駆けた。
ノアさんが、倒れたなんて……!
ノアは今日も、昼食の準備を手伝ってくれた。
その時はまだ、いつも通りだったのに。
「今は、屋敷の中にいます。その、モーリスが見つけて、運んだんです。それで、あたしはお二人を呼びに……」
「入っていいのよね?」
「はい」
いつもは閉められている屋敷の扉が、今は開放されている。フェリックスと頷き合ってから、マチルダは屋敷の中へ足を踏み入れた。
ノアが暮らしている、ルークの屋敷。
そして普段は、王ですら立ち入りを許されぬ場所の一つ。
「……わっ」
こんな状況ですら目を奪われてしまうほど、煌びやかな内装だ。天井から吊り下げられたシャンデリアが、入念に磨き上げられた大理石の床を照らしている。
椅子や机などの調度品も、全て統一感のあるデザインのもの。
この屋敷だけ、まるで上級貴族の屋敷かなにかに見えるわね。
魔王城は汚れている部分や古くなっている部分も多いし、家具も簡素なものが多かった。
それに比べてここは、とても華やかな場所だ。
「すごいな」
隣に立つフェリックスも感心したように呟いている。
「こちらですよ!」
思わず立ち尽くしていた二人に、ハンナが叫ぶ。
慌てて彼女へ視線を向けると、奥にある部屋の前に立っていた。
部屋に近づいて、そっと中を覗き込む。そこには天蓋付きの大きなベッドがおかれていて、ノアが横たわっていた。
そしてその隣に、ルークが立っている。
「ノアさん……!」
辛うじて意識はあるらしい。マチルダが顔を覗き込むと、わずかに口を開いた。しかし喋る気力がないのか、声は聞こえない。
顔が赤く、額や首筋にはかなり汗をかいている。
かなりの高熱ね。
「マチルダ、この症状に見覚えはあるか?」
ルークの声は硬く、顔は引きつっている。そして視線はノアに固定されたままだ。
ルーク様、すごくノアさんを心配しているんだわ……。
魔物たちのノアに対する態度を見れば、ノアがルークに大事にされていることは分かる。しかし今のルークを見て、マチルダは改めてそれを実感した。
「……熱が出ていることは分かりますわ」
「人間の熱はどうすれば治るんだ?」
「病によります。どんな病でも、熱が出る可能性がありますの。病でなくとも、疲労から熱が出ることもありますわ」
「……疲労?」
ぎろっ、と鋭く睨みつけられ、マチルダは震えた。
最近、ノアにはよく昼食の用意を手伝ってもらっている。それが疲労の原因になっているのではと疑っているのだろう。
正直、否定はできない。
「え、えっと……」
もちろん、ノアのことは心配だ。しかし、ルークに嫌われてしまうのも恐ろしい。
もし彼を怒らせてしまえば、魔王城をまとめられなくなるどころか、危害を加えられかねない。
「ルーク、様……」
かすれた小さな声だ。しかし、はっきりと聞こえた。
「ノア!」
ルークが慌ててノアの手を握ると、ノアがゆっくりと首を横に振る。そしてマチルダに視線を向け、薄く微笑んだ。
「彼女のせいではありません」
つらそうに、けれどしっかりノアはそう言ってくれた。
ノアさん、こんな状況なのに、わたくしをかばってくれたんだわ……!
「私は元々、身体が……」
げほっ、げほっ、とノアが咳き込む。ルークが慌てて、ノアの背中をさすった。
ノアさん、元々身体が弱かったのかしら。
だとすれば、美味しい料理を食べられなかった原因も、そこにあったのかもしれないわね。
だが、ノアは人間でなくなったことで体調が回復していたのではないだろうか。
だからこそ、突然倒れたことにルークがここまで動揺しているのだ。
……もしかして、わたくしのせい?
疲れさせただけじゃない。食生活が急に変わったことで、ノアの身体に何か影響が出た可能性だってある。
「どうすれば……」
ルークはうろうろと部屋の中を歩き回る。足音の大きさが、彼の焦りを物語っていた。
「あっ! もしかしたら、エルフの薬なら……!」
呟いたのは、ハンナだった。その言葉を聞いてルークが立ち止まる。
「エルフか……!」
ルークの顔に光が差した。しかしそれとはうらはらに、隣にいるフェリックスの顔が曇る。
どうして? なにかまずいことでもあるのかしら?
エルフは薬に詳しい、という話は知っている。山奥で暮らしており、魔王城にはいない種族だということも。
「エルフのところへ行ってくる。マチルダ、ノアの看病を頼む」
「えっ? あ、はい、分かりましたわ」
ルークは慌てて部屋を出ていこうとしたが、待ってくれ、とフェリックスはルークをとめた。
ルークは立ち止まったが、フェリックスを見つめる眼差しは鋭い。
「エルフのところへ君がいけば、きっと怯えさせてしまう。それに……」
フェリックスは言いにくそうに一瞬顔を背けた。しかし、覚悟を決めた表情でルークを見つめなおす。
「無理やり奪ってでも、薬を持ってくるつもりだろう?」
「ああ。殺してでも薬はもらう」
迷いのない返事だ。それに顔を見れば、その言葉が真実だとも分かる。
ルークは話が通じる相手だ。いたずらに弱者をいたぶるようなタイプでもないだろう。
ただ……。
きっと、大切なもののためなら、手段は選ばないタイプだわ。
そしてルークは、ノアのことを大切に思っている。
薬を手に入れるためなら、エルフから奪うことも厭わないだろう。しかも、そうするだけの力がある。
「……だめだ」
「は?」
ルークがフェリックスを睨みつける。フェリックスの身体は震えていた。
「姉御」
いつの間にか隣にきていたハンナが、小声で囁く。マチルダはそっとしゃがんで、彼女の口元に耳を持っていった。
「エルフが山奥で暮らしてるのは、他の種族を恐れているからなんです」
「え?」
「エルフは薬を作る技術はありますが、戦闘的にはかなり弱くて、他の種族に攻撃をされることが多いんです。薬のために、エルフが虐殺された事件もあります」
「そんな……」
「しかもそのせいで、エルフは他の種族を嫌っているんです。だから……」
ハンナはルークを見ると、泣きそうな顔で言葉を続けた。
「簡単に薬を渡してくれるとは、とても思えないんです」
「そんな……」
もし、エルフから薬をもらえなかったら?
宣言通り、ルークは奪ってでも薬をとろうとするだろう。そして抵抗されれば、あっさりエルフを殺すかもしれない。
「今のルークを、エルフたちのところへは行かせられない。これは、魔王としての言葉だ」
震えながら、それでもフェリックスはそう断言した。
「魔王としての言葉? それに、どれほど影響力があると?」
ルークが馬鹿にしたように言う。フェリックスは苦しげな表情を浮かべたが、扉の前に立って動こうとしない。
「僕は絶対、ここをどかない」
フェリックス様は、エルフを守ろうとしているんだわ。
ルーク様に敵わないと知っているのに、それでも、魔王としてエルフのことを助けようとするなんて……。
フェリックスが目指すのは、弱いものが安心して暮らせる社会。
強者による虐殺なんて、一番許せない事件だろう。
「だったらお前を殺す」
ルークの言葉にはやはり、迷いがない。
しかし、フェリックスも動かない。
どうしよう。このままじゃ、フェリックス様が危ないわ……!
「ま、待ってください! ここは……」
ここは?
どうすればいいの? どうするのが正解で、どうすれば上手くおさまるの?
分からない。何も分からないのに、マチルダの口は勝手に動いた。
「わたくしに任せてくださいませ!」
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