第9話 思い立ったが吉日

「それにしても、まともな調味料もない中、よくこんなに美味しいものを作れましたね」


 あっさりと美味しい、と褒められたことが嬉しくて頬が緩む。

 多めに作っておいた料理も、既にもう全部食べ終えた。


「裏庭にあった植物のおかげよ。モーリスが毒見をしてくれたから」

「なるほど」

「まあ、いろいろと大変でしたけれど」


 味付けをするのに、使い慣れた調味料がないのはかなり不便だった。

 植物を使えばなんとかなったものの、どうしても手間や時間はかかってしまう。


「そういえば、探せばどこかに使えそうなものがあるかもしれませんよ」

「えっ?」

「人間を襲った際に手に入れたものを保管している場所もあるので」


 勇者が魔王を倒すまでは、魔物による略奪行為はたびたび行われていたという。

 互いの領土に踏み込まない、という約束は守られていたが、近年、魔物が出没したという噂を耳にすることも増えていた。


 正直、人間から奪った、なんて聞いたらちょっと複雑だけれど、背に腹は代えられないわ。使えるものはなんだって使わないと。


「でもそこって、立ち入り禁止のところですよね?」


 ハンナが尋ねると、ノアは得意げな表情で頷いた。


「ええ。ですが私なら、どこでも、簡単に許可がおりますから」


 魔王であるフェリックスですら、入れない場所がある魔王城。

 それを、こんな風に言えるなんて。


「後で案内しますよ。食事のお礼に」

「ありがとうございますわ」


 フェリックスのことを考えると少し胸が痛んだけれど、チャンスを逃すわけにはいかない。


 魔物もマチルダの料理を美味しく感じることも、共に食事をすることの影響力も分かった。

 だとすれば、これを使わない手はない。

 フェリックスの理想を叶えるために、できることをやると決めたのだから。




「うーん、やっぱり、かなりの量が必要になるわね……」


 羊皮紙を前に、マチルダは何度も頭を抱える。

 あの後、ノアに案内してもらい、保管庫へ向かった。そこには大きな鍋や調理器具など、使えそうなものがかなりあった。

 それだけじゃない。ずいぶんと古いが、塩や砂糖もあったのだ。


 もちろん、大量に使えばすぐになくなってしまうわ。

 だけど、かなり料理には役立つはずよ。


 魔王城には、かなりの数の魔物がいる。全員分の食事を作るのは骨が折れるだろう。


「でも、一部の人にだけ作るのは、絶対にだめよね」


 おそらく全員を収集し、一斉に食事をとるのは現時点では不可能だ。

 だからこそ、せめて食堂を訪れてくれる魔物たち全員の分くらいは用意したい。


「三食全部じゃなくて、昼食だけに絞るとか、一品だけにするとか……?」


 ああでもない、こうでもないと様々な案を羊皮紙に書き込んでいく。

 なかなか結論は出ないけれど、あれこれと考えるのは楽しい。


「よし。とりあえず、昼食限定にするのは決定ね」


 マチルダがそう呟いた時、いきなり部屋の扉がノックされた。

 慌てて立ち上がり、ゆっくりと扉に近づく。


「マチルダ。僕だよ」

「フェリックス様?」


扉を開けると、爽やかな微笑みを浮かべたフェリックスと目が合った。


 どうしよう。わたくし今、ぼろぼろだわ……!


 まくっていた袖を慌てて元に戻し、手でなんとか髪を整える。

 今日は一日中動きまわっていたから汗臭いし、見た目を気にしている暇なんてなかったのだ。


 フェリックス様がくると知っていたら、きちんとしていたのに……!


「急にきてしまってごめんね」

「い、いえ、嬉しいですわ」


 本当は事前に知らせてくれたらより嬉しい、とはさすがに言えない。


「ハンナに聞いたんだ。今日はとても楽しい時間を過ごしたと」

「まあ……!」


 今日はかなり充実していたし、とても楽しかった。ハンナも同じ気持ちでいてくれたことが純粋に嬉しい。


「皆に食事を提供しようとしているんだってね」

「はい。その、少しでも、城内の仲間意識が強まればと」

「すごくいいと思う」


 真っ直ぐな目で見つめられ、マチルダは自分の頬が熱くなるのを強く感じた。


「僕たち魔物にとって、食事はただの食事なんだ。コミュニケーションのための手段にするなんて、思いつかなかったよ」

「そうでしたの……」

「うん。マチルダがいなければ、これからも気づけずにいただろうな」


 フェリックスは軽く頭をかいて苦笑した。そんな仕草にすら、今はもうどうしようもなく胸がときめいてしまう。


「本当にありがとう、マチルダ」


 フェリックスの眼差しは優しくて、甘い。見つめられるだけで、ふわふわとした気分になってしまう。


「僕もマチルダを見習って、いろいろと頑張らないと」


 フェリックスはそう言うと、おやすみ、と去っていった。

 遠ざかっていく背中を眺めることしかできないのは寂しい。


「けれどわざわざ、会いにきてくれたのよね」


 それに今朝も、二人で話す時間を作ってくれた。

 その事実を思い出すだけで、エネルギーが湧いてくる。


 窓の外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。疲れているし、ベッドに横たわればすぐに眠れるだろう。

 でも、まだ眠るには早い。


「せめて、何を作るかは決めてから寝なくちゃ!」


 料理を作っても、ちゃんと魔物たちが食べてくれるのかは分からない。ハンナやモーリスのように、友好的な魔物だけではないことはもう知っている。

 けれど、行動しなくては何も変わらない。


「よし、やるわよ!」


 大きく深呼吸をし、マチルダは再び羊皮紙の前に座った。

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