第8話 戦略的撤退、……ですわよ?


 私は目の前がクラクラした。


 チラリとお父様を見ると、満更でもないお顔をしている。

 そしてまたチラリと陛下を見ると、こちらも「いいじゃないか」みたいな事を呟かれて頷いているのが見えた。

 いえ、良くないですよ!? 何より私はもう王族に関わり合いになりたくはないのですけれど!


「……殿下もご存知の通り、私はたった今『婚約破棄』をされたばかりの身。とてもではありませんが、今はそのような事は考えられません」


 私は演技抜きで本当に戸惑い、そしてムリ! という気持ちでそう伝えた。

 そう伝えたのに!!


「今すぐでなくて良いのですよ。私は待ちます。そしていつか色良い返事をいただきたい」


 周囲は騒めき、そして祝福の拍手が巻き起こる。


 イヤイヤイヤ!! なんですの、コレ! 断りにくいじゃないですか!


 そこに国王陛下も笑顔で頷きながら、こちらに向かって仰る。


「セシリア嬢。貴女は第一王子の婚約者として幼き頃より厳しい教育を受けてきた。その貴女が第二王子アレックスと結婚し2人で力を合わせていくのなら、この国の未来は安泰だ」


 ちょっと、陛下!! 逃げ道を塞がないでくださいませんか!?


 そして陛下は更に周りを見渡し仰った。


「皆の者。……実は諸事情があり、第二王子アレックスも先日婚約者との婚約を円満に解消している。今、アレックスの婚約者は不在であった。新たな婚約者はじっくりと選ぶつもりであったのだが……。セシリア嬢ならば、全ての条件は満たされる。

……そして、未来の『王妃』として、立派なこの国の国母となってくれるであろう!」


 うわ……ッ!! 陛下、暴走し過ぎです! ……あの第一王子の暴走はやはり陛下譲りだったのかしら……?


 いえ、コレはそれどころではないわ! 今陛下は『第二王子を王太子に』と宣言したも同然ではないの!! ……そして、私をその伴侶にと仰ってるのよ!? 私は第二王子のプロポーズに返事もしていないのに、大暴走ですよ! 陛下!


「……陛下!! お待ちください! まだ陛下には第三王子もいらっしゃいます。このような場でそのようなご宣言は……!」


 第一王子の伯父である公爵が叫ぶ。第三王子も公爵の甥だから必死だ。


「……実質、第一王子と第二王子との争いであった。これ以上の揉め事は必要ない。

皆の者にこの場で伝える! 王太子は第二王子アレックス ライデンである! しかとそう心得よ!!」


 陛下はそう宣言された。


「「「御意!!」」」


 広間中の貴族達が同意した。……中には不服そうなお方もいるけれど、どちらにしろ第一王子の失脚はほぼ決定事項。そして年の離れた第三王子もお人柄の評判は余りよろしくない。恐らく長く揉めたところで結果は同じだろう。


 ……のですけれど。


 私は納得しておりませんよ!? というか、私を巻き込まないでくださいーー!!


 呆然としている私の肩に手が乗せられる。「ん?」と見ると、第二王子が私の肩を抱いてニッコリと笑いかけてきた。

 私は横にスッと避けて、第二王子を冷たい目で見た。


「……私は何もお返事しておりませんけれど」


 彼は嬉しそうに笑いながら、


「……そうだね。でも、もう返事は一つしかないよね」


 !!


 やられた! なに? 第二王子と陛下は示し合わせていたの!?

 私は本当ははらわたが煮えくりかえる程腹立たしかったけれど、彼にはそんな事を一欠片も悟られたくはなくて、それはにっこりと良い笑顔を彼に向けて言った。


「では、私の心を掴まえてくださいませ。そうでなければお話をお受けすることは出来ませんわ。……今の私は心を見失っておりますから」


 第二王子は一瞬キョトンとされたけれど、またすぐににこりと笑われた。


「……これから私には貴女のお心を掴まえるという、楽しみが出来たという訳ですね。それでは私は今から貴女に愛を囁き続けることといたしましょう。……実に楽しみです」


 ! ……コレは、藪蛇だったのかしら……。

 私が彼のその言葉に戸惑った演技をしていると、


「……実は私も学園を飛び級する権利を持っているのです。人脈作りの為に一応在籍しておりましたが……。これからは、出来うる限り貴女と共にいることといたします」


 第二王子も学年は第一王子や私と同い年。それが既に卒業の条件を持ってらっしゃるという事は、この方も私の王子妃教育と同等……もしくはそれ以上の勉学をされてきた、ということね。


「私の為に、せっかくの学園での生活を台無しにされてはなりませんわ」


「貴女も王子妃教育の為に学園生活を犠牲にされたではありませんか。……王子妃教育をムダにしない為にも、私と婚約していただくのが1番良いかと思いますが」


「私は犠牲などとは思ってはおりませんわ」


「素晴らしい心意気です。……流石は、この国の王妃となるべきお方だ」


 ……本当に、油断ならないお方!

 私の完璧な演技をこうもいなしてこられるなんて!


「……まあ、2人には暫くゆるりと過ごす時間が必要であろう。なに、急ぐ必要はない。誰にも邪魔はさせぬし、じっくりと愛を育むが良い」


 陛下がにこやかにそう仰った。


 ――それって……、それって、もう決定事項だからねってことですか――!?


 見ればお父様も同じように和やかにこちらを見てらっしゃる。

 ……そして、周りの貴族の方々も……。


「良かったですね。陛下始め皆様にこうして祝福していただけて」


 ニコニコとしてこちらを見てそう言うのは、全ての元凶の第二王子アレックス様……。


 コレは、こんな状況ではイヤとは言えないじゃないですか――! この王子……! 上手く周囲をご自分の都合の良いように固めましたわね!


「……ソウデスワネ。アリガタイコトデゴザイマス……」


 私はそう、少し硬めの笑顔で応じた。


 ……コレは、戦略的撤退ですわよ! 

 絶対、絶対ッ!! 後でひっくり返してやるんだから――!!



 ――しかしながら、見事に外堀を埋められたこの婚約はこの後トントン拍子にまとまり、私は3年後に第二王子アレックス殿下と結婚する事になるのだった――


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